児童虐待防止のための親権制度研究会報告書

平成22年1月
児 童 虐 待 防 止 の た め の 親 権 制 度 研 究 会 報 告 書
目 次
序論 ......................................................... 1
1 検討の経緯等 ......................................................... 1
(1) 児童虐待防止法の成立等 ......................................................... 1
(2) 本研究会の開催の経緯等 ......................................................... 1
(3) 本研究会における調査研究の在り方 .......................................... 3
2 親権に係る制度について検討するに当たっての一般的な視点 ............ 4
3 当研究会における具体的な検討方針 ............................................. 5
4 本報告書の構成 ......................................................... 7
第1 親権を必要に応じて適切に制限するための手当て ........................... 8
1 問題の所在等 ......................................................... 8
2 親権を一時的に制限する制度 ...................................................... 9
(1) 家庭裁判所の審判により親権を一時的に制限する制度を設けること
について ......................................................... 9
(2) 親権の一時的制限制度の活用が想定される事案 ........................... 10
(3) 親権の一時的制限制度を設ける場合の期間の定め方 ..................... 11
(4) 親権の一時的制限及び親権喪失の原因 ....................................... 13
ア 検討の指針 ......................................................... 13
イ 親権を一時的に制限し,又は親権を喪失させるために必要な要素 ... 13
ウ 親権を制限すべき必要性が消滅すると見込まれる時期 ............... 14
エ 親権者に対する非難可能性や帰責性に関する要素 ..................... 14
(5) 親権の一時的制限及び親権喪失の申立人 .................................... 17
3 親権を部分的に制限する制度 ...................................................... 18
(1) 施設入所等の措置又は一時保護が行われている場合に親権を部分的
に制限する制度 ......................................................... 18
ア 施設入所又は里親等委託の場合 ............................................. 18
イ 一時保護の場合 ......................................................... 23
(2) 家庭裁判所の審判により親権の一部を制限する制度 ..................... 29
ア 検討の必要性及び検討の対象等 ............................................. 29
イ 制度の必要性に関する一般的検討 .......................................... 30
ウ 制度の必要性に関するあり得べき制度設計等を踏まえた検討 ...... 32
i
第2 親権を行う者がない子を適切に監護等するための手当て .................. 39
1 問題の所在等 ......................................................... 39
2 法人による未成年後見 ......................................................... 40
(1) 現状とその問題点等 ......................................................... 40
(2) 今後の検討課題等 ......................................................... 40
3 里親等委託中又は一時保護中の児童に親権者等がいないときの取扱い ... 41
(1) 現状とその問題点等 ......................................................... 41
(2) 今後の検討課題等 ......................................................... 41
4 施設入所等の措置及び一時保護が行われていない未成年者に親権者等
がいないときの取扱い ......................................................... 42
(1) 現状とその問題点等 ......................................................... 42
(2) 今後の検討課題等 ......................................................... 43
ア 制度創設の相当性等 ......................................................... 43
イ 具体的制度設計 ......................................................... 44
第3 児童虐待防止のための親権制度の見直しに関するその他の論点 ......... 45
1 接近禁止命令の在り方 ......................................................... 45
(1) 問題の所在等 ......................................................... 45
ア 平成19年改正の概要 ......................................................... 45
イ 検討課題等 ......................................................... 46
(2) 検討 ......................................................... 47
ア 命令の主体 ......................................................... 47
イ 対象の拡大 ......................................................... 48
ウ 小括 ......................................................... 50
2 保護者に対する指導の実効性を高めるための方策 ........................... 50
(1) 問題の所在等 ......................................................... 50
(2) 保護者指導に対する家庭裁判所の関与の在り方 ........................... 51
ア 家庭裁判所の関与の在り方に関する意見 ................................. 51
イ 検討 ......................................................... 53
(3) 現行制度の下における実務上・運用上の工夫等 ........................... 57
3 懲戒権及び懲戒場に関する規定の在り方 ....................................... 58
(1) 問題の所在等 ......................................................... 58
(2) 検討 ......................................................... 58
おわりに ......................................................... 59
児童虐待防止のための親権制度研究会 名簿
ii
*1 本報告書では,
「児童」
,
「子」及び「未成年者」の語を必ずしも厳密に使い分けることはし
ないが,主に児童福祉法又は児童虐待防止法が問題となる文脈においては「児童」の語を,
主に民法の親権制度が問題となる文脈においては「子」の語を,主に民法の後見制度が問題
となる文脈においては「未成年者」の語をそれぞれ使用する。
- 1 -
序論
1 検討の経緯等
(1) 児童虐待防止法の成立等
親などの保護者による虐待によって児童*1
が死傷する事件が多発するなど,児
童虐待が深刻な社会問題となってきたことを背景に,平成12年5月,児童虐待
の防止等に関する施策を促進することを目的として,児童虐待の防止等に関する
法律(平成12年法律第82号。以下「児童虐待防止法」という。
)が成立した。
同法は,児童虐待の定義,児童に対する虐待の禁止,児童虐待の防止に関する国
及び地方公共団体の責務並びに児童虐待を受けた児童の保護のための措置等につ
いて定めるものであり,児童の福祉に関する総合的基本法である児童福祉法(昭
和22年法律第164号)
とともに児童虐待の防止のための制度を構成している。
その後,平成16年4月に,児童虐待防止法の一部改正により,児童虐待の定
義の見直し,児童虐待の通告義務の範囲の拡大等が行われ,同年11月には,児
童福祉法の一部改正により,市町村の役割の明確化,要保護児童対策地域協議会
の法定化,要保護児童に係る措置に関する司法関与の見直し等が行われた。
さらに,平成19年6月には,児童虐待の防止等に関する法律及び児童福祉法
の一部を改正する法律(平成19年法律第73号。以下「平成19年改正法」と
いう。
)により,児童の安全確認等のための立入調査等の強化,保護者に対する
面会・通信等の制限の強化,保護者に対する指導に従わない場合の措置の明確化
等が行われた。
(2) 本研究会の開催の経緯等
平成19年改正法附則第2条第1項においては,
「政府は,この法律の施行後
*2 平成19年改正法の施行日は,平成20年4月1日である(同法附則第1条)
。
*3 研究会の名称は,第1回会議において「児童虐待防止のための親権制度研究会」とされた。
- 2 -
3年以内*2
に,児童虐待の防止等を図り,児童の権利利益を擁護する観点から親
権に係る制度の見直しについて検討を行い,その結果に基づいて必要な措置を講
ずるもの」とされた。このように,政府において親権に係る制度の見直しについ
て検討が行われるべきものとされたことから,その検討の一環として,平成21
年5月,法務省の委託により,本研究会
*3
が組織され,調査研究が開始された。
本研究会においては,同年6月から12月までの間に全9回の会議を開催し,
児童虐待の防止等を図り,児童の権利利益を擁護する観点から親権に係る制度の
見直しについて議論・検討を行った。具体的な経緯としては,第1回会議におい
て,関係省等から,児童福祉法及び児童虐待防止法の近時の改正経過,平成19
年の法改正時の親権に係る制度に関連する論点の議論状況並びに児童虐待に係る
現状や制度の運用状況等の紹介がされた後に,児童虐待防止のための親権に係る
制度の見直しに関する児童相談所等の現場の要望や本研究会で議論すべき論点等
についてフリーディスカッションが行われた。その後,第2回及び第3回会議に
おいて,施設入所等の措置と親権との関係,親権の一時・一部停止制度,児童虐
待事案における司法関与の在り方というテーマごとにフリーディスカッションが
行われ,本研究会で議論・検討すべき主な論点が選択された。その上で,第4回
会議以降は,論点ごとに議論が進められ,その結果として,本報告書の取りまと
*4 本研究会又は法務省にあてて送付等された児童虐待防止のための親権に係る制度の見直しに
関連する以下の意見書は,本研究会の会議で席上配布され,議論・検討の参考とされた(な
お,団体名は五十音順に記載。
)
。
1財団法人全国里親会「里親を巡る親権問題の事例と里親の要望」
,2社団法人日本社会福祉
士会「親権のあり方について」
,3特別非営利活動法人里親子支援のアン基金プロジェクト
「親権の一部,一時停止に関する要望書」
,4日本子ども虐待防止学会「児童虐待をめぐる親
権制度の見直しについての意見書」
,5日本弁護士連合会「児童虐待防止のための親権制度見
直しに関する意見書」
*5 各回の会議で用いられた主な資料及び議事要旨は,本研究会の組織,運営等を委託された株
式会社商事法務のウェブサイト(http://www.shojihomu.co.jp/shinken.html)に掲載されている。
*6 厚生省(当時)が被虐待児童を含む要保護児童全体の相談対応件数とは別に児童虐待に関す
る相談対応件数について統計をとり始めたのは平成2年であり,その推移は添付資料2頁
「児童虐待相談対応件数の推移」のとおりである。
なお,平成20年度の全国の児童相談所の児童虐待相談対応件数は4万2664件である。
*7 もとより,児童虐待防止法制定及びその改正作業の過程においては,親権に係る制度の問題
点が種々指摘されてきたところである。
- 3 -
めに至ったものである*4*5
。
(3) 本研究会における調査研究の在り方
児童虐待が社会問題として注目を集めるようになって久しい
*6
が,この間,児
童虐待の問題が民法(明治29年法律第89号)の問題として正面から取り上げ
られ,それに対応するために同法が具体的な改正作業の対象とされたことはない
*7
。そのような中で平成19年改正法附則第2条第1項が設けられた趣旨を踏ま
え,児童虐待の問題に対応するために民法の親権に係る制度の見直しについて検
討が行われる意義は大きいものと考えられる。
また,
親権に係る制度については,
民事基本法である民法において主に規定されている一方,児童福祉法及び児童虐
待防止法にも,親権に係る規定が設けられているが,民法と児童福祉法及び児童
虐待防止法とは,必ずしも有機的に関連しておらず,その結果,児童相談所をは
じめとする行政における権限行使と司法手続との連携が必ずしも効果的に図られ
*8 児童虐待防止法第1条は,同法の目的として児童の権利利益の擁護を掲げ,平成19年改正
法附則第2条第1項も,児童の権利利益を擁護する観点から親権に係る制度の見直しについ
て検討すべきことを規定している。
- 4 -
ていないとの指摘がされているところである。
そこで,本研究会においては,民法,児童福祉法及び児童虐待防止法の全体を
通じて,親権に係る制度について総合的に問題点を整理し,児童虐待の防止等を
図るなどの観点から親権に係る制度の見直しについて検討を行うこととした。
2 親権に係る制度について検討するに当たっての一般的な視点
民法は,第820条において,
「親権を行う者は,子の監護及び教育をする権利
を有し,義務を負う。
」と規定し,親権に義務的側面があることを明らかにした上
で,親権の濫用等を親権喪失の原因としている(同法第834条)
。また,児童虐
待防止法は,第4条第6項において,
「児童の親権を行う者は,児童を心身ともに
健やかに育成することについて第一義的責任を有するものであって,親権を行うに
当たっては,できる限り児童の利益を尊重するよう努めなければならない。
」と規
定し,第14条第1項において,
「児童の親権を行う者は,児童のしつけに際して,
その適切な行使に配慮しなければならない。
」と規定し,同条第2項において,
「児
童の親権を行う者は,児童虐待に係る暴行罪,傷害罪その他の犯罪について,当該
児童の親権を行う者であることを理由として,その責めを免れることはない。
」と
規定している。
このように,親権は子の利益のために行われなければならないものであり,児童
虐待が親権によって正当化されないことは,法律上明らかにされており,社会的に
も広く理解されるようになってきたところであろう。本研究会においても,親権が
子の利益のために行われなければならないものであり,
児童虐待はもちろんのこと,
子の利益を害する親権の行使が許されないことを議論・検討に当たっての重要な指
針とした*8
。
なお,民法においても,親権の義務的側面や親権行使における視点をより明確に
規定すべきとの意見もある。この点については,民事基本法である民法の性格や法
*9 各事案は,以下「事案A」
「事案B」などという。
- 5 -
体系全体の在り方等も踏まえつつ,更に検討が進められることが期待されるところ
であるが,いずれにせよ,親権が子の利益のために行われなければならないもので
あることなどが,本研究会における議論・検討のみならず,今後の議論・検討及び
制度の運用に当たっても,当然の前提とされなければならないことはいうまでもな
い。
3 当研究会における具体的な検討方針
児童虐待や親権者による親権の不適切な行使により,子の利益が現に害され,又
は害されるおそれが大きいにもかかわらず,現在の制度では対応に苦慮する場合と
して指摘されている事案の主なものは,差し当たり,下記AからIまでのとおり整
理することができるように思われる*9
。親権に係る制度の見直しについては,この
ような事案に適切に対応することができるように手当てを行うことが求められてい
ると考えられる。以下では,そのような観点から,これまで指摘されてきた立法課
題(当研究会の進行の過程で指摘されたものを含む。
)について,その問題点を整
理するとともに,可能な限り,今後の検討作業における議論の方向性についての当
研究会の考え方を示すこととした。
記
A 親権者による児童虐待があるため,祖父母その他の子の親族が子を養育するの
が相当であるが,親権者がそのことに納得せず,親権を喪失させるのもちゅうち
ょされるような事案。
*10 児童福祉法第27条第1項第3号により,児童を児童養護施設その他の同号に掲げる施設
に入所させること(同法第28条第1項又は第2項による家庭裁判所の承認を得て行う場合
を含む。
)
。
*11 児童福祉法第27条第1項第3号により,児童を小規模住居型児童養育事業を行う者又は
里親(以下「里親等」という。
)に委託すること(同法第28条第1項又は第2項による家庭
裁判所の承認を得て行う場合を含む。
)
。施設入所と併せて「施設入所等」ということがある。
*12 児童を保護者から一時的に分離する必要がある場合等に,児童相談所内の一時保護所等に,
当該児童を一時的に保護すること(児童福祉法第33条)
。
なお,児童虐待の事案において児童福祉法に基づき親子分離をする方法としては施設入所
等の措置及び一時保護がある(添付資料5頁「児童相談所における児童虐待ケースへの対応
の手順」も参照。
)
。
*13 具体的には,親権者が,1医療に関し,日常的な投薬(ステロイド剤や精神科薬の使用
等)
,予防接種,入通院,治療,手術等を拒否するもの,2教育に関し,高校受験を認めない
もの,無断で学校に退学届を提出するもの,特別支援学校への通学を認めないもの,3児童
の面会交流に関し,児童の福祉を害するなど特段の事情もないのに,親権を有しない親や祖
父母等と児童との面会交流を認めないもの,などが指摘されている。
- 6 -
B 施設入所*10
中,里親等委託
*11
中又は一時保護
*12
中の児童の監護教育に関する事
項について,当該児童の親権者が不当な主張をするため,児童福祉施設の長(以
下「施設長」という。
)
,里親等又は児童相談所長が児童の福祉のために必要であ
ると考える措置を行うのに支障が生じるような事案
*13
。
C 親権者がその精神上の障害等により子を適切に養育することが著しく困難であ
るが,それが親権の濫用又は著しい不行跡という現行の親権喪失の原因に該当す
るとは必ずしもいえないような事案。
D 親権者がその親権(懲戒権)を口実に児童虐待を正当化するなどし,児童相談
所の児童福祉司等による指導を受けたり,養育態度を改善したりしようとする姿
勢が見られないが,親権を喪失させるのはちゅうちょされるような事案。
*14 未成年者が手術や治療を必要としている場合,医療機関がその未成年者に対し医療行為を
行うには,通常,親権者の同意が必要とされるが,親権者が正当な理由もなくその同意を拒
否して放置することにより,未成年者の生命・身体が危険にさらされるような事案をいう。
- 7 -
E 医療ネグレクトの事案*14
。
F 施設入所中,里親等委託中又は一時保護中の児童が,自らアルバイトで稼いだ
お金などで自らの名義で携帯電話の利用契約を締結しようとするが,親権者がこ
れに同意しないため,契約の締結をすることができないような事案。
G 年長の未成年者が,児童養護施設等から退所した後などに,事実上親権者から
自立して,アパートを借りたり,就職したりしようとするが,親権者がこれらに
同意しないため,契約の締結等をすることができないような事案。
H 年長の未成年者が,児童養護施設等から退所した後などに,事実上親権者から
自立しているような場合に,親権者が,子につきまとったり,その周囲をはいか
いしたりする事案。
I 親権者について親権喪失の原因があるが,親権を喪失させた後に,未成年後見
人を引き受けてくれる者を確保することができないので,親権喪失宣告の申立て
自体がちゅうちょされる事案。
4 本報告書の構成
本研究会で議論・検討した論点を整理するに当たっては,第1に,児童を適切に
保護するなどの観点から,親権喪失制度の見直しも含め,親権を必要に応じて適切
に制限するための手当てに関する点(親権を一時的に制限する制度及び親権を部分
的に制限する制度)を取り上げ,第2に,親権を制限された者の子等に安定した養
育監護のための環境を与えるなどの観点から,親権を行う者がない子を適切に監護
等するための手当てに関する点(法人による未成年後見,里親等委託中又は一時保
護中の児童に親権者等がいないときの取扱い並びに施設入所等の措置及び一時保護
が行われていない未成年者に親権者等がいないときの取扱い)を取り上げている。
さらに,第3に,児童虐待防止のための親権制度の見直しに関するその他の論点
(接近禁止命令の在り方,保護者に対する指導の実効性を高めるための方策並びに
*15 同項は,
「児童福祉施設の長,その住居において養育を行う第6条の2第8項に規定する厚
生労働省令で定める者又は里親は,入所中又は受託中の児童で親権を行う者又は未成年後見
人のあるものについても,監護,教育及び懲戒に関し,その児童の福祉のため必要な措置を
とることができる。
」と規定する。
- 8 -
懲戒権及び懲戒場に関する規定の在り方)を取り上げている。
第1 親権を必要に応じて適切に制限するための手当て
1 問題の所在等
現行制度の下での親権制限に関しては,親権喪失制度について,その効果が期限
を設けずに親権全部を喪失させるものであること(いわばオール・オア・ナッシン
グの制度であること)や,その要件である親権喪失の原因が親権の濫用又は著しい
不行跡という親権者に対する非難を含むものであることから,現実に活用しにくい
ものとなっているとの指摘がされている(事案A,C,D,E,F及びG参照)
。
また,施設入所中,里親等委託中の児童について児童福祉法第47条第2項*15
に
よる施設長,
里親等の権限と親権者の親権との関係が必ずしも明確となっておらず,
また一時保護中の児童について児童相談所長の権限を定めた明文の規定がないこと
などから,施設入所中,里親等委託中及び一時保護中のいずれの場合においても,
子の利益を害するような不当な主張をする親権者への対応に苦慮するとの問題が指
摘されている(事案B及びF参照)
。
これらの指摘は,それぞれその対象とする制度こそ異なるものの,いずれも子の
利益の侵害を防ぐという現実の必要性に応じた適切な親権制限が困難であるという
点で共通するものということができる。
また,親権制限については,民法,児童福祉法及び児童虐待防止法が関係してい
るが,民法と児童福祉法及び児童虐待防止法とが必ずしも有機的に関連していない
との指摘がされていることは前述したとおりである。
そこで,第1は,親権を必要に応じて適切に制限するため,親権を一時的・部分
的に制限する制度を新たに設けることや親権喪失制度を改正することについて,検
討するものである。ここでは,上記のような指摘等を踏まえ,現実の必要に応じて
*16 床谷文雄「児童虐待の法的対応」判タ1046号84頁
- 9 -
適切に親権を制限することができるようにするために,
上記各法律の全体を通じて,
どのような制度設計をするのが相当か,すなわち,現在ある制度をどのように改正
し,又はどのような制度を新たに設けるのが実効的かといった観点から検討を行う
こととした。
2 親権を一時的に制限する制度
(1) 家庭裁判所の審判により親権を一時的に制限する制度を設けることについて
現行の親権喪失制度について指摘されている問題点は前述したとおりである
が,より具体的には,同制度が期限を設けずに親権を喪失させるものであること
から,その効果が大きく,申立てや宣告がちゅうちょされるという点と,親権喪
失宣告後の親子の再統合に支障を来すという点を指摘することができる。
現行の親権喪失制度においても,喪失の原因が消滅したときに,本人等の請求
によって,家庭裁判所が喪失の宣告の取消しをすることができるものとされてい
る。そのため,宣告の取消しの制度を柔軟に運用することにより,実質的に「親
権の一時停止」として活用することも可能なはずであり,そのような指摘は,従
前もされてきたところである*16
。
また,児童虐待防止法第15条は,
「民法(明治29年法律第89号)に規定
する親権の喪失の制度は,児童虐待の防止及び児童虐待を受けた児童の保護の観
点からも,適切に運用されなければならない。
」と規定しており,親権喪失制度
は,
法律上も,
必要に応じて適切に活用されるようになることが期待されてきた。
しかしながら,現実には,前述のような問題点があることなどから,親権喪失
制度が必ずしも適切に活用されていない状況にあるものと考えられる。
そこで,親権喪失制度について指摘されている前述のような問題点を解消し,
現実の必要に応じて適切に親権を制限することができるようにするために,民法
に,家庭裁判所の審判により一定の期間に限って親権を行うことができないもの
とする制度(以下「親権の一時的制限制度」という。
)を設けることが考えられ
る。
*17 仮に,後記3(1)のとおり,施設長,里親等又は児童相談所長による措置が親権者の親権に
優先することを明示する枠組みによって,親権者の親権を部分的に制限する制度を設けた場
合には,当該措置権限の行使によって,より適切に対応しやすくなると考えられる。
- 10 -
なお,仮に親権の一時的制限制度を設ける場合には,これを一時「停止」とす
るか,一時「喪失」とするかについて,検討する必要がある。
この点については,1親である以上は原則として親権者であるべきこと,2親
子の再統合を目指すことが親権を一時的に制限する目的であること,3親権の一
時的制限制度と親権喪失制度との差を「停止」
「喪失」という表現の差で表すこ
とにより,段階的な対応が可能となり,親に対する指導の手段として利用するこ
とが可能となることなどを理由に,
「停止」とするのが相当であるとの意見があ
った。
もっとも,親権を行うことができないものとするという点においては,親権の
一時的制限制度と親権喪失制度との間に法的効果の差はないものと思われる(現
行の親権喪失制度も,喪失宣告が取り消されるまでの間,親権を行うことができ
ないものとする制度であるということができる)ことなどにかんがみれば,この
点は,別途,法制的な観点からの検討も必要であると考えられ,今後の検討作業
にゆだねることとせざるを得ない。
(2) 親権の一時的制限制度の活用が想定される事案
仮に,親権の一時的制限制度を設けた場合には,施設入所,里親等委託又は一
時保護が行われている事案においても,そうではない事案においても,同制度が
活用されることが想定される。
まず,施設入所,里親等委託又は一時保護が行われている事案においては,通
常は,施設長,里親等又は児童相談所長による措置権限の行使や面会通信制限,
接近禁止命令等の制度によって相応の対応が可能であると考えられる*17
が,それ
*18 具体的には,事案B及びFのように,1施設長,里親等又は児童相談所長において児童の
財産を管理する必要がある事案,2施設長,里親等又は児童相談所長において個別の法令等
により児童の法定代理人の権限とされている行為をする必要があるような事案(*35 参照)
,
3親権者が強硬に不当な主張を繰り返すなど,施設長,里親等又は児童相談所長と親権者と
の間に強い対立が生じているような事案等が想定される。
なお,1については,ごく僅少の財産(例えば児童本人が通常のアルバイトで稼いだお金
など)であれば,施設長,里親等又は児童相談所長の監護,教育又は懲戒に関する権限によ
り,その管理を行うことができると解釈する余地があるのではないかとの指摘もあった。い
ずれにせよ,民法上の親権制限の制度を利用し,施設長など親以外の第三者が権限を行使す
るものとすれば,上記権限の範囲に含まれるかどうかという疑義を解消することができると
考えられる。
*19 仮に,後記3(1)のとおり,施設長,里親等又は児童相談所長による措置が親権に優先する
ことを明示するものとした場合に,*18 3のような事案については,民法上の親権制限をす
る法律上の利益がないのではないかとの疑問も生じないではない。しかしながら,3(1)の枠
組みは,飽くまでも施設長等による措置との関係において親権を制限するものにすぎないか
ら,民法上の親権制限をし,私法上一般に親権を行うことができないものとする法律上の利
益はあるものと考えられる。現実的にも,3のような事案においては,3(1)の枠組みによる
限度に止まらず,民法上,親権自体を制限する必要性があるということができる。
*20 具体的には,事案A,C,D,E及びGのような事案が想定される。
- 11 -
らによっても対応が困難な場合等,特に必要があるとき*18
に,民法上の親権制限
の制度が利用されると考えられる。親権の一時的制限制度を設けると,このよう
な場合に,親権喪失の制度のほか,事案に応じて親権の一時的制限制度が活用さ
れるようになるものと想定される
*19
。
また,児童相談所が関与しない場合や一時保護を解除する場合等で,一定の期
間に限って親権者の親権を制限し,他の親族等がこれに代わって権限を行使する
のが適当な事案等においても活用されることも想定される
*20
。
(3) 親権の一時的制限制度を設ける場合の期間の定め方
仮に,親権の一時的制限制度を設ける場合には,その期間の定め方について,
*21 施設入所等の措置がとられている児童の親権者の親権を一時的に制限する場合には,措置
の期限と親権制限の期限を同時にするように親権制限の期間を決めるということも考えられ
る。
なお,家庭裁判所の承認による施設入所等の措置の期間は当該措置を開始した日から2年
を超えてはならず,当該期間を更新するには改めて家庭裁判所の承認を得なければならない
ものとされている(児童福祉法第28条第2項)
。
*22 期間の定め方について,いずれの方法を採用するかにかかわらず,現行の親権喪失制度と
同様,別途,審判の取消しの制度を設ける必要があると考えられる。
*23 制度設計としては,再度の申立てとする方法のほかに,親権制限の期間の更新を求める申
立てとする方法も考えられる。
- 12 -
検討する必要がある。
この点については,その期間を法律で一律に定める方法と,家庭裁判所におい
て適当と考えられる期間を事案に応じて個別に決める方法とが考えられる(後者
の方法によるとしても,一時的な制限であるという性質にかんがみ,法律上,期
間の上限を定めておくのが相当であると考えられる。
)
。
前者に比べ,
後者の方が事案に応じた対応が可能であるということができるが,
家庭裁判所が,審判の時点において,個別の事案ごとに親権を制限すべき期間を
適切に判断するのは,一般的には困難であると考えられる。他方で,例えば,医
療ネグレクトの事案で親権を一時的に制限して医療行為を行おうとする場合にお
いて,医療行為を行いさえすれば短期間のうちに当該傷病が完治することが見込
まれるときなど,審判の時点において,法定の期間が経過するまで親権を制限し
続ける必要性がないものと判断される事案もあると考えられるので,事案によっ
ては*21
,家庭裁判所が,審判の時点において,個別に期間を決めることができる
ようにする方がよいように思われる。
なお,いずれの方法によるとしても,期間途中における審判の取消し*22
や期間
経過後も引き続き親権を制限するように求める再度の申立て
*23
により,事案に応
じた適切な対応が図られることが期待される。
また,仮に,親権の一時的制限制度を設ける場合には,親権制限の期間やその
の上限を具体的にどの程度の長さにするかを検討する必要がある。この点につい
*24 子の利益の観点から親権制限の原因を規定することにより,親権が子の利益のために行わ
れなければならないということが,間接的ではあるが,法文上明らかになると思われる(な
お,序論2参照)
。
*25 児童の福祉又は子の利益の観点から要件を規定するものとして,例えば,児童福祉法第2
8条第1項,児童虐待防止法第11条第5項,民法第817条の7,同法第817条の10
第1項第1号などがある。
- 13 -
ては,期間を短く設定しすぎると申立てと審判とを頻繁に繰り返すこととなり支
障が生じると思われる一方,長く設定しすぎると期間を限る趣旨を没却すること
となると思われるところであり,今後更に検討が進められる必要がある。
(4) 親権の一時的制限及び親権喪失の原因
ア 検討の指針
仮に,
親権の一時的制限制度を設ける場合には,
その原因の定め方について,
検討する必要があるが,この点については,親権喪失の原因の定め方と併せて
検討する必要がある。
イ 親権を一時的に制限し,又は親権を喪失させるために必要な要素
親権の一時的制限及び親権喪失の原因の定め方に関しては,現行の親権喪失
の原因が親権の濫用又は著しい不行跡とされていることについて,申立てや審
判の在り方が親権者を非難するような形になり,その後の親子の再統合や親に
対する指導の支障になることがある,親権者に精神上の障害があるような事案
において,子の利益の観点からは親権を制限すべき場合があるが,それが上記
原因に該当するとは必ずしもいえないなどとして,子の利益の観点から親権喪
失の原因を見直すべきとの意見がある(事案C参照)
。
この点については,家庭裁判所の実務においても,親権喪失の判断に当たっ
ては,子の利益が害されている程度が当然に考慮されていることなどからすれ
ば,現行法のように親権者の行為等の観点からのみ親権制限の原因を規定する
のではなく,基本的には,子の利益の観点から親権制限の原因を規定すべきで
あり*24*25
,子の利益が害されている程度(1)を親権の一時的制限及び親権喪
失の原因として考慮する要素とし,害されている程度が一定の程度に達した場
- 14 -
合に親権を一時的に制限し,又は親権を喪失させるのが相当であると考えられ
る。
もっとも,親権という重要な権利義務を喪失させる以上,親権者の側の事情
に全く着目しないものとするのは相当でなく,この点も判断要素とすべきであ
る(子の利益の観点からのみ原因を規定するのは相当でない。
)
。仮に親権の一
時的制限制度が設けられた場合には,まずは親権の一時的制限をし,それによ
っても親の適格性等が改善しない場合には親権を喪失させるなどといった段階
的な運用をすることによって,親に対する指導の実効性の確保を図ることが考
えられる。そこで,親権者の適格性等(親権者の行為態様,親権者として客観
的に求められている水準に達しない程度等)
(2)を,親権の一時的制限及び
親権喪失の原因として考慮する要素とし,これらの要素が一定の程度に達した
場合に親権を一時的に制限し,又は親権を喪失させるのが相当であると考えら
れる。
ウ 親権を制限すべき必要性が消滅すると見込まれる時期
また,例えば,医療ネグレクトの事案では,親権を制限して医療行為を行う
ことが考えられるが,たとえ子の生死に関わるような医療ネグレクトの事案で
子の利益が害されている程度が著しい場合であっても,当該医療行為を行いさ
えすれば短期間のうちに当該傷病が完治することが見込まれるようなときであ
れば,時間的に過剰な制限を避けるという観点から,親権を喪失させるのでは
なく,一時的に制限するのが相当であると考えられる。
このように長期間の親権制限がちゅうちょされるような事案において適切に
親権を制限しやすくするとの観点から,親権を制限すべき必要が消滅すると見
込まれる時期(3)を考慮要素とし,親権の一時的制限制度と親権喪失制度と
を使い分ける際の考慮要素の一つとすることも考えられる。
エ 親権者に対する非難可能性や帰責性に関する要素
上記1から3までの要素に加えて,親権者に対する非難可能性や帰責性に関
する要素(4)を考慮要素とすることも考えられるが,この点については,親
権の一時的制限制度と親権喪失制度との関係をどのように位置付けるかとも関
*26 4の要素がなくても一時的に親権を制限することができる制度,4の要素がなくても期間
を限らずに親権を制限することができる制度及び4の要素を必須の要素として期間を限らず
に親権を制限することができる制度の3つの制度を設けることも考えられなくはない。しか
しながら,このような制度設計によると,期間を限らずに親権を制限するという効果の点で
差異のない制度が2つ存在することになるが,効果の異ならない制度をあえて複数設ける必
要性はなく,また相当でもないと考えられる。
- 15 -
連し,以下のA案からC案までの考え方があり得る*26
。
A案:親権の一時的制限制度においても,親権喪失制度においても,上記1か
ら4までの要素を考慮要素とした上で,これらの要素を総合的に考慮して一
時的制限とするか親権喪失とするかを判断するとの考え方
B案:親権の一時的制限制度においても,親権喪失制度においても,上記1か
ら3までの要素を考慮要素とした上で,これらの要素を総合的に考慮して一
時的制限とするか親権喪失とするかを判断するとの考え方
C案:親権の一時的制限制度においては上記1から3までの要素を考慮要素と
し,
親権喪失制度においては上記1から4までの要素を考慮要素とした上で,
4の要素を親権喪失のための必須の要素とするとの考え方
A案は,親権の一時的制限制度においても,親権喪失制度においても,上記
1から4までのすべての要素を考慮要素とした上で,これらの要素を総合的に
考慮して一時的制限とするか親権喪失とするかを判断するものとする考え方で
ある。このような考え方の中には,4の要素(親権者に対する非難可能性や帰
責性に関する要素)を親権の一時的制限及び親権喪失のための必須の要素とす
る考え方(A-I案)
,4の要素がない場合でも親権を一時的に制限し,又は
親権を喪失させることができるものとするとの考え方(A-II案)及び4の要
素がない場合でも親権を一時的に制限することができるが親権喪失については
4の要素を必須の要素とする考え方(A-III案)があり得る。
もっとも,4の要素がなければ親権の一時的制限も親権喪失もすることがで
きないものとすると,現行の親権喪失制度について指摘されている問題点が解
決しないと考えられることなどから,本研究会においてはA-I案を支持する
意見はなかった。
*27 A-III案やC案のように4の要素を親権喪失のための必須の要素とすると,4の要素が認
められない場合には親権の一時的制限しかすることができないこととなるが,このような場
合で長期間の親権制限が必要な事案では,親権の一時的制限の再度の申立て等によって対応
することが考えられる。
*28 すなわち,C案は,親権の一時的制限制度は子の利益のための制度であるが,親権喪失制
度は子の利益のための制度であるとともに親権者に対する制裁の制度ととらえるものである。
- 16 -
A-II案及びA-III案は,現行の親権喪失制度に前述したような問題点があ
ることにかんがみ,4の要素がない場合でも親権を制限することができるもの
とするとの考え方であるが,A-III案は親権喪失の効果の重大性にかんがみ,
親権喪失については4の要素を必須の要素とするとの考え方である。
B案は,上記の考慮要素のうち1から3までの要素を考慮要素とした上で,
これらの要素を総合的に考慮して,一時的制限とするか親権喪失とするかを判
断するとの考え方であり,現行の親権喪失制度に前述したような問題点がある
ことを重視し,4の要素はそもそも考慮要素としないとの考え方である。
C案は,親権の一時的制限制度においては上記1から3までの要素を考慮要
素としつつ,親権喪失制度においては上記1から4までのすべての要素を考慮
要素とした上で,4の要素を親権喪失のための必須の要素とするとの考え方で
あり*27
,親権の一時的制限制度と親権喪失制度とを性質の異なる別個の制度*28
ととらえる考え方であるということができる。
このように,本研究会においては,4の要素(親権者に対する非難可能性や
帰責性に関する要素)の位置付けや親権の一時的制限制度と親権喪失制度との
関係について意見が分かれたが,今後,以上のような点を踏まえ,更に検討が
進められる必要がある。
なお,親権の一時的制限制度及び親権喪失制度は,いずれも国家権力により
親権を制限する制度である以上,国家による過度の介入を防止するなどの観点
から,その原因については,相応に厳格なものとし,かつ,ある程度明確な基
準として法文に表す必要がある。今後の検討作業においては,これらの点にも
留意する必要があると考えられる。
*29 未成年者(意思能力がある場合に限られる。
)に申立権が認められているものとして,特別
養子縁組の離縁(民法第817条の10)
,未成年後見人の選任・解任(民法第840条,第
846条)などがある。未成年後見人の選任・解任については,平成11年民法改正により,
自己決定の尊重の観点などから,その申立権が被後見人自身に明文で付与されたものである。
子の氏の変更(民法第791条)については,15歳以上の子に申立権が認められている。
*30 親権喪失宣告の取消しについては,子も,本人の親族として,その申立てをすることがで
きる。
- 17 -
(5) 親権の一時的制限及び親権喪失の申立人
仮に,親権の一時的制限制度を設ける場合には,その申立人について,検討す
る必要があるが,この点は,親権喪失の申立人と同様にするのが適当であると考
えられる。
現行の親権喪失の申立人は,子の親族及び検察官(民法第834条)並びに児
童相談所長とされている(児童福祉法第33条の7)が,児童の意見表明権(児
童の権利に関する条約第12条参照)をできる限り保障するなどの観点から,子
自身も申立人に加えるべきとの意見があり,必ずしも強い反対意見はなかった。
もっとも,児童相談所長その他の申立権者において適切に申立てを行うことが
重要であり,子に申立権の行使を期待するのは酷であるとの指摘や,子の申立て
により親権制限がされた場合には,その後の親子の再統合が事実上不可能となっ
てしまうとの指摘がされた。また,子が自らの親について,親権制限の申立てを
するということについては,
様々な意見があり得ると推測されるところでもある。
今後,
以上のような点を踏まえて,
更に検討が深められることが期待される*29
。
なお,親権を一時的に制限する審判の取消しの申立人についても,親権喪失宣
告の取消しの申立人と同様にするのが適当であると考えられる。現在,喪失宣告
の取消しの申立人が本人又はその親族に限られている
*30
ことについても,見直し
の必要性がないか検討したが,特にその必要性を指摘する意見はなかった。
*31 なお,親権者が施設入所中,里親等委託中の児童の引き取りを要求する場合の対応が問題
とされることがあるが,家庭裁判所の承認を得て施設入所等の措置がとられている児童につ
いて,親権者が引き取りを要求することは,施設入所等の措置の本質に反するので,施設長
等がこれを拒否することができるのは当然である。このことは,一時保護の場合も同様であ
る。
平成9年6月20日付け厚生省児童家庭局長通知「児童虐待等に関する児童福祉法の適切
な運用について」も,家庭裁判所の承認による施設入所等の措置がとられている場合につい
て,
「保護者等の引き取りに対しては,家庭裁判所の承認があった以上,児童福祉施設の長に
与えられた監護権が保護者等の監護権に優先することになるので,これを拒むこと。
」とし,
一時保護について,
「保護者等の同意が得られずに行った一時保護等について,保護者等が児
童の引き取りを求めてきた場合には,これを拒むこと。
」としている。
- 18 -
3 親権を部分的に制限する制度
(1) 施設入所等の措置又は一時保護が行われている場合に親権を部分的に制限する
制度
ア 施設入所又は里親等委託の場合
(ア) 親権を部分的に制限する制度の概要等
施設入所中又は里親等委託中の児童について,
施設長又は里親等
(以下
「施
設長等」ということがある。
)は,監護,教育及び懲戒に関し,その児童の
福祉のため必要な措置をとることができるとされているものの(児童福祉法
第47条第2項)
,その措置と親権との関係が必ずしも明確でないために,
親権者が異を唱えると必要な措置をとることができないなどの指摘がされて
いる(事案B参照)*31
。
しかしながら,施設入所中又は里親等委託中の児童の監護教育に関する事
項について,親権者の主張に正当な理由がないにもかかわらず,親権者が異
を唱えたからといって必要な措置をとらないこととするのは,児童の福祉の
観点から妥当でない。
そこで,施設入所中又は里親等委託中の児童について,親権者は施設長等
がその権限行使として行う措置に抵触する限度で親権を行うことができない
などと施設長等による措置が親権者の親権に優先することを明示する枠組み
*32 施設入所等の措置が採られている場合における当該措置と親権との関係については,家庭
裁判所の承認によっても,親権者が子の親権を失うことはないが,親権者が子に関して採ら
れた措置に矛盾するような形でその親権(監護権)を行使することは許されないとする見解
(佐藤進ほか『実務注釈児童福祉法』186頁〔許末恵〕
)があり,本文の枠組みは,この解
釈を明確にする手当てであると位置付けることも可能である。
*33 施設長等の措置が親権者の行為より前にされていた場合に限らず,施設長等の措置の前に
親権者が身上監護権の行使として行為を行った場合についても,施設長等が行う措置が優先
するものとする趣旨である。
*34 ただし,施設長等に適切な権限の行使が求められることは当然である(後記(ウ)(エ)参照)。
*35 なお,各行政法規において規定されている児童に関する行為について,施設長等において
これをすることができるかどうかは,当該行政法規の規律によるものと考えられる。この点
については,今後,関係する各法令の現在の規律を明らかにした上で,その見直しの要否等
について更に検討を進める必要がある。
- 19 -
*32*33
によって親権者の親権をその限度で部分的に制限するものとすることが
考えられる。
なお,親権に対し優先する権限を一定の範囲に限り,それ以外の部分につ
いて親権者の意に反して権限を行使する場合には民法上の親権制限によるべ
きとの意見もある。しかしながら,そもそも,施設長等の権限を親権に対し
優先するものとすべき部分と親権に対し優先しなくても足りる部分とに分け
て制度を仕組むことは困難である。また,施設長等の権限が優先する事項と
親権が優先する事項との範囲が判然とせず,個別具体の場面において,親権
者の不当な行為を効果的に抑止することができず,結果として安定的な児童
の監護を妨げるおそれもある。したがって,親権に対し優先する権限の範囲
は,児童福祉法第47条第2項で認められている監護,教育及び懲戒に関す
る範囲全体とするのが相当であると考えられる*34*35
。
(イ) 制度の利点・特徴等
このような枠組みをとることとすれば,施設長等は,監護,教育及び懲戒
に関し,児童の福祉のため必要な措置をとることができる上,施設長等と親
権者との間で意見が合わない場合には施設長等による措置が優先することが
*36 具体的な場面としては,例えば,施設長等は,入所等についての措置決定通知書等を示す
ことにより,施設長等の必要な措置が親権に優先することを契約の相手方等の第三者に主張
することができ,円滑に必要な措置をとることができると考えられる。
もっとも,その前提として,施設長等が必要な措置をとることができ,その措置が親権に
優先することについて,広く一般に理解されるように周知を図ることが相当であると考えら
れる。
*37 ただし,親権者がした法律行為の効力自体は維持されたとしても,施設長等の措置により
当該法律行為の実現が事実上妨げられ,その限度で第三者に対し影響を及ぼすことは考えら
れる。
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明確になるので,親権者が施設長等に対し監護の態様について施設長等によ
る措置とは異なる不当な主張をすることはできないこととなり,安定的な児
童の監護に資するものと考えられる。また,対外的にも,施設長等による措
置が親権に優先するこ��

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