平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)
1 はじめに
本年は,出題の趣旨でも触れたとおり,従来の出題とは問題の構成を変更した。
しかし,憲法上の基本的な問題の理解や,その上での応用力を見ようとする問題で
あることに変わりはない。したがって,本年においても,そうした問題であること
を前提に,事案の正確な読解ができているか,憲法上問題となる点をきちんと把握
して憲法問題として構成できているか,当該問題に関連する条文や判例に対する理
解が十分であるか,
実務家としての法的な思考や論述といった観点から見てどうか,
などの視点から採点を行っている。その上で,主として答案に欠けているものを指
摘するという観点から,採点に当たって気付いた点について述べると,以下のとお
りである。これらも参考にしつつ,より良い論述ができるように努力を重ねてほし
い。優秀な答案に特定のパターンはなく,良い意味でそれぞれに個性的である。
2 総論
(1) 全体構成等について
・ 本年は,原告となるBの主張が問題文に明記されている。すなわち,1Cと
の同一取扱い,2Dらとの差別的取扱い,3自分の意見等を述べたことで正式
採用されなかったことによる憲法上の権利侵害の三点である。これらの三点を
憲法上どのような問題として捉えて構成するかはともかくとして,少なくとも
その三点の検討が求められているわけである。しかし,残念ながら,その一部
しか論じていない答案が少なくなかった。また,上記1と2あるいは123の
三点について,その違いや相互の関係を論じないまま漫然と一括りにして論じ
ている答案や,設問1(1)ではそれぞれ別に論じていたのに,設問1(2)や設問2
へと論述を進める中で,
問題が混同されていき,
判断内容等が分かりにくくなっ
ていく答案も見られた。
・ 答案の中には,上記1と2をあえて統合し,一つの憲法第14条第1項違反
として論じようとする答案も散見されたが,残念ながらそれに成功し,説得力
のある論述となっている答案は見られなかった。
・ 上記123を並列的に論じる答案が一般的であったが,中には,
「平等」の
問題と「自由」の問題との違いを踏まえつつ,
「平等」の問題が「表現」(ないし「思想良心」
。なお,この点に関しては後記4も参照されたい。
)の問題
と連動している点を見抜き,両者を密接に関連付けて論じる答案もあり,優れ
た問題分析能力をうかがわせる答案があったことは印象的であった。
(2) 設問1のBの訴訟代理人の主張及びA市の反論について
・ 設問1(1)は原告となるBの立場から,(2)は被告となるA市の立場からの検討
を求めているが,当事者の主張とはいえ,明らかに採用の余地がない主張をす
るのは適切とはいえない。例えば,
「本問では『信条』による差別が問題とな
るところ,憲法第14条第1項後段列挙事由による差別はおよそ許されないか
ら,違憲である」という主張や,単に「本問では,思想良心の自由の侵害が問
題となるところ,思想良心の自由は絶対的に保障されるから,違憲である」と
いう主張がこれに当たるであろう。前者は,憲法第14条第1項後段列挙事由
による差別も許される場合があることを前提に,同事由に特別の意味を持たせ
る必要があるかが議論されていることを看過し,後者は,思想良心の自由は,
「内心にとどまる限り」
絶対的に保障されるとされていることを看過している。
こうした主張は,基本的な知識や理解がきちんとできていないことが背景にあ
るように思われる。基本的な知識や理解の重要性を改めて認識してほしい。
・ 設問1(2)におけるA市の反論について,
「区別・取扱いには合理的理由があ
る」とか「裁量の逸脱・濫用はない」という,いわば結論部分だけを記載し,
その理由を明示できていない答案が相当数あった。しかし,いかに「ポイント
を簡潔に述べ」るとしても,反論である以上,A市としてその結論につながる
積極的・直接的・根本的な理由を簡潔かつ端的に明示する必要がある。
(3) 設問2の「あなた自身の見解」について
・ 設問2では,設問1(2)で反論として自ら示した問題点を踏まえつつ,
「あな
た自身の見解」をきちんと論じるべきである。それにもかかわらず,理由をほ
とんど記載することなく,
「Bの見解に賛成である」とか「A市の見解が妥当
である」などと記載する例が見られたほか,結論がいずれであるかを問わず,
多くの答案において,結論を導く過程で法的構成を事案に即して丁寧に論じる
ことができていなかった。また,被告となるA市の反論が妥当でないことを論
じるだけでは自己の見解を論じたことにはならないにもかかわらず,A市の反
論に対する再反論のみを記載している答案も見られた。
・ 答案の中には,判断内容ないし判断理由が前後で矛盾・齟齬しているのでは
ないかと思われるようなものも見られた。例えば,Cとの同一取扱いに関する
合憲性の検討場面では,
「Bは,反対意見を有するものの,安全性確保のため
にY対策課で働きたいという動機があることを重視して,違憲である」としな
がら,Dらとの差別的取扱いに関する合憲性の検討場面では,
「Bがなお反対
意見を有していることから,合憲である」としているものなどである。法律家
を志すものとしては,答案全体を通じて論述が一貫しているかについても注意
を払う必要がある。
(4) 判断の枠組みの定立について
・ 判断の枠組みの定立にばかり気を取られてしまい,事実関係への着眼がおろ
そかになっている答案が見られた。他方で,事実関係には適切にかつその細部
にも着眼できているが,判断の枠組みを定立するという意識を欠いており,結
局は本問限りの場当たり的な判断をしているのではないかと疑われるような答
案も見られた。本問のような事例問題では,判断の枠組みを適切に定立した上
で,事実関係に即して結論を考えていくという両方がきちんとできて初めて説
得力のある論述となることを意識してほしい。
・ 基本的な知識や理解が不足しているからか,本問限りの独自の枠組みを定立
しているかのような答案も見られた。しかし,判断の枠組みの定立に当たって
は,判例や学説をきちんと踏まえる必要がある。
・ 判断の枠組みを定立するに当たり,
「平等」の問題として論じているのか,
それとも,
「自由」の問題として論じているのかが判然としない答案や両者を
混同していると思われる答案も少なくなかった。本問では,
「平等」の問題と
「自由」の問題が絡み合っている面があり,論述に当たっては様々な切り口が
考えられる。このような問題については,
「平等」と「自由」の複合的な視点
からの論述も考えられるであろうが,その場合には,
「平等」の問題と「自由」
の問題の違いを踏まえた上での十分な分析や検討が必要である。
(5) その他
・ 憲法上の主張や見解について問われているにもかかわらず,
A市の反論や
「あ
なた自身の見解」において裁量論に迷い込み,憲法論から離れてA市側の行為
の当・不当を長々と論じている答案が散見された。
A市側に一定の裁量があり,
また,
問題文から拾い上げる要素にも大きな違いはないかもしれないとしても,
飽くまでも憲法上の主張や見解について論じていることを意識して答案を作成
してほしかった。
3 平等について
・ 少なくともDらとの差別的取扱いは平等に関する典型的な問題であり,相対的
平等に関わる問題として論じる必要があることに気付いてほしかったが,
「絶対
的平等・相対的平等」というキーワードを明示できていた答案は必ずしも多くな
かった。この点を「形式的平等・実質的平等」や「機会の平等・結果の平等」な
どと指摘する答案も相当数あった上,これらと「絶対的平等・相対的平等」を混
同していると思われる答案も少なくなかった。
このような基本的概念については,
キーワードを覚えるだけではなく,具体例に基づいた正確な理解が求められる。
受験者におかれては,改めて「基本を大切に」ということを意識してほしい。
・ 「法の下」の意義(法適用の平等に尽きるか,法内容の平等も含むのか)につ
いては,本問では論じる必要がないと考えられるにもかかわらず,これを論じて
いるものが散見された。マニュアル的,パターン的に準備してきたものをそのま
ま書くのではなく,なぜその点を論じる必要があるのかを事案に即して考え,準
備してきたものの中から取捨選択して論じていくべきである。なお,現在の実務
では,必要のないことに言及するのは無益ではなく有害と評価される場合もある
ことに留意してほしい。
・ Dらとの差別的取扱いについて,勤務実績が同程度あるいは下回る実績の者を
採用したことを差別として検討し,反対意見を持っていることが不採用の理由で
あることがどのような意味を持つのかを検討していない答案,逆に,反対意見を
持っていることに触れながら,勤務実績の点については触れていない答案があっ
た。問題文に記載されている事実がどのような意味を持つのか十分に検討して答
案に反映してほしい。
・ 平等違反の問題を検討するに当たっては,
「何」による差別の問題であるのか
をきちんと指摘・検討する必要がある。本問で言えば,憲法第14条第1項後段
の列挙事由である「信条」による差別ではないかという点である。しかし,この
点に関する指摘・検討が全くない答案が少なくなかった。
・ Cとの同一取扱いについて,Bの訴訟代理人であるにもかかわらず,
「平等(憲
法第14条第1項)違反を構成する余地がないから,諦める」などとして,この
点に関する主張をあえてしないという答案が少ないながらもあった。確かに,C
との同一取扱いの問題を憲法上の問題としてどのように構成するかには悩ましい
面があるかもしれない。しかし,将来弁護士になれば,明らかに採用の余地がな
い主張はすべきでないことを前提としつつも,
不利な事実関係にも配慮しながら,
何とか裁判所に受け入れてもらえるような説得的な法律構成がないかと思い悩
み,考えなければならないであろう。そのような悩みを見せずに簡単に諦めるべ
きではない。
4 表現の自由について
・ 表現の自由について論じることなく,その代わりに憲法第19条の思想良心の
自由の問題として論じる答案が多数あった(なお,そのような答案の中には,思
想良心の自由の問題であるとしながら,外部への表現行為の制約を論ずる答案も
散見された。)。しかし,本問において,Bは,A市がBの「甲市シンポジウム
でのY採掘に反対する内容の発言等があること」を不採用の理由の一つとしたこ
とを前提に,
「自分の意見・評価を甲市シンポジウムで述べたことが正式採用さ
れなかった理由の一つとされていることには,憲法上問題があると考えている」
のであるから,思想良心の自由の問題を別途検討することはともかくとして,こ
こでは自分の意見・評価を述べたこと,すなわち,憲法第21条の表現の自由の
問題についてまず論じてもらいたかった。
・ 甲市シンポジウムでの意見表明を理由として不採用になった点につき,表現の
自由の問題であるとしつつも,安易に「表現の自由が制約されている」と記載し
ている答案が目に付いた。しかし,本問の場合,表現行為そのものが制約されて
いるわけではないから,それにもかかわらずなぜ表現の自由の制約に当たるのか
を論じてほしかった。
・ 表現の自由の問題を考えるに当たっては,Bの意見が公共の利益に関わるもの
である点が重要になるが,この点をきちんと指摘する答案は少なかった。
・ 表現活動への萎縮効果を論じるに当たっては,Bのみならず,その他の者も含
めて一般に与える影響という観点が重要であるが,多くの答案がB自身の表現活
動への萎縮効果を論じるにとどまっていた。
5 その他一般的指摘事項
(1) 論述のバランス
・ 本年は,各問の配点を明記することで答案における記述量の配分の目安を示
し,それに応じたバランスのよい記載で,かつ,最後までしっかりと書くこと
を求めたところである。しかし,例年のように,途中答案が相当数あったほか,
一応最後まで書いている答案も,設問2について配点に相応しい分量になって
いないものが多かった。また,設問1(1)について簡単な記述で済ませている答
案や,逆に,設問1(2)について長々と論じている答案(そのような答案は,設
問2の論述が非常に薄いものとなる傾向があった。
)も見られた。
(2) 問題文の読解及び答案の作成一般
・ B,C,Dらがそれぞれどのような立場の人間であるのかについて事実関係
を混同・混乱している答案があった。また,その誤記等
(BをXと記載したり,
文章内容からはCを指していると思われる者をDと記載したりする例)も散見
された。単なる書き間違いかもしれないが,判断の前提となる事実関係を的確
に把握できていないのではないかと疑われかねないので,問題文に即して正確
に論述してほしい。
・ 問題文で与えられた事実に憲法的な評価を加えることなく,問題文の単なる
引き写しや単に羅列するだけの答案が一定数見られた。また,問題文で与えら
れた事実を超えて必要以上の推測をし,それ(問題文にない事実)を答案に反
映させている答案も見られた。このような答案は説得力に欠け,また,後者に
ついては「問題文はそのようなことを言っていない」と否定的に評価される可
能性があることに注意してほしい。
・ 憲法の条文の解釈(本問では特に第14条)について,これをせず,あるい
は,これができていない答案が散見された。また,条文は誤りなく示す必要が
あるが,これができていない答案もあった(表現の自由を第22条第1項ある
いは第23条第1項とする例が少ないながらもあった。)。条文の表記や解釈
を大切にしてほしい。
・ 設問1(1)の問題文において職業選択の自由については論じないこととする旨
明示してあるにもかかわらず,これに反して,正面から職業選択の自由につい
て論じる答案があった。
(3) 形式面
・ 普段手書きで文書を作成する機会が少ないためであろうか,誤字や脱字がか
なり目に付いた。特に法律用語の誤記については,法律家としての資質自体が
疑われかねないので注意してほしい。また,略字を使用する答案もあったが,
他人に読ませる文章である以上,略字の使用は避けるべきである。
・ 解読が困難な字で書かれた答案も散見された。
例えば,
字が雑に書かれたり,
小さかったりして読みづらいもの,加除や挿入がどのようになされているのか
判読し難いものなどである。時間がなくて焦って書いているのは分からないで
はないが,他人に読ませる文章である以上,読み手のことを考えて,上手な字
でなくても読みやすい,大きな字で,また,加除や挿入は明確に分かるような
形での答案作成を望む。
平成27年司法試験の採点実感等に対する意見(公法系科目第2問)
1 出題の趣旨
別途公表している「出題の趣旨」を,参照いただきたい。
2 採点方針
採点に当たり重視していることは,問題文及び会議録中の指示に従って基本的な
事実関係や関係法令の趣旨・構造を正確に分析・検討し,問いに対して的確に答え
ることができているか,基本的な判例や概念等の正確な理解に基づいて,相応の言
及をすることのできる応用能力を有しているか,事案を解決するに当たっての論理
的な思考過程を,端的に分かりやすく整理・構成し,本件の具体的事情を踏まえた
多面的で説得力のある法律論を展開することができているか,という点である。決
して知識の量に重点を置くものではない。
3 答案に求められる水準
(1) 設問1
差止め訴訟の訴訟要件が本件で満たされるかについて,最高裁平成24年2月
9日第一小法廷判決(民集66巻2号183頁。以下「最高裁平成24年判決」
という。
)を踏まえて判断基準を述べた上で,本件の事実関係に即して具体的か
つ的確に論じているかに応じて,優秀度ないし良好度を判定した。
差止め訴訟を挙げた上で,行政事件訴訟法第3条第7項及び第37条の4に規
定された「一定の処分...がされようとしている」,「重大な損害を生ずるおそれ」
等の訴訟要件について論じていれば,一応の水準の答案と判定した。加えて,
「重
大な損害を生ずるおそれ」の要件について,最高裁平成24年判決を踏まえて論
じていれば,良好な答案と判定した。加えて,同要件について,最高裁平成24
年判決にいう「処分がされた後に取消訴訟を提起して執行停止を受けることなど
により容易に救済を受けることができるもの」か否かを,本件命令後直ちにウェ
ブサイトで公表されて顧客の信用を失うおそれがあるという本件の事実関係に即
して具体的かつ的確に論じていれば,優秀な答案と判定した。
(2) 設問2
消防法及び危険物政令の関係規定の趣旨及び内容,保安距離の短縮に関する本
件基準の法的性質及び内容,危険物政令第9条第1項第1号ただし書及び第23
条の関係について論じた上で,本件基準に従って行われる本件命令の適法性につ
いて,行政裁量論に関する基本的理解を踏まえ,本件の事実関係を適切に把握し
た上で具体的かつ的確に論じているかに応じて,
優秀度ないし良好度を判定した。
本件基準の法的性質を裁量基準として理解した上で,本件命令の適法性を行政
裁量論の枠組みにより論じていれば,一応の水準の答案と判定した。加えて,保
安物件(本件では葬祭場)が新設された場合に既存の一般取扱所の所有者等が負
担を負う可能性を考慮して,個別事情に即して柔軟に危険物政令の定める技術基
準への適合性を判断すべきであるとの観点から,本件基準の合理性,及び本件に
おいて水準以上の防火塀・消火設備を考慮して本件基準の例外を認める可能性に
ついて論じていれば,良好な答案と判定した。加えて,一般取扱所の事故が保安
物件に波及することを防止しその安全を確保するために保安距離を定める危険物
政令第9条第1項第1号の趣旨も踏まえて,本件基準1(短縮条件)及び2(短
縮限界距離)の中で考慮されている事項に即して本件基準の合理性を検討してい
れば,優秀な答案と判定した。
危険物政令第9条第1項第1号ただし書と第23条との関係については,前者
の規定の効果が保安距離の短縮であるのに対し,後者の規定の効果が保安距離の
規定の不適用であるという違いに着目していれば,良好な答案,後者の規定を適
用する要件が絞り込まれていることに着目していれば,優秀な答案と判定した。
(3) 設問3
消防法第12条第1項の趣旨を論じ,最高裁昭和58年2月18日第二小法廷
判決(民集37巻1号59頁。以下「最高裁昭和58年判決」という。
)の趣旨を
踏まえた上で,取扱所の設置後に都市計画決定による用途地域の指定替えがあっ
たという本件の特殊事情に即して,本件で損失補償を請求できるかについて具体
的かつ的確に論じているかに応じて,優秀度ないし良好度を判定した。
消防法第12条が,警察規制の定めであり,事後的に周囲に保安物件が新設さ
れた場合にも取扱所の所有者等に技術上の基準への適合性を維持する義務(基準
適合性維持義務)を課すことを,損失補償を不要とするファクターとして一定程
度説いていれば,一応の水準の答案とし,こうしたファクターを明確に論じてい
れば,良好な答案と判定した。加えて,用途地域の指定替えに伴う保安物件の新
設が,Xにとって予見してあらかじめ回避できる事情であるかどうかを,的確に
論じていれば,優秀な答案と判定した。
4 採点実感
以下は,考査委員から寄せられた主要な意見をまとめたものである。
(1) 全体的印象
・ 例年繰り返し指摘し,
また強く改善を求め続けているところであるが,
相変わ
らず判読困難な答案が多数あった。極端に小さい字,極端な癖字,雑に書き殴っ
た字で書かれた答案が少なくなく,中には「適法」か「違法」か判読できないも
のすらあった。
第三者が読むものである以上,
読み手を意識した答案作成を心掛
けることは当然であり,判読できない記載には意味がないことを肝に銘ずべき
である。
・ 問題文及び会議録には,どのような視点で何を書くべきかが具体的に掲げら
れているにもかかわらず,問題文等の指示を無視するかのような答案が多く見
られた。
・ 例年指摘しているが,条文の引用が不正確な答案が多く見られた。
・ 冗長で文意が分かりにくいものなど,
法律論の組立てという以前に,
一般的な
文章構成能力自体に疑問を抱かざるを得ない答案が相当数あった。
・ 相当程度読み進まないと何をテーマに論じているのか把握できない答案が相
当数見られた。答案構成をきちんと行った上,読み手に分かりやすい答案とす
るためには,例えば,適度に段落分けを行った上で,段落の行頭は1文字空け
るなどの基本的な論文の書き方に従うことや,冒頭部分に見出しを付けるなど
の工夫をすることが望まれる。
・ 少数ではあるが,どの設問に対する解答かが明示されていない答案が見られ
た。冒頭部分に「設問1」等と明示をした上で解答することを徹底されたい。
・ 結論を提示するだけで,理由付けがほとんどない答案,問題文中の事実関係
を引き写したにとどまり,法的な考察がされていない答案が多く見られた。また,根拠となる関係法令の規定を引き写しただけで結論を提示するにとどまり,
法律の解釈論を展開していない答案が少なからず見られた。論理の展開とその
根拠を丁寧に示さなければ説得力のある答案にはならない。
・ 本件のように対立利益の相互の調整が問題となる事案では,抽象的な関係法
令の趣旨・目的を踏まえて,一方当事者の立場のみに偏することなく,関係者
の相互の利益状況を多面的に考慮した上で結論を導き出すことが求められる。
・ 要件裁量,効果裁量,裁量基準,行政規則,特別の犠牲といった,行政法の
基本的な概念の理解が不十分であると思われる答案が少なからず見られた。
・ 時間配分が適切でなく,設問1については必要以上に詳細に論じ,設問2又
は設問3については,時間不足のため記載がないか又は不十分な記載しかない
ものが少なからず見られた。
(2) 設問1
・ 受験者にとって解答しやすい設問であったと思われ,概ねよくできていた。
・ 本件で特に検討を要する訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」の要
件について,まず判断基準を述べてから本件の事実関係に当てはめるという,
法律論としての「作法」がとられていない答案,差止め訴訟に関する重要判例
である最高裁平成24年判決を意識せずに書かれた答案が予想外に多かった点
は,残念であった。
・ 少数ではあるが,処分性や原告適格といった,本件においては充足されるこ
とがほぼ自明である訴訟要件について,不相当に多くの紙幅を割いて論じてい
る答案が見られた。他方で,
「一定の処分...がされようとしている」等の差止
め訴訟に固有の要件について全く述べていない答案が多かった。行政事件訴訟
法が定める訴訟類型のそれぞれについて,必要となる訴訟要件を正確に理解す
るとともに,どの要件が特に問題になるのかも把握しておくことが学習に当
たって重要であろう。
なお,行政事件訴訟法第3条第7項の「一定の処分...がされようとしている」
の要件の問題であるにもかかわらず,同法第37条の4第1項の「一定の処分
...がされることにより」という要件と混同する答案も一部に見られた。具体的
な条文に則した正確な理解が望まれる。
・ 「処分がされた後に取消訴訟を提起して執行停止を受けることなどにより容
易に救済を受けることができるもの」か否かという判断基準(最高裁平成24
年判決)を正しく示しているにもかかわらず,移転命令による移転の不利益の
みを挙げて「重大な損害を生ずるおそれ」の要件充足を肯定している答案が少
なからずあった。上記の判断基準の意味を正確に理解していれば,移転の不利
益と公表による不利益それぞれについて,取消訴訟及び執行停止が有効な救済
手段になるかどうかについても正しく検討できるはずである。
・ 少数ではあるが,問題文において「抗告訴訟として考えられる訴えを具体的
に挙げ」るよう指示されているにもかかわらず,仮の救済を挙げて論じている
答案や,
「訴訟要件を満たすか否か」について検討することが指示されている
にもかかわらず,本案勝訴要件について紙幅を割いて論じている答案など,明
らかに行政事件訴訟法に関する基本的知識が不足していると思われる答案も見
られた。
(3) 設問2
・ 問題文と資料から基本的な事実関係を把握し,消防法及び関係法令の関係規
定の趣旨を正しく読み解けるかどうかを試す設問であったが,まさにその点で
大きく差がついた印象があった。根拠規定・関係規定の相互関係や本件基準の
法的性質を正しく理解して論じる優れた答案もある一方で,事実関係や法の趣
旨を勘違いしている答案もあった。
・ 事実関係の把握の誤りとしては,第一種中高層住居専用地域から第二種中高
層住居専用地域への用途地域の指定替えが行われたのが,本件葬祭場の所在地
であって,本件取扱所の所在地は一貫して工業地域であることを正しく理解し
ていないため,誤った議論を展開してしまっている答案が少なからずあった。
・ 裁量権濫用論の一般的な定式を挙げた上,
関係法令の趣旨を十分踏まえずに,
「考慮すべき事情を考慮していないから違法」
,あるいは「考慮すべきでない
事情を考慮しているから違法」と平板に論じる答案が相当数見られた。過去の
採点実感でも指摘した点であるが,論点単位での論述の型を形式的に覚えてい
るだけではないかと疑わざるを得ない。
・ 本件基準の法的性質について,行政の行為形式論を踏まえて論じていない答
案が相当数見られた。また,本件基準は,
「裁量基準(行政規則)
」であるにも
かかわらず,
「裁量基準(行政規則)
」と「委任命令(法規命令)
」との基本的
な区別を正しく理解しないまま,委任立法の限界といった的外れな枠組みで検
討している答案が相当数見られた。本件基準は市の「内部基準」であることが
問題文で明言されており,
「委任命令(法規命令)
」と理解することができない
ことは明らかである。
・ 裁量基準に従ってされる行政処分の適法性の審査においては,法令の趣旨・
目的に照らした裁量基準の合理性の有無,裁量基準に合理性があることを前提
とした個別事情審査義務の有無が問題となるが,これらを十分に踏まえた検討
ができていた答案は少数であった。
・ 会議録中に記載された,危険物政令第9条第1項第1号ただし書きの趣旨に
ついての「新たに設置される製造所の設置の許可に際して,このただし書の規
定を適用し,初めから保安距離を短縮する運用は,規定の趣旨に合わない」と
いう説明から,防火のための距離制限の制度趣旨を十分考慮せずに,単純に既
存製造所設置者の利益を保護すべきと考えて,このことから直ちに本件命令が
違法であると結論付ける答案が相当数見られた。
・ 本件基準1の合理性の検討において,消防法の規制の趣旨を踏まえることなく,「建築基準法上,工業地域においては,一般取扱所を建築することができ,
倍数に関する制限もない」ことをもって,直ちに,本件基準1は不合理である
とする答案が多く見られた。
・ 危険物政令第23条について,その立法経緯を「特殊な構造や設備を有する
危険物施設」,「一般基準において予想もしない施設が出現する可能性」に対処
するものであるとしながら,一般の防火塀・消火設備がこれに該当するとして
同条の適用を簡単に肯定するなど,
会議録の記載をそのまま引き写しただけで,
その内容を理解していないのではないかと思われる答案が多く見られた。
(4) 設問3
・ 本問を検討する上でヒントとなる最高裁昭和58年判決について知らない,
あるいは正確な知識を持っていないのではないかと思われる答案が多く見られ
たのは残念であった。
・ 本問の損失補償の要否については,消防法第12条の規制の目的を中心に検
討する必要がある。しかし,消防法第12条の基準適合性維持義務の趣旨から,
取扱所の所有者等に移転義務を課すことが警察規制(消極目的規制,内在的制
約)に当たり,損失補償は容易には認められないことを順序立てて論じていな
い答案が相当数見られた。
・ 損失補償の要否について,形式的基準と実質的基準の二つを示しながら,そ
れらを必ずしも正確に理解しないまま本件に当てはめて損失補償の要否を判断
している答案が相当数見られた。特に,
「侵害行為の対象が一般的か個別的か」
という形式的基準を前提として,
「本件では消防法上の移転命令がXという特
定人に対して適用されるから損失補償が必要」
と論じる答案が相当数見られた。
しかし,この論理を適用すれば,およそあらゆる不利益処分に対して損失補償
が必要になってしまうのであって,本件では,侵害行為の対象が一般的か個別
的かという基準は全く決め手とはならない。過去の採点実感でも指摘した点で
あるが,上記の基準の意味を正確に理解せずに,論点単位での論述の型を形式
的に覚えているだけではないかと疑わざるを得ない。
・ 本問では,会議録において指示されているとおり,平成17年の時点では葬
祭場の建築は原則として不可能であったが,平成26年に第一種中高層住居専
用地域から第二種中高層住居専用地域に指定替えがされたため葬祭場の建築が
可能になったという事情が,損失補償の要否にどのような影響を及ぼすかを検
討することが求められている。しかし,新たな都市計画決定により用途地域の
指定替えがあり得ることは,予測可能な事情といえるのではないか,また,第
1種中高層住居専用地域でも,
学校・病院の建築は可能であることからすると,
後発で近隣に建物が建築され得ることは,予測可能な事情といえるのではない
かという点に言及した答案は,ごく少数にとどまった。
5 今後の法科大学院教育に求めるもの
・ 設問1及び設問3は,最高裁判所の重要判例を十分理解していれば,比較的容
易に解答できる問題であった。しかし実際には,設問1について最高裁平成24
年判決を意識せずに書かれた答案が予想外にあり,設問3については,最高裁昭
和58年判決を意識して書かれた答案が残念ながら少数にとどまった。行政法に
ついて短答式試験が廃止されても,重要判例を読んで理解する学習をおろそかに
してはならないことを,注意しておきたい。
・ 設問2については,本件でXがいかなる法的な問題を抱えているか,そして,
Xの抱えている法的問題が,関係する法制度のどのような特徴に端を発している
かという点を,明確に理解することが,解答のための第1のステップである。そ
して,Y市長の本件命令に係る裁量権行使の適法性を判断するために,Y市長が
考慮すべき事項及び重視すべき事項を,関係法令の関係規定から的確に読み取っ
て,本件基準の評価につなげることが,解答のための第2のステップである。こ
のうち,第1のステップには相当数の答案が達しており,この点には法科大学院
教育の成果を認めることができた。しかし,第2のステップでは綿密な検討がな
されておらず,裁量権濫用論の一般的な定式とXの救済の必要性とをいきなり結
び付ける答案が相当数見られた。これは,過去の採点実感で繰り返し指摘してい
る点であるが,論点単位で論述の型を覚える学習の弊害が現れた結果ではないか
と思われる。
したがって,
今後の法科大学院教育に求めたいのは,
昨年と同様,
「理
論・法令・事実を適切に結び付ける基本的な作業を,普段から意識的に積み重ね
る」ことである。
・ 法律的な文章という以前に,日本語の論述能力が劣っている答案が相当数見ら
れ,近年では最低の水準であるとの意見もあった。法律実務家である裁判官,検
察官,弁護士のいずれも文章を書くことを基本とする仕事である。受験対策のた
めの授業になってはならないとはいえ,法科大学院においても,論述能力を指導
する必要があるのではないか。

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