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「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する
法律」に係る参考情報(その2)
本稿は、
「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推
進に関する法律」の施行を踏まえた参考情報として、法務省人権擁護局内「ヘ
イトスピーチ対策プロジェクトチーム」において作成し、関係地方公共団体に
提供するものである。
(1) 「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関
する法律」第2条は、
「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」の定義を
規定している。
(定義)
第2条 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」
とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその
子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身
者」という。
)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然
とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知
し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は
地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排
除することを煽動する不当な差別的言動をいう。
(2) 本条は、
「本邦外出身者」について、
「本邦の域外にある国若しくは地域
の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」と規定し、いわ
ゆる適法居住要件を付している。ただし、本法律は、本条において「本邦外
出身者」にそのような要件が付されていることをもって、
「適法に居住」し
ない者、すなわち不法滞在者等に対する「不当な差別的言動」であれば許さ
れるとする趣旨ではないとされている(注1)。(注1)発議者矢倉克夫議員答弁「ヘイトスピーチ、不当な、適法にいない
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者に対してこのような非常に許されないような態様でやっていいかと
いうことを、お墨付きをあげているものでは当然ございません(略)
今、ヘイトスピーチをやっているような人たちがこれに反対解釈をし
て、そのような人たちに対してのヘイトスピーチを、これお墨付きを
与えたものだということは、これは一切当たらないというふうに改め
てお伝えしたいと思います。」(第190回国会参議院法務委員会会議
録(平成28年4月19日)
(9頁))。
このような考え方は、参議院の法務委員会附帯決議において、国及び地方
公共団体が特段の配慮をすべき事項として、
「第二条が規定する『本邦外出
身者に対する不当な差別的言動』以外のものであれば、いかなる差別的言動
であっても許されるとの理解は誤りであり、本法の趣旨、日本国憲法及びあ
らゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処す
ること」を挙げている(注2)ことと同じ趣旨のものと考えられる。
(注2)参議院法務委員会附帯決議。衆議院法務委員会附帯決議も同旨。
(3) 「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」については、本条は、その後
半にあるとおり、
「本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由と
して、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言
動」
であるとしつつ、
その典型的な具体例として、
本条の前半において、「(専
ら本邦外出身者に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然と)本
邦外出身者の生命、
身体、
自由、
名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知」
すること及び「
(専ら本邦外出身者に対する差別的意識を助長し又は誘発す
る目的で公然と)本邦外出身者を著しく侮蔑する」ことの二つを規定したも
のとされている。そして、これら二つの具体例の末尾には、
「など、
」と規
定されていることからして、これらの具体例のほかに、例えば、本邦外出身
者を排斥する旨を告知することも、後半の「本邦の域外にある国又は地域の
出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを
煽動する」ことに当たる場合は、本条の「本邦外出身者に対する不当な差別
的言動」に含まれることになるとされている(注3)
。このようなことから
すれば、本条の「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」としては、前半
の二つの典型的な具体例に当たる行為のほか、これらの具体例に類するもの
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として後半の
「本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、
本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する」ことに当たる行為を
規定しているものと考えられよう。
(注3)参議院法制局加藤第五部長答弁「この定義においては、大きなくく
りのものとして、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動す
る差別的な言動という部分を規定したものでございます。その上で、
本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言
動の典型と言える具体的な例として、本邦外出身者の生命等に危害を
加える旨を告知すること、これを規定しております。また、先ほど御
提案がなされました修正案におきまして、本邦外出身者を著しく侮蔑
することを規定しております。なお、定義規定の前半の典型となる規
定の具体例の一番最後に「など、
」というふうに規定しております。こ
れは、今申し述べました二つの典型的な具体例のほかに、本邦外出身
者を排斥する旨を告知することなども当然この定義に入ってくるもの
と考えております。」(第190回国会参議院法務委員会会議録(平成
28年5月12日)
(2〜3頁))。
なお、平成27年度に法務省が公益財団法人人権教育啓発推進センターに
委託して実施した「ヘイトスピーチに関する実態調査」では、
「インターネ
ット上で確認できるデモ・街宣活動の発言内容等の把握」の方法として、一
般的に、ヘイトスピーチであると指摘されることの多い内容として、
「1特
定の民族等に属する集団を一律に排斥する内容(例えば、特定の民族等につ
いて、一律に「日本から出て行け」などとするもの)
、2特定の民族等に属
する集団の生命、身体等に危害を加えるとする内容(例えば、特定の民族等
について、
「皆殺しにしろ」などとするもの)を含む発言に加えて、3特定
の民族等に属する集団を蔑称で呼ぶなどして殊更に誹謗中傷する内容」に分
類して抽出を行っている(注4)
。当該調査における3分類は、本条の規定
ぶりとも異なっている上、デモ・街宣活動等における発言という一定の態様
に限定されていることもあり、もとより同一の概念を示すものではないこと
は当然であるが、ヘイトスピーチの実態を調査するに当たり、ヘイトスピー
チであると指摘されることの多い内容として類型化されたものであるから、
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本条の規定を理解する際に一定程度、参考となり得るものと考えられる(注5)。
(注4)
「平成27年度法務省委託調査研究事業 ヘイトスピーチに関する実
態調査報告書」
(公益財団法人人権教育啓発推進センター)7頁参照。
(注5)したがって、
「ヘイトスピーチに関する実態調査」の報告書で示され
た、デモ等における発言の出現状況については、仮に、本法律にいう
「不当な差別的言動」として分析したとしても、必ずしも一致するも
のではない。
(4) 個別具体の言動が本条の「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」に該
当するかどうかは、国及び地方公共団体が、それぞれの施策を行う場面で適
切に判断する必要があると考えられる。もとより、本法律は、いわゆる理念
法であり、本則で名宛人を明らかにした禁止規定を設けるなどしていないた
め、国及び地方公共団体が、個別具体の言動について、本法律に違反すると
いう一般的な意味においての違法性の有無を判断すべき場面は想定し難い。
しかし、本法律は、国及び地方公共団体が「本邦外出身者に対する不当な差
別的言動」の解消に向けた取組を推進すべきことを定めているため、そうし
た取組の推進に当たり、個別具体の言動が「本邦外出身者に対する不当な差
別的言動」に該当するか否かの判断が必要となる場合はあり得るし、その他
種々の行政事務を遂行するに当たって、本法律を指針として、本法律で規定
される「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは何かを把握しつつ、
必要に応じて、
個別具体の言動が
「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」
に該当するものかどうか判断することもあり得るものと考えられる。
そして、個別具体の言動が、本条の「本邦外出身者に対する不当な差別的
言動」に該当するか否か、すなわち、前記の二つの典型的な具体例や、
「地
域社会から排除することを煽動する」ことに該当するか否かは、本法律の趣
旨を踏まえて、当該言動の背景、前後の文脈、趣旨等の諸事情を総合的に考
慮して判断されることになると考えられる。
すなわち、
同一の文言であれば、
常に本条の該当性の判断に変わりがないというものではなく、個別具体の言
動がどのような状況や背景の下で行われるに至ったのか、その前後の文脈を
踏まえて当該言動がどのような趣旨、意味に解されるのか等の諸事情を勘案
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することにより、本条の「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」に該当
するか否かの判断が異なることは当然あり得ると考えられる。したがって、
個別具体的な状況を踏まえずに、あらゆる種類の言動についてその該当性を
網羅的に示し、あるいは、すべての言動の該当性の判断が可能となる具体的
基準を示すといったことは、そもそも困難であるといわざるを得ない。
(5) そのため、ここでは、典型的な例と考えられるものを示すにとどめるが、
まず、前記の二つの具体例のうち、
「本邦外出身者の生命、身体、自由、名
誉若しくは財産に危害を加える旨を告知」することについては、一般に、害
悪の告知を内容とする脅迫的言動を指すものと解され、
具体的には、
例えば、
しろまるしろまる人は殺せ」、「しろまるしろまる人を海に投げ入れろ」、「しろまるしろまる人の女をレイプしろ」
などと言うものが該当し得ると考えられる。
また、前記の二つの具体例のうち、
「本邦外出身者を著しく侮蔑する」こ
とについては、一般に、本邦外出身者を見下し蔑む言動のうち、その程度が
著しいものがこれに該当すると解され、例えば、特定の国又は地域の出身で
ある者について蔑称で呼んだり、差別的、軽蔑的な意味合いで「ゴキブリ」
などの昆虫、動物、物に例える言動なども該当し得るものと考えられる。蔑
称の具体例は割愛するが、隠語や略語が用いられたり、一部を伏せ字にする
例もあり得ることから、該当性の判断に当たっては、それらの例を十分に把
握しつつ、個別具体の言動がどのような文脈や意味合いで用いられているの
かといった点を踏まえることが必要と考えられる。
さらに、
「地域社会から排除することを煽動する」言動とは、一般に、本
邦外出身者を我が国の地域社会から排除し排斥することをあおり立てること
を指すと解されるが、
具体的には、
例えば、
しろまるしろまる人はこの町から出て行け」、「しろまるしろまる人は祖国へ帰れ」、「しろまるしろまる人は強制送還すべき」などと言うものが該
当し得ると考えられる。この種の言動の中には、一定の条件や理由を付すこ
とにより、一見、正当な言論であるかのように装うものもあり得るが、例え
ば、
しろまるしろまる人は全員犯罪者だから日本から出て行け」、「しろまるしろまる人は日本を敵視
しているのであるから出て行くべきだ」とするものなど、付されている条件
や理由がおよそ意味をなさず、本邦外出身者を排除、排斥する趣旨にほかな
らないものである場合には、合理的な理由もなく排斥することを煽動してい
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るものとして、本条に該当し得ることになると考えられる。したがって、該
当性の判断については、
前記のとおり、
個別具体の言動の背景、
前後の文脈、
趣旨等の諸事情により、どのような意味が含まれる言動であるのかを考慮す
る必要があると言える。なお、本条では、
「地域社会」と規定されているが、
特定の地域に限定される趣旨ではなく、より広く「日本から出て行け」など
と言うものも本条に該当するとされている(注6)
。外国政府等の国家機関
に対する批判を内容とする言動は、本条に該当しないと解される(注7)。(注6)発議者西田昌司議員答弁「日本というのは社会であって、地域社会
という、そういう小さなくくりではありませんが、当然日本から出て
いけということは地域社会から出ていけということも含まれてきます
ので、当然それも入ってくると思うんです。」(第190回国会参議院
法務委員会会議録(平成28年4月26日)
(19頁))。
(注7)なお、例えば、在日米軍に対する批判を内容とする政治的活動につ
いては、本条の「不当な差別的言動」に含まれないとされている。発
議者西田昌司議員答弁「我々の法案の中に、米軍の問題というのが立
法事実として初めから含まれておりません。
(略)いわゆる米軍に対す
る排撃というのは元々入っておりませんし、政治的なそういう活動に
対してこの法律が使われることもあり得ないという認識であります。」(第190回国会参議院法務委員会会議録(平成28年5月12日)(5頁〜6頁))。
(6) なお、本条にいう「不当な差別的言動」は、デモ等における発言といった
一定の表現態様に限定するものではなく、例えば、プラカードに書かれた文
字、インターネット上の書込みなどを含むと解される。

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