小野小町生誕伝説
掲載日:2019年3月22日更新
小野小町生誕伝説の地、小野町
ふるさとの伝説とロマンをたどる旅へ
小野篁と小町ゆかりの里 永い歴史の足跡をぶらり訪ねてみませんか
小野小町(絶世の美女にして情熱的な恋歌の歌仙)
時は平安朝初期、七里ヶ沢といわれたこの一帯に、公家の血を引く小野篁が救民撫育のためにやって来た。都の教養人であった、篁は、この地を「小野六郷」と称して治め、産業や文化の礎を築くのに懸命の日々を送っていた。ちょうどその頃、篁の荘園に仕える一人の娘がいた。愛子(めずらこ・珍敷御前)というその娘は息をのむほどに美しかった。篁と愛子はたがいに文を交し合う仲となり、そして結ばれた。間もなく玉のように愛らしい姫が生まれた。二人は姫を比古姫と名付け、たいそう大事に育てた。やがて比古姫が六歳になったあ る春の日、篁は妻愛子をこの地に残し、姫を連れ都へ上がっていったのだった。この比古姫こそ後の小野小町である。
とするのがわがまちの説です。残念なことに比古姫が生まれ育ったことを示す記録は残されておりません。しかし現在でも、小野篁を祭神とする矢大神社が人々の尊崇を集めていることまた、夏の風物詩「たかむら踊り」が広く親しまれていること、さらには、京に上がる比古姫の美しさに魅せられ振り返ったという片葉葦が山里に残されていることなど、やはりこの町は小野氏に深い縁を持つ土地柄。そして『小野小町生誕の地』というロマンが生きる土地でもあるのです。
ほんとうはどんな人だったの?
六歌仙・三十六歌仙にも数えられる才能あふれる歌人。その一方では、類希なる美貌の持ち主として、数々の浮き名を流したと伝えられます。自分に思いを寄せる深草少将を、百晩通わせる説話はよく知られるところ。このほか美男として名高い在原業平の求愛を、鉄火のごとくはねつけたとか、死して髑髏(どくろ)を野辺にさらした髑髏(どくろ)小町の逸話など多種多様な伝統をもち、彼女縁の地も全国各地に点在しています。小野小町とはどんな人物であったのかその本当のところは今もって歴史の謎とされています。しかし彼女が残した歌の世界に思いを馳せ、伝説の地を歩いてみれば、もしかしたら誰も知らなかった小野小町に出会えるかも知れません。
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