鹿島:KAJIMAダイジェスト:ザ・サイト:地芳トンネル第1工事

ザ・サイト

カルスト直下の大湧水帯を穿つ
地芳(じよし)トンネル第1工事
愛媛県松山市と高知県梼原町(ゆすはらちょう)を結ぶ国道440号。
冬期には積雪や凍結による交通障害が起きるため,再整備が順次進む。
最難所の地芳トンネルは,地域住民が「鍬を持って掘りに行きたい」ほど完成を待ち望む山岳トンネルだった。だが,四国カルストの真下を貫く工事には,脆弱な地盤と大湧水帯が立ちはだかっていた。
[画像:MAP] 工事概要
地芳トンネル第1工事

場所:愛媛県上浮穴郡久万高原町
発注者:国土交通省四国地方整備局
設計:構造技術センター
規模:NATM トンネル延長1,387m
内空断面積約67m2
工期:2000年1月〜2010年3月
(四国支店JV施工)
交通の難所を走る
松山市内から続く平坦な道は,砥部町役場を過ぎる頃から曲がりくねった山道になる。工事箇所と新しく出来た道路が目立つのは,国道440号の再整備が進んでいるためだ。
地芳トンネルの工事が始まった頃は,この辺りも狭小で急カーブ,急勾配の連続だったという。しかし工事現場が近づくにつれて,昔のままの道が多くなり,対向車があると路肩に寄せてやり過ごすか,どちらかが後退して道を譲るしかない。
山岳トンネルなのに海底トンネル?
[画像:四国カルストの風景] 地芳トンネルは全長2,990m。当社は愛媛側工区1,387mを担当する。トンネル直上の地芳峠付近は四国カルスト(注記)が広がっている。
トンネル工事では,弾性波探査などで掘削前に地質の調査をするが,土被りが200mを超えると正確な地質を把握するのが難しい。設計当初,掘削箇所の地質構造は粘板岩・砂岩の硬岩が主体とされていた。説明してくれた松川久俊所長によると「そのため,本工事で注意するのは,石灰岩中の溶食洞の崩壊でした。モルタル充填などの空洞対策を想定していたのです」という。
ところが2001年4月26日,愛媛側から701m地点で本坑(注記)を掘削【掘削1】中に,切羽から突発的な湧水(20t/分)が発生した。掘削位置で水深約200mの水圧と同じ1.6〜2.0MPaを観測。山岳トンネルなのに,海底トンネルと同じ対応を余儀なくされた。
トンネル工事での湧水は,水を抜くか,止めるかの二者択一が迫られるが,突発湧水箇所については,水抜き坑による排水工法を選択。水抜き坑を構築し,2001年8月15日に導水を完了した。
突発湧水の発生箇所より奥は,付近住民の生活水と農業用水確保のため,水ガラス系薬液で湧水を止める止水注入工法に切り替えた。また,地質や止水薬液注入の効果を確認するための調査坑(注記)の掘削【掘削2】が決定した。
地質脆弱部で2度にわたる崩壊
「止水注入工法で水も止まり,地盤も改良されたと思っていた」(松川所長)が,2002年5月29日,薬液の止水注入が完了した本坑の796m地点で,6t/分の湧水とともに,上半支保工(注記)の崩壊が発生した。
幸いなことに,崩壊は所員と作業員が昼食に出ている時に起こった。「まだツキはあるぞ。神様は見放していないぞ,そうみんなで励まし合ったそうです」と,藤井広志工事課長が話してくれた。
崩壊部埋め戻し後,再注入を行い掘削再開。2003年1月12日,今度は793m地点で盤ぶくれ(注記)に起因する土砂噴き上げを伴う異常出水が発生し,支保工が再び崩壊した。「私がこの現場に赴任したのは一週間前の1月6日。大変なところに来たな,というのが実感でした」(藤井工事課長)。
2度にわたる崩壊で,まずは調査坑を貫通させ,本坑の崩壊原因究明と工法検討をし,石灰岩に挟まれた地質脆弱部での本坑掘削を後回しすることにした。
「止水注入と掘削を繰り返すうち,永遠にこのトンネルの掘削が続くような気分になった」藤井工事課長に,松川所長は「過去に掘れなかったトンネルは1本もない。絶対に掘り切れる。頑張ろう」と勇気付けたという。
用語解説
(注記)カルスト:サンゴ礁などが堆積・石灰化し,雨水などに侵食され出来た地形。海底に生息したフズリナなどの有孔虫が四国カルストからも発掘される
(注記)本坑:工事の目的となる主体をなすトンネル
(注記)調査坑:地質条件などの調査を目的とした本坑より規模の小さなトンネル
(注記)支保工:掘削から覆工完了までの間,崩壊を防止するために設置する構造物
(注記)盤ぶくれ:底盤部が内側に膨れ上がってしまう現象
四国の山奥で世界最新の技術
2004年3月11日,調査坑1掘削完了。「調査坑が貫けるまでは試行錯誤の連続でしたが,これで視界がクリアになり,本坑への自信に繋がった」と松川所長はいう。本坑掘削は万全を期し,工区の最終地点である県境に向け掘り進んだ後,最後に2度の崩壊が生じた最難関の大湧水帯である脆弱地質を掘削することにした。
「常々,所員や職人には,四国の山奥でも技術は世界随一,誇りを持って取り組もう,と話し続けてきました」と話す松川所長。難工事に採用した技術の一部を紹介しよう。
【シールドリバース工法】
地質を把握するためのボーリングに採用した。外管と内管からなる二重管が同時回転し,内管が順次竹の子状に伸びて行くことで,長い距離のボーリングを可能にする。
【中央導坑先進分割式全断面工法】
本坑は,石灰岩部では通常のNATMによる馬蹄形,地質脆弱部では円形を採用した。円形は圧力が均等にかかる一番安定した形というメリットと,掘った後,底盤を埋め戻すため,コストも工期も余計にかかるというデメリットを併せ持つ。円形の中心部を先に掘削(中央導坑),その後,上半,1段ベンチ,2段ベンチと3段階に分け,1日で1mずつ掘り進めた。
【全周AGF(注入式長尺先受工)打設】
止水注入導入当初,青函トンネルの実施例に倣いトンネル掘削半径の3倍としていた止水注入範囲は,2度の崩壊後に再検討。計算上,脆弱地質では半径の7倍の注入範囲が必要となることが判明したが,トンネルの全周をAGF鋼管で囲むことで3〜4倍に留めた。止水注入材も再検討し,掘削箇所は水ガラス系のままで,掘削後も残る周囲は,高強度と高耐久性を併せ持つセメント系注入材へと変更した。
工事の完成へ向けて
取材に訪れた時,2度の崩壊が起きた本坑の脆弱地盤で,吹付け作業の最中だった。中央導坑の部分は既に貫通【掘削6】し,断面を予定の大きさへと広げると,トンネルの全景が見えてくる。
「2度目の崩壊で,8インチのポンプが湧き上がる土砂に埋まった時は,これからどうなるのかと不安な気持になりました。6年半ぶりに地盤を掘削し,ポンプを回収した時は嬉しかった」と藤井工事課長は話す。
現場では,防塵用マスクが渡されたが,質問の声がくぐもって,つい外してしまう。それでも粉塵で喉を痛めることはなかった。「この現場で使っているのは,デンカクリアショットという超低粉塵の吹付けシステムです。大断面トンネルで採用したのは全国で初めてです」と,藤井工事課長が種明かしをしてくれた。
県境側ではバイブレーターとコテを使い,底盤をコンクリートで覆うインバートコンクリート工事が急ピッチで行われていた。
10年目に突入する工事を一貫して指揮する松川所長に聞いてみた。「ご自身のモチベーションを維持するコツは何ですか」。
「難問に突き当たった時は,広くアドバイスを求めることです。大湧水帯の突破には,土木設計本部・土木管理本部・技術研究所と連携し,技術・工法を検討してきた。それと,信頼し相談できる先輩がいることが精神的な強い支えとなりました」。
地元の方の声

現場近くで商店を営む土居キヨ子さんに話を聞きました。[画像:土居キヨ子さん]
趣味がカメラなので高知の四万十へよくでかけますが,そこまでの道はジグザグで急傾斜。早くトンネルが出来れば良いと思っていました。この道を車で通る観光客も多い。「トンネルの完成はまだか」とよく聞かれますが,「もうすぐだよ」と答えています。
この地域は高知から来たお嫁さんも多いのです。高齢の親を見舞いに行くにも,険しい山道で時間がかかる。雪が降れば道路が封鎖されてしまうのです。日本で一番難しいこの工事に挑む松川所長始め工事関係者の皆さんには,心から感謝しています。

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /