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大学紹介

Emmaの自由間接談話における音調の解釈

更新日:2024年7月25日 ページ番号:0006998

言語学研究室 宮内信治 <外部リンク>

本稿は、19世紀の英国女性作家Jane Austenの作品Emma(1816)の朗読音源を用いて、作品中の話法文体の一つ、自由間接談話(Free Indirect Discourse: FID)における音調変動、すなわち朗読時のイントネーションにおける声の上昇や下降の意図や含意を検討、考察することを目的としました。FIDとは導入の主節を伴わない間接話法を指します発話と思考の双方を含むものです。Austenの用いたFIDという話法「戦略」は朗読者、ナレーターの音調選択に反映されているか、というのが研究疑問です。
検証に当たって、本稿ではBrazil (1994)の提唱した談話音調理論(Discourse Intonation Theory)を枠組みとしました。これは、発話における下降上昇調(referring tone: r)のイントネーションは旧情報、共有情報を含意し、下降調(proclaiming tone: p)のイントネーションは新情報を含意しているとする概念で、そうした音調の選択は、その発話者の背景理解や意図に依存する、という考え方です。
資材は、底本としてAusten, J. (2008) Emma. Oxford World’s Classics, Oxford: OUP.を、音源として市場で販売されているCDのAusten, J. (2005) Emma. Read by Juliet Stevenson, Naxos Audiobooks.を用いました。手順として、Vol.3, Ch.11 (p.320)[音源 CD-11, Track13]における主人公エマのFIDについて、本論著者がその音源を聴き、音調単位ごとにその音調を記録しました。サンプルとして以下のFIDを採用しました。​

Why was it so much worse that Harriet should be in love with Mr. Knightley, than with Frank Churchill? Why was the evil so dreadfully increased by Harriet’s having some hope of a return? (Austen 2008, p.320, l.31 – 34)

談話音調理論に基づく音調単位ごとの音調は下の表の通りでした。

談話音調理論に基づく音調単位ごとの音調

第1音調単位における音調はl(エル:レベルトーン、平坦調)でした。それ以下の音調は、すべての音調単位で下降上昇調でした。疑問詞疑問文は新情報を抽出することが目的なので、下降調が選択されてもよいところですが、今回の観察では、各音調単位を含め、文末が下降上昇調でした。今回のサンプルをエマの心情を表すFIDととらえた場合、これは、エマの自問自答であり、心理的混乱を象徴的に表現しているとも考えられます。一方、このFIDの直前のテキストに見られるthe whole truthという表現は、初出にもかかわらず、定冠詞を伴っています。ここに、ナレーター、または作者の意図が表れていると考えられます。それは、「ここまで読んだ察しのよい読者には、もうお分かりかと思いますが…」という意味で、全ての真実はすでに物語の中で語られた既知情報であるということを表していると考えられます。したがって、「なぜ?なぜ?」と問うことは、その答えが既に物語の中で語られていること、わかりきったことであるということを強調する修辞的表現であり、それを音読する際の音調変動が下降上昇調であることとつながります。同時に、そこに「ああ、それが、なんてことでしょう!」という、エマの思惑と状況の乖離、すなわち皮肉、アイロニーが含まれているとも考えられます。もし、エマの心の声がすべて「新たな」気づきとして「下降調」で発話されるなら、それは、一人称による引用符付きの直接話法でもよかったのかもしれません。しかし、AustenがFIDを用いたおかげで、ナレーターの声を通して著者による表出のコントロールが可能となり、それがナレーターの音調選択にも反映された結果、アイロニーが表出され、物語に広がりや深みが加わっているのではないかと考えられます。こうした点は、読者に「読み」の難しさを体験させることにもつながり(坂田 2014:144)、同時に、読者の予想を裏切るという戦略(島崎 2008:214-5)とも解釈できます。曖昧な読みが、かえって読者を楽しませる(Morini 2009)とも言えそうです。
言語表現や社会常識から意図的に逸脱した表現作法を前景化と称されます。今回取り上げたサンプルのように登場人物の談話をナレーターの談話に変換することは著者の制作意図を前景化することであり、そのナレーターによるイントネーションが、登場人物の談話に対する読者の反応を形作るとGunn(2004)も指摘しています。つまり、朗読によって表現される音調選択が前景化を鮮明にし、アイロニーをより印象付ける、と考えられます。他方、Gunn(前掲書)は、書き言葉における物語、すなわち、紙の上での文字ではイントネーションは表現できないと述べています。それについて本稿では、朗読者の作品解釈が、または、物語作者の意図が、FID部分の朗読における音調選択に反映されている可能性が示唆された、と考えられます。
今回の研究では、サンプル音源が単品である、音源観察者が一人である、研究者一人が音調認識作業をしたなど、研究手法に限界があります。音調単位の設定基準には諸説あります。また、英国英語と米国英語それぞれの音調解釈の差異は検討されていません。今後はこれらの点を考慮改善することで、FIDにおける音調選択を通した文学作品解釈の拡大深化を計り、文学作品の楽しみ方を新たに提案できればと考えています。

参考文献

Austen, J. (2008) Emma. Oxford World’s Classics, Oxford: OUP.
Austen, J. (2005) Emma. Read by Juliet Stevenson, Naxos Audiobooks.
Brazil, D. (1994) Pronunciation for Advanced Learners of English. Cambridge: CUP.
Gunn, D. P. (2004) Free Indirect Discourse and Narrative Authority in Emma. Narrative, 12(1): 35-54.
Morini, M. (2009) Jane Austen’s Narrative Techniques: A Stylistic and Pragmatic Analysis. New York: Routledge.
坂田薫子(2014)『脇役たちの言い分 ジェイン・オースティンの小説を読む』東京:音羽書房鶴見書店.
島崎はつよ(2008)『ジェイン・オースティンの語りの技法を読み解く』東京:開文社.

本稿は、2018年6月23日開催の近代英語協会第35回大会(京都市)における研究発表内容に加筆修正したものです。​

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