平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(倒産法)
1 出題の趣旨・狙い等(出題の趣旨に補足して)
公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。
2 採点方針
解答に当たって言及すべき問題点等については,既に「出題の趣旨」として公
表したとおりである。
第1問は,破産管財人の換価業務に関する具体的事例を通じて,破産手続にお
ける否認権行使の要件・効果,所有権留保の法的性質やその対抗要件等に関する
正確な理解と問題解決能力を問うものである。採点の主眼は,設問1及び2とも
に,判例を踏まえた上で,考え得る法的構成を検討した上で,問題点を的確に抽
出し,それぞれの主張について説得力をもって自説を展開することができるかど
うかに置かれている。
第2問は,具体的な事例を通じて,民事再生手続における担保権消滅許可制度
及び届出がされなかった再生債権の取扱いについての理解と問題解決能力を問う
ものであり,採点の主眼は,設問1については,担保権消滅許可制度の趣旨や要
件を正確に摘示した上で,申立ての許否を説得的に論じることができるかどうか
に,設問2については,届出のされなかった再生債権の民事再生法上の取扱いに
ついて問うものであり,同法178条の原則と,同法181条の例外的取扱いに
ついて,条文の正確な理解と事例への丁寧な当てはめができるかどうかに置かれ
ている。
3 採点実感等
(1) 第1問
ア 設問1
(ア) 設問1において,Xが本件売掛金の返還を求めるためには,債権譲渡又は
対抗要件具備を否認する必要があり,そのための否認の構成として偏頗行為
否認及び対抗要件否認を挙げた上で,それぞれについて検討することが求め
られる。
答案においては,詐害行為否認について論じている答案が多く見られ,偏
頗行為否認と対抗要件否認のいずれか一方のみを論じている答案も少なくな
かった。詐害行為否認の検討をしている答案については,法律上,詐害行為
否認の対象から担保の供与が明確に除外されており,本件の債権譲渡が集合
債権譲渡担保として行われていることを十分に理解していないと言わざるを
得ない。偏頗行為否認と対抗要件否認のいずれか一方のみを論じている答案
については,考えられる法律構成を広く論じることを求める問題の意図に十
分応えたものとは言い難く,高い評価を受けることができなかった。
また,本件債権譲渡契約について,集合債権譲渡担保ではなく,弁済行為
(代物弁済を含む。
)であることを前提として論旨を展開している答案や,
別除権であるから否認できないとするものが相当数あった。担保供与も否認
対象行為に該当し得るものであって,基本的な事項についての理解が不十分
であると感じられた。
さらに,否認権の一般的要件に全て言及し,各要件について広く浅い検討
を行った結果,主要な論点に関する論述が薄くなり,低い評価にとどまった
答案が存在した。問題において求められているのは,論点を過不足なく把握
した上で,主要な論点について深く掘り下げた検討を行うことであり,関連
する可能性のある条文を網羅し,その要件を広く浅く検討することで高い評
価を得られるものではないことに留意すべきであろう。
(イ) 偏頗行為否認との関係では,Y社との債権譲渡契約が「支払不能になった
後」にされたものではなく,停止条件の成就そのものを「破産者の行為」と
見ることも困難であることから,形式的には偏頗行為否認の要件を満たさな
い点を指摘しつつ,偏頗行為否認の趣旨を踏まえ,本件の債権譲渡が破産法
上の否認の趣旨を潜脱するものではないかという問題意識に触れることが求
められる。
偏頗行為否認を検討している答案の多数は,Y社との債権譲渡契約が「支
払不能になった後」にされたものではなく,形式的には偏頗行為否認の要件
を満たさないことを指摘しており,問題点については基本的に把握している
と感じられた。その上で,
「破産者の行為」が何かを検討し,破産法上の否
認の趣旨を潜脱するものであるとして結論を導き出している答案は高く評価
された。
他方で,債権譲渡契約の締結が支払不能後にされたものではないことに言
及し,そこから直ちに偏頗行為否認を否定する答案も思いの外多かったが,
検討不足と言わざるを得ない。また,否認権対象行為の対象を正確に把握で
きていないのではないかと思われる答案も相当数存在した。
さらに,1本件債権譲渡契約の有効性,2支払不能や支払停止の定義や趣
旨,3Y社がA社を代理して債権譲渡通知を行っていた点などを主要な論点
と考え,論述の大半を割いている答案などがあったが,いずれも詳細に論ず
べき主要論点ではなく,こうした点について詳細に論じ,主要な論点につい
ての検討が薄い答案は低い評価にとどまった。なお,本件債権譲渡が「既存
の債務」についてなされたものではないとして直ちに偏頗行為否認を否定す
る答案も見られたが,判例の考え方も踏まえ,もう少し丁寧な検討をすべき
であった。
本問は,最高裁の判例を踏まえたものであり,この判例の考え方を踏まえ
る必要があるが,判例について触れている答案はごく少数にとどまった。
(ウ) 対抗要件否認との関係では,
「権利の設定,移転又は変更があった日」(15日の起算日)をいつと考えるかが問題となることを理解した上で,この期
間は,権利移転の原因たる行為がなされた日ではなく,当事者間における権
利移転の効果が生じた日から起算すべきであるとする判例等を踏まえて論ず
ることが求められる。
対抗要件否認について論ずる答案は,ほとんどのものが15日の要件につ
いて言及し,
その起算日をいつと考えるかが問題となることを理解していた。
ただし,答案の中には起算日を契約時と解して簡単に対抗要件否認を認めて
いるものや,逆に,起算点を効力発生時と解して対抗要件否認を否定するも
のの,その理由については論じていないものなども散見され,これらの答案
は十分な評価を得ることはできなかった。
また,起算点を債権譲渡の効力発生時と解しつつも,対抗要件否認を認め
るという結論に導くため,信義則等の一般法理に基づく解釈論を展開してい
る答案も見られたが,無理に否認を認める必要はないのであり,対抗要件否
認の趣旨を踏まえた客観的で丁寧な検討が求められるところであった。答案
には,問題点を的確に把握した上で,債権譲渡の効力が発生しないと対抗要
件の具備ができないことなどを指摘しつつ,対抗要件否認の趣旨や判例を踏
まえた検討を行っているものもあり,このような答案には高い評価が与えら
れた。
(エ) なお,
問題文を読めば明らかであるとおり,
本設問及び設問2においては,
予想される反論も踏まえて論じることが求められているにもかかわらず,主
張と反論という形で整理して自己の解釈を展開することなく,最初から最後
まで単線的に自己の見解を展開している答案が少なからず存在した。高い評
価を受けるためには,問題文をよく読み,求められる形で論述を展開するこ
とが必要であることを改めて強調しておきたい。
イ 設問2
(ア) 設問2については,まず,前提として,所有権留保が,破産手続において
は別除権として扱われることを理解していることが求められる。
この点については,大方の受験者が理解しているものと期待していたが,
実際には,半数をはるかに超える答案が,所有権留保は,破産手続上,取戻
権になると論述しており,所有権留保が非典型担保であるという基本的な理
解が欠如していることに驚かされた。また,担保権的構成を採れば登記が不
要であると誤解している答案も散見された。
(イ) 次に,登記・登録が必要な物権変動については,破産手続開始前に登記・
登録を具備していなければ,破産手続との関係では,破産管財人に対しては
その効力を主張することができないこと(破産管財人の第三者性)を指摘す
る必要がある。
この点,多くの答案は,破産管財人の第三者性に触れ,第三者対抗要件の
具備が必要であるとしていたが,そこから直ちに引渡し請求はできないと結
論付けている答案が圧倒的多数であった。また,答案の中には,Z社とC社
が系列会社であるから一体として見ることができ,C社の登録でZ社も第三
者対抗要件を具備していることになると論じるものや,期限の利益喪失条項
の有効性について詳細に論じているものも散見されたが,低い評価にとど
まった。
(ウ) 本問では,所有権留保の法的性質(物権変動の有無を含む。
)や留保所有
権の被担保債権をどのように解するかによって対抗要件の要否が異なり得る
ことを指摘した上で,判例を踏まえ,A社,C社及びZ社の三者間契約の合
理的解釈を行う必要があり,これが中心的な論点となる。
しかしながら,そもそも,被担保債権の性質により対抗要件の要否が異な
り得るという点を認識し,
留保所有権の被担保債権は立替金債権となるのか,
代金の立替払いによる代位の効果として留保所有権が代金債権とともに移転
するのかといった点を論じている答案はごく少数にとどまった。判例を踏ま
えた上で,A社,C社及びZ社の三者間契約の合理的解釈を行い,X及びZ
社の各主張の当否について検討している答案の数は更に限られたものであっ
たが,こうした答案は高く評価された。
本問は,判例百選にも掲載されている最高裁判例をベースにしたものであ
り,多くの答案において,少なくとも所有権留保の法的性質や破産管財人の
第三者性は当然の前提とした上で,被担保債権の性質についての検討までは
到達するであろうと予想していたが,受験者の基本的な事項についての知識
や理解が思った以上に欠如していることを実感させられる結果となった。
(2) 第2問
ア 設問1
(ア) 設問1は,民事再生手続における担保権消滅許可制度の理解を問うもので
あり,申立ての許否を論じることが求められているので,まずは,担保権消
滅許可制度の要件を正確に理解することが必要となる。
担保権消滅許可申立ての要件は,1再生手続開始の時において再生債務者
の財産につき民事再生法第53条第1項に規定する担保権が存すること,2
当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことのできないものであること
(不可欠性要件)である。このうち,1については検討をしていない答案が少
なくなかったが,基本的な要件であり,詳細に論じる必要はないものの,そ
の要件該当性については触れる必要がある。また,1の検討を行っていなが
ら,Cの抵当権のみが消滅許可の対象となるとの誤った指摘をしている答案
も散見された。
なお,
財産の価額に相当する金銭を裁判所に納付することは,
担保権消滅の実体的効果が生ずるための要件であって,担保権消滅許可決定
の要件ではないが,この点を混同している答案が少なくなかった。
(イ) 次に,本事例では担保権の消滅が必要であるものの,対象財産が売却予定
財産であるので,不可欠性要件を充足するかどうかを主要論点として提示し
た上で,本事例の事実関係に即した当てはめを行うことが求められる。
この点,ほとんどの答案が不可欠性要件を充足するかどうかが主要な論点
であると把握し,条文も指摘した上で,事例に則して不可欠性要件の存否を
検討していた。答案に差がついたのは,担保権消滅許可制度の趣旨を踏まえ
て,不可欠性要件の判断基準を示し,結論を導く上で根拠となる事実を丁寧
に抽出して当てはめをすることができたかどうかであり,同要件が別除権者
の利益(不可分性ないし換価時期選択権)を制約するための要であることを理
解し,かかる観点から当該要件の解釈論を論理的かつ説得的に展開している
答案については,高い評価が与えられた。
他方,多くの答案は,不可欠性要件の意義について特段の検討を加えるこ
となく,事業再生の観点から同要件を「柔軟に」又は「総合的に」解釈すべ
きであるなどとした上で,再生計画履行のために担保権消滅が必要であるこ
とを理由に担保権消滅許可の申立てを認めるとの結論を導いていた。このよ
うな答案は,不可欠性要件の意義について検討を加え,一定の解釈の指針を
示した答案と比較すると,相対的に低い評価とならざるを得なかった。
また,不可欠性要件の文言を厳格に解釈すべきであるとの解釈論に立ちつ
つ,
当てはめの段階で,
本件では不可欠性要件を満たすと結論付ける答案や,
不可欠性要件の判断基準を論じつつ,当てはめの段階でその基準を使ってい
ないものも散見された。当てはめの段階では,論理的一貫性に留意しつつ,
丁寧な論述を行うことが求められる。
イ 設問2
(ア) 設問2については,1E及びFの債権は再生債権であり,届出はされてい
ないこと,2本事例では再生計画認可の決定が確定しており,その場合には
民事再生法の規定する例外事由に該当しない限り,再生債権は免責されると
いうことが前提となる。
本設問は,E及びFの債権が再生債権であって,再生計画に定めがないの
で原則免責になり,その例外として同法第181条が定められていることが
理解できれば,概ね解答できる設問であると考えられたが,こうした基本的
な前提事項が十分に理解できていない答案が相当数あった。例えば,答案の
中には,Eの債権を劣後的再生債権とするもの,Fの債権を共益債権,開始
後債権又は非免責債権とするもの,Fの債権は「再生手続開始前の罰金等」
に当たるとするもの,すでに付議決定がされているのに届出の追完ができる
とするものなどが散見された。
(イ) Eの有する本件売掛金債権については,自認債権制度の趣旨に則して同法
第101条第3項の「知っている」という要件の意義を明らかにした上で,
本事例に則して説得的に論述し,その取扱いについては,一般的基準に従っ
た変更がされること及び弁済期間満了時まで弁済を受けられないことをFの
債権への弁済との対比を意識しつつ論じることが求められる。
答案の中には,
「知っている」との上記要件の意義について検討し,解釈
指針を示した上で,本件の事情がこれに該当するかどうか論述したものと,
その意義について検討することなく,本件の事情が「知っている」に該当す
るかどうかを平板に論述したものがあり,
前者が相対的に優良と評価された。
また,過失又は重過失により知らない場合も「知っている」に含まれると
した答案が少なからずあったが,大方はその論拠を説得力をもって示すこと
ができていなかった。答案の中には,認否書作成当時に債権を失念していた
ことを理由に上記要件を充足しないとしたものも散見されたが,そのような
答案は不良と評価された。
さらに,Eの債権の弁済については,再生計画の弁済期間満了時まで弁済
を受けられないこととなるが,これが指摘できていない答案も少なからず
あった。
(ウ) Fの有する本件損害賠償請求権については,
「その責めに帰することがで
きない事由により債権届出期間内に届出をすることができなかった」かどう
かが主な論点であり,
「責めに帰することができない事由」の解釈を示しつ
つ,本事例に則した検討をすることが求められる。さらに,Fの債権につい
て,一般的基準に従った変更がされること及び再生計画による弁済がなされ
ることを論述する必要がある。
Fの債権について,答案には,関連条文を挙げ,
「責めに帰することがで
きない事由」の意義について検討し,解釈指針を示した上で,本件の事情が
これに該当するかどうか丁寧に論述したものと,その意義について検討する
ことなく,直ちに当てはめを行って本件の事情がこれに該当すると結論付け
るものがあり,前者の答案が相対的に優良と評価された。
Fの債権については,再生計画による弁済がなされることとなる。この点
を正しく理解している答案も多かったが,Eの債権と取扱いが異なることを
意識せず,Eの債権と同様の取扱いがされる旨の論述をしている答案も少な
いながら存在した。
4 今後の出題について
今後も,
特定の傾向に偏ることなく,
基本的な事項に関する理解を確認する問題,
具体的な事案から論点を抽出する能力を試す問題,倒産実体法及び倒産手続法に
関する問題,企業倒産に関する問題と個人倒産に関する問題等,幅広い観点から
の出題を心掛けることが望ましいと考える。
5 今後の法科大学院教育に求めるもの
まず,
倒産法における基本的な条文,
判例及び学説を断片的・概括的にではなく,
その趣旨に遡って理解をした上で,倒産法の体系の中で相互に関連付けて把握す
ることが重要である。その上で,具体的な事例の検討に当たっては,習得した基
本的な知識を応用し,与えられた事実関係を把握・分析して論点を過不足なく的
確に抽出し,論理的かつ一貫性のある解釈論を展開して,妥当な結論を導く能力
が求められる。
このような知識・能力の必要性は,倒産法の分野に限られるものではないが,倒
産法は,実体法と手続法が交錯する法分野であり,民事訴訟法,民事執行法,民
法等についての知識・能力が基礎として求められる上,再建型及び清算型手続の
異同についても理解することが必要であるなど,総合的かつ多角的な知識・能力
が求められる分野である。
法科大学院に対しては,こうした点にも配意しつつ,上記の知識習得や能力涵養
を実現するための教育を期待したい。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(租税法)
1 出題の趣旨・狙い等(出題の趣旨に補足して)
公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。
2 採点実感等
(1) 第1問
公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して,当該論点に関す
る最高裁判例を正しく理解した上で,その判断基準を本問の事実関係に適用して
説得力のある論述ができているかどうかという観点から採点した。
本問のAは,弁護士であるが,B株式会社(以下「B社」という。
)の法務部
長として勤務していたいわゆる企業内弁護士である。AのB社における勤務関係
は雇用契約に基づくものと解されるから,本件約定金及び本件報奨金(以下,併
せて「本件各金員」という。
)の所得税法上の所得の種類を考えるに当たっては,
一般の従業員の場合と特段異なる考慮をする必要はない。この点に関し,Aが弁
護士であることから,本件各金員が事業所得(所得税法第27条第1項)に当たる
かどうかを長々と検討する答案が少なからずあったが,本問においては,この論
点に深く立ち入る必要はない。
本問においては,本件各金員が退職所得(所得税法第30条第1項)に当たる
かどうかが主として問題となる。従業員が退職に際し支払を受ける金員が退職所
得に当たるかどうかについては,最高裁昭和58年9月9日第二小法廷判決(民
集37巻7号962頁〔5年退職金事件〕
)及び最高裁昭和58年12月6日第
三小法廷判決(判例タイムズ517号112頁〔10年退職金事件〕
)がその判
断基準を明快に説示しており,これらは,上記の論点に関する基本的な判例であ
る。設問中の「関係する最高裁判例」とは,上記各最高裁判決をいうものである。
この点に関し,設問において,関係する最高裁判例に言及することが求められて
いるにもかかわらず,最高裁判例に言及していない答案が予想以上に多かった。
そのような答案の中には,上記各最高裁判決で示された判断基準自体は記載して
いるものの,それが最高裁判例によって示されたものであるとの指摘を欠くもの
もあった。こうした答案を含めて,設問の指示に従わない答案は,大きな失点を
免れないから,問題文はくれぐれも良く読んでほしい。
上記各最高裁判決は,所得税法第30条第1項の文理及び退職所得に対する優
遇課税の立法趣旨に照らし,退職所得該当性についての判断基準を示したもので
ある。上記判断基準については,多数の答案において同旨の記載がされ,退職所
得に対する優遇課税の立法趣旨についても,
多数の答案において言及されていた。
ただし,これらの答案の中には,同項が退職所得につき「退職手当,一時恩給そ
の他の退職により一時に受ける給与」と「これらの性質を有する給与」の二つの
類型を規定しているにもかかわらず,その点についての言及を欠くものが相当数
あった。租税法の解釈においては,文理が基本となるものであるから,答案にお
いても,当該規定がどのような定め方をしているのかをしっかりと押さえた上で
論述する必要がある。
本件約定金は,Aが当初の契約で定められた勤務期間終了時にB社から支払を
受けた一時金であり,上記各最高裁判決の判断基準に照らし,AのB社における
勤務関係が平成25年3月31日をもって一旦終了したと見ることができるのか
どうか,仮にこの点を消極に解する場合には,本件約定金が所得税法第30条第
1項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるかどうかが問題となる。答案
においては,本件約定金は退職所得に当たるとするものが多かったが,給与所得
に当たるとするものも相当数あった。退職所得に当たるとする答案の中では,A
のB社における勤務関係が平成25年3月31日をもって一旦終了したと認めら
れるとするものと,上記の勤務関係の終了は認められないが「これらの性質を有
する給与」に当たるとするものに分かれ,後者の方が比較的多数であった。
本問の事実関係の下で,本件約定金が退職所得に該当するのか給与所得に該当
するのかについては,いずれの見解も成り立ち得るところであるので,結論にか
かわらず,本問の具体的な事実関係に即して論理的な論述がされているかどうか
という観点から採点した。その際,上記各最高裁判決が事例判断を示したもので
あるので,本件と上記各最高裁判決の事例との比較が適切にされているものにつ
いては,より高い点数を与えた。その一方で,退職所得該当性の判断基準につい
ては,上記各最高裁判決の文言どおりの記載をしながら,具体的な当てはめの場
面では,その判断基準を正しく理解しているとは思えないような答案も散見され
た。こうした答案については,最高裁判例について表面的にしか理解していない
ものとして,採点においては低い評価を与えざるを得ないものである。
本件報奨金は,各事業年度において功績の特に顕著であった従業員に対して報
奨金を支払うというB社の報奨金制度に基づいて支払われたものであり,退職に
よって初めて給付される性質のものではないから,上記各最高裁判決の判断基準
によれば,退職所得該当性は否定されることになろう。他方,本件報奨金は,雇
用契約に基づき提供された労務の対価として給付されたものとして,
給与所得(所得税法第28条第1項)に該当するものと解することには問題はないであろう。
答案においても,本件報奨金は給与所得に当たるとするものが圧倒的に多数で
あった。ただし,これらの答案の中には,本件報奨金の退職所得該当性を一切検
討していないものも少なくなかった。本件報奨金が退職に際して支払われた一時
金であることからすれば,退職所得該当性についての検討を一切していない答案
は,必要な検討を欠くものとして,その分の失点は免れないものである。
第1問の採点の結果,
「優秀」又は「良好」に分類される答案の数が多かった
が,その一方で,
「一応の水準」にも達しない答案の数が少なくなかった。本問
は,退職所得該当性に関する基本的な最高裁判例を正しく理解していれば,答案
の書きやすい問題であったから,その理解ができている者においては,高得点が
得やすかった反面,そのような理解ができていない者においては,適切な論述を
することが難しかったということであろう。
(2) 第2問
公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して,所得税法及び法
人税法の基本的事項に関する理解の正確さ,関連条文の解釈適用能力及び事実に
対する評価能力を重視して採点した。ただし,結論の当否そのものよりもその結
論に至る論証を重視した。採点結果の実感は以下のとおりである。
全体の実感として,まず,記述のバランスの悪い答案が予想以上に多く存在し
た。本問では記述すべき事項が多い。そのため,余事記載が多かったり,特定の
事項のみを多く記述すると必然的に他の事項の記述が少なくなり,その事項の記
述に与えられる点を得られなくなる結果となる。結果的にみると,全体をバラン
ス良く書いている答案は総じて高い評価を得ており,内容的には短くてもポイン
トを押さえた答案は一定の評価を得たが,他方,論点相互の記述に大きな落差が
あったり,未完成だった答案は総じて低い評価となった。
次に,最高裁判例に言及しない答案が予想以上に多く存在した。本問では二つ
の有名な最高裁判例があり,解答においても,当然これらに言及されるものと予
想していたが,二つの判例の両方に言及していた答案はほとんどなかった。法律
家にとって関連する最高裁判例を前提とすることは当然であって,無視すること
は許されないものである。有名な判例については答案で言及すべきである。
次に各設問について言及する。
設問1のうち源泉徴収制度の概要について,制度の内容などについて正確に説
明できていない答案が多かった。例えば,
「徴収する制度」,「受給者に代わって
納税する制度」,「給与所得者」に関する制度,個人事業者に適用されない制度
などとするものである。
制度の理解は基本であるので,正確に表現できるように留意すべきである。
答案では,次に給与所得と事業所得の定義とその区別の基準を明らかにした上
で,その基準に基づきA,B,Cの所得の種類を判断し,源泉徴収の要否を判断
することになる。最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(民集35巻3号
672頁)は「給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指
揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付」としているか
ら,これを前提とする限り,給与所得かどうかを判断するには支払者と受給者と
の間の法律関係が何かをまず検討する必要がある。この点は,設問においても,
「それぞれについてY社との間の法律関係に留意しつつ検討しなさい。
」と明示
していたところである。また,その法律関係が同じ委任ないし準委任契約でも所
得の種類が給与所得と事業所得とで分かれる場合にはその理由について説明する
必要があった。
しかし,給与所得及び事業所得の説明と区別について,定義を記述していない
答案が予想以上に多く存在していた。ただ事実だけを摘示してからA,B,Cの
所得の種類について結論のみを記述するだけで,定立した基準に基づき事実を評
価して結論を導くという基本的な思考のプロセスを示していない答案が予想以上
に多く存在していた。本問の特にCについては給与所得に該当することが明らか
な事案ではないから,給与所得や事業所得の定義をしないでいきなり事案につい
て判断することはできないはずである。結論のみを記述するだけでは説得力が全
くないことに留意すべきである。
事実を法的に分析して結論を導くには法的三段論法という形式にのっとった思
考のプロセスが必要不可欠であり,答案でもそのような思考をする能力があるこ
とを示さなければ高い評価を得ることはできない。答案においてはもっと「法的
な分析,構成及び論述の能力を有する」
(司法試験法第3条第2項)ことをアピー
ルすることが重要である。
次に,A,B及びCに関する源泉徴収の可否について,まず,そもそも法律関
係の内容を説明していない答案が予想以上に多く存在した。法律関係に留意する
ことにした出題の意図を把握できていなかったものと思われた。
また,Aについて「委任だから」給与所得であるとしながら,Cについて「委
任だから」事業所得であるとするような,Aに関する説明の論理とCに関する説
明の論理が一貫していない答案もあった。
答案の中には,Aについて,
「役員(法人税法第2条第15号)に該当するか
ら」,「役員報酬(法人税法第34条第1項)に該当するから」,「定期同額給与
(同項第1号)に該当するから」,「定期同額給与に該当し損金に算入されるか
ら」給与所得(所得税法第28条第1項)に該当するという趣旨の説明している
ものがあった。
しかし,一般に法人税法の規定に該当すれば所得税法第28条第1項の給与所
得に該当するということはできないので,上記の説明は所得税法第28条第1項
を解釈適用する思考としては誤っている。また,損金に算入されることを根拠と
することは,読む側に損金に算入されない場合は給与所得にならないと考えてい
るのかという疑問を抱かせることになり,やはり説得力に欠けるものといえる。
同様に,毎月定額の金員を受け取っていることを理由に給与所得に当たると説
明する答案も,
ピアノ教室で生徒を教えて定額の月謝を受け取っている場合など,
毎月定額の金員を受け取っている場合は他にもいろいろあり得るが,その全てを
給与所得であると考えるのかという疑問を抱かせる。
理由を考える場合,それを一般化した場合には疑問が生じないかを考慮する必
要がある。一般的にそのような判断をすると他に多くの不合理な事案が発生する
ような場合には,当該事案の説明としては一応筋が通る場合であっても,理由の
内容に対して読む側に疑問を感じさせる結果となる。それでは結論に対して説得
力に欠けることになるので注意が必要である。
Cについては,
「顧問契約」の性質を明らかにしている答案が余りなかった。
「顧問契約」というだけではそれがどのような性質の契約なのかが明らかになら
ないので,当事者間の法律関係を明らかにしたことにはならないというべきであ
る。
またCは(それから設問2のDも)
,Bとは異なりYと雇用契約を締結したわ
けではなく,またAと異なりYの機関でもない。Cは(それからDも)Yとは独
立した経済主体である。そのためCが受け取る顧問料は事業所得と評価されても
おかしくないはずである。そのような事情があるにもかかわらず,顧問料を給与
所得と判断する以上は,
「事業所得ではなく給与所得であること」を説明しない
と説得力に欠ける。逆に,顧問料を事業所得と判断するには,上記最高裁判決(弁護士顧問料事件)がある以上,
「給与所得ではなく事業所得である」ことを説明
しないと説得力に欠ける。
したがって,Cについてはいずれにしても給与所得と事業所得について言及す
る必要があった。
さらに,Cについて,依頼された法律相談などでCが時間を拘束されているの
で給与所得であると評価する答案もあった。しかし,およそ債務者は債務の履行
のために時間を拘束されるのであるから,このような理由で時間的拘束を認めて
給与所得であると評価すると債務者は常に給与所得者になりかねないのではない
かという疑問を抱かせる。
この点についても理由の内容について慎重に考えてほしかった。
なお,顧問料を事業所得とした場合,弁護士報酬の源泉徴収について気が付か
なかった答案が多かった。源泉徴収を給与所得者固有の制度と誤解していると思
われる答案が多かったことの帰結だったのかもしれないが,もう少し制度全体を
広く見てほしかったと思う。
設問2については,多くの答案で自分の判断に不利に働く事情への言及が不十
分であった。
例えば,
「本問では,
(従属性を基礎付ける事情)があるので従属性が認めら
れる(と思われる)
。しかし,
(独立性を基礎付ける事情)があるので独立性が
認められる。したがって,事業所得である。」,あるいは「本問では,
(独立性を
基礎付ける事情)があるので独立性が認められる(と思われる)
。しかし,(従属性を基礎付ける事情)があるので従属性が認められる。したがって,給与所得
である。
」という構成をしているものがあった。
しかし,これではどちらの考え方に立っても記述する内容はほぼ一緒であり,
結論に対して説得力に欠けることは明らかである。自分の判断に対して説得力を
持たせるには不利な事情をただ摘示して並べるだけでは足りない。自分の判断に
対して不利に働く事情の持つ意味を減殺する必要がある。不利に働く事情の持つ
意味を減殺するには,このような事情があっても独立性(または従属性)を認め
る上で障害にならない理由を説明する必要がある。それゆえ,独立性を認める立
場であれば,従属性を基礎付ける事情があっても独立性が否定されない理由につ
いて,また,従属性を認める立場であれば,独立性を基礎付ける事情があっても
従属性が否定されない理由を明らかにする必要があったのである。
答案の中には,自分の判断に不利に働く事情について,創意工夫を凝らして減
殺しているものもあり,このような答案の評価は高くなった。
設問3については全体的に出来が余り良くなかった。
本問は法人所得の計算に関して,請負契約の収益認識の時期に関する考え方に
ついて説明することを求めている。
所得税法は収入金額に算入すべき金額又は総収入金額に算入すべき金額を「収
入すべき金額」
(所得税法第36条第1項)と規定しているが,法人税法は益金
の額に算入されるべき金額を事業年度の「収益の額」
(法人税法第22条第2項)
と規定している。そのため,法人税における収益の認識基準については,所得税
法のように規定振りが現金受領を想起させる「収入した金額」になっていないこ
とを根拠として結論を導くことはできない。ここに収益認識基準の法的根拠を明
らかにしなければならないという法人税固有の問題がある(最高裁平成5年11
月25日第一小法廷判決民集47巻9号5278頁参照)
。さらに,請負契約に
基づく工事が複数年度に渡る場合,
実現主義ないし工事完成基準
(権利確定主義)
によると引渡時に報酬を一括して収益として認識することとなるが,これでは法
人の活動の実態に適合しないことから,実態に即して工事の進行度合いに応じて
収益と費用の認識を認める工事進行基準(法人税法第64条)が認められている
ことを記述することが本問の趣旨である。
しかし,この点について正確に記述できていない答案が多かった。中には法人
税の問題であるのに,所得税法第36条第1項の「収入すべき金額」の文言を根
拠にするなど法人税法の解釈に関する基本的な理解に疑問を抱かせるような答案
もあった。
特に多かったのは法人税法第22条第2項が「算入すべき金額」となっていて
「算入した金額」となっていないことを根拠としたものだった。しかし,これは
誤っている。所得税法第36条第1項は「その年分の各種所得の金額の計算上収
入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は,別段の定めがあるもの
を除き,その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な
利益をもつて収入する場合には,その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益
の価額)とする。
」とあり,ここにも「算入すべき金額」という文言が使われて
いる。このことだけをみても「算入すべき金額」という文言から収益認識の基準
の内容を具体的に導くことができないことは明白である。法人税法第22条第2
項で「算入すべき金額」とされているからといってこれを根拠に収益認識の基準
を導くことはできないのである。単に「すべき」という表現だけに引きずられた
のであれば,所得税法上の権利確定主義の根拠に関する議論の真の理解ができて
いなかったことを披露してしまったことになる。
また,
工事進行基準の根拠について,
費用収益対応原則を挙げている答案もあっ
た。しかし,費用収益対応原則は費用認識に関するルールであり,収益認識に関
するルールではない。費用収益対応原則からすれば費用の認識を先送りにする根
拠になっても,収益の認識を早める根拠にはならないと思われる。
さらに,複数年度をまたぐ請負契約について,権利確定の時期を契約成立時と
する答案が少なからず存在した。しかし,仕事完成を先履行義務とする民法の建
前(第633条)からすれば,契約成立時に報酬請求権を行使できないことは明
らかである。また,報酬請求と引渡とは同時履行の関係にある。このようなこと
も踏まえて,契約成立時に税負担を認める結論が担税力の観点からみて妥当では
ないのではないかとの疑問を感じてほしかった。
なお,契約成立時に収益と認識した答案は,工事進行基準を課税の繰延べとい
う本来の趣旨とは正反対の趣旨の制度として説明していた。
制度や原則の正確な理解は不可欠である。第2問では,制度や原則の不正確な
理解を前提として誤った結論を導いている答案が目立ったように思われる。改め
て制度や原則の正確な理解に留意する必要がある。
優秀と評価された答案は,解答のために直接必要でない事項の記載が少なく,
問題全体について押さえる必要のあるポイントについてバランス良く,また総じ
て正確に記述されているものであった。良好と評価された答案は,押さえる必要
のあるポイントについて総じて言及されているものの,優秀な答案に比べると,
設問に関する解答のバランスが良くなかったりするものであった。一応の水準と
評価された答案は,不正確・不十分な記述や余事記載もあるが,押さえる必要の
あるポイントについてほぼ言及されているものであった。
不良な答案としてはまず本問の解答のために直接必要がないと思われる一般論
の説明の比重が多く,
出題者が求めていた解答の比重が少ないものが挙げられる。
次に,出題の形式を無視して解答しているものが挙げられる。例えば,最初に制
度の概要を説明することを求めているのにその説明がないものや,法律関係に留
意しつつ検討することを求めているのに法律関係を明らかにしないものなどであ
る。さらに,規範の定立と事案の評価を区別せず,事案について利益衡量的に結
論を導いているものが挙げられる。最後に定立した規範について法的根拠を明ら
かにしないものが挙げられる。
3 今後の出題について
今後の出題についても,これまでどおり,所得税を基本としつつ,具体的な事実
関係の下で租税法の基本的な条文や概念の理解とその適用能力を試す問題を出題す
ることが望ましいと考えられる。
4 今後の法科大学院教育に求められるもの
今年も,第2問の設問3において,法人税法に関する問題を出題した。今後も所
得税を基本とする問題が出題されると思われるが,法人税についての基礎的な知識
の習得も重要であることは言うまでもない。
また,今後も,事例中心の出題である点には変化はないと思われる。法科大学院
においては,所得税法及びこれに関連する法人税法に関して,条文に則して理解を
確かなものとするとともに,個々の規定の趣旨・目的や相互関係についても理解を
深めるように努めた上で,そのような基礎的な学習を通じて習得した知識や能力を
事例演習等によって確認し,事例解決のための応用力や総合的判断力を涵養してい
くというような教育が望まれる。
5 その他参考事項
高い評価を得た答案は,設問を良く読んで何が問われているかを的確に把握した
上で,法的規範を事例に当てはめて結論を導出する能力を十分に示し,限られた時
間内にバランス良く文章をまとめていた。将来の受験者の皆さんも,プロセスとし
ての法学学習に真摯に取り組まれる中で,このような基本的所作を身に付けていっ
ていただきたい。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(経済法)
1 出題の趣旨について
出題の趣旨は,別途公表している「出題の趣旨」のとおりである。
2 採点方針
出題した2問とも,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独
占禁止法」という。
)上の制度・規定の趣旨及び内容を正確に理解し,問題文の行
為が当該市場における競争にどのような影響を与えるかを念頭に置いて,問題点を
指摘し,法解釈を行い,事実関係を丹念に検討した上で,要件の当てはめができる
か,それらが論理的かという点を評価しようとした。
特に,独占禁止法の基本を正確に理解し,これに基づいて検討することができて
いるかを重点的に見ようとし,公表されている公正取引委員会の考え方やガイドラ
イン等について細かな知識を求めることはしていない。
第1問は,内装建材甲の製造販売業者20社の担当営業部長によって構成される
「甲の会」の幹部会が,20社の取引先である建材専門商社に対して,20社に含
まれない甲の製造販売業者であるX社から甲を購入しないよう要請することを決定
し,これに基づいて,
「甲の会」の会長が,建材専門商社の担当者が一堂に会した
会合においてその旨要請(以下「本件要請」という。
)し,建材専門商社が協議の
上で本件要請に応じ,その結果,X社において取引先を容易に見つけ出すことがで
きなくなっているところ,本件要請について,事業者団体が「事業者に不公正な取
引方法に該当する行為をさせるようにすること」
(独占禁止法第8条第5号)に該
当するかなどについて,見解を問うものである。
具体的には,まず,本件要請が,20社全体の合意等ではなく「甲の会」の幹部
会の決定に基づいて行われている点を踏まえ,
「甲の会」が事業者団体に当たるか
否か,本件要請を事業者団体の行為と見ることができるか否かについて,的確に検
討できているかを見た。
次に,本件要請が,建材専門商社に対して共同でX社との取引を拒絶するよう要
請するものである点を踏まえ,事業者たる建材専門商社に共同の直接取引拒絶(独
占禁止法第2条第9項第6号・不公正な取引方法の一般指定(以下「一般指定」と
いう。
)第1項第1号)をさせるようにすること(同法第8条第5号)に該当する
か否か,建材専門商社の行為が一般指定第1項第1号の各要件を満たすか否かにつ
いて,矛盾なく的確に検討できているかを見た。なお,独占禁止法第8条第3号又
は第1号に該当するか否かを検討する答案や,20社自身による共同の間接取引拒
絶(一般指定第1項第2号)に該当するか否かを検討する答案もあったが,これら
についても,事案に即してそれぞれの要件該当性を矛盾なく的確に検討できている
かを見た。
最後に,本件要請が,甲に含まれる化学物質の種類等について「甲の会」が設定
した自主基準をX社が遵守しないという状況で行われている点などを踏まえ,独占
禁止法第1条所定の目的に対応する正当化事由が認められるか否かについて,目的
の合理性及び目的達成方法の相当性の両面で,検討すべき事実を漏れなく拾いなが
ら的確に検討できているかを見た。
第2問は,A社の計画するH社の株式取得が独占禁止法第10条第1項に違反す
るか否か,見解を問うものである。
まず,
「一定の取引分野」については,その意義,商品市場と地理的市場との区
別,範囲画定の基準としての需要の代替性及び供給の代替性に言及がなされている
かが問われる。具体的に本問においては,商品市場に関しては,甲と乙とが同じ商
品市場に属するか否かが問われ,地理的市場に関しては,いわゆる世界市場を画定
できるか否かが問われる。それぞれについて,需要の代替性及び供給の代替性に照
らして,問題文中の諸事実を適切に評価しているかが評価における着眼点となる。
次に,
「競争を実質的に制限することとなる」については,まず,競争の実質的
制限の意味と「こととなる」の意味の両方に言及がなされているかが問われる。ま
た,単独行動による場合と協調行動による場合との違いを正確に理解した上で分析
しているか否かも,評価における着眼点となる。本問において「競争を実質的に制
限することとなる」か否かを分析するに際しては,当事会社の地位と競争事業者の
状況,各事業者の市場シェアの変動が激しいこと,顧客である丙のメーカーの購買
行動,丙をめぐる価格競争の影響,隣接市場からの競争圧力,甲の特性(技術革新
が競争の重要な要素であること等)
,本件株式取得の目的(甲の開発時間の大幅な
短縮)といった諸事実が関わってくる。それぞれについて,どのような意味で「競
争を実質的に制限することとなる」に関わるのか説明が求められるとともに,全体
として,
整合性のある説明となっているか否かも評価における着眼点となる。
また,
その際,当然のことながら,
「一定の取引分野」との整合性も問われる。例えば,
いわゆる世界市場を画定しておきながら,
「競争を実質的に制限することとなる」
の分析において「輸入」の容易さを問題にするのは明らかな矛盾である。
3 採点実感等
(1) 出題の趣旨に即した答案の存否,多寡について
第1問について,まず,
「甲の会」が事業者団体に当たるか否か,本件要請を
事業者団体の行為と見ることができるか否かについて一通り論じている答案が多
かったが,事業者団体について全く問題意識を示すことなく20社の行為につい
てのみ論ずる答案も相当数存在した。20社ではなくその担当営業部長によって
構成されていてもなお事業者団体に当たるか否かという問題について,明示的に
論じている答案は少なかった。
次に,本件要請については,独占禁止法第8条第5号に当たるか否かの問題で
あるとし,そうである以上,
「建材専門商社の行為が」不公正な取引方法に該当
するか否かを論ずることとなるはずであるにもかかわらず,具体的な違反要件の
検討の場面では,
「20社(又は「甲の会」
)の行為が」間接取引拒絶(一般指
定第1項第2号又は第2項)に該当するか否かを論ずる,という明らかな論理矛
盾を犯している答案が相当数存在した。また,独占禁止法第8条第1号の要件と
して競争の実質的制限を論ずるに当たり,
「甲の会」では価格等に関する情報交
換を行っておらず,20社の間で比較的活発な価格競争が行われていることなど
についての問題意識を示さない答案も散見された。
最後に,正当化事由については,目的の合理性及び目的達成方法の相当性に分
けて一定程度の論述をしている答案が多かった。ただ,本件要請の目的に関して
は,
「甲の会」の会長が内装建材甲全体の信用や評判に悪影響が及ぶことを恐れ
ていたとの事実に触れることなく,
「一般消費者の健康被害を防止するため」で
あるとするなど,事案の把握がやや不十分と見られる答案も散見された。
第2問について,
「一定の取引分野」に関しては,まず,その意義や画定の基
準に関する一般論は,おおむねよく書けていた。商品市場については,本問では,
需要の代替性及び供給の代替性に照らして甲のみから構成されると考えるのが合
理的であるが,この点はおおむねよく書けていた。地理的市場については,本問
では,いわゆる世界市場と考えるのが合理的であり,実際にもそのように答える
答案が多かった。ただし,丙のメーカーが世界中に分布し,それに対して世界各
国に分布する甲のメーカーが甲を供給しているという事実を摘示できているか,
その他の事情も踏まえて需要の代替性及び供給の代替性の観点と結びつけて説明
できているかについては答案によって差があった。なお,日本の独占禁止法の保
護法益の観点から世界市場は取り得ないとする答案も散見された。
「競争を実質的に制限することとなる」に関しては,まず,その一般的な解釈
論についてはよく書けていたが,
「こととなる」の意味に言及しない答案も散見
された。また,単独行動による場合と協調行動による場合の区別については,両
者を区別した上で論述する答案は比較的多かったが,それぞれの意味と違いを正
確に説明した答案は少なく,両者の区別に全く言及しない答案も散見された。両
者を区別する実益について議論がないわけではないが,少なくとも本問のような
設定では,単独行動とは別に,協調行動による競争の実質的制限の蓋然性につい
ても検証が必要である。
「競争を実質的に制限することとなる」の存否に関わる諸事実への言及に関し
ては,当事会社の結合後の市場シェアとその順位,顧客である丙のメーカーの購
買行動,技術革新が競争の重要な要素であることへの言及は比較的多かった。し
かし,多くの答案は平成26年の市場シェアのみに注目し,過去の市場シェアの
推移に関するデータに照らして,各事業者の市場シェアの変動が激しいこと,過
去の企業結合では各当事会社が企業結合前に有していた市場シェアを足し合わせ
た市場シェアが必ずしも企業結合後に実現していないことの意味に思いが至らな
かったようである。本問では,丙のメーカーが非常時における調達経路の確保等
のために複数の甲のメーカーから甲を購入していること,また顧客による調達先
の変更が頻繁であり,したがって,A社とH社の市場シェアを単純に合算した数
値が企業結合後にもたらされるとは限らないことに言及することを期待していた
が,実際にこの点に言及する答案は少なかった。
また,数は多くないものの,本件株式取得の目的と関わって,補完的技術の結
合により甲の開発時間を短縮できれば,統合後のA社の市場支配力が増大すると
した答案が見られた。しかし,本件株式取得によって本当に甲の開発時間が短縮
されるとすれば,そのことは,市場全体の競争を促進するものと評価されるべき
である。また本件株式取得の目的を正当化事由として論じ,競争が制限されても
目的が正当であれば違法性がないという記述が少なからず見られたが,企業結合
では,
競争制限の蓋然性があれば,
たとえ目的が正当であっても適法とならない。
(2) 出題時に想定していた解答水準と実際の解答水準との差異について
第1問について,事業者団体該当性及びその行為該当性,共同の取引拒絶(又
はその他の不公正な取引方法)の要件該当性,正当化事由の有無等の判断基準及
び当てはめに関しては,一通りの論述ができている答案が多く,この点に関して
は,出題時に想定していた解答水準と実際の解答水準との間に大きな差異はな
かった。他方で,前述のとおり,そもそも事業者団体についての問題意識を全く
示さない答案や,明らかな論理矛盾を犯している答案が相当数存在したのは予想
外であった。
第2問については,全体として,実際の解答水準は,おおむね出題時における
想定の範囲内であった。ただ,単独行動による場合と協調行動による場合との区
別については,この区別を前提として記述する答案は意外に多かったが,それぞ
れの意味を正確に表現できていた答案は少なかった。また,市場シェアの変動が
激しいことについては,表によってデータを示しているにもかかわらず,これに
言及する答案は想定以上に少なかった。
(3) 「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」答案について
第1問について,
「優秀」な答案は,
「甲の会」の事業者団体該当性及びその
行為該当性,建材専門商社の共同の取引拒絶の要件該当性並びに正当化事由の有
無について,矛盾なく論理的に,的確な判断基準を示した上で,検討すべき事実
を漏れなく拾いながら説得的な当てはめを行い,結論を導いているもの,
「良好」
な答案は,矛盾なく論理的に,一定の判断基準を示した上で,検討すべき事実を
ある程度拾いながら一応の当てはめを行い,結論を導いているもの,
「一応の水
準」の答案は,
「良好」な答案と評価されるために必要なポイントのうち幾つか
を欠いているもの,
「不良」な答案は,基本的事項についての論述を全く欠いて
いたり,重大な論理矛盾を犯していたりするなど,基本的な事案処理能力が不十
分なものとした。
第2問については,本問の場合は評価項目が多いので,答案の評価は,これら
多くの評価項目の総合評価によることになる。つまり,どれだけ多くの評価項目
に言及し,各評価項目についてどれだけ正確に記述しているか,さらに,全体と
して整合性のある記述となっているかによって,
「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」が分かれることになった。ただ,全体として論旨に整合性が保たれてい
ることが必要である。また,ごくまれに,独占禁止法第10条以外に根拠条文を
求める答案が見られたが,同じ企業結合規制に係る同法第14条ならまだしも,
同法第3条を援用する答案は「不良」と評価せざるを得なかった。
4 今後の出題について
今後も,独占禁止法の基礎的知識の正確な理解,当該行為が市場における競争に
与える影響の洞察力,事実関係の検討能力及び論理性・説得性を求めることに変
わりはないと考えられる。
5 今後の法科大学院に求めるもの
経済法の問題は,不必要に細かな知識や過度に高度な知識を要求するものではな
い。経済法の基本的な考え方を正確に理解し,これを多様な事例に応用できる力
を身に付けているかを見ようとするものである。法科大学院は,出題の意図した
ところを正確に理解し,引き続き,知識偏重ではなく,基本的知識を正確に習得
し,それを的確に使いこなせる能力の育成に力を注いでいただくとともに,論述
においては,適用条文の選択・操作,構成要件の意義を正確に示した上,当該行
為が市場における競争にどのように影響するかを念頭に置いて,事実関係を丹念
に検討し,要件に当てはめること,そしてそれを箇条書き的に列挙するのでなく,
論理的・説得的に表現することができるように教育してほしい。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(知的財産法)
1 出題の趣旨について
既に公表した出題の趣旨のとおりである。
2 採点方針等
(1) 第1問
本問は,特許要件である新規性及び先願主義,上位概念の発明の特許権と下位
概念の発明の特許権が同日出願に係るものである場合の両特許権の関係,補償金
請求権の発生要件及び消滅時効,特許法第102条第2項の適用要件という,い
ずれも特許法における重要な概念ないし重要な問題点についての理解を問うとと
もに,事例から的確に論点を抽出する事案分析能力,抽出した論点について,関
連する規定及び判例等に対する理解力,具体的事例への適用に関する思考力,応
用力及び論述能力を試そうとするものである。
したがって,全体として,まず,設問から論点を的確に抽出して指摘した上,
裁判例のあるものについてはその判旨を念頭に置きつつ,自説を展開して,事案
に当てはめているか否かに応じて,優秀度を判定した。
ア 設問1
設問1においては,まず,α発明の実施品の試験的販売に関する無効理由に
ついては,公然実施(同法第29条第1項第2号)となるか否かが問題となる
ところ,公然実施の成否に関する判断基準を示し,それを当てはめて結論を出
し,さらに,新規性喪失の例外規定(同法第30条第2項)の適用の可否を論
じ,その適用が認められないことに言及することが「一応の水準」である。ま
た,乙出願に関する無効理由については,同法第39条第2項違反となるか否
かが問題となるところ,同項の「同一の発明」の成否に関する判断基準を示し,
それを当てはめて結論を出すことが「一応の水準」である。
その上で,α発明の実施品の試験的販売については,一般の顧客に対してそ
の構造を明らかにすることなく行われたという事実関係を踏まえて,判断基準
に関する自説を当てはめることができれば,その論証の説得性に応じて,
「良
好」又は「優秀」と評価した。
次に,乙出願については,その対象であるγ発明が甲出願の対象であるβ発
明を上位概念とする下位概念の発明であったという事実関係を踏まえ,
さらに,
乙出願が先願であったとした場合に両発明が同法第39条第1項の「同一の発
明」に当たるかどうかと対比し,例えば,1異日出願において下位概念の発明
についての出願が先願であったとした場合に「同一の発明」に当たるとするな
らば,同日出願の場合も同様に同条第2項の「同一の発明」に当たることにな
るとの考え方,あるいは,2同項における「同一の発明」とは,同日の出願に
係る2以上の発明の一方の側からみた場合に,他方の発明と同一であるという
だけでは足りず,同時に,他方の発明の側からみても,一方の側の発明と同一
であるとみなされる関係にあることを要するとの考え方(東京高判平成9年5
月22日平成6年(行ケ)243号公刊物未登載参照)があり得るところであ
り,このような判断基準に関する自説を当てはめることができれば,その論証
の説得性に応じて,
「良好」又は「優秀」と評価した。
また,α発明の実施品の試験的販売又は乙出願により甲特許権が無効理由を
有することになるとしても,訂正により無効理由を解消することができるか否
かについて的確に論じている場合には,より高く評価した。
イ 設問2
設問2の(1)については,γ発明の実施品がβ発明の技術的範囲に属するか否
かについて論じ,その上で,β発明の技術的範囲に属することが肯定される場
合に,乙がその特許権を有する特許発明を実施することが甲特許権の侵害とな
るか否かについて言及することが「一応の水準」である。
その上で,自説を展開して,双方の主張の妥当性に言及し,特に,後者の点
は,特許権者がその特許発明である下位概念の発明を実施することが同日出願
に係る上位概念の発明の特許権の侵害となるか否かの問題であるところ,特許
権者によるその特許発明の実施が他の特許権の侵害となるか否かについては特
許権の本質が何であるかや利用発明に関する同法第72条の意義が関係するこ
とから,これらの検討を踏まえて論じられている場合には,その論証の説得性
に応じて,
「良好」又は「優秀」と評価した。
設問2の(2)については,警告が行われていない場合の補償金請求権の発生及
び補償金請求権の時効消滅について言及することが「一応の水準」である。
その上で,前者については,警告が行われていない場合であっても特許出願
に係る発明であることを知ってその発明を実施した者に対して補償金請求権が
発生すること(同法第65条第1項後段)
,後者については,補償金請求権は,
補償金請求権を有する者が特許権の設定登録前に当該特許出願に係る発明の実
施の事実及びその実施をした者を知った場合は,特許権の設定登録日から3年
間行使しないときは,時効により消滅すること(同条第6項)について論じて
いれば,その論述内容の正確性に応じて,
「良好」又は「優秀」と評価した。
ウ 設問3
設問3については,特許権者がその特許発明の実施をしていない場合に,同
法第102条第2項を用いて損害額を算定してその賠償を請求することができ
るか否かが問題となるところ,同項の適用に関する判断基準を示し,それを当
てはめて結論を出すことが「一応の水準」である。
その上で,知財高判平成25年2月1日判例時報2179号36頁【ごみ貯
蔵機器事件(大合議)
】の判旨を踏まえて,特許権者がその特許発明の技術的
範囲に属する製品を製造販売していないが,そのような製品と同様の作用効果
を奏する製品を製造販売しているという事実関係において,判断基準に関する
自説を当てはめることができれば,その論証の説得性に応じて,
「良好」又は
「優秀」と評価した。
(2) 第2問
本問は,映画の著作物に関し,職務著作の成否,著作権法第16条の適用の可
否,映画の著作物の著作権の帰属に関する同法第29条第1項の適用の可否,ま
た,著作者人格権侵害の成否,さらには,いわゆる写り込みの問題に関して,
「複
製」の成否及び同法第30条の2の適用の可否等,著作権法の基礎的かつ重要な
論点を含む問題であり,
このような論点についての基礎的な理解を問うとともに,
長文の事例から的確に論点を抽出する事案分析能力,抽出した論点について,裁
判例の理解を前提とした法解釈とその適用に関する思考力,応用力及びその論述
能力を試そうとするものである。
したがって,全体として,まず,設問から論点を的確かつ網羅的に抽出して,
当事者の主張として問題点を指摘し,裁判例のあるものについてはその判旨を念
頭に置きつつ,法解釈を展開した上で,事案に当てはめているか否かに応じて,
優秀度を判定した。
ア 設問1
設問1は,まず,本件映像フィルムが「映画の著作物」
(同法第10条第1項
第7号)に当たり得ることを前提とした上で,その著作者は誰かに関し,職務著
作の成否を検討し,仮に職務著作に当たらないと考えられる場合,同法第16条
所定の「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」は誰か,Yが同法第
2条第1項第10号の「映画製作者」に該当することを示した上で,同法第29
条第1項が適用されるかに触れ,さらに,公表権,氏名表示権及び同一性保持権
侵害の成否に言及することが「一応の水準」である。
その上で,それぞれの論点につき自説を展開した上で,双方の主張の妥当性を
論じ,特に,職務著作に関しては,最判平成15年4月11日判例時報1822
号133頁【RGBアドベンチャー事件】を念頭に置いた上で,
「法人等の業務
に従事する者」の判断基準を示して事案に当てはめている場合,同法第29条第
1項適用の可否に関しては,東京高判平成5年9月9日判例時報1477号27
頁【三沢市勢映画製作事件】の判旨を念頭に置きつつ,未編集のフィルムであっ
ても同項所定の「映画の著作物」といえるか否かに関し,同項の趣旨に触れなが
ら自説を展開している場合,さらに,公表権侵害については同法第18条第2項
第3号を,
氏名表示権侵害については同法第19条第3項あるいは同項の趣旨を,
同一性保持権侵害については同法第20条第2項第4号の「やむを得ないと認め
られる改変」の成否などを検討している場合は,その論証の説得性に応じて,
「良
好」又は「優秀」と評価した。
イ 設問2
設問2は,本件能が「舞踊の著作物」
(同法第10条第1項第3号)に当たり,
その著作者は振付師Zであることを指摘した上で,複製権及び上映権侵害の成否
に関し,本件能映像に映っている本件能は,時間にして僅か約3分間,それを演
じる能役者の動作が辛うじて感得できる程度に写っていたにすぎないことから,
いわゆる写り込みの問題であると位置づけた上で,
本件能映像は本件能の
「複製」
といえるか,さらには,同法第30条の2の適用の可否に言及することが「一応
の水準」である。
その上で,舞踊の著作物とは踊りの振り付けなのかそれとも舞踊を実行する行
為そのものか,舞踊の著作物と認められるためには固定が要件とされているか否
かについて論じ,また,
「複製」の成否に関しては,東京高判平成14年2月1
8日判例時報1786号136頁【雪月花事件】の判旨を念頭に置きつつ,自説
を展開して事案に当てはめ,
さらに,
同法第30条の2の適用の可否に関しては,
「分離することが困難である」か否か,
「軽微な構成部分」といえるか否か,さ
らには,
「著作権者の利益を不当に害すること」とならないか否かに関し,自説
を展開して当てはめを行っていれば,その論証の説得性に応じて,
「良好」又は
「優秀」と評価した。
さらに,引用の成否,著作者人格権侵害の成否についても論じられている場合
は,より高く評価した。
3 採点実感等
(1) 第1問
ア 総評
後に具体的に指摘するように,問題文を十分に読んでいないと思われる答案
や複数の発明の相互関係に関する基礎的事項につき不正確な理解をしている答
案,時間内に完成できなかった答案が少なからず見られた。
イ 設問1
(ア) 公然実施の有無について
新規性要件の問題と捉えつつも,β発明につき,法律が定める要件につい
て特段の検討をせずに公知発明(特許法第29条第1項第1号)又は公然実
施発明(同項第2号)を簡単に認めてしまっている答案が散見された。
適用条文について,同法第29条第1項第2号を論じてほしいところ,同
項第1号を論じる答案が多く見られた。
多くの答案において公然実施の成否が問題となることは認識されていた
が,公然実施の意義について,当業者が利用可能な分析技術を用いて分析す
ることによってその構成を知り得る場合などの判断基準を示した上で,本件
事案に当てはめる必要があるところ,そのような判断基準を明確に示す答案
は多くなく,単に「構造を明らかにしなかったから」新規性は失われていない,「試験的にせよ販売したから」新規性は失われている,販売が1か月間
しか行われていないことから公然実施にならない,などとする答案が少なく
なかった。
本設問は,両発明が下位概念と上位概念にある場合にどのような判断基準
で「同一の発明」といえるか否かを問うものであり,公然実施を論じる前提
として,まず,c1とCとの同一性を論じる必要があるが,両者が下位概念
と上位概念の関係にあることを考慮することなく,単に発明が違うから同一
でない,あるいは逆に下位概念の限度で重なっているから同一であるなどと
決めつけて論じる答案が散見された。
また,新規性欠如の無効理由を検討する際には,新規性喪失の例外規定の
適用の可否を検討する必要があるにもかかわらず,同法第30条第2項に言
及した答案は少数にとどまった。同項について論じている答案でも,問題文
から新規性喪失の例外規定の適用が不可能であることが明らかであるにもか
かわらず,これを肯定する答案が複数見られた。
(イ) 同法第39条第2項の適用の可否について
同法第39条第2項に全く言及しない答案も相当数に上った。
同項に気付きながらも,β発明とγ発明との同一性を論じない答案,Cと
c2が上位概念と下位概念の関係にあることを考慮することなく,単に発明
が違うから同一でない,あるいは下位概念の限度で重なっているから同一で
ある,その反対に下位概念の限度でしか重なっていないから同一でないなど
と決めつけて論じる答案が圧倒的に多く,同条第1項の場合と対比して,同
日出願で,両発明が下位概念と上位概念の関係にある場合,どのような判断
基準で「同一の発明」と判断するかについて的確に言及した答案はごく少数
にとどまった。
問題文では,乙出願が平成21年2月4日に行われた場合と対比すること
を求めているにもかかわらず,この場合について何ら記述しない答案が少な
くなかった。この場合について記述する答案であっても,乙出願が平成21
年2月5日に行われた場合と同様に取り扱われるにせよ,異なる取扱いがさ
れるにせよ,その理由を明確に示す答案は少なかった。
出題意図としては,異日出願の場合と比較しつつ,同日出願における「同
一の発明」に関して悩みを見せてほしいところであったが,そのような答案
は少数であった。
ウ 設問2
(ア) 全体
問題文に「(1)及び(2)については,甲特許権は無効理由を有しないものとす
る。
」と記載されているにもかかわらず,甲特許権の無効理由について記述
する答案が多かった。
(イ) 小問(1)について
同日出願の場合,γ発明を実施することができないのはどのような場合か
について,同法第72条と対比しつつ,いわゆる専用権説や排他権説に言及
しながら論ずることが期待されたが,出題意図を理解している答案は少数で
あり,γ発明の実施品がβ発明の技術的範囲に属するか否かについてだけし
か検討していない答案が多かった。
また,いわゆる「穴あき説」的な論述をしている答案が多く見られたが,
β発明の技術的範囲に属しないとすべき理由付けとしては「顕著な効果」が
あるというだけで,それ以上踏み込んでいない答案が大多数であった。
本設問の事実関係からすれば,問題にはなり得ないはずの均等侵害あるい
は先使用権を論ずる答案が相当数に上った。
(ウ) 小問(2)について
前段については,甲が乙の行為を知ったのは平成27年5月になってから
であるにもかかわらず,この点を認識せず,甲特許権の設定登録前に警告が
行われた場合について記述する答案が多かった。
そして,補償金請求においては,警告が行われない場合においても,特許
出願に係る発明であることを知って実施すれば補償金請求の対象になるが,
この点について言及する答案は多くはなかった。
また,補償金制度の理解が不十分なまま,訴訟を起こしているから
「警告」
の要件を充たすとする答案や権利者が知らなかった場合は警告しなくても補
償金を請求することができるとする答案が散見された。
逆に,乙が,β発明が出願公開された特許出願に係る発明であることにつ
き悪意であったとしても,甲は警告をしない限り補償金請求をなし得ない旨
を述べる答案も複数見られたが,同法第65条第1項後段の規定の解釈とし
て,そのような立論は無理と思われる。
後段については,消滅時効の成否に気付かず,これに言及していない答案
が少なからず見られた。消滅時効の成否に気付きながらも,民法第724条
を適用し,特許法第65条第6項に気付いていない答案,同項の内容を誤解
している答案が少なくなかった。また,消滅時効の期間につき,計算を誤って,3年が経過していないとして,
時効消滅を否定する答案が複数見られた。
エ 設問3
この設問については,おおむねよく論じられていたが,同法第102条第2
項の適用の可否において,特許権者が自ら特許発明を実施していることを要す
るかという問題に全く気付かない答案も散見された。
また,上記問題点に気付きながらも,前掲知財高判【ごみ貯蔵機器事件(大
合議)
】の判旨に全く言及しない答案,同判決の判旨を十分に理解していない
と思われる答案も少なくなかった。
同法第102条第2項は立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であ
るから本件でも適用すべきとする答案も散見されたが,それだけでは本件で同
項が適用されるべき理由としては不十分である。
(2) 第2問
ア 総評
全般的には出題の意図を理解している答案が多いように思われたが,時間切
れで乱雑な論述をしている答案も散見された。
イ 設問1
(ア) 職務著作について
設問に現れた事実関係からすれば,当然職務著作の成否が問題となること
に気付くべきであったが,職務著作に気付かず,全く言及しない答案が相当
数みられた。
職務著作に言及した答案の中では,多数の答案が前掲最判【RGBアドベ
ンチャー事件】の趣旨に言及していた。
職務著作の成否については,判断基準を示した上で,Xはもともとフリー
の映像作家であって,本件映像フィルムの撮影場所,撮影対象,撮影方法も
全て単独で決定しており,何らYの指示を受けていないこと,他方で,本件
映像フィルムの制作費用は全てYが支出したものであり,Xは毎週2,3回
Yに出社し,報酬も月払いで支払われていたという事実関係を検討しなけれ
ばならないところ,職務著作に言及するものの,何ら判断基準を示さず,単
にフリーの映像作家だから,あるいは,指揮監督関係にあるといえるからな
どという簡単な理由のみを記載する答案が目立った。判例が示す判断基準を
用いるか否かはともかく,判断基準を示した上で,具体的な事実関係に当て
はめて検討すべきである。
(イ) 著作権法第29条第1項適用の可否について
比較的多くの答案は,同法第29条第1項の適用の可否について触れた上
で,未編集フィルムが同項にいう「映画の著作物」に該当するかについて検
討していた。
しかし,同項の問題に気付かずこれに全く言及しない答案,また,同項に
言及するも,未編集フィルムが同項にいう「映画の著作物」に該当するか否
かに全く触れない答案が相当数見られた。
未編集フィルムに言及している答案のうちでは,同項の趣旨から結論を導
くという姿勢で書いている答案はそれほど多くなかった。
(ウ) 著作者人格権侵害について
本問では,本件映像フィルムが映画の著作物に当たるか否かが重要な論点
であるところ,特に,映画の著作物と認めた上で,職務著作該当性を否定し,
同法第29条第1項の適用を認める場合には,Xとして請求の根拠となし得
るのは著作者人格権のみとなることから,著作者人格権についての検討は不
可欠であるが,著作者人格権について全く触れない答案が散見された。
同項の適用を認め,公表権に言及しているにもかかわらず,同法第18条
第2項第3号に全く触れていない答案が散見された。
氏名表示権については,これに全く触れない答案も散見された。触れてい
る答案においても,同法第19条第3項あるいはその趣旨を検討する答案は
ごく少数にとどまった。
同一性保持権について触れた答案は多かったが,同法第20条第2項第4
号の
「やむを得ないと認められる改変」
に言及する答案は少数にとどまった。
ウ 設問2
(ア) 本件能の著作物性及び著作者について
本件能が「舞踊の著作物」に該当することを指摘した上で,舞踊を実行す
る者ではない,舞踊の振付師が「舞踊の著作物」の著作者といえるか,また,
振り付けが「舞踊」の著作物と認められるためには,その振り付けが台本や
映像に固定されていることを要するか否かに言及した答案は,ごく少数で
あった。
(イ) 写り込みについて
「複製」の成否及び同法第30条の2の適用の可否の両方に気付かず全く
言及しない答案,いずれか一方だけを論じる答案も少なくなかった。一般に
両者は適用場面を異にする論点であって両立するものと考えられているか
ら,双方の論点に言及すべきである。
「複製」の成否につき,前掲東京高判【雪月花事件】と同様な判断基準を
示した上で当てはめ,仮に「複製」に当たるとしても,同法第30条の2の
適用の可否について言及し,分離困難性,軽微な構成部分該当性,著作権者
の利益を不当に害するか否かについて,事案を当てはめて丁寧に論じている
答案は高い評価を得た。しかしながら,同条に触れた答案は多かったが,各
要件の当てはめを丁寧に論じている答案は少なかった。
同法第30条の2の適用を検討する際,同条第1項の定める分離困難性に
ついて,本件能映像をYが本件映画の1シーンに使用する時点で分離可能で
あることを理由としてこれを否定する答案が散見された。しかし,規定の文
言から明らかなように,分離困難性は,Xが本件能を複製又は翻案した時点
について問題となるものである。
(ウ) 同法第32条第1項(適法引用の抗弁)について
引用について言及する答案が散見されたが,本件能映像に写り込んだ本件
能を本件映画に利用することについては,それが公正な慣行に合致し,引用
の目的上正当な範囲内といえる場合があるのか慎重に検討することが求めら
れよう。
引用を検討している答案のうち,本件能は未公表であるとしているものが
複数あったが,本問の事実関係からは,むしろ公表された著作物と認める方
が自然であると思われる。
(エ) 著作者人格権侵害について
氏名表示権侵害等の著作者人格権侵害に言及した答案はごく少数にとど
まった。
4 今後の出題
出題方針について変更すべき点は特にない。今後も,特許法及び著作権法を中心
として,条文,判例及び学説の正確な理解に基づく,事案分析力,論理的思考力を
試す出題を継続することとしたい。
5 今後の法科大学院教育に求められるもの
論点の内容についてはそれなりに記載されているものの,実務において重視され
る事実関係の把握・分析が不十分と思われる答案が多かった。法科大学院は実務家
を養成する教育機関であるから,論点中心の教育ではなく,実際の訴訟等を想定し
て,具体的事案の中から,実務家なら当然なすべき主張を抽出し,それについて的
確に論述する能力を広く養うような教育が求められる。
また,明文の規定があるにもかかわらず,その文言を無視して解釈論を展開する
かのような答案が散見されたが,条文解釈が基本であるから,条文を前提とした解
釈を意識した学習を指導することが求められる。
さらに,最高裁判例や判断基準を示す裁判例があるにもかかわらず,それに言及
せず,自説を展開する答案も散見された。繰り返しになるが,法科大学院は実務家
を養成する教育機関なのであるから,判例を念頭に置いた学習を常に心掛けること
が望まれる。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(労働法)
1 出題の趣旨,狙い等
公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。
2 採点方針
事例に即して必要な論点を的確に抽出できているか,関係する法令,判例及び
学説を正確に理解し,これを踏まえて,論理的かつ整合性のある法律構成及び事
実の当てはめによって,適切な結論を導き出しているかを基準に採点した。
出題の趣旨に沿って,必要な論点を的確に取り上げた上,その論述が期待され
る水準に達している答案については,おおむね平均以上の得点を与え,さらに,
当てはめにおいて必要な事実を過不足なく摘示し,あるいは,主要論点について,
着目すべき問題点を事例から適切に読み取って検討しているなど,優れた事例分
析や考察が認められる答案については,更に高い得点を与えることとした。
なお,答案の中には,極めて小さな文字で書かれてあるものや,文字の判読が
困難なものなどが少なくなかった。文字いかんが得点そのものを左右するわけで
はないものの,読みやすい文字で丁寧に答案を作成されんことを付言しておきた
い。
3 採点実感等
(1) 第1問について
本問においては,1偽装請負(違法な労働者派遣)下における派遣労働者・
注文者(派遣先)間の労働契約の黙示的成立,2適法な労働者派遣下における
派遣元との有期労働契約の期間満了前の解雇の効力,3派遣元との労働契約の
期間満了による終了と更新に関する三つの設問を課している。
まず,上記1の設問では,原告(労働者)は,違法派遣により派遣元との労
働契約が無効であることから派遣先との労働契約の黙示的成立を主張している
が,その当否が問題となる。この点では,パナソニックプラズマディスプレイ
(パスコ)事件最高裁判決(最判平成21年12月18日)が参考となるが,
違法派遣において派遣元との労働契約が無効となるか否かについて,同判決を
踏まえて的確に論じ,その上で注文者(派遣先)との労働契約の黙示的成立が
認められる規範の定立を行い,労働者派遣の特殊性に配意して事実の丁寧な当
てはめを行っている答案には高い点数を与えている。
注文者(派遣先)との間に労働契約が黙示的に成立しているか否かについて,
当事者の労務提供の意思と賃金支払の意思の黙示的合致が要件となり,これを
推認させる事情を的確に挙げることが問われている。多くの答案は意思の黙示
的合致に触れているが,合意がなくても労働契約関係が生ずると述べていると
しか読めない答案が散見され,黙示的成立を推認させる事情を的確に挙げてい
ない答案も見受けられた。
上記2の設問では,有期労働契約の契約期間中の解雇が問題となっている。
労働契約法第17条第1項に触れて,有期労働契約の契約期間中の解雇に関す
る規範を定立し,労働者派遣の特殊性を踏まえつつ,丁寧に事実を拾い上げて,
解雇の有効性を論じている答案には高得点を与えている。多くの答案は,本問
が有期労働契約の契約期間中の解雇の効力を問うものであることを理解してい
たが,同条に言及せずに単に解雇権濫用の法理を適用している答案,同条に言
及しているが同条に定める「やむを得ない事由」の意義を正確に理解していな
い答案,同条は契約期間中の解雇について同法第16条の解雇事由と比較して
厳格な要件を課すものであることを意識しない答案が少なくなかった。
上記3の設問では,いわゆる雇止めの問題であり,労働契約法第19条に基
づく規範の定立と労働者派遣に即した事実の当てはめが問題となる。同条の規
定を正確に理解し,労働者派遣であることの特殊性にも配意した上で,丁寧に
当てはめをしている答案には高得点を与えている。多くの答案は同条に言及し
ていたが,同条に基づく規範の定立を行わずに,直ちに当てはめを行う答案が
少なくなかった。本問は,同条第1号又は第2号のいずれに該当するか,仮に
第2号に該当する場合労働契約の更新について労働者が期待する合理的な理由
があるか否かが問題となる。この合理性の判断に当たって,労働者派遣の特殊
性を考慮する必要があるが,この点で,伊予銀行・いよぎんスタッフサービス
事件高松高裁判決(高松高判平成18年5月18日)が参考となるが,この裁
判例を意識した答案は少なかった。
(2) 第2問について
本問は,労働協約の規範的効力の根拠と限界,及び労働組合の組合活動につ
いてその法的な意義と効果とを問うものである。労働協約の規範的効力が認め
られるためにはいくつかの要件の充足を前提とするが,本問では,協約締結権
限に瑕疵がある場合の法的効果に関する判例法理をベースにして,本件におけ
る事実関係の下でどのような判断がなされるべきかが問われている。また,組
合活動の正当性と組合員に対する懲戒処分の有効性についても,十分な判例の
理解が前提とされていることは言うまでもない。
まず,設問1では,何よりも規範的効力の根拠規定である労働組合法第16
条を明示し,規範的効力の意義を述べることが前提となる。同条がなければ労
働協約も契約の一類型に過ぎないのだから,同条の摘示なくして本件事案にお
ける規範的効力の有無を論じることはできない。しかし,全体として同条を明
示できない答案が予想以上に目立つとともに,明示できている答案も,規範的
効力とは何かについて示したものは極めて少なかった。
労働協約締結権限の瑕疵については,中根製作所事件判旨を引用ないし参考
にしたと思われる答案は非常に少なかった。また,中根製作所事件判決には触
れずに,労働組合法第17条の一般的拘束力に関する最高裁判決(朝日火災海
上(高田)事件・最判平成8年3月26日)を引用する答案も少なからず見られ
た。
5%の賃金カットについては,不利益に変更された労働協約規定に規範的効
力が認められるか否かに関する最高裁の判例法理(朝日火災海上保険(石堂本
訴)事件・最判平成9年3月27日)を引用して論じることができている答案
はごく少なかったが,少数ながら,上記判例が示した「労働組合の目的の逸脱」
が本件で見られるか否かを的確に論じている答案もあった。なお,労働協約が
労使交渉におけるギブ・アンド・テイクの結果であって有利か不利かの判断が
必ずしも容易ではないとの見解を示す答案がかなり目立った。言うまでもなく
これは本件を検討する上では筋の異なる見解である。
なお,結論を明確に示すことはほとんどの答案が意識していた。
設問2については,多くの答案が,救済を求める機関として,正確に裁判所
と労働委員会を挙げていたが,求める救済の内容として,
「労働委員会に解雇の
無効を申し立てる」など,不当労働行為制度と裁判所における民事救済制度の
相違が全く理解できていないと思われる答案が目立った。また,労働組合法第
7条第1号違反や第3号違反を指摘している答案であっても,要件をきちんと
指摘できている答案は少なかった。
組合内反対派の活動をどのように位置付けるかについては,触れていないか,
触れていてもそれが当該労働組合の活動と認められるか否かを的確に述べるこ
とができている答案はまれであった。多くの答案は,規範や論理を特に述べず
「少数派の活動も正当な組合活動たりうる」という程度にしか述べていなかっ
た。
リボン着用による就労は,一般に「リボン闘争」と称される組合活動の一環
として理解されているが,その適法性については,多くの答案が比較的丁寧に
論じていた。しかし,これに対する懲戒処分の適法性については,十分な論理
展開が見られないまま時間切れに終わったと見られる答案が非常に多かった。
また,Xらの活動が,正当な組合活動であるとしながら,他方で懲戒は相当で
あるという矛盾した結論を導くものが見られた。さらに,本件では,労働契約
法第15条を引用して,懲戒権濫用につき検討することが不可欠であるが,こ
の点に触れた答案は極めて少なかった。
4 答案の評価
「優秀」の水準にあると認められる答案とは,出題の趣旨を十分に理解した論
述がなされている答案である。第1問については,法令の規定と判例の判断の枠
組みを踏まえた規範定立と事実の的確な当てはめを行い,説得的な論述を行って
いる答案であり,第2問については,労働協約の規範的効力についてその根拠と
意義とを明示しつつ,判例法理に従って本件事案における処理の可能性を明確に
論じ,また,裁判所と労働委員会との機能の異同を正確に理解していることを示
しつつ,組合活動の正当性や懲戒処分の有効性につき,要件と効果とを順序立て
て論じ得ている答案である。
「良好」の水準にあると認められる答案とは,必要な論点にはおおむね言及し,
法解釈について一定の見解を示した上で,事例から,結論を導き出すのに必要な
具体的事実を抽出できている一方で,例えば,第1問では,労働契約の黙示的成
立に関する規範の定立や事実の当てはめにおいて,判例の正確な理解がなされて
いない答案,第2問では,最高裁の判例法理には触れ得ているもののその具体的
事案への当てはめにおいて必ずしも十分な論理展開ができていない答案など,
「優
秀」の水準にあると認められる答案のように出題の趣旨を十分に捉えきれていな
いような答案である。
「一応の水準」にあると認められる答案とは,労働法の基本的な論点に対する
一定の理解はあるものの,必要な論点に言及していなかったり,言及していたと
しても,規範定立や当てはめがやや不十分であったりする答案であり,関係条文・
判例に対する知識の正確性に難があり,事例における具体的な事実関係を前提に
要証事実を的確に捉えることができていないような答案である。
「不良」の水準にあると認められる答案とは,関係条文・判例に対する知識に
乏しく,労働法の基本的な考え方を理解せず,例えば,規範を定立せずに単に問
題文中の具体的な事実を列挙するにとどまったり,少ない知識から無理に構成し
た判断を箇条書き的に羅列するだけであったりするなど,具体的事実に対応して
法的見解を展開するというトレーニングを経ておらず,基本的な理解・能力が欠
如していると思料される答案である。
5 今後の出題
出題方針について変更すべき点は特にないと考える。今後も,法令,判例及び
学説に関する正確な理解に基づき,事例を的確に分析し,必要な論点を抽出して,
自己の法的見解を展開し,これを事実に当てはめることによって,妥当な結論を
導くという,法律実務家に求められる基本的な能力及び素養を試す出題を継続す
ることとしたい。なお,労働契約法,労働基準法及び労働組合法以外の主要な法
令にも最低限の目配りをすることが望まれる。
6 今後の法科大学院教育に求めるもの
基本的な法令,判例及び学説については,正確な理解に基づき,かつ,規範の
提示とその当てはめという最低限の対応を習得するように更なる指導をお願いし
たい。その際,条文の内容を正確に理解することはもとより,当該規定の趣旨を
踏まえて事案に適用する能力が求められるほか,主要な判例については,判旨部
分を単に記憶するのではなく,丁寧に読み込んで,事案の内容を正確に把握し,
当該事実関係の下でどのような規範を定立して当てはめが行われたか,その意義
を的確に理解する必要があることに十分配意いただきたい。また,事例の分析の
前提となる基礎的事実を正しく把握し,結論を導くために必要な論点を抽出した
上,論点相互の関連性を意識しつつ,法令,判例及び学説を踏まえた論理的かつ
一貫性のある解釈論を展開し,これに適切に事実の当てはめを行って,法の趣旨
に沿った妥当な結論を導くという,法的思考力を更に養成するよう重ねてお願い
したい。併せて,労働委員会の役割,不当労働行為制度と司法救済との関係のよ
うな,労使紛争の解決手続に関する基本的事項についても,十分な理解が得られ
るようより一層の努力と工夫が望まれる。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(環境法)
【第1問について】
1 出題の意図に即した答案の存否,多寡
第1問は,
「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」
(以下「法」という。
)の下で
の産業廃棄物不法投棄への事後対応措置についての出題である。受託者が不法投棄
をした場合において,委託者である排出事業者が産業廃棄物管理票(以下「マニフ
ェスト」という。
)に関する義務に違反したときに,知事は,当該排出事業者に対
してどのような措置を講じ得るか,また,当該不法投棄場所を提供した土地所有者
に対してどのような措置を講じ得るかの説明を求め(設問1)
,排出事業者が適正
対価を支払っていなかった場合に知事はどのような措置を講じ得るかの説明を求め
る(設問2)問題であった。
設問1の採点を通じては,以下の諸点が実感された。
第1に,本件土地の隣にある農民Eの土地への影響の状況が,法第19条の5に
基づいてB県知事が発出する原状回復命令の要件の一つとなっているところ,この
点に触れていない答案が少なからずあった。同条に基づく命令が発出されるにおい
ては,同条第1項柱書に規定される全ての要件を充足しなければならない。その認
定は適法な行政をするに当たって重要であるにもかかわらず,注意不足である。事
例にある状況が「生活環境保全上の支障」を発生させていることを,条文とともに
明確に指摘する必要がある。
第2に,B県知事が求める措置に関して,問題文に生活環境の保全上の支障があ
ると推測させる事実が記されているにもかかわらず,それへの対応について何ら記
さずに,A社に対して,マニフェスト義務違反を理由とする勧告・公表・命令のみ
を記していた答案が相当数あった。その権限行使も可能ではあるが,問題文が提示
する事案に照らせば,より根本的な解決が求められている。問題文に「マニフェス
ト」とあることから,それが規定されている条文を踏まえたものと推測されるが,
法律全体の観点から最適の対応を選択すべきである。
第3に,本事案は,中間処理に関するものであるから,マニフェストの送付は,
中間処理終了後90日以内にされなければならない。中間処理は,法12条の3第
4項であるから,廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則第8条の28第1号
により「90日」であるところ,最終処分と誤解して同条第2号の180日と記し
ていた答案が散見された。
第4に,事案においては,Dに関する記述がされているにもかかわらず,法第1
9条の5第1項第5号に基づき,原状回復命令の名宛人としてのD及び命令要件の
充足について全く触れていない答案が多数あった。問題文には無駄な記述はないの
であって,受験生の注意力不足が感じられた。また,Dに関しては,この条文に気
付かずに,土地所有者としての一般的義務を規定する法第5条第2項又は清潔保持
に関する一般的義務を規定する同条第5項を引き合いに出して説明する答案や不法
投棄者として刑事責任を問うべきとする答案が散見された。原状回復制度に対する
理解が徹底されていないように感じられた。
第5に,
「C社に対する法的措置については考えなくてよい」と問題文に記され
ているにもかかわらず,
C社に対する措置命令について記述した答案が散見された。
また,
「廃棄物処理法上,どのような法的措置を講ずることができるか」と問題文
に記されているにもかかわらず,土壌汚染対策法による措置について述べる答案も
散見された。問題文にある指示の重大な見落としである。
第6に,A社に対する措置命令の根拠を法第19条の6とする答案が一定数見ら
れた。おそらくは,同条第1項第2号の「知り,又は知ることができた」という要
件に着目したものと思われる。しかし,本事案では,A社に関して法第19条の5
第1項第3号ヘに該当することが明らかなのであり,法第19条の6を論ずる前提
に欠ける。
第7に,本設問の前提にはマニフェスト制度があるが,この制度の趣旨を詳述す
る答案が散見された。記述内容は適切ではあるが,それは問われていないものであ
り,記述するとしても最小限にとどめるべきであった。時間配分及び答案用紙のス
ペース配分の点で不利になった。
設問2の採点を通じては,以下の諸点が実感された。
第1に,
問題文において,
設問1と設問2は独立していると記されているところ,
法第19条の6に基づく命令の要件の一つである「生活環境保全上の支障」につい
て論じていない答案が相当数あった。設問1で論じたから不要と考えたのかもしれ
ないが,不注意である。また,
「生活環境保全上の支障」の要件の根拠を法第19
条の5と誤解している答案が一定数あった。これも不注意である。
第2に,法第19条の6に基づく命令の適用の問題であるという点には,ほとん
どの答案が気付いていた。
その要件は,
同条第1項第1号及び第2号であるところ,
第1号要件に関する事実を拾わずに第2号要件の該当性のみを論ずる答案が相当数
あった。同条第1項柱書に「次の各号のいずれにも該当すると認められるとき」と
あるように,第1号要件及び第2号要件は,いずれもの充足が必要であるところ,
この点を見落としている。
第3に,法第19条の6第1項第2号が規定する「適正な対価」という要件の認
定に当たっては,問題文にある「40%」と資料にある「半値程度又はそれを下回
るような料金」を明記して当てはめる作業が求められるところ,この点が適切にな
されていない答案が少なからず見られた。とりわけ,資料に言及しない答案,言及
はするものの具体的記述の中で本事案への対応に必要な部分を摘出しない答案が一
定数あったのには驚いた。
第4に,
法第19条の6第1項柱書にある
「前条第1項に規定する場合において」
の意味は,本件に照らせば,産業廃棄物処理基準に適合しない処分が行われた場合
に限られるところ,法第19条の5第1項各号のいずれかの場合にも該当していな
ければならないと誤解して,適合する規定を探して事案を当てはめている答案が散
見された。また,この要件の認定と当てはめができていない答案が大半であった。
条文の正確な理解が求められる。また,法第19条の6が導入された経緯について
は,的確な記述がされている答案は極めて少なかった。
第5に,虚偽記載のあるマニフェストが送付されていることを重視して,交付者
であるA社の責任を論ずる答案が一定数あった。A社は平均的料金の40%で委託
していることから,適正処理がされたことそれ自体を疑って本当にされているのか
どうかを確認すべきというのであるが,そうであるとしても,その場合にB県知事
がとりうる方策は,勧告・公表・命令である(法第12条の6)
。F社の不法投棄
によって生活環境保全上の支障が生じている現実に鑑みれば,より直接的かつ実効
的な措置が求められているのは自明である。事案への対応方法を適切に選択すると
いう視点が欠けている点が気になった。
2 出題の意図と実際の解答に差異がある原因として考えられること
不法投棄された産業廃棄物が生活環境保全上の支障を発生させている場合に,知
事が原状回復を命ずる名宛人には,いくつかのパターンがある。それぞれに関して
どのような義務違反が前提になっているのかについて,的確に整理した理解がされ
ていないために,適用すべき条文を当てはめる事実が問題文から拾い上げられてい
ない。法は,適正処理の実現の観点から,数次の改正によって,不法投棄に大なり
小なり関係する多様な主体に行政法的責任を規定している。責任が最も追及される
べきは投棄をした者であるが,その者のみの責任を追及するのでは,法目的である
生活環境の保全が実現できない。このような法政策の展開を踏まえて,法の仕組み
を理解すべきである。
3 各水準の答案のイメージ
「優秀」といえる答案のイメージは,マニフェストに関する排出事業者の義務及
び不法投棄の幇助をしたことになる土地所有者の存在について的確に把握し,それ
を条文や資料の関係部分の摘示を通じて,
明確に説明できているものである。
また,
適正対価についても,同様に,条文や資料の関係部分の摘示を通じて,明確に説明
できているものである。法第19条の5及び第19条の6に規定されている要件と
の関係で,問題となる事実を的確に把握し,それを丁寧に当てはめている答案も,
「優秀」と評価できる。
「良好」といえる答案は,その程度がやや劣るものである。
「一応の水準」といえるのは,各設問において問われている論点が何とか把握でき
ている答案である。
「不良」な答案とは,それすらできていないものである。
【第2問について】
1 出題の意図に即した答案の存否,多寡
第2問は,土壌汚染及び地下水汚染に関する横断的な問題を問うものであった。
設問1に関しては,土壌汚染対策法第6条第1項により,要措置区域を指定する
点をまず書く必要があるが,この点はほとんどの答案が的確に書いていた。次に,
A社に対する汚染の除去等の指示措置(第7条第1項本文)及びC社に対する指示
措置(同項ただし書)の関係について本問に即して解答する必要があるが,半分ほ
どの答案が両者の関係について記述しておらず,両者に関してバラバラに記すにと
どまっていた。
さらにA社に対する指示措置のみを書いている答案も少数見られた。
C社が市場価格より著しく安く売却した点が法的にどういう問題を発生させるかに
ついて論じていない答案も相当数見られた。問題文をきちんと読むことを心掛けて
ほしい。なお,市場価格より著しく安くてもなお汚染除去にかかる費用が高額に上
るため,
C社が十分負担したことにならないとする答案もあり,
一定の評価をした。
また,A社とC社の指示措置の関係に関連して同法第7条第1項の趣旨を記述した
ものについては,加点した。
C社に対する地下水浄化措置命令については半分ほどの答案が記述するにとど
まった。土壌汚染と地下水汚染は表裏一体であることの認識が必要であろう。
設問2に関しては,Eについては健康被害,Fについては平穏生活権侵害が問題
となるが,Fについては損害とは言い難いとする答案もかなり見られた。裁判例で
は,Fのような損害を平穏生活権侵害に基づく損害と捉えて賠償を認めた事案は見
当たらず,そのような記述も当然認められる。なお,E,Fの損害について記して
いない答案もかなり見られたが,E,Fのそれぞれについて問うている問題の趣旨
を考えてほしい。
C社に対しては,Eについては水質汚濁防止法第19条第1項に基づく無過失責
任,Fについては民法第709条に基づく過失責任が問題となるが,この点の区分
を記述するものは相当数見られた。
B県に対する国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償請求について,B県が原
因究明のための調査をしなかったことが,常時監視(水質汚濁防止法第15条),公表(同第17条)の権限を定めた水質汚濁防止法の趣旨,目的やその権限の性質
等に照らし,B県知事の裁量を逸脱して著しく合理性を欠く点については,半数程
度の答案が記述していた。この点は公害等調整員会裁定平成24・5・11が関連
している。B県知事による,土壌汚染対策法第5条第1項の調査命令の発動や水質
汚濁防止法第14条の3第2項の地下水浄化命令の発動の権限不行使を問題とする
答案も少なからず見られ,一定の点数を与えたが,
「人の健康被害が生ずるおそれ」
が認められる前の状態での行政の対応についても検討してほしかった。
A社に対するEの人格権侵害(ないしFの平穏生活権侵害)に基づく妨害排除請
求(D井戸の水の汚染の差止請求)については記述していた答案が極めて少なく,
残念であった。民事差止請求について注目度が減っているように思われる。また,
この点について記述した答案の半数近くが,Eの人格権侵害に基づく妨害排除請求
については記載せず,Fの平穏生活権侵害に基づく妨害排除請求についてのみ記載
しており,やや不可解であった。
なお,B県に対し,C社に対する地下水浄化措置命令の義務付けを求める訴えを
提起できる点について記述した答案は相当数に上った。また,本件土地に対する要
措置区域の指定やA社に対する土壌汚染の除去の指示措置の義務付け訴訟について
記述した答案も見られた。ともに点数を与えたが,後者は,汚染が広がってしまっ
ている状況下ではやや迂遠な手段ではある。
設問2に関する全体的印象として,民事の損害賠償ないし差止めについて重点を
置くものと,義務付け訴訟や国家賠償訴訟に重点を置くものに分かれ,どちらかし
か書いていない答案がかなり見られたことを挙げておきたい。
2 出題の意図と実際の解答に差異がある場合の原因として考えられること
4点挙げておきたい。
第1に,問題文が意外にきちんと読まれていないと見られることである。これは
試験場で取り組むべき課題であるが,
常日頃から心掛けておくことが適当であろう。
第2に,土壌汚染対策法第7条に関しては覚えてきたことを吐き出すような答案
が間々見られたことはやや残念であった。何が問題文と関連するかを取捨選択し,
問われていることに的確に解答することが必要である。
第3に,環境法はその実現のための救済手段として,民事訴訟,行政訴訟等を活
用しているのであり,いずれについても目を配ってほしい。具体的な裁判例,裁定
についても十分勉強してほしい。
第4に,第1問との関係もあったであろうが,最後までたどり着かない答案もい
くつか見られた。答案においてどの問題にどの程度スペースや時間を割くかについ
ても配慮してほしい。
3 各水準の答案のイメージ
「優秀」な答案のイメージは,設問1については,土壌汚染対策法第7条の意味
と水質汚濁防止法第14条の3の意味を的確に把握し,設問2については,B県に
対する国家賠償請求の在り方やA社に対する民事差止請求の在り方について理解し
ているものである。
「良好」な答案のイメージは,設問2において不法行為に基づ
く損害賠償請求及び国家賠償請求について良く書かれているものである。
「一応の
水準」は,設問1について土壌汚染対策法と水濁法の双方について相当程度書かれ
ており,設問2において不法行為に基づく損害賠償請求と国家賠償請求について書
かれているものである。
「不良」な答案はそれさえなされていないものである。
【学習者及び法科大学院教育に求めるものついて】
第1に,環境法は,問題解決指向の強い法分野である。個別法の部分のみならず,
法律全体の仕組みをどのように用いて問題解決を図ろうとしているのかについて理
解できるようになっていることが望まれる。
第2に,訴訟に関しては,民事訴訟と行政訴訟を場合によって使い分ける実務が
現実にある。誰を被告にしてどのような訴訟を用いるのが原告にとって有益なのか
を,原告を中心に置いて考えられるようになっていてほしい。また,民法や行政法
のごく基本的な部分について,
環境法との関係で理解されていることも重要である。
第3に,毎年繰り返している点であるが,条文を正確に読むという法曹として基
本的な能力をしっかり養成するトレーニングがされる必要がある。条文を「こんな
もの」と理解するのではなく,一語一語及びそれらと条文全体の関係を理解しつつ
把握するようになっていなければ,的確な答案作成はできない。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(国際関係法(公法系))1 出題の趣旨等
既に公表されている出題の趣旨(
「平成27年司法試験論文式試験問題出題趣旨
【国際関係法(公法系)科目】」)に記載したとおりである。
2 採点方針
国際関係法(公法系)科目については,従来と同様に,1国際公法の基本的な知
識を習得し,かつ,設問に関係する国際公法の基本的な概念,原則・規則及び関係
する理論や国際法判例を正確に理解できているか,2各設問の内容を理解し必要な
国際法上の論点に触れているか,
問題の事例に対する適切な考察がなされているか,
3答案の法的構成がしっかりしており,かつ,論理的な文章で適切な理由付けがな
されているか,といった点を重視している。
3 採点実感等
本年は,最低ライン点未満者が3人あった。このことに象徴されるように,国際
公法の基礎的知識の習得がまだ不十分なままで受験する者が一定数出てきているこ
とが懸念される。また第1問及び第2問を通じて,優秀又は良好な答案の比率が例
年に比べ少し下がり,一応の水準又は不良の答案の比率が増えていることも懸念さ
れる。
(1) 第1問
各設問の趣旨と押さえるべき主要論点については,前述の出題の趣旨で述べて
いるので繰り返さない。全体としてみれば,各設問とも優秀な答案は1割程度で
あった。設問1は一応の水準又は良好な答案が比較的多かった。設問2及び設問
3は,
優秀及び良好な答案と一応の水準又は不良の答案の差がはっきりと分かれ,
おおよそ半々であったが,設問3では不良の答案が相当数あった。
設問1は,問題文に示したとおり,1X国が「民間航空の安全に対する不法な
行為の防止に関する条約」
(以下「モントリオール条約」という。
)第7条の義
務に違反したか否かを尋ねる前半と,2同条約に違反したとすればX国は国家責
任法上どのような義務を負うかを尋ねる後半に分かれる。前半の1については,
参考資料に掲げたモントリオール条約第7条の解釈及び本問事実への当てはめを
通じて,
多くの答案がX国の第7条に対する継続的義務違反を導き出せていた(大多数の答案が,容疑者所在地国であるX国はY国に容疑者甲を引き渡さない場合
には「いかなる例外もなしに」訴追のため自国の権限ある当局に事件を付託する
義務を負っていたにもかかわらず,これを3年以上も履行しなかったことについ
てX国に義務違反があると言及していた。)。もっともX国が甲を容疑者と認識
した後3年を経ても事件を権限ある当局に付託しなかった点について,関連する
主要論点を全て提示して必要な説明を行えていた答案は,
半数程度にとどまった。
第一に,第7条には,容疑者所在地国が権限ある当局に事件を付託すべき期間に
ついての定めがないが,優秀な解答には,
「自国の法令に規定する通常の重大な
犯罪の場合と同様の方法で」と定める第7条の文言又は「訴追又は引渡し義務に
関する問題」事件の国際司法裁判所(以下ICJという。
)判決を援用して,義
務履行の合理的期間を導き出し,本問事実に当てはめて,X国は容疑者所在地国
として,第5条第2項の義務及び第6条の義務(予備調査)を履行しながら,3
年を経てもなお権限のある当局に事件を付託することを怠っていたのであるか
ら,本件事情の下では第7条の義務に違反したと指摘するものも幾つかあった。
第二に,X国が,
「同国における財政事情により十分な捜査人員を確保できてい
ない」ことを,事件を訴追のために検察当局に付託することをしない口実として
いる点についても,優秀な答案は,第7条が「いかなる例外もなしに」事件の付
託を義務付けていることを指摘し,さらに,財政事情が国家責任法上の違法性阻
却事由のいずれにも該当しないことを指摘していた。これらの論点に触れていた
答案は,良好な答案も含めると半数近くあった。
設問1の後半部分2については,2,3行の結論のみを示してその根拠を全く
説明していない答案が相当数あり,根拠を示して解答できていた答案とそうでな
い答案との間に明確な差が生じた。問題文にはY国が,
「2したがって,甲を直
ちにY国に引き渡すことによって国際違法行為を停止する義務があること」を宣
言するようにICJに請求したことを示しているので,問題文が何を問うている
かを,まずしっかり読み取ってもらいたい。本問事実によれば,X国の違法行為
は継続しているので,X国には当該違法行為を停止(中止)する義務があること
をまず判決で述べる必要があるが,この点に言及できていた答案はそれほど多く
はなかった。次に,Y国は,X国には甲を直ちにY国に引き渡すことによって義
務違反を終了させる義務があると主張しているので,この義務についても判断が
求められている。優秀な答案には,モントリオール条約第7条が「容疑者を引き
渡さない場合は」と定めて締約国に引き渡すか否かの選択権を与えているのに対
して,事件を権限ある当局へ付託する義務はいかなる例外もない締約国の義務と
定めていること,同条約第8条第3項は締約国に犯罪人引渡し義務までは直接課
してはいないこと,さらに,
「訴追又は引渡し義務に関する問題」事件のICJ
判決が,引渡し義務は選択的であるのに対して事件の付託義務は義務的であると
判示したこと,
を援用しつつ,
X国は甲をY国に引き渡す義務を負っていないが,
直ちに事件をX国の権限ある当局に付託する義務を負っているとしたものがあっ
た。
なお,設問1に関する答案を採点して,若干気付いた問題点を以下に指摘して
おく。問題文で裁判所の管轄権の問題は論じなくてよいと述べていたにもかかわ
らず,管轄権の問題に長々と行数を費やした答案,あるいは問題文にY国の請求
内容を明示しているにもかかわらず,これを十分読まずに解答したと見られる答
案(例えば,モントリオール条約第5条第2項違反の有無を論じた答案など)が
若干あった。また,判決文の構成をあまり学習できていないと思われる答案(例
えば,関連する条文の解釈と本問事実への当てはめという基本的な作業ができて
いないもの)が散見された。モントリオール条約の解釈についても,第8条第3
項はX国に対して甲のY国への引渡し義務を設定した規定であり,X国逃亡犯罪
人引渡法による自国民の引渡しの禁止は,国内法を理由として国際義務を免れる
ことはできないという原則の違反に当たると解答した答案が若干あった。
設問2について,Y国がX国の主張に反論しようとすれば,出題趣旨で述べた
ように,1X国に対して甲のY国への引渡しを命じた国際連合(以下「国連」と
いう。
)安全保障理事会(以下「安保理」という。
)の決議はX国に対し法的拘
束力を有すること,かつ,2X国が国連憲章に基づきY国に対して負う甲の引渡
し義務は,モントリオール条約に基づきX国がY国に対して負っている義務に優
先することを述べる必要がある。本問は,国際法のごく基礎的な知識を問うもの
であり,国連憲章の関連規定は,司法試験用法文登載法令に含まれていることか
ら,解答は比較的容易だと思われたが,優秀及び良好な答案は,1,2のいずれ
においても半数弱にとどまった。
優秀な答案は,まず1については,国連憲章第39条の下で事態を認定する決
定,並びに,第41条及び第42条に定める強制措置をとる決定が,国連憲章第
25条に基づいて国連加盟国に対し法的拘束力を有することを指摘する。次に,
本問の安保理決定が,
「X国による甲の引渡し及び訴追の拒否が国際の平和と安
全に対する脅威を構成すると決定し,国連憲章第7章の下に行動して,X国に対
して甲をY国に引き渡すように決定する」と定めていることに着目して,安保理
の実行に従えば,この決議は国連憲章第39条及び第41条に基づく安保理の決
定に該当するから国連憲章第25条に基づき,甲をY国に引き渡す法的義務をX
国に課したものと結論付ける。続いて2については,モントリオール条約第8条
第3項によれば,X国は,同国国内法の自国民引渡し禁止規定を援用することが
でき,同条約上は甲をY国に引き渡す義務まで負わないと主張できることを指摘
している。しかし国連憲章第103条によって,モントリオール条約に基づく義
務と国連憲章に基づく義務(これには安保理が国連憲章第41条の下で行った決
定に基づく義務が含まれることに言及したものもある。
)が抵触するときは,国
連憲章に基づく義務(権利義務関係と解釈した答案もある。
)が優先することに
なるから,X国は安保理決議によって負う義務,すなわち,甲をY国に対して引
き渡す義務を優先させなければならないと結論付けている。しかし,このように
書けた答案は,少数にとどまった。
実際には,第7章に基づく安保理の決定が国連憲章第25条に基づいて法的拘
束力を有することに言及できていた解答はそれほど多くはなく,中には,安保理
決定は法的拘束力を有するものではないが,内容的には国際平和と安全にとって
重要な意味を有すると述べるなど,安保理決定の法的性格について正しく理解で
きていない答案が相当数あった。他方,国連憲章第103条に言及できていた答
案は,約半数に過ぎず,安保理決議は特別法であるからモントリオール条約に優
先すると述べた答案もいくつかあった。
設問3は,ICJにおける当事者適格と対世的義務に関する問題である。多数
の答案が,ICJの判例によれば (南西アフリカ事件のICJ判決を援用した
答案も少なからずあった。),国際違法行為国の責任を追及できるのは,一般に
は,当該違法行為によって自国又は自国民の法益を侵害された直接被害国である
こと,あるいは,国が裁判所において当事者適格を有するためには,同国が国際
法により付与されている具体的な法的権利又は利益を他の国の国際違法行為に
よって侵害されていることが必要だと述べており,原告適格の一般的な説明とし
ては,この指摘は正しいものといえる。しかし,本問題文では,Z国は自国の原
告適格につき,
「被害者の国籍に関係なく,Z国がモントリオール条約の当事国
であることに基づいて,X国による継続的違反行為の停止を請求する原告適格を
有する」と主張した旨記述しており,本問が,モントリオール条約第7条の対世
的義務的性格を根拠にZ国の原告適格性を問題にしていたことは明らかである。
しかしこの点に注意せずに,Z国は自国民が被害を受けているから消極的属人主
義に基づき原告適格を有するとか,Z国はモントリオール条約第5条第3項に基
づく刑事裁判権を設定しているのでX国に対して甲の引渡しを請求することがで
きる法益を有するといった見解を述べた答案が,いくつかあった。
他方,一般論として,バルセロナトラクション事件のICJ判決や,国連国際
法委員会の国家責任条文第48条を援用して,
対世的義務の違反がある場合には,
当該義務違反に対して,直接権利又は法益を侵害された国以外の国も,義務違反
の停止や再発防止の保障等を求めて違法行為国の責任を追求できることに言及し
た答案は,一定数あった。しかし,X国によるモントリオール条約第7条違反の
行為について,Z国が対世的義務違反を根拠にICJに訴えを提起する原告適格
を認められると述べた解答は,比較的少数であった。いくつかの優秀な解答は,
「訴追又は引渡し義務に関する問題」事件のICJ判決を援用するとともに,モ
ントリオール条約前文に定める条約目的や第7条の引渡し又は訴追義務が拷問等
禁止条約のそれと同等であることを根拠に,前記ICJ判決の解釈が本問にも妥
当するとした。他方,モントリオール条約の訴追又は引渡し義務は,拷問等禁止
条約とは異なり対世的義務を設定しないと解釈した答案も若干あった。さらに若
干の解答は,対世的義務の存在は認めつつも,南西アフリカ事件のICJ判決が
民衆訴訟を否定した例を挙げて,実定国際法上ICJでは条約上の対世的義務を
根拠とする民衆訴訟はまだ認められていないと解答した。国際法の規則は,IC
Jの判例等を通じて発展してきており,そうした発展にも注意することが求めら
れる。
「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」の答案を一概に表現することは,
例年同様,難しいが,おおむね次のとおりである。
優秀:3つの設問においてそれぞれ問われている国際法上の論点(出題の趣旨参
照)を的確につかんで,各論点について要求される国際法上の原則,判例等につ
いての基本的事項を論理的かつ簡明に記述し,各設問で提示された事案への当て
はめがしっかりできている答案である。
例えば第1問についていえば,上記設問1,設問2及び設問3において,優秀
な答案例として示したような解答内容を,全ての設問において維持できた答案は
優秀な答案といえる。多くの解答において,設問1に相当数の時間とエネルギー
を費消して,
設問2,
設問3となるに従って,
だんだん解答内容が密から粗になっ
ていく傾向が見られる。最初に全体の構成を見渡し,時間配分を間違わないよう
に,また全体の論述の水準を維持するように心掛けることが必要と思われる。
良好:おおむね優秀答案のレベルに達する解答ができているものの,設問によっ
ては,一部の論点に関する説明が十分なされていない箇所があるとか,理由の説
明や関連する判例や国家実行など論証に不十分な箇所があるなど,優秀な答案に
比べて,若干欠点がある答案。例えば,設問1では,概ね優秀な答案内容になっ
ているにもかかわらず,事件付託義務の合理的期間,財政事情等を理由とする義
務不履行,引渡し義務と事件の権限ある当局への付託義務との関係など重要な論
点の若干について説明不足又は根拠不十分な点がある解答などがこれに当たる。
設問3では例えば,他の締約国全体に対する対世的義務を根拠とする原告適格を
認める論述をしているが,その根拠に一部誤った記述あるいは曖昧な記述が見ら
れるような答案が挙げられる。
一応の水準:全体の解答のバランスを誤り,例えば,設問1及び設問2は優秀な
答案内容になっているにもかかわらず,設問3が時間不足で十分論述できていな
い答案。あるいは全設問において,基本的な論点の多くは押さえているが,どの
設問についても,重要な論点について,1又は2の論点漏れ,又は,論拠につい
て説明の欠如があるような答案が挙げられる。
不良:設問の内容や趣旨がそもそも理解できていない答案,あるいは,理解でき
ていても主要な論点が欠落している答案又は基本的な国際法の知識を欠いている
と見られる記述が散見される答案。設問1では,そもそも引渡し又は訴追義務の
趣旨が理解できていない答案。設問2では,国連安保理決議が法的拘束力を有し
ていることが理解できていない答案。設問3では,そもそも対世的義務の意味が
理解できていない答案などがその典型例である。
(2) 第2問
各設問の趣旨と押さえるべき主要論点については,前述の出題の趣旨で述べて
いるので繰り返さない。
全体としてみれば,設問1の前半は,一応の水準の答案が半数近くを占め,優
秀な答案は1割程度であった。設問1の後半は,良くできており,優秀な答案と
良好な答案が大多数であった。設問2は,良好な答案又は一応の水準の答案が半
数近くを占め,優秀な答案は少なかった。設問3は,良好な答案と一応の水準の
答案が大半を占めたが優秀な答案は僅かであり,不良の答案がかなりあった。
設問1の前半については,これが,立法管轄権の域外適用の問題であることに
気付いている答案は多かったが,気付いていない答案もあった。立法管轄権の域
外適用が,国家間の対立を招いた実例があり,設問のような独占禁止法の域外適
用は,その典型的な例であることから,立法管轄権の域外適用の問題についての
理解と認識が期待されたが,それが欠けている答案があることは懸念される。ま
た,立法管轄権の域外適用の問題であることに気付いている答案でも,立法管轄
権については,国際法上明確な規律が確立していないという前提を論じているも
のは僅かであった。
立法管轄権の域外適用の問題であることに気付いている答案の多くは,米国の
国内裁判所判例で採用された効果理論の考え方を説明して,X国の独占禁止法を
Y国に所在する甲社及び乙社に適用することについて,Y国の国際法違反である
という主張に対し,X国が効果理論の適用により反論することが可能であること
を論じていた。優秀な答案では,まず,効果理論について,効果理論が米国の国
内裁判例で採用された理論であることを述べ,その内容を自分の言葉で説明する
ことができていた。それに加えて,設問において,X国にはガソリンを精製する
会社がなく,ガソリンを甲社及び乙社からの輸入に全面的に依存していること,
甲社及び乙社が談合の上供給量を減少させた結果,X国及びY国におけるガソリ
ンの価格が2倍になったという事実状況を踏まえ,これに効果理論を当てはめて
適用することができていた。さらには,X国の反論を述べる立場からは消極的要
素となるが,効果理論が国際法上確立しているとはいえないとし,その慣習国際
法としての成立を否定する答案もあった。反論を述べる上では消極的要素も検討
すべきであり,こうした論点も吟味したという点は評価できる。
設問1の後半については,執行管轄権の域外適用の問題であることに気付いて
いる答案が多かった。そのような答案では,執行管轄権が領域内でしか行使でき
ないことを論じていた。しかし,設問の前提事実に当てはめて,資料提出命令書
の手交が,強制性をもった執行管轄権の行使であることまで明確に説明する答案
は,半分に満たなかった。また,多くの答案が執行管轄権の域外適用が(領域)
主権への侵害に当たることを説明していた。なお,誤って,不干渉義務の違反を
論ずる答案もあったが,基本的な国際法知識の正確な習得が望まれる。
設問1の前半と後半の両者についてみると,いずれも,管轄権の行使の問題で
あるが,管轄権の根拠(属地主義・属人主義・保護主義・普遍主義など)の説明
に終始しているものもあった。設問の論点を理解しこれを中心として論ずること
が望まれる。
設問2については,領域使用の管理責任原則により,Y国政府の国際法上の責
任が追及され得ることについては,ほとんどの答案が論じていた。同原則は,領
域国の基本的な義務を定める原則であるが,これについて多くの答案が理解して
いたことは,期待どおりであった。領域使用の管理責任原則に加えて,環境損害
防止原則も挙げて論じている答案も若干数あり,それは,基本的知識を十分に有
していることを示すものとして,良い評価が与えられた。
この中で領域使用の管理責任原則は,領域国に相当の注意を払う義務を課して
いることを理解し,
Y国は相当の注意を払っていたと論ずる答案が多数であった。
具体的には,
Y国政府が,
甲社の工場からの排水に含まれ得る有害物質について,
Y国の国内法に定める環境基準に照らし,十分な対策がとられていることを事前
に確認していること,甲社は同環境基準に従って操業していたが,作業員により
同環境基準に違反する操業が行われたという事実状況を踏まえ,これに相当の注
意義務を当てはめて,Y国が相当の注意を払っていることも論証していた。この
ような答案は半分以下であった。
なお,設問の事例では,汚染させた行為は私人の行為であるが,私人の行為は,
それ自体として国家の行為とはならない点を論じている答案が半数程度あった。
この立論は正しいが,そのような答案のうち,さらに一歩進んで領域使用の管理
責任原則により,国家には,相当の注意を払って私人の行為が越境損害を発生さ
せないように防止する義務があり,それに違反すれば国家の責任が発生するとい
うことまで論じているものは少数にとどまった。
設問2の趣旨は,領域国の基本的義務は何か,領域国は越境損害に対しいかな
る国際法上の原則に基づいて責任を負うか,その原則が国家に課しているのはど
の程度の義務かである。設問2は,国家責任法の一般的知識それ自体を問う問題
ではない。しかしながら国家責任法の要件論を中心として一般的知識を記載する
にとどまる答案もあった。設問1と同様に,設問の論点を理解しこれを中心とし
て論ずることが望まれる。
設問3については,多くの答案は国際司法裁判所が暫定措置命令を指示する要
件を論じていた。しかし,国際司法裁判所規程41条に挙げる要件をそのまま記
載するにとどまる答案も少なからずあり,判例を通じて定まってきた要件を十分
に論ずる優秀な答案は,多くなかった。もっとも,自らが挙げる要件を,設問の
事例の事実状況に当てはめて論ずるということは,多くの答案が行っていた。設
問3は,操業停止を要請する根拠を問うものであり,暫定措置命令の要件の説明
を一般的に求めているのではない。この設問の趣旨を理解できている答案は,予
防原則に触れ,
予防原則を根拠として,
操業停止を要請できることを論じていた。
ただし,このような答案は僅かであった。
全体としては,次の点を指摘しておきたい。設問に直接的に答えておらず,設
問の趣旨を正確に理解しているかどうかに疑問を感じさせる答案が少なからず
あった。具体的には,設問が問う論点に直接的に答える構成をせず,設問1では,
管轄権の根拠,設問2では国家責任の成立要件,設問3では,国際司法裁判所が
暫定措置を指示する要件を一般的に論じている答案がしばしば見られた。設問の
趣旨を正確に理解している答案であれば,それに従って導き出される論点に関す
る記述も,設問の事例への法理の当てはめも比較的よくできている。国際法の基
礎知識の習得は前提として当然に要求されるが,その知識を有効に活用するため
には,設問の趣旨が何かを把握し論点は何かを正確に理解する必要がある。そし
て,設問の趣旨に従い,これに直接的に答えるように答案を構成する能力が問わ
れる。
「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」の答案を一概に表現することは,
例年同様,難しいが,おおむね次のとおりである。
優秀:設問についての国際法の基礎知識を備えており,設問の趣旨を正確に理解
し,設問の趣旨に従って論ずることが求められる論点を過不足なく見出して,こ
れらを整序して論ずるとともに,法理を事例に当てはめながら論述を行い,適切
な結論を導いている答案。例えば,設問1の前半では,立法管轄権の域外適用の
問題であることを明確に認識し,米国裁判所の判例により採用された効果理論を
十分に説明して,その上で,効果理論を適用してX国が反論し得ることを論じ,
設問の事実関係を前提に効果理論の具体的な適用についての論証が行われている
答案。
良好:設問についての国際法の基礎知識を備えており,設問の趣旨を正確に理解
して主要な論点について解答しているが,優秀な答案に比べて,論点についての
説明が不十分であったり,法理の事例への当てはめが十分に行われていなかった
りする答案。例えば,設問1の前半では,立法管轄権の域外適用の問題として答
案を構成し,
効果理論も明記されているが,
その内容の説明などが不十分な答案。
設問2では,領域使用の管理責任原則や相当の注意義務は明記しており,その内
容についても十分な説明がなされているが,これらを事例に当てはめて適用する
ことが行われていないとか,行われていても不十分であり,説得力のある議論を
導いているとはいえない答案。
一応の水準:国際法の基礎知識はあり,設問の趣旨も理解してはいるが,触れる
べき論点に欠落があったり,触れるべき法理は論じられているがその事例への当
てはめがないなどする答案。例えば,設問2では,領域使用の管理責任原則につ
いての十分な説明がなく,私人の行為について国家が相当の注意を払っていれば
国家は責任を負わないことを事例の事実から論証する答案や,逆に,領域使用の
管理責任原則や相当の注意義務については説明があるが,これらを事例の事実に
当てはめて適用して論証していない答案。
不良:設問の趣旨がそもそも理解できていない答案,あるいは,設問の趣旨が理
解できていても,主要な論点が欠落している答案又は基本的な国際法の知識を欠
いていると見られる記述が散見される答案。例えば,設問1前半では,立法管轄
権の域外適用の問題であることが理解できていない答案,設問2では,越境損害
を生じた場合の領域国の基本的義務が理解できていない答案,設問3では,暫定
措置として差止請求をする根拠が問われていることに気付いていない答案。
4 法科大学院教育に求めるもの
採点して感じた今年の答案の傾向に一,二触れておきたい。第一に,国際法に関
する基礎的な知識,すなわち国際法の基本的な概念や規則・原則について,その内
容を正確に理解し,かつしっかりと身に付けることの重要性を今年もまた強調して
おきたい。国際法の基礎的な知識を全般的に有しており,国際法判例や事例につい
ても重要な論点を押さえつつ学習している者の数が,採点結果を見る限り,年々減
少しているのではないかと危惧される。教科書の内容を記憶してはいるが関連する
国際法規の成立根拠や実際の適用例などについて十分理解ができていない者との間
の差が開いている印象を受けるだけでなく,基本的な国際法判例まで学習の範囲が
及んでいないか,又は教科書を一通り読んではいるが,内容を整理して理解するま
でに至っていないか,重要な論点に対する判例の内容を把握し切れていないと思わ
れる答案も相当数あった。例えば,国連安保理の第7章に基づく決定の法的拘束力
等は初歩的な知識の部類に入るが,これが試験では半数ぐらいしか書けていないと
いうのが現状である。国際公法を選択する受験者に対して一言述べれば,選択科目
に割くことのできる学習時間には限りがある中で,国際法のテキストに共通して記
載されている基本的事項及び基本的な判例集に掲げられている判例等について,内
容をしっかり「理解」して学習してほしい。第二に,設問に対して結論のみを書い
てその理由付けをほとんどしていない答案が今年も相当数あった。規則の解釈にせ
よ,具体的事例への当てはめにせよ,法科大学院の学生には根拠付けや論理的整合
性に注意する姿勢を日頃より身に付けるようにしてほしい。
5 その他
その数は僅かではあるが,判読が困難な答案が若干存在する。時間の都合もある
とは思うが,判読困難である答案が受験者の有利に働くことはあり得ないのである
から,文字及び文章は読み手の立場に立って読みやすい答案を簡潔に書くように日
頃から心掛けてほしい。時間配分に十分に注意してほしい。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(国際関係法(私法系))本年の国際関係法(私法系)の問題は,狭義の国際私法(抵触法)及び国際民事訴
訟法から出題されている。各問題の出題の趣旨等については,既に法務省ホームペー
ジにて公表済みである。
1 採点の方針と基準等
採点の方針は,昨年と同様である。すなわち,関連する個々の法領域の基本的な
知識と理解に基づき,論理的に破綻のない推論により一定の結論を導くことができ
るかを採点の指針とした。その上で,設問ごとに重点は異なるものの,1個々の法
規範の趣旨を理解しているか,2複数の法規範を視野に入れながら,相互の関連を
理解しているか,3これらの点の理解に基づき,設問の事実関係等から適切に問題
を析出することができるか,4析出された問題に対して,関連する法規範を適切に
適用することができるかを採点の基準とした。
「一応の水準」に達しているか否かは,他の法規範との関係をも含めて,明文の
規定には表れていない法規範の趣旨を理解しているか否かにあった。1と2の点の
理解が曖昧と認められる答案は「一応の水準」にとどまり,それらの理解が明瞭に
表現されている答案は「良好」又は「優秀」なものとなった。
「良好」と「優秀」
答案の差は,いわゆる論述力の差とともに,そのような理解を示すことができた設
問の数によっている。
なお,学説の分かれている論点については,結論それ自体によって得点に大きな
差を設けることはせず,自説の論拠を十分に示しつつ,これを論理的に展開するこ
とができているか否かを基本として,成績評価をした。
2 採点実感
(1) 第1問について
設問1は,
夫婦財産制につき法の適用に関する通則法
(以下
「通則法」
という。)第25条を準用する通則法第26条第1項のいわゆる変更主義の理解を問うてい
る。多くの答案は,財産の帰属を決定する個々の法律行為の時点を連結基準とし
ていた。他方で,国籍の変更が準拠法に影響することは理解していても,通則法
第27条の「離婚時」前における国籍の変更のように,過去の法律行為について
も現時点の連結基準により準拠法を決定するという意味で夫婦財産制の変更主義
を捉える答案が少なからずあった。
小問(1)から(3)までにつき変更主義に従い準拠法を特定した後,準拠法の併存が
もたらす精算の困難を理由に,最後の本国法たる日本法を適用する答案も正解と
した。しかし,この理由付けのない答案は減点した。
多くの答案は,通則法第41条の規定の適用いかんにも留意していた。
設問2につき,多くの答案は,夫婦財産契約もまた通則法第26条第1項の夫
婦財産制に包摂されることを示して,変更主義に従い準拠法を特定していた。し
かし,同条第2項の問題として捉える答案が少なくなかった。なお,多数の答案
は,夫婦財産契約という法律行為の方式につき通則法第34条を適用していな
かった。
設問3は,夫婦による準拠法選択に関する問題であり,通則法第26条第2項
の解釈・適用が問われている。同条第1項の変更主義の下では,財産の帰属等を
当事者が見通し得ないおそれがあるため,限定的ではあるが準拠法の選択が夫婦
に認められており,不動産については不動産所在地国の実質法の在り方も無視で
きないため,いわゆる分割指定も肯定されている。こういった同条第2項の趣旨
全体をよく理解していた答案はそれほど多くはなかった。
小問(1)について,通則法第26条第2項第1号に従い夫婦が選択した法は,選
択の後に取得された不動産(C土地)には適用されない,との理解を示す答案が
かなりの数に上った。
小問(2)については,B土地が通則法第26条第2項第3号の「不動産」に該当
するか否かを検討した答案は極めて少数であった。
(2) 第2問について
設問1は,任意代理のいわゆる内部関係と外部関係とを区別しながら,解釈に
より,各々の関係に適用される法を問うている。明文の規定がないだけに,論述
の巧拙が際立った問題となった。
小問(1)につき,大多数の答案は,代理権が委任契約に基づき授与されていると
きには,当該委任契約につき通則法第7条が指定する法が内部関係に適用される
ことを示していた。
小問(2)では,本人,代理人及び相手方の予見可能性等に配慮しつつ,外部関係
の準拠法を論述することが求められている。多数の答案は代理行為地法を準拠法
として特定できていた。
他方で,
通則法第4条第2項の類推を認める答案等もあっ
た。どのような見解に依拠するにせよ,本人,代理人及び相手方の予見可能性の
観点から筋の通った論述を展開している限り,点数に差を設けてはいない。とは
いえ,代理行為地を連結基準に求めると,論述が容易になったはずである。
設問2(1)アにつき,多くの答案は,正しく,民事訴訟法(以下「民訴法」とい
う。
)第3条の3第1号の「債務の履行地」を,当事者の予見可能性や証拠の所
在を根拠として掲げて,日本国内にあるものとしていた。なお,同条第5号を根
拠にする答案については,この規定の解釈論が十分に展開されていない現状に鑑
み,一定の点数を与えている。
設問2(1)イについては,設問の管轄合意を甲国裁判所に専属的に管轄権を付与
する合意と即断する答案が多くみられた。民訴法第3条の7の解釈論としての反
公序性の可能性や民訴法第3条の8の応訴管轄の可能性もあると指摘する答案に
は,一定の点数が与えられている。
設問2(2)については,通則法第20条が規定する附従的連結の意味を十分に理
解しているか否かによって,大きな差が出たように思われる。同条に言及しなが
ら,契約債務の内容や侵害された法益が日本と関連しているとして,日本法より
も密接に関連する地はないとした答案が少なくなかった。また,通則法第17条
の結果発生地という連結基準と不法行為の管轄原因とを混同し,連結基準として
の不法行為地の根拠を同地における「証拠の所在」に求めているために,日本法
を適用する答案がかなりあった。
3 今後の出題について
狭義の国際私法,国際民事訴訟法及び国際取引法の各分野の基本的事項を組み合
わせた事例問題が出題されることになると考えられる。
4 今後の法科大学院教育に求めるもの
明文の規定の適用が問われているときには,通則法第41条ただし書のような見
過ごしやすい規定であっても,正答率は極めて高かった。その一方で,明文により
表現されていない法規範の適用を問う問題については,正答率はかなりな程度に低
くなっている。換言すれば,規定を言わばマニュアルのように考え,その忠実な当
てはめだけに専念する答案が多くなっている。法規範の趣旨の理解を徹底させ,そ
の上で解釈論を展開することが望まれる。
本年の試験に特徴的な現象として,答案の最終部分において(注を付して)前問
に対する答えの一部を補充する答案がかなりの数に上ったことを付言しなければな
らない。そのことをもって減点することはしなかったが,答案の構成力の弱さを示
すものであり,改善が望まれる。

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