Microsoft Word - 5146IharaTakashi


論文 河川技術論文集,第27巻,2021年6月
耳川水系における潜在的な魚類分布の推定
PREDICTING POTENTIAL FRESHWATER FISH FAUNA
IN THE MIMIKAWA RIVER SYSTEM
井原高志1・齋藤剛2・鬼倉徳雄3
Takashi IHARA, Tsuyoshi SAITO and Norio ONIKURA
1非会員 修(農) 西日本技術開発(株) 環境部(〒810-0004 福岡県福岡市中央区渡辺通1丁目1番1号)
2非会員 西日本技術開発(株) 環境部(〒810-0004 福岡県福岡市中央区渡辺通1丁目1番1号)
3非会員 博(農) 九州大学附属水産実験所(〒811-3304 福岡県福津市津屋崎4-46-24)
Kyushu Electric Power Company, which is responsible for dam installations, intend to carry out the
sediment sluicing, incorporating Yamasubaru Dam, Saigou Dam, and Oouchibaru Dam. It is assumed that
in response to the change in the amount of flow of sediment due to sediment sluicing at dams, there will
be changes in the river environment. The purpose of this study was to use species distribution model
(SDMs) developed by for each species by logistic regression analysis based on habitats and
environmental variables(such as landscape and land use) to estimate the fish species that are likely to be
potentially distributed downstream of the dam.
Key Words : Species Distribution Model:SDMs, sediment sluicing, GIS, GLM, ROC analysis,
1. はじめに
耳川水系では、上流からダムに流れ込む土砂をダム下
流に通過させる3ダム(山須原ダム:河口から46.0km地点/
西郷ダム:河口から36.2km地点/大内原ダム:河口から
23.6km地点)連携のダム通砂運用が計画され1)
、一部運用
が始まっている。ダム通砂による土砂流下の促進により、
生物生息環境の再生などの様々な効果が期待されている2)が、河川の土砂動態が大きく変化するため、ダム下流
の河川環境への影響等にも配慮が必要となる。ダム通砂
運用を実施した場合の河川環境の主要な変化の一つとし
ては、ダム下流の河道形状や河床材料の粒度組成が変化
することが想定されている。これらの変化は、魚類等の
生物の生息環境の変化につながる可能性がある3)。ダム通砂による魚類への効果・影響を、通砂前後の比
較・評価(BA評価)1)
で把握するためには、通砂実施前の魚
類の生息状況や潜在的な分布状況を把握することが重要
である。耳川水系では、大内原ダム下流の一部区間で、
現況及びダム通砂による将来的な魚類の生息環境の変化
を予測した事例が報告されている2)
が、ダム下流河道全
域で予測した事例はない。既往事例2)
に従い河道全域で
予測するためには、河道全域の河床材料の詳細変化につ
いても予測する必要があり、膨大な検討コストがかかる。
上記の課題に対して、近年では、地理情報システム
(GIS)データを活用して、災害被災地周辺河川広域の潜
在的な魚類相を推定した事例4)
等が報告されている。
したがって本研究では、ダム通砂運用が行われている
耳川水系を対象とし、地理情報システム(GIS)データを
活用して魚類分布予測モデルを構築し、ダム下流に潜在
的に分布する可能性が高い魚種を推定することを目的と
した。
2.方法
(1) 推定の手順
推定の手順は、現地調査で取得した魚類の在/不在
データと国土数値情報から取得した環境情報(地形GIS
データ)を用いて、魚種毎の分布予測モデル(GLM)を構
築し、耳川水系広域の地形GISデータをモデルに外挿す
ることで、水系内の潜在的な魚類分布を推定した。
(2) 研究対象地・現地調査
研究対象地は、ダム通砂運用が行われており、地形
GISデータが公開されている耳川水系を対象とした。
魚類の在/不在データは、2018年9月10日〜11日・9月
18日〜22日及び2019年9月26日〜30日に、図-1に示す耳
川水系84地点で現地調査を実施し取得した。なお、上記
データは、潜水目視観察(×ばつ1
時間)により同定できた魚種に限り在/不在のデータを
取得した。 10 0 0 0
0 0 0 0 0 1
0 0 0 0 0 0
0 0 0 0 0 0 0
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1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
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0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0
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0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0
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0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
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0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 1 0 1 0
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0 0 0 0 0
0 0 0 0
0 0 01大内原ダム
岩屋戸ダム
上椎葉ダム
山須原ダム
西郷ダム
塚原ダム
図-1 現地調査地点(-:河川 しかく:調査地点).
(3) 地形GISデータ
環境情報は、国土数値情報ダウンロードサービス
(https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/)から入手した3次メッシュ(約
1k×ばつ1km)のデータから地形GISデータ(3次メッシュ全
854メッシュ)を抽出した。
地形GISデータは、鬼倉・中島(2020)4)
で魚類の縦断分
布に影響すると想定された平均標高(ELE)及び平均傾斜
度(SLO)、横断分布に関連性を示すとされた土地利用3次
メッシュの都市用地面積(URB)及び水田面積(RICE)、淡
水域の規模を表す水面面積(AREA)、水域の長さや複雑
さの指標となる総河川長(LINE)、河川の幅を表現した水
面面積/総河川長(AREA/LINE)、河川の合流数を表現
した河川合流点(POINT)の8項目を抽出した。
(4) 解析
分布予測モデルは、各種の在/不在(1/0変数)を独立
変数、地形GISデータを説明変数として、一般化線形モ
デル(GLM)を構築した。独立変数は二項分布に従うと仮
定した。なお、予測モデルの応答曲線が凸状を描く可能
性を考慮し、土地利用及び河川合流点を除く5変数(ELE、
SLO、AREA、LINE、AREA/LINE)については、二乗
項も加えて解析した。また、応答曲線が凹状を描いた場
合や二乗項のみの単独の選択があった場合は、その二乗
項を除外して再解析した。
また、モデル構築にあたっては、説明変数の総当たり
全ての組み合わせのモデルを構築し、赤池情報量規準
(AIC, Akaike1974)及びROC分析によるAUC(曲線下面積,
Area Under the ROC Curve)の算出も行い、AUCが最も高
いモデルを分布予測モデルに選定した。AUCは二項分布
型のモデルの精度検証に利用でき4)
、その値が0.7を超え
ると適正な精度、0.9を超えると高い精度と判断される5)。なお、これらの解析には「R ver.3.4.1(https://www.r-
project.org/)」を用いた。
(5) 潜在的な魚類分布の推定
耳川水系で公開されている地形GISデータ(3次メッ
シュ全854メッシュ)を、AUCが0.7以上の適正な予測精
表-1 魚類の出現状況及びモデル構築対象種.
No. 目名 科名 和名 出現メッシュ数(全84メッシュ中) 予測モデル構築対象(くろまる)
1 ウナギ目 ウナギ科 ニホンウナギ 15 くろまる
2 コイ目 コイ科 コイ 22 くろまる
3 ゲンゴロウブナ 5
4 ギンブナ 18 くろまる
5 オイカワ 53 くろまる
6 カワムツ 56 くろまる
7 タカハヤ 34 くろまる
8 ウグイ 58 くろまる
9 ゼゼラ 2
10 カマツカ 44 くろまる
11 ドジョウ科 ヤマトシマドジョウ 1
12 サケ目 アユ科 アユ 30 くろまる
13 サケ科 ヤマメ 17 くろまる
14 ボラ目 ボラ科 ボラ 2
15 ダツ目 メダカ科 ミナミメダカ 2
16 スズキ目 ユゴイ科 ユゴイ 5
17 カジカ科 カマキリ 14 くろまる
18 ハゼ科 ボウズハゼ 38 くろまる
19 ヌマチチブ 38 くろまる
20 シマヨシノボリ 32 くろまる
21 ルリヨシノボリ 3
22 オオヨシノボリ 36 くろまる
23 ゴクラクハゼ 28 くろまる
24 スミウキゴリ 17 くろまる
25 ウキゴリ 8 くろまる
度を持つモデルに外挿し、メッシュごとの各魚種の分布
の可能性を算出した。
なお、各魚種の潜在的な分布の可能性(予測値)に対す
る在/不在間の閾値も、ROC分析によるAUC算出結果
を使用した。ROC分析において最適の判別を意味する
AUC=1.0に最も近い点を独立変数のカットオフ値とし、
カットオフ値以上で在、未満で不在と判断した。
3.結果
現地調査では、25種の魚類が確認された(表-1)。出現
メッシュ数が8地点未満のゲンゴロウブナ、ゼゼラ、ヤ
マトシマドジョウ、ミナミメダカ、ユゴイ、ルリヨシノ
ボリ及び汽水・海水魚のボラの計7種は、在データが少な
く予測精度が確保できない可能性があったため、モデル
構築の対象外とした。
上記7種を除いた計18種の魚類について、分布予測モ
デルを構築した結果、いずれも予測精度が適正または高
い(AUC≧0.7)分布予測モデルが構築された(表-2)。ELE
やSLOなどは、半数を超える魚種の分布予測モデルで説
明変数に選択された。また、AREA等を説明変数に含む
魚種は半数以下であった。
これらの分布予測モデルを用い、水系内の3次メッ
シュの潜在的な分布を推定した。ダム下流河道の推定結
果を表-3に示す。山須原ダム下流河道(42.2〜46.0km/8
メッシュ)で、在と推定されたメッシュ数が多かった上
位3種は、ウグイ、カワムツ、タカハヤ、西郷ダム下流
河道(30.8〜36.2km/6メッシュ)での上位3種は、ウグイ、
カマツカ、オイカワ、大内原ダム下流河道(4.8〜23.6km
/24メッシュ)では、ウグイ、オイカワ、アユ、ボウズ
ハゼであった。全てのダムの下流河道で在と推定された
種は、ウグイ、カワムツ、タカハヤ、オイカワ、カマツ
カの5種であり、山須原ダム下流河道ではコイやギンブ
ナ等の12種が、西郷ダム下流河道ではヤマメやギンブナ
等の6種が不在と推定された。
表-2 各魚種のモデルに選択された説明変数の係数.
No. 魚種 AUC
切片
(Intercept)
平均標高
(ELE)
平均傾斜度
(SLO)
都市用地面積
(URB)
水田面積
(RICE)
水面面積
(AREA)
総河川長
(LINE)
水面面積/
総河川長
(AREA/LINE)
河川合流点
(POINT)
1 ニホンウナギ 0.873 -0.070 -0.025* -0.133 0.263
2 コイ 0.791 -2.444*** 0.00002*** -0.003
3 ギンブナ 0.750 -2.655*** 0.00002* -0.005
4 オイカワ 0.888 -2.574 -0.008 -0.053 0.000005*
5 カワムツ 0.843 -1.292 凸 -0.001 -0.131 0.001*
6 タカハヤ 0.797 -4.213*** -0.151* 0.002***
7 ウグイ 0.803 -1.473 -0.004*** -0.018 0.000004
8 カマツカ 0.817 -0.722 -0.004*** 0.00002* -0.021*
9 アユ 0.907 -1.820* -0.026*** -0.123
10 カマキリ 0.870 -0.585 -0.023 -0.060
11 ボウズハゼ 0.979 -6.512*** -0.046***
12 スミウキゴリ 0.854 -0.186 -0.015* 0.000006
13 ウキゴリ 0.836 -0.737 -0.015 0.000004
14 シマヨシノボリ 0.909 -2.132 -0.035 -0.208
15 オオヨシノボリ 0.958 -0.672 凸 -0.014 -0.261
16 ゴクラクハゼ 0.921 -1.668* -0.034*** -0.210
17 ヌマチチブ 0.850 -4.124*** -0.027***
18 ヤマメ 0.951 -11.13* -0.500* 0.003* -0.063
係数の信頼性:***p<0.01, *p<0.05/凸:一乗項が正かつ二乗項が負となった変数
表-3 ダム下流河道の在メッシュ数.
No. 魚種
山須原ダム下流河道(8メッシュ)
のうちの在メッシュ数
No. 魚種
西郷ダム下流河道(6メッシュ)
のうちの在メッシュ数
No. 魚種
大内原ダム下流河道(24メッシュ)
のうちの在メッシュ数
1 ウグイ 6 1 ウグイ 6 1 ウグイ 24
1 カワムツ 6 1 カマツカ 6 1 オイカワ 24
3 タカハヤ 4 1 オイカワ 6 3 アユ 23
4 オイカワ 3 4 カワムツ 4 3 ボウズハゼ 23
5 ヤマメ 2 5 アユ 3 5 ゴクラクハゼ 22
5 カマツカ 2 5 ボウズハゼ 3 6 オオヨシノボリ 21
7 ニホンウナギ 0 5 タカハヤ 3 6 ヌマチチブ 21
7 アユ 0 5 オオヨシノボリ 3 8 カマツカ 18
7 ボウズハゼ 0 5 ゴクラクハゼ 3 8 スミウキゴリ 18
7 カマキリ 0 5 ヌマチチブ 3 10 カマキリ 16
7 スミウキゴリ 0 11 スミウキゴリ 2 11 ニホンウナギ 15
7 ウキゴリ 0 12 コイ 1 11 ウキゴリ 15
7 コイ 0 13 ニホンウナギ 0 11 カワムツ 15
7 ギンブナ 0 13 ヤマメ 0 11 シマヨシノボリ 15
7 シマヨシノボリ 0 13 カマキリ 0 15 コイ 11
7 オオヨシノボリ 0 13 ウキゴリ 0 16 タカハヤ 10
7 ゴクラクハゼ 0 13 ギンブナ 0 17 ギンブナ 6
7 ヌマチチブ 0 13 シマヨシノボリ 0 18 ヤマメ 1
赤字:各ダムの下流河道で在と予測された種/しかく:不在と予測された種
4.考察と今後の展望
(1) 考察
一般に淡水魚類の種数は、下流ほど種数が多いことが
報告されている6)
。本研究においても、多くの魚種で、
ELEが低いほど潜在的な分布の可能性が高いと推定され
た(表-2)。魚種毎にみると、同一河川内では中流から下
流側にオイカワが、中流から上流側にカワムツが分布す
ることが報告されており7)
、本研究においても、オイカ
ワはELEが低いほど、カワムツはELEが中程度で潜在的
な分布の可能性が高いと推定された。また、淵やダム貯
水池等規模が大きな止水環境に生息するコイやギンブナ
は、淡水域の規模を表すAREAが大きいほど潜在的な分
布の可能性が高いと推定された。これらの結果から、本
研究で構築した分布予測モデルは、統計的な予測精度が
適正で、かつ既往文献や魚類の生態的な知見とも一致し
ており、水系内の潜在的な分布は概ね予測可能であると
考えられる。
また、推定の結果から、ダム下流河道において、潜在
的な魚類分布状況が、区間によって異なることが明らか
となった。ウグイ、カワムツ、タカハヤ、オイカワ、カ
マツカの5種は、各ダムの下流河道に潜在的に分布する
と推定されており、モニタリングの視点でダム通砂後の
影響や効果を評価する指標種となりうる。また、最も下
流の大内原ダム下流河道では、回遊性魚類のアユやボウ
ズハゼが河道全域に分布すると推定されており、これら
の種も指標種となりうるだろう。
これらの種のうち、カマツカやボウズハゼは、河床粒
度との関係性が高い2)
底生魚で、カマツカ:砂底のとこ
ろに多い/ボウズハゼ:珪藻類がよく付着する大きな河
床材料を好む可能性がある2)
といった生態的な知見も一
般的に知られている。ダム通砂による河川環境の主要な
変化の一つは、ダム下流の河床材料の粒度組成が変化す
ることであり、これらを考慮すると、カマツカやボウズ
ハゼは、ダム通砂後の影響や効果を特に受けやすい指標
種と考えられる。そして、今回のモデル推定から、前者
は3ダム全てにおいて、後者は下流の2ダム(西郷、大内
原ダム)において、潜在的な在が確認(ただし、両側回遊
魚であるボウズハゼは、大内原ダムで分布が制限される2))されており、ダム通砂の影響の指標生物として特に優
れると判断できる。
さて、本研究の推定結果は、河川生態系の階層構造の
下位の条件(ハビタットスケール以下)が予測に含まれて
おらず、予測は在であっても実際には不在となるような
箇所は、ハビタットスケールの物理環境がその種に適し
た条件を満たしていないことを意味している4)。カマツカの場合、既往事例や生態的な知見2)
を考慮す
ると、予測は在であっても砂分含有率が低ければ実際に
は不在になると考えられる。このような場所は、ダム通
砂による砂分の供給でカマツカの生息環境が改善される
可能性があり、河川本来の潜在的な魚類生息状況に近づ
くという観点で、ダム通砂による効果が期待される。
一方ボウズハゼの場合、石分含有率が低ければ実際に
は不在となる可能性が高い。しかし、ダム通砂により河
床全面が砂化し石分含有率が著しく低下する可能性は低
く2)
、ダム通砂によりボウズハゼの生息環境が悪化する
等の可能性は、潜在的な分布の推定からも低いものと考
えられる。
本研究ではモデルの精度をより高めるため、現地調査
で収集した全ての魚類相データをモデル構築に使用した。
その結果、統計的な精度の検証を行えなかったことは課
題のひとつであろう。ただし、本研究以前に行った魚類
相調査結果(2015年11月、大内原ダム下流18.8〜23.6km区
間の21地点、6メッシュが該当)2)
と今回の予測結果を比
べると、ウグイ、カワムツ、タカハヤ、オイカワ、カマ
ツカ等の出現上位種で概ね70%以上の的中率を示してい
た。九州の淡水魚類において、別途、検証用データを
使ってモデルの精度を評価した研究として、九州北西部
でモデルを構築し、北東部で精度を評価したタナゴ類の
事例8)
があるが、評価先でのAUCは低下している。鬼
倉・乾(2011)7)
は、類似した環境構造を持つ地域や水系へ
の当てはめでない限り、モデルの汎用性は期待できない
ことを示唆しており、耳川水系内のデータで構築した本
モデルは、同水系内での使用に限定することが望ましい
と考えている。また、今後、継続的に実施されるダム通
砂事業のモニタリング調査で得られたデータを蓄積し、
それを活用し精度の検証とモデルの再構築を繰り返すこ
とで、予測の質的向上が図れるものと考えている。
(2) 今後の展望
既存の生物分布データ及び広域で公開されている地形
GISデータを活用し、生物の分布状況を推定する手法は、
大災害発生直後の潜在的な魚類相の推定などへ応用を試
みる研究4)
や、国土交通省九州地方整備局による「多自然
川づくり支援システム」の開発9)
等が報告されている。
本研究成果についても、今後の活用・実装を想定し、
本成果を比較的容易に閲覧するため、「地理院地図」及び
「Leaflet」(Copyright (c) 2010-2018, Vladimir Agafonkin、
Copyright (c) 2010-2011, CloudMade)を利用したWebGISシ
ステム「魚類分布ポテンシャル予測システム」を開発(図-
2)したので、今後の展望として、以下に報告する。ダム
通砂指標生物の一次選定手法として、また河川整備時に
環境配慮事項を検討する際の支援ツールとして、本研究
が少しでも寄与することを期待する。
しかく魚類分布ポテンシャル予測システムの主な機能
本研究成果から、耳川水系全域の分布ポテンシャル
マップ(分布確率を4段階表示)を作成し、魚種ごとに閲覧
が可能なシステムを構築した。また、メッシュ内の物理
環境条件が大きく変わった際に、在/不在の変化を再計
算するシミュレーションを構築した。なお、本シミュ
図-2 魚類分布ポテンシャル予測システムの構築例.
レーションは、ダム建設等の直接的な影響を加味した予
測ではないことに留意が必要である。
謝辞:現地調査の実施及びデータ分析等にあたり、ご指
導・ご協力を頂いた流域関係漁協、九州電力(株)の関係各
位に深く感謝の意を表します。本研究は、2018〜2019年
度西日本技術開発(株)研究開発費の助成を受け行った。
参考文献
1) 川上馨詞, 吉村健, 新屋裕生:耳川水系ダム通砂に向けた河
川環境調査結果に基づくモニタリング計画の概要, 河川技術
論文集, 第22巻, pp.115-118, 2016.
2) 井原高志, 川上馨詞, 坂田賢亮, 鬼倉徳雄:耳川水系ダム通
砂実施計画の策定に向けたダム通砂による魚類への影響予測,
河川技術論文集, 第23巻, pp.663-668, 2017.
3) 国土技術政策総合研究所;土木研究所:ダムと下流河川の物
理環境との関係についての捉え方, 2009.
4) 鬼倉徳雄, 中島淳:平成29年7月九州北部豪雨被災地域の潜
在的な淡水魚類相の推定, 応用生態工学, 第23巻, pp.171-183,
2020.
5) Akobeng A. K.:Understanding diagnostic tests 3: Receiver
operating characteristic curves, Acta Paediatrica, No.96, pp.644-647,
2007.
6) Petry, A. C. and Schulz, U. H.: Longitudinal changes and indicator
species of the fish fauna in the subtropical Sinos River, Brazil,
Journal of fish biology, 69(1), pp.272-290, 2006.
7) 鬼倉徳雄, 乾隆帝:河川生態系保全のための淡水魚類の分布
予測の試み, 環境管理, 第40巻, pp.20-28, 2011.
8) Norio, O. Jun, N. Takuya, M. Kouichi, K. and Shinji, F.:Predicting
distributions of seven bitterling fishes in northern Kyushu, Japan,
Ichthyological Research, No.59, pp.124-133, 2012.
9) 遠山貴之, 鬼倉徳雄, 光益慎也, 齋藤康宏:一級水系流域に
おける魚類分布予測モデルの構築と多自然川づくり支援シス
テムの開発, 河川技術論文集, 第25巻, pp.363-368, 2019.
(2021年4月2日受付)
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