□しろいしかく
〇はじめに
タルコフスキーの『惑星ソラリス』をブルーレイで購入し、
この映画を久しぶりに観て、新しい発見があり、また謎がありました。
再考察を重ねて、出来る限りの解析を試みてみました。
どうぞ、最後までお付き合い下さい。
[フレーム]
●くろまる時間(1)
まず、映画の時間の並びを見てみます。簡単に書くと以下になります。
A:出発の前日の地上
B:出発の朝の地上、宇宙船、ステーション
C:帰還後の地上
D:島
行って帰ってくる、帰路がない、という点では、『ストーカー』と似ています。
Cの地上の庭の焚き火は、Aの最後の焚き火と同じです。
家の中ではクリスの父が、本などを整理しています。
クリスは時間を逆行して、出発の前日の地上に帰還します。
そして、Dの島を空から映して、映画は終ります。
クリスと父が、出発の前日を「最後の日」と言っているのは、メタ的な意味で、このことです。
しかし、帰還したクリスは、再びBでステーションへ、向かうことになるはずです。
そして、BとCを交互に繰り返す無限ループに入ります。
この無限ループの中に、AとDも含めることにします。
父がバートンのビデオを、「もう何度も見た」と言っているのは、前のループの記憶が残っているからです。
映画の時間の並びを、物語の時間に並び替えてみます。
D1:島
C:出発の前日の地上(2)
B:出発の朝の地上、宇宙船、ステーション
A:帰還後で出発の前日の地上(1)
D2:島
Dの島をコピーしてもう一つ同じものを作り、最初にペーストします。
AとC、映画の並びの過去と未来を入れ替えます。
Cの物語の内容が「帰還後」から「出発の前日」になり、Aの続きへと変わります。
Aは「帰還後」であり、かつ「出発の前日」になります。
過去は未来で未来は過去。
BからAへの時間は、未来へも過去へも同時に進みます。
クリストファー・ノーランの『TENET テネット』のようです。
AとCを続きにするため、D1とD2を重ねて繋げ、閉じた円環構造にします。
ホンモノの地上のシーンはありません。
全て、ニセモノの島の上のことです。
だから、最初から最後まで、クリスも父も伯母も女の子もバートンもバートンの息子も犬も馬も小鳥も、
ソラリスの海が物質化したニセモノ、ということになります。
C→B→Aを並びにすると、
Aの最後で、伯母が広々とした地上を見る後ろ姿、犬、そして焚き火が、ラストシーンになります。
Aで燃やしたはずのハリーの写真が、Bのクリスのバッグの中にあります。
燃える直前にクリスが拾い上げた、とも考えられますが、
C→B→Aを並びにすることで解決します。
●くろまる時間(2)
Aの最初で、クリスが持っているものが気になります。
SF的なガジェットにも見えますが、ただの何かの金属のボックスのようです。
ランチボックスのようにも見えます。
このランチボックスのようなものを、
物語の時間の並び、C→B→AのAから見ていきます。
円環構造になっているので、AとCは繋がり、A→C→Bの順になります。
映画の並びのBとCが入れ替わった形になります。
Aの最初でクリスは、このボックスを手に持って家の外に立っています。
そして家の中に入り、ボックスを窓際に置きます。
Cでクリスが外から家の中を見ている窓際に、このボックスはあります。
Bの出発の朝、ボックスはテーブルの上にあります。
中には土が入っているようです。
クリスは蓋をしてバッグの中に入れます。
この時、『ドン・キホーテ』の本が映ります。
『ドン・キホーテ』は、現実と物語の区別がつかなくなった郷士の物語です。
ステーションに到着してハリーが現れ、「私のスリッパは?」と言って、クリスのバッグの中を探します。
バッグの中からは、ハリーの写真と一緒に、土が入ったランチボックスが出てきます。
土が入ったランチボックスは、ハリーの置換です。
だから、母ではなく、ハリーが物質化されて現れたのです。
ハリーをロケットで打ち上げた後、ボックスはクリスの部屋の窓際にあります。
そして最後に、土から芽が出ます。
次に、B→Aを見てみます。
Bの最後で、クリスは母の夢を見ます。
夢でもあるのですが、鏡の部屋では目を見開いているので、幻とも言えます。
だから、ビデオの中でバートンが見たと言っていたものは、やはり幻だったのです。
このクリスが見た夢の中には、土から芽が出たボックスがあります。
そして、ボックスは水差しと青い布と一緒に物質化します。
しかし、水差しの横にはボックスの蓋しか映っていません。
タルコフスキーはボックスの中を見せないでいます。
クリスの部屋の窓際の、土から芽が出たボックスと同じものが、夢の中から物質化されたようにも見えます。
しかし、クリスがAで持っているボックスは蓋がしてあるので、違うようにも見えます。
夢の中で、母はクリスの汚れた腕を洗います。
これは、ボックスを洗うこと、そして過去を洗い流すこと、を意味しています。
ここで、クリスの思いが、ハリーから母に切り換わりました。
だから、ハリーは消滅したのです。
ボックスの蓋と水差しと青い布が物質化されたのは、夢の中でハリーが座っていた椅子の上です。
夢の中の窓際には、土から芽が出たボックスはありませんでした。
母は何か果物をかじっています。
この果物がボックスの中のものと、関係があるとすると、
洗ったボックスの中には、母がクリスに食べさせるために作った、
ランチが入っている、と考えることが出来ます。
あのランチボックスのようなものは、本当にランチボックスだったのです。
ランチが入ったランチボックスは、母の置換です。
クリスは地上に帰還してから、このランチを食べるつもりだったのでしょうか?
ソラリスの海が物質化した食べ物など、食べる気がするのでしょうか?
クリスにとってハリーは、「いかに複製であろうと、彼女は心の支え」であるように、
母が作ったランチも、そのようなものなのでしょう。
C→B→Aの並びにすると、BからAに時間は逆行します。
しかし、このボックスは、常に過去から未来へと時間を進めます。
「ペンローズの階段」、または、エッシャーの『上昇と下降』をイメージすると、
分かりやすいと思います。
●くろまる雨
スナウトが、深夜、クリスの部屋を訪ねてくる前に、シャワーの水のシーンがあります。
この水は、Cの家の中を流れ落ちる水に似ています。
スナウトは何かの実験の途中のようです。
Aの地上で雨が降ります。
雷鳴が遠くから聞こえてきます。
自然現象としてはあり得ますが、雨が降っているのに晴れています。
どこか不自然な雨にも見えます。
父は、雨が降る前に空を見上げて、気にしているようです。
毎回のループで雨が降っているのでしょう。
ソラリスで自然の雨は降りません。
ソラリスの雲は水蒸気ではないはずです。
バートンがビデオの中で言っています。
「ふつうの霧ではなく、コロイド状の粘着質の物で、窓に付着しました」
この雨は、ステーションが消滅して、ソラリスの海へと還る水です。
シャワーの水も同じです。
雷鳴は、ステーションの一部が水になり、バランスを崩してぶつかり合っている音です。
ハリーが液体酸素を飲んで自殺を図り、復活した後、スナウトが部屋から慌てて出てきて、廊下を走ります。
スナウトの"お客"にも、何かがあったのかもしれません。
Bの最後で、いなくなったと思われる"お客"のボールを持って、
廊下を歩くサルトリウスの後ろ姿のシーンが、ディゾルブで消えていきます。
サルトリウスは、本当に消えていくように見えます。
ステーションも、スナウトもサルトリウスもギバリャンの死体も、ソラリスの海が物質化したニセモノです。
Bの最後、ボックスに入れた土から出た芽が、アップで映されます。
A→C→Bの順にすると、このシーンがラストシーンになり、
新しい芽が、何か一縷の希望のようにも見えますが、これもソラリスの海が物質化したニセモノの芽です。
ニセモノの種子からはホンモノの芽は出ないし、ホンモノの花も咲きません。
●くろまる重力
クリスがステーションに来る時、宇宙空間の星が瞬いているので、
ステーションの周囲には気体があると思われます。
しかし、ステーションの中では、無重力状態にもなります。
ハリーをロケットで打ち上げた発着場で、クリスは逃げ遅れます。
スナウトが言うように「焼け死んで」しまうはずです。
ソラリスがクリスを復活させたとしても、もう少し時間がかかるはずです。
クリスは、都合よくあった布を頭に被せます。
この布は、最初から発着場にあったものではなく、ロケット発射直後にソラリスの海が物質化したものです。
また、スナウトがハリーの置手紙を読む時に使った、クリスの部屋にあった眼鏡も、そうだと思います。
クリスが本を読む時は眼鏡を使わないので、部屋に眼鏡があるのは不自然です。
『ストーカー』解析では、クリスの火傷の痕の治りが遅いから、クリスはホンモノ、と書きましたが、
ハリーの注射の痕と同じで、ソラリスが作ったニセモノの火傷の痕です。
スナウトの左手の包帯の下が傷だとしたら、それもそうです。
ロケットの炎は、見た目だけをソラリスがコピーしたニセモノの炎です。
だから、触っても熱くないし、火傷もしません。
ステーションの中と周囲の気体は、酸素ではありません。
ニセモノには必要ないからです。
だから、火も燃えません。
地上の焚き火も、ロウソクの火も、ニセモノです。
無重力状態での、ロウソクの火の燃え方が、重力場での普通の燃え方です。
無重力状態は、ソラリスが重力を操作して、物質を浮かせることが出来る、ということです。
どことなく安っぽく、ロゴも塗装もぎこちない、あのロケットは打ち上げたのではなく、浮かせたのです。
ステーションも、ソラリスが浮かせています。
地上の家の横にある風船もそうです。
●くろまる食事
テラスでクリスは、食べ物が置かれたテーブルの横で雨に打たれ、家の中に入ろうとしません。
何かを食べようとしたのでしょうか?
出発の朝、家の中のテーブルの上には、小皿に果物と、空のカップがあります。
何か飲み物は飲んだのでしょうか?
スナウトの部屋には、缶詰が開けられ放置されています。
中の食べ物は入ったままです。
皿の上にも何か食べ物らしきものがりますが、カビが生えているように見えます。
深夜、クリスの部屋へ訪ねてきたスナウトは、
明日は誕生日だから「ご馳走を用意するよ」と言って、図書室に来るように誘います。
しかし、図書室のテーブルの上の食べ物は、誕生日のご馳走と言えるほどのものではありません。
そして、誰も食べていません。
アルコールらしきものを、スナウトとサルトリウスは少し飲んでいます。
ハリーは水を飲もうとして、喉を詰まらせます。
サルトリウスとハリーはタバコを吸っています。
ここでは吸っていませんが、スナウトもタバコを吸います。
自撮りビデオの中で、ギバリャンに、"お客"が、ミルクらしきものをすすめます。
ステーションで、ハリーとスナウトとサルトリウスは、
タバコを吸ったり、飲み物を飲んだりはしていますが、何も食べていません。
食べるという行為が、出来ないのかもしれません。
タバコは、ニセモノの煙を吸い込んで、そのまま吐き出せばいいだけです。
クリスの夢の中の母だけが、果物を食べています。
水は飲めます。
ソラリスで、ホンモノは水だけです。
タルコフスキー的ですね。
沸騰したお湯は、沸騰しているように見せた水です。
採血したハリーの血液は、赤い水です。
液体酸素は、普通の水です。
超低温ではありません。ハリーを凍ったように見せただけです。
気化もしません。流れて消えるだけです。
図書室でスナウトは酔っています。
ソラリスは、夢や幻を見せることが出来るので、酔わせることも出来るのでしょう。
熱さや痛みも、感じさせることが出来ると思います。
●くろまる幻
クリスが乗った宇宙船の中で、ステーションを呼び出しても応答がありません。
「不安定な状態だ、大丈夫か?」のクリスの声。
ハリーの服は、ハサミで切らなければ脱ぐことは出来ませんでした。
表面だけを見てコピーしたからです。
そんなコピー機が、ステーションの通信機器など、作れるはずがありません。
だから、呼び出しても応答がないのです。
ビデオプレーヤーやテレビ電話も、作れるはずがありません。
ソラリスは、幻を見せることが出来ます。
その応用です。
映像は幻です。
音は幻聴です。
ソラリスは、物質化と幻の組み合わせを、多用してニセモノを作っていると思われます。
例えば、ライトの光などもそうでしょうし、火もそうかもしれません。
Aの最後で伯母が見る広々とした地上も、『雪中の狩人』が絵であるように、幻です。
東京首都高の未来都市も幻です。
コピー機が作った未来都市なので、どことなく変ですよね。あれは、やっぱり変です。
今の映画のCGのようです。
『惑星ソラリス』が作られた当時は、模型と合成による特撮です。
コピー機が作った、見た目だけの表面的な特撮、という当時のSF映画への皮肉でしょうか?
映画のタイトルはご想像にお任せします。
島は、現れたのでもなく、消えていくのでもありません。
あのままの形、あのままの大きさで、ソラリスの海の上に生成された時から在ったのです。
Cの家の中を流れる水は、復旧作業の水です。
AとBの地上で、使ったり燃やしたりしたものを、ここで復旧して元に戻しています。
ここで復旧しているから、焚き火のニセモノの火で、燃やしたようにして消滅させたハリーの写真を、
ステーションへ持って行ったり、燃やしたようにして消滅させることが出来るのです。
島はステーションのほぼ真下にあります。
でなければ、ステーションがソラリスの海へと還る時に、地上に雨は降りません。
クリスがステーションへ到着する時、
ステーションの下から、さざ波が周囲に広がっていて、何かが下に在るようです。
このシーンのソラリスの海は、ラストシーンの島が浮かんだソラリスの海と同じです。
ステーションに隠れて、島は見えなかったのです。
ステーションにいて、島が在ることに気づかないのは、窓から見えないからです。
「床のハッチを開けて」下を見ることは出来ません。
ハッチは、ハリーの服と同じです。
コピー機には、ステーションの複雑な装置など、作れるはずがありません。
だから、X線の照射も、クリスの脳波の変調も、ハリーを光の化学反応で爆発させることも、出来ないはずです。
ソラリスの自作自演です。
物語の大筋は、ソラリスの自作自演で進み、無限ループします。
●くろまる記憶(1)
地上は無限ループします。
島は消滅しないので、父と伯母と女の子の記憶は累積されます。
伯母は、Aの最後で涙を流します。
同じ出来事の無限の繰り返し、自殺しても死ねない永遠の苦しみ、そうした悲劇の涙だと思います。
作家「永遠にではあるまいな。永遠は恐ろしい。」(『ストーカー』シナリオより)
涙は水なのでホンモノです。
ハリーが流す涙もホンモノです。
クリスには、昔の記憶はありますが、前のループの記憶はありません。
C→B→A、の並びにして見ると、BではCの、AではBの記憶がないようです。
前のループの記憶がないのは、記憶がデフォルト値に、リセットされるからです。
タイミングは、CとB、BとA、の間、地上とステーションとを移動する時です。
地上とステーションとの移動は、消滅と生成で行われます。
生成時に記憶がリセットされ、デフォルト値に初期化されます。
他のニセモノもそうです。
生成のタイミングは、
CとBの間は、Bの宇宙空間のシーンのレンズのような物体です。
ステーション、スナウト、サルトリウス、"お客"、もです。
BとAの間は、Aの水草のシーンです。
バートンと息子が生成するタイミングは、Aの水草のシーンの少し前です。
消滅するタイミングは、家に帰る車に乗って、すぐです。
バートンと息子は、ソラリスの海の中から車で出てきて、ソラリスの海の中へ車で沈んでいきます。
007のボンドカーのようですね。
記憶の初期化は生成と同時のタイミングでは、行われません。
少し、タイムラグがあります。
ハリーがロケットで打ち上げられ、再び現れた時、服を脱ぐのにハサミを使いました。
前の記憶が残っています。
そして、クリスのベッドに入り、二人は抱き合います。
このベッドの中で、何もかも忘れて、記憶が初期化されたのでしょう。
バートンと息子の記憶が、初期化されるのは、車から下りる少し前です。
クリスは、CとBの間は、宇宙船の中で眠そうな表情をするところ、
BとAの間は、ステーションがソラリスの海へと還る雨が降る中、家に入らずに雨に打たれるシーン、です。
「思い出もやがて消える、時が来れば、涙のように、雨のように・・・」(『ブレードランナー』字幕より)
そして、ループの繋ぎ目で、クリスの過去の記憶は、全て復旧します。
クリスの昔の書類や、思い出の写真とともに。
過去の記憶の復旧にも、タイムラグがあります。
全てを思い出して、クリスは表情を変え、家に近づいて行きます。
水草が揺らめく流れる水は、地上にはありません。
地上にあるのは、どこにも流れない大きな沼にある、澱んだ水です。
水草が揺らめく流れる水は、地上とソラリスの海との水際にある、ソラリスの海の水です。
Aのこの水から、クリスは生成されました。
生成と復旧の隠喩です。
『ストーカー』の水面のようなものです。
クリスは隠喩として生成されました。
●くろまる記憶(2)
ホンモノのクリスの記憶からニセモノのクリスを物質化するには、
ホンモノのクリスが過去に一度、ステーションに来ていなければいけません。
そうでなければ、ソラリスの海が記憶を読み取ることが出来ません。
ホンモノのクリスはホンモノのステーションに来ています。
ニセモノのクリスはニセモノのステーションに来ています。
ニセモノのクリスに、ホンモノのクリスがステーションに来た記憶があったから、
ニセモノのクリスは、ステーションに来たのです。
そうすると、行動はデジャヴになるはずですし、未来の行動も分かってしまうはずです。
本人の記憶から物質化させた、本人のニセモノを、本人がいた場所に立たせると、そうなります。
また、他人の記憶から物質化させた、他人のニセモノを、他人のホンモノがいた場所に立たせても、
客観的部分的にデジャヴになります。
これを回避するために、
Aの生成時の記憶のデフォルト値は、Aの最初までとなります。
ホンモノのループ内の行動の記憶は、全て削除されます。
帰還後は、出発前日の朝まで記憶が戻ります。
Bの生成時の記憶のデフォルト値は、復旧時までとなります。
クリスはバートンのビデオを憶えていて、スナウトに「幻覚ですか?」と聞きます。
つまり、Bでは復旧後のCのことは忘れていても、その前のAのことは憶えています。
ホンモノのループ内の行動の記憶は、復旧と復旧後は削除されます。
ステーション到着時は、前日の焚き火の後まで記憶が戻ります。
クリスはハリーの写真を、焚き火で焼いたことを憶えているはずですが、
動揺していて気づかなかったか、ハリーと一緒に現れたと思ったのかもしれません。
簡単に言えば、時間を逆行したので、記憶も戻る、ということです。
帰還後のAの生成では出発前日のAの、
到着時のBの生成では出発前日のCの、
水草が揺らめく流れる水のシーンまで、それぞれ記憶が戻ります。
『惑星ソラリス』は、プログラミングで言うと、トランザクションが異常終了しています。
B→Aの処理順であるはずが、バグって、A→Bの処理順になっていて、Bの終了が異常終了、
Cの例外処理が呼び出され、過去のデータがリカバリー(復旧)された、ということです。
そのデバッグが、物語の時間に並び替えることです。
しかし、物語は無限ループしますので、これもデバッグしなければいけません。
●くろまるギバリャン(1)
自撮りビデオに映っているギバリャンがニセモノだとしたら、ギバリャンは自殺した後、復活します。
ニセモノのスナウトとサルトリウスと一緒に、ステーションにいてもいいはずです。
しかし、ギバリャンの死体があります。
ソラリスの海が物質化したのは、生きているギバリャンではなく、死んだギバリャンです。
ギバリャンはステーションで死んでいます。
だから、自撮りビデオに映っているギバリャンは、生前のホンモノのギバリャンです。
自撮りビデオのギバリャンは、伯母が地上で見るニュース映像のギバリャンと違って、髭を生やしています。
髭を生やしたギバリャンの風貌は、何となくキリストを連想させます。
ギバリャンの死体と自撮りビデオは、スナウトかサルトリウスの記憶です。
ギバリャンの自殺の記憶は、出発の前日より後、ループの中なので、
クリスの記憶のデフォルト値にはありません。
だから、デジャヴにはなりません。
クリスの夢の中から物質化された、クリスの部屋の椅子の上のランチボックスの蓋、
この蓋と同じものが、窓際にもあります。
この二つの蓋は、クリスの夢の中に同時に現れた、ハリーとクリスの母です。
クリスの夢の中からは、水差しと青い布も物質化されました。
そして、この水差しと青い布と同じものが、ギバリャンの部屋にもあったのです。
クリスは、ギバリャンの記憶から物質化されたのでしょうか?
しかし、クリスがステーションに到着した時は、ギバリャンは自殺して、この世にいませんでした。
だからギバリャンは、クリスがステーションへ出発する前日と当日のことなど、知らないはずです。
それに、10年前に死んだハリーのことを、どうしてそんなに詳しく、知ることが出来るのでしょうか?
ハリーは、10年前に死んだ、ギバリャンの妻だからです。
クリスの母は、ギバリャンの母です。
父と伯母は、ギバリャンの父と伯母です。
クリスはギバリャンです。
ギバリャンの部屋に馬の絵がありました。
あの馬は、地上にいた馬です。
地上の家は、ギバリャンがいた家です。
ギバリャンとスナウトの部屋、図書室、地上の家の中、にある調度品や装飾品には、
どこか共通するものがあります。
『ドン・キホーテ』の本も、ステーションの図書室と地上の家にあります。
地上の家とステーションは、ギバリャンの記憶から物質化したものです。
●くろまるバートン、スナウト、サルトリウス
Aの地上で、バートンは「下のブランコで待ってる」と、クリスに言って外へ出ます。
クリスは、バートンが外へ出た後、父に「変人だな」と言います。
地上にブランコはありません。
ブランコがあるのは父が撮ったビデオの中です。
ギバリャン(クリス)とバートンは、昔からの付き合いではないようなので、
バートンがギバリャン(クリス)の、プライベートなビデオを見たとも思えません。
ここは、記憶の混乱として、バートンもギバリャンの記憶からの物質化とします。
バートンがソラリスへ行ったのは若い頃ですが、スナウトとサルトリウスは違います。
ハリーは、知っているはずのない、スナウトのことを知っていました。
スナウトは、クリスの火傷の手当をしながら、クリスの昔の妻の名がハリーと聞いて、少しうろたえます。
ギバリャンとハリーとスナウトは、昔からの付き合いだったのかもしれません。
だとしたら、スナウトはハリーを見て、クリスがギバリャンだと気づいてもいいはずです。
スナウトの部屋には、蝶の標本があります。
地上の家の中にも別のものですが、蝶の標本があります。
サルトリウスの"お客"は息子ではないか?と思わせるような男の子です。
しかし、どこか不自然です。
専門分野の知識がないと、実験も出来ないでしょう。
しかし、ソラリスの自作自演で出来ます。
サルトリウスは、ハリーの自殺のことを知っていました。
スナウトとサルトリウスは、本人とギバリャンの記憶があるように思えます。
ここは、ギバリャンの記憶の物質化として、本人の記憶も混在している、とします。
●くろまるギバリャン(2)
ハリーがサルトリウスから聞いた話は、ハリーの自殺は、「毒を飲んだ」ということです。
クリスは、「夜中にか・・・」と聞き返します。
サルトリウスがハリーに説明するシーンはありません。
この聞いた話は、ソラリスの海がハリーが睡眠中に送った、ギバリャンの改竄された記憶かもしれません。
クリスの説明では、ハリーの自殺は注射です。
これは、記憶の混乱ではなく、ギバリャンは周囲に、「毒を飲んだ」と言っていたのだと思います。
ハリーの注射の痕の位置は、自分で注射を打つような場所ではありません。
他人が打つような場所です。
ハリーは自殺ではなく、他殺です。
そして、殺したのはギバリャンです。
10年前に自分が殺した妻が、目の前に現れたのです。
殺しても殺しても、ハリーは生き返って、再び目の前に現れてくる。
これが、ギバリャンの自殺の理由です。
「自分を裁く」「良心の問題」とは、このことです。
ギバリャンは、ピストルではなく、ハリーを殺した同じやり方、注射による毒殺で自殺しました。
ギバリャンの"お客"の姿から想像して、ハリーを殺した理由は、女性関係だったのかもしれません。
"お客"はギバリャンに、ミルクのような飲み物をすすめます。
これは、"お客"とギバリャンが、一緒に生活していたことを想像させます。
家の外だけの関係だったら、別の飲み物をすすめるでしょう。
"お客"が持っていたタオルも、何となく生活を感じさせます。
ハリーと"お客"が同時に現れた、ということも考えられます。
10年前のことが再現されたのかもしれません。
●くろまるクリス
ギバリャンが、自撮りビデオで語りかけていた相手のクリスは、
ステーションに来た、ニセモノのクリスとは別人の、ホンモノのクリスです。
ホンモノのクリスの、ステーションでの行動は不明です。
帰還して、ステーションの状況を報告し、ソラリス研究は打ち切られたのかもしれません。
ホンモノのスナウトとサルトリウスも、無事に戻ったのかもしれません。
ステーションで死んでいたら、ギバリャンのように死体で物質化されたでしょうから。
そして、それから数年経ったのかもしれません。
何十年と経ったのかもしれませんし、
百年以上の孤独な年月が流れたのかもしれません。
スナウトは言います。
「君は運がいい、身内が現れたのだから、全然知らない、想像しただけの物が現れたらどうする」
クリスは、全くの想像物でも、全くの複製物でもありません。
ホンモノの別人のクリスは、ステーションへ来ています。
ニセモノのクリスは、外見と名前と自覚はクリスで、記憶はギバリャン、二人を圧縮した合体物です。
クリスは隠喩です。
クリスは、ステーションへ到着して、自分の部屋の鏡で、自分が誰なのか確認しているように見えます。
ハリーは、ニセモノのクリスを介しての、ギバリャンの記憶からの物質化です。
直接的には、ニセモノのクリスの記憶からです。
だから、クリスを夫と思っているのです。
バートンもそうです。
父と伯母と女の子は、そうでしょうか?
ギバリャンは自撮りビデオで、自分の記憶を持ったニセモノのクリスに、語りかけることになりました。
ギバリャンの記憶は改竄されています。
ビデオの中から、自分で自分に語りかける。
『トータル・リコール』のようです。
●くろまるモノクロ
この映画には、所々、モノトーン(モノクロ)の画面が現れます。
クリスがステーションに到着して、暫くしてから、ブルーのモノトーン。
この後、ニセモノのハリーが現れます。
ニセモノのハリーをロケットで打ち上げた後、薄いセピアのようなピンクのようなモノトーン。
ここで、ハリーが再度現れます。
クリスの夢の中はブルーのモノトーンで、母がいます。
モノトーン(モノクロ)の画面は、ニセモノが、この後現れたり、現れていることを意味しています。
最後のモノクロ画面は、雲の上を飛行して、地上へと帰還するイメージのシーンですが、
地上とステーションとの移動は、消滅と生成なので、このシーンはニセモノです。
東京首都高の未来都市と、伯母が見る広々とした地上は、幻です。
出発の朝は、この後、
クリスの地上からの消滅と、宇宙船とクリスとステーションの生成が、行われることを意味します。
しかし、今まで見てきたように、水以外の全ては、ソラリスの海の物質化と幻のニセモノなので、
カラーとモノトーン(モノクロ)の使い分けは、意味があるのでしょうか?
もう少し、見てみます。
映像は幻なのでモノクロのはずです。
バートンのビデオで、バートンが撮ったソラリスの海はカラーです。
ソラリスの海は、幻ではなくホンモノだからです。
父とギバリャン(クリス)が撮ったビデオもカラーです。
映像は幻です。
映している場所は、ニセモノの地上とそっくりのホンモノの地上です。
焚き火の火もホンモノです。
他のモノクロのビデオ映像との違いは、ホンモノと比較出来るニセモノがある、ということです。
ここには、生前のハリーが映っています。
ビデオの中のハリーは、ソラリスの海の物質化ではなく、ホンモノです。
ハリーに、このビデオの記憶があるとすると、
自分を撮ったのは、クリスなのかギバリャンなのか、どちらの記憶なのでしょうか?
ハリーは、このビデオを見た後、「自分のことが、何一つ分からない」と言います。
青年も映っていますが、これはギバリャンではなく、クリスのように見えます。
クリスはギバリャンの昔からの友人で、ギバリャンが撮ったと考えられます。
クリスとハリーとの間には、何か関係があったのかもしれません。
ギバリャンは、「同様のことが、君にも起こるかもしれない」と言っています。
ハリーが現れるという、ギバリャンと同様のことがクリスにも起こりました。
罪はギバリャンだけでなく、クリスとハリーにもあったのです。
無限ループは、クリスとハリーに課せられた、罰でもあります。
しかし、父と伯母と女の子には、何の罪もありません。
●くろまる鏡
『雪中の狩人』には、狩人が仕掛けるように、トラップが仕掛けられています。
図書室のブリューゲルの絵で重要なのは、『雪中の狩人』ではなく、
絵の並びの、一番端にあって目立たないである、『バベルの塔』だと思います。
それと、ハリーが消えた後にスナウトが言う、『シジフォスの神話』と、
サルトリウスが図書室で言う、「ドストエフスキーの小説」。
『バベルの塔』、『シジフォスの神話』、「ドストエフスキーの小説」、そして『ドン・キホーテ』が、
『惑星ソラリス』のテーマに関わっていると思います。
ソラリスは、世界を自在に操る神なのでしょうか?
ソラリスに、知性はあるのでしょうか?
むしろ、何も無い。
無のようにも思えます。
クリスは、鏡を見て自分を確かめます。
ハリーは、鏡を見て写真が自分であると分かります。
ステーションの廊下には、間隔を空けて凹面鏡が設置されています。
液体酸素を飲んで自殺しようとした、ハリーの凍った顔が、空間に歪んで映っています。
クリスは鏡の部屋で、夢と幻を見ます。
ソラリスは、透明で見ることも出来ない、その水面がそうであるように、姿を映す鏡のようにも思えます。
●くろまるループ
「用意はいいか」「準備完了」
宇宙船の中、らしきところでの交信です。
クリスの相手の声は幻聴です。
地上の発着場をクリスが見ているとしたら、夢か幻です。
「何も心配いらん、安心しろ、元気でな」
この後、クリスは地上から消滅するように思えます。
「出発は?」「もう飛び立っている」
地上から出発して、宇宙船の中に生成された後です。
交信は、消滅と生成の間がなく、連続しています。
だから、どちらも生成した後の交信、と考えられます。
クリスの知らない間に、「飛び立って」、消滅と生成が行われています。
消滅と生成は、クリスの意志に関係なく、ソラリスの自作自演で行われていることになります。
逆らうことは出来ません。
無限ループの原因は、クリスがランチボックスを、ステーションから地上に持ち帰ろうとしたことにあります。
持ち帰ろうとしなければ物語は、A→C→B→、の順で終っていたでしょう。
本来はBで終るはずの物語を続けるために、ソラリスはBをAに繋げてしまった。
そして、クリスは物語の時間を逆行して、ランチボックスを地上に持ち帰ることになったのです。
しかし、生成で記憶が削除され、ランチボックスのことは忘れてしまいました。
ランチボックスの中は、ステーションの消滅とともに、ランチから水になります。
そして、ループの繋ぎ目で、ランチボックスの中は復旧します。
復旧作業で、ランチボックスの上に水が流れ落ちています。
ランチボックスの中には、最初は土と種子が入っていたのです。
ホンモノのギバリャンは、ソラリスに木を植え、花を咲かせ、果物を実らせようとしたのかもしれません。
ステーションに到着する前に、生成で記憶は再び削除されました。
ランチボックスの中を見たら、土と何かの種子があった。
クリスは部屋の窓際に、ランチボックスを置き、陽の光をあて、水をやり、育てたのです。
無限ループはバグです。
そのデバッグは、クリスが母への思いを断ち切ることです。
消滅と生成は逆らうことが出来ません。
ハリーへの思いを断ち切ったとしても、クリスはステーションへ行きます。
時間の流れる向きは、物語もランチボックスも未来です。
クリスが母への思いを断ち切ったとしても、クリスは地上へ帰還します。
時間の流れる向きは、物語は過去で、ランチボックスは未来です。
物語を続けるため、過去に逆流した物語は、もう一度未来へ流れます。
母への思いを断ち切ったクリスは、ランチボックスを持たずに帰還します。
物語を続ける必要はありません。
過去に逆流する必要もありません。
閉じていた円環は断ち切られ、開きます。
物語は、A→C→B→帰還後のA→D、の順に並びます。
バートンと息子は生成されません。
クリスの記憶は消えていきます。
島も消えていきます。
ステーションの雨とともに・・・
●くろまる母と父
クリス(ギバリャン)の夢の中から物質化した、水差しと青い布は、
ギバリャンの部屋にあった水差しと青い布と同じです。
そして、この水差しと青い布は、ランチボックスの本体とランチの置換で、母の置換です。
クリス(ギバリャン)は、母を地上に持ち帰ろうとしたのです。
ギバリャンは母を、異常なほど愛していました。
母はギバリャンを溺愛していました。
クリス(ギバリャン)の夢の中に、ハリーと同時に現れた母は、ハリーと同じ下着姿でした。
ギバリャンの罪は、もう一つあったのです。
そして、母も罪を犯しました。
母の死は自殺とも考えられます。
ループの繋ぎ目で、クリスにギバリャンの改竄されていない、生(なま)の記憶が復旧します。
自分が自殺していたことも知ります。
父は、クリス(ギバリャン)を見て優しげな表情になり、
両足を揃えた姿勢で家の前に立ち、クリス(ギバリャン)を待ちます。
父と伯母と女の子は、クリスを介してではなく、ギバリャンの記憶からの物質化です。
父は、ギバリャンの記憶と、累積されたループ内の記憶で、全てを知っていました。
父と伯母と女の子は、クリスとバートンに話を合わせていたことになります。
クリス(ギバリャン)は父の前にひざまずき、父はクリス(ギバリャン)をいたわります。
これは、父への謝罪であり、父との和解でもあります。
父は子と和解するために、地上にいます。
伯母と女の子は、父の孤独を癒すためと、父と子の和解を祝福するために、地上にいます。
伯母がAの最後で流す涙は、悲劇の涙ではなく、祝福の涙かもしれません。
そして、伯母の横には犬がいます。
ギバリャンは生前、父と和解したくても出来ませんでした。
父も、母と同じで、この世にいなかったからです。
●くろまる動物
母はクリスの夢の中だけに現れて、物質化されていません。
しかし、母は物質化されています。
図書室でハリーが、じっと見入っている『雪中の狩人』の犬が、アップで映されます。
クリスが夢(幻)を見る前に、本の頁のような紙片を拾って見て、すぐにそれを捨てます。
そこには犬が描かれています。
クリスの夢(幻)の中に、ハリーと母と同時に地上の犬が現れました。
父が撮ったビデオの中で、母が抱いている子犬は、地上の犬と考えられます。
ビデオはカラーで、内容はニセモノと比較出来るホンモノです。
ホンモノの子犬の鼻筋は白で、ニセモノの地上の犬とは違います。
同じ犬で違う犬です。
クリスと同じで、犬も合体物で隠喩です。
和解する父とクリスの横に、犬はいます。
犬は母です。
これが母への罰です。
ちなみに、黒澤明は『七人の侍』で、馬の鼻筋を白く塗ったそうです。
馬は、ギバリャンの部屋の絵からの物質化で、想像物です。
バートンの息子を、「じっと見てる」のは、何かを言いたかったからです。
表面だけを見てコピーする、ただのコピー機は馬と人間の区別をしません。
だから、この馬は人間の言葉を理解するし、人間の声帯があれば話せます。
犬も小鳥もそうです。
馬小屋と車庫が一緒で、車の上に藁があるのは、記憶の混乱です。
馬も犬も小鳥も食事はしません。
林の中から聞こえてくる、小鳥の囀りは幻聴です。
野生の小鳥を、全て物質化していないと思います。
虫の羽音もそうです。
●くろまる音
『惑星ソラリス』は、タイトルクレジットとエンドクレジットもモノクロです。
野生の小鳥だけでなく、水以外の、
すべてはその最初からソラリスの海の幻だったのかもしれません。
しかし、籠の小鳥の囀りはホンモノです。
スナウトは、酔って歌っています。
『雪中の狩人』の絵の中の狩人は、腰に角笛をぶら下げています。
ギバリャンの部屋と地上の家の中には角笛があり、夢の中の母は角笛を見て、思い出深そうに触ります。
地上の家の中と図書室にはホルンがあります。
ステーションでの最後の図書室で、クリスの耳がアップで映されます。
この耳の穴からは、毛が生えてリアルです。
これは音を、そして音楽を聴く耳です。
ギバリャンは、音に敏感だったと思います。
流れる水の音、遠くの雷の音、雨が降る音や物が落ちる音、人の声や小鳥の囀り、木の葉のような紙の音、、、
ソラリスの世界では、水以外に、物質化されたニセモノが出す音もホンモノです。
音はニセモノの空気が伝えます。
タイトルクレジットは黒地に白文字、エンドクレジットは白地に黒文字。
物語の外から、包み込むように、タイトルクレジットとエンドクレジットを、重ね合わせて繋げてみます。
天上からバッハの音楽が、静かに聴こえてきます。
[フレーム]
〇おわりに
読んでいただいてありがとうございます。
今後のお役にたてれば嬉しい限りです。
●くろまる追記
2022年3月31日
クリスはステーションへ到着してすぐに、ほどけていた靴の紐を踏んで、床に手をついてころびます。
そして、靴の紐を結びます。
見過ごしてしまいそうなシーンですが、重要なシーンです。
手をついて、謝っているようにも見えます。
ここは、レムの原作との相違点で矛盾点になります。
それをタルコフスキーは見せて、クリスが"ころぶ"ことによって、自ら告白しています。
この靴と紐はハリーの服と紐と同じはずですから。
クリスはこの後、別の靴を履いているので、靴を脱いで履き替えています。
ハリーがドアを破って部屋を出て、クリスの足元に倒れ込むシーンで、
履き替えた靴にも紐があることが分かります。
矛盾点を指摘される前に予防線を張り、予め断っておいてツッコミを避けようとしている、とも言えます。
予防線のシーンはもう一つあります。
ハリーが液体酸素を飲んで自殺を図り、復活した後、
スナウトが部屋から慌てて出てきて、廊下を走るシーンです。
この謎のシーンが予防線です。
スナウトは廊下を一周します。
廊下の向こう側へ走り、再び現れた時、ランチボックスのようなものを持っています。
この時、ステーションの装置の間から、廊下の向こう側が映りますが、スナウトは消えたように見えます。
ハリーが、きょとんとした顔で見ています。
このシーンはクリスの、BのステーションからAの地上への移動の、消滅と生成の置換です。
クリスがAの地上へ生成される時は、必ずランチボックスを持って生成されるのが、デフォルトということです。
つまり、本文で書いたデバッグは、不可能です。
タルコフスキーは、母への思いを断ち切れば、無限ループから抜け出せる、という指摘があることを予測して、
このシーンを予防線として入れたのです。
残酷ですが、『惑星ソラリス』のニセモノたちは、無限ループから抜け出すことは出来ません。
死ぬことも出来ません。
2022年4月1日
ハリーが自殺を図ったシーンの後に、このシーンを入れたのにも意味があります。
死ぬことも出来ませんから。
厳密に言うと、ハリーは復活したわけではありません。
最初から死んでいませんので。
ソラリスが、ハリーを死んだように見せただけです。
そもそも、ニセモノたちは、生きているのでしょうか?
2022年4月2日
死ぬことによって人間になれる、『ブレードランナー』のアンドロイドより悲惨です。
無限ループを本当に終らせることは、出来ないのでしょうか?
もう一度、考えてみることにします。
結論から先に書けば、出来ます。
ただ、そこに至る手順が分かりません。
その前に、地上が消滅しないのは、どうしてか?を考えてみることにします。
ステーションが消滅して生成するのだから、地上も消滅して生成してもよさそうです。
最初は、そのように考えました。
しかし、解析した結果は、本文で書いたように、島は、現れたのでもなく、消えていくのでもなく、
あのままの形、あのままの大きさで、ソラリスの海の上に生成された時から在った、としました。
どうして、地上も消滅して生成しないのか?というと、
一度全て消滅してしまうと、もう二度と生成できないからです。
ステーションにはかつて大勢の人がいたし、フェフネルや若い頃のバートンもソラリスの海上へ行っています。
しかし、ニセモノは現れません。
過去の記憶データが消滅して存在していないから、物質化できないのです。
ソラリスの海自体は、記憶データを保存することができない、ということです。
Bの最後で、スナウトが言う、クリスの脳波を送ってから島が形成されている、
というのは、ソラリスの自作自演です。
過去に、そういう事実があって、記憶データがあるから自作自演できるのです。
地上とステーションは、復旧しながら無限ループします。
復旧するためには、どこかに記憶データをバックアップしておく必要があります。
それが地上のどこかにあるはずです。
では、どこに復旧用の記憶データがバックアップされているのか?というと、
それは、馬です。
出発の朝、クリスの過去の記憶は、全て復旧しています。
家の外には馬が歩いていて、その馬をクリスは見ています。
本文で書き忘れたので、ついでにここに書きますが、
バートンの息子は、女の子と遊ぶため、女の子を癒すためにいます。
馬は、記憶データのバックアップのために、ギバリャンの絵から物質化された想像物です。
それ以外に馬の役割はありません。
地上も消え、馬も消えてしまえば、もう二度と地上は現れません。
2022年4月3日
では、無限ループを終らせるにはどうするか?です。
『惑星ソラリス』という映画は、無限ループせずに終ります。
無限ループするのは、映画の時間の並びを、物語の時間に並び替えたからです。
だから、それをもう一度、映画の時間に並び替えれば、無限ループから抜け出すことが出来ます。
そして映画は、本文で書いたように、異常終了して終ります。
これが答えです。
『惑星ソラリス』という映画は、今まで無限ループしていた物語を、異常終了で終らせる映画です。
では、時間を並び替えるにはどうするか?です。
無限ループを終らせる手順はありません。
それは、タルコフスキーにしか出来ないことです。
ソラリスは、神(かみ)ではなく鏡(かがみ)でした。
神は、タルコフスキーです。
雲の上を飛行して、地上へと帰還するイメージのシーンの最後で、クリスは言います。
「いまだ見ぬ、新しい奇跡を待つのだ」
これはメタ的な意味です。
「奇跡」を起こすことが出来るのは、神だけです。
「2時間遅れたよ」、夢の中でクリスは、母に言います。
これもメタ的な意味です。
「旅はどうだった?」
ステーションへの「旅」のことです。
「あの人たち、また遅れるのね、呼んでくるわ」
父と伯母と女の子のことです。
「まだ、いいよ」
水草が揺らめく流れる水から、生成したばかりです。
「母さん、僕、少し変なんだ、母さんの顔を忘れてる」
記憶がリセットされ、デフォルト値も空白です。
例外処理なので、デフォルト値が設定されていません。
しかし、この夢は、クリスがステーションで見ている夢です。
クリスは、まだ地上に生成されていません。
母の夢から覚めて、クリスはハリーのことを心配します。
時間の誤差を補正します。
夢の中の土から芽が出たランチボックスを、部屋の窓際の土から芽が出たランチボックスに合わせます。
Cの(02:41)で、クリスは、水草が揺らめく流れる水から生成されます。
Aの(00:41)で、クリスは、ハリーの写真を焚き火で燃やします。
物語の時間の並びでは、CはAの続きですが、
映画の時間の並びでは、CはBの後に、例外処理として呼び出されます。
「Aの続き」と「Bの後」の上映時間の差は「2時間」です。
物語の時間の並びでは、Cの水草が揺らめく流れる水のシーンは、復旧の隠喩です。
2022年4月4日
映画の時間の並びでは、Cの水草が揺らめく流れる水のシーンは、生成と復旧の隠喩です。
物語の時間の並びでは、ループの繋ぎ目として、復旧作業が行われます。
映画の時間の並びでは、例外処理として、復旧作業が行われます。
2022年4月3日
Cの家の中を流れる水は、物語の時間の中では流れていません。
映画の時間の中でしか流れていません。
復旧作業の水ではなく、ステーションのシャワーの水と同じで、ソラリスの海へと還る水です。
映画のラストシーンは、島が消えていきます。
そして、もう二度と地上もステーションも現れません。
2022年4月4日
タルコフスキーの誕生日に。
△しろさんかく