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慶應義塾大学文学部の心理学専攻の大きな特徴は、実験心理学を重視することです。これは仮説を立て、それを様々な実験を通して実証していこうというアプローチです。中でも、私の研究分野である感性心理学は、より実験の重要性が高い分野だといえます。
心理学というのは、端的にいうと心の動きを研究する分野です。そのためには、まず行動を見て、そこから心の動きを見て、その動きを脳の働きから考えなければなりません。そこで大切なのは、エヴィデンス=根拠に基づく実証ということです。そのために心理学専攻の各研究室では、多くの実験を実施し、結果を数値化することで、仮説の実証を行なっています。
私の専門分野である「感性心理学」は、心理学辞典にも載っていない新しい分野です。私たち人間が物事をどう感じるのか、その主観的な感じ方がどのように成り立つのかを心理学や脳科学などの科学的手法で解明しようとしています。主観性や価値の体験、美しさ、魅力、愛情など、人間性の基盤となる心の働きに対して、心理学実験や機能的MRI、脳波、電流刺激法を用いて検討しています。美や愛については、通常は文学や美学のテーマと考えられています。しかし、感性心理学では、従来の心理学の枠にとらわれることなく、人間の日常的な主観性についてアプローチしています。
例えば、私たちの研究室では、人の容貌に感じられる魅力の研究を行っています。私たちは他者の容貌からその人の内面や能力を推し量ろうとする傾向があります。容貌にあらわれる心や能力もありますが、思い込みである場合も多く、それが偏見や差別を生むことになります。魅力研究では、自分の美しさを追求する理由が何かという問題も対象になります。私たちは皮膚科や美容外科などの分野との共同研究も行います。美容などで外見を美しくすることは、自分の外見を心に近づけようとする試みです。つまり、自分の外見と心が離れているという認識があって、それを縮めて身体と心のバランスを取ろうとしているといえます。自分自身にとっての美とは何かを考えた結果が、美容に関する行動へと駆り立てることになります。この例からもわかるように、感性心理学は、社会の中で人があるべき姿をどう見つけようとしているのかを研究する分野ともいえるでしょう。
実験心理学という自然科学的アプローチを主とする専攻が文学部の中に存在することは、慶應義塾らしさの象徴でもあります。心理学専攻では、慶應義塾大学にある理工学部、医学部など様々な自然科学系の研究分野とも連携し、共同研究も盛んに行っています。私自身は慶應義塾出身ではありませんが、この風通しの良さは慶應の独特の校風だと思います。教育者としてだけでなく研究者としての意識を高く持った先生方が多いのも特徴です。様々な分野の研究者たちが自由闊達な議論を交わし、そこに学生も参加する機会も頻繁にあります。
色々な意味で現代社会では、データが重要になってきています。ビッグデータやディープラーニングが人文科学や社会科学にも学問にも新たな風を吹かせています。人間が作り出すデータ量は2030年には現在の千倍を超えると推定され、将来的にこれほどの莫大な情報量は難しいと考えられます。保存されるべき情報の取捨選択が強いられる時代に突入するのです。その意味でも実験心理学という実証とデータに基づく学問の重要性は、今後ますます強くなっていくでしょう。事実、卒業生たちは企業の企画や研究開発部門に進むもの、大学院でさらに研究を続けるものなど、それぞれに社会と人の関係を実証的に検証する進路を選んでいます。
心理学という社会における個人の問題を扱う学問の重要性は、複雑化する現代社会では今後、ますます重要になっていきます。単に書物の中だけでなく、慶應義塾大学心理学専攻のように、いかに実証的に物事を考えるかという学問のスタイルは、心理学の"今"を体現しているといえるのではないでしょうか。
※(注記)所属・職名等は取材時のものです。