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2025年度(令和7年度) 意見書

特定商取引法を改正し、美容医療及びエステティックサービスにおける
前受金の保全措置の義務化を求める意見書

2025年(令和7年)11月27日
関東弁護士会連合会

第1 意見の趣旨

国は、特定継続的役務提供のうち、美容医療及びエステティックサービス(以下「美容サービス」という。)について、事業者が消費者から受領した前受金の保全措置を講ずることを義務付けるため、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)を速やかに改正すべきである。
その制度設計に当たっては、資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という。)が定める発行保証金制度を参考に、事業者の負担にも配慮しつつ、消費者保護の実効性を確保する枠組みを構築すべきである。

第2 意見の理由

  1. 1 美容サービスにおける前受金ビジネスモデルの構造的欠陥と消費者被害の深刻化
    1. (1) 前受金ビジネスモデルに内在する構造的欠陥
      近年、美容サービスは著しく成長している。その一方で、多くの事業者は、高額な設備投資や広告宣伝費等の運転資金を確保するため、複数回のサービスをパッケージ化し、契約時に代金全額を一括で前払いさせる「前受金ビジネスモデル」に大きく依存している。
      この構造は、新規顧客の獲得が鈍化した時点で破綻する危険が高く、近年の大規模な倒産は、個々の企業の経営判断の問題にとどまらず、このビジネスモデルに内在する構造的欠陥の必然的な帰結である。
    2. (2) 大規模倒産の頻発と甚大な消費者被害
      上記ビジネスモデルの構造的欠陥は、近年、大規模な消費者被害を伴う倒産の連鎖という形で顕在化している。
      1 A社は、令和5年12月に破産手続開始決定を受け、負債総額約58億円、約10万人の顧客が施術を受けられない状態となった。
      2 B医療法人は、令和6年12月に破産手続開始決定を受け、負債総額約124億円、約9万人の顧客が被害を受けた。これは美容サービス業界において過去最大級の消費者被害である。
      3 これらの被害実態は、独立行政法人国民生活センターが管理するPIO-NET(全国消費生活情報ネットワークシステム)の統計によっても裏付けられている。令和5年4月1日から令和7年3月31日までの2年間で、特定継続的役務提供に関する倒産を理由とする相談のうち、「エステサービス」は8605件、「美容医療」は5496件に上り、両者を合わせると1万4101件もの甚大な被害が生じている。これは、同期間における他の特定継続的役務提供(外国語会話教室19件、家庭教師25件、学習塾53件、パソコン教室3件、結婚相手紹介サービス55件)の相談件数と比較して突出しており、倒産による消費者被害が美容サービス分野に極端に集中していることを客観的に示している。
      4 これらの事例及び統計は氷山の一角であり、個別の企業の問題ではなく、業界全体に共通する構造的な欠陥であることを明確に示している。
    3. (3) 破産手続における消費者の法的地位の脆弱性
      事業者が破産した場合、前払金を支払った消費者は、法律上、何ら担保を持たない「一般破産債権者」として扱われる。破産手続における配当は、租税等の請求権や労働債権などが優先され、一般破産債権者への配当は、それらの支払いを終えてなお資産が残っている場合に限られる。しかし、倒産する企業の資産が残っていることはまれであり、消費者が実質的な配当を受けられることは皆無に等しいのが現実である。
      また、クレジットカードの分割払いで契約した消費者は、割賦販売法に基づき、今後の支払いを停止する「支払停止の抗弁」を主張し得るが、これは将来の損失を防ぐものであり、既に支払った金員が返還されるわけではない。現金一括払いやクレジットカード一括払いの消費者は、この手段すらなく、事実上、救済される手段がない。
  2. 2 現行の特定商取引法における前受金保全措置の不備

    特定商取引法は、美容サービスを「特定継続的役務提供」と位置付け、書面交付義務やクーリング・オフ、中途解約権等の消費者保護規定を設けている。
    しかし、倒産時における消費者の損害を回復するための最も重要な「前受金保全措置」については、事業者にその実施を義務付けていない。法律が要求するのは、契約書面に「前受金保全措置の有無」及び「措置を講じている場合はその内容」を記載することのみである(特定商取引に関する法律施行規則92条1項1号ヌ)。
    これは、保全措置を講じるか否かを完全に事業者の任意に委ねるもので、現実の市場では全く機能していない。保全措置には費用を要するため、熾烈な価格競争の中で、事業者が自主的に措置を講じることを期待するのは不可能である。むしろ、保全措置を講じない事業者ほど価格競争において有利になるという「悪貨が良貨を駆逐する」状況を招いている。
    現行制度は、結果として危険な事業慣行を助長し、その最終的な費用を消費者に一方的に負担させており、法律が意図した消費者保護の目的を達成できていない。

  3. 3 実効性ある前受金保全措置のモデルとしての資金決済法

    他方、我が国には、消費者から預かった前払金を保全するための実効性が高く、確立された法制度として資金決済法が存在する。同法が定める「発行保証金制度」は、美容サービスの前受金問題を解決するための優れたモデルとなる。

    1. (1) 義務的かつ柔軟な資産保全制度
      資金決済法は、商品券やプリペイドカード等の「前払式支払手段」の発行者に対し、基準日における未使用残高が1000万円を超えた場合に、その2分の1以上の額を発行保証金として保全することを義務付けている(資金決済法14条1項)。
      その際、1法務局への金銭等による供託(資金決済法14条1項)、2金融機関との発行保証金保全契約の締結(資金決済法15条)、3信託会社との発行保証金信託契約の締結(資金決済法16条1項)、という柔軟な選択肢を設けている。特に保全契約の活用は、事業者が保証料という経費を負担することで、多額の運転資金を拘束されることなく保全義務を履行できるため、中小企業を含む事業者の経済活動の自由に配慮した、極めて現実的かつ優れた仕組みである。これは、資金の固定化という資本の問題を、保証料の支払いという経費の問題に転換させるものであり、事業者の過度な財務的負担を回避しつつ、消費者保護を達成するものである。
    2. (2) 消費者への優先的弁済権の保障
      さらに、資金決済法は、発行者が破綻した際に、前払式支払手段の保有者が、保全された発行保証金から他の一般債権者に優先して弁済を受ける権利を法定している(資金決済法31条1項)。破産法上、この優先的弁済権は別除権(破産法65条1項)として扱われるものと解される。これにより、破産手続における配当を待つことなく、保全された資産から迅速な返金を受けることが可能となり、実質的な消費者救済が制度として保障されている。

第3 立法提案

以上の分析に基づき、美容サービスにおける消費者保護を実効的に図るため、以下のとおり特定商取引法の改正を提案する。

  1. 1 前受金保全措置の義務化

    特定継続的役務提供事業者が、前受金残高(未消化役務に対する前受金の総額)として1000万円を超える金員を保有する場合には、資金決済法に準じ、前受金残高の2分の1以上の額について保全措置を講ずることを法的に義務付ける。
    保全方法は、資金決済法と同様に、供託、金融機関との保全契約、信託会社との信託契約から事業者が選択できるものとする。
    また、事業者が倒産した場合に、消費者が保全された資産から優先的に弁済を受けることができる還付手続を創設する。

  2. 2 制度の比較

    本提案による改正後の特定商取引法は、以下の表のとおり、現行法が抱える問題を克服し、資金決済法と同等の実効的な消費者保護を実現するものである。

    項目 現行特商法(特定継続的役務提供) 資金決済法(前払式支払手段) 特商法改正案(立法提案)
    保全義務 任意。保全措置の有無の表示義務のみ。 義務。未使用残高1000万円超で発動。 義務。前受金残高が基準額(例:1000万円)超で発動。
    保全額 規定なし。 未使用残高の50%以上。 前受金残高の50%以上。
    保全方法 規定なし。 供託、保全契約、信託契約から選択可能。 供託、保全契約、信託契約から選択可能。
    監督官庁 消費者庁(表示義務の監督に限定)。 金融庁・財務局(包括的な監督・検査)。 消費者庁(報告徴収、検査、行政処分権限を強化)。
    消費者救済 破産手続における無担保債権者。優先権なし。 保全資産からの優先的弁済(還付手続)。 保全資産からの優先的弁済(還付手続)を創設。
    実効性 極めて低い。大規模な消費者被害が頻発。 高い。確立された消費者保護制度。 資金決済法モデルの導入により高い実効性を目指す。
  3. 3 制度の円滑な移行のための経過措置

    本改正法の施行に当たっては、現在前受金を受領している既存の事業者も含め全ての事業者が新制度へ円滑に対応できるよう、法の成立から18か月から24か月程度の十分な施行準備期間を設けるべきである。
    また、国は、特に中小企業が新たな義務を円滑に遵守できるよう、分かりやすいガイドラインの策定や、金融機関と連携した利用しやすい保証契約商品の開発支援等、積極的な支援策を講ずるべきである。

第4 結論

以上のとおり、美容サービスにおける前受金に関する消費者被害は極めて深刻であり、その原因は、危険なビジネスモデルを許容する現行の特定商取引法の制度的欠陥にある。
消費者の財産を保護し、市場の健全な発展を促すため、国は、特定商取引法を速やかに改正し、資金決済法の発行保証金制度をモデルとした、義務的かつ実効性のある前受金保全措置を導入すべきである。

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