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Policy(提言・報告書) 科学技術、情報通信、知財政策 「科学技術立国」実現に向けた緊急提言

2025年12月8
一般社団法人 日本経済団体連合会

経団連は2024年12月に公表した「FUTURE DESIGN 2040」において、目指すべき国家像として「貿易・投資立国」に加えて、「科学技術立国」を提唱した。

その後、「科学技術立国戦略特別委員会」を2025年5月に設置し、来春を目途に科学技術立国の姿とそれに至る道筋を示すべく、教育から基礎・応用研究、社会実装まで一気通貫で議論を重ねている。

世界的な研究開発競争が激化の一途を辿る中、経済界は、経営者自らが「投資推進型」にマインドセットを転換する。官民連携して「科学技術立国」を力強くけん引していく決意である。

折しも高市総理が日本成長戦略のなかで「新技術立国」を提唱し、今後具体化が図られる局面にある。この機をとらえ、「科学技術立国」の実現のために必要な改革を以下のとおり緊急提言する。

1. 目指すべき科学技術立国の姿

グローバルサウスの台頭や地政学的緊張の高まり、AIをはじめとする先端技術の急速な進歩、深刻化する気候変動といった構造的課題は、従来の社会のあり方を前提とした発展モデルに見直しを迫りつつある。

こうした中、わが国は、多様な価値観が共存し、相互作用する、二項対立を超えたグローバルな「価値多層社会」の実現に貢献すべきである。「価値多層社会」とは、多様な文化的背景や価値観、ライフスタイル、経済活動等が重層的に共存・補完し合う社会である。

わが国は、モノづくりの技術・データ、製造現場におけるすり合わせプロセスなどの強みと、「価値多層社会」を目指す思想・哲学を活かして、世界に価値を提供し、不可欠な存在として位置づけられる「科学技術立国」を志向すべきである。

2. 実現に向けた提言

(1)価値創造人材の育成・循環

「科学技術立国」実現の主役は人材である。わが国にイノベーションを絶えず起こし、様々な課題を解決して、グローバルに価値を提供していくことのできる価値創造人材層を厚く構築すべきである。

1 人材流動化・循環の加速

価値創造力の源泉は多様性である。研究現場の多様性を高めるためにも、産学間および国内外における人材の流動化・循環は重要である。

しかし、わが国における産学間の人材流動性は極めて低い#1 。産学双方の研究力を強化し、科学研究から技術開発、実装への連携を円滑化するために、クロスアポイントメント制度の活用も含め、産学間双方向の人材移動を活性化すべきである。

また、世界トップレベルの頭脳をわが国に結集させるとともに、わが国の学生・研究者の海外留学・派遣を飛躍的に拡大し、わが国学界の研究レベルをグローバルレベルに引き上げる必要がある。政府は「J-RISE Initiative」のもとで海外研究者の獲得を進めているが、ビザ手続きや住居確保等の生活インフラのハードルの高さ、国際的な給与水準との乖離が、優秀な外国人材の招致を困難にしている。外国人材招致の障壁を一掃し、国際頭脳循環を加速すべきである。

2 偏差値偏重教育からの脱却

現在の初等・中等教育制度は、効率的な大学入学をゴールとする偏差値偏重教育に傾倒しており、多様性や好奇心、探究心を涵養し、未来の科学者・技術者を育成する環境として十分に機能しているとは言い難い#2

この状況から早急に脱し、「失敗を許容し挑戦を評価する文化」を日本社会に醸成すべく、教育制度の見直しを進めるとともに、小学校・中学校段階から科学に対する好奇心や探究心を育む教育を重視すべきである#3

3 大学の再編・統廃合

わが国では18歳人口が急速に減少する一方、大学入学定員数は増加#4 している。そこで、人口動態を踏まえた大学の再編・統廃合を推進するとともに、国際卓越研究大学や、地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)採択大学等、限りあるリソースを伸ばすべき大学に優先的に配分すべきである。

また、世界中からトップレベル人材が結集しイノベーションを生み出す沖縄科学技術大学院大学(OIST)の成功モデルを横展開し、第2、第3のOISTを設立すべきである。

4 エンジニアリング人材の育成・確保

人口減少に伴い、技術開発や運用・保守等に必要な技術者の量が圧倒的に不足すると予測されている#5

そこで、スイスの事例も参考に、早期からエンジニアリング人材としてのキャリアを見据えた実践的な専門技術を習得する教育#6 を充実させるべきである。具体的には、今後大きな成長が期待される、AIや半導体、バイオ、造船、航空・宇宙といった領域を中心に、高専(高等専門学校)の新設や定員拡大、支援強化により、技術者を質・量の両面で確保すべきである。

5 若手研究者の処遇改善

研究活動時間#7 や国立大学法人運営費交付金の減少#8 に加え、賃金や雇用期間を含めた不安定な処遇状況も相まって、人口100万人当たりの博士号取得者数は、諸外国に比べ低水準で推移している#9

そこで、研究者、とりわけ博士人材やポスドクなどの若手研究者が資金と時間を制約されず、将来を心配せずに自由に研究に打ち込める環境を早急に整備すべきである。また企業は、博士人材等に対し、柔軟で魅力的な処遇による積極的な採用を進めていく。

(2)官民による研究開発投資の拡大

「科学研究」と「技術開発」は方法論(目的、アプローチ、マネジメント等)において様々な違いがあるが、政策上、明確に区別されているとは言い難い。

これらの方法論を区別し、「科学研究」と「技術開発」各々に適した政策設計のもと、官民一体となって研究開発投資を拡大すべきである。

とりわけ企業は、研究開発投資を「自社のビジネスの源流」と位置づけて研究投資を拡大する。その際、2040年度名目GDP1,000兆円の実現に向けて、より一層研究開発投資を拡充していくことを目指す。

1 企業による研究開発投資の拡大

わが国企業の内部留保は一貫して増加#10 する一方、研究開発投資額は海外企業に比べ伸び悩んでいる#11

そこで、わが国企業は「コストカット型」から「投資推進型」へと経営戦略を転換し、中長期的な投資について株主や投資家の理解を得ながら、基礎研究から社会実装まで果敢に研究開発投資を拡大していく。

企業の研究開発投資は「選択と集中」のもと、蓋然性が高く短期的な成果が期待できる領域へとシフトしてきた。他方で近年、「科学とビジネスの近接化#12 」が急速に進み、あらためて科学研究の重要性が増している。そこで、企業自ら中央研究所の再興など、基礎研究への投資を拡大することが必要である。

また、研究成果の社会実装にディープテックスタートアップによる研究開発がより大きな役割を果たすことが期待される。大学・研究機関に眠る潜在的なディープテックスタートアップの掘り起こし#13 や、海外の大型VCの呼び込みなどに官民挙げて取り組むべきである。

2 基礎研究への大幅な政府予算増

科学研究のなかでも不確実性の高い基礎研究は、成果が出るまでの期間が長く、リターンが見えづらいことから、とりわけ政府による長期的な支援が不可欠となる。

そこで上述の大学の再編・統廃合を踏まえた国立大学運営費交付金の拡充、科研費倍増をはじめ、従来の文部科学省の予算枠内にとらわれず、トップダウンで抜本的に予算拡大をすべきである。

3 民間資金の活用

欧州や米国では、巨額の資金を擁する民間財団が科学研究を支えている構造がある一方、わが国の科学研究は政府資金に大きく依存している。そこで、企業や個人からの寄付を促すため、税制優遇措置を含めた寄付制度をより使いやすい形へと整備・改善し、大学・研究機関における科学研究への支援を拡大すべきである。この点、2,000兆円を超える個人資産を科学研究に活用する方途を官民で探るべきである。

(3)司令塔強化による政策の強力な推進

上述の科学技術立国の実現に向けた改革をスピード感と実効性をもって進めるためには、政府に強力な司令塔が必要である。現状は省庁縦割り構造ゆえ、類似の施策が省庁ごとに重複して講じられる一方、連携が乏しく、異分野融合や基礎研究から社会実装まで一気通貫の政策実行が難しい構造となっている。

まずは、当面の対応として、政府の科学技術政策の司令塔である総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が、「日本成長戦略会議」と連携して、科学技術政策を、成長戦略の一つと位置付けて推進すべきである。

そして、2040年を見据えて、省庁再編を含めた抜本的な改革を行い、基礎研究から社会実装までシームレスに推進できる体制を確立すべきである。その際、各省庁のシンクタンクやファンディングエージェンシーについても組織改編等を行うとともに、予見可能性を高めるべく、民間人材を登用して目利き機能の強化を図るべきである。

以上

  1. 「企業」部門、「大学等」部門はそのほとんどが同部門に流れており、他部門への転入は少ない。(科学技術指標2024図表2-1-16 部門間における転入研究者の流れ)
  2. 特に中学校では、「数学」、「理科」の両科目で国際平均よりも楽しいと答える生徒の割合は低い(経産省 産業構造審議会 教育イノベーション小委員会 中間とりまとめ2022年9月)
  3. 経団連は提言「2040年を見据えた教育改革」(2025年2月)において「多様性・好奇心・探究力を中心に個を磨き育む初等中等教育への転換」を提言
  4. 18歳人口は1992年に205万人がピークで大学入学定員数は、約48万人。2022年に18歳人口は112万人に対し、大学定員数は、約63万人。(文部科学省「全国大学一覧」、「学校基本統計」)
  5. 2040年に人工知能(AI)やロボットの活用を担う人材が約326万人、生産工程で働く人材が約281万人不足(経済産業省「就業構造推計」)
  6. スイスでは、中学卒業後、約7割が職業教育訓練制度(VET)を活用し、訓練校に進学(光文社「稼ぐ小国」の戦略)
  7. 2002年調査から2018年調査において、理学、工学、農学、保健、人文・社会科学分野で研究時間割合が減少傾向(「大学等におけるフルタイム換算データに関する調査」)
  8. 2004年度の法人化以降、運営費交付金は減少しており、2024年度は10,784億円と、2004年度の12,415億円と比較して、1,631億円減少(【参考資料】国立大学協会声明 2024年6月7日)
  9. 人口100万人当たりの博士号取得者数は、韓国344人、英国342人、ドイツ330人、英国286人に対し、日本は126人(「科学技術指標2024)」)
  10. わが国企業全体の利益剰余金(2024年度)は、637.5兆円(2015年比1.69倍)。うち、大企業(資本金10億円以上)の利益剰余金は324.2兆円(財務省「法人企業統計」注:金融業、保険業を除く全産業)
  11. 企業における研究開発支出は、1996年から2022年にかけて、米国は2.9倍、中国は48.8倍、EUは2.6倍、日本は1.5倍(第33回新しい資本主義実現会議 資料(2025年4月23日))
  12. 「科学とビジネスの近接化」とは、プラットフォーマーなどの勝者総取り競争の勝者が、次なる勝者総取りを目指し、巨額資本を活用して科学に大型投資を行うなどビジネスが極めて初期段階から科学を加速させる時代を表現(産業構造審議会イノベーション・環境分科会イノベーション小委員会中間とりまとめ)
  13. 経団連提言「Science to Startup」(2024年9月17日)

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