平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第1問)
1 出題の趣旨等
出題の趣旨及び狙いは,既に公表した出題の趣旨(
「平成27年司法試験論文式
試験問題出題趣旨【民事系科目】
〔第1問〕
」のとおりである。
2 採点方針
採点は,従来と同様,受験者の能力を多面的に測ることを目標とした。
具体的には,民法上の問題についての基礎的な理解を確認し,その応用を的確に
行うことができるかどうかを問うこととし,当事者間の利害関係を法的な観点から
分析し構成する能力,様々な法的主張の意義及び法律問題相互の関係を正確に理解
し,それに即して論旨を展開する能力などを試そうとするものである。
その際,単に知識を確認するにとどまらず,掘り下げた考察をしてそれを明確に
表現する能力,論理的に一貫した考察を行う能力,及び具体的事実を注意深く分析
し,法的な観点から適切に評価する能力を確かめることとした。これらを実現する
ために,1つの設問に複数の採点項目を設け,採点項目ごとに適切な考察が行われ
ているかどうか,その考察がどの程度適切なものかに応じて点を与えることとした
ことも,従来と異ならない。
さらに,複数の論点に表面的に言及する答案よりも,特に深い考察が求められて
いる問題点について緻密な検討をし,
それらの問題点の相互関係に意を払う答案が,
優れた法的思考能力を示していると考えられることが多い。そのため,採点項目ご
との評価に加えて,答案を全体として評価し,論述の緻密さの程度や構成の適切さ
の程度に応じても点を与えることとした。これらにより,ある設問について法的思
考能力の高さが示されている答案には,
別の設問について必要な検討の一部がなく,
そのことにより知識や理解が不足することがうかがわれるときでも,そのことから
直ちに答案の全体が低い評価を受けることにならないようにした。また反対に,論
理的に矛盾する論述や構成をするなど,法的思考能力に問題があることがうかがわ
れる答案は,低く評価することとした。また,全体として適切な得点分布が実現さ
れるよう努めた。以上の点も,従来と同様である。
3 採点実感
各設問について,この後の(1)から(3)までにおいて,それぞれ全般的な採点実感を
紹介し,また,それを踏まえ,司法試験考査委員会議申合せ事項にいう「優秀」,「良好」,「一応の水準」及び「不良」の4つの区分に照らし,例えばどのような
答案がそれぞれの区分に該当するかを示すこととする。ただし,これらは上記の各
区分に該当する答案の例であって,これらのほかに各区分に該当する答案はあり,
それらは多様である。
また,答案の全体的傾向から感じられたことについては,(4)で紹介することとす
る。
(1) 設問1について
ア 設問1の全体的な採点実感
設問1は,添付と即時取得という物権法の基本的事項に対する理解を問うと
ともに,これと関連する形で不当利得についても検討させることにより,法律
問題相互の関係の正確な理解とそれに基づく法的構成力を問うものである。
まず,小問(1)では,Aは,Cに対して,材木1の所有権がAに帰属すると主
張してその引渡しを請求していることから,材木1の所有権の所在について検
討することが求められる。その際,AB間における丸太の売買契約では,Bが
売買代金を支払うまで丸太の所有権はAに留保されていること,Bがまだ売買
代金を支払っていないこと,丸太の製材は民法第246条の加工に当たり,同
条第1項本文及びただし書によると,材木1の所有権は丸太の所有者であるA
に帰属することを的確に分析することが期待されている。これに対し,Cの反
論としては,民法第192条の即時取得を主張することが考えられる。Cは,
Bとの売買契約,つまり取引行為に基づき,材木1の引渡しを受けているから
である。しかし,
【事実】2によれば,Bが材木1の所有者であると信じたこ
とにつき,Cには過失が認められる。
小問(1)に関して検討を要する事項は以上のとおりであるが,このうち,Aの
請求の根拠が材木1の所有権にあること,及びCの反論として即時取得を検討
すべきであることについては,大多数の答案が言及しており,一定程度の理解
が示されていた。また,即時取得の成否を検討するに当たって,特に善意無過
失という要件に関し,民法第186条及び第188条を参照してそれが推定さ
れるとしつつ,
【事実】2によればCには過失が認められるとした答案が数多
く見受けられ,理論と実務の架橋を目指した法科大学院における要件事実及び
事実認定に関する教育が浸透していることがうかがわれた。
その一方で,材木1の所有権の帰属を検討する際に,加工について言及する
答案は必ずしも多くなかった。それらの答案の多くは,AB間における売買契
約の目的物を丸太ではなく,材木1であると記しているのに対して,AB間に
おける売買契約の目的物を丸太であると正確に理解している答案の多くは,加
工にも言及していることからすると,問題文を注意深く読み,問題となる事実
を正確に理解することができていないところに不十分な点があったものと推察
される。検討を行う時間が限られているため,このような誤解はあり得るもの
ではあるが,問題文を正確に読み取ることは問題分析の前提であることから,
全体的な傾向として見られる課題として特に指摘しておく。
次に,小問(2)では,Aは,Dに対して,材木2の価額の償還を求めているこ
とから,その根拠が確認されなければならない。まず,材木2は,材木1と同
様の理由からAの所有物であるが,Dの所有する乙建物に組み込まれて一体化
されている。これは民法第242条の不動産の付合に当たり,同条本文による
と,乙建物の所有者であるDが材木2の所有権を取得する。その結果,材木2
の所有権を失ったAは,民法第248条に従い,Dに対し,その償金を請求す
ることができる。このAの請求の基礎付けに際しては,不動産の付合の意義が
正確に説明され,本問に示された事実関係に即して適切な当てはめをすること
が求められる。また,民法第248条は「第703条及び第704条の規定に
従い」としていることから,AのDに対する請求の具体的な内容を確定するた
めには,不当利得の成立要件について,本問に示された事実関係に即して検討
する必要がある。
以上の諸点につき,全体として,答案は,不動産の付合を含め添付の成否に
触れているものと,全く添付に言及することなく,もっぱら不当利得のみを論
じているものとに大別された。本問における利得と損失は,付合による合成物
の所有権の取得とそれに伴う付合物の所有権の喪失に基づくことからすると,
後者は分析として不十分なものといわざるを得ないが,そのような答案も相当
数見られた。また,添付が問題となることに気付いているものの,民法第24
3条の動産の付合と解したり,民法第246条の加工と解したりするものも一
定数存在した。そのため,不動産の付合として問題の分析をした答案は多数と
まではいえなかった。さらに,不動産の付合であることを指摘するだけで,そ
れ以上に論旨が展開されていない答案も散見された。全体として,添付制度の
法的な意義並びにそれに関する諸規定の体系的な理解が十分でないことがうか
がわれたことを特に指摘しておく。
以上に加えて,
本問では,
AがDに対して請求することができる額について,
AB間の関係を考慮に入れた検討をすることも期待されていた。材木2の価額
は200万円であるから,材木2の所有者であるAは,Dに対して,200万
円を請求することができるはずである。他方,材木2の材料に当たる丸太の価
額は150万円であるため,Aが受けた損失を勘案するならば,AがDに対し
て請求できる額は150万円にとどまると考える余地もある。そこまで考察の
及んでいる答案は少数であったが,
正確な分析がされている答案も散見された。
問題文では,
「材木2の価額」の償還を請求することができるかどうかが問わ
れるとともに,請求の「内容」を説明することが求められていたのだが,請求
することができる額まで問われていないと誤解された可能性もある。
以上により基礎付けられるAの償金請求に対するDの反論として考えられる
のは,例えば,DがCに請負代金を支払済みであることから,その限度でDの
利得は消滅したという主張である。この反論を基礎付けるためには,Aが受益
をした時点,つまり材木2が乙建物に付合した時点において,Dが,材木2の
所有権をCが有しないことにつき善意であり,かつ,悪意に転じる前に,Cに
請負代金を支払ったことが指摘されなければならない。
しかし,仮にDが自分で乙建物のリフォーム工事をするためにCから材木2
を購入し,まだ材木2が乙建物に付合していないとすると,Dについて即時取
得が成立しない限り,DがCに材木2の売買代金を支払ったとしても,AはD
に対して材木2の返還を請求することができるはずである。このような観点か
らすると,DがCに請負代金を支払っていることを理由として,Dの利得の消
滅を認めることは適切でなく,むしろ,Dにおいて材木2の価値に相当するも
のを即時取得したと評価することができる場合に,Dの利得について法律上の
原因が認められ,DはAの償金請求を拒絶することができると考える方が適切
である可能性もある。その際には,引渡し時における善意無過失という即時取
得の要件について,Dは,乙建物の鍵のうちの1本をCに交付して仮住まいの
家に移っただけであるから,Cを通じて乙建物を間接的に占有していると評価
することができるため,Dの善意無過失について判断すべき基準時は材木2が
乙建物に付合した時点であると考える可能性があること等に留意する必要があ
る。
以上のようなDの反論に関する検討については,時間の制約からか,叙述の
分量が少ない答案も相当数あったほか,DがCとの請負契約に基づきCに請負
代金を支払っているという事実から,Dには利得がない,あるいはDの利得に
は法律上の原因が認められると簡単に述べるものが多数であった。材木2の材
料に当たる丸太の所有者であったAがDに対して民法第248条に従った請求
をしている場合において,DがCとの契約に基づいて代金を支払っていること
が利得の消滅や法律上の原因の不存在を基礎付けるとするためには相応の説明
が求められるが,この点について言及するものは少なかった。その一方で,小
問(1)において即時取得が問題とされ,またCD間における請負契約も取引行為
であること等もあってか,ここでも即時取得に関する検討を行った答案も少な
からず存在した。その中には,付合と即時取得との関係という理論的な問題や
本問における引渡しの有無という法制度の正確な理解に基づく事実認定に関わ
る問題に言及している答案もあった。こうした検討を行う能力は,とりわけ法
科大学院における双方向教育による思考の訓練・錬磨を通じて身につけること
ができるものであり,その成果の一端がうかがわれた。
イ 答案の例
優秀に該当する答案の例は,材木1の所有権がAに帰属することを,AB間
における所有権留保と加工に関する分析を踏まえて正確に確定した上で,Cに
よる即時取得の成否につき,事実関係に即した的確な検討を行うとともに,不
動産の付合の意義を明らかにしつつ,償金請求の根拠及び内容について適切に
考察し,さらにDの反論について上記のような検討を行うものである。
良好に該当する答案の例は,優秀に該当する答案と検討している事項はほぼ
同じであるものの,要件・効果に関する説明が不十分であったり,該当する事
実の摘示の仕方が粗雑であったりする等,論述の一部について周到さや丁寧さ
を欠くものである。例えば,不動産の付合の成否の基準を示さないまま,本問
の事実に即してその成立を認めるもの等,基本的な事項に対する理解はうかが
えるものの,その理解を過不足なく示すことができていないもの等がこれに当
たる。
一応の水準に該当する答案の例としては,次の2つが挙げられる。第1の例
は,検討すべき事項のほぼ全てについて言及しているものの,全体として説明
が十分でないものである。例えば,小問(1)に関しては,Cの反論として即時取
得を挙げ,本問においてCに過失に相当する事実が認められることは述べてい
るものの,根拠となる規定の要件に即した説明が不十分ないし不正確にとどま
るもの等がこれに当たる。また,小問(2)に関しては,不動産の付合に言及し,
本問においてそれが認められることは述べているものの,根拠となる規定の要
件に即した説明が不十分ないし不正確にとどまるもの等がこれに当たる。この
ような答案は,それぞれの問題ないし制度の相互関係を体系的に理解している
という意味では,一応の水準に到達しているといえるが,個々の問題ないし制
度に関する理解に問題を残すものといえる。第2の例は,個々の問題ないし制
度については的確な理解を示しているものの,検討すべき事項の一部について
考察を欠くものである。例えば,小問(1)に関しては,加工に全く触れていない
もの,また,小問(2)に関しては,不動産の付合に全く触れていないもの等がこ
れに当たる。このような答案は,検討すべき事項の相当部分について十分な理
解を示しているという意味で一応の水準に達しているといえるが,基本的事項
の一部について理解が至らない点があり,全体として十分なものといえない。
不良に該当する答案の例は,検討すべき事項の中心的な部分について考察を
欠くものである。例えば,小問(1)に関しては,所有権留保や加工に全く触れる
ことなく,即時取得のみを論じるもの等がこれに当たる。また,小問(2)に関し
ては,材木2の所有権の帰趨に全く触れることなく,利得及び損失を明確に特
定しないまま不当利得を検討するもの等がこれに当たる。このような答案は,
たとえ検討されている個々の事項だけを取り上げれば適切な論述がされている
としても,それぞれの問題ないし制度の相互関係に対する体系的な理解が不十
分であることから,不良に該当する。
(2) 設問2について
ア 設問2の全体的な採点実感
設問2は,立木が二重に譲渡された後に切り出された場合においてその切り
出された丸太について返還請求がされた事例を素材として,所有権に基づく物
権的返還請求権の主張に対する典型的な抗弁の1つである対抗要件具備による
所有権喪失の抗弁について正確に理解しているかどうか,及び民事留置権の成
否に関して事案に即した適切な検討をすることができるかどうかを問うもので
ある。
まず,小問(1)では,対抗要件具備による所有権喪失の抗弁の構造を正確に理
解した上で,それを本問の事例に即して展開し応用する能力が問われている。
本問の事例の特徴は,立木がAからE及びAからFに二重に譲渡された後に
切り出され,立木の第一譲受人であるEが,その切り出された丸太について,
立木の第二譲受人であるFからその切り出された丸太の寄託を受けたGに対し
て返還請求をしている点にある。ここでは,対抗要件が問題となることは比較
的容易に分かるものの,二重譲渡が問題となる典型的な場面と異なり,二重譲
受人相互間で返還請求が行われているのではなく,第一譲受人から第二譲受人
の受寄者に対して返還請求が行われていることから,対抗要件が物権変動にお
いて持つ意義を踏まえて,返還請求を拒否する主張が導かれる「根拠」を説明
することが求められる。また,その前提として,立木の所有権と切り出された
丸太の所有権の関係を正確に理解し,何についてどのような対抗要件の具備が
必要とされるかということを的確に示すことも求められている。
大多数の答案は,返還請求の目的物である丸太3は,甲土地から切り出され
る前は,甲土地に生育していた立木であり,この本件立木の所有権は,甲土地
の所有者であるAに帰属することを前提として,本件立木の所有権がまずAか
らEに譲渡され,その後甲土地とともにAからFに譲渡されていることから,
本件立木の所有権の譲渡について対抗要件が具備されているか否かが問題とな
ることを指摘することができていた。ただし,本件立木は,民法第86条第1
項の意味での甲土地の定着物ないし民法第242条の付合により甲土地と一体
となるものであることから,甲土地の所有者に帰属すること,その後本件立木
が甲土地から切り出されても,本件立木の所有者が有していた所有権は切り出
された丸太3にも及び続けることを正確に示すことができていた答案は少数に
とどまった。これらは,物権法の基本的ルールに当たることから,当然視され
たのかもしれないが,決して自明のことではなく,説明を要する事柄である。
問題は,上記のように,第二譲受人であるFの受寄者であるGがなぜ第一譲
受人であるEの返還請求を拒否することができるかである。Eの返還請求が,
Eが本件立木の所有権を取得したこと,したがって丸太3の所有権を有するこ
とを理由とするものと考えられることから,Gとしては,Eが丸太3の所有権
を有しないことを基礎付ければ,Eの返還請求を拒否することができる。その
ための構成としては,(i)AからFへの本件立木の所有権の譲渡について対抗
要件が具備されていることにより,
「第三者」であるEとの関係でも,Fが本
件立木の所有権を確定的に取得する結果,Eは本件立木の所有権を喪失し,し
たがって丸太3の所有権を有しないことになるという構成(対抗要件具備によ
る所有権喪失の抗弁)と,(ii)AからEへの本件立木の所有権の譲渡は,対抗
要件を具備しない限り「第三者」に対抗することができないため,この「第三
者」との関係では,Eは本件立木の所有権を取得したといえず,したがって丸
太3の所有権を有しないことになるという構成(対抗要件の抗弁)が考えられ
る。
このうち,(ii)対抗要件の抗弁による場合には,Gが「第三者」に当たるこ
とを基礎付ける必要がある。もっとも,本問で問題となっているのは立木の物
権変動であり,これは一般に不動産の物権変動として捉えられていることから
すると,ここでは,受寄者が不動産の物権変動の「第三者」に当たるか否かが
問題となる。判例及び通説的見解はこれを否定していることを踏まえて,なお
「第三者」に当たるとする理由を説得的に述べることが求められる。そのよう
な説明を試みる答案も見られたが,特に理由を述べることなくこれを肯定する
ものも少なくなかった。そのような答案は説明が不十分であり,消極的に評価
せざるを得ない。それに対して,立木の第二譲受人であるFはこの「第三者」
に当たることから,Fから丸太3の寄託を受けたGは「第三者」であるFの地
位を援用するという説明をするものも一定数見られた。これはあり得る構成の
一つであり,積極的に評価することができる。
(ii)対抗要件の抗弁についてはこのような検討を要することからすると,
本問におけるGの主張の「根拠」としてまず考えられるのは,(i)対抗要件具
備による所有権喪失の抗弁である。全体として見ても,多くの答案がこの抗弁
について言及していた。これは,法科大学院における要件事実に関する基礎的
教育が実を結んでいることの表れと考えられる。もっとも,
「所有権喪失の抗
弁」という表現は出てくるものの,実際には,GないしFが「第三者」に当た
るか否かのみを論じ,AからEへの本件立木の所有権の譲渡は,対抗要件(明
認方法)が具備されていないため,GないしFに「対抗」することができない
と述べる答案も相当数見られた。これは,民法第177条に関する要件事実に
ついて表面的な知識はあるものの,その法的な意義及び根拠が十分に理解され
ておらず,その結果として対抗要件の抗弁と対抗要件具備による所有権喪失の
抗弁の区別ができていない結果であると考えられる。このほか,さらに,民法
第177条や「対抗」ないし「対抗要件」という表現を用いた説明を試みてい
るものの,
誰が誰に対して何を対抗することができるかということを明示せず,
どのような主張をしているのかが判然としない答案も一定数見られた。
以上に対して,返還請求の目的物が丸太3であることに目を奪われたのか,
これを動産の物権変動の対抗問題として捉えたり,動産の即時取得の問題とし
て構成したりするものも一定数見られた。本問では,AからEには売買により
本件立木の所有権が譲渡され,AからFには売買により甲土地及び甲土地上の
本件立木の所有権が譲渡されている。
「対抗」が問題とされるのは物権の変動
であるという基本的事項が正確に理解されていれば,そのような誤解は生じな
かったものと考えられる。
小問(2)では,寄託契約に基づく保管料債権を被担保債権とする民事留置権の
成否について正確に検討することができるかどうかが問われている。
ここでは,まず,Gの主張が民法第295条の民事留置権に基づくものであ
ることを示した上で,民事留置権の要件の全て,すなわち,(i)他人の物を占
有していること,(ii)その物に関して生じた債権を有すること,(iii)被担保債
権の弁済期が到来していること,(iv)占有が不法行為によって始まったもので
ないことについて,主張・立証責任の所在にも留意しつつ,それぞれの要件の
意味を示し,それに該当する事実の有無を判断することが求められる。多くの
答案は,本問の事実関係に即して民事留置権の成否を検討しており,民事留置
権の基本的な意味が理解されていることがうかがわれた。
また,本問では,民事留置権の目的物である丸太4はEの所有に属するのに
対し,被担保債権である丸太4の保管料債権の債務者はFであるため,このよ
うな場合に民事留置権の成立を認めることが適当かどうかが問題となる。本問
においてこの点が問題となることは,多くの答案において意識され,何らかの
検討がされていた。この点も,法的に検討するべき問題点を拾い出す感覚が備
わっていることを示すものであり,評価に値する。
もっとも,少し気になる点も認められた。まず,留置権の制度趣旨等を援用
して,本問において留置権の成立を否定すべきであるという結論は示している
ものの,留置権の成立要件のうち,いずれが否定されることによりそのような
結論が導かれるかが明らかでないものが一定数見られた。制度趣旨等に遡った
検討をすることは重要であるが,それを法律論として主張するためには,問題
となる規範を示し,その要件の解釈及び適用を通して結論を基礎付ける必要が
あることを忘れてはならない。
また,留置権の成立を肯定する場合に,例えば,牽連性の要件のみを検討し,
他の要件について検討しないまま,結論を導くものもみられた。ある者が主張
する法律効果の発生を認めるためには,その要件の全てが充たされることが必
要であり,一部の要件が充たされるだけでは法律効果の発生を認めることがで
きない。これは,法の解釈・適用に関する基本であり,おろそかにしてはなら
ない点である。
なお,小問(2)では,
「丸太の保管料のうち丸太4の保管料に相当する金額の
支払を受けるまでは,Eの請求を拒否する」というGの主張が認められるかど
うかを検討することが求められている。そこで「丸太の保管料」とされている
のはFがGとの間でした寄託契約に基づく保管料であることは明らかであるに
もかかわらず,民法第196条に基づいてGがEに対して有する必要費償還請
求権を留置権の被担保債権として検討するものが少なからず見られた。問題文
を注意深く読むことが解答における当然の前提であることを改めて強調してお
きたい。
イ 答案の例
優秀に該当する例は,小問(1)に関しては,Gの主張の根拠が民法第177条
に基づく対抗要件具備による所有権喪失の抗弁に求められることを指摘し,G
が主張・立証すべき事実として,Aが甲土地及び甲土地上の本件立木をFに売
却する旨の契約が締結され,それに基づき甲土地についてAからFへの所有権
移転登記がされたことを挙げ,これにより,Fが丸太3の所有権を確定的に取
得し,Eが丸太3の所有権を失うため,Eの請求を退けることができる旨を説
明するものである。また,小問(2)に関しては,Gの主張の根拠が民事留置権で
あることを示した上で,本問では被担保債権である保管料債権の債務者Fと目
的物の所有者Gとが別人である場合にまで民事留置権を認めてよいかどうかが
問題となることを指摘し,民事留置権の成立要件とその意味を明らかにしなが
ら,その成否を検討するものである。
良好に該当する答案の例は,小問(1)に関しては,優秀に該当する答案と同様
に,Gの主張の根拠が対抗要件具備による所有権喪失の抗弁に求められること
を指摘し,そのためにGが主張・立証すべき事実を挙げているものの,その根
拠及び要件・効果に関する説明が不十分であったり,該当する事実の摘示の仕
方が粗雑であったりする等,論述の一部について周到さや丁寧さを欠くもので
ある。例えば,AからFへの所有権移転登記によってFが本件立木(後の丸太
3)の所有者になることは述べているものの,Fが確定的に丸太3の所有者と
なり,その結果として,丸太3についてのEの所有権が失われることを十分に
説明することができていないもの等がこれに当たる。
また,
小問(2)に関しては,
優秀に該当する答案と同様に,Gの主張の根拠が民事留置権であることを確認
した上で,本問では被担保債権である保管料債権の債務者Fと目的物の所有者
Gとが別人である場合にまで民事留置権を認めてよいかどうかが問題となるこ
とを指摘しているものの,民事留置権の成立要件に即した説明が不十分であっ
たり,特に問題となる主要な要件についてのみ検討し,他の要件について十分
な説明をしないまま民事留置権の成立を認めていたりするものである。
一応の水準に該当する答案の例としては,次の2つが挙げられる。第1の例
は,検討すべき事項のほぼ全てについて言及しているものの,全体として説明
が十分でないもの,又は主要な部分についてはおおむね的確に論述されている
ものの,説明の一部に誤りが見られるものである。小問(1)に関しては,例えば,
Gが主張・立証すべき事実を的確に挙げているものの,その理由の説明が十分
でないもの,Gの主張として対抗要件具備による所有権喪失の抗弁を挙げ,そ
の意味も的確に説明しているものの,問題となる物権変動を丸太3の譲渡と誤
解し,
民法第178条の対抗要件の具備を指摘しているもの等がこれに当たる。
小問(2)に関しては,例えば,Gの主張の根拠が民事留置権であることを示した
上で,その成立要件に即した検討をしているものの,個々の成立要件の理解が
一部不十分であったり,不正確であったりするものである。第2の例は,個々
の問題ないし制度については的確な理解を示しているものの,検討すべき事項
の一部について考察を欠くものである。小問(1)に関しては,例えば,民法第1
77条が適用されることを示し,Gが主張・立証すべき事実もおおむね的確に
挙げているものの,Gの主張の根拠について明確な考察をしていないもの等が
これに当たる。また,小問(2)に関しては,例えば,民事留置権の成立要件を列
挙し,本問においてそれぞれの要件が満たされるか否かを一通り検討している
ものの,本問において被担保債権である保管料債権の債務者Fと目的物の所有
者Gとが別人である場合が問題となっていることについて明確な考察をしてい
ないもの等がこれに当たる。
不良に該当する答案の例は,検討すべき事項の中心的な部分について考察を
欠くもの,又は誤りがあるものである。小問(1)に関しては,例えば,適用法条
も示さないまま漠然と対抗問題について説明するにとどまるもののほか,Gの
主張の根拠として対抗要件具備による所有権喪失の抗弁を挙げるにとどまり,
その理由とGの主張・立証すべき事実についての考察を全く欠くものや,Gの
主張の根拠として対抗要件の抗弁を挙げながら,どの物権変動が問題となり,
誰が第三者に当たるかが判然としないもの等がこれに当たる。また,小問(2)に
関しては,例えば,Gの主張の根拠が民事留置権であることに言及せず,専ら
民法第533条の同時履行の抗弁の成否を問題とするもののほか,民事留置権
に言及しているものの,民法第196条に基づいてGがEに対して有する必要
費償還請求権を留置権の被担保債権として検討するもの等がこれに当たる。
(3) 設問3について
ア 設問3の全体的な採点実感
設問3は,未成年者であるHの不法行為を素材として,不法行為法について
の基本的な知識とその理解を問うものである。本問では,一般に責任能力があ
るとされる年齢に達している未成年者がした不法行為について監督義務者であ
る親の責任を検討し(小問(1))
,幼児が被害者である場合にその親に不注意が
あった場合について過失相殺の可否を検討することが求められている(小問(2))。いずれも,確立した判例があり,不法行為法において基本的な問題とし
て論じられている事柄である。
小問(1)で問われているのは,Hの親であるCの責任であるが,Cの責任につ
いては,Hに責任能力が認められるか否かによって,その法律構成が異なる。
Hが本件角材を路上に置く行為は,
客観的に不法行為に当たると考えられるが,
Hに責任能力が認められない場合,Hの不法行為責任は否定される(民法第7
12条)
。その場合には,Hの親権者であり,法定監督義務者となるCについ
て,民法第714条に基づく責任が認められる可能性がある。他方で,民法第
714条は,直接の加害者に責任能力が認められない場合の補充的責任を定め
たものであり,Hに責任能力が認められる場合には,適用されない。民法には
明確な年齢基準が定められていないものの,従来の判例では,12歳前後がそ
の基準とされていることから,既に満15歳に達し中学3年生であるHについ
ては,特段の事情がない限り,責任能力が肯定されると考えられる。したがっ
て,これを前提とする限り,Cについて,民法第714条に基づく責任を追及
することはできない。本問では,まず,以上の理解を踏まえて,民法第714
条に基づくCの責任が認められるか否かについて,的確に検討することが求め
られる。
しかし,判例は,未成年者の責任能力が肯定される場合であっても,監督義
務者に監督義務違反としての故意又は過失が認められ,それと損害との間に相
当因果関係があれば,監督義務者自身の不法行為として,民法第709条の不
法行為責任が成立することを認めている。これによると,Cについて監督義務
違反が認められるか否か,認められるとした場合,その監督義務違反とLの権
利侵害との間に相当因果関係が認められるか否かについて,本問に示された事
実関係に即して,的確に検討することが求められる。
上述のとおり,責任能力を有する未成年者の不法行為に関する監督義務者の
責任は,いずれの教科書等においても解説される基本的な問題であり,多くの
答案においては,以上のような基本的な枠組みを踏まえた論述がされていた。
もっとも,少し気になる点も認められた。
まず,責任能力についての説明が正確でない答案が,かなりの数存在した。
すなわち,責任能力とは民法第712条の「自己の行為の責任を弁識するに足
りる知能」であるが,
「責任を弁識する能力」あるいは「責任能力」という用
語を用いずに,Hには
「事理弁識能力」があるといった説明をする答案のほか,
「責任能力とは事理弁識能力である」と説明する答案がかなり存在していた。
責任能力が具体的にどのような弁識能力であり,どの程度の知能を前提とする
ものであるかという点について議論の余地があるとしても,少なくとも判例では,責任能力と事理弁識能力は区別されている。
最判昭和39年6月24日(民集18巻5号854頁)は,過失相殺において被害者の過失を考慮するために
は責任能力が必要であるとされていたそれまでの立場を変更して,被害者には
事理弁識能力があれば足りるとしている。このような判例の立場からすると,
責任能力と事理弁識能力は同一のものではあり得ないことになる。
また,HについてCに監督義務が認められるか否かに関しては,未成年者で
ある子は親権に服し,親権者は子の身上監護について義務を負うことが重要な
意味を有する。この点については,民法第820条等,手がかりとなる規定を
示しつつ,的確に検討する答案もある一方で,漠然と親の責任を論ずる答案も
少なくなかった。さらに,Cの監督義務違反に基づく不法行為責任という理解
が明確に示されておらず,漠然と民法第709条の要件を順次論ずるにとどま
る答案も散見された。責任能力を有する未成年者の不法行為についての監督義
務者の責任に関する判例に照らせば,小問(1)では,どの点にCの監督義務違反
があるか,また,そうした監督義務違反とLに生じた損害との間に相当因果関
係があるか否かが特に重要な問題点となるが,前提となる判例を十分に理解し
て論じているか否かが,このような差異をもたらす原因であったとも考えられ
る。
もっとも,
このように判例に依拠して検討することが唯一の解答ではなく,
適切な理由付けによってこれと異なる論じ方をすることも排除されていない。
しかし,そうした適切な理由付けによって論じたものは,少数にとどまった。
小問(2)においては,賠償額に関するCの反論について問われており,過失相
殺について検討することが期待されている。もっとも,
【事実】16及び17によ
ると,既に付近がかなり暗くなっていたにもかかわらず,Kが前照灯の故障し
た自転車を,携帯電話を使用していたため,片手で運転していたことから,K
についての過失と評価されるような事情は認められるが,Lについては,過失
と評価されるような事情は示されていない。また,3歳のLについては,過失
相殺の前提として必要とされる事理弁識能力が認められないとも考えられる。
もちろん,過失相殺の前提として被害者に一定の能力を要求するべきか,ある
いは事理弁識能力とは何であるかといった点について,学説上は議論がある。
しかし,いずれにしても,本問の損害賠償請求はLによるものであるため,L
自身に過失がないにもかかわらず,上記のKの過失が,Lの損害賠償請求にお
いて過失相殺の対象として考慮されるかどうかが問題となる。
この点について,
判例は,被害者自身の過失でなくても,被害者と身分上・生活関係上の一体性
が認められる者に過失があった場合については,その者の過失を過失相殺の対
象として考慮することを認めている。判例に即して論じる場合には,以上の点
を適切に示し,本問に示された事実関係に即して,その要件が満たされている
か否かを的確に論じることが求められる。
もっとも,判例による被害者側の過失法理に依拠して検討することが唯一の
解答ではない。特に,被害者側の過失法理については,その妥当性を疑問視す
る見解も有力である。判例と異なる構成を採る場合であっても,適切な理由付
けが行われ,その要件等が的確に検討されていれば,それに相応した評価がさ
れることになる。
この小問(2)も基本的な問題であり,時間切れのために十分に解答し切れな
かったことがうかがわれる答案を除けば,おおむね求められる内容が書かれて
いる答案が多かった。もっとも,少し気になる点も認められた。
まず,
判例の判断枠組みに従っていると思われるものの,
「被害者側の過失」,被害者との「身分上・生活関係上の一体性」ないし「身分上・経済上の一体性」
等の鍵となる基本的な概念について言及がない答案や,それらに関して不正確
な説明がされている答案が一定数見られた。しかし,その一方で,それらの諸
概念を適切に説明した上で,被害者側の過失法理の趣旨が求償の連鎖を避ける
ところにあること等を指摘し,そうした趣旨を踏まえた検討をしている答案も
少なからず見られた。
また,過失相殺を検討する際に,民法第722条第2項とともに,あるいは
同項に言及せずに,民法第418条を挙げている答案が散見された。小問2に
おいて,被害者であるLと請求の相手方であるCとの間で債務不履行を問題と
する余地はない。したがって,本問において民法第418条を挙げることは誤
りであると同時に,民法の体系に関する基本的な理解を疑わせるものといわざ
るを得ない。
イ 答案の例
優秀に該当する答案の例は,小問(1)に関しては,責任能力に関する従来の判
例を踏まえてHに責任能力が認められるか否かを検討し,それが肯定されるこ
とを前提として,補充的責任である民法第714条の適用がないことを確認し
た上で,監督義務違反を理由として民法第709条に基づくCの責任が認めら
れる可能性を示し,Cに監督義務が認められる根拠を挙げ,さらにCの監督義
務違反とLの権利侵害との間に相当因果関係が認められることを本問の事実関
係に即して検討するものである。また,小問(2)に関しては,L自身に過失相殺
の前提となる過失がないことを本問の事故の態様やLの事理弁識能力の有無に
即して示した上で,被害者側の過失法理が認められる根拠とその判断基準(被
害者との身分上・生活関係上の一体性等)を的確に示し,Kの過失がL側の過
失として考慮されること,及びKが前照灯の故障した自転車を,携帯電話を使
用していたため,片手で運転していたという本問の事実関係に即して,Kに過
失が認められることを的確に判断しているものである。
良好に該当する答案の例は,小問(1)に関しては,優秀に該当する答案と同様
に,基本的な法律関係として,Hの責任能力の有無を確認し,それが肯定され
ることを前提として,補充的責任である民法第714条の適用がないことを確
認した上で,監督義務違反を理由とする民法第709条に基づくCの責任を検
討しているものの,要件や根拠に関する説明が不十分であったり,該当する事
実の摘示の仕方が粗雑であったりする等,論述の一部について周到さや丁寧さ
を欠くものである。また,小問(2)に関しては,優秀に該当する答案と検討して
いる事項はほぼ同じであるものの,要件・効果に関する説明が不十分であった
り,該当する事実の摘示の仕方が粗雑であったりする等,論述の一部について
周到さや丁寧さを欠くものである。例えば,被害者側の過失法理について言及
し,その判断基準も的確に示しているものの,その根拠について説明を欠いて
いるものや,KとLの関係について具体的な説明をしないまま,身分上・生活
関係上の一体性等に相当するものが認められることを当然の前提として論述す
るもの等がこれに当たる。
一応の水準に該当する答案の例としては,次の2つが挙げられる。第1の例
は,検討すべき事項のほぼ全てについて言及しているものの,全体として説明
が十分でないものである。小問(1)に関しては,例えば,責任能力に言及してい
るものの,
その意味の説明がされていなかったり,
説明が必ずしも正確でなかっ
たりするもの,民法709条に基づく責任に言及しているものの,民法第71
4条との関係についての説明されていなかったり,説明が必ずしも正確でな
かったりするものがこれに当たる。小問(2)に関しては,例えば,被害者側の過
失法理について言及しているものの,判断基準の説明が不完全ないし不十分で
あるものや,本問のどのような事実がKの過失を基礎付けるかについて必ずし
も明確な説明をしていないもの等がこれに当たる。第2の例は,個々の問題な
いし制度については的確な理解を示しているものの,検討すべき事項の一部に
ついて考察を欠くものである。例えば,小問(1)に関しては,Cの監督義務違反
とLの権利侵害との間の相当因果関係の有無について考察を欠くもの,小問(2)
に関しては,被害者側の過失という言葉を用い,Kの過失がL側の過失として
考慮されることを述べているものの,被害者側の過失として判断される基準に
ついて論及していないもの等がこれに当たる。
不良に該当する答案の例は,制度の基本的な理解が不十分又は誤っていると
考えられるものである。小問(1)に関しては,特に説明もなく責任能力と事理弁
識能力を同視するものや,民法第714条が未成年者に責任能力が認められな
い場合の補充的責任であることが十分に理解できていないもの等がこれに当た
る。また,小問(2)に関しては,被害者側の過失法理に言及しないまま,単に,
Kの過失を指摘し,過失相殺が可能であるとするもの等がこれに当たる。
(4) 全体を通じ補足的に指摘しておくべき事項
民法全般について体系的で過不足のない知識と理解を身に付けることが実務家
になるためには不可欠である。今回の出題についても,該当分野について基本的
な理解が十分にできており,それを前提として一定の法律構成を提示し,それに
即して要件及び効果に関する判断が行われていれば,十分合格点に達するものと
考えられる。しかし,残念ながら,民法に関する基本的な知識と理解が不足して
いる答案や,請求原因,抗弁等の要件事実を平板に指摘するにとどまり,肝心の
実体法の解釈や事案への当てはめが不十分な答案が見られたのは,昨年までと同
様である。
本年もまた,答案の前半部分の解答に力を注ぎすぎ,後半の解答内容が散漫な
ものになるなど,答案としてのバランスを欠くものが相当数見られた。また,時
間不足のためかもしれないが,乱暴に書きなぐったり,判読困難な字を記載した
りするなど,読み手のことを十分考えていない答案が一定数見られたことも昨年
までと同様である。次年度以降,改善を望みたい。
4 法科大学院における学習において望まれる事項
昨年も指摘したように,法律家になるためには,具体的なケースに即して適切な
法律構成を行い,そこで適用されるべき法規範に基づいて自己の法的主張を適切に
基礎付ける能力を備える必要がある。
こうした能力は,
教科書的な知識を暗記して,
ケースを用いた問題演習を機械的に繰り返せば,おのずと身に付くようなものでは
ない。単純なケースであれば,行うべき法律構成と適用されるべき法規範を見つけ
出すことは,比較的簡単かもしれない。しかし,少し複雑なケースになってくると,
そうした法律構成を適切に行い,適用されるべき法規範を見つけ出すことは容易で
はない。特に様々な制度や法規範が関係してくる場合は,それらの相互関係が適切
に理解されていないと,それらのいずれをどのように組み合わせて法的主張を行え
ばよいかがわからず,
取り上げるべきポイントを見落としたり,
的外れな主張を行っ
たりすることになりやすい。本問においても,そのような理解の不十分さに由来す
ると考えられる誤りが相当数の答案で見受けられた。
民法に関する制度や法規範の相互関係を理解する上で,少なくともケースに即し
て法的主張を行うという観点から重要なのは,それらの制度や法規範によって認め
られる法律効果が何かということである。ケースに即して行われる法的主張とは,
まさにそうした法律効果をそのケースにおいて主張することを意味するからであ
る。もちろん,ある法規範に基づいてそうした法律効果を主張するためには,その
前提として別の法規範により一定の法律効果が基礎付けられていることが必要にな
る場合が少なくない。例えば,所有権の侵害を理由として物権的請求権という法律
効果を主張するためには,その前提として加工に関する法規範等によりその所有権
を取得しているという法律効果が基礎付けられなければならない。また,物権的請
求権が認められないという法律効果を主張するためには,例えば,不動産の付合に
関する法規範により付合物の所有者がその所有権を喪失しているという法律効果が
基礎付けられればよい。このように,法律効果を起点として制度や法規範の相互関
係を理解することが,法律構成を適切に行い,適用されるべき法規範を見つけ出す
ための前提として必要になるということができる。
法科大学院において,ケースに即して法律問題を検討するという教育手法が採用
されているのは,
言うまでもなく,
実践的な法的思考を行う能力を養うためである。
しかし,そのためには,そうした実践的な法的思考を行うために必要となる法の体
系的理解を習得させることがその前提として不可欠である。
法科大学院においては,
司法試験の合否という表面的な結果に目を奪われることなく,その本来の教育目標
が法の体系的理解とそれに基づく実践的な法的思考を行う能力の習得にあることを
今一度確認し,更に工夫を重ねながら,その実現のために適した教育を押し進める
ことを望みたい。また,受験者においても,以上のような法の体系的理解とそれに
基づく実践的な法的思考を行う能力を身に付けることこそが求められているのであ
り,司法試験においてもそのことに変わりはないことを自覚して,学習に努めてい
ただきたい。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第2問)
1 出題の趣旨等
既に公表されている「平成27年司法試験論文式試験問題出題趣旨」に,特に補
足すべき点はない。
2 採点方針及び採点実感
(1) 民事系科目第2問は,商法分野からの出題である。これは,事実関係を読み,
分析し,会社法上の論点を的確に抽出して各設問に答えるという,基本的な知識
と,事例解析能力,論理的思考力,法解釈・適用能力等を試すものであり,従来
と同様である。
その際,論点について過不足なく記述があり,多少の不足があっても,記載順
序が論理的である答案や,法律要件と法律効果とが整理されている答案は,高く
評価した。また,制度趣旨を示しつつ,条文解釈を行い,問題文中にある積極方
向・消極方向の様々な事情を摘示しながら適切に当てはめを行う答案も,高く評
価した。これらも,従来と同様である。
(2) 設問1について
ア 全体的な採点実感
設問1は,取締役の競業に関する行為等の競業取引規制違反又は忠実義務違
反の成否と,
その違反が成立する場合における取締役の損害賠償責任について,
問うものである。
まず,甲社の取締役Bが,関西地方において同種の事業を営む乙社の事業に
関連して行った競業行為に関し,競業取引規制(会社法第356条第1項第1
号,第365条第1項)が適用されるか否かについて,論ずることが求められ
る。この点については,ほとんどの答案が競業取引規制違反について論じてい
たが,中には,同法第356条第1項第3号の利益相反取引について論ずる答
案や,
取締役の善管注意義務違反についてのみ論ずる答案もあり,
全般的には,
本問の事実関係の下で,以下の諸点について丁寧に論じた答案は多くは見られ
なかった。
すなわち,会社法第356条第1項第1号所定の「取締役が自己又は第三者
のために・・・取引をしようとするとき」については,その「取引」が個々の
取引行為をいうものとされるところ,Bのどの行為が問題となるかを論じてい
ない答案が,相当程度見られた。
そして,上記の要件のうち,多くの答案が「自己又は第三者のために」の要
件にのみ着目し,乙社の名義で行われた洋菓子の販売等について「Bが取引を
したといえるか」との視点を欠いていたのは残念であった。Bは,乙社の代表
取締役ではなく,その事実上の主宰者性をうかがわせる諸事情(持株割合,事
業への関与,顧問料の受領,工場長の引き抜きや商標取得への関与等)を摘示
して論ずべきであるが,この点を意識的に述べた答案はあまり見られず,Bが
乙社の顧問に就任したことだけを挙げるなど,事実摘示の不十分な答案が少な
くなかった。
また,上記の要件のうち,
「自己又は第三者のために」の要件の当てはめに
ついては,理由を述べないでBの行為は自己のためにした行為であるとか,B
が乙社の発行済株式の90%を保有していることのみを理由としてBの行為は
自己のためにした行為であると述べた答案が多く見られた。なお,下級審裁判
例によれば,事実上の主宰者性が肯定される事情があるときは,取締役の行為
は第三者のためにされたものとされているが,このことを意識した答案はほと
んど見られなかった。さらに,
「自己又は第三者のために」の要件を満たすと
だけ述べて,
「自己のために」なのか「第三者のために」なのかを明らかにし
ない不十分な答案も,一定程度見られた。
甲社と乙社の市場は,設問1の時点では,地理的に競合しているとはいえな
いが,甲社が関西地方への進出を具体的に企図しているため,Bによる乙社の
取引が甲社の「事業の部類に属する取引」
(会社法第356条第1項第1号)
に該当するかどうかについて,論ずる必要がある。この点については,多くの
答案が何らかの形で触れていたが,
「事業の部類に属する取引」の意義に関す
る条文解釈をしないまま幾つかの事実から結論を導く答案や,具体的な事実摘
示の不十分な答案もあった。
取締役会設置会社において取締役が競業取引をしようとする場合には,取締
役会において当該取引につき重要な事実を開示し,その承認を受けることを要
する(会社法第356条第1項,第365条第1項)
。この点については,多
くの答案が,重要な事実を開示することの趣旨を踏まえ,BとA及びCとのや
り取りに即して,手続的要件が満たされていないと論ずることができていた。
しかし,取締役会ではなく,株主総会の決議を要するとするなど,最も基本的
な事項を間違えている答案も若干見られた。
次に,競業取引について取締役会の承認がないため競業取引規制違反が成立
する場合には,その取引によって取締役又は第三者が得た利益の額が,甲社の
損害の額と推定される(会社法第423条第2項)
。本件では,このように推
定される損害の額(以下「推定損害額」という。
)は幾らなのか,すなわち,
第三者である乙社が得た利益の額とすべきか,又は取締役Bが得た利益の額と
すべきかについて,
「自己又は第三者のために」という要件の当てはめとの論
理的な整合性を意識しつつ,論ずることが求められる。具体的な推定損害額と
しては,乙社が得た利益として営業利益の増額分800万円を,Bが得た利益
として上記800万円にBの持株比率である90%を乗じた額(720万円)
ないし顧問料(月100万円)を挙げることなどが考えられる。この点につい
ては,多くの答案が推定損害額について論じていたが,本件を「自己のために」
の事例であるとの見解に立ちながら,乙社が得た利益を推定損害額とした答案
や,逆に,本件を「第三者のために」の事例であるとの見解に立ちながら,B
が得た顧問料を推定損害額とした答案,
更には,
いずれかの見解に立ちながら,
理由を述べないで,Bの利益と乙社の利益の両方が推定損害額であるとする答
案も少なくなかった。この点につき論理的な整合性を意識して丁寧に論じた答
案は,ほとんど見られなかったが,高く評価した。
さらに,本件では,Bの競業行為の結果,推定損害額とは別に,現に甲社に
損害が生じているとして,会社法第423条第1項に基づく損害賠償請求が可
能かどうかについても,検討する必要がある。具体的には,甲社がマーケティ
ング調査会社に支払った500万円の委託料について,Bの任務懈怠との間に
相当因果関係があるかどうかなどを論ずることとなるが,この点について論じ
た答案は多くはなく,特に,Bの競業行為がなくても上記委託料が支出されて
いたことに触れながら,相当因果関係の有無につき説得的に論じた答案は,高
く評価した。
なお,
Bについて競業取引規制違反が成立しないとの結論を採った場合には,
甲社に生じた損害について,別途,会社法第423条第1項に基づく損害賠償
請求の可否を論ずべきところ,この立場に立つ答案も若干見られ,事実摘示及
び理由付けが適切であれば,同等に評価した。しかし,競業取引について取締
役会の承認があるものと評価した上で,その場合には,取締役は一切の責任を
免れるものと誤解している答案も散見された。
最後に,Bによる工場長Eの引き抜きについて,多くの答案は,競業取引に
当たらないと明示し,又はそれを前提として,忠実義務又は善管注意義務違反
を理由とする会社法第423条第1項に基づく損害賠償請求の可否を検討し,
必要な事実を摘示した上でBに任務懈怠があると認め,相当因果関係のある損
害の額についても正しく論じていた。とりわけ,従業員の引き抜きに当たり,
どのような場合に取締役に忠実義務又は善管注意義務違反が成立するのかにつ
き,規範を定立した上で,当てはめを行っている答案は,好印象であった。し
かし,Eの引き抜きを競業取引と評価する答案や間接取引と評価する答案も,
少数ながら一定程度見られた。これらの答案は,引き抜きについてもBの責任
を認めたいという実質的判断に引きずられ,何が「取引」に該当するのか等の
各要件への当てはめの吟味が十分にされていないものである。
総じて,損害論についての具体的な検討が不十分であるように思われる。本
件では,問題文を踏まえれば,1乙社が得た利益(800万円)
,2Bが得た
顧問料(月100万円)
,3甲社の支払った調査委託費用(500万円)
,4引
き抜きによる休業損害(300万円)について,それぞれ検討することが相当
であるが,多くの答案は,1と2についてはいずれかのみを論じ,3について
は触れていないものが多かった(4については多くの答案が論じていた。)。ま
た,具体的な損害額を論じていない答案も,少なからず見られた。
イ 答案の例
優秀に該当する答案の例は,上記の論点が相当程度に網羅され,記載順序が
論理的であり,事案に即して競業取引規制違反又は忠実義務違反の成否を論じ
た上で,損害論を具体的に述べている答案などである。特に,Bが乙社の代表
取締役ではないことや,
「自己又は第三者のために」という要件の当てはめと
推定損害額との論理的な整合性について留意した答案は,高く評価した。
良好に該当する答案の例は,
優秀に該当する答案と同様の論点に触れつつも,
事実上の主宰者性を十分に論じなかったり,
「自己又は第三者のために」とい
う要件の当てはめがやや不十分であったり,一部の損害項目を見落としたりし
ている答案などである。
一応の水準に該当する答案の例は,
「取締役が自己又は第三者のために・・・
取引をしようとするとき」や「株式会社の事業の部類に属する取引」という要
件について,一応の規範を定立して論じてはいるが,
「自己又は第三者のため
に」
という要件の当てはめや,
推定損害額との論理的な整合性への配慮を欠き,
理由を述べないで,Bが得た利益と乙社が得た利益の両方が推定損害額である
とする答案などである。
不良に該当する答案の例は,競業取引と利益相反取引との区別を理解してい
ない答案,
「自己又は第三者のために」という要件に触れないなど,どのよう
な事実が条文のどの要件に該当するのかを示していない答案,Bによる競業行
為と工場長の引き抜きとを何ら区別せず,一連の行為について漠然と責任原因
のみを記述して,損害論に具体的に触れていない答案,競業取引について取締
役会の承認があるものと評価しながら,会社法第423条第2項の推定規定を
適用する答案などである。
(3) 設問2について
ア 全体的な採点実感
設問2は,会社の重要な事業の一部を二つの資産売買に分けて売却した取引
に関する会社法上の規律と,
そのような取引の効力について,
問うものである。
まず,この取引に関し,全体として事業譲渡と評価すべきか,また,株主総
会の特別決議が必要となる「事業の重要な一部の譲渡」
(会社法第467条第
1項第2号)に該当するかについて,事案に即して論ずることが求められる。
この点について,問題意識を持ち,具体的な事実から結論を導いた答案は高
く評価した。例えば,形式的な売買契約の個数や,それぞれにつき甲社の取締
役会の決議があったことを指摘した上で,これらの時間的近接性,甲社の洋菓
子事業部門の従業員の全員が引き続き丙社に雇用されたこと,甲社の取引先の
全部が実質的に丙社に引き継がれたこと等を述べた答案がこれに当たる。加え
て,洋菓子事業部門の売却に向けた甲社と丙社の交渉の経緯や,両当事者の合
理的意思,株主であるS社が同部門の売却に反対する可能性が高いため,甲社
の代表取締役Aが株主総会の特別決議を潜脱する意図で本件の取引を行ったと
推測されること等の事情に触れた答案も見られたが,僅かであった。上記のうち,形式的な売買契約の個数や取締役会決議の個数に関する意識が希薄なまま,
具体的な事実を丁寧に指摘せずに,漫然と実質的に一つの取引と見て,事業譲
渡の該当性を論ずる答案も多かった。
他方,これとは逆に,そのような問題意識を全く持たないで,二つの資産売
買を当然に別々のものとして,それぞれにつき事業譲渡の該当性を論じた答案
が非常に多く見られた。これらの中には,第1取引は事業譲渡に該当して無効
であるが,第2取引は事業譲渡に該当せず有効であると述べた答案も少なくな
く,二つの資産売買につき有効・無効が分かれるという結論が本件事実関係に
おける解決として現実的に妥当なものといい得るのかという視点は見られな
かった。なお,このように第1取引と第2取引の効力の有効性が分かれる旨の
論述をした後に,当該結論の現実的な解決としての不当性を意識して,両取引
を一体として捉えるべきと論じた答案も僅かに見られ,迂遠ではあるが,一定
の評価をした。
会社法第467条(旧商法第245条)により株主総会の特別決議による承
認を必要とする事業譲渡の意義については,著名な判例があり,譲渡会社によ
る競業避止義務の負担等を不可欠の要素と解すべきかについては,判例・学説
上争いがある。特に本件では,当事者間の特約により競業避止義務が排除され
ていることに留意すべきであるところ,
この点については,
ほとんどの答案が,
事業譲渡の定義を示した上,
本件の取引につき当てはめを行っていた。
ただし,
二つの資産売買を当然に別々のものと見て事業譲渡の該当性を論じた答案に
は,土地建物のみで,又は商標権のみで,これを有機的一体として機能する財
産であると論ずるものが多く見られた。判例・学説のいずれの立場に立った答
案も同等に評価したが,自説の理由付けの巧拙には差が見られ,中には,何ら
理由付けをしない答案も見られた。平成18年新司法試験においても同種の論
点があり,その出題の趣旨には,事業譲渡に株主総会決議が要求される趣旨に
照らし丁寧に検討することが期待されると記載されているのであり,制度趣旨
に即した検討及び論述ができていない答案は,低く評価した。
多くの答案では,事業譲渡の該当性の問題と,事業の「重要な」一部の譲渡
に該当するかの問題とを意識して論じていたが,後者の問題の検討を欠く答案
も一部にあった。会社法第467条第1項第2号の規定振りや,設問において
貸借対照表等の資料が示されていることを踏まえると,この点の論述が不足し
ているのは,基本的な知識が不十分であるとの評価を免れない。
そして,事業の「重要な」一部の譲渡に該当するかの検討においては,重要
性の判断基準を示した上で,質的・量的な側面から問題文の事実を具体的に当
てはめ,また,会社法第467条第1項第2号括弧書きにより株主総会の特別
決議を要しないこととなるかについても,論ずる必要がある。この点について
は,同号括弧書きの該当性に言及した答案は比較的多かったが,これを論じた
だけで事業の重要な一部の譲渡であると結論付ける答案が多く,質的・量的な
側面からの重要性に関する検討が欠けていた。少数ではあるが,重要性に関す
る検討をした上で,同号括弧書きの該当性の検討をした答案もあり,高く評価
した。貸借対照表等の資料に関しては,甲社の総資産額につき5億円や70億
円とする誤りも散見されたが,同号括弧書きの検討に必要となる額を的確に指
摘した答案は,好印象であった。
次に,本件では,会社法上の必要な手続を欠く場合の事業譲渡の効力につい
て論ずる必要があるところ,判例は,事業譲渡契約は,株主総会の特別決議に
よって承認する手続を経ていなければ無効である旨判示しており,甲社の株主
であるS社の保護,譲受人である丙社の保護等の観点を考慮しつつ,説得的な
論述をすることが求められる。この点については,これらの利害関係人の保護
の在り方を具体的に考慮せず,単に,株主総会決議を経ていない事業譲渡は絶
対的に無効であるという結論だけを述べる答案が多かった。また,株主総会決
議は会社経営の重要な決定であるから,これを欠く事業譲渡は無効であるなど
と,理由付けが不十分なものも多く見られた。その一方で,善意無過失の譲受
人の保護という観点から,丙社における認識や,甲社の株主総会決議の有無に
ついて丙社が調査すべきかどうかを論じた答案も少数ながら見られ,このよう
な具体的な検討は高く評価した。
判例に言及した答案は,
ほとんど見られなかっ
た。
仮に,
本件について事業譲渡に該当しないとした場合には,
本件の取引が
「重
要な財産の処分」
(会社法第362条第4項第1号)に該当して取締役会決議
を要するものかにつき,財産の価額,総資産に占める割合,財産の保有目的,
処分行為の態様等の事情を総合して,事案に即して検討することとなる。本件
について事業譲渡に該当しないとした答案のほとんどは,上記の点を適切に論
じていたが,中には,
「重要な財産の処分」についても株主総会の特別決議が
必要であるとしたり,法人であるS社が取締役であるとの誤解の下で,S社に
対する取締役会の招集通知を欠き,取締役会決議に瑕疵があるとするなど,基
本的な理解を欠く答案もあった。
なお,設問2は,取引の効力に関する会社法上の問題点を問うものであるの
に,単に株主総会決議を欠く瑕疵があると述べるだけで,取引が有効か無効か
の結論を示さない答案も,少数ながら存在した。甲社が時価3億円の洋菓子事
業部門を2億5000万円で売却したことに関し,株主であるS社が株主代表
訴訟を提起して代表取締役Aの責任を追及し得るかという,設問に関係のない
事項を述べる答案もあった。
さらに,
本件を実質的には吸収分割の事例と見て,
分割無効の訴えを論ずる答案も見られた。これらの評価は,いずれも低いもの
となった。
イ 答案の例
優秀に該当する答案の例は,第1取引と第2取引とを一体のものと考えられ
ないかについて言及した上,事業譲渡の定義に関し,判例の要件に意を払いつ
つ,自説をその根拠とともに述べ,問題文の事実から丁寧な当てはめを行い,
事業譲渡に該当するとする立場にあっては,その重要性の要件につき,判例の
立場である質的・量的な側面から検討し,量的な側面においては,会社法第4
67条第1項第2号括弧書きの該当性につき資料を踏まえて具体的に指摘し,
更に,株主総会決議を欠く場合の事業譲渡の効力について,甲社の株主及び譲
受人である丙社の利益衡量を念頭に,自説を説得的に論ずる答案などである。
良好に該当する答案の例は,
優秀に該当する答案と同様の論点に触れつつも,
自説の根拠の論述がやや不十分であったり,事業譲渡又は事業の「重要な」一
部の譲渡への該当性について,
事実の当てはめがやや不十分な答案などである。
一応の水準に該当する答案の例は,第1取引と第2取引との関係についての
問題意識が低いながらも,事業譲渡の要件についての規範の定立や事実の当て
はめが一応できており,本件の取引の効力に関する一定の結論が導かれている
答案などである。
不良に該当する答案の例は,第1取引と第2取引との関係についての問題意
識がなく,漫然とそれぞれにつき事業譲渡の該当性を論じ,事業譲渡の要件に
ついての規範の定立や事実の当てはめについても不十分な点が多い答案,本件
の取引が有効か無効かの結論を示さない答案,設問に関係のない事項を述べる
答案などである。
(4) 設問3について
ア 全体的な採点実感
設問3は,会社法上の公開会社でない会社(以下「非公開会社」という。)における新株予約権の発行に関する規律を念頭に置きつつ,株主総会の決議に
より新株予約権の行使条件(上場条件)の決定を取締役会に委任することの可
否と,仮に,このような委任ができるとした場合に,当該行使条件を取締役会
の決議により廃止することの可否を論じた上で,瑕疵のある手続により発行さ
れた新株予約権の行使により発行された株式の効力,又は行使条件に反した新
株予約権の行使により発行された株式の効力について,問うものである。
まず,非公開会社においては,会社法第238条第1項第1号所定の「募集
新株予約権の内容」の決定は,株主総会の特別決議を要し,取締役会に委任す
ることができず(同条第2項)
,新株予約権の行使条件が「募集新株予約権の
内容」に含まれるかどうかが問題となるところ,そもそも,上場条件の決定を
取締役会に委任することの可否について論じていない答案が多く見られた。そ
して,この点に触れる答案においても,会社法第238条に言及するものはほ
とんど見られなかったが,新株予約権の内容の決定につき株主総会の特別決議
が必要とされる趣旨に言及しながら,一定の結論を導く答案は,好印象であっ
た。これに対し,
「ストック・オプションとしてインセンティブを与えること
ができ,会社全体の利益になるので,取締役会に委任し得る」などと,単に価
値観ないし利益衡量のみを理由とする答案も見られた。なお,本件では,経営
コンサルタントGに新株予約権が発行されているにもかかわらず,取締役の報
酬規制の問題(会社法第361条)として論じた答案が少なからずあり,低く
評価した。また,本件を有利発行規制の問題として論じた答案もあったが,取
締役会への委任の可否について言及していないものは,適切な解答とは評価し
なかった。
次に,仮に,上場条件の決定を取締役会に委任し得るとした場合でも,取締
役会において当該上場条件の廃止を決議し得るかについては,株主総会による
委任の趣旨を検討しつつ,論ずる必要がある。この点については,多くの答案
が検討していたが,旧商法の下における平成24年の判例において,明示の委
任がない限り,事後的に行使条件を変更する取締役会決議は,当該行使条件の
細目的な変更にとどまるものであるときを除き無効とされていることを意識し
た答案は少なく,安易に,取締役会が上場条件の廃止を決議し得るとする答案
が相当程度見られた。また,逆に,何ら理由を示さないで,一旦定められた新
株予約権の行使条件を取締役会で事後的に変更することはできないとする答案
もあった。取締役会への一定の委任を認めた場合に,株主総会での説明内容や
上場条件廃止の意義などに具体的に触れながら,委任の範囲内かどうかについ
て適切に論じている答案は,高く評価した。なお,上場条件の決定を取締役会
に委任することの可否の問題と,上場条件を取締役会の決議により廃止するこ
との可否の問題とを整理して論ずることができず,途中まで前者の問題を論じ
ながら,結論は後者に関するものとなっている答案も見られ,このような答案
の印象は悪かった。
そして,新株予約権の発行手続に瑕疵があるとの考え方による場合には,発
行手続の法令違反が新株予約権の発行の無効原因となり,その新株予約権の行
使により発行された株式が無効となるかについて,
検討する必要がある。
他方,
新株予約権の発行は適法であるが,上場条件の廃止が無効であるとの考え方に
よる場合には,甲社において上場条件は新株予約権の重要な内容を構成してお
り,既存株主の持株比率が影響を受けるため,これに反した新株予約権の行使
により発行された株式が無効となるかについて,検討する必要がある。
全体的には,後者の考え方による答案が多く,中には,上場条件は新株予約
権の重要な内容であり,取締役会限りでの上場条件の廃止は株主総会決議を欠
く新株発行に等しいと評価され,非公開会社における株主総会決議を欠く新株
発行には無効原因があるという流れで,適切に理由を付して論述する答案も,
少数ながら見られた。また,上場条件の廃止が無効であり,行使条件が満たさ
れないまま新株が発行されたことの問題を直接的に論ずる答案もあった。
特に,
非公開会社では,既存株主の持株比率が重要であり,株主の利益を保護する必
要性が高いことや,行使条件に反して新株予約権が行使される場合には,株主
はこれを知り得ず,新株予約権の行使による新株発行の差止めが困難であるこ
と等を丁寧に論ずる答案は,高く評価した。もっとも,多くの答案は,上場条
件が細目的事項でないことや,甲社が非公開会社であることの指摘が不十分で
あり,また,非公開会社における株主総会決議を欠く新株発行に無効原因があ
ることの理由として,
非公開会社の株式の流通性が低いことのみを挙げるなど,
理由付けが不十分なものであった。さらに,新株発行の無効の訴えの無効原因
に言及しないで,単に,上場条件を廃止する取締役会決議が無効であり,手続
に瑕疵があるから株式は無効であるとだけ述べる答案,株式が有効か無効かの
結論を示さない答案,新株予約権の効力のみを論ずる答案も一定程度見られ,
低く評価した。
イ 答案の例
優秀に該当する答案の例は,上記の論点が相当程度に網羅され,非公開会社
における新株予約権の内容の決定につき株主総会の特別決議が必要とされる趣
旨を踏まえつつ,上場条件の決定及びその後の廃止を取締役会が行い得るかを
論理的に論じた上,新株予約権の行使により発行された株式の効力につき,適
切な理由付けをして結論を導いている答案などである。
良好に該当する答案の例は,上場条件の決定を取締役会に委任することの可
否について論ずることを見落としたとしても,その他の論点につき優秀に該当
する答案とほぼ同じ程度に論じている答案や,新株予約権の行使により発行さ
れた株式の効力に関する論述の理由付けがやや不十分な答案などである。
一応の水準に該当する答案の例は,取締役会において上場条件の廃止を決議
し得るかや,新株予約権の行使により発行された株式の効力について,ある程
度の記述はされているが,平成24年の判例を意識しないまま,理由付けが不
足している答案などである。
不良に該当する答案の例は,上記の論点の多くにつき記述が不十分で,新株
予約権の内容の決定につき株主総会の特別決議が必要とされる基本的な趣旨の
理解が足りない答案,株式が有効か無効かの結論を示さない答案,本件を取締
役の報酬規制の問題として論じた答案などである。
3 法科大学院教育に求められるもの
取締役の競業取引に関する規律,事業譲渡の意義及び事業の重要な一部の譲渡に
関する規律,新株予約権の発行及び行使に関する規律は,会社法の基本的な規律で
あると考えられるが,これらの基本的な理解に不十分な面が見られる。また,問題
文における事実関係から会社法上の論点を的確に抽出する点,判例・学説の複数の
考え方の中から一定の規範を定立するに当たり,その理由付けを適切に論ずる点,
具体的な事実をその規範に当てはめて一定の結論を導く点においても,不十分さが
見られる。
会社法の基本的な知識の確実な習得とともに,事実を当てはめる力と論理的思考
力を養う教育が求められる。
平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第3問)
1 出題の趣旨等
出題の趣旨は,既に公表されている「平成27年司法試験論文式試験問題出題趣
旨【民事系科目】
〔第3問〕
」のとおりであるから,参照されたい。
民事訴訟法科目では,例年と同様,受験者が,1民事訴訟法の基本的な原理・原
則や概念を正しく理解し,
基礎的な知識を習得しているか,
2それらを前提として,
問題文をよく読み,設問で問われていることを的確に把握し,それに正面から答え
ているか,3抽象論に終始せず,設問の事例に即して具体的に,かつ,掘り下げた
考察をしているか,といった点を評価することを狙いとしており,このことは本年
も同様である。
2 採点方針
答案の採点に当たっては,基本的に,上記1から3までの観点を重視するものと
したことも,従来と同様である。本年においても,各問題文中の登場人物の発言等
において,論述上検討すべき事項や解答すべき事項が一定程度,提示されている。
そうであるにもかかわらず,題意を十分に理解せず,上記問題文中の検討すべき事
項を単に書き写すにとどまっている答案,理由を述べることなく結論のみ記載して
いる答案などが多数見受けられたところ,そのような答案については基本的に加点
を行わないものとした。上記2に関連することではあるが,解答に当たっては,ま
ずは問題文において示されている解答すべき事項等を適切に吟味し,含まれる論点
を順序立てた上で,その検討結果を自らの言葉で表現しようとする姿勢が極めて大
切である。採点に当たっては,受験者がそのような意識を持っているといえるかど
うかについても留意している。
3 採点実感等
(1) 全体を通じて
本年の問題においても,具体的な事例を提示した上で,上記のとおり,登場人
物の発言等において,関係する最高裁判所の判決を紹介し,論述上検討すべき事
項等を提示して,受験者の民事訴訟法についての基本的な知識を問うとともに,
論理的な思考力や表現力等を試している。全体として,全く何も記載することが
できていない答案は少なかったが,上記問題文に示された最高裁判所の判決の内
容や検討すべき事項等について,その吟味が不十分である答案,自ら考えた結論
に向けての論述のためにその活用ができていない答案が数多く見られた。本問の
ような問題においては,典型的な論証パターンを書き連ねたり,丸暗記した判例
の内容を答案に記載するだけでは,題意に応える十分な解答にはならないもので
あり,問題文をよく読み,必要な論述を構成した上で,自らの言葉で答案を書く
べきである。
(2) 設問1について
本問では,検討すべき最高裁判所の二つの判決が示された上で,XがYに対し
て提起した損害賠償請求事件(本訴)でYがXに対して反訴を提起した場合にお
いて,反訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提
出することの適法性という課題について検討することを求め,Yの訴訟代理人弁
護士L1の発言を通じて,その検討の際に言及すべき幾つかの視点が示されてい
る。
まず,上記反訴が予備的反訴とされる場合,既判力の矛盾抵触が生じないとす
る理由についての論述が求められているところ,相当数の答案において,本訴で
相殺の抗弁が審理されると反訴の訴訟係属が消滅し反訴につき本案判決がされな
いので,既判力の矛盾抵触は生じないと論じられていた。しかし,この答案内容
は,予備的反訴とは反訴の訴訟係属に解除条件が付されたものであることからし
て,当然の結論を述べているもの,いうなれば,問をもって問に答えようとして
いるものに等しく,評価をすることができない。特に,問題文におけるL1の発
言(問題文3頁10行目)において「平成3年判決は,弁論が併合されている場
合にも当てはまるのですね。
」との示唆があり,これを踏まえれば,本訴と反訴
とが併合審理され,同一の裁判官が同一の証拠に基づいて審理をしている場合で
あっても,反対債権の存否についての判断が矛盾するおそれがなお懸念されるの
は,どのような事態を想定してのことなのか,という問いかけが含まれているこ
とが理解できるはずである。
とはいえ,上記L1の発言等を踏まえて,弁論の分離の可能性に気付いてこれ
に言及する答案は,一定程度あった。ただ,このような答案のうちでも,予備的
反訴とされると弁論の分離ができないとされる理由について適切に言及できてい
るものは,必ずしも多くはなかった。また,弁論の分離の可能性に言及する答案
であっても,予備的反訴の取扱いにおける「解除条件」の説明が不十分な答案が
少なくなかった。予備的反訴は,一括りに複雑訴訟形態とされ,教科書の後半部
分において解説されていることが多いと思われるが,
法科大学院修了者としては,
その訴訟手続上の取扱いとその根拠を理解しておくことが求められる。
次に,上記反訴が予備的反訴とされる場合,反訴原告(Y)は相殺による簡易,
迅速かつ確実な債権回収(相殺の担保的利益)への期待と,相殺に供した自働債
権について債務名義を得るという二つの利益を享受することにならない理由につ
いての論述が求められている。ここで期待された論述の流れは,概要,1相殺の
抗弁は予備的に主張されるものであって,Yが主張する他の防御方法が全て認め
られないときに初めて審理されるものであるところ,相殺の抗弁以外の理由によ
り請求が棄却される場合には,Yは,相殺の担保的利益を享受することはなく,
他方で,反訴に付された解除条件も成就しないから,反訴が審理され,反対債権
の存在が認められればその債務名義を得ることができる,2一方,相殺の抗弁が
審理されると,
解除条件が成就し,
反訴請求について判決されることはないから,
相殺の抗弁が認められれば,Yは相殺の担保的利益を享受することができる,3
したがって,Yが相殺の担保的利益と債務名義の得るという2つの利益を享受す
ることにはならない,といったものであった。
しかし,答案においては,上記1の点についての言及を欠くものが大半であっ
た。本問の事案では,相殺の抗弁が予備的な抗弁とされるものであり,かつ反訴
が予備的反訴であるという状況にあるが,その内容を的確に分析して論じること
が求められる。
本訴において相殺の抗弁が審理されることが解除条件であるのに,本訴におい
て相殺の抗弁が認められることが解除条件であると誤解している答案が,無視で
きない比率で存在した。このことは,民事訴訟法第114条第2項の既判力は,
相殺の抗弁が認められるか否かを問わず,相殺の抗弁についての判断がされた場
合には,反対債権(自働債権)の不存在の判断に生じることが理解できていない
ことを示すものである。
さらに,本問では,訴えの変更の手続を要せずに予備的反訴として扱われるこ
とが処分権主義に反しない理由及び反訴被告(本訴原告)の利益を害することに
ならない理由についての論述が求められている。答案の多くは,民事訴訟法第1
14条第2項に基づく既判力の存在を指摘して,反訴の訴訟係属が消滅しても反
訴被告(本訴原告)は反対債権の不存在に係る既判力ある判断を得ることができ
るから,反訴被告(本訴原告)の利益は害されない,と結論付けることができて
いた。
これに対し,
反対債権の債権者としてその履行を求めて反訴を提起した後,
それを本訴における相殺の抗弁としても主張した者としては,訴訟手続において
どのように審理されることを期待するのかという点を検討しつつ,予備的反訴に
変更されることが処分権主義に反しない理由について論じることが期待されたと
ころであるが,単にYの合理的意思に合致するとのみ抽象的に論じる答案が多
かった。やはり,なぜYの合理的意思に合致するといえるのか,どのような当事
者の意思を尊重すべきなのかといったことを検討してこそ,上記課題につき具体
的な検討がされたものというべきであって,このような答案が高い評価を受ける
ことは困難であろう。しかし,だからといって,解除条件が付されない反訴であ
れば当該反訴は却下されるが,解除条件付きの反訴であれば当該反訴は却下され
ないのだから,Yの合理的意思に反しない,と論じるような答案は,単に当事者
の訴訟行為を適法と扱えば当該当事者の合理的意思に合致する,と論じているに
等しく,予備的反訴という条件付きの訴訟行為として取り扱うことがYの合理的
意思に合致するといえるのかについて,具体的な検討がされたものと評価するこ
とはできない。
(3) 設問2について
本問では,具体的には,控訴審が,相殺の抗弁を認めて本訴請求を棄却した第
一審判決を取り消し,改めて請求棄却の判決をすることが,控訴したXにとって
原判決の不利益変更となるか,なると考える場合のその理由について,説明が求
められている。
この点,民事訴訟法第114条に基づく既判力の内容を同条各項ごとに正確に
論じることができている答案は,控訴審が第一審判決を取り消すことが反対債権
について生じ得る既判力の有無に影響を及ぼすことを指摘できており,また,不
利益変更禁止の原則については,基本的な概念であって,その内容についても受
験者において概ね理解されているものであったことから,控訴審がすべき判決の
在り方について一定の結論にたどり着くことができ,相応の得点をとることがで
きていたと考えられる。
しかし,設問2の問題文において,Yによる控訴及び附帯控訴の可能性につい
ては考えなくてよいとされ,Xのみが控訴した場合について問われているにもか
かわらず,例えば,反対債権の不存在の判断の既判力はYに不利益であるから,
P2の言う判決をすべきであると論じる答案も相当数存在した。このような答案
は,不利益変更禁止の原則は,控訴した者にとっての不利益を問題とする原則で
あるという基本的な概念の理解ができていないことを示すものである。
また,本訴における訴求債権が不存在であると判断する以上,第一審判決を取
り消して控訴を棄却するとすべきであると論じるにとどまらず,更に控訴審は反
訴請求の当否について判決をすべきであると論じる答案も散見された。このよう
な答案は,反訴請求の当否につき判断を示さなかった第一審判決に不服を有する
のは,相殺の抗弁以外の理由による請求棄却判決を求めるYであり,本問はYが
控訴をしていない場合について解答を求めていることを失念していることを示す
ものである。
さらに,民事訴訟法第114条第2項に基づく既判力の内容として,反対債権
が相殺により消滅したとの判断に既判力が生じると記載している答案が相当数存
在した。このような答案のうちには,設問3において,同項に基づく既判力の内
容について,反対債権が不存在であることについて既判力が生じると記載してい
るものが散見された。このような答案は,民事訴訟科目に係る問題のうちの各設
問が独立した問題であると考えたとしても,民事訴訟法第114条第2項の意義
に関する受験者の理解が一貫しているかを大いに疑わせるものであり,高い評価
を受けることは困難である。
他には,問題文において,第一審判決取消し・請求棄却という結論の控訴審判
決が確定した場合と相殺の抗弁を認めて請求を棄却した第一審判決が控訴棄却に
よりそのまま確定した場合とを比較して検討することが求められているにもかか
わらず,比較検討をしない答案,控訴審はどのような判決をすべきかと問われて
いるにもかかわらず,その論述をしない答案などがある程度存在した。改めて,
前提として問題文をよく読むべきことを指摘したい。
民事訴訟法科目は,本年より短答式試験の出題がなくなった。しかし,実際の
実務においては,訴訟手続全般を通じた幅広い知識が求められるものであり,実
務家となる以上は,手続全体をよく理解しておくことが必要である。
(4) 設問3について
本問では,XがYに対して提起した損害賠償請求事件に係る第一審判決(その
内容は,Yの相殺の抗弁が認められ,Xの本訴請求が棄却されたというもの)が
確定した後に,新たに,Yが不当利得の返還を求める文書を送付してきたという
事案を題材に,当該第一審判決の既判力の作用について具体的に説明することが
求められている。
まず,一般論としての不当利得返還請求の要件事実,これに対するYの言い分
の当てはめは,概ね正確に記載しているものが大多数であった。そして,ほとん
どの答案が,既判力制度の趣旨及び正当化根拠,既判力の積極的作用・消極的作
用,当該作用がある場面の説明(前訴と後訴の訴訟物が同一である場合,前訴の
訴訟物が後訴の訴訟物の先決関係である場合,前訴と後訴の訴訟物が矛盾関係で
ある場合)といったことをまず,一般論として記載していた。
しかし,そのような前提となる事項はおおむね正しく理解していると見られる
一方で,結論として,
「利得,損失及び因果関係についてのYの主張は認められ
ない」とか,
「Yが利得,損失及び因果関係としてその言い分にあるような主張
をすることは許されない」といった抽象的な記載にとどまるものが極めて多数存
在し,ほぼ全ての答案において既判力に関する一般論として展開されている積極
的作用・消極的作用との関係を意識して具体的な論述を行っているものは,少な
かった。この点,結論としては,反対債権が存在することを前提とした利得,損
失及び因果関係についてのYの主張は,反対債権の不存在という前訴の確定判決
の既判力に抵触し,後訴においては排斥されるといった,消極的作用による説明
が成り立ち得るし,また,後訴裁判所は,反対債権が不存在であるという前訴の
確定判決に拘束されるから,利得,損失及び因果関係に関するYの主張には理由
がないとするほかないといった,
積極的作用による説明も成り立ち得る。
そして,
例えば,前者であれば適法な請求原因の主張がないとして,後者であれば請求原
因事実の主張はそれ自体失当であるとして,結局,Yの後訴における請求は棄却
となると結論付けることができる。いずれの法律構成に拠るにせよ,そうした答
案であれば高い評価に値するが,こうした答案は皆無に等しく,その結果,既判
力の作用についての一般論の記述が,パターン化された論証の条件反射的再現と
して,無意味で評価に値しないものとなっていた。このことは,既判力という民
事訴訟手続における基本的な概念について,必ずしも理解が深まっていないこと
を示すものとも考えられ,残念であった。また,既判力が作用する場面について
の一般論,すなわち,訴訟物同一,先決関係及び矛盾関係について論述する答案
にも同じような問題があるが,これについては,4で触れることとする。
さらに,Yの後訴における請求を遮断する立論として,そのような請求は実質
的に前訴における紛争の蒸返しだから信義則上許されないとする答案も相当数存
在したところであるが,問題文におけるL2の発言(問題文5頁19行目から2
7行目のもの)のとおり,本問では,民事訴訟法第114条第2項によりYの請
求が認められないことの説明の検討が求められているのであって,このような答
案は,題意を的確に捉えたものとは言い難い。
なお,問題文において,
「民事訴訟法第114条第2項の解釈として,相殺の
時点において,受働債権と自働債権の双方が存在し,それらが相殺により消滅した,という内容の既判力が生じると解する説」
について,
現在の学説上支持を失っ
ているので,これに依拠して立論するわけにはいかない,とされているにもかか
わらず,上記説によって論述を行う答案が散見された。問題文をよく読むべきで
ある。
(5) まとめ
以上のような採点実感に照らすと,
「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」
の四つの水準の答案は,おおむね次のようなものとなると考えられる。
「優秀」
な答案は,問われていることを的確に把握し,各設問の事例との関係で結論に至
る過程を具体的に説明できている答案である。
また,
このレベルには足りないが,
問われている論点についての把握はできており,ただ,説明の具体性や論理の積
み重ねにやや不十分な部分があるという答案は
「良好」
と評価することができる。
これに対して,最低限押さえるべき論点,例えば,反訴請求債権の本訴における
相殺主張の取扱いと予備的反訴の意義,その帰結(設問1)
,不利益変更禁止の
原則の意義と具体的な作用の仕方(設問2)
,不当利得返還請求権の要件事実及
び事案に即した既判力の作用の仕方(設問3)が,自分の言葉で論じられている
答案は,
「一応の水準」にあると評価することができるが,そのような論述がで
きていない,ないしそのような姿勢すら示されていない答案については「不良」
と評価せざるを得ない。
4 法科大学院に求めるもの
例年指摘していることであるが,民事訴訟法科目の論文式試験は,民事訴訟法の
教科書に記載された学説や判例に関する知識の量を試すような出題は行っておら
ず,判例の丸暗記,パターン化された論証による答案は評価しないとの姿勢に立っ
て,出題,採点を行っている。当該教科書に記載された事項や判例知識の単なる確
認にとどまらない「考えさせる」授業,判例の背景にある基礎的な考え方を理解さ
せ,これを用いて具体的な事情等に照らして論理的に論述する能力を養うための教
育を行う必要がある。
本年の採点を通じて改めて思うのは,民事訴訟法の授業の受講者は,他方で要件
事実の授業を必修として受講していることを自覚的に意識して,教育をすることが
望まれるということである。例えば,既判力が作用する場面には,訴訟物の同一関
係,先決関係及び矛盾関係の三つがあるという説明は,通常,民事訴訟法の授業で
行われていると思われる。現に設問3への解答においてほとんどの答案がこれに言
及していた。確かに,例えば,前訴の確定判決が甲の乙に対する土地Aについての
所有権確認請求を認容したもので,後訴が,甲の乙に対する土地Aについての所有
権確認請求,甲の乙に対する土地Aについての所有権に基づく明渡請求,乙の甲に
対する土地Aについての所有権確認請求といったものであれば,それはそれで正し
い説明である。しかし,既判力が作用する場面がそれらに尽きるものなのかどうか
の検討を求めるのが,設問3なのであって,これに対する解答としてこの一般論を
述べても無意味であり,評価に値しないのである。もっと単純に,前訴の確定判決
が甲に対する100万円の支払いを乙に命じたもので,これに基づき,乙が甲に支
払った100万円について,これを不当利得として,後訴において乙が甲に対して
その返還を請求したという事案を例にとると,
民事訴訟法の授業では,
往々にして,
これを矛盾関係だから既判力が及ぶのだと説明して済ましてしまいがちではないか
と思われる。しかし,受講者は,要件事実の授業において,不当利得返還請求の要
件事実は,利得,損失,両者の因果関係及び利得に法律上の原因がないこと,であ
ることを思考の出発点に置くよう訓練されているのであるから,民事訴訟法の授業
としても,前訴確定判決の既判力はそれらの要件事実のうちどの事実の主張を遮断
するのかについて説明をしなければ,実務家の卵に対する教育として不十分である
と考えられる。
また,設問1を採点していて実感したのは,解除条件の意義を正しく理解してい
ない受験者がいたことである。民法総則から始まる法学部の授業と異なり,多くの
法科大学院では,民法についてパンデクテン・システムを解体したカリキュラムが
組まれている。もちろん,各法科大学院においては,民法総則の中に置かれた諸制
度のうち,例えば代理は契約の締結の箇所で,時効は債権の消滅及び物権の取得の
箇所で,適切に学習の機会が設けられていると思われるが,期限,条件,期間といっ
た基礎的概念を学生が実質的に理解する機会が十分に設けられているか,改めて顧
みていただきたいところである。
5 その他
毎年繰り返しているところではあるが,極端に小さな字(各行の幅の半分にも満
たないサイズの字では小さすぎる。),潰れた字や書き殴った字の答案が相変わら
ず少なくない。司法試験はもとより字の巧拙を問うものではないが,心当たりのあ
る受験者は,相応の心掛けをしてほしい。また,
「けだし」,「思うに」など,一般
に使われていない用語を用いる答案も散見されたところであり,改めて改善を求め
たい。

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