企画に当たって
本格活用への突入前夜
ビッグデータの実態を正確に把握せよ
柳川範之
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授
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ビッグデータを何のためにどう使うのか、技術革新で何がどこまでできるようになったのか
理念が先行するビッグデータの活用
ビッグデータという言葉が、マスコミで頻繁に登場するようになり、その重要性がかなり認識されるようになってきた。そこには大きく分けて3つの理由が考えられよう。
第1の理由は、コンピュータの能力が高まったことにより、大量のデータを短時間で処理することが可能になったことだ。第2の理由は、IoT(モノのインターネット)に代表されるように、今までに得られなかった種類のデータを大量に獲得し、それを伝達する技術革新が起きている点だ。まだ本格的に実用化していないため、実感がわきにくい点があるが、これからはビッグデータを容易に獲得できるようになり、今までとは異なる時代がやってくる。そして、第3の理由は、データ解析技術やAI(人工知能)の発達によって、大量のデータを分析する意義が大きく高まっていることだ。特に機械学習の進展は、大量のデータがAIの学習にとって重要な要素であることを、われわれに強く認識させることになった。
その一方で、ビッグデータという言葉だけがやや独り歩きしている面がある。例えば、とにかく大量のデータを集めさえすれば、あとはAIが適切に分析して、何か適切な「解答」を導出してくれるかのような議論も散見される。
しかし、AIの基本が統計処理である以上、何のために、どんなデータを大量に集め分析するのかが明確でなければ、どれだけビッグなデータを集めても、意味のある結果は得られない。したがって、ビッグデータを何のためにどう使うのかを、もっと議論し検討する必要がある。
そして、その検討を行うためには、実際にどのような技術革新が起き、何がどこまでできるようになったのかを把握しておくことも求められよう。また、制度や法律面がどこまでその技術を適切に生かす形で整備されているのか、あるいは整備していくべきかについても、整理しておく必要がある。しかし、残念ながらビッグデータについては、理念が先行している面が強く、そのような詳細な具体論が十分には議論されていないのが現状だ。そこで本号では、このギャップを埋めるべく、内外の専門家からビッグデータに関するさまざまな側面について語っていただいた。
データ取得の手段が多様に
そもそもまず、IoTなどの技術革新によって、だれがどのようなデータを得ることができるのだろうか。ビッグデータの取得というと、グーグルやアマゾン等のいわゆる世界的なプラットフォーム企業によるデータ取得が注目される。しかし、芝浦工業大学の中村潤教授は、IoTモジュールによって、プラットフォーム企業に依存することなくデータを集約できる可能性を指摘している。また、IoTモジュールといえども、そこに搭載されているアナログの技術を、日本は重要視すべきだと警告している。
もっとも、活用できるデータは、自分が直接獲得した情報だけとは限らない。エブリセンスジャパン株式会社の眞野浩代表取締役最高技術責任者は、集められたデータを取引することの重要性を指摘している。眞野氏は個別企業がビッグデータを集めるのはなかなか困難であるとして、市場でデータが取引される状況を想定する。ただし、データの適切な取引を実現させるためには、プライバシーやノウハウなどをどう保護するかなど、制度整備が必要な分野であることを指摘している。
データをどう活用するか
そして、集めてきたデータをどう分析するのかも、大きな課題だ。西安交通リバプール大学のトリスタン・チョン・ビッグデータ分析研究所副所長は、経営問題のように、多様な側面があり単純なデータ分析がなかなか難しい課題について、トポロジーを用いた新しい分析手法(注)の可能性を紹介している。
楽天株式会社執行役員・CDOの北川拓也氏は、ビッグデータが具体的にどのような形で活用できるかを論じるとともに、本格的に活用できるようになった時代には、経営にどんな影響が出るかも検討している。北川氏は、ビッグデータの価値の最大化が経営を左右することになり、データドリブン指向の経営がますます進むと予測している。
新時代に合わせた規制や制度の整備
このようなビッグデータを巡る議論は、他国ではどのように行われているのだろうか。マックス・プランク・イノベーション・競争研究所所長のディートマー・ハーホフ教授は、ドイツの状況を概観している。ハーホフ教授によれば、ドイツはビッグデータの活用において後れをとっており、特に中小企業はビッグデータ活用が十分にできていないという。そして、新しい時代に合わせて、規制や制度を整備していく必要があるとされている。
5人の識者の意見 ビッグデータを本格活用のために、何が必要か
ドイツに比べて、日本はビッグデータ活用が進んでいるのか、遅れているのかについては、詳細な実態分析を待たなければ、明確なことは言えない。しかし、日本も、ビッグデータ活用において、規制や制度を整備していく必要があることはいうまでもないだろう。特にプライバシーや個人情報保護とのバランスを適切に取っていき、線引きが曖昧な、いわゆるグレーゾーンを減らしていくような取り組みが今後一層必要になるだろう。また、それを考えるためにも、実態として、どのようなビッグデータがどのように使われる可能性があるのかについて、正確に把握することが今後一層重要になるだろう。
(注)データ分析に幾何学を取り入れ、データセットの幾何構造や位相空間的な特徴から解析する手法。トポロジーは、位相幾何学。