企画に当たって
コロナ禍で懸念される少子化の加速
若者を重視する政策へのコミットメントを
翁百合
NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長
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出生数の減少、少子化のトレンド、若者重視の政策
日本の2021年の出生数は約81万人と推計され、合計特殊出生率は2020年で1.3まで低下している(※(注記)2022年7月19日当記事を更新)。2015年の段階では100万人を超えていた出生数は、その後急速に減少してきており、実は新型コロナウイルス感染症の流行前から、出生数は縮小の一途をたどっていたのである。もちろん、近年政府もさまざまな政策を講じている。安倍政権は希望出生率1.8を適えることを政策目標として掲げ、待機児童の解消加速化プランの下で保育所整備を積極的に行い、幼児教育や保育の無償化も実現した。続く菅政権では、不妊治療の保険適用実現に動き、2021年には男性の育児休業取得を推進する新しい法律が国会を通っており、他にもさまざまな努力が重ねられてきた。しかし、少子化のトレンドは残念ながら変えることはできず、2020年以降の新型コロナ感染症の流行の影響で、少子化がさらに加速する可能性が指摘されている。
少子化は、経済や社会保障に深刻な影響
少子化は日本社会の未来に極めて深刻な影響を及ぼす。少子化により、国内市場が縮小するだけでなく、働き手も減り、経済自体の存続にもかかわってくる。特に今後の十数年間の生産年齢人口の減少は、デジタル化などの生産性向上だけでは、潜在成長力の低下を補いきれないことが予想されている。人口動態は長期まで見渡せるため、現状においても、企業の設備投資は国内市場縮小を考慮して消極的にならざるを得ない。また消費者も、社会保障の持続可能性に不安を持ち、消費になかなか積極的になれなくなる。希望出生率1.8が実現できるよう、政府は本格的に対応を考える必要があるのではないか。そこで、今回の「わたしの構想」では、新型コロナ感染症拡大が少子化に与えうる影響とその受け止め、また少子化の流れを変えるための政策などについて識者の方に伺った。
コロナ禍の影響をどう考えるか
まず、新型コロナ禍の少子化への影響について、人口学の視点から津谷典子氏(慶應義塾大学教授)は、コロナによる先行き不安から、妊娠・出産の先送りが起こり、それが産み控えとなって、出生率低下につながることを憂慮する。特に日本の問題点は、もともとコロナ以前から20代〜30代の女性が減少傾向にあり、これに加えて、「晩産化」が進んでいるため、コロナによる出産先送りが人口減少に拍車をかけるのではと、警鐘を鳴らす。コロナ禍の少子化進行は長期的に大きな影響が及ぶ可能性があるという指摘だ。また、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会に参加し、行動経済学の視点からコロナ対応を分析、提言してきた大竹文雄氏(大阪大学特任教授)は、政府のコロナ対策の少子化への影響について懸念を示す。特にオミクロン株は、重症化リスクが高齢者と基礎疾患がある人に限られていることがエビデンスとして判明してきたのに対し、日本では英国などとは異なり、行動制限を年齢にかかわらず一律に強化した。若者や子どもの行動制限を緩めなかったため、若者は、日本社会を若者軽視社会と受け止めたのではないかと危惧する。大竹氏は政府がより子どもや若者を重視するメッセージを出し、あらゆる政策をその方針の下で考え直すことに強くコミットメントすべきとするが、一連のコロナ対策を振り返っても説得的な指摘である。
今、求められる少子化対策とは
具体的な少子化対策の在り方について、さまざまな実証分析に取り組んできている山口慎太郎氏(東京大学教授)は、ジェンダーギャップの解消、なかんずく日本社会に根付いている男女の役割分担について見直すところから取り組む必要性を強調する。山口氏の分析によれば、在宅勤務が増えれば、男性の育児や家事の負担時間は増えることから、やはり働き方改革を進めることが不可欠とする。コロナ禍で半ば強制的にテレワークが日本でも始まったが、これを機に社会全体で柔軟な働き方を実現・定着させることは極めて重要だ。山口氏は、また、児童手当や保育所の充実も欠かせないと指摘するが、これらに必要なのは財源である。この点について、内閣官房参与として社会保障を担当する山崎史郎氏は、高齢者も含めたすべての国民が、子どものために財源を負担する社会的支援を考えるべきと指摘する。山崎氏は、人口減少により若者が停滞や心理的圧力を受け社会が不安定化することを回避するためにも、予防的対抗策が急がれるとする。そのうえで、社会全体で子どもを支援する「普遍的な子ども・家族政策」が重要であり、特に現状の支援策からこぼれ落ちている非正規社員の人たちをカバーするためにも、こうした政策を実現する必要性を説く。本格的少子化対策には財源の議論が欠かせないが、配慮すべき貴重な視点を提供している。
若者や女性が力を発揮できる社会づくりを
このように、これ以上の少子化は日本社会存続にとって危機であるとの認識をあらゆるレベルで持つ必要があるという見解が多い一方、社会学の視点から白波瀬佐和子氏(東京大学教授)は、少子化対策に決め手はなく、出生数という即時的な回答を求めるというよりは、数としては減少している若者への投資を行っていくことが最優先政策とする。失業や雇用不安におびえる若者や女性のために投資して彼らが自らの力を発揮できる環境を整え、効率的で新しい人材活用のモデルを作るとともに、子育てと両立できるよう男女ともに制度として支援する必要性を説く。少子化対策のみを目標にするのではなく、潜在的な能力を発揮できなかった若者や女性が活躍できる社会に変革されて初めて、結果として出生数の持続的な回復につながることを示唆している。