【復刻配信・北の富士コラム特別寄稿4】「親方が腹を切ったぞ」兄弟子が叫んだ...地方巡業で起きた衝撃の出来事 師匠の自殺未遂は15歳の私にとってあまりにも大きい体験でした
2025年3月12日 14時32分
靖国神社大祭の奉納角力に於ける常ノ花
靖国神社大祭の奉納角力に於ける常ノ花
2024年11月12日に82歳で亡くなった本紙評論家の北の富士さんは、新型コロナの影響で中止となった2020年夏場所のコラムの代わりに特別に寄稿していました。自身の"相撲人生"を振り返った16回を再掲載します。
◇北の富士コラム「はやわざ御免」特別寄稿〜4〜、2020年5月27日付
27日で4日目。相撲抜きで記事を書くのはけっこう難しいものですね。何しろ基礎ができていないのだからお許しを願いたい。
それでは3日目の続きです。当時の出羽海部屋は横綱千代の山を筆頭に出羽錦、大晃、巨漢の大起、やぐら投げの羽島山、けたぐりの名人出羽湊。まだいたと思うが、忘れてしまった。十両も5、6人いました。この他行司、呼び出し、床山、幕下以下の力士も合わせると優に100人は超えていたと思われます。
とにかく大所帯で若者の1人、2人脱走しても誰も気がつかないほどでした。師匠は出羽海秀光、元横綱常ノ花。優勝10回を誇る大横綱。相撲協会の理事長であり、名門中の名門出羽海一門の総帥でもあります。しかし部屋の実情は大変で、千代の山関は休場が続き、引退もささやかれていた。
出羽錦、羽島山、その他の関取衆もベテランばかり。新聞、雑誌に斜陽出羽海部屋と書かれ始めていた。子供の私には何の事やらさっぱり理解できなかったが、太宰治の小説から引用したようだ。そんな時に発奮したかどうかは分からないが、千代の山関が破竹の勢いで連戦連勝、15戦全勝を果たしたではありませんか。千代の山関、6度目、最後の優勝でした。
うれしかったなー。私は「俺が入門したから優勝したのかな」と本気で思ったものです。それと副賞についた森永製菓の三色アイスクリームを丼に山盛りで2杯も食べたのは今でも鮮やかに覚えている。あの時ばかりは力士になって本当に良かったなーと思ったものです。
しかし、いいことばかりではありません。場所後すぐに地方巡業に出されました。現在は入門して半年間、相撲教習所に通うので楽なものです。15歳になったばかりの私にとって過酷な体験でした。関東巡業といって東京に近い村々をまわります。戦後10年、まだ物資の不自由な時代でトラックの荷台に分乗し、各地を転々とします。忘れられません。
静岡県の千頭村に向かっている途中、ラジオを聞いていたら兄弟子が「親方が腹を切ったぞ」と叫んだ。翌日、巡業を切り上げ、大急ぎで東京に帰ってきました。幸い一命は取り留めたが、優勝から一転、師匠の自殺未遂は15歳の私にとってあまりにも大きい体験でした。
お茶屋(今の国技館サービス)問題が国会に取り上げられ、その責任をとり、割腹に及んだと兄弟子に聞かされましたが、腹を切るのは昔の武士みたいで格好いいなとも感じました。やはり考えることは子供です。
やがて傷も治り、元気になりましたが、その3年後の1960(昭和35)年九州場所後に急死。千秋楽の夜、大好物のふぐ鍋を食べ、豪快に酒を飲んで大いにご機嫌だったのですが、朝起きたら亡くなっていたのです。
なかなか体が大きくならない私に「俺も小さかったが稽古をたくさんして強くなったのだから、おまえも頑張れ」と励ましていただきました。それに花札まで教えていただきました。「花札と相撲は国技だ」。そんな冗談も言っていました。
晩年、栃木山の春日野親方と一杯やりながら2人で座布団を挟んで仲良く"コイコイ"をしていたのを思い出します。私は18年間の現役中、3人の師匠に指導を受けました。3年間と短い期間でしたが、出羽海秀光親方を一番目の師匠にいただけたのは望外の喜びであり、名誉でありました。中でも安芸ノ海関が双葉山関の70連勝を阻止した折に発した「勝って騒がれるのではなく、負けて騒がれる力士になれ」の一言は現在の力士の中にも脈々と受け継がれています。どうしても出羽海時代の話になるととりとめがありません。私の運命はさらに激動の時代へと向かっていきます。
話が少し深刻になり始めましたが、別に大したことではありません。こんな話はおそらく退屈でしょう。このあと驚くような話が出るかもしれません。
ところで黒川さんの件は大したおとがめがなかったですね。教育的にあまりいい事ではありませんよね。ただし、私たちのような老人には朗報です。さっそく花札を買いに行きます。昔遊んだ残党がいるので楽しみです。もちろん冗談ですけどね。それではまた明日。 (元横綱)
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