VOL.208 OCTOBER 2025
KAWAII CULTURE FROM JAPAN
指先を彩るkawaii文化 ネイルアート
ラインストーンとクリアな3Dアートを施した作品
Photo: NPO法人日本ネイリスト協会
日本人が作り出すネイルアートは欧米由来の技法を基盤にしながら、日本人の美意識や器用さを反映して独自に発展してきた。欧米のセレブリティの手元を担当するなど、国際的に活躍する日本人のネイルアーティストも登場している。日本のネイルアートが花開いた1990年代から活動しているネイルアーティストに話を聴いた。
爪に装飾やデザインを施すネイルアートは、kawaii文化における小さなアート表現であり、その起源は紀元前3000年頃の古代エジプトでボディペイントの一つとして爪が赤く塗られていたことに遡る。日本においても、平安時代(794年から12世紀末)頃から江戸時代(17世紀初頭から19世紀後半半ば)にかけて、爪紅1や紅花2を使った染色が施されたことが、爪を染める文化の始まりとも言われている。世界各地で行われてきた美容文化であるネイルアートの、マニキュアで色をつけたり、爪の長さを出したり、装飾をするためのスカルプチュア3などの技術は、20世紀前半からアメリカを中心に普及した。その技法が日本に伝わったのは1970年代である。日本ネイリスト協会本部認定講師としてネイルケアやネイルアートの技能検定試験の試験官活動も行うネイルアーティストの沖 りかさんは、日本におけるネイルアート文化の隆盛についてこう語る。
Photo: 沖 りか
「日本では1970年代後半からアメリカの技術や商品が入り、1980年代初頭にはネイルサロンやマニキュアリスト(=ネイリスト)が誕生し、1990年代後半から2000年代初めにかけて、ネイル文化が大きく花開きました。ギャル文化4や原宿系ファッション5の流行で、ネイルアートもファッションの一部としてネイルポリッシュ以外の素材を使うなど、競うように派手でかわいいデザインが流行しました。アメリカで主流だったフレンチネイル6や単色塗りに対し、日本ではラインストーン7や3Dアート8、手描きアートなど多彩なデザインネイルが広まっていきました」と語る。その後2010年代にはジェルネイル9の普及でネイルの持ちが良くなり、繊細に花を描いたものやニュアンスネイルといったフェミニンな雰囲気の「大人かわいい」デザインが人気となった。「日本のネイルアートは、その時代の流行のファッションや人気のサブカルチャー10と結びつき、常に進化してきたと思います」と沖さんは歴史を振り返る。キャラクターや季節の風物詩、食べ物などをモチーフにした華やかなデザインが多く、小さな指先に遊び心を表現する日本のネイルアートのスタイルは、kawaii文化を想起させる要素の一つとなっている。
Photo: JNAテクニカルシステムベーシック(NPO法人日本ネイリスト協会発行)
Photo: JNAテクニカルシステムアドバンス(NPO法人日本ネイリスト協会発行)
Photo: NPO法人日本ネイリスト協会
日本人ネイリストたちは海外から伝わったテクニックをベースに、アートの部分で繊細なテクニックを競うように向上させ、独自の文化を切り拓いていった。この「ネイリスト」という言葉は「ネイルを手がけるアーティスト」を表す日本独自の造語である。1985年にネイル文化の普及と産業の発展のために設立された特定非営利活動法人日本ネイリスト協会が作った「ネイリスト」という和製英語が、1990年代にネイルアート専門雑誌や技能検定試験の導入によって広まった。「日本人ネイリストたちは、その手先の器用さと細部へのこだわりによって、日本のkawaiiを爪先にまで美しく表現していると思います。例えば、ネイルのフォルムやカットスタイルの均等性、指全体で見たアートのバランス、繊細な手描きのラインなどです。それらは絵画やジュエリーのようだと、世界で高く評価されています」と沖さんは語る。手先の器用さで細部を作り込む感覚は、ミニチュアや雑貨などを好む日本的なkawaiiという感覚や、オリジナリティの追求に通ずるものがある。日本を訪れた際には、ネイルアートを体験してみると、その繊細な技術や kawaii感性に触れることができ、旅の楽しみの一つとなるのではないだろうか。
- 1. 花で爪を紅く染めたことから、 ホウセンカの別名。
- 2. キク科の植物。花弁からとった顔料は、古くから染色や口紅、爪紅、食紅などに利用されてきた。
- 3. アクリルリキッドとアクリルパウダーを混ぜたものを自爪の補強に加え、好みの形に成形する技術。
- 4. 若い日本人女性たちにおける価値観、文化、マインドのことを指す。
- 5. 東京の原宿発祥のファッションスタイル。既成概念にとらわれない個性的なスタイルの総称。
- 6. 爪の先端を白く塗った定番のネイルデザイン。
- 7. 水晶やガラス、アクリル樹脂製の模造宝石、金属片で、服や靴などのアクセサリーのアクセントやネイルパーツに使われる。
- 8. アクリルリキッドとアクリルパウダーを混ぜて作るミクスチャーを用いて作る立体的なネイルデザイン。
- 9. 合成樹脂を主成分としたジェルをUVライトやLEDライトで硬化させるネイル。
- 10. 日本では、伝統的な文化に対し若者に支持される文化やアニメやマンガ、アイドルなどの大衆文化を指す。
By TANAKA Nozomi
Photo: Japan Nailist Association (NPO); JNA TECHNICAL SYSTEM BASIC (Published by Japan Nailist Association, NPO); JNA TECHNICAL SYSTEM ADVANCE (Published by Japan Nailist Association, NPO); OKI Rika