企画に当たって
レグテックで規制の構造改革を
先行者のいない今がビジネスチャンス
柳川範之
NIRA総合研究開発機構理事/東京大学大学院経済学研究科教授
- KEYWORDS
規制する側・される側、コスト削減、ビジネスチャンス、新規参入、規制の構造を変化、イノベーションの有望領域
テクノロジーの力で適切に規制し、コストも削減
技術革新がこれだけ進んでいる時代においては、規制(レギュレーション)の世界にも、その波が押し寄せないはずはない。レグテックは、まだ耳慣れない言葉かもしれないが、レギュレーション+テック、すなわち規制のあり方・やり方をテクノロジーで変革するイノベーションであり、今後大きなインパクトを持ち得る、そして、日本が国際的に優位性を持ち得る分野でもある。
ただし、そのためにも、この分野の動向をしっかりと把握し、今後の対応策を官民あげて考えていく必要がある。本号では、このような問題意識に基づいて、多様な側面からこの分野を考えている専門家の方々に、ポイントを語っていただいた。
規制についての議論というと、どうしても規制緩和の是非という話だと思いがちだ。しかし、実は、規制を実施する際のコストについても、考慮しなければならない。規制される側の企業にも、規制する側の行政にも、大きなコスト負担が現実には生じている。規制される側からすれば、規制を遵守(じゅんしゅ)している証拠をきちんと残し、それを証明するための書類作成に追われる。一方、規制をする側からすれば、監督や書類のチェック等を、時間と労力をかけて行う必要がある。
この両者のかけているコストは、実はテクノロジーを活用することによって、大きく削減できる可能性がある。これが、レグテックの1つの側面である。
早川真崇氏(渥美坂井法律事務所)は、企業が法令遵守を徹底するためのチェックや検知(モニタリング)はテクノロジーと親和性が高く、レグテックの活用でコンプライアンスに費やすコストや労力が大きく削減できることを強調している。一方、佐々木隆仁氏(AOSリーガルテック株式会社)は、規制する側もテクノロジーを活用していかないと、規制のコストは大きくなるし、また、テクノロジーを活用する企業を適切に規制することが難しくなるという点が強調されている。
ティム・オライリー氏(オライリー・メディア)も、新しいテクノロジーをうまく使っていくことで、規制を減らしつつも、より適切な管理ができるとし、政府もレグテックの動きに積極的に参画し、簡素で効果的な規制の実現を目指す必要があると主張している。
大きなビジネスチャンス
しかし、レグテックは、単にテクノロジーを活用して、行政のコストを下げるというだけの話ではない。ここには、民間企業にとっての大きなビジネスチャンスがあり、新規参入や企業成長の可能性も高まる。
森川博之氏(東京大学)は、金融業を例にあげて、規制への対応に金融業界は大きなコストをかけているが、テクノロジーを活用することで、このコストが大幅に下がる可能性を指摘している。そしてそれと同時に、そのコスト削減を実現させる技術を提供する企業には、大きなビジネスチャンスが生じ、世界的なプラットフォームになる可能性すらあるとしている。
また、櫛田健児氏(スタンフォード大学)は、コストがかかっていたばかりでなく、今までの技術では実現できなかった、新しい規制のあり方についても言及している。技術革新を活用することで、新しい規制のあり方を民間企業の側が提供できるようになる可能性があり、これは民間企業にとって新しいビジネスチャンスになると指摘している。そして、そのような技術革新が可能になったのは、情報の蓄積・処理能力が飛躍的に向上した点が大きいとしている。
規制の構造が変わる
今までは、規制をする側は政府や地方自治体等の行政であり、規制をされる側というのは民間企業であるというのが通常であった。しかし、レグテックはこの構造を大きく変化させる。規制をするのは、行政だけではなく、行政と民間企業の連携であったり、行政がプラットフォーム的な機能をはたして、あとは民間企業が行ったりする可能性がある。
この点から考えても、民間企業にとって、新規ビジネスの大きなチャンスがレグテックによって発生していることが分かる。確かに、よい自動処理プログラムを開発したり、規制に有用なデータや情報を集めて加工したりするのは、行政よりも民間企業のほうに優位性が存在するだろう。あるいはIoT等によって得られる情報を用いて、今までにない規制を行う仕組みを構築するといった技術は、民間による開発が欠かせない分野だし、民間に任せるべき点もあるだろう。
よって、新しいビジネスチャンスがここから生じるはずで、新規参入によって積極的にビジネスチャンスを生かし、市場規模の拡大につなげることが期待される。
ただし、そのように民間企業がより積極的にテクノロジーを活用して、より高度な規制メカニズムを提供できるようにするためには、やはり行政側の適切な対応も必要になるだろう。対策の1つとしては、官民の責任分担や情報共有の範囲等を適切に決めて、より連携を取りやすくする工夫が必要だろう。また、それには法制度の改正がある程度必要かもしれない。
いずれにしても、この分野はまだ明確な先行者がおらず、まだ日本にとっても大きなチャンスが存在する。官民ともに、イノベーションを起こす有望な領域であることを、識者の方々の有意義なご意見の数々から実感した。