質問本文情報
令和七年十月二十二日提出質問第一五号
スポットワークにおける過去の企業側キャンセルに伴う未払賃金問題に関する質問主意書
提出者 水沼秀幸
スポットワークにおける過去の企業側キャンセルに伴う未払賃金問題に関する質問主意書
「スポットワーク」とは短時間・単発の就労を内容とする雇用契約のもとで働く、二〇一八年から始まった新たな就労形態である。スマホアプリで完結するその手軽さに加え、企業側の深刻な人手不足や働く者の貧困の問題も背景に、そのサービスは急拡大し、二〇一九年十二月時点で約三百三十万人であった登録者延べ数は二〇二五年七月には約三千七百万人に達した。二〇二五年一月に発表された連合の調査によれば、スポットワークで働く理由の一位は「生活のための収入」とされ、週に一回以上利用する者はスポットワーカー全体の三十七・一%に上る。スポットワークはまさに国民生活の不可欠な社会インフラとなっている。
他方、このスポットワークにおける大きな問題が確認され始めている。過去の企業側キャンセルに伴う未払賃金問題である。これまで主要なアプリ事業者は、労働契約はマッチング後であっても出勤日まで成立しないという整理をした上で、マッチング後の企業側キャンセルが広く行われてきた。しかし、本来労働契約はマッチング時点で成立しており、その後のキャンセルは無効な解約になりうることは一般論として二〇二五年七月四日に発表された厚生労働省のリーフレットでも示された通りである。また、多くの労働法学者、弁護士などの見解も一致していると認識している。無効な解約をした場合は民法五百三十六条二項に基づき、その全額を賃金として支払う必要があると考えられ、未払額は総額で三百億円以上との指摘もある。
企業側のキャンセルの実態については、例えば、繁忙期と閑散期の差が激しく需給予測が難しい物流業界において、スポットワークでとりあえず十人確保し、当日の作業が五人で足りれば余る五人をキャンセルするといった便利な仕組みとして機能していたとメディアで指摘する物流ジャーナリストもいる。スポットワークがまさに雇用の調整弁として活用されていたと言わざるを得ない。
そして、この企業側キャンセルが容易という点はまさにこのスポットワークの強みの一つとしてアプリ事業者の営業に使われてきたことも明らかになっている。実際、派遣(特に、二〇一二年に原則禁止された日雇派遣)マーケットからシフトする形でスポットワークは成長してきたが、一部アプリ事業者において、派遣はマッチング後に解約できないものの、スポットワークはマッチング後であっても条件によってキャンセルできるとの比較を行う営業説明資料を利用していたことが明らかになり、この件は既に各種メディアで報じられた。
この未払賃金問題は、被害を受けるのが学生や非正規、生活困窮層といった弱い立場の人々であるがゆえに、その社会的影響は深刻である。現代の社会問題として、政府も向き合って行かなければならない課題であると認識している。
そして重要なのは、この未払賃金請求権は三年間の時効にかかるという点である。民事的な紛争については基本的に関与しないのが厚生労働省の立場と理解しているが、数年かかる可能性もある裁判の結果が出るのを待っていれば本来支払われるべきであった未払賃金の支払をスポットワーカーが受けられなくなる。今この瞬間も、過去働きたくとも企業側のキャンセルによって働く機会を奪われたスポットワーカーの、その賃金を取り戻すという正当な権利が時効によって消失してしまっていることは由々しき事態である。
労働問題を所管する公的機関たる厚生労働省には右記事情も踏まえた上で、積極的かつ実効的な対策を採っていただきたいと考える。
以上を踏まえて、以下質問する。
一 厚生労働省が労使向けに作成した二〇二五年七月公表のリーフレットにおいては、労働契約について、「面接等を経ることなく先着順で就労が決定する求人では、別途特段の合意がなければ、事業主が掲載した求人にスポットワーカーが応募した時点で労使双方の合意があったものとして労働契約が成立するものと一般的には考えられる」との考え方が示されたが、この考え方については、この厚生労働省リーフレットが公表された二〇二五年七月四日より前についても妥当するという理解で良いか見解を伺いたい。
二 厚生労働省が労使向けに作成したリーフレットにおいては、労働契約について、「面接等を経ることなく先着順で就労が決定する求人では、別途特段の合意がなければ、事業主が掲載した求人にスポットワーカーが応募した時点で労使双方の合意があったものとして労働契約が成立するものと一般的には考えられる」との考え方が示されたが、ここでいう「特段の合意」はどのような合意であっても認められるか。どのような合意が含まれるかを具体化してもらいたい。「労働契約の成立は出勤時点とする」との合意についてもここに含まれるか。「特段の合意」の内容を何ら具体化せずにどんな内容でも合意さえあれば労働契約の成立時点が応募した時点でなくなるとの余地がある一般論を展開するのであれば、現状でも事業者によっては「労働契約の成立は出勤時点とする」との「特段の合意」をスポットワーカーとの間で結んで、労働契約は出勤時点まで成立しないと整理し、これまでの企業側キャンセルを広く許容するサービスが生まれる可能性も十分に考えられる。何ら「特段の合意」の内容を具体化せずに、厚生労働省が「特段の合意」があれば労働契約の成立時期が異なる場合があると明示することは労働者保護の観点から無責任なものと考えるが見解を伺いたい。
三 かねてより、直前キャンセルの問題でスポットワーカーから労基署などに多数の苦情が寄せられていることは報道もなされており、厚生労働省においても把握されていたと思われる。二〇二五年七月より一層早い段階で厚生労働省リーフレットと同様の見解を出していれば、より多くのスポットワーカーの被害が防げていたと思われるが、どうしてここまで遅くなったのか。遅くなった分、それ以前の分についても何らかの対応を積極的に行っていく予定はないのか。厚生労働省の見解を伺いたい。
四 今回の企業側キャンセルに伴う未払賃金問題については厚生労働省の対応が遅ければ遅いほど、仮に裁判上労働契約の成立時期について応募完了時との判断が出されたとしても、過去にキャンセルされたスポットワーカーの賃金請求権又は休業手当請求権が時効にかかり、権利の救済が図られないケースは多くなると考えられる。時効のため権利が消滅することについて、厚生労働省の見解を伺いたい。
五 厚生労働省が使用者向けに作成したリーフレットにおいては、「労働契約成立後の解約(いわゆる「キャンセル」)について、その事由や期限をあらかじめ示した契約(解約権留保付労働契約)を労使間で締結する場合」との記載があり、スポットワークにおいて、その事由をあらかじめ示していない場合においては労働契約の法的性質が解約権留保付とならないようにも読めるが、そのような理解で良いか、厚生労働省の見解を伺いたい。
六 厚生労働省が使用者向けに作成したリーフレットにおいては、「労働契約成立後の解約(いわゆる「キャンセル」)について、その事由や期限をあらかじめ示した契約(解約権留保付労働契約)を労使間で締結する場合」との記載があるが、その事由や期限を事前に合意したか否かは解約の有効性の判断に影響するか。例えば、労使で「経営悪化により使用者はいつでも労働者を解約できる」との合意を結んでも、経営悪化のみを理由とする解雇は無効となりうるのと同様に、解約事由の合意があること自体は労使の予測可能性の観点から望ましいものではあるものの、解約事由自体の有効性には影響を与えないという理解で良いか。
七 スポットワークにおける労働契約の成立後の解約については、その契約の法的性質をどう捉えるか(解約権留保付と捉えるか否か)によってその判断は変わるものの、適用条文との関係では、「やむを得ない事由」(労働契約法十七条一項、民法六百二十八条)に該当するかが問われるという理解で良いか。
八 厚生労働省が労使向けに作成したリーフレットを受けて一般社団法人スポットワーク協会は新たな解約可能事由について整理している。そこでは一、就労の二十四時間前までであり、二、「天災等の不可抗力によらない営業中止のとき」又は「大幅な仕事量の変化に伴い募集人数の変更が必要となったとき」又は「掲載ミス(業務内容や日時の誤り)があったとき」において、企業側から労働者との労働契約を解約でき、休業補償も一切不要との整理がなされている。まず、一の二十四時間前後で解約可能かどうかが判断されることについて何らか法的な観点からの根拠はあるのか。仮に一の二十四時間か否かの時期を問わず、二で挙げられた三つの事由で休業手当の支払いなしに、有効に解約できるとすることは、過去の採用内定取消などにおける解雇の有効性に関する判断や労基法二十六条の「使用者の責めに帰すべき事由」の判断における判例・通説の立場を前提とすると認められないように思われる。二に関して何らか法的な観点からの根拠はあるのか。
一般社団法人スポットワーク協会の解約可能事由に関する疑義に関してはメディアや学術論文でも提起されているところである。一般社団法人スポットワーク協会の方針については、厚生労働省が協会に対し「いわゆる「スポットワーク」における適切な労務管理等について(協力依頼)」と要請し、作成されたものと考えるが、その内容については、厚生労働省も一定の責任を負うものと考えられる。法的な疑義があると指摘されているが、厚生労働省の見解を伺いたい。
九 過去の企業側キャンセルに伴う補償については、今も労基署に苦情が多く寄せられていると認識している。スポットワーカーが過去のキャンセルに伴う補償を適切に受けられるよう、補償を受けるまでのスポットワーカー向けの手引き等を作成するなど、厚生労働省として何らかの取り組みが必要と考えるが見解を伺いたい。
十 スポットワークについて、スポットワーカーが労基署に相談をしても、厚生労働省が労使向けに作成したリーフレット発表後も担当官が十分に認識していないなど、スポットワークの労務管理について、担当官の理解が不十分との報道もなされているところである。厚生労働省が労使向けに作成したリーフレットの労基署への理解促進のために実施している取り組みはあるか。
また理解が不十分である現状を前提とすると、現在も労基署に苦情が寄せられている過去の企業側キャンセルについて、厚生労働省は労基法の解釈を受けた対応についても統一した指針等を労基署へ出すべきとも思われるが、見解を伺いたい。併せて過去の企業側キャンセルなどの各社への対応について、労基署が具体的なアドバイスができる十分な体制が構築できているのかをご回答いただきたい。
十一 二〇二五年七月四日より前におけるマッチング後のキャンセル履歴について、スポットワーク事業者がキャンセル情報を持っているところ、一部の利用企業にはキャンセル履歴を開示し、別の一部の利用企業には個人情報であることを理由に、その利用企業において労働者側からの訴訟が提起されない限り開示をしないと回答をするなど、企業ごとに恣意的な運用がなされる可能性を危惧している。有料職業紹介事業者であるアプリ事業者が、個人情報保護法上の問題がないという前提で、利用企業によってキャンセル履歴の情報開示の運用を変えることは職業安定法など諸規定に照らして問題とならないのか見解を伺いたい。
十二 利用企業が企業キャンセルに伴う未払賃金を率先して支払おうとしても、アプリ事業者がその当該企業に過去のキャンセル履歴を開示しなければ、円滑な支払いは進まないと考えられる。アプリ事業主がキャンセル履歴を持っているものの、一部利用企業以外は開示しないという問題について、厚生労働省としては対処する予定はあるか。
十三 右記指摘した事項を踏まえ、過去の企業側キャンセルに伴う未払賃金問題に関して、厚生労働省は今後、対策を強化していく考えはあるか見解を伺いたい。
右質問する。