1別添(ヒアリング結果)
1 刑の一部の執行猶予制度施行後の,矯正施設及び保護観察所における一貫
性のある指導の状況
(1)法務省福島刑務支所 教育専門官
しろまる 薬物依存の問題を抱えた受刑者への指導等に当たっては,刑事施設出
所後も,
薬物依存からの回復に向け,
社会内での治療等を継続的に受ける
ことの必要性を理解させることが重要である。
しろまる 刑事施設で行う薬物依存離脱指導の必修プログラムは,施設入所後な
るべく早期に実施することとしているが,
刑期が短い者がいること,
対人
関係教育など他の改善指導に要する時間が増えていることなどから,対
象者の問題性等に応じた専門プログラムや選択プログラムの実施がどう
しても後回しになっている。
しろまる 平成28年に矯正局が刑事施設宛てに発出した通知に基づき,刑事施
設で実施した薬物依存離脱指導の実施結果等に関する情報を保護観察所
に引き継ぐことにより,
社会内処遇との一貫性を高めているが,
情報の引
継ぎにおいては,保護観察終了後の地域支援も見据えることが重要であ
る。
(2)法務省矯正局少年矯正課少年院係 補佐官
しろまる 少年院で実施している薬物非行防止指導について,平成30年におい
ては192名(集団125名,個別67名)が修了した。
しろまる 男子少年院2庁と女子少年院全庁
(9庁)
を重点指導施設としている。
重点指導施設では,薬物の依存傾向が進んでいる者などを全国から集め
て,より充実した薬物非行防止指導を集中的かつ重点的に実施している。
しろまる 薬物非行防止指導の実施結果も含めた少年院での生活全般の記録は,
成人の場合と同様に更生保護官署に引き継いでいる。
しろまる 少年院では,薬物非行防止指導の内容のほかにも,寮担任(在院者の生
活指導に当たる職員)
による生活指導等のケアがあるので,
刑事施設に比
べると,きめ細かい対応ができていると思う。
(3)法務省東京保護観察所 統括保護観察官
しろまる 保護観察対象者の中には,
薬物をやめたいと思う一方,
ダルクへの入所
のような治療中心の生活はせず,就労等の生活の立て直しを優先したい
と考えている者がいるが,
保護観察期間中であれば,
全ての対象者に一定
期間,
プログラムの実施等の回復支援だけでなく,
生活基盤の構築に向け
た指導や支援を実施することができる。
しろまる 刑事施設内とは異なり,社会内では,対象者は常に"引き金"
(薬物再 2使用のきっかけ)
にさらされているため,
欲求の高まりを乗り越える経験
を積み重ねさせることができる。
しろまる 保護観察所では,刑事司法関係機関としての特色のある断薬へのアプ
ローチとして,簡易薬物検出検査を実施している。同検査は,一定の抑止
効果が認められるが,
保護観察終了後も,
継続的に実施する仕組みがない
点が課題である。
しろまる 保護観察官は,
対象者が刑事施設在所中から家族と関わっており,
こう
した点を生かして,より一歩踏み込んだ家族支援をすることもできる。
しろまる 保護観察官とともに処遇に当たる保護司は,保護観察終了後も地域住
民として対象者を見守ることができる。
しろまる 薬物依存からの回復に向けた「息の長い」支援の実現のためには,対象
者への動機付けと地域支援体制の構築が必要である。
しろまる 地域支援体制の構築に当たっては,対象者が必要とする支援をアクセ
スしやすい身近なものとし,対象者の生活スタイルに合わせることが理
想である。
そのためにも,
対象者に提供される支援メニューの多様性を確
保し,それとつなぐことができるコーディネーター役を地域に配置する
ことが必要である。
しろまる 地域における支援メニューの多様性の確保に当たっては,支援機関と
ハブとなる専門機関が相互に補い合うことで,対応可能と考える。
しろまる 刑事施設から保護観察所に引き継がれる情報については,参考になる
ものが多い一方で,それぞれの刑事施設における改善指導の程度によっ
て情報量に差がある。また,その情報の内容は,保護観察終了後の地域支
援で活用することも意識する必要がある。
2 海外における薬物依存症対策の状況
(1)龍谷大学犯罪学研究センター センター長 石塚 伸一 氏
しろまる 米国では,刑事施設の過剰収容の緩和策として,ドラッグコートが始ま
り,司法による介入方策として,処遇(治療)付きのダイバージョンであ
るドラッグコートが急速に普及した。
しろまる ドラッグコートは,必ずしも費用対効果の面で効果的とは言えない。ま
た,アレインメント(有罪答弁)が前提となることから無実の人を巻き込
むおそれがある。
対象者には,
薬物事犯者というレッテルを貼るという問
題もある。
しろまる 米国の刑務所内では薬物使用を継続することが可能であるという現実
がある。
薬物使用を止めて治療を決意し,
プログラムに参加する者の割合
は3〜4割程度だと思う。 3しろまる 海外おいて多くの国では,
大麻のようなソフトドラッグの単純使用は合
法化・非犯罪化されている。所持についても少量の所持は非犯罪化・非刑
罰化の方向にむかっている。処罰するにしても刑罰を軽くするというの
が主流である。モルヒネ・ヘロイン等のハードドラッグについても,単純
使用は非犯罪化・非刑罰化し,少量の所持についても非刑罰化・寛刑化し
ていて早期の治療につなげようと試みている。
しろまる 公的な健康保健制度が完備しておらず,
司法の権限の強い米国のドラッ
グコート制度を日本にそのまま導入するのは得策ではない。健康保険や
福祉制度の整備されているヨーロッパ諸国では,薬物対策を非司法化し,
医療や福祉に問題解決を委ねようとしている。
日本も,
薬物政策の重点を
司法から福祉に移していくことが望ましいと考える。
しろまる イタリアでは,バザーリア法(精神科病院根絶法)で精神病院が減って
精神病者が減った。
元患者が地域社会で生活するようになって,
精神病に
対する地域社会の目も変わっていったと言われている。
薬物依存者に
「精
神病の犯罪者」という二重のレッテルを貼る「薬物事犯」という概念には
問題がある。
さらに,
地域健康保健の観点から薬物対策を捉える公衆衛生
モデルである Harm Reduction について,ポルトガルやスペインなどの欧
州諸国の一部で成果を上げている。
しろまる 第二次世界大戦中,ドイツにおいて政府が進んで配給・販売していたペ
レルピンという覚醒剤と同じ成分の含まれている薬については,中毒症
状があるため敗戦直前に使用を止めた。これに対して,日本政府は,戦争
追行のために覚醒剤を増産し,
ヒロポン等という商標で販売を続けた。配給を受けた日本兵の中には,中毒症状を示す人もいたようだ。敗戦後の
1945 年 12 月に占領軍(GHQ)が軍事倉庫にあったヒロポン等を放出した
ため,闇市などで売り買いされ,覚醒剤の蔓延が始まった。戦後の社会不
安の中で「ヒロポン中毒」が社会問題化し,覚醒剤取締法が制定された。
当初は処罰されていなかった単純所持も後に処罰され,法改正のたびに
重罰化が進み,
覚醒剤の使用や所持にも10年以下の懲役が科され,
営利
目的や組織的な密輸には無期刑まで科すことになった。
しろまる 日本では,
1980年代以降は20代前半に薬物使用を開始し,
反復使
用によって依存状態になり,20台後半から30代に常用するになって
破綻するケースが比較的多い。
しかし,
近年は覚醒剤などのハードな薬物
を使用する若者は減少しており,覚醒剤依存は中高年の問題になりつつ
ある。
おそらく,
覚醒剤を中心とする薬物事犯の減少傾向は今後も続くで
あろうと考える。
しろまる 国の薬物政策には,
どの国家機関がイニシアチブを握るかによって
「厳 4罰主義(Harsh Punishment)」(=処罰中心),「治療付きダイバージョン
(Diversion with Treatment)」(=司法中心)および「ハームリダクショ
ン (Harm Reduction)」(=公衆衛生)の3つのモデルが考えられる。
しろまる 日本は長らく厳罰主義でやってきた,
近年,
刑の一部執行猶予のような
社会内処遇政策を取り入れ始めている。
その意味では,
ダイバージョンへ
の移行期にあるとも言える。世界の政策は,その国の政治・社会状況を背
景にアメリカのようにダイバージョンを中心とする国やヨーロッパ諸国
のように公衆衛生によるハームリダクションを志向する国もある。これ
からの日本の薬物政策の進む道は,
世界の動向を意識しながら,
どの方向
にむかうべきかを見定めて決めるべきであろう。
(2)日本薬物政策アドボカシーネットワーク 古藤 吾郎 氏
しろまる 薬物事犯者に対し効果的な支援を実施するものとして,
拘禁刑に替わる
措置が諸外国で導入されている。そのポイントは,再犯防止,エビデンス
に基づく介入,
個人のニーズに対応,
非強制/自由意思により選択された
支援である。
しろまる ドラッグコートを導入しているのは,
ヨーロッパではベルギーとアイル
ランドの2か国のみである。
また,
ドラッグコートは人件費がかかる一方で,期待された結果が出ていないほか,
参加者にとって不要な治療が課さ
れる可能性についても指摘されている。
しろまる 米国では,刑務所の過剰収容及び再犯防止への対策のため,薬物事犯者
に対する拘禁刑に代わるダイバージョン措置における入口支援の一つと
して,LEAD プログラムというものが取り入れられた。これは,一律的に
断薬治療への強制参加を求めることはせず,
本人の自由意思のもと,
警察,
検察,地域内の福祉・保健・医療及び生活支援サービスが連携するプログ
ラムとしてデザインされた。
しろまる この LEAD プログラムは,再犯防止のエビデンスとして一定の効果が認
められている。そのため,米国内では LEAD プログラムを実施する自治体
が増えている。
しろまる LEAD プログラムでは支援を提供するのは司法機関ではなく,地域内の
福祉・生活支援サービス等である。
そこではトラウマインフォームドケア
(TIC)の視点が取り入れられている。支援機関は薬物使用に限らず本人
の暮らしを包括的な側面でアセスメントし,本人が求める支援が提供さ
れるように調整する。
本人が支援を求めることは強制されず,
必ずしも断
薬を目指す支援を求めなければいけない,
というものではない。
尿検査の
実施によって断薬を間接的に強制し,陽性時に刑罰を科す日本のプログ 5ラムと,TIC の両立は非常に難しいと考えられる。
しろまる TIC の視点は,日本でも女性に対する支援で取り入れられていることが
あるが,男性も,あるいは LGBT のコミュニティなどに対しても,大事な
関わり方である。
しろまる 日本では,入口支援を含めた新たな取組を進めることが重要であるが,
裁量型
(新たな法律を制定するのではなく運用で行うもの)
で取り組むこ
とも選択肢としてあり得る。
しろまる 入口支援として,警察の逮捕時など,刑事司法手続の初期の段階におい
て対象者を地域の福祉や生活支援を提供する専門機関につなげる構造は,
ソーシャルワークの機能がより効果的に発揮されやすい。
しろまる 国連条約では,
刑罰を与えず代替措置が提供されることも想定されてい
る。
条約加盟国政府は,
東京ルールズ及びバンコクルールズなどに基づき,
幅広い非拘禁措置を採用することが望まれると UNODC・WHO は言及してい
る。
3 医療機関や相談支援等を行う関係機関の整備,
連携の状況,
自助グループ等
の活動状況
(1)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 嶋根 卓也 氏
しろまる ダルクは薬物依存症回復支援施設の一つで,
1985年東京都荒川区で
初めて発足した。
2005年に障害者自立支援法
(現在の障害者総合支援
法)が制定されたことにより,依存症も障害として認められ,基準を満た
せば補助金が得られるようになったことから,
ダルクの施設数は増え,現在,全国に約60施設が存在する。
しろまる ダルクに対する近隣の住民感情が依然として厳しい地域もある。
しろまる 2016年から2年にわたって,
「ダルク追っかけ調査」を実施し,4
6のダルクに在所している計695名から回答を得ることができた。調
査方法は,ダルク入所時に自記式アンケートでベースライン調査を実施
し,その後は半年ごとに,過去6か月間のアルコール・薬物使用の有無,
生活拠点・就労状況・生活保護などについて,ダルク職員による聞き取り
調査を実施した。
しろまる 薬物依存の問題を抱えてダルクに在所している者(492名)のうち,
薬物事件による受刑歴のある者は42.9%であった。また,アルコール
依存症やギャンブル依存・クレプトマニアといったその他の依存症を抱
える者でも,約10%の者は薬物事件による受刑歴があった。
しろまる ダルク入所後の時間の経過とともに所在不明となる者が増加するが,24か月後の時点においても所在不明率は11.
2%にとどまっている。また,24か月後の時点における再犯率は2.7%で,死亡率は2.3%で 6ある。
しろまる 薬物を止められたとしても,
その後にアルコールやその他の依存症に陥
り,最悪の場合,死亡するケースもある。
しろまる どのような要因で断薬が維持できたのかという保護因子
(プラスの要因)
として,
初回調査では,
他のメンバーとの関係性が良好であることが挙げ
られており,これは,メンバー同士が支え合う力(フェローシップ)が断
薬継続に有効に働くことを示唆する結果である。
しろまる その他の保護因子として,
回復のモデルとなる仲間がいること,
NA など
の自助グループに定期的に参加していること,生活保護を受給している
ことが挙げられた。
しろまる 覚せい剤事犯者の再犯と薬物依存との関連については,再犯を「いずれ
かの薬物事犯により刑事施設に再び入所すること」
と定義し,
DAST-
20日本語版により薬物使用に伴う問題の重症度を測定し,6点以上を
陽性(DSM による物質使用障害の診断となる可能性が高い)とした。
しろまる 調査結果として,刑務所への入所度数が多い者は,DAST陽性率及び
DASTスコアが高く,薬物依存が重症になっている可能性を示唆して
いる。
特に薬物使用に伴う社会的な問題が増えることから,
再犯を繰り返
すたびに,
家族関係や友人関係に問題が生じ,
社会的に孤立した状態にな
っていることを示唆する結果と考えられる。
しろまる 現状において,全国的に女性を受け入れるダルクが少ない。子連れでも
行けるような施設があればいい。例えば,東京都北区にあるフリッカ・ビ
ーウーマン・ダルクでは,
女性が気軽に参加できるプログラムを実施して
おり,こうした取組が全国に広まればいいと考えている。
(2)東京都福祉保健局都立精神保健福祉センター 源田 圭子 氏
しろまる 刑事司法手続が終了するタイミングが薬物再使用のリスクが最も高い
ため,保護観察期間中の介入が非常に重要である。そこで,保護観察対象
者を対象として2017年3月1日から Voice Bridges Project(声の架
け橋プロジェクト)を開始した。
しろまる 声の架け橋プロジェクトとは,1年目には初回面接調査と3か月ごと
の電話調査,2,3年目には6か月ごとの電話調査という3年間の支援を
実施するものである。
これらを実施することにより,
保護観察終了後にス
ムーズに地域支援につながることができると考えている。
しろまる 東京都立精神保健福祉センターでは2017年12月から実施してお
り,職員5名で対応している。
しろまる 2019年度は全国17の精神保健福祉センターで実施している。ま
た,支援に当たっては,対象者の同意が必要となるが,対象者のうち2割 7程度の同意が得られている状況である。
しろまる 声の架け橋プロジェクトを実施した地域では,保護観察を取り消され
た者の割合が,いずれも全国平均を下回っている。
しろまる 声の架け橋プロジェクトを実施している精神保健福祉センターが,地
域における依存症の相談拠点となり,様々な関係機関との連携を強化し
たいと考えている。そうしたセンターが増えることを期待しているものの,地方のセンターでは職員が不足しており,
現実的に難しい状況である。
しろまる 保護観察が終了することにより,
ダルクを退所し,
結局再使用に至って
しまう場合があることから,
保護観察終了までに,
地域で相談できる人と
の関係を構築しておく必要がある。
しろまる 保護観察終了後は,対象者の自由意思によって断薬を続けることが重
要である。しかし,保護観察期間中に尿検査があることは,対象者の自由
意思とは関係なく,
半ば強制的に断薬を迫られることになるため,
たとえ
尿検査によって保護観察期間中の断薬を継続できていたとしても,保護
観察終了後も引き続いて断薬を継続することは難しい。
したがって,
尿検
査による方法以外の保護観察官からのアプローチによって断薬への動機
付けがなされることが非常に重要である。

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