イベント報告
2018年2月24日開催精神保健当番弁護士制度発足25周年記念公開シンポジウム 「オープンダイアローグが日本の精神科医療にもたらすもの」〜地域精神科医療の推進に向けて〜ご報告
1 はじめに
2018(平成30)年2月24日、福岡市中央区天神・福岡ビルにおいて、精神保健当番弁護士制度発足25周年記念公開シンポジウム「オープンダイアローグが日本の精神科医療にもたらすもの」〜地域精神科医療の推進に向けて〜が開催されました。
医療・福祉関係者、弁護士、当事者ら合わせて約140名が参加し、近時、注目を集めている「オープンダイアローグ」に対する関心の高さがうかがえました。
2 オープンダイアローグとは?
(1) ここで、オープンダイアローグについて、簡単な紹介を試みたいと思います。
オープンダイアローグは、急性期精神病における開かれた対話によるアプローチと言われます。発祥は、フィンランドの西ラップランド地方です。薬物をできるだけ使わない対話による治療法として、同地方において、1980年代から導入されました。統合失調症による入院の減少、入院治療期間の短縮などのエビデンスを蓄積し、フィンランドの同地方では、公的な医療サービスに組み込まれています。日本でも2013年頃から、これまでの精神科医療の枠を打ち破るものとして注目を集めています。
(2) その特徴をいくつか列挙しますと、
- 本人抜きではいかなる決定もなされない。
- 依頼があったら24時間以内に本人・家族を交えて初回ミーティングを開く。
- 治療対象は最重度の統合失調症を含むあらゆる精神障害をもつ人。
- 薬はできるだけ使わない。
- 危機が解消するまで、毎日でも対話をする。
- テーマは事前に準備しない。スタッフ限定のミーティングなどもない。
- もちろん幻覚妄想についても突っ込んで話す。
- 本人の目の前で専門家チームが話し合う「リフレクティング」がポイント。
- 治療チームは、クライアントの発言全てに応答する。
などです(斎藤環著+訳「オープンダイアローグとは何か」医学書院より引用)。
(3) 我々福岡県弁護士会精神保健委員会は、昨年夏、北海道浦河町「浦河べてるの家」(精神障害等を抱えた当事者の生活共同体)の研修に参加しましたが、研修の一つとしてオープンダイアローグの実践に触れ、その内容に衝撃を受けました。その高揚感冷めやらぬままに、このテーマでのシンポジウムを企画したものです。
3 基調講演
(1) シンポジウムでは、日本でのオープンダイアローグの普及を担っている「オープンダイアローグネットワークジャパン(ODNJP)から、西村秋生さん(医師/だるまさんクリニック)、矢原隆行さん(教授/熊本大学大学院社会文化科学研究科)をお招きし、オープンダイアローグの7つの原則 について、講演していただきました。
(2) 特徴的だったのが、お2人が掛け合いのように、1つずつの原則について内容を確認していくかたちで、講演をされたことです。オープンダイアローグには、厳密なマニュアルのようなものがあるわけではありません。それは単なる「技法」ではなく、その本質は、対話実践の考え方といったものです。そのようなわけで、オープンダイアローグの7つの原則についても、人によって答えは違うことがありえます。その観点から、まさに開かれた対話形式によって、答えを作り上げていくという手法が取られ、大変興味深いものでした。
(3) 下記にご紹介する7つの原則の考え方は、医療機関に限らず、福祉、教育、そして我々のフィールドである司法(特に刑事事件、家事事件、そして退院請求事件でしょうか)など、あらゆる対人支援の現場で応用することが可能と言えそうです。特に重要な6と7については、お2人の発言とともに紹介します。
① 即時対応(Immediate help)
→必要に応じて直ちに対応する。
② 社会的ネットワークの視点を持つ(A social networks perspective)
→クライアント、家族、つながりのある人々を皆、治療ミーティングに招く。
③ 柔軟性と機動性(Flexibility and mobility)
→その時々のニーズに合わせて、どこででも、何にでも、柔軟に対応する。
④ 責任を持つこと(Responsibility)
→治療チームは必要な支援全体に責任を持って関わる。
⑤ 心理的連続性(Psychological continuity)
→クライアントをよく知っている同じ治療チームが最初からずっと続けて対応する。
⑥ 不確実性に耐える(Tolerance of uncertainty)
→答えのない不確かな状況に耐える。
(西村さん)
決まらないことの苦しさに耐える。
(矢原さん)
私は「耐え」たくない。Toleranceとは、寛容とか包容。専門家が答えを出すのではない。多様な声(ポリフォニー)をそのまま置いて並べていき、必要な答えを本人が選んでいく。
(西村さん)
矢原さんの考えを教えてもらってよかった。
⑦ 対話主義(Dialogism)
→対話を続けることを目的とし、多様な声に耳を傾け続ける。
1 詳細は「精神看護」2018年3月発行(通常号)(Vol.21 No.2)の特集「オープンダイアローグ対話実践のガイドライン(医学書院)。
(西村さん)
対話を続けることが目的。
(矢原さん)
治ろうが治るまいが対話を続けることが大事。対話の本質はスキルではない。フィンランドツアーを組んで学びに行くようなものでもない。
(4) 特に、「不確実性に耐える」については、弁護士が最も苦手とするところというのが参加弁護士の共通認識でした。しかし、この観点は、勝ち負けを決める必要のない成年後見業務などおいて、参考になりうると感じました。また、当事者のご家族からの発言で、「不確実性に耐える」という考え方が大きな収穫だった、気持ちが楽になったというものがありました。
4 精神保健当番弁護士25周年の歩みと取組み
(1) 続けて、福岡県弁護士会精神保健委員会委員長鐘ヶ江聖一会員より、現在、精神保健当番弁護士名簿登録者数は402名であり、概ね順調に運用されている等の報告がありました。
(2) 九州弁護士連合会精神保健に関する連絡協議会副委員長橘潤弁護士(宮崎県弁護士会)より、現在、九弁連管内のすべての単位会で精神保健当番弁護士制度が実施されている等の報告がありました。
5 パネルディスカッション
(1) 続けて、八尋光秀会員をコーディネーターとしたパネルディスカッションが、西村さん、矢原さんに加え、和田幸之さん(こころの病の患者会うさぎの会会長)、楯林英晴さん(医師/福岡県精神保健福祉センター所長)、森豊会員の5名にて行われました。
(2) 和田さんより、奥様が措置入院となった際、頼れる社会資源がなかったことのエピソードや、オープンダイアローグも入院中心の精神科医療の中で骨抜きにされる可能性があることなどが語られました。
(3) 楯林さんより、福岡県精神保健福祉センターの活動(保健所の支援、家族及び支援者の研修会、精神医療審査会、クライシスプラン、病院と地域の連携推進など)について、報告がありました。
(4) 森会員より、入院医療中心から地域生活中心へと謳った平成16年の精神保健医療福祉の改革ビジョンの実現は現状ではほど遠いこと、オープンダイアローグはその起爆剤となりえ、特に急性期の患者に対する非自発的入院治療の必要性の判断を適正な判断に変えていく契機となって、非自発的入院の減少につながりうること、などが語られました。
(5) パネルディスカッションの後半で、矢原さんより、この度、精神医療とは直接は関係のない弁護士会からオープンダイアローグについての講演依頼が来たことで、オープンダイアローグの普及を実感するとともに、ブームとして終わってしまうのではないかと心配になったとのお話がありました。日本において、どこまでオープンダイアローグの拠点を作っていけるか。あくまでフィンランドはフィンランド。土地によって文化は違い、その土地なりの実践がある、とのことでした。
6 閉会あいさつ
九州弁護士連合会精神保健に関する連絡協議会委員長野林信行会員より、閉会のあいさつとして、今日の参加者が今日学んだことを自身の現場で実践していきましょうとのことばがありました。
思うに、日本において、オープンダイアローグは、まだ緒についたばかりです。オープンダイアローグは、薬物と入院をできる限り遠ざけようとする治療法ですから、現在の精神医学界において積極的に受け入れられることは考えにくいです。しかし、オープンダイアローグの考え方を知った今日の参加者は、普及するまで、まさにその不確実性に耐え、その有効性を実践によって地道に確かめていくことが求められたと思います。
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