04-1 「司法」に関する教材.doc

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「司法」に関する教材 第1 「司法」の単元設定の趣旨
1 法教育における「司法」の学習の必要性
「司法」の単元は,
「司法とは,法に基づいて,侵害された権利を救済し,ルール違反に対
処することによって,法秩序の維持・形成を図るものであることを認識させるとともに,す
べての当事者を対等な地位に置き,公平な第三者が適正な手続を経て公正なルールに基づい
て判断を行うという裁判の特質について,実感を持って学ばせる」
(報告書第3の1(2)エ)
ことを目指している。
本教材では,法・ルールに基づいて紛争を解決し,また,ルール違反に対処するという裁
判の機能について,裁判手続の一部を,模擬体験を通じて学習させることにより,裁判が公
正な手続のもとで理性的な議論を踏まえて行われていることに気付かせることを目指してい
る。
2 「司法」に関する学習指導要領や教科書の記述
(1) 学習指導要領の内容
「司法」について,要領では,大項目「(3) 現代の民主政治とこれからの社会」の中項
目「イ 民主政治と政治参加」に「法に基づく公正な裁判の保障があることについて理解
させる」という記述が見られる。このことについて解説は,「『法に基づく公正な裁判の保
障』については,
(中略)法に基づく公正な裁判によって社会の秩序が保たれ人権が守られ
ていること,そのため,司法権の独立と法による裁判が憲法で保障されていることについ
て理解させることを意味している。その際,抽象的な理解にならないように裁判官,検察
官,弁護士などの具体的な働きを通して理解させるなどの工夫が大切である」と述べ,裁
判の基本的な役割を具体的に理解させることを求めている。実際の授業においては,
「調査
や見学」などの活動(要領「内容の取扱い」
)の工夫をはじめ,様々な学習指導の工夫が考
えられる。
同じく要領では,選択教科としての「社会」について,
「生徒の特性等に応じ多様な学習
活動が展開できるよう,
(中略)見学・調査,課題学習,自由研究的な学習,作業的,体験
的な学習,補充的な学習,発展的な学習などの学習活動を各学校において適切に工夫して
取り扱う」と述べられており,
「司法」の学習においても,発展的な展開や活動的な学習を
行うなど,学校や生徒の特色に応じた学習指導の工夫が考えられる。
(2) 教科書の記述
教科書における「司法」は,
「国の政治」という大項目に位置付けられ,国会,内閣,裁
判所の順に記述されているのが一般的である。司法が,三権分立の一権力機関として位置
付けられるため,教科書の中には,記述の大部分を,
「三権分立と司法権の独立」,「違憲立
法審査権」に充てているものもある。基本的に,このような構成を採用しながら,
「司法」
のページの多くを,
「社会生活と法」
「民事裁判と刑事裁判」
「裁判と人権保障」などの記述
に充て,司法の目的や役割を理解させる工夫を行っているものも見られる。また,弁護士
会等による模擬裁判の指導や講演の依頼,さらには裁判の傍聴の方法が記述されているも
のなどもあり,体験的な活動など様々な学習指導を想定したものとなっている。いずれも ‐ 104 ‐
司法を生徒の身近なものにしていくための工夫であり,このほかにも,裁判所,検察庁に
おいて,模擬裁判の指導や講演,さらには裁判の傍聴や体験的な活動など様々な学習支援
を行っていることから,これらも授業改善のために活用することができる。
3 「司法」学習の内容とその理解
「司法」に関する学習では,紛争やルール違反が起こった場合,その内容に即して解決を
図っていく過程を教材化している。この教材では,裁判の当事者による主張等と裁判官によ
る判断の過程が授業の中心となる。生徒は,事例の中から法的な問題を発見し,個々の問題
点に法を適用して,その内容に即して解決を考えていくことになる。これらの一連の学習に
よって,裁判制度の意義と機能を理解することができる。 第2 単元
1 小単元「司法」
(3時間)の構成
第一時 「紛争はどのように解決されるか」
第二時 「当事者の主張を聞いて判断しよう」
第三時 「民事裁判との比較を通じて刑事裁判の特徴を考えよう」
2 単元の目標
1 さまざまな紛争解決の方法と比較しながら,裁判の仕組みについて関心を高める。
2 具体的な紛争事例の中に,
法的問題を発見し,紛争の原因や争点を分析・評価した上で,
その内容に即した解決について考え判断させる。
3 具体的な事例をもとに,法やルール違反への対処の在り方について考え判断させる。
4 具体的な事例と関連付けながら,法に基づく公正な裁判の仕組みや機能について理解さ
せる。
3 単元の位置付け
「司法」の単元は,必修教科である中学校社会科公民的分野で実施する。なお,発展的な
部分については選択教科としての「社会」
,総合的な学習の時間においても実施が可能になる
ような工夫がなされている。
現在,多くの中学校では社会科公民的分野において司法学習に充てられる時間は,3〜4
時間程度と推察される。このような実態を踏まえ,
「司法」の学習を3時間の構成とし,司法
に関する基本的な知識と法的に考える力を養うことができるようにした。また,選択教科と
しての「社会」や総合的な学習の時間において,司法に関する学習を展開させることができ
るように,模擬裁判などの実践を取り入れることも可能なものとした。
4 単元の指導計画
(1) 「司法」の概要
ア 第一時 「紛争はどのように解決されるか」
第一時の授業では,
「紛争はどのように解決されるか」というテーマのもと,紛争の解
大項目 「(3) 現代の民主政治とこれからの社会」
中項目 「イ 民主政治と政治参加」 ‐ 105 ‐
決のために第三者を間に立てながら当事者同士が話し合う方法があることや,正当な手
続のもとで第三者が公正に判断する方法があることを学習する。具体的には,日常見ら
れる友達同士のけんかを取り上げ,けんかをした当事者が友人を交えて,そのけんかを
解決する方法について,ワークシートを用いて学習を行う。
実際の学習の流れは次のようになる。
しろまる ワークシートに記された,
「友達同士のけんか」を読み,紛争の内容を読み取る。
しろまる 紛争の解決方法として,第三者を間に立てながら当事者同士が話し合う方法がある
ことを学び,グループに分かれ,けんかの当事者,第三者である友人の立場に立って
紛争解決を目指す。
しろまる 紛争が解決されたかどうかを発表する。
しろまる 当事者間で解決できなかった場合,正当な手続のもとで公正な第三者が判断して紛
争を解決する必要があることを理解し,裁判制度(民事)の意義を学ぶ。その際,裁
判(民事)による紛争解決にも限界があることを学ぶ。
イ 第二時 「当事者の主張を聞いて判断しよう」
第二時の授業では,民事裁判を想定し,
「当事者の主張を聞いて判断しよう」というテ
ーマのもと,当初は当事者の立場に立って主張を行い,最後は裁判官の立場に立って判
断する。具体的には,交通事故を想定事例として取り上げ,それぞれの当事者の立場か
ら,どのような主張がなされるかを考えるとともに,当事者の主張を前提とした判決内
容をワークシートに記入する。
実際の学習の流れは次のようになる。
しろまる 交通事故の想定事例を読み,紛争の内容を理解する。
しろまる 紛争の解決方法としての民事裁判の特徴と,この紛争に適用される法律(民法70
9条)を確認する。
しろまる 交通事故の被害者の立場に立ち,損害賠償を請求する主張内容を考える。
しろまる 交通事故の加害者の立場に立ち,被害者の損害賠償請求を減殺する主張内容を考え
る。
しろまる 裁判官の立場に立ち,判決内容を考える。
しろまる 民事裁判の役割をまとめる。
ウ 第三時 「民事裁判との比較を通じて刑事裁判の特徴を考えよう」
第三時の授業では,
「民事裁判との比較を通じて刑事裁判の特徴を考えよう」というテ
ーマのもと,民事裁判が私人間の私的紛争を扱うのに対し,刑事裁判が,犯罪に対する
処罰という公益的な事柄に関する裁判であり,民事裁判とは異なることを認識させると
ともに,
刑事裁判に裁判員制度が導入されることの意義について考察する。
具体的には,
傷害事件を想定事例として取り上げ,事件発生から判決に至る過程において,裁判官,
検察官,被告人,弁護人がどのような役割を担うかをまとめるとともに,刑事裁判の特
徴などを考え,ワークシートに記入する。
実際の学習の流れは次のようになる。
しろまる 「電車における傷害事件」を読み,刑事責任について考える。
しろまる 刑事裁判が行われるまでの手続をまとめる。
しろまる 民事裁判と比較しながら刑事裁判の特徴をまとめる。 ‐ 106 ‐
しろまる 刑事裁判の重要な原則を考える。
しろまる 裁判官の立場に立ち判決を考える。
しろまる 裁判員制度が導入されることの意義を考える。
(2) 発展的学習教材−学習の深化・発展を図る場の設定(例えば,選択教科としての
「社会」) 「司法」については,選択教科としての「社会」を念頭において,学習の深化・発展を
図る場として,1刑事裁判の傍聴と,2模擬裁判の実践をオプションとして組み込んでい
る。いずれの学習においても,法律実務家から指導を受けることにより授業の充実が図ら
れると考えられる。とりわけ,模擬裁判では,シナリオづくりや判決主文,判決理由のま
とめに際して,法律実務家の指導・助言により生徒の関心を深めることができる。
ア 個別課題の設定を行う
3時間の小単元の授業後,これまでの学習内容に基づいて個別課題の設定を行う特設
の時間を置く。
事前の準備として,小単元の学習に入る前に,
「司法制度について生徒が日ごろから疑
問に思っていることや知りたいと思っていること」をまとめさせておく。この内容を集
計した一覧表を作成して,生徒の疑問や学習への関心を共有する場を設ける。
この授業では,生徒の関心事項の中から論題を選択し,クラスで議論を行う。生徒は
この議論の内容を参考にしながら自己の課題を再検討する。課題の研究については,夏
休みなどの長期休業期間を活用し,生徒の見学調査や校外機関(裁判所,検察庁,弁護
士会など)の活用を促すなどの工夫が考えられる。生徒の研究成果は,発表会を開く,
ある程度の期間を設けて掲示するなど,この学習を位置付ける時期や学校行事等との関
連を考慮して決定する。
イ 法廷傍聴の実施
「司法」の学習後,法廷傍聴を実施する。その際には,傍聴のマナーを事前によく指
導し,傍聴後は報告書や感想文をまとめさせる。また,法廷傍聴ではなく,裁判官,検
察官,弁護士などの法律実務家をゲストとして学校に招き,授業への参加・協力を求め
ることも選択肢の一つである。その場合には,あらかじめ生徒に事前質問をまとめさせ
ておき,その内容に基づいて,ゲストの役割を事前に打ち合わせておくなどの準備が必
要である。
ウ 模擬裁判の実施
「司法」の学習を踏まえて,例えば,模擬裁判を実施する。もし,法廷傍聴を実施し
た後,模擬裁判を実施することができれば,更に効果的である。
判決主文・判決理由などをまとめる際には,生徒の発達段階に配慮し,難解な専門用
語にこだわりすぎないように指導する。必要に応じて,法律実務家の指導・助言を受け
る場を設けることも視野に入れて学習を進める。学習に際しては,課題や役割分担を明
確にすること,関係者のプライバシーには十分留意すること,スモール・ステップで学
習を進められるような,授業の進み具合の調節や指導・助言を心がけることなどの工夫
が考えられる。発表については,文化祭・学校祭や学校公開授業などの活用が考えられ
る。
第3 単元の指導計画
1 第一時 「紛争はどのように解決されるか」
生徒の身近にある紛争をあげる。
資料1を範読し,その内容を理解する。
春菜と秋穂の紛争状況と夏郎の紛争解決への意欲を理解する。
紛争を分析する。
1 お互いの好き嫌い
2 家事の役割分担
3 お弁当の取り合い
4 春菜のけが
春菜役と秋穂役にそれぞれの解決策を言わせる。
発言はワークシート1に記録する。
話し合いの過程・結果を各班の夏郎役が発表する。
それぞれ異なる紛争解決の結果が得られることに気付く。
今度は,どのように紛争が解決されたかを,話し合ってみましょう。
話し合いで解決しない場合に,紛争はどうしたらいいのでしょう。その
まま放っておいていいのかな。
夏郎役は,それぞれの意見を聞きながらワークシート1にメモをとり,
最終的な解決策を記入する。導入展開まとめ紛争を放置することが社会秩序の混乱につながりかねず,国家による紛
争解決手段(民事裁判)が用意されていることを理解させる。
ノートに各自で,「友
達同士のけんか」に見
られる紛争の状況を記
入するよう指示する。
具体的紛争
の解決
紛争解決の方法として,第三者立会いのもとで当事者の二人で話し合う
方法があることを知る。
春菜役・秋穂役はそれぞれ,「ロールプレイ(発言者)」と「発言の記
録(記録者)」に分ける。
第三者が,立ち会って
話し合う方法につい
て,分かりやすく説明
する。
資料2を配布して指導
する。
夏郎役が,紛争解決の
結果を記録するよう
に,あらかじめ生徒に
指導する。
紛争について,「誰が紛争に関係しているのか」「どんな紛争なのか」
「いつ起こったのか」「どうして紛争が起きたのか」を考える。
クラスをグループに分け,春菜役,秋穂役,夏郎役を指名する。
夏郎役は上記1〜4までの点について,春菜役や秋穂役がどのように考
えているか順番に言わせる。
それぞれの役割の主張
をよく考えるように支
援する。
指 導 上 の 留 意 点
学習活動(教師の指示・発問と生徒の予想される答え)
具体的にどんなけんか
をしたのか,発言を促
すようにする。
裁判の仕組みを学習す
るための導入単元であ
る。この授業では紛争
解決という裁判の役割
を学習することに留意
する。
普段の生活の中で,けんかをすることはありますか。
学習内容
日常生活に
おける紛争
仲の悪い友達同士に悩んでいる夏郎君の話を聞いてみましょう。
夏郎役が解決策を提示して春菜役と秋穂役に示し,双方に受け入れられ
るように修正する。
この友達同士のけんかにみられるような,「人と人との間に起こる議論
・意見・見解の相違による争い」のことを紛争と呼びます。この友達同
士のけんかでは,どのようなことが問題になっているでしょうか。
夏郎君の願いは,二人のけんかにみられる紛争を解決することです。こ
の紛争をどうやって解決するか考えてみましょう。
日常生活に
おける紛争
の具体例
紛争解決手
段としての
民事裁判制度‐ 107 ‐
2 第二時 「当事者の主張を聞いて判断してみよう」
ワークシート2の事案を範読する。
直接の話し合い,第三者を交えた話し合い,裁判などをあげる。
与えた損害を賠償するという民事責任,刑罰を受けるという刑事責任,
免許が停止されたり取り消されたりするなどの行政責任が生じることを
理解させる。導入展開
生徒に事故の状況を正
確に捉えさせるため
に,事故の状況を図示
した資料を掲示して活
用する。
民事裁判(私人間の私的紛争を解決するもの),刑事裁判(犯罪に対す
る処罰を取り扱うもの)を挙げる。
裁判には,どのような種類の裁判があるか知っていますか。
個人と個人の紛争で話し合っても解決しない場合には民事裁判によって
解決することを勉強しましたが民事裁判の大きな特徴は何でしょうか。
民事裁判の
過程と機能
ここでは紛争が起こっていますが,この紛争を解決する手段としてどの
ようなものがありますか。
指 導 上 の 留 意 点
紛争の具体
例としての
交通事故
今日は,交通事故を取り上げます。皆さん,交通事故が話題になってい
る新聞記事の切り抜きはもってきましたか。
この学習に入る前に生
徒に交通事故に関する
新聞記事を収集してお
くよう指示しておく。
学習内容 学習活動(教師の指示・発問と生徒の予想される答え)
交通事故を起こした人は,どんな責任を負うのでしょう。 一つの交通事故で,民
事・刑事双方の裁判が
行われた事例を記載し
ている新聞記事を用意
し,掲示・配布などの
方法で活用を図る。まとめ3,4は,例えば,民事裁判では,お金を払いなさいという形で判決す
ることが可能である。法に基づいて,どちらに所有権があるか,けがを
させた責任が誰にあるか,他人に与えた損害(お弁当代,けがの治療費
など)がどの程度かといったことを判断できる。
なぜ,1,2は裁判で
は解決できず,3,4
は解決できる場合があ
るのか。
→これは法の限界(=
裁判の限界,なぜなら
裁判に適合するのは,
「法的紛争」,なぜな
ら裁判は,「法」に基
づく解決だから)
公平な第三者が入ること,裁判官という第三者の判断には強制力があり
これに従わなければならないルールになっていること,その代わり手続
は公平なものとなっていることを理解させる。
裁判が法に基づく解決
であることを理解させ
る。
でも,民事裁判って何でも解決できるんだろうか。
1,2は解決できない。国が法によって「仲良くしなさい」「あなたは
1週間に3日家事を担当しなさい」と強制できない。
仲良くすること,部分
社会の共同生活でどの
ような負担を分担する
か,どのようにお互い
助け合うかというのは
原則として国がつくっ
た法に基づいて決まる
ものではない。
民事裁判だとなぜ解決できるんだろう。
では,今日取り上げた交通事故の問題を読んでみましょう。
→これに対して,3,
4は民法という法に基
づいて,民事上は不法
行為責任を問うことが
可能である。
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民法709条を範読する(条文についてはワークシート2参照)。
ヒントとして,「もし
Xさんの言い分だけを
聞くと90万円(治療
費と本当であればもら
える予定の給料と同じ
金額)を請求できます
ね。」と述べることも
考えられる。
なお,実際の裁判にお
いては,これ以外に慰
謝料の請求がなされる
場合などがあることや
交通事故では通常保険
が適用されることに留
意する。
民事裁判は損害の賠償
(金銭の支払いなど)
という形で紛争解決策
を示すことを理解させ
る。展開まとめあなたが裁判官だったら,Yさんに対して,「Xさんにいくら支払え」
という判決を下しますか。
ワークシート3に金額とその理由を書いてみましょう。
裁判官が公平な第三者として,XとYの主張を聞き,この主張を総合的
に考慮して,法律に当てはめ結論を出すことを理解する。
この裁判の事例から,どのようなときに民事裁判が必要かを考えましょ
う。
1 判決によってどんな点が解決できたのでしょうか。
2 判決以外に裁判を終わらせることはできないのでしょうか。
3 民事裁判のとき裁判所は,どのような役割を果たしているのでしょ
うか。
第一時の学習内容を踏
まえながら,民事裁判
が当事者では解決が困
難な紛争に対して,第
三者による法に基づく
解決を図る役割を果た
している点を理解させ
る。
事例をもとにして民事裁判で裁判所が公平な第三者として紛争解決に取
り組むことを理解する。
主張には,
1 Yの過失を否定するもの(センターラインを超えそうになったダン
プカーを避けようとしたので前を見ることが難しかった),
2 Xにも過失があると主張するもの(横断歩道が近くにあった)
があることを理解する。
民事裁判に
よる解決
民事裁判では,当事者
双方が自分の主張を裏
付ける証拠を集めるこ
と。
裁判官は,当事者の主
張を聞き当事者が提出
した証拠に基づいて判
断することに触れる。
あなたがXさん(被害者)だったら,Yさんにお金の支払いを求めるた
めに,どんな主張をするかをワークシート3に書いてみましょう。
主張には,1Yの過失を裏付けるもの(見通しの悪いカーブを時速60
km/hで走行していたこと),2Xの損失を裏付けるもの(治療費,本来
もらえる予定であった給料の金額)があることを理解する。
次に,あなたがYさんだったら,どんな主張をするかワークシート3に
書いてみましょう。
第三者による解決,法に基づく解決,解決に強制力があることを挙げ
る。
この紛争は,どうも話し合いでは解決せず,民事裁判になりました。民
事裁判になると「法に基づく解決」なので,この場合に使われる法律を
説明しておきましょう。
民法709条によれば,1故意(わざと)・過失(うっかり)により,
2誰かの権利(生命・身体・財産)に損害を与えた場合には,その損害
を賠償する責任がある。
民事裁判では,損害賠償などの面で解決できる部分と,当事者の感情な
ど判決だけでは解決できない部分があることに気付く。
判決以外にも,「示
談」「和解」など様々
な解決方法がとられて
いることを着目させ
る。その際,経済的な
側面以外に,「お互い
の気持ちにしこりが残
らない」「早く結論が
出る」などの視点を示
唆し,紛争解決に必要
‐ 109 ‐
3 第三時 「民事裁判との比較を通じて刑事裁判の特徴を考えよう」
2時間目に学習した刑事責任・民事責任・行政責任を復習する。
生徒が新聞で見た事件などを挙げる。
目撃者の立場に立って,犯罪にどう対処するのかを考えさせる。
捜査にはルールがあり,勝手に逮捕できるわけではなく,原則として裁
判官が発行する令状(逮捕状)に基づいて逮捕する。まとめYさんには,どのような責任が生じますか。治療費を払うだけでなく,
刑事責任を負うのはどうしてでしょう。
前回学習した民事責任のほか,刑事責任がある。民事責任について復習
しつつ,刑事責任の特徴,意義を考えさせる。
あらかじめルールをつくり,どのような行為をすれば,どのような処罰
を受けるのか決めておく必要がある。導入
刑事責任の
特徴
Xの立場に立って,事件の当事者としての立場から,Yの行為を考えさ
せる。展開
XさんがYさんの刑事責任を問いたいと思ったら,Xさんは自分でYさ
んを探して裁判所に訴えないといけないのかな。
原則として警察などの捜査機関が逮捕する。
Yさんは,どんなルールを破ったから刑事責任を負うのでしょうか。
刑法に違反した場合に刑事責任を負う。
学習活動(教師の指示・発問と生徒の予想される答え)
刑罰は,個人の被害の
救済だけではなく,人
々の共存を保障する法
秩序を維持するための
ものであることに気付
かせる。
今日は,ある事件をもとに刑事事件を考えてみましょう。
交通事故を起こした人には,どのような責任が生じましたか。思い出し
てみましょう。
今日は,刑事事件を中心に勉強します。刑事事件というと,どんな事件
を想像しますか。
新聞やテレビを見ると,このような事件が時々起こっていますね。この
事件で自分がXさんだったら,どう感じると思いますか。また,自分の
目の前でこのような事件が起きたら,どうしますか。
Xさんが街で,たまたまYさんを見つけた場合,自分で逮捕してもいい
のかな。
個人で勝手にYさんを処罰することはできない。犯罪は,公益にかかわ
る事柄であるので,警察・検察という捜査機関が犯人を捜して処罰を求
める必要がある。 刑事手続は,原則とし
て警察官などの捜査機
関から始まることを,
教科書の手続の流れ図
などを使って理解す
る。また,その際,捜
査官が令状によって逮
捕することについて,
裁判官によるチェック
が働いていることを理
解させる。
な方策を多角的・多面
的に考えさせる。
なお,判決に不服なら
ば三審制によって自分
の立場を主張する機会
が保障されている点に
も着目させる。
刑事裁判の
役割
学習内容
ワークシート4の事案を範読する。
指 導 上 の 留 意 点
あらかじめルールをつ
くり,どのような行為
をすれば,どのような
処罰を受けるのかを決
めておくことによっ
て,そのルールに反し
ない行為については処
罰を受けないことに気
付かせる。
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ワークシート5に記入する。
裁判官→双方の言い分を聞き,判決を下す。
検察官→犯罪を立証し,刑の言い渡しを求める。
弁護人→被告人の言い分を裁判官に伝え,被告人を弁護する。
裁判員制度の意義について考えさせる。まとめ展開裁判の手続がルールにのっとって行われること(適正手続の保障),被
疑者,被告人(Yさん)の言い分をよく聞くこと(弁解の聴取),証拠
に基づいて事実を認定すること(証拠裁判主義),有罪になった場合に
は刑罰を科されるのであるから,適正な裁判を受けられるよう被告人に
は黙秘権,弁護人選任権などの権利が認められること(被告人の権利保
障)などを確認する。
ワークシート5−4に,民事裁判であれば,裁判官はどのような判決を
下すか,刑事裁判ではどういう判決を下すかを自分で考えて,書きなさ
い。
民事裁判は,売買代金を請求したり,損害賠償を請求したりするなどの
裁判であるのに対し,刑事裁判は,有罪か無罪か,有罪であれば,刑務
所に入るか,罰金か,執行猶予がつくかなどを判断する裁判であること
理解させる。さらに,刑事裁判では無罪だが,民事裁判では損害賠償責
任が認められるというように刑事と民事で結論に差が出る場合もあるこ
とを説明する。この違いは,刑事事件が,人を処罰するという重大さか
ら,裁判官が合理的な疑いを差し挟む余地がないと信ずる程度まで,検
察官は事実を証明しなければならないことに由来することを指摘すると
ともに,検察官の負う立証責任の重さを説明する。
刑事裁判では,真実発見のため,捜査権限を国家が独占しており,その
一方で立証責任は,すべて検察官にあることを理解する。
刑事裁判には,裁判官・検察官・被告人・弁護人がかかわっています。
それぞれどんな役割を果たしますか。ワークシート5−2に書きなさ
い。
被告人→自分が犯人として行ったと疑われている行為について,裁判を
受ける。
国民の司法
参加の意義
とは何か
裁判員制度の概要につ
いて簡単に説明し,そ
の理由を考えさせる。
裁判員制度
について考
える。
それでは,ワークシート5−1に民事裁判の場合にYさんを訴えるのは
誰か,刑事裁判の場合に訴えるのは誰か,それぞれ書きなさい。
民事裁判と
刑事裁判
書けましたか。それでは発表してください。
民事裁判は被害を受けた当事者が訴えを起こすが,刑事裁判は検察官が
起訴することを理解する。
刑事裁判の
原則 民事裁判が対等な当事
者により構成されるの
に対し,刑事裁判は当
事者が国家権力(検察
官)と一個人という関
係になるため,刑事裁
判の重要な原則が置か
れていることを確認す
る。
Yさんの刑事裁判を行う際,民事裁判とは違うルールがあります。自分
が,Yさんの事件を担当している裁判官だったら,どんなところに気を
付けて裁判を進めますか。ワークシート5−3に自由に書いてみましょ
う。
2009年より始まる(予定の)裁判員制度は,重大な刑事事件に,基
本的に6名の裁判員(国民)が参加し,3名の裁判官とともに公判を担
う仕組みです。裁判員制度は,なぜ導入されたのでしょうか。
‐ 111 ‐
「司法」資料1
春菜,秋穂,夏郎は四季中学校の3年生です。
春菜と秋穂は,四季中学校の寮で一緒に生活していますが,仲が悪く,二人の幼
なじみである夏郎は胸を痛めていました。
春菜は,秋穂のことをまじめすぎると思ってうんざりしていました。
秋穂は,春菜のことをいい加減な性格だと思って嫌っていました。
四季中学校の寮では,掃除,洗濯,炊事などの家事は皆で協力してやることに
なっていましたが,春菜は炊事をさぼってばかりいて,いつも春菜の食事までつ
くって,まじめに家事をやっている秋穂は怒っていました。そんなある日のことで
した。春菜と秋穂は,学校の遠足に行くことになりました。四季中学校の寮では,
遠足の日のお弁当は各自できちんと用意することになっていました。
そこで,当日,秋穂は,朝早く起きてお弁当を一生懸命つくりました。お弁当を
寮の台所に置いたまま,遠足の準備をするために,自分の部屋に行きました。しば
らくして台所に戻ってきたところ,なんと,遠足に持っていくお弁当が,台所の机
の上から無くなっていました。春菜がそのお弁当を持っていってしまったのです。
秋穂は,急いで春菜を追いかけました。秋穂は,通学路の途中でやっと春菜に追
いつき,春菜の腕をつかんで,「私のお弁当を返してよ!」と叫びました。
ところが,春菜は,「あれは私のお弁当でしょ?いつも秋穂は私の分も料理をつ
くってくれるじゃない。どうして今日だけ自分のお弁当なんて言い張るの?」と言
い返しました。
秋穂は,「とにかくお弁当を返してよ。」と言いましたが,春菜は,「自分のお
弁当なのだから返さない。」と答えたので,ついに秋穂は春菜の持っていたカバン
を力ずくで奪い取りました。
春菜が,「自分のお弁当なら,自分の部屋に置いておけば良かったじゃない。台
所にあったんだから,いつもどおり私のでしょ。」と言って,再び秋穂からカバン
を奪い取ろうとしたので,自分のお弁当をどうしても取り返したかった秋穂は,思
わず春菜を振り払ってしまいました。
春菜は転んでしまい,手足をすりむいてしまいました。
夏郎は,このような二人のけんかに心を痛め,とても悩んだあげく,なんとかし
なければならないと決意しました。
友達同士のけんか
‐ 112 ‐
「司法」資料2
3年( )組( )番 氏名
ステップ1 夏郎,春菜,秋穂の3人で話し合いのルールを決めておこう。
ステップ3 夏郎は.春菜と秋穂から「どのようにして解決したいか。」を聞こう。
ステップ4 夏郎は,春菜と秋穂が,二人とも納得するような解決策を考えよう。
第 三 者 を 交 え た 紛 争 解 決 の 方 法
ステップ2 夏郎は,春菜と秋穂から,「何が起きたのか」「そのことについてどの
ように感じているか」を聞こう。
ステップ5 夏郎は,春菜と秋穂に解決策を示してみよう。二人が納得しないようで
あれば,納得できるように修正してみよう。
‐ 113 ‐
「司法」ワークシート1
3年( )組( )番 氏名
1 自分の役割
2 それぞれの主張
3 それぞれの解決策
二人の解決策を聞いて,夏郎は最終的にどのようにしたらよいか考えてみよう。
夏郎の解決策
春菜の解決策 秋穂の解決策
(春菜のけが)
3について
(お弁当の取り合い)
4について
秋穂の主張
春菜の主張
1について
(お互いの好き嫌い)
2について
(家事の役割分担)
‐ 114 ‐
「司法」ワークシート2
3年( )組( )番 氏名
次の事例をもとに紛争解決について考えてみよう。
(基本的な事実)
(事故の状況)
1 事故現場はせまい県道で、見通しの悪いカーブだった。
(注記) 参照条文
4 事故現場には,横断歩道がなく,30メートル先の信号にしか,横断歩道はなかっ
た。
民法709条 故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ
生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス
5 Xさんは,入院はしないで済んだが,3か月の通院治療を余儀なくされた。また,
治療費は月に20万円かかった。
6 Xさんは,月収30万円の仕事についていたが,けがで仕事ができず給料をもらえ
なかった。
Xさんには妻と子(中学生)がいたが,事故後,経済的にも苦しくなったため,Yさ
んに治療費などを請求することにした。一方,Yさんも生活に追われているため,ぎり
ぎりの額まで支払額を抑える必要が生じた。
(注記) 平成16年秋に行われた臨時国会において民法が改正され,上記の条文は下記のように改正されること
となった。なお,改正後の民法は遅くとも平成17年5月までには施行される。
(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによっ
て生じた損害を賠償する責任を負う。
36歳のXさんは,2004年5月28日午後10時25分頃,Yさんの運転する自
動車にはねられて重傷を負った。
さっそく警察がこの事故について調べたところ,次のようなことがわかった。
2 現場の制限速度は時速30キロであるが,Yさんの自動車は時速60キロで走行し
ていた。
3 事故直前,対向車線から大型のダンプカーがセンターラインをはみ出しそうになっ
てYさんが運転する車に向かってきていた。Yさんは,そちらに目を奪われており,
Xさんが道路を渡ろうとしていることに気付くのが遅れた。
‐ 115 ‐
「司法」ワークシート3
1 XさんとXさん側の弁護士,YさんとYさん側の弁護士の立場になって,次の点を考えて
みよう。
支払うべき費用の種類 支払うべき金額 支払うべき理由
Xさんの立場で主張できること Yさんの立場で主張できること
2 YさんはXさんに対して,「どのような費用」を「いくら」支払うべきか。裁判官の立場
で考え,自分なりの結論をまとめてみよう。
‐ 116 ‐
「司法」ワークシート4
3年( )組( )番 氏名
次の事例をもとに民事裁判と刑事裁判の特徴を考えてみよう。
(電車における傷害事件)
Xさんは,電車でたまたま隣り合ったYさんが,よろめいて足を踏んだので,思わ
ず,「痛いよ,気をつけて。」と注意しました。すると,Yさんは,いきなり怒り出
して,「生意気だ。」などと言い,Xさんを両手で突き飛ばしました。そのため,X
さんは転倒して,頭を切るけがをしました。
Xさんは,Yさんを捕まえようとしましたが,Yさんは,次の停車駅で電車から走
って逃げてしまいました。
Xさんが,その後病院に行って診察してもらったところ,頭を5針縫うけがで,全
治1か月と診断されました。Xさんは,治療費として合計20万円を病院に支払いま
した。
(注記) 参照条文
刑法204条 人の身体を傷害した者は、十年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若
しくは科料に処する。
‐ 117 ‐
「司法」ワークシート5
3年( )組( )番 氏名
1 Yさんを訴えるのは誰だろうか。
2 刑事裁判での裁判官・検察官・被告人・弁護人の役割を考えてみよう。
民事裁判の場合
刑事裁判の場合
弁 護 人
4 民事裁判と刑事裁判の場合に分けて,それぞれの裁判で裁判官が下す判決を考えてみよ
う。
民事裁判の場合
刑事裁判の場合
3 自分がYさんの事件を担当している裁判官だったら,どんなところに気をつけて裁判を
進めるか考えてみよう。
裁 判 官
検 察 官
被 告 人
刑 事 裁 判 で の 役 割
‐ 118 ‐

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