1「検察官の倫理」に関して参考となる「検察講義案」の内容
2020年10月1日
紀藤正樹
以下は、司法研究所検察官室名義の昭和59年版「検察講義案」
(本文337
頁、書式を中心とした付録が付され、全448頁の書籍である。
)の抜粋(まえ
がき及び23頁から27頁)である。昭和59年ころ、40期前後の期の司法修
習生の教科書として、司法研修所で使用された教科書である1。抜粋箇所はしろいしかく
で囲まれた部分であり、
下線と脚注のみ筆者が施したほかは、
改変加筆はしてい
ない。
また原本は縦書きであることから、抜粋部分の数字記載も漢数字のままとし
ている。
1 本書「検察講義案」の性質
本書まえがきの記載から明らかなとおり、
本書は、
司法修習所において使用
される検察実務に関する教科書である。
第一四回改訂まえがき
この検察講義案は、
司法修習生の検察修習のための教材として、
昭和二四
年三月発刊の
「検察ノート」
以来版を重ねること一三回に及び、
今日まで確
固たる地歩を築いて来た。
ところで、
前回改訂が行われてから三年を経過し、
その間法令の改正、判例の変遷などもあったので、
これに即した整理、
補正を行う必要が生じ、ここに第一四回の改訂版を送り出すこととなった。今回の改訂に当たっては、
従来の検察講義案の基本的構成をそのまま踏襲しながらも、できる限り検
察事務の処理の実情に沿うよう配意して、本文の一部を補正したほか、付
録の部分に相当手を加え、利用の便を図った。
この改訂に当たり、貴重な御意見を頂いた法務省刑事局及び全国の検察
庁各位に対し、ここに改めて厚くお礼を申し上げる。
昭和五九年七月
司法研修所教官 検事 増 井 清 彦
同(以下 9 名の検察教官名は略、10人全員が検察官である。)2 「独任制官庁」の説明
「独任制官庁」
の説明について、
「検察講義案」
23頁から24頁にかけて、
次の記載がある。
第一 検察官の意義
検察官は、検察権を行使する権限をもつ官庁である。個々の検察官が、官庁とし 2て検察権行使の権限をもつのであって、
検察庁の長のみがこの権限をもつのではな
い。すなわち、検察事務に関しては、自ら国家意思を決定し表示する権限を有する
独立の官庁なのであって、
上司の手足として検察権を行使するのではない。
検察官
が独任制官庁といわれるゆえんはここにある。
一 検察官の独立性
検察官は、
独任制官庁であるから、
本来、
独立的性格をもつものである。
それは、
検察権の行使が他の力に左右されることなく公正でなければならないことと、
検察
官の職務行為が直ちに確定的効力を生ずるものでなければならないことのために
必要である。検察官のこの準司法的性格は、職務の内容からして当然であるが、他
面、 正しい統一的国家意思が検察権行使に反映する体制も必要なことは明らかで
あって、
その調和が後述の法務大臣の指揮監督権や検察官同一体の原則に具現され
ている。しかし、これらの制度は、検察権行使の適正を担保するものであって、検
察官の本来的な独立性を制限するためのものではないことはいうまでもない。
二 検察官の身分保障
検察官には、
その職務遂行を他からの間接的圧迫から守るため、
裁判官の身分の
保障に準じた強い身分の保障が認められている。
いかに個々の検察官を独立の官庁
とし、
後述の法務大臣の指揮監督権を制限したとしても、
内閣ないし法務大臣が自
由に検察官を罷免したり、
検察官に対して身分上の不利益処分を行ったりすること
ができるとするならば、
検察権の独立の担保は有名無実に帰するからである。
そこ
で検察官は、次の場合を除いては、その意思に反して、その官を失い、職務を停止
され、又は俸給を減額されることはない(検二五本2)。1定 年(検二二3)
2検事総長、
次長検事及び検事長については、
検察官適格審査会の議決及び法務大
臣の勧告、
検事及び副検事については、
検察官適格審査会の議決を経て免官する場
合(検二三4)
3剰 員(検二四5)
4懲戒処分(検二五但6、国家公務員法八二7)
三 検察官の種類など
(略)
3 「検察官同一体の原則」についての説明
「検察官同一体の原則」について、
「検察講義案」25頁から26頁にかけて、次の
記載がある。
第二 検察官の組織
検察官は、
独立性をもつ個々の官庁であるが、
個々の検察権行使における過誤を
防止して国家意思を正しく反映させ、
さらに、
全体として検察機能をより効率的に 3発揮させるため、検察官の組織が必要となる。すなわち、検察官の組織は、検察官
の独立性を保持しつつ、
それに対する適切な監督体制と効率的な運営を図り、
検察
の分業と調和を考えるものである。
この要請にこたえるのが、
検察官同一体の原則
と法務大臣の指揮監督権である。
一 検察官同一体の原則
検察権の行使は、前述のとおり、全体としての統一が保たれなければならない。
そのため、
独立の官庁である個々の検察官を統一のある組織体に編成する必要が生
じ、
ここに、
検察官のすべてが一体のものとして活動するという建前が採られてい
る。
これを通常、
検察官同一体の原則といい、
上司の指揮監督権
(検七ないし一〇、
事務章程二・三・六)
、上司の事務引取権及び移転権(検一二)
、部下の上司代理権
(検一一・一三、事務章程四)などは、この原則の現れであると解されている。
このように、
検察官は、
検察権行使について上司の指揮監督を受ける地位におか
れているが、
これは個々の検察官が検察権行使の意思決定機関であるという原則を
否定するものではない。
上司の指揮監督下にあっても、
個々の検察権行使の権限と
責任は、個々の検察官にあることはいうまでもない。したがって、上司の指揮監督
権も、
検察官の独立性と調和するものでなければならない。
その端的な現れである、
いわゆる決済制度の実質は、主として審査と助言・承認を内容とするもので、この
制度は、
検察の衆知を集め、
検察権の行使に過誤なきを期する上で極めて有用であ
ると考えられている。
なお、検察官同一体の原則という用語は、右の意味のほかに、訴訟法上の効果が
同じであるという意味で使われることがある。
例えば、
公判立会い検察官が途中で
交替しても、訴訟法上の効果に影響がないという意味などである。
〔注〕上司の事務移転権によって、次のような措置ができるとされている。
(ア)捜査を担当している検察官を交替させること。
(イ)捜査を担当した検察官以外の検察官に処分をさせること。
(ウ)起訴検察官以外の検察官を公判に立ち会わせること。
(エ)公判立会い検察官を交替させること。
(オ)公判関与検察官以外の検察官に上訴の申立てをさせること。
二 法務大臣の指揮監督権
(略)
4 「検察官の心構え」についての説明
「検察官の心構え」について、
「検察講義案」27頁に、次の記載がある。
「私行上
も他から非難を招くことのないよう」と明記されている8。 4第三 検察官の心構え
検察官は、常に、公益の代表者であり、かつ、国民全体の奉仕者であることを自
覚し、
不偏不党の立場にあって、
飽くまで公正誠実に職務を行わなければならない。
そのためには、
独任制官庁たる自覚と誇りを堅持し、
真の勇気と強い責任感をもっ
て事に当たることが必要である。
また、検察官は、国民の納得する良識ある検察を行わなければならない。そのた
めには、私行上も他から非難を招くことのないよう、言動を慎むことはもちろん、
常に視野を広め識見を高めることに努めるとともに、
健全な国民感情を正しくつか
み、国民から深い信頼を得るよう絶えず謙虚な反省を怠ってはならない。
さらに、
我が国における検察の運営は、
犯罪の防止及び犯罪者の適切な処遇など
刑事政策の自的を遂行する上で重要な役割前を担っているものであるから、
検察官
は、その要請にこたえる検察を行わなければならない。そのためには、常に刑事政
策的配慮を怠ることなく、
また、
矯正・保護等関係機関との連絡協調を緊密にして、
その実をあげるように努めるべきである。
1 筆者は42期の司法修習生として本書で勉強した。ちなみに辞職した黒川弘務氏元東京高検検事
長、林眞琴現検事総長はいずれも35期である。本書の内容は、法令の改正により内容の改定は加え
られているものの、法曹教育として、過去から現在まで綿々として続けられているものと思われる。
2 検察庁法第25条本文、を意味する。
なお同法第25条は「検察官は、前三条の場合を除いては、その意思に反して、その官を失い、職
務を停止され、又は俸給を減額されることはない。但し、懲戒処分による場合は、この限りでな
い。
」と定めている。
3 検察庁法第22条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年
に達した時に退官する。
4 検察庁法第23条 検察官が心身の故障、職務上の非能率その他の事由に因りその職務を執るに適
しないときは、検事総長、次長検事及び検事長については、検察官適格審査会の議決及び法務大臣の
勧告を経て、検事及び副検事については、検察官適格審査会の議決を経て、その官を免ずることがで
きる。
2検察官は、左の場合に、その適格に関し、検察官適格審査会の審査に付される。
一 すべての検察官について三年ごとに定時審査を行う場合
二 法務大臣の請求により各検察官について随時審査を行う場合
三 職権で各検察官について随時審査を行う場合
3検察官適格審査会は、検察官が心身の故障、職務上の非能率その他の事由に因りその職務を執るに
適しないかどうかを審査し、その議決を法務大臣に通知しなければならない。法務大臣は、検察官適
格審査会から検察官がその職務を執るに適しない旨の議決の通知のあつた場合において、その議決を
相当と認めるときは、検事総長、次長検事及び検事長については、当該検察官の罷免の勧告を行い、
検事及び副検事については、これを罷免しなければならない。
4検察官適格審査会は、法務省に置かれるものとし、国会議員、裁判官、弁護士、日本学士院会員及
び学識経験者の中から選任された十一人の委員をもつてこれを組織する。ただし、委員となる国会議
員は、衆議院議員四人及び参議院議員二人とし、それぞれ衆議院及び参議院においてこれを選出す
る。
5検察官適格審査会に、委員一名につきそれぞれ一名の予備委員を置く。 56各委員の予備委員は、それぞれその委員と同一の資格のある者の中から、これを選任する。但し、
予備委員となる国会議員は、それぞれ衆議院及び参議院においてこれを選出する。
7委員に事故のあるとき、又は委員が欠けたときは、その予備委員が、その職務を行う。
8前七項に規定するものの外、検察官適格審査会に関する事項は、政令でこれを定める。
5 検察庁法第24条 検事長、検事又は副検事が検察庁の廃止その他の事由に因り剰員となつたとき
は、法務大臣は、その検事長、検事又は副検事に俸給の半額を給して欠位を待たせることができる。
6 注2参照。
7 現行国家公務員法の規定は次のとおりである。
(懲戒の場合)第82条 職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒
処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第
三項の規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規則を含む。
)に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
2 職員が、任命権者の要請に応じ特別職に属する国家公務員、地方公務員又は沖縄振興開発金融公
庫その他その業務が国の事務若しくは事業と密接な関連を有する法人のうち人事院規則で定めるもの
に使用される者(以下この項において「特別職国家公務員等」という。
)となるため退職し、引き続
き特別職国家公務員等として在職した後、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場
合(一の特別職国家公務員等として在職した後、引き続き一以上の特別職国家公務員等として在職
し、引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合を含む。
)において、当該退職まで
の引き続く職員としての在職期間(当該退職前に同様の退職(以下この項において「先の退職」とい
う。)、特別職国家公務員等としての在職及び職員としての採用がある場合には、当該先の退職までの
引き続く職員としての在職期間を含む。以下この項において「要請に応じた退職前の在職期間」とい
う。
)中に前項各号のいずれかに該当したときは、これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことが
できる。職員が、第八十一条の四第一項又は第八十一条の五第一項の規定により採用された場合にお
いて、定年退職者等となつた日までの引き続く職員としての在職期間(要請に応じた退職前の在職期
間を含む。
)又は第八十一条の四第一項若しくは第八十一条の五第一項の規定によりかつて採用され
て職員として在職していた期間中に前項各号のいずれかに該当したときも、同様とする。
8 現行の平成30年版「検察講義案」の「第3 検察官の心構え」の項にも「検察官が自己に求めら
れる役割を果たすためには,私行上,他から非難を招くことのないよう,言動を慎むことはもとよ
り,法律的な知識,技能の修得とその一層の向上に努めるとともに,多様な事象とその変化にも対応
し得る幅広い知識や教養を身につけるよう研さんを積まなければならない。
」とほぼ同様の記載があ
る(令和2年2月20日法曹会発行版の14頁、読点はママ)。

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