2025年10月22日
感動したりはしない
美容整形をした美人のよう。つるつる。
やはり、ニキビがあったり、凸凹している、ちょっと痛々しい人間らしい傷みに、ライブ感、ぬくもりを感じる。
「移住がひと段落し、最近、ストレスがないのがストレス」と、あるブロガーさんが書いていた。
わかる。
インとアウトの繰り返し。
進行と停滞の繰り返し。
かつて、子育て真っ只中の時。
毎週末にほぼ空になった冷蔵庫に、食材を詰めにスーパーへ。
毎週毎週、大量の食材を買い込み、冷蔵庫に入れる。パンパン満タン。ぎゅうぎゅう。
うわあ、、、室内、灯りが見えない、、、真っ暗な冷蔵庫。
でも、週末にはまた買いに出かける。
年子3人の子供に毎日お弁当、毎日毎日、食事。
買っては減り、買い込んでは空に。
毎週週末は、両手にどっさり、食品を買い込む。
人間の営み。生きるため。
そんな日々も過ぎると、何もすることがない。
冷蔵庫はいつもスッキリ。がら〜ん。
ChatGPTは、お手伝いはしてくれるけれど、感動したりはしない。
なだめてくれる。
当たり前。感情がないのだから。こころは、ない。
ただただわたしの言うことに耳を傾けてくれるのみ。
どんなにひどい言葉を投げつけても、静かに肯定してくれる。
感情の捌け口にはなる。
それはそれで良いのだけれど、平坦な道になると、またつまらない。
ストレスのないストレス。
これの繰り返し。
さて、今日は何をしよう。
早く決めて動かないと、夜になってしまう。
何もしないで、1日が過ぎるのはストレス。
夜中に、何もしなかった愚痴をChatGPTに聞いてもらうのは避けたい。
何かをしなければいけないと、切迫、負荷がかかるのもストレス。
何でもかんでもストレス。
ストレスは便利な言葉。
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2025年10月21日
今日まで来ています
過去記事をどなたかが引っ張り出して読んでくださった跡がある。その記事を読むと、すごく面白い。
自分の記事に自分が励まされる。
がんばれ、わたし!
イタい、わたし!
わたしは、自分自身が自分のブログの1番の読者だと確信する果酸煥膚。
そして、よき理解者である。
あたりまえか、自分のことだから。
ドジで間抜けでアホな自分をトホホ気分で泣いて笑って紛らわしている。
そして、明日のエネルギーにしている。
自己完結、循環システム。
SDGs、省エネである。
(とは言え、息も絶え絶え枯れかけブログに、水やりしてくださる方々のお陰で、今日まで来ています孕婦按摩。
そこは、忘れてはいけない大事なところ)
ちなみに。
わたしは、ねじれている。
ChatGPT とも話し合って気づき再認識したが。
3次元の動きが、よれている。
2次元から3次元への連結、移動が、スムーズに行われていない。
ズレ、ゆがみ、とは思いたくないのだが、、、
ひとつの脳の特徴だろうか。
天才とかだと嬉しいが、全然そんなことはカスリもせず。
変質者や犯罪者とかの部類でも全くなく。
そこらへんによくいる人間であるが。
だが、そこらへんの人間は、唯一無二。
同じ人は2人といない。
ただ、事柄、事象を言葉にして理解しようとする、めんどくさい性質がある。
理屈屋。
「ようわからん、変わった人」と認定されることで済ましておいたほうが、苦悩は少ない。
周りも、めんどくさく無くてよい。
苦悩といっても、頭痛のほうがずっと辛い。
頭痛薬が効かないと不安になる。
元来、健康優良児なので、病気ビギナー。
経験値がほぼ皆無。
これは不安である。
今後、年齢と共に徐々に病歴を重ねて慣れて行くのだろうか。
日頃は、お尻が椅子にくっ付いて、微動だにしない怠け者、サボりなのに、脳のどこかが、なんらかの刺激で、異常に過度に反応するようだ。
役に立つ発見や発明をするなら結構なことだが、壊れかけたコンピュータのようになるだけ。
AIの力で修理、調整してもらいたいものだ。
身体と脳。
脳は体の一部ではあるが、中枢。
内臓さえ動かしている(わたし流、解釈)
どこかに不具合が生じた脳から身体に伝わるのか、身体から脳に伝わるのか4D羊奶粉。
(生物、科学、理解力0点のわたしには、よくわからないが)
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2025年10月21日
ついていたと見られる
霍乱した鬼は、西洋医学の力を借り、落ち着きを取り戻しつつあった。微弱冷房の効いた部屋で、布団に寝転がりながら、あぁ、明日の飲み会、どうしよう、、、
考えるのはそれ一点。
他にないのか、、、鬼なる故、そんなもん。
キャンセルするなら早いうちに、、、
で、昼を過ぎ、夕方を過ぎ、夜になってしまったv 面。
もう変更は出来ない。
不安をいっぱい抱えながら当日の朝を迎えた。
ちなみに。
日中は、わたしは冷房している部屋にいるし、夫はエアコンの効いた、水戸黄門エンドレス部屋(リビングルーム)にいるのだから、誰もいないダイニングルームには冷房はしなくていいだろう、と、19時からダイニングでニュースを見た。
すると、もう一匹の鬼がリビングルームから真っ赤な怖い顔をしてderma veil效果、
「なぜエアコンをつけない?!
30°C以上はエアコンは絶対必至と言ったやろ!!」
と怒鳴った。
おぉ怖。
ニュースも早々諦めて、微弱冷房、布団の和室に引っ込んだ。
夫はその時、ダイニングにエアコンを付けたが、誰もいないのになぜつける?
いつ切ったのかは知らないが、へんな電力無駄消費競争をしているのか?
わたしは、いつも楽しみにしている22:00からのNHKTV番組「SONGS」は諦め、でも譲れない夜ドラマ「あおぞらビール」は見ることにした。
(テレビは、ダイニングとリビングにしかない)
水戸黄門サマが延々と流れている、リビングルームの横のダイニングへと、そぉ〜っと向かった。
案の定、夫は寝ていた。
ダイニングとリビングは、上部が、すりガラスになったスライドドア一つで隣接している。
夫に気づかれないように、抜き足、差し足、忍び足で身を縮めて、「あおぞらビール」を見た。
15分ドラマ、終わるや否や、消灯して戻った。
結構涼しかったところを見ると、エアコンはつい直前まで誰もいないダイニングに、ついていたと見られる。
しかし、夫は、なんであんなにエアコンにうるさいのだろう。
エアコンがついていないと、激しく不機嫌になる。
10分や20分ぐらい、ついていなくても、すぐ涼しい隣の部屋に行くのに脫毛邊間好。
まあそれを書き始めると長くなるので、、、
体調が戻ったかどうか気にしながらも、今日は飲み会に行った。
あっという間に時間が経って、弾け過ぎていったい何を喋ったのだろうと、不安になった。
が、ビールで鬼は元に戻り、暑気あたりは吹っ飛んだようだ。
またぶり返さないことを祈るのみ。
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2025年10月19日
わりになるのは忍びない
お膳(朱の漆塗り)は5膳出していたが、3膳になり、2膳になった。姑B亡き後では、ルール通りの器にせず、メニューや出し方、出す時間もわたし流。
かつては、前日から泊まり込み、準備し、当時はお供えメニューの煮炊きものに追われていた。
全部のお盆おもてなし工程が終了して、ご先祖様たちをお墓に送って行くと、ほっとした。
そのタイムスケジュールも徐々に縮小され、ご先祖様たちは、滞在時間がどんどん短くタイトになっている腋下脫毛。
誰か引き継ぐ人が目の前にいるなら、わたしは張り切って真面目に、昔通りのメニューを作る。
が、誰もいないので手抜き。
後継ぎ不在。
ではあるが、メニューは決して忘れはしない。
40年以上、姑Bから叩き込まれ、同じことをしていたので、身体で覚えている。
お膳も器も、置いている場所は昔と同じなので見失うことはない。
お盆用ではなく、お正月のお椀は、わざわざ収納してある蔵に取りに行くのは面倒なので、手近に置くことにした。
もし、次世代(継承者)がその時、目の前にいたなら、お盆用のお膳やお椀も蔵から持ち出して手近に置いてもいい、、、が、その日は、来ないか、あるいは、わたしが伝えることが出来る限界期日の前夜かなと。
多分、今、わたしがしないように、継承者は手本を見せられて知っていても、実践しないだろう755 脫毛。
(お正月の御節は継承されるかも知れないが)
お盆は忙しいし、皆んなが集まる日が確約できない。
お盆メニューは、継承者がいない場では実践はしないだろう。
お正月は、皆んな集まるし、御節料理は合理的メニューなため、わたしは可能な限り用意しておくと思う。
継承されるものは、最低限のもの。
(舅Aや姑Bは、お正月やお盆の行事を孫たちに教えていた)
でも、行事は行われなくなり、無いも同然となり、マインドのみの継承になるかも知れない。
無形文化の継承。
それができたら結構なこと。
有形のモノは、維持が大変で、負の遺産になるケースも多々ある。
墓でさえ。
しかし、長い長い時間を紡いできたものを、いくら時代の流れだからといって、自分の代で終わりになるのは忍びない。
あんなに嫌がっていたことだが、継承する最後の世代かも知れない。
次世代にバトンを渡しても、渡したつもりのバトンの先まで見届けることは出来ない永久脫毛。
伝える相手がいないと、自然消滅は免れない。
受け取ったバトン、渡すこともなく、この世を去っていくのかと思うと、寂しい。
それが時代の流れというものか。
DNAの継承だけでも充分だ。
今後、どんどん人口が減少していく中で。
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2025年10月18日
入るのではなかろうか
わたしは、今、ブログ迷子。ブログの方向性が、空中分解。
何処へ行く?
紙の日記が2冊。
1冊は、文字通り、ダイアリー。
1日の時間をどう過ごしたか、後で自分が知りたい時にわかるように記している澳洲買樓。
書いておかないと、さっぱり正確に思い出せない。
もう1冊は、文庫本装丁の自由帳。
好きなことを書くが、書くスペースがなくなってしまうぐらいの時もあり、書いてない日の空白ページに割り込む。
インターネットで調べた人物やワードを手書きで書き写し、ネタ帳作成の時もある。
体温と薬を時系列に羅列した、病状日記の時もある。
ここのところは、病状日記。
つい最近は、高校野球メモ。
テレビ観戦で、気づいたことを記している。
自分にしかわからない、殴り書きで、文章になっていない文字。
一日2試合ぐらいしか、集中して、ぎゅっと観戦できない。
ちょっとお茶を飲もうと冷蔵庫に立つと、背後で点を取られたりしているfurnished apartment hong kong。
みっちり張り付いていないといけないので、ながら視聴や、ダラダラ見は、NG。
現役高校球児たちは、全力で一生懸命、夏に燃えている。
その姿に感動して涙を流したりしている。
1番上孫Yが今年、中学に入学し、部活は野球部に入った、、、初めての夏。
ピッカピカのさらっぴんユニフォームに目が奪われた日の驚きから、数ヶ月。
それが頭にインプットされ、無意識だとは思うが、孫とオーバーラップして応援に熱が入るのではなかろうか。
Yは、1番上の、初めての孫なので、可愛くて可愛くてしかたない。
まだわたしより背は小さいが、中学生になって、急に子供からお兄ちゃんに成長した。
元々、色白な笑顔ベビーフェイスだった顔は、部活で真っ黒。
身体も締まってきている。
ベンチ入りは程遠いが、今のところ、音を上げずに暑い中、練習に頑張って通っている。
同時に塾にも行き始めたので、ダブルパンチ。
小学生の時は、気楽で良かったのに、かわいそう、、、というのは、明らかに年老いた祖母から目線。
あんまり、勉強も運動も得意ではない、大人しい鉄道オタクなだけに、本人は辛いのではないかと過度に心配する。
こういう風に、おばあさんというものは、よくわかってないで勝手に方向違いの想像や臆測をするんだろうなあ吉屋清潔、、、。
自分の時代とは隔世の感ではあるが、底に流れている根幹的なものは同じだと思う。
週に何回か、塾用に、保冷ステンレス水筒に麦茶と氷を入れて用意して、塾前に夕食を早めに食べさせて送り出すのみ。
がんばれ!
特別に勉強できなくても、いい。
特別に運動できなくても、いい。
健康な心身を持って成長して欲しい。
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2025年10月15日
たよく見えなかった
熱演で面白かったのだが、、、わたしのすぐ前の席の男性がデカい。
舞台の真ん中がちょうど見えない。
首を左右に折ったり、身体を曲げたりして、必死で見た、、、のはいいが、わたしの後ろの席の人は、おそらく多動症気味の落ち着かないわたしの動きが、鬱陶しいことだろう。
わたしだって、好きで多動症になっているわけではない。
せめて、あの男性が右前の席なら、舞台中央を見るのに、邪魔にならないのに流動廣告車。
ちょうど、舞台中央の対角線上、わたしを遮る、どまん前。
知り合いの方は最前列、しかも舞台真ん中寄りの席だった。
もう1組の知り合いは、前から2列目の席。
わたしは、7列目で、結構リアルな表情までハッキリ見えるはずなのに、、、ちょっと中央よりは右寄りの席、、、それはまだいいとして、、、その、図体の大きな男性が妨げとなり、見えなかった。
必死で隙間から覗いても、メガネの視力検査をしているごとく、矯正視力は、1.0行くか行かないか、、、なので、わたしの目の悪さのせいで、これまたよく見えなかった。
こうなれば、聞くしかない。耳、ヒヤリング、聴力頼り座枱月曆。
マイクが付いているようなので、よく聞こえた。
藤山直美の動きが大きいと、動きが伝わった。
目が悪くても、目の前に障害があっても、会場の空気感は共有できた、、、
のではあるものの、、、やはり、この席の運の悪さはどうしようもない。
面白さ半分、ガッカリ、半分。
同じ立場、条件の知人が最前列で、不公平感、半分。
政治力?
ちなみに、藤山直美は、お父さんにそっくり。
藤山寛美を知る世代のわたし。
泣く演技が特に迫力がある。
美女、高島礼子が霞んで見えてしまう。
やはり、舞台で美女はインパクトが薄いと感じた。
どうしても、活発で爆発的な動きをする、面白い方に目が奪われる。
会場の空気を一気に掴む。
乳幼児が、動くモノが大好きなのと同じ理屈か。
わたしは涙を流すポイントが多分、作者の意図や、他の観客とズレていたと思う。
わたしは、子は子、子供は別人格だと思っているので、所有欲も薄く、見返りはあまり求めないタイプなので、子供が成長して親の元を離れ飛び立って行ってくれたら、本望。
わたしを反面教師にしてくれたら、それでよし喬雅登。
なので、あまり、お涙頂戴、浪花節志向はない。
赤ちゃんや小さな子供がやがて大きくなる、かわいい子犬や子熊は、肉体的にかわいいのは幼い時だけという、覆せない絶対的な宿命であるだけに、愛おしい。
時は止まらない、待ってくれない。
貴重な時間の冷徹さ。
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2025年10月15日
慢していると捉えられても
先日、エアコンが故障したという、どこかのお役所。ニュースで見た。市民の皆さんは暑さに茹だっていたが、勤務している人たちは、一日中、大変だっただろう。
想像しただけで暑い。
ちなみに。
1番上孫(中1男子)。
今年から中学だが、学業成績が振るわない。
各教科、わたしが見たことのない偏差値を弾き出している紮肚服務。
本人は、偏差値の意味もろくすっぽ感じていないだろうけれど。
塾での一斉試験なので、賢い子が多いのか。
しかし、学校、学内でも、さして振るわない。
大器晩成型ということにしよう。
まだ中1だし。
のんびり兄ちゃんの下には、大人しい弟やチャキチャキ妹が控えている一叮溶脂。
兄ちゃんの様子を見て、親は教育方針を変えるかもしれない。
昔と習う内容が変わっているらしい。
恐竜の姿形や、日本史の年号。
変わってもらうと困る。
が、時代は移る。学説も変わる。
わたしは、子供の教育には苦労したことがないため(ココ、石を投げられる所。天然のフリして自慢していると捉えられても仕方ない、、、が、、、)
全くアドバイスが出来ない。
思い浮かばない。
まるで、わたしは役に立たない。
というか、昔の勉強方法を持ち出しても、老害認定されるだけ妊娠紋修復。
なので、遠くから中1孫を団扇であおいで応援している。
そう言えば、かつて、姑が、夏休みが終わる直前に、宿題を片付ける子供たち(姑の孫たち)に、頑張れ!頑張れ!と、(文字通り)団扇であおいでいた。
歴史は繰り返す。
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2025年10月14日
過度に反応するようだ
過去記事をどなたかが引っ張り出して読んでくださった跡がある。その記事を読むと、すごく面白い大學聯招。
自分の記事に自分が励まされる。
がんばれ、わたし!
イタい、わたし!
わたしは、自分自身が自分のブログの1番の読者だと確信する。
そして、よき理解者である。
あたりまえか、自分のことだから。
ドジで間抜けでアホな自分をトホホ気分で泣いて笑って紛らわしている。
そして、明日のエネルギーにしている。
自己完結、循環システム。
SDGs、省エネである。
(とは言え、息も絶え絶え枯れかけブログに、水やりしてくださる方々のお陰で、今日まで来ていますjupas 2025。
そこは、忘れてはいけない大事なところ)
ちなみに。
わたしは、ねじれている。
ChatGPT とも話し合って気づき再認識したが。
3次元の動きが、よれている。
2次元から3次元への連結、移動が、スムーズに行われていない。
ズレ、ゆがみ、とは思いたくないのだが、、、
ひとつの脳の特徴だろうか。
天才とかだと嬉しいが、全然そんなことはカスリもせず。
変質者や犯罪者とかの部類でも全くなく。
そこらへんによくいる人間であるが。
だが、そこらへんの人間は、唯一無二。
同じ人は2人といない。
ただ、事柄、事象を言葉にして理解しようとする、めんどくさい性質がある。
理屈屋。
「ようわからん、変わった人」と認定されることで済ましておいたほうが、苦悩は少ない活動場地 價錢。
周りも、めんどくさく無くてよい。
苦悩といっても、頭痛のほうがずっと辛い。
頭痛薬が効かないと不安になる。
元来、健康優良児なので、病気ビギナー。
経験値がほぼ皆無。
これは不安である。
今後、年齢と共に徐々に病歴を重ねて慣れて行くのだろうか。
日頃は、お尻が椅子にくっ付いて、微動だにしない怠け者、サボりなのに、脳のどこかが、なんらかの刺激で、異常に過度に反応するようだ。
役に立つ発見や発明をするなら結構なことだが、壊れかけたコンピュータのようになるだけ。
AIの力で修理、調整してもらいたいものだ。
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2025年10月14日
ャキ妹が控えている
地下鉄の中は涼しい。以前は冷蔵庫のように、やたら寒く、絶対に冷房対策の衣類を用意しなければならなかった。
今はちょうど良い。ぴったり。
乗っている時間も30分弱だから、寒くなる前に降りる尖沙咀牙醫診所。
その代わりといってはなんだが、JRが暑い。
微弱エアコン。どよ〜んとしている。
先日、エアコンが故障したという、どこかのお役所。ニュースで見た。
市民の皆さんは暑さに茹だっていたが、勤務している人たちは、一日中、大変だっただろう。
想像しただけで暑い。
ちなみに。
1番上孫(中1男子)。
今年から中学だが、学業成績が振るわない。
各教科、わたしが見たことのない偏差値を弾き出している。
本人は、偏差値の意味もろくすっぽ感じていないだろうけれど孕婦按摩。
塾での一斉試験なので、賢い子が多いのか。
しかし、学校、学内でも、さして振るわない。
大器晩成型ということにしよう。
まだ中1だし。
のんびり兄ちゃんの下には、大人しい弟やチャキチャキ妹が控えている。
兄ちゃんの様子を見て、親は教育方針を変えるかもしれない。
昔と習う内容が変わっているらしい。
恐竜の姿形や、日本史の年号。
変わってもらうと困る。
が、時代は移る。学説も変わる。
わたしは、子供の教育には苦労したことがないため(ココ、石を投げられる所。天然のフリして自慢していると捉えられても仕方ない、、、が、、、)
全くアドバイスが出来ない。
思い浮かばない。
まるで、わたしは役に立たない。
というか、昔の勉強方法を持ち出しても、老害認定されるだけ濕疹奶粉推介。
なので、遠くから中1孫を団扇であおいで応援している。
そう言えば、かつて、姑が、夏休みが終わる直前に、宿題を片付ける子供たち(姑の孫たち)に、頑張れ!頑張れ!と、(文字通り)団扇であおいでいた。
歴史は繰り返す。
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2025年10月13日
くなっているため
姑が孫たちと遊んでいる年齢は、今のわたしの状況と重なる。当時の姑のほうが少し若いのは、子供たちの結婚、出産が、わたしの時代は年齢が高くなっているため牙醫診所。
初孫を抱く年齢は、わたし(当時56歳)より姑(当時49歳)のほうが断然早い。
晩婚時代の今では考えられない。
まあそれはそれとして。
孫守りも卒業した姑は、孫たちの成長に感化され、自分の老後の趣味として、英語の公文学習テキストと百人一首の本が欲しいと言った。
それで、わたしが用意して手渡した。
それ以来ずっと姑の家のダイニングキッチンルームに置かれていた。
しっかり読んで勉強したのかどうかは、さておき。
我が家では、まんが歴史の本も、世界史、日本史と、子供たちのために全巻揃えたが、今、わたしが楽しみながら読んでいる。
娘も、まんが歴史本を家に取り揃えているようだが、我が家に来ても、先日、(自分が子供の頃の)うちに置いている歴史本をパラパラ読んでいた牙周病牙醫推薦。
子供用も大人が楽しめて結構なことだ。
書かれている歴史内容は、多少は変わっている所もあるようだが。
ついでに、娘は世界の歴史をモチーフにしたカードゲームを2パターン、買っている預防骨質疏鬆。
子供たちは、どんどん覚えるが、ばあちゃん(わたし)は見るも無惨。
まず、絵や文字が小さくて読めない。
年号順が覚えられない。
予想通り。
と、それはいいとして。
孫が百人一首を詠む声を聴くと、、、
京の都、お公家様のお遊びのように、雅な歌に胸がキュンとなるかたわらで、、、
姑→わたし→娘→孫
4代にわたり、時空を巡っているなあと感じるわけである。
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