第2学期始業式校長講話
グローバル・リーダーの資質
まずは、長い夏休みを終えて、皆さんが元気に学校に戻ってきたことを、大変うれしく思います。この40日はどうでしたか?部活や補習をがんばりましたか?本をたくさん読んで教養を高めることはできたでしょうか?1分1分を意義あるものにできたでしょうか?それぞれがそれぞれの時間を過ごしたことと思いますが、この節目にこの夏休みをどう過ごしたか振り返ってみることが大切です。
今、新型コロナウイルスについては、デルタ株が猛威を振るい、10代の若者にも感染が広がっています。本校もあさって金曜日から分散登校を始めます。この後、担任の先生などから詳しいお話があると思いますので、指示をしっかりと聞いてください。今こそ皆さん一人一人が、高い意識を持って感染拡大防止に取り組む時です。
さて今日は、グローバルリーダーの資質について話したいと思います。この夏休みは大規模改修の影響でいつも使っている職員玄関が使えず、私は生徒玄関から出入りしていました。ですから、いつもより多くの生徒とすれちがいました。すれちがう生徒のほとんどは、しっかり挨拶してくれました。「こんにちは」と元気よく挨拶されると、とても清々しい気持ちになりました。礼儀正しい本校生徒を誇りに思います。これは日本ではある意味、見慣れた光景ですが、一旦、日本の外に出ると決して当たり前の光景ではありません。私はアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどの高校を訪ねたことがありますが、本校の生徒のように元気に挨拶してくれる人はいませんでした。
また、JICA(国際協力機構)に研修に出ていた時、東南アジアやアフリカなどの開発途上国に行きました。それらの国々のお店に行った時、店員さんがとてもぶっきらぼうだったり、スマホに夢中で接客すらしない店員さんが沢山いたことに驚きました。日本では考えられないことですよね。まあ、これは文化や風習の違いですから、しかたがないことだと思います。いずれにせよ、日本人の礼儀正しさは世界一だと思います。
そもそも日本の礼儀正しさや、他人を気遣う思いやりなどの道徳観や価値観は、昔から日本の社会に根付いた文化です。他人の感情や考えていることを、言葉にしなくても敏感に察知し読み取る能力、自分がどのように振る舞うべきかを、自分と他人との関係性によって決定してく文化が根付いています。
北山忍という社会心理学者が、これを「相互協調的自己観」と呼んでいます。日本をはじめてとして、東アジアでみられる自己観であると言っています。これは言語習慣を見ても明らかです。英語は一人称を示す言葉、すなわち自分のことを示す言葉は "I" の1語しかありません。しかし日本語は「私、僕、俺」など相手との関係やその場の状況によって敏感に使いわけます。先生が生徒の前で、自分のことを「先生」と呼んだり、子供の前で父親が「お父さんは…」と言ったりするのは日本語だけの特徴であり、言葉からも人間関係を重視するこの社会の規範が見えてきます。このような協調性を重んじ自分と他人との関係性を大事にする習慣は、長年、日本の社会に根付いた文化であり大切にすべきだと私は思っています。
しかし戦後、この日本的な文化・価値観は否定される傾向にありました。「日本人は同調主義的で権威に弱い」と戦前の価値観は全て悪いものだと主張する、いわゆる「進歩的知識人」といわれる人々から批判されてきました。戦前の軍国主義や全体主義はこのような日本社会の体質が一因であり、これからは欧米のように主体性を持ち確固たる自己を備えた「近代的個人」に日本人は変わらなければならないとされました。
さらに1989年のソ連崩壊による冷戦の終結、そして、その後の世界的に急速に広まるグローバル化がこの流れを決定的にしました。ヒト・モノ・カネ・サービスが国境を越えて世界中を自由に移動していく世界では、日本古来の価値観よりもグローバルな価値観、もっと言えばアメリカ的価値観でやっていかないとだめだということです。欧米型の個人主義、自律性、主体性、自己責任などの価値観が絶対的に正しいとされました。
教育界でも「グローバル人材の育成」を謳い、主体的で自己主張ができる人材を育成しようとしてきました。でも本当にそれだけでいいのでしょうか?日本人が長年、受け継いできた人間関係を大切にする価値観を否定していいのでしょうか?私は違うと思います。
もちろん自分の意見や考えを言葉にして伝えること、議論をすることは大切です。この先、世界中からやってくる外国人と共に暮らしていく多文化共生社会では、「以心伝心」というわけにはいきません。言葉ではっきり伝え、文化や価値観のことなる人々と理解し合うことが求められます。
そのためにも「落としどころ」を見つける知恵が必要です。主体的に学び行動していくことは大切ですが、周りの人と協調し、一致点を見出すことが必要です。異なる価値観や文化を持った人々と共存していくということは、まさしく「おとしどころを見つける」ことなのです。
また今、世界を冷静に見渡すと、このグローバルスタンダードは行き詰ってきていると感じます。世界のいたるところで、自国の価値観、文化を取り戻そうという動きは様々な形で現れてきています。
現在、アフガニスタンで起こっていることを見れば明らかです。自分の価値観を一方的に押し付ける。しかもそれを武力で押し付けることが、いかにうまくいかないかがよくわかると思います。
そしてもっと言うと、日本の伝統的な価値観が世界中で注目されています。私が訪問した開発途上国の多くでは、日本人の真面目さ、勤勉さ、正直さを尊敬の念を持って見くれました。「おもてなし」という言葉に代表される他人のことを気遣う優しい心が今、世界の人々を惹きつけています。
ですから皆さんには、是非、真面目で勤勉で礼儀正しく、人の気持ちを察することのできる優しい和国生でいてほしいと思います。それこそがみなさんが「グローバル人材」に成長するための基礎的な素養だと私は思います。
最後に、日本人女性で初めて国連事務次長・軍縮担当上級代表に就任し、世界的に活躍している中満泉さんの言葉を紹介します。
「謙虚さや自己主張が苦手といった日本人の資質が、国際舞台では足かせになるという考えを私は一蹴します。教育レベルの高さや勤勉さ「押しどころ」と「引き際」を心得たバランス感覚など、日本人であることは逆に強みになります。また、日本人は仕事を安心して任せられると思われていることも強みです。日本人は地道に努力して何でも一生懸命にやりますから信用されています。たとえば時間を守るとか私たちの体に染みついているごく基本的なことが、国際社会で働くときには評価されるのです。」
どうですか?励まされますね。
本校は、「国際社会で必要とされるグローバルリーダーの育成」を教育目標に掲げています。そして教育理念の1つに「自国文化の理解」を挙げています。今日お話ししたような視点で我々の文化や価値観を見つめ、自国文化の理解し異文化を尊重していける真のグローバルリーダーに成長してほしいと願っています。
それでは2学期、それぞれの人がやるべきことをしっかりやり、充実した時間を過ごしてください。