IT化に伴う国際送達及び国際証拠調べ検討会
に関する取りまとめ
令和3年4月
目 次
第1 本検討会の概要.................................................... 1
1 本検討会の設置の経緯.............................................. 1
2 本検討会における検討課題.......................................... 1
第2 検討の前提........................................................ 2
1 検討に当たっての視点.............................................. 2
2 検討の対象........................................................ 3
第3 国際送達等........................................................ 3
1 システム送達による国際送達........................................ 3
2 外国に所在する者に対する事件管理システムを利用した直送........... 11
3 外国に所在する者に対するインターネットを利用した公示送達......... 12
第4 ウェブ会議による国際証拠調べ..................................... 14
1 検討に当たっての視点............................................. 14
2 検討の前提となる事実等........................................... 15
3 参考となる国家実行............................................... 17
4 本検討会における検討の結果....................................... 20
第5 その他の論点..................................................... 23
1 ウェブ会議を利用したその他の手続と国家管轄権との関係............. 23
2 考えられるその他の方策........................................... 25 1第1 本検討会の概要
1 本検討会の設置の経緯
民事裁判手続のIT化については,法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部
会(以下「部会」という。
)において調査審議が進められているところ,部会に
おける検討課題の一つとして,送達や証人尋問を,ITを用いた方法により簡
易・迅速に行うことができないかという論点がある。
他方で,外国に所在する者に対する送達(以下「国際送達」という。
)や外国
に所在する証人等(証人及び当事者本人をいう。以下同じ。
)の尋問(以下証人
等の尋問を併せて「証人尋問等」といい,このうち外国に所在する証人等に対
して行う尋問を
「国際証拠調べ」という。
)についてITを用いた方法の導入を
検討するに当たっては,他国の国家管轄権との関係で慎重な検討が必要となる。
そこで,本検討会を設置し,この点についての国際法上の課題を整理して,検
討の経緯・結果を部会に報告することとしたものである。
2 本検討会における検討課題
(1) 上記のとおり,ITを用いた方法による国際送達及び国際証拠調べの導入
について議論する上では,これらと国家管轄権との関係を検討することが主
たる課題となる1。国家管轄権とは,国際法によって規律された国家の権限の集合としての国
家主権(国家が様々な事象に関連して人や物に対して統治権を及ぼす権限)
をいい,講学上,国内法の定立,解釈適用,執行という国家の作用に対応し
て,複数の概念に分類の上,整理がされている。具体的には,これを三つに
分類する考え方は,立法管轄権(国家機関が国内法を制定して,一定の現象
についてその合法性を判断する基準を設ける権能),裁判管轄権
(国家機関が
その裁判管轄の範囲を定め,法を解釈適用して具体的な事案を審理し判決を
下す権能)及び(狭義の)執行管轄権(国家機関が逮捕,捜査等の手段によ
って国内法を執行する権能)の三つに分類されるものとする。これに対し,
国家管轄権を二つに分類する考え方は,後二者を併せて(広義の)執行管轄
権と捉える2。1
IT を用いた域外的な証拠調べと国家管轄権との関係について検討を加えるものとして,竹下
啓介「域外証拠収集に関する現代的考察―ビデオリンクの利用と国家管轄権―」国際法外交雑
誌第 118 巻第 1 号(2019)25 頁。2小寺彰ほか『講義国際法〔第 2 版〕』(有斐閣,2010)162 頁,小松一郎『実践国際法(第 2版)』
(信山社,2015)31 頁。本取りまとめにおいては,その意義を明確に区別せずに「執行管
轄権」との語を使用しているが,本検討会においては,国家管轄権の意義について二分類と三
分類のいずれを採るかによって,本検討会における検討課題についての考え方が変わり得ると 2(2) 国際送達及び国際証拠調べは,いずれも外国における国家管轄権の行使に
当たり,これを行う場合には,相手国との間の合意が必要であると解されて
きたところ3
(なお,ここにいう相手国との間の合意には様々なものがあり得
るが,一般に,多国間条約,二国間条約,二国間共助取決め及び個別の応諾
があるとされる。),ここでは,主として外国の執行管轄権との関係が問題と
されてきたものと思われる。すなわち,国家領域内においては,領域主権に
基づき,国際法上特別の規則がない限り,領域国の執行管轄権が排他的に行
使されるべきものとされているところ,国際送達及び国際証拠調べは,いず
れも外国における執行管轄権の行使に当たり,相手国の同意がない場合には
相手国の主権侵害となるため,これを行うことができないと整理されてきた
のである。
他方で,執行管轄権は,逮捕,捜査,押収等の物理的な手段によって国内
法を執行する権能を指す概念として整理がされてきたとも思われるところ,
インターネットや電話を介した国家の行為については,国家機関が相手国の
領域内に現実に立ち入って権限を行使するものではない。そこで,インター
ネットを通じて国際送達及び国際証拠調べを行うこととした場合に,このよ
うな行為が外国における執行管轄権の行使に当たるかどうかが問題となる。
インターネットを利用した国際送達及び国際証拠調べが外国における執行
管轄権の行使に当たらないと考える場合には,相手国のその領域内における
執行管轄権との抵触・衝突の問題は生じず,これを相手国の同意なく行った
場合であっても,相手国の主権侵害の問題は生じないこととなる4。第2 検討の前提
1 検討に当たっての視点
本検討会においては,上記の検討課題について議論が行われたところ,出席
者からは,ITを利用した方法による国際送達及び国際証拠調べと国家管轄権
との関係を議論するに当たっては,これらの手続の全体を総合的に捉えて検討
の指摘もあった。3最高裁判所事務総局民事局監修『国際民事事件手続ハンドブック』
(法曹会,2013)5 頁,小
松 25 頁,493 頁・前掲注 2。なお,外務省のホームページにも,同様の立場からの記載がある
(https://www.mofa.go.jp/mofaj/ca/cp/page25_001296.html)。4
一方で,仮に外国における国家管轄権の行使に当たると解される場合であっても,これが直
ちに国際法上違法となるものではなく,例えば,相手国がこれに同意を与えている場合には,
相手国の主権を侵害するものとはならない。本検討会においても,外国における国家管轄権の
行使に当たるかどうかと,これが相手国の主権侵害に当たるかどうかは,区別して検討される
べきであるとの指摘があった。 3をするのではなく,分析的な視点から検討を加えるべきであるとの指摘があっ
た。すなわち,国際送達及び国際証拠調べは,受訴裁判所,送達を受けるべき
者,証人等の複数の者による様々な行為や手続が複合しているものであり,そ
れぞれについて問題となり得る点は異なり得るため,これらを区別して議論す
べきであるし,また,国際送達や国際証拠調べに係る手続を実施することそれ
自体と,これに伴い送達を受けるべき者や証人等に対して一定の法的効果を生
じさせることとは,それぞれ異なる議論が妥当し得るものであるため,これら
についても区別した議論が必要であるというのである。なお,後者の点につい
ては,ある国家機関の行為が国家管轄権の行使としての性質を有するものであ
るかどうかを判断するに当たっては,これにより相手方にどのような効果を生
じさせるものであるかが重要な考慮要素となり得るため,手続の実施それ自体
を議論する上でも,これにより相手方に生ずる法的効果に着目することは必要
であるとの指摘もあった。
2 検討の対象
渉外的な民事裁判としては,1外国国家が当事者となる場合等,裁判権の行
使が国際法と関係する問題を生じさせる民事裁判や,2私的独占の禁止及び公
正取引の確保に関する法律違反に基づく私人間の裁判といった,実体判断の基
礎となる法規を外国における行為に対して適用することについて立法管轄権
の行使が外国の国家主権との関係で問題となり得る民事裁判,3そのような裁
判権の行使や実体法の適用に関する立法管轄権の行使が問題とならない通常
の私人間の民事裁判等が想定される。
このうち,上記3の類型の民事裁判は,基本的に裁判管轄権の行使自体につ
いて国際法上の問題が生ずるとは考えられておらず,また,実体判断について
も,場合によっては準拠法選択規則によって外国法を適用することも想定され
るように,特定国家の立法管轄権に対する侵害といった事態も想定されない事
件類型である。本検討会においては,民事裁判手続のIT化に伴う固有の国際
法上の問題に限定して検討を加えることとし,これを検討するため,主として
上記3の類型の民事裁判を念頭に置いて議論をした。
第3 国際送達等
1 システム送達による国際送達
(1) 検討に当たっての視点
ア 部会において導入が検討されている「システム送達」は,裁判所書記官
が送達すべき電子書類を裁判所の事件管理システム上にアップロードし, 4送達を受けるべき者の電子メール等のアドレス(通知アドレス)に対して
その旨を通知する方法により行われ,送達を受けるべき者が事件管理シス
テムにアクセスして送達すべき電子書類を閲覧した時にその効力が発生
する。ただし,通知を発出してから一定期間が経過しても閲覧しない場合
には,
当該期間の経過をもって閲覧したものとみなされる
(みなし閲覧)。以上のとおり,システム送達は,1裁判所書記官が事件管理システム上
に送達すべき電子書類をアップロードする行為,2送達を受けるべき者の
通知アドレスに対してその旨を通知する行為,3送達を受けるべき者が事
件管理システムにアクセスして送達すべき電子書類を閲覧する行為の三
つのプロセスに分かれるところ,このような方法による送達を外国に所在
する者に対して行う場合における国際法上の問題を検討するに当たって
は,それぞれのプロセスについて分析的に検討する視点が有益であると思
われる。
イ また,前記のとおり,本検討会においては,外国に所在する者に対して
インターネットを利用した方法により訴訟行為を行う場合における国際
法上の問題を検討するに当たっては,当該訴訟行為を行うこと自体と,当
該訴訟行為により名宛人に対して法的な効果を生じさせることとを区別
し,それぞれについて国際法上の課題を検討すべきであるとの意見が出さ
れた。そのような観点からは,システム送達による国際送達について検討
するに当たっても,上記各行為の実施それ自体と,これにより送達を受け
るべき者に一定の法的な効果を生じさせることとは,別個の問題として議
論すべきものとも思われる。
(2) 検討の前提となる事実等
ア 国際的な議論の状況等
インターネットを利用した国際送達が外国における国家管轄権の行使に
当たるかどうかについては,外国における国家管轄権の行使に当たるとす
る考え方と当たらないとする考え方の双方があり得,現時点においては,
国際法上の定説はない。
民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び
告知に関する条約(以下「送達条約」という。
)の運用に関して,ハーグ国
際私法会議により発行されたハンドブック5
等によれば,米国や英国,オー
ストラリア,カナダにおいて,一定の場合にインターネットを利用した方5Hague Conference on International Law, Practical Handbook on the Operation of the
Service Convention (4th ed., 2016). 特に,同ハンドブック Annex8 (The use of
information technology in the operation of the Service Convention)を参照。 5法による国際送達が認められた実例がある一方で,大陸法系の国等におい
ては,国内送達については各国の国内法に基づきインターネットを利用し
た方法によることを認めつつも,これを国際送達について適用することに
ついては慎重な立場をとっている国もあるようであり6
,各国においても,
インターネットを利用した国際送達の取扱いは一致していないように思わ
れる。
イ 我が国の政府見解
我が国の政府は,国会において,ある国家が,他国の領域内においてそ
の国の同意なくして公権力の行使を行うことはその国の主権の侵害に当た
り認められず,ここにいう公権力の行使とは,ある国家機関が法令に定め
る権限に基づいて行う命令的,強制的ないし権力的な性格を持つ職務行為
であると答弁している7。我が国の政府が,インターネットを利用した国際送達と国家管轄権との
関係について明示的に見解を示した例は見当たらない。なお,裁判上の手
続と外国の国家管轄権との関係が問題となる場面としては,我が国の捜査
機関が外国に所在するサーバ内のデータにアクセスし,これを証拠として
収集する場面が考えられるところ8
,我が国の政府は,国会において,この
ような捜査行為を行うことが相手国の主権を侵害するかどうかについては,
国際的に統一した見解はないと考えられるが,その国の主権との関係で問
題を生ずる可能性もあることから,サイバー犯罪に関する条約(以下「サ
イバー犯罪条約」
という。)第32条により許容されている場合に当たらな
い限り,国際捜査共助を要請することなどが望ましいと答弁している9。ウ 直接郵便送達に関する考え方
本検討会では,システム送達による国際送達に係る国際法上の問題点を
検討するに当たって,受訴裁判所が外国に所在する者に対して直接郵便に
より送達を行うこと(以下「直接郵便送達」という。
)と国家管轄権との関
係についても整理が試みられた。この点については,直接郵便送達は,外6他方で,大陸法系の国の中でも,ドイツにおいては,送達は司法機関が他国の領土内におい
て自ら直接活動するものではなく,被告に対して何らかの強制をするものではないため,国際
送達一般について,外国の主権侵害に当たるという観念を放棄すべきであるとの学説も提唱さ
れているようである(貝瀬幸雄『国際化社会の民事訴訟』
(信山社,1993)70 頁)。7
第 120 回国会参議院予算委員会会議録第 14 号[平成 3 年 4 月 3 日]15 頁政府委員答弁等。8このような外国に所在するサーバへのアクセスの問題とシステム送達等の問題とは異なる問
題ではあるものの,国家機関によるインターネットを利用した域外的な行為と領域国の国家管
轄権との関係が問題となり得る点では類似するものと思われる。9第 198 回国会衆議院法務委員会会議録第 21 号[令和元年 5 月 31 日]13 頁政府参考人答弁,
第 177 回国会衆議院法務委員会会議録第 14 号[平成 23 年 5 月 27 日]10 頁法務大臣答弁。 6国における執行管轄権の行使に当たり,相手国の同意がない限りその国の
主権の侵害となるとの考え方と,直接郵便送達は,本来的に外国における
執行管轄権の行使には当たらないとの考え方の双方が示された。前者の考
え方からは,送達条約第10条(a)の規定は,同意のない限り行うこと
のできない行為について締約国があらかじめ包括的な同意を与えることに
より,国際法上行うことのできる行為を創設する意味を持つものと位置付
けられることとなり,後者の考え方は,直接郵便送達を行うことは本来的
に国際法上禁止されないため,送達条約第10条(a)は確認規定にすぎ
ないということとなる(ただし,後者の考え方を前提としても,我が国は
平成30年12月に同条の拒否の宣言をするに至ったため,現在は,送達
条約の締約国との関係では,我が国に直接郵便送達をすることは国際法上
許容されるものではない。)。
なお,直接郵便送達と相手国の国家管轄権との関係をどのように考える
かは,システム送達に関する論点を検討するに当たっても関連し得るとこ
ろがあると思われるが,一方で,本検討会においては,裁判上の文書が受
送達者に電磁的に伝達されるシステム送達と物理的に伝達される直接郵便
送達とを同じように考えることはできず,両者の性質の異なりに留意すべ
きであるとの指摘もあった。
(3) 本検討会における検討結果
ア 裁判所書記官が事件管理システム上に送達すべき電子書類をアップロ
ードする行為と国家管轄権との関係
裁判所書記官が事件管理システム上に送達すべき電子書類をアップロー
ドする行為は,それのみをもって直ちに外国に所在する送達を受けるべき
者に何らかの影響を及ぼすものではないため,少なくともサーバが我が国
内に所在する限り,後記イ及びウの行為とは別個に,この行為が独立して
外国の国家管轄権との抵触の問題を生ずることはないようにも思われる。
他方で,本検討会においては,裁判所書記官によるアップロードの行為
についても,送達を受けるべき者が外国に所在することを前提としている
以上は,純粋に我が国内で完結する行為であると評価することはできない
との意見があった。また,システム送達については,裁判所書記官が電子
書類をアップロードした上で,送達を受けるべき者にその旨通知し,送達
を受けるべき者がこれを閲覧するという一連の手続の国際法上の評価を検
討する必要があるのであって,裁判所書記官によるアップロードのみを取
り出して議論をする実益はないのではないかとの指摘もあった。
イ 裁判所書記官が送達を受けるべき者の通知アドレスに対して通知を送 7付する行為と国家管轄権との関係
裁判所書記官による送達を受けるべき者に対する通知行為が外国におけ
る執行管轄権の行使に当たるかどうかについては,当たるとする意見と当
たらないとする意見の双方が出された。
これが外国における執行管轄権の行使に当たらないとする意見は,シス
テム送達が,送達を受けるべき者の所在地における物理的な行為を伴わな
いものであることに着目するものである。現行法下の書面による送達は,
裁判所書記官が送達すべき書類を郵送することにより行われており(民事
訴訟法(以下「法」という。
)第99条第1項)
,この場合には,郵便業務
従事者が送達すべき場所に赴き,送達すべき書類を交付して送達すること
となる(法第99条第2項,第101条)
。これに対し,システム送達は,
裁判所書記官が送達すべき電子書類をシステム上にアップロードし,送達
を受けるべき者の電子メールアドレス等にその旨を通知する方法で行われ,
送達場所における物理的な行為を要しない。そして,執行管轄権とは,物
理的な手段によって国内法を執行する権能を指すものであるという理解を
前提に,システム送達による国際送達は,相手国の領域内における物理的
行為を何ら伴うものではないため,外国における執行管轄権の行使には当
たらないと考えるものである。このような考え方からは,システム送達に
よる国際送達を相手国の同意なく行った場合であっても,相手国の執行管
轄権との抵触・衝突の問題は生じず,国際法上の問題は生じないというこ
ととなる。
これに対し,送達を受けるべき者に対する通知行為が外国における執行
管轄権の行使に当たるとする意見は,国家管轄権の内実が国家機関による
国家主権の行使であることに着目しようとするものといえる。すなわち,
送達が国家機関による国家主権の行使としての性質を有するものであると
いう理解を前提に,システム送達による場合であっても,送達を受けるべ
き者が外国に所在する以上,規範的にみて,我が国の裁判所書記官による
国家主権の行使が相手国の領域内に及んでおり,国際法上許容されない外
国における執行管轄権の行使となると考えるものである。本検討会では,
インターネットを通じて外国に所在する者に対して関与する技術が登場す
る以前においては,物理的な権限行使を念頭に置いて執行管轄権の問題が
議論されてきたものの,ITの進展に伴い,物理的な行為の有無に着目す
ることは相当でなくなっているとの意見も出された。このような考え方か
らすれば,システム送達による国際送達について,相手国の同意なく当然
にこれを行うことができると解することはできず,国際法上これを行うこ 8とが許容されるかどうかは,相手国10
次第であるということとなる。
本検討会においては,上記のいずれの考え方が妥当かについて意見交換
を行ったが,最終的には意見の一致をみなかったものである(なお,議論
の中では,インターネットを利用した国家の行為が外国における国家管轄
権の行使に当たるかどうかについては,国際的な定説がない以上,そのよ
うな中で,どのような見解に依拠し,我が国の法制度を構築するかどうか
は,これによるメリットとデメリット11
とを衡量した政策判断の問題であ
るとの意見もあった。)。
前記の各見解は,一定の執行管轄権の行使が自国の領域内で属地的に限
定されることを前提に,外国領域上における物理的な行為を伴わない送達
の実施について,そのような執行管轄権の外国における行使には当たらな
いと考えるか,一定の場合には当たると考えるかという点に差異があるも
のと考えられる。ただし,システム送達による国際送達が外国における執
行管轄権の行使に当たらないとする見解も,そのような送達が,裁判所に
よる我が国内における執行管轄権の行使を含め,一定の国家管轄権の行使
としての性質を有することは前提とするものであり,当該行為がおよそ国
家管轄権の行使に当たらないと捉えているものではないと考えられる。そ
うすると,この見解も,システム送達による国際送達が国家管轄権の行使
に当たるということを前提としつつ,属地的に限定されるべき国家管轄権
(執行管轄権)が外国の領域内で行使されているとはいえないとするもの
である。そうすると,両者の対立においては,観念的には想定される外国
の領域上での影響(外国に所在する当事者に対する送達の実施)をもたら
す国家管轄権の行使について,どのように捉えるべきか(国家管轄権の行
使の中に,属地的に限定されるべき執行管轄権の外国における行使が含ま
れていると捉えるべきか否か)が問題となっていると考えられる。10このように解するとしても,相手国の同意がある場合には主権侵害の問題を生じないと考え
られるところ,検討会では,相手国の積極的な同意がある場合に限らず,相手国の採っている
政策等から,外国によるインターネットを利用した域外的な行為を容認しているものと解釈す
ることができる場合も,黙示的な同意があるものとして,これに準じて扱ってよいとする意見
も出された。11検討会では,システム送達による国際送達を認めるメリットとして,国際送達にかかる時間
を短縮することができることが考えられ,新型コロナウイルス感染症の拡大が進む中で,郵便
事情が悪化したとしても,インターネットを利用して国際送達を行うことができること,一方
で,デメリットとして,相手国から抗議を受ける可能性が考えられるが,その可能性はさほど
高いとは考えられないことから,システム送達による国際送達を認める政策判断を行うことが
望ましいのではないかとの意見があった。他方で,このような方法による手続の実施を認める
こととした場合には,我が国に所在する者について,類似の行為を受け得ることを許容するこ
ととなるため,このような観点からの検討も必要である旨指摘する意見もあった。 9ウ 送達を受けるべき者が事件管理システムにアクセスし,送達すべき電子
書類を閲覧する行為と国家管轄権との関係
システム送達においては,原則として,通知を受けた送達を受けるべき
者が,事件管理システムにアクセスし,送達すべき電子書類を閲覧するこ
とにより送達の効力が生ずるものとされている。そこで,送達を受けるべ
き者が送達すべき電子書類を閲覧する行為について,外国の国家管轄権と
の関係で国際法上問題が生ずることがないかを検討する必要がある。
送達を受けるべき者が送達すべき電子書類を閲覧する行為は,その者が
自らの意思で事件管理システムにアクセスして行うものであり,それ自体
に我が国の国家機関の具体的な行為が直接介在するものではないから,裁
判所書記官による通知の発出行為等とは別個に「送達すべき電子書類を閲
覧させる行為」を観念して,その国際法上の問題点を検討する必要はない
とも考えられる。このような考え方からは,送達を受けるべき者が送達す
べき電子書類を閲覧する行為について,これに対応する国家機関による国
家主権の行使を観念することはできず,この点が独立して国際法上の問題
を生ずることはないという整理があり得るものと思われる。
他方で,このような場合であっても,閲覧によって送達の効果が生ずる
ものとされている以上,送達を受けるべき者に送達すべき電子書類を閲覧
「させる」行為を抽象的には観念し得ると考えるとすれば,この点につい
ても相手国の国家管轄権との関係を検討しなければならないこととなる。
この場合については,基本的には前記イと同様の議論が妥当するものと思
われる。例えば,外国における執行管轄権の行使に当たらないとする場合
における説明の仕方としては,インターネット上の行為であることに着目
し,外国における物理的な行為がないという点に根拠を求める考え方に加
えて,事件管理システムに係るサーバが我が国内にある場合には,送達を
受けるべき者が我が国の裁判所に出頭して送達すべき書類を受領している
場合と同視することができるとの考え方もあり得るようにも思われる。
エ 送達を受けるべき者に対して送達に伴う法的な効果を生じさせること
と国家管轄権との関係
前記のとおり,外国に所在する者に対して訴訟行為を行うことと,当該
訴訟行為によりその者に対して法的な効果を生じさせることとは,区別し
て検討を加えることが有益であるとの意見があったところ,このような観
点から検討すると,後者の問題は,外国に所在する者に我が国の民事訴訟
法を適用してよいかどうかの問題であることから,外国に所在する者につ
いて,我が国の手続法の規律に服させるものとして,主として立法管轄権 10との関係が問題となるとの意見があった。他方で,裁判手続の中での法的
な効果が問題となる以上,本来的には裁判管轄権の問題であるが,その行
使の当否の判断に当たり,我が国の民事訴訟法の規律に服させることがで
きるか,立法管轄権の行使の適法性と妥当性が問題となると整理すべきで
あるとの意見もあった。
ただし,どのように整理するかにかかわらず,本検討会においては,検
討対象としている前記第2の2の3の事件類型との関係では,この点につ
いて基本的に問題は生じないとする意見が大勢を占めた12。(4) 国際送達に関するその他の論点
ア 我が国内に住所等を有する者が外国に滞在していた場合の取扱い
仮に,システム送達による国際送達が外国における国家管轄権の行使に
当たるとの見解を厳格に貫くとすれば,我が国に在住する者が出張や旅行
等で一時的に外国に滞在しており,
その国でシステム送達を受けた場合(その国において裁判所書記官からの通知を受領し,又はその国から事件管理
システムにアクセスし,送達すべき電子書類を閲覧した場合)にも,外国
における国家管轄権の行使に当たり得るようにも思われる(なお,同様の
問題は,我が国の企業にシステム送達をした場合において,当該企業の外
国支店の従業員がその国から事件管理システムにアクセスし,送達すべき
電子書類を閲覧したときにも生じ得るものと思われる。)。
他方で,本検討会においては,仮にシステム送達による国際送達が外国
における国家管轄権の行使に当たる可能性があるとの見解を前提とした場
合であっても,我が国内に住所等を有する送達を受けるべき者が,システ
ム送達を受けた際に外国に滞在していた場合には,相手国の主権侵害の問
題が生ずることはないという意見が多く出された。その論拠としては,こ
のような場合については,送達を受けるべき者について領域国が関心を有
しておらず,領域国が実現しようとする送達についての要保護性がないと
いう考え方等が示された。
イ 訴訟法上の効力との関係
仮に,システム送達による国際送達が相手国の主権を侵害するものとさ
れ,国際法上違法と評価される可能性があるとした場合には,これにより
我が国の民訴法上も当該送達の効力が否定されることがあるかが問題とな
り得る。12立法管轄権については,国際法の制限は緩やかであり,執行管轄権のように,厳格に自国領
域内に限定されるものではないとされる(小寺ほか 171 頁・前掲注 2,小寺彰『パラダイム国
際法―国際法の基本構成―』
(有斐閣,2006)101 頁,小松 35 頁・前掲注 2)。 11
この点については,国際法上の違法が訴訟法上の違法を当然に導くかが
問題となるところ,我が国の捜査機関が外国に所在するサーバにアクセス
して取得したデータの証拠能力が問題となった裁判例において,捜査活動
の違法の重大性を判断する上で国際法上の違法性をも考慮している裁判例
(東京高裁平成28年12月7日判決)と,国際法上の違法と捜査活動の
違法は直ちに結びつくものではないとした裁判例(大阪高裁平成30年9
月11日判決13,東京高裁平成31年1月15日判決)
とがある
(それぞれ
の裁判例の概要は,
後記第4の3(1)のとおり)。本検討会においては,
この
ような裁判例も前提としつつ検討が加えられたところ,仮にシステム送達
による国際送達が国際法上違法と評価されることがあったとしても,その
ことから直ちに当該送達が我が国の訴訟法上も違法となるわけではなく,
その効力が直ちに否定されることとはならないとの意見が大勢を占めた。
2 外国に所在する者に対する事件管理システムを利用した直送
(1) 問題の所在
現行法上,一定の裁判上の書類については,送達の対象とはならず,提出
当事者が相手方に直接送付(直送)すべきものとされている(民事訴訟規則
(以下
「規則」
という。)第83条,
第99条第2項,
第107条第3項等)。平成8年改正前の旧民事訴訟法においては,裁判上の書類の多くについて送
達が必要とされていたところ,名宛人への到達によって訴訟上重要な効果が
生ずるものではない書類については,必ずしも裁判所による送達という厳格
な方法による必要はないという観点から,同年の改正により,送達すべき書
類について限定がされたものである14。直送すべきとされている書類については,ファクシミリにより直送をする
ことが認められている
(規則第47条第1項)
。部会においては,民事裁判手
続のIT化に伴い,事件管理システムを利用した方法による直送を認めるこ
との当否が検討されているところ,この場合にも,直送の相手方が外国に所
在する場合には,相手国の国家管轄権との関係が問題となり得るものと思わ
れる。
(2) 検討会における検討の結果
前記のとおり,本検討会では,システム送達による国際送達が外国におけ
る国家管轄権の行使に当たるかどうかについては,当たるとする意見と当た13なお,同判決に対しては上告がされたが,上告棄却決定がされている(最高裁令和3年2月
1日第三小法廷決定)。14
法務省民事局参事官室編『一問一答 新民事訴訟法』
(商事法務,1996)122 頁。 12らないとする意見の双方が出されたが,外国に所在する者に対する事件管理
システムを利用した方法による直送については,外国の主権を侵害するおそ
れはないとする意見が多く出された。
前記のとおり,送達は,裁判上の書類のうち,名宛人への到達によって訴
訟上重要な効果が生ずる書類について採られる送付方式であるため,これが
国家管轄権の行使としての性質を有する行為であることは否定することが
できないものと思われる(システム送達による国際送達が外国における執行
管轄権の行使に当たらないとする考え方も,送達行為自体が,我が国内にお
ける執行管轄権の行使を含め,一定の国家管轄権の行使に当たることは前提
としている。)。これに対し,直送は,裁判上の書類のうち,名宛人への到達
によって訴訟上重要な効果が生ずるものではない書類について採られる送
付方式であるため15
,国家管轄権の行使としての性質を有するものではなく,
これを事件管理システムを利用した方法に置き換えたとしても,そのことを
もって直ちに国家管轄権の行使としての性質が生ずるものではないと考え
られるところである。
そうすると,事件管理システムを利用した方法による直送は,システム送
達と異なり,そもそも国家管轄権の行使には当たらず,したがって,インタ
ーネットを利用して,これを外国に所在する者に対して行った場合であって
も,外国の主権を侵害するものではないと整理することができるものとも考
えられる16。3 外国に所在する者に対するインターネットを利用した公示送達
(1) 問題の所在
現行法上,国際送達について,一定の場合には公示送達の方法により送達
をすることができるとされる(法第110条第1項第3号,第4号)
。公示送
達は,裁判所書記官が送達すべき書類を保管し,いつでも送達を受けるべき
者に交付すべき旨を裁判所の掲示場に掲示する方法により行うこととされ
ており,この方法については,国内に所在する者に対する送達であると国際15例えば,現行法上直送すべき書類とされている代表的なものには準備書面があるところ(規
則第 83 条)
,これを直送したことによる直接の法的効果はなく,相手方が受領書を提出した場
合に限り,相手方が在廷していない口頭弁論において当該準備書面に記載した事実を主張する
ことができる(法第 161 条第 3 項)にとどまる。16一方で,このような方法による直送は裁判所の事件管理システムを介するものであり,外形
的にはシステム送達と変わらないことや,裁判所が送達すべき書類と当事者が直送することと
されている書類の区別は国によって異なる可能性があることに留意する必要があるとの意見も
あった。 13送達であると変わりはない(法第111条)。この点について,部会においては,当事者の利便性を向上させ,公示の効
果を実質化する観点から,公示送達の方法を見直し,裁判所書記官が送達す
べき書類を保管し,いつでも送達を受けるべき者に交付すべき旨を裁判所の
ウェブサイトなどに掲載する方法により行うことが議論されている。そこで,
送達を受けるべき者が外国に所在する場合に,このような方法により公示送
達を行うことが,その者が所在する国の主権を侵害することにならないか,
検討する必要がある。
(2) 本検討会における検討の結果
ア 仮に送達を受けるべき者が外国に所在していた場合であっても,インタ
ーネットを利用した公示送達が外国の主権侵害に当たることはないとい
う結論については,これに反対する意見はなかった。もっとも,そのよう
に考える根拠については,インターネットを利用した国家の行為が外国に
おける国家管轄権の行使に当たるかどうかについてどのように考えるか
によっても異なり得るものと思われる。
イ 外国に所在する者に対するインターネットを利用した国家の行為が,お
よそ外国における国家管轄権の行使には当たらないと考える立場に立て
ば,インターネットを利用した方法による公示送達についても,当然に外
国における国家管轄権の行使には当たらないこととなる。また,外国にお
ける国家管轄権の行使に当たるかどうかについて,サーバの所在地に着目
する考え方に立てば,裁判所のウェブサイトの使用するサーバが我が国内
にある場合には,外国における国家管轄権の行使に当たらないと解するこ
とも可能であるように思われる。
一方で,インターネットを利用した国家の行為であっても,その相手方
が外国に所在している場合には,外国における国家管轄権の行使に当たる
可能性があるとする見解に立った場合であっても,次のように考えること
により,インターネットを利用した公示送達については,外国の主権を侵
害するものではないと解することが可能であると思われる。まず,このよ
うな送達方法において,物理的な権力行使としての外国における執行管轄
権の行使はないと考えられる。また,その他の国家管轄権の行使との関係
でも問題は生じないと考えられる。なぜなら,現行法上,公示送達の効力
は,裁判所の掲示場への掲示を始めた日から一定期間の経過によって生ず
るものとされており
(法第112条),送達を受けるべき者が当該掲示を実
際に確認することや,送達すべき書類を実際に受領することは,送達の効
力とは何ら関わりがないことからすると,公示送達における掲示は,直送 14の場合と同様に,国家主権の行使としての性質を有するものではなく,こ
れをインターネットを利用する方法に置き換えたとしても外国の主権を侵
害するものではないと考えられるからである17。このほか,
本検討会におい
ては,我が国に住所等を有する者が外国に滞在していた際にシステム送達
を受けた場合における議論(前記1(4)ア)と同様に,公示送達の場合につ
いては,領域国が関心を有する送達を受けるべき者の要保護性の侵害がな
いという考え方も示された。また,本検討会では,現行法下における公示
送達が外国の主権を侵害するものとは考えられていない以上,その方法を
変更しただけで国際法違反の問題が生ずるとは考えられないとの意見もあ
った。
第4 ウェブ会議による国際証拠調べ
1 検討に当たっての視点
部会においては,証人尋問等についてウェブ会議(インターネット接続環境
下の任意の場所において,ウェブ会議用ソフトウェアを利用して,ビデオ通話
を行う方法)を積極的に活用するための方策が検討されているところ,このよ
うな方法を国際証拠調べについて適用する場合における問題点を検討するに
当たっても,システム送達による国際送達と同様に,分析的な視点が必要とな
るものと思われる。
具体的には,ウェブ会議による国際証拠調べは,1証人等に対して呼出状を
送達する行為(ただし,同行証人の場合を除く。),2証人等に対して宣誓をさ
せる行為,3証人等に対して尋問をする行為に分けることができ,それぞれを
区別して議論をすることが有益であると考えられる。また,これらの各過程を
検討するに当たっては,さらに,当該行為を行うこと自体とその行為に伴い証
人等に対して法的な効果を発生させることとを区別する視点が有益であると
思われる。17なお,現行法上,外国に所在する者に対する公示送達に当たっては,裁判所書記官は,公示
送達があったことを郵便で通知することができるが(規則第 46 条第 2 項)
,この通知が外国の
主権を侵害するものと考えられていないのも,この通知自体が送達を受けるべき者に対して何
らの法的効果を生ずるものではないためであると考えられる。前記(脚注 5)の送達条約のハ
ンドブック(Practical Handbook on the Operation of the Service Convention)にも,直接
の郵送が,送達の不可欠の要素として法廷地法上必要とされる外国への文書の送付のために利
用される場合ではなく,他の送達方法の単なる補足として利用される場合については,送達条
約第 10 条(a)の拒否宣言の効力は及ばず,そのような場合における直接の郵送は領域国の主権
侵害と扱われるものではない旨の記載がある(パラ 260)。 15
2 検討の前提となる事実等
(1) 各国の動向
ウェブ会議による国際証拠調べが外国における国家管轄権の行使に当た
るかどうかについては,システム送達による国際送達と同様に,外国におけ
る国家管轄権の行使に当たるとする考え方と当たらないとする考え方の双
方がある。
なお,米国,タイ,カナダ,英国,オランダ及びオーストラリアにおいて
は,ウェブ会議による国際証拠調べを実施しているのに対し,ドイツ及びフ
ランスについては,
ウェブ会議による国際証拠調べは,
法的な根拠18
がある場
合に限り可能とされており,また,中国,ブラジル,マレーシア,インドネ
シア,ベトナム,フィリピン及びイタリアは,国際証拠調べを実施するにあ
たり,ウェブ会議は利用されていないようである。
(2) 域外的な証拠収集に関する多国間条約等
ア 国際証拠調べに関する多国間合意としては,まず,民事又は商事に関す
る外国における証拠の収集に関する条約(以下「証拠収集条約」という。)がある。証拠収集条約は,第1章において,法廷地国及び相手国の司法共
助に基づき行われる証拠収集について定めるとともに,第2章において,
法廷地国の外交官又は領事官等が,相手国の事前の許可や立会い等の一定
の条件の下,相手国の領域内において証拠収集を行うことができる旨定め
ているところ,ハーグ国際私法会議の証拠収集条約の運用に関する特別委
員会においては,証拠収集条約の枠組みの下における証拠収集において,
ウェブ会議の技術を用いることが可能であることが確認されてきた(なお,
我が国は証拠収集条約を締結していない19。)。また,
同会議において取りま
とめられたグッドプラクティスガイド20
においても,証拠収集条約の枠組
みの下でのウェブ会議の活用についての議論が記載されている。
もっとも,ハーグ国際私法会議の実施したアンケートの結果21
によれば,18ドイツ及びフランスは証拠収集条約に加盟しており,また,EU 域内においては,後記の EU
証拠収集規則が存在する。19我が国の政府は,国会において,証拠収集条約を締結していない理由について,リソースの
限界を考えると,未締結の条約について優先順位の高いものを選んで締結を検討する必要があ
ること,証拠収集条約については,相対的には優先順位が高くないと考えられることを答弁し
ている(第 164 回国会衆議院法務委員会会議録第 30 号[平成 18 年 6 月 13 日]24 頁法務副大
臣,外務大臣政務官答弁)。20
Permanent Bureau of the Hague Conference on Private International Law, 1970
Evidence Convention Guide to Good Practice (2020), available at
<https://assets.hcch.net/docs/569cfb46-9bb2-45e0-b240-ec02645ac20d.pdf>.21Synopsis of Responses to the Country Profile Questionnaire on the Taking of 16証拠収集条約の適用上,外国の裁判所が自国内の証人等につきウェブ会議
によって尋問を行うことを許容するかどうかについては,各国によっても
取扱いが異なるようであり,フランス,シンガポール,米国,英国等は,
このような証人尋問等を許容しているのに対し,ドイツ,スイス等は,こ
のような証人尋問等を許容していないようである22
。前記グッドプラクテ
ィスガイド23
でも,
証人の所在する領域国が,
外国の司法手続のために自国
の領域内で提供される証言であることから,自国の主権に関連する懸念を
有することがあり,そのような国との関係では同意が必要となる場合があ
る一方で,一部の国については,証拠収集条約第27条に基づき,ウェブ
会議を利用して自国の領域内の証人の尋問を行うことに異議を唱えていな
いと指摘されている。
イ EU域内における取決めである民事又は商事事件における証拠調べの
領域での加盟国の裁判所間の協力に関する平成13年5月28日の理事
会の(EC)No.1206/2001規則(EU証拠収集規則)におい
ては,
その第17条において,
裁判所が,
それが任意に基づくものであり,
かつ,強制措置を伴わずに行うことができる場合に限り,他の加盟国にお
ける直接的な証拠調べを行うことができるとされており,また,この場合
において,受託国の中央当局等は,通信技術,特にテレビ会議システムの
導入を促進することとするものとされているが,このような直接的な証拠
調べは,相手国に対する嘱託の手続を経ることが前提となっている24。ウ このほか,前記のハーグ国際私法会議の実施したアンケートの結果によ
れば,オーストラリアとタイとの間や,韓国とオーストラリアとの間にお
いて,ウェブ会議による証拠調べに係る司法共助に関する取決めを含む協
定が締結されているとのことである。
また,我が国と他国との間の取決めとしては,刑事事件に関するものと
して,我が国及びEUの間で平成22年に締結された刑事に関する共助に
Evidence by Video-Link under the Hague Convention of 18 March 1970 on the Taking of
Evidence Abroad in Civil or Commercial Matters (Evidence Convention), available at
<https://assets.hcch.net/docs/1dfce8db-44c1-459e-b6b2-025954328dc0.pdf>22同アンケート結果によれば,韓国も証拠収集条約に基づくウェブ会議による国際証拠調べに
消極的な態度を取っているものとされているが,平成 28 年の法改正により,外国に所在する鑑
定証人については,ウェブ会議による尋問が認められるようになったようである(韓国民事訴
訟法第 339 条の 3。
https://elaw.klri.re.kr/eng_service/lawView.do?hseq=38478&lang=ENG)。23
パラ 29。24法務省大臣官房司法法制部司法法制課編『法務資料 第 464 号 欧州連合(EU)民事手続法』
(2015)133 頁(http://www.moj.go.jp/content/001155126.pdf)。 17
関する日本国と欧州連合との間の協定(日EU刑事共助協定)があり,そ
の第16条において,被請求国に所在する者を証人等として聴取する必要
がある場合には,被請求国は,一定の手続の下で,請求国の権限のある当
局が直接ビデオ会議を利用して当該証人等を尋問することを可能とするこ
とができる旨の規定が置かれている25。3 参考となる国家実行
(1) 外国に所在するデータに対する捜査活動
ア ウェブ会議による国際証拠調べは,外国に所在する証拠を取得する手続
であるという点に着目すると,外国に所在するサーバに保管されているデ
ータの捜索等を行う場面と類似するものと思われる(他方で,本検討会に
おいては,外国に所在するサーバに保管されているデータを複写する行為
と,外国に所在する証人等に尋問を行う行為とを同列に論ずることは困難
であるとの指摘もあった。)。このような越境的なリモートアクセスが外国
における執行管轄権の行使に当たるかどうかについては,見解の対立があ
る2627
。また,平成13年に採択されたサイバー犯罪条約の第32条bにお
いては,データを開示する正当な権限を有する者の合法的かつ任意の同意
がある場合に限り,締約国が,他の締約国の同意なしにその国に所在する
データにアクセスすることを認められているが,この規定が,国家機関が25外務省のホームページに,日 EU 刑事共助協定のテキスト及び概要等が掲載されている
(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/shomei_47.html)。26
外国における執行管轄権の行使に当たると捉えることに疑問を呈する見解として,星周一郎
「サイバー空間の犯罪捜査と国境・覚書き」警察学論集第 73 巻第 4 号(2020)71 頁,山内由
光「検証許可状に基づき押収済みのパソコンから海外メールサーバに接続した捜査に重大な違
法があるとして証拠が排除された事例」研修第 832 号(2017)13 頁等。ノルウェー最高裁判所
は,ノルウェーに所在するノルウェー法人のデータ端末から同法人が外国で保管するデジタル
資料に警察がアクセスすることについて,外国にあるデータには変更を加えずに,ノルウェー
国内でメディアにコピーを保存する方法によるものであって,外国の主権を侵害というほど外
国に影響を与えるものではないと判断している(2019 年 3 月 28 日判決 HR-2019-610-A(事件番号
19-010640STR-HRET) Tidal Music AS v. The public prosecution
authority(https://www.domstol.no/globalassets/upload/hret/decisions-in-english-
translation/hr-2019-610-a.pdf)。一方,ドイツにおいては,外国に所在するデータに捜査機
関がアクセスすることは,外国におけるデータ処理を作動させる点において,データが蔵置さ
れている国の主権に介入することとなり,特別の権限がない限り国際法上違法となるとする見
解が通説とされているようである(川出敏裕「コンピュータ・ネットワークと越境捜査」酒巻
匡ほか『井上正仁先生古稀祝賀論文集』
(有斐閣,2019)422 頁)。27
この点について検討を加えるものとして,西村高等法務研究所(NIALS)
「CLOUD Act(クラ
ウド法)研究会報告書 - 企業が保有するデータと捜査を巡る法的課題の検討と提言 -」
(2019), available at <https://www.nishimura.com/ja/news/13700.html>. 18外国に所在するデータにアクセスすることについて,本来的には外国にお
ける国家管轄権の行使に当たるという前提に立つものであるかどうかに
ついても,見解の対立があるようである282930
。このような議論も参照する
と,ウェブ会議による国際証拠調べについて,これが外国における国家管
轄権の行使に当たるかどうかについては,送達等の場合と同様に,国際法
上の定説はないとも考えられるところである。
イ 我が国においては,刑事事件に関するものであるものの,外国に所在す
るサーバにアクセスして取得されたデータの証拠能力について判示した
裁判例として,1東京高裁平成28年12月7日判決,2大阪高裁平成3
0年9月11日判決,3東京高裁平成31年1月15日判決がある。
1においては,当該捜査活動は捜査機関が取得していた令状(押収した
パソコンに対する検証許可状)によっては許容されない強制処分であり,
また,捜査の対象となったサーバが外国にある可能性があったことから,
捜査機関としては,国際捜査共助等の捜査方法を取るべきであったともい28竹内真理「サイバー捜査と国家管轄権」ジュリ 1547 号(2020)73 頁,川出 413 頁・前記注
25。一方,NATO サイバー防衛センターが招請した専門家によって取りまとめられた「サイバー
行動に適用される国際法に関するタリン・マニュアル 2.0」
(Michael N. Schmitt et al.
eds., Tallinn Manual 2.0 on the International Law Applicable to Cyber Operations (2nd
ed., 2017))においては,
「A 国の法執行機関が B 国内にある容疑者のコンピュータに侵入する
ことは,B の同意を得なければ違法な域外執行管轄権の行使となる。」(サイバー犯罪条約第 32
条 b が一定の場合に外国に所在するデータへのアクセスを認めているのは,当該条約の締約国
がこれに事前に合意しているといえるためである)とされており,これに基づけば,
「法廷地国
の司法機関が外国にあるコンピュータに侵入することは,相手国の同意を得ない限り,違法な
域外執行管轄権の行使となる」との考えも成り立ち得るように思われる(中谷和弘ほか『サイ
バー攻撃の国際法―タリン・マニュアル 2.0 の解説―』
(信山社,2018)14 頁参照)。29
なお,捜査機関が外国に所在するサーバに一方的にアクセスすることがどこまで認められる
かについては,サイバー犯罪条約の締約過程においても詳細に検討されたが,最終的に,この
分野を規律する包括的な法的スキームを作成することはいまだ不可能であると判断され,第 32
条の限度で合意がされたとのことである。その上で,その他の場合については,さらに経験が
蓄積されるまでこれを規制しないことが合意されたとのことであり,このような経緯からすれ
ば,サイバー犯罪条約が,第 32 条の定める場合以外の場合において,相手国の同意なくしてそ
の国のサーバにアクセスすることがおよそ認められないとの立場に立っているものではないと
の考え方も成り立ち得るように思われる(サイバー犯罪条約注釈書(Explanatory Report)パ
ラ 293, available at
<https://rm.coe.int/CoERMPublicCommonSearchServices/DisplayDCTMContent?documentId=090
00016800cce5b>,川出・前記注 25,瀧波宏文「
「サイバー犯罪に関する条約について」
(下)―
手続法及び国際協力規定―」警察学論集第 55 巻第 11 号(2002)113 頁)。30
交渉中のサイバー犯罪条約第 2 追加議定書に関して,"Extension of searches"については,
利害関係者との更なる協議が必要なことや,複雑な問題であり短期的な決定が困難であること
等から,草案には入れずに作業部会を設けること等とされている(https://rm.coe.int/t-cy-
2020-32-protocol-tor-chair-state-of-play/1680a06a83)。 19
える旨判示し,その違法は重大であるとして,その結果である検証調書等
の証拠能力を否定している。
2は,捜査機関が,国際捜査共助の枠組み等により相手国の同意ないし
承認を得ることなく,リモートアクセス等の処分を行った場合には,強制
捜査であれ,任意捜査であれ,その対象となった記録媒体が所在する相手
国の主権を侵害するという国際法上の違法を発生させると解する余地があり,相手国の主権を侵害しており国際法上の違法があるといえる場合には,
この違法が当該捜査手続に刑訴法上も違法の瑕疵を帯びさせることになる
と考えられる旨判示した上で,相手国が捜査機関の行為を認識した上,国
際法上違法であるとの評価を示していればともかく,
そうではない場合に,
そもそも相手国の主権侵害があったといえるのか疑問があり,当該リモー
トアクセス等は実質的に司法審査を経た差押許可状に基づいて行われてい
ると評価することができるので被告人らには違法性を主張し得る当事者適
格があるかも疑問であるなどとして,当該リモートアクセス等の違法は,
それによって得られた証拠の証拠能力を失わせるほど重大な違法には当た
らないとした。
他方で,3は,外国に所在するサーバにアクセスして証拠収集を行うこ
とが相手国の主権を侵害するか否かについては,国際的に統一された見解
がなく,国際捜査共助を要請することが望ましいという指摘があるという
ことを前提としつつも,このことは,刑事訴訟法の解釈上,捜査の違法性
の判断に直ちに影響を及ぼすものではないとしている。
(2) 米国のデポジション制度
米国の民事訴訟における公判前手続においては,証拠開示手続(ディスカ
バリー)制度が設けられており,その中でも最も頻繁に利用される手続の一
つに,証言録取(デポジション)がある。我が国内においてデポジションが
実施される場合には,日本国とアメリカ合衆国との間の領事条約(日米領事
条約)に定められた方法や手続において行われる必要があり,同条約によら
ずに行われた場合においては,当該証言録取は,我が国の主権侵害に当たる
との見解が有力である31。31
小杉丈夫「アメリカの「ディスカバリー」の日本での実施をめぐる問題点」高桑昭ほか
『新・裁判実務体系第 3 巻国際民事訴訟法(財産法関係)』(青林書院,2003)238 頁。一方
で,これが主権侵害に当たらないとする見解として,道垣内正人『国際契約実務のための予防
法学―準拠法・裁判管轄・仲裁条項』
(商事法務,2012)125 頁,松本直樹「日本でのデポジシ
ョン」国際商事法務 20 巻 10 号(1992)1208 頁。古田啓昌『国際民事訴訟法入門』
(日本評論
社,2012)159 頁では,米国の有資格者が証言者に対して宣誓をさせることに公権力性の根拠
があるとの見解が紹介されている。 20これに対し,米国内から我が国に所在する者に対して電話やウェブ会議を
利用してデポジションを行うことまでもが我が国の国家管轄権との抵触・衝
突の問題を生ずるかどうかについては,議論の余地があるものの,我が国の
政府は,このようなデポジションを行うことは認められないとの立場をとっ
ている32。このような立場は,
我が国に所在する者に対する裁判上の行為につ
いて,我が国における物理的な行為を介在しない場合であっても,一定の場
合には我が国の主権との関係で問題を生じ得ることを前提とするものであ
ると思われる。
4 本検討会における検討の結果
(1) 証人等に対する呼出状の送達及び証人等の宣誓と国家管轄権との関係
ア 呼出状の送達行為自体及び宣誓について
外国に所在する証人等に対し,尋問のための証拠調べ期日への呼出状を
送達すること及び尋問に先立ち宣誓をさせることについては,証人等に対
して尋問を行うこととは別個の検討が必要であると解される。もっとも,
呼出状の送達については,
これをシステム送達で行うこととする場合には,
前記のシステム送達による国際送達に関する議論がそのまま妥当するもの
と思われ,また,宣誓については,我が国の受訴裁判所がウェブ会議を通
じて証人等を出頭させて手続を行うという点で,ウェブ会議により尋問を
行う場合に関する議論がそのまま妥当するものと思われる。
したがって,
これらの行為を行うこと自体の国際法上の問題については,
システム送達による国際送達や,ウェブ会議により証人等に対して尋問を
行うことと異なる問題はないようにも思われるが,一方で,本検討会にお
いては,尋問を実施して証言を求めることと宣誓をさせることとは,公権
力性の程度が異なるのではないかとの意見もあった。
イ 呼出状の送達及び宣誓に伴う効果を発生させることについて
現行法上,呼出状の送達に伴い証人等に生ずる法律上の効果としては,
不出頭の場合における制裁等(証人につき過料や罰金等の制裁(法第19
2条第1項,第193条)
,勾引(法第194条)
,当事者本人につき,尋32米国大使館のホームページには,以下のような記述がある(https://jp.usembassy.gov/u-
s-citizen-services/attorneys/depositions-in-
japan/?_ga=2.87583576.1369908786.1599187584-186356394.1599187584)。「While electronically recording depositions is permissible, Japanese authorities
have informed the United States that Japan does not permit the taking of testimony
via telephone. While videotaping is permitted, videotaping equipment is not
available at the Embassy or Consulate General for use in depositions.」 21問事項に関する相手方の主張を真実と認めることができるとの効果(法第
208条)
)があり得る33
。また,宣誓に伴う効果としては,宣誓の上で虚
偽の供述をした場合における制裁(証人につき偽証罪(刑法第169条),当事者本人につき過料の制裁(法第209条第1項)
)や,
宣誓を拒む場合
における制裁等(証人につき,過料等や罰金等の制裁(法第192条第1
項,第193条,第201条第5項)
,当事者本人につき,尋問事項に関す
る相手方の主張を真実と認めることができるとの効果
(法第208条))が
ある。
前記のとおり,受訴裁判所が外国に所在する者に対して訴訟行為を行う
ことに伴い,その者に対して法的な効果を生じさせることは,外国に所在
する者について我が国の民事訴訟法を適用してよいかどうかの問題であり,
主として立法管轄権(又はそれを前提とする裁判管轄権の行使)との関係
が問題となるものと思われる。そして,外国に所在する当事者本人との関
係では,当該事件について我が国の裁判所による裁判管轄権の行使が国際
法上認められる限り,民事訴訟法の適用について,基本的に問題がないも
のと考えられる。なお,当事者に対する上記の法的効果は,制裁を背景と
して外国に所在する当事者に対して陳述等の一定の行為を間接的に強制す
るものとして,執行管轄権の行使に当たるとも捉えられるが,国際法上の
裁判管轄権の行使としての我が国の裁判所における審理が認められる以上,
当事者は,裁判所の心証形成を受け入れる必要があり,法第208条に基
づく真実擬制を行うことについては国際法上問題とならない。他方で,法
第209条第1項による過料の制裁は法第208条の真実擬制とはやや性
質が異なるものと考えることができ,これについては,より慎重な意見が
必要であるとの意見も出された。
一方で,当事者本人ではなく,証人に対する法律効果を発生させること
については,これが当事者に対して裁判管轄権を有することにより正当化
されるものであるか,議論の余地があるようにも思われる。また,虚偽の
供述をした場合や不出頭の場合等の法律上の制裁を科すことについては,
発生する効果が重大であることから,より慎重な取扱いが必要であるよう
にも思われる。本検討会では,このような点に鑑み,外国に所在する証人
に対するウェブ会議等による証人尋問を導入する場合には,これらの法律
上の制裁の適用を除外することとしてはどうかとの意見も出されたところ
であり,そのような尋問を認めたとしても我が国の現行法体系上問題のあ33ただし,証人等に対する法律上の制裁の効果を発生させることは,その旨の裁判によって生
ずる効果であって,呼出状の送達による効果ではないとの整理もあり得る。 22るものとはいえず,そのような尋問により得られた証言が法律上の制裁を
背景としないものであるという点は,裁判所の証拠評価の問題として考慮
すればよいとの意見も出された。
(2) 証人等に対する尋問の実施と国家管轄権との関係
ア 証人等に対して尋問をする行為自体について
ウェブ会議による国際証拠調べが外国における執行管轄権の行使に当た
るかどうかについては,前記2及び3の各事情も前提として考慮しつつ意
見交換が行われたところ,システム送達による国際送達と同様に,外国に
おける執行管轄権の行使に当たるとする意見と当たらないとする意見の双
方が出された。すなわち,ウェブ会議による国際証拠調べが外国における
執行管轄権の行使に当たらないとする意見は,これが証人等の所在地にお
ける物理的な行為を伴わないものであるという点に着目するものであり34,これが外国における執行管轄権の行使に当たるとする意見は,証人等が外
国に所在する以上,規範的にみて,我が国の裁判所による執行管轄権の行
使が相手国の領域内に及んでいると考えられるという点を論拠とするもの
である。それぞれの意見の基本的な考え方は,システム送達による国際送
達の場合と同様であり,ウェブ会議による国際証拠調べとシステム送達に
よる国際送達との間で,検討すべき論点や基礎とすべき考え方は,基本的
には同一であるものと思われる。
一方で,
国際証拠調べには,
尋問の対象が訴訟当事者本人である場合(当事者尋問)と,尋問の対象が第三者である証人の場合(証人尋問)とがあ
り,それぞれの問題状況は異なるのではないかとの指摘もあった。具体的
には,当事者尋問は,受訴裁判所による裁判権の行使の客体となるのは訴
訟当事者本人であるから,証人尋問と異なり,当該事件について国際法上
の裁判管轄権の行使としての我が国の裁判所における審理が認められる限
り,当事者が外国に所在する場合であっても実施することは可能であり,
国際法上問題はないと整理する余地もあるのではないかとの意見があった。
また,近時,新型コロナウイルス感染症の拡大により,外国に所在する証34なお,前記のとおり,システム送達による国際送達については,事件管理システムのサーバ
所在地が我が国内にあれば,送達を受けるべき者が我が国に赴いて交付送達を受ける場合と同
様に考えることが可能であり,外国における執行管轄権の行使はないと考えられるとの意見が
あった。これをウェブ会議による国際証拠調べに引き直して考えると,現行法下において,ウ
ェブ会議による証人尋問等を行う場合には,受訴裁判所のいる場所が法廷であり,そこに証人
等がウェブ会議を通じて出頭してくるという考え方を取っているものとされているため,受訴
裁判所が我が国内にある以上,外国における執行管轄権の行使はないとの整理も考えられると
ころである。 23人等を我が国に出頭させて尋問を実施することが極めて困難な状況となっ
ており,国際送達と比較しても,国際証拠調べについてITを活用した手
続を認める実務上の必要性は特に高いとの意見もあった。
イ 証人尋問等の実施に伴い法的効果を生じさせることについて
証人尋問等は,証人等の証言により受訴裁判所が事件の争点について心
証を形成することを目的とするものであり,その実施により,証人等に対
して直接に法的効果を生じさせるものではない。そうすると,前記の呼出
状の送達や宣誓の問題とは独立して,証人尋問の実施自体に伴う法的効果
の問題として論ずべき点はないように思われる。
第5 その他の論点
1 ウェブ会議を利用したその他の手続と国家管轄権との関係
(1) 問題の所在
部会においては,民事裁判手続のIT化に伴い,ウェブ会議による証人尋
問等以外にも,様々な手続においてウェブ会議を活用し,又は活用の幅を拡
大することを検討しているところ,その具体的な内容としては,1ウェブ会
議を用いた検証等,証人尋問等以外の証拠調べ手続におけるウェブ会議の活
用と,2口頭弁論の期日や争点整理手続の期日における当事者のウェブ会議
による出席とがある。
これらについても,ウェブ会議による国際証拠調べと同様に,我が国の裁
判所が,外国に所在する証拠や当事者等について,ウェブ会議を利用してア
クセスすることが外国における国家管轄権の行使に当たるかどうかが問題
となるものと思われる35。(2) 本検討会における検討の結果
ア 上記のうち,1ウェブ会議を用いた証人尋問等以外の証拠調べについて
は,受訴裁判所が,インターネットを通じて外国に所在する証拠にアクセ
スするという点について,ウェブ会議による国際証拠調べと変わるところ
はなく,基本的には,これと同様の議論が妥当するのではないかと思われ
る。
イ また,2当事者のウェブ会議による期日への出席については,これまで
の議論と同様に,当該手続において訴訟行為を行うこと自体とこれに伴い
法的な効果を発生させることを区別して議論することが有益と思われる。35なお,現行法上,弁論準備手続の期日等における手続については電話会議を利用することが
可能であるところ(法第 170 条第 3 項)
,外国に所在する当事者等が電話会議により期日に出席
する場合には,ウェブ会議による場合と同様の議論が妥当するものと考えられる。 24前者については,受訴裁判所が,外国からウェブ会議を用いて期日に出
席した当事者等に対して,ウェブ会議を通じて訴訟指揮や釈明等を行うこ
とが,外国における国家管轄権の行使に当たるかどうかが特に問題となる
ものと思われる36。この点については,
ウェブ会議による国際証拠調べと同
様に,インターネット上の行為であることから,外国における執行管轄権
の行使に当たらないと捉えることができるかどうかが中心的な論点となる
ものと思われる。本検討会においては,期日の種類によっても公権力性の
程度は様々であり,例えば,争点整理手続の期日における手続は,他の訴
訟手続と比較して公権力性の程度が低いと考えられるため,少なくとも外
国からウェブ会議を通じて出頭することに当事者本人が同意している限り,
外国の主権の侵害とはならないのではないかとの意見が出された。このよ
うな意見の中には,新型コロナウイルス感染症対策のため国境を超える自
由な往来が制限される中,諸外国においても,裁判手続の中でインターネ
ットがますます活用されるようになっており,我が国においても訴訟当事
者が手続に関与する機会を保障するために,インターネットを利用した手
続を認める実務上の必要性がこれまで以上に高まっていると指摘するもの
もあった。他方で,その程度が低いとしても,公権力性があることを否定
することはできないから,外国の主権の侵害となり得るとの意見もあった37。36一方で,本検討会では,外国に所在する当事者がウェブ会議を通じて期日に出頭することが
できることとした場合には,訴訟指揮権のみならず,法廷警察権の行使についても問題となり
得るとの指摘もあった(同様の問題は,国際証拠調べについても問題となり得るものと思われ
る。)。なお,受訴裁判所による法廷秩序維持権は,法廷の秩序を維持するために必要な限り,
法廷の内外を問わず,裁判官が妨害行為を直接目撃し得る場所等にまで及ぶものと解されてお
り(最高裁昭和 31 年 7 月 17 日第三小法廷判決・刑集 10 巻 7 号 1127 頁)
,ウェブ会議により証
人尋問を実施する場合においても,受訴裁判所の端末のディスプレイに映り得る範囲について
は受訴裁判所の法廷警察権が及ぶとする見解がある。37前記脚注 36 のとおり,外国に所在する者がウェブ会議を通じて手続に関与することを認め
る場合には,その者に対する法廷警察権の行使が問題となり得るところであるが,いかなる行
為が国際法上許容されない法廷警察権の行使に当たるかについては,本検討会において様々な
意見があり,裁判所が法廷警察権の行使としてウェブ会議を通じて行い得る行為について,外
国の主権侵害のおそれがある行為はないとする意見と,主権侵害になり得る行為があるとする
意見の双方があった。また,その前提として,そもそもどのような行為が法廷警察権の行使に
当たるかどうかも必ずしも明らかでないとの指摘もあった。すなわち,ウェブ会議参加者が所
在する空間における物理的な強制力の行使を裁判所が行い得ない(行うことができるのは,せ
いぜいインターネット接続の切断である)状況において,参加者に対して録画・録音をやめる
よう指示したり,当該空間に所在する第三者に対して退席を指示したりすることが,法廷警察
権の行使に当たるのか,訴訟指揮権の行使なのか,必ずしも明らかでないとの指摘があった。
更に,それらの指示に従わないことを理由として外国に所在する者に対して過料等の制裁を課
すことが当該外国の主権侵害になり得るかについても,別途検討を要するとの指摘があった。 25後者については,口頭弁論の期日や争点整理手続の期日における裁判所
の訴訟行為には,訴訟指揮や釈明等,それのみでは当事者等に対する法的
効果を直ちに生じさせるものではないものから,弁論の終結や証拠の申出
に対する裁判など,一定の法的効果を伴うものまで,様々なものがあり得
る。これらを一括して議論することは困難であるものの,この点について
も,基本的には,これまでの議論と同様に,当該事件についての我が国の
裁判所による国際法上の裁判管轄権の行使に問題がない限り,これらの訴
訟行為により当事者等に法的効果を生じさせることは,立法管轄権の行使
(又はそれを前提とする裁判管轄権の行使)として,国際法上も認められ
るものと思われる。
2 考えられるその他の方策
(1) 問題の所在
システム送達による国際送達やウェブ会議による国際証拠調べ等が外国
における国家管轄権の行使に当たる可能性があるかどうかについては,既に
みてきたとおり,様々な考え方があり得ると思われる。そこで,本検討会に
おいては,仮にこれらの訴訟手続が外国の国家主権を侵害する可能性がある
という立場を前提とした場合であっても,民事裁判手続のIT化によるメリ
ットを最大化し,訴訟を利用する者の利便の向上を図る観点から,考えられ
る方策がないかについても,補足的に検討が加えられた。
本検討会で出された具体的な意見は(2)のとおりであるが,これらについて
は,いずれも国際司法共助に関する現在の運用に変更を加えるものであり,
また,部会において調査審議が進められている民事裁判手続のIT化全体の
法制度設計や裁判所において構築する事件管理システムの内容によるとこ
ろもあると考えられることから,これらの方向性等も踏まえて,引き続き検
討していくことが相当と思われる。
(2) 具体的な検討
ア まず,現行の領事送達においては,送達を受けるべき者に送達すべき書
類が到達するまでの間に,
我が国の最高裁判所や外務省
(在外公館を含む。)が関与するところ,検討会においては,このような国家機関間における書
類の授受について,電子的な手段の積極的な活用を検討すべきであるとい
う意見38
が出された。
一方で,
仮に在外公館に対して裁判書類を電子的に送38同様の提案をするものとして,小林秀之ほか『新版 国際民事訴訟法』
(弘文堂,2020)141
頁,池田綾子「域外的な送達・証拠収集の実務に関する現代的考察」国際法外交雑誌 118 巻 3
号(2019)63 頁。 26付することとした場合に,当該在外公館において書面への出力を行う必要
が生ずるとすれば,このような取扱いの導入を検討するに当たっては,裁
判所や当該在外公館における事務の在り方の観点からの検討も必要であ
るとの意見もあった。
これに対し,上記のような取扱いを導入するに当たっては,在外公館に
おいて書面への出力・郵送を行うことに代えて,送達を受けるべき者が在
外公館に任意に出頭する場合には,在外公館において送達を受けるべき者
に対し事件管理システム上の送達すべき電子書類を閲覧させる方法により
領事送達を行うことも考えられるとの意見もあった。このような方法によ
る送達の導入を検討するに当たっては,このような方法による送達が条約
等の相手国との間の合意に基づく領事送達として許容されるかどうかや,
国内送達における方法との整合性についての検討も必要であると考えられ
る。
また,送達条約の締約国間における転達については,ハーグ国際私法会
議においても議論がされており,その議論の状況も注視しつつ,引き続き
対応を検討していく必要があるものと思われる。
イ 次に,現行の領事証拠調べにおいては,我が国の在外公館に嘱託して,
任意に出頭する証人に対する証人尋問等の証拠調べを実施することとさ
れているが,検討会では,実務上の便宜から,領事証拠調べの方法を見直し,領事による証拠調べを行う際に,
我が国の裁判所39
と在外公館とをウェ
ブ会議により接続し,
我が国の裁判所に出頭した当事者
(又はその代理人)
が,在外公館に出頭した証人に対して,直接,交互尋問方式により尋問を
することができるようにすることとしてはどうかとの意見があった。
一方で,検討会では,このような方法による証拠調べが条約等の相手国
との間の合意に基づく領事証拠調べとして許容されるかどうかについての
検討が必要であるとの意見や,外国からの同様の証拠調べに対する我が国
の従前の立場を踏まえた検討が必要であるとの意見もあった。また,領事
証拠調べにおける受訴裁判所の関与が訴訟法上どのように位置付けられる
かという点や,これにより裁判所が得た心証が訴訟法上どのように取り扱
われることとなるのかについても検討する必要があると思われる。
なお,国際証拠調べにおけるITの活用の必要性が高いようであれば,
我が国において証拠収集条約を締結し,条約の枠組みの中でITの利用を39本検討会では,当事者又はその代理人が我が国の裁判所に出頭するのではなく,例えばその
代理人の事務所等と在外公館とをウェブ会議により接続し,このような手続を行うことも考え
られるとの意見もあった。 27進めることも一つの方法であるとの指摘もあった。

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