法務大臣賞
少しずつ...一歩ずつ...
兵庫県・篠山市立西紀中学校 3年
辻本 桃佳(つじもと ももか)
15年前,父が篠山の町中を歩いているとこう言われた。「そんな棒きれ振
り回さんといて!」と。父は決して棒きれを振り回していた訳ではない。ただ,
白杖を持って歩いていただけだ。その話を聞いて,私は驚いた。たった15年
前のことだけど信じられない気持ちでいっぱいになった。だが,15年経った
今ではそんなことはないだろう。マスメディアが発達し,いろんなハンディを
持った人のことが紹介されたり,障がい者の方自身が社会参加する機会が増え
たからだ,と。
そして,こんな話も聞いたことがある。電車に乗った時に,時間が知りたく
て携帯電話を開いたときのことだ。「こんなとこで電話したらアカンやろ!」
と中年のおばさんに怒鳴られたそうだ。優先座席の近くだったということもあ
るが,『目の不自由な人=白杖を持っている』という認識は広まってきている
が,時間を知りたいときには音声が出る時計や携帯電話を使うということは,
ほとんど知られていないのだ。そのとき,父は説明しようと思ったが,どうせ
分かってもらえないと思い「すみません。」と謝り,とても悲しい気持ちにな
ったそうだ。見えている人は,時間が知りたければ時計を見ればすぐに分かる。
だが,目が不自由だと音で聞くしかないのだ。私は障がい者が暮らしやすいよ
うな機器が発達してきていることを,もっと社会に広めていくことが必要だと
思う。そうすることで,協力してくれる人や,理解してくれる人が増えていく
のではないだろうか。
視覚障がい者の方が日常生活を送る上で,給付や貸与される機器がある。音
声で教えてくれる時計や体重計,文章読み上げ器などがそれだ。これらは,以
前県の基準で市が実施要綱を定めて,そこが窓口となって行われていたが,法
改正により,各市区町村対応となった。しかし,この日常生活用具の中に,健
常な家族と同居している視覚障がい者には給付してもらえない物もあるのだ。
それは,体温計や体重計であったりする。この体温計がなければ,家族が出か
けている間に体調が悪くなっても,計測することはできないのだ。
父の知り合いに赤ちゃんを連れた全盲のお母さんがいる。体温を計るのに複
数の体温計で赤ちゃんの体温を計り,その体温計に印をつけて病院まで持って
いって見てもらったり,家族が帰ってくるのを待って見てもらうことがあるそ
うだ。私たちは,簡単に体温を計ることができるが,見えない人たちはそれが
できないために生命の危険にさらされてしまうことがあるのだ。せっかく,便
利な機器が発明されても,値段が高くて簡単に購入できない。もしくは,制度
のカベによってそのサービスが受けられないことがある。しかし,私の住む篠
山市では父たちの声が福祉課の方々に届き,日本で初めて音声式体温計が同居
家族の有無にかかわらず給付されるようになったのである。
今は,携帯電話が音声で読み上げてくれて,メールや時間,GPSなどの便
利な機能を視覚障がい者の方も利用できるようになった。だが,そのことを知
っている健常者の方は全国にどれくらいいるだろうか。また,このことを知っ
ている当事者である視覚障がい者の方が,全国にどのくらいいるだろうか。私
は,まだ知らない人が多いと思う。
ここ15年程で,視覚障がい者の人は白杖をついているということはほぼ知
られてきたが,生活を助ける機器が発達してきているということは知らない人
も多いだろう。それが,「あの人は目が動いているから見えている。」とか「あ
の人はずっと目をつぶっているから見えていない。」「物を避けているから,
見えている。」「物にぶつかっているから,見えていない。」という勝手な思
い込みで障がいの重さをはかることにつながっているのではないだろうか。で
もそれは間違っている。目を閉じれば視覚障がい者の疑似体験はできる。でも,
それはあくまでも体験であって,個人個人の見え方はそれぞれ違うし,外見や
行動で障がいの重度を判断するのは良くないと私は思う。同じような見え方が
できたとしても全く同じ動きなんてできる訳ないのだから。毎日,父と生活し
ていてもどのくらい見えているのか私にもはっきり分からない。なにげに父た
ちがこなしている日常の動作であっても,私たち,健常者にははかりしれない
恐怖と不安,努力があるのだ。誰でも目をつぶれば見えない世界を体験した気
になる。松葉杖をつけば,その体験をした気になる。車イスに乗れば,その体
験をした気になる。だが,本当の障がい者の苦悩と努力の一部しか体験してい
ないことを知っておいてほしい。私たちには当たり前にできるようなことがあ
っても,どんなに望んでもできない人たちがいるということとみんなの正しい
理解と知識が障がい者の明るい未来へとつながっていくということを知ってほ
しい。そしてこのことを広めていかなければならない。
「少しずつ...一歩ずつ...」

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