企画に当たって
半導体戦略の成否が国家の未来を決める
半導体競争力の源泉は設計・開発能力にあり―大企業だけでなく、裾野の広い民間力を育成しよう
金丸恭文
NIRA総合研究開発機構会長/フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEO
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国家戦略の方向性、半導体の設計・開発能力、裾野の広い民間力
安全保障を考えたとき、これからの世界にとって半導体、特にCPU(中央演算処理装置)やGPU(画像処理用演算装置)といったロジック半導体が極めて重要であることは論をまたない。高性能の半導体は、AI(人工知能)、EV(電気自動車)、温暖化対策、軍事など、あらゆる分野の課題解決のために必要とされている。日本の半導体戦略について、私は期待を抱いているが、同時に不安もある。国家戦略の方向性が間違っていたら、追随する民間プロジェクトも成果を挙げることはできないからだ。
ことコンピューター分野において、日本の国家戦略や大企業のプロジェクトは失敗し続けてきた。1970年代のCPU黎明期には日本企業も世界で存在感を示していたが、16ビットCPUが中心になる頃から居場所をなくしていく。国内大手メーカーはIBMの後を追い掛けて大型コンピューターに経営資源を集中し、国もそれを後押ししたが、足元ではパソコンが登場して市場が爆発的に拡大。市場拡大とともにCPU性能も急速に進化して、現在のスマホに至る。企業も国もこうした新しい技術革新と市場の変化を見誤り、投資の果実を得ることはかなわなかった。
1980年代には通商産業省(現 経済産業省)主導で「第5世代コンピューター」の国家プロジェクトが立ち上がったが、これも失敗に終わった。国家や企業の戦略がなぜ誤ってきたのか、検証して反省することなしに半導体戦略を進めても、同じ間違いを繰り返すことになる。
工場誘致だけではない、半導体で狙う日本のポジションとは
半導体分野は、設計・開発から材料、製造装置、前工程、後工程、さらにはアプリケーションまで極めて多岐にわたる。日本としてどの領域を、どう狙うのか。日本の政府や企業はどうしても大工場での大量生産を指向しがちである。半導体についても需要があるのは確実だから、熊本県に誘致したTSMC(台湾積体電路製造)の助けを借りて、先端工場を建てて戦略的生産拠点とすることが、産業の発展と安全保障に直結すると考えているのだろう。
国家戦略と半導体分野の市場の変化をどれだけ予見した上で整合性を持ったグランドデザインを描けるか。
半導体分野では米中対立が激しさを増している。米国の国防総省は軍事的優位を保持する目標のために、先端半導体製造能力を国内や友好国で持ち、自国の安全を脅かす技術を「外」に出さないようにしようとしている。その一方で、ビジネスの観点からすれば、米国と中国が重要な交易国同士であることは今後も変わらないだろうし、米国が半導体の先端技術を出し渋ることで、中国で自国技術の開発に拍車が掛かることもあり得る。国家はこうした状況を総合的に鑑みて、産業や安全保障の国家戦略と民間戦略の整合性を取らなければならない。製造工場だけに新規投資しても国際的なサプライチェーン問題は残るし、先端半導体が実現できたとしてもTSMCと競争して顧客を獲得していく必要がある。先端工場を作れば産業が栄えて安全保障も実現するだろうというのは、国家戦略として曖昧に映る。
大野敬太郎衆議院議員は、日本が「他国にとって不可欠なもの」を提供し、戦略的な位置を確保すべきだ、と言う。
経済産業省の金指壽情報産業課長も、日本が強みを持つメモリや素材、製造装置の分野で世界に貢献することの重要性を説く。
これらの指摘はもっともだが、注力すべきことはそれだけではない。今、半導体分野で影響力を持っているのは、設計・開発の強い企業、特に半導体の能力差で最終製品の競争力を創出できるファブレス半導体メーカー(注)だ。生成AIモデルの開発には米エヌビディアのAI半導体が不可欠だし、電力効率に優れた英半導体設計大手、アームの技術はCPU業界の勢力図を塗り替えている。GoogleやAmazon・Appleなども自社開発に乗り出してきた(彼らは社内ニーズ向けのみのファブレス半導体メーカーといえる)。日本シノプシス合同会社の藤井公雄社長が言う通り、半導体の設計・開発能力なくして日本が競争力を維持することはできない。
技術の転換期、半導体の国家戦略の担い手は新規参入組
日本経済新聞編集委員の太田泰彦氏が指摘するように、半導体は技術の転換点を迎えている。機能ごとのブロックを組み合わせてチップを作る「チップレット」技術や、オープンソースのCPU設計である「RISC-V」が登場するなど、半導体も集中から分散の時代へと移りつつある。東京工業大学の若林整教授が述べているように、1つの製品を作るためにはあらゆる企業の協働が求められる。
このような状況において、どうすれば設計・開発能力の強いファブレス半導体メーカーを育成強化できるか。
何よりも重要なのは人材だが、日本の大学からは半導体教育の場がすでになくなり、企業にもノウハウが不足している。日本政府は莫大な予算をかけて半導体工場を誘致しようとしているが、人材獲得にも同じくらいのリソース、予算を費やすべきだ。海外から優秀なエンジニアを好待遇で採用することは効率的で確実な方策だし、大企業から半導体設計能力を持ったチームをスピンアウトさせてスタートアップ企業を作るのも一案だ。最先端半導体の設計開発分野のみならず、そうした半導体を製品やサービスに利用する企業も含め、新規参入組が増えることが重要である。
何よりも国が行うべきは、官公庁や大学、民間がばらばらに行っている取り組みを有機的につなげて、国家戦略を練り上げることだ。その中には、レガシー半導体の製造能力を衰退させないよう技術者の育成を行うことや、企業の統廃合を進めることも含まれる。そして、プロジェクトを既存大企業に丸投げするのではなく、常にイノベーションの主役である新規参入組にも予算を付けて支援していくことが欠かせない。日本の半導体戦略の成否は「裾野の広い民間力」を作れるかどうかにかかっている。
(注)自社で工場や生産設備を持たず、生産は外部の製造企業に全て委託し、自らは製品の設計やマーケティングなどに特化しているメーカーのこと。