精神保健福祉法上の身体的拘束及び隔離の要件の厳格な解釈及び運用を求める意見書 2025年(令和7年)1月23日 日本弁護士連合会 日本では、精神科病院に入院中の者に対して、衣類又は綿入り帯等を使用して、一時的に当該患者の身体を拘束し、その運動を抑制する身体的拘束1や、患者本人の意思によっては出ることができない部屋の中へ一人で入室させることにより当該患者を他の患者から遮断する隔離2が広く行われている。 当連合会は、法制度によって精神障害のある人に対する差別偏見が社会の中に醸成され、人権侵害が度重ねられてきている実態を踏まえ、精神障害のある人の尊厳を保障するため、2021年、精神障害のある人のみを対象とした精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)による強制入院制度を廃止すべきことを決議し、そのための三段階のロードマップを提言した3。 精神障害のある人の尊厳を奪う最たるものが身体的拘束や隔離であり、ロードマップの最終段階において、強制入院制度の廃止とともに、精神障害のある人のみを対象とした身体的拘束及び隔離を含む行動制限は全廃すべきである(憲法第13条、障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)第14条、第15条)とした。とりわけ、身体的拘束は肺血栓塞栓症の重要なリスクファクターであり、患者が身体的拘束中に死亡した事例も報告されている。当連合会は、2022年10月19日付け「厚生労働省「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」報告書の身体的拘束要件の見直しに対する意見書」において、法制度を抜本的に改革し、身体的拘束のゼロ化を推進する必要があることを述べた。 現行法下では、身体的拘束及び隔離の実施要件は、精神保健福祉法に基づいて「精神保健福祉法第37条第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準」(厚生省告示第130号。以下「本告示」という。)に定められている。しかし、精神科病院の入院患者数が漸減しているにもかかわらず、毎年6月30日現在、身体的拘束及び隔離の指示を受けている患者数がそれぞれ約1万人程度で高止まりしていること4や、身体的拘束実施率が地域や病院によって格差があることなどから、身体的拘束や隔離について、本告示を遵守し、厳格に運用することがなされていない実態がうかがわれる。 当連合会は、以下に述べるとおり、身体的拘束及び隔離が、上記のロードマップの最終段階において強制入院制度の廃止とともに全廃されるまでの間、本告示が定める要件の充足性を厳格に判断・適用して運用されるよう求める。 第1 意見の趣旨 精神障害のある人のみを対象とした身体的拘束及び隔離を含む行動制限は将来的に全廃されるべきであるが、全廃までの間においても、精神保健福祉法に基づき入院する者に対する身体的拘束及び隔離について、 1 精神科病院の管理者及び精神保健指定医を含む医療従事者は、これらを実施するための要件等を定めた本告示を遵守し、厳格に運用するべきである。 2 身体的拘束及び隔離の適否を判断する精神医療審査会、厚生労働省・都道府県等の監督機関及び虐待通報義務を負う関係者は、身体的拘束及び隔離の適法性について判断するに当たり、本告示を厳格に解釈するべきである。 第2 意見の理由 1 身体的拘束及び隔離が個人の尊厳を奪うものであること 日本では、精神科病院に入院する精神障害のある人に対して、身体的拘束や隔離が広く行われている。しかも、これらの行動制限の実施は、精神科病院の管理者に与えられた権限であり、精神保健指定医一名の判断で実施することができる5。 しかし、このような身体的拘束や隔離は、その対象となる者に対して、人身の自由・行動の自由に対する著しい制約であり、個人の尊厳を侵害するものである。とりわけ身体的拘束は、その者の生命や身体に対して危険性のある行為でもある67。 2 国際社会からの要請 精神障害を理由に入院した者に対する身体的拘束や隔離は、2006年に国連総会において採択され、日本が2014年に批准した障害者権利条約により保障されている身体の安全・自由、心身がそのままの状態で尊重される権利、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いを受けない権利に反するものである89。 そして、国連の障害者の権利委員会から2022年10月に出された日本の障害者権利条約の実施状況に関する「総括所見」において、強制入院中に身体的拘束を受けた障害のある者が死亡した日本の事例に対して懸念が示され、精神障害を有する者に対する身体的拘束や隔離などを許容する法律が精神障害のある人への残虐・非人道的な取扱いをもたらしているとして、このような法律の廃止が勧告されている10。 3 身体的拘束及び隔離の実施が常態化していること (1) 身体的拘束及び隔離の指示を受けている患者数が高止まりしていること 2023年6月30日現在、日本の精神科病院において現に身体的拘束の指示を受けている患者数は10,759人、隔離の指示を受けている患者数は12,513人である。精神科病院の入院患者が漸減しているにもかかわらず、各年の6月30日時点での身体的拘束の指示を受けている患者数は、2003年からの10年間で約2.2倍に増え、それ以降も毎年、約1万人で高止まりしている。また、同じく、各年の6月30日時点での隔離の指示を受けている患者数についても、2003年からの10年間で約1.8倍に増え、それ以降も毎年、約1万2000人で高止まりしている11。 (2) 国際的にみても日本の実施率は高く、実施時間が長いこと 諸外国と比較すると、精神科病院で身体的拘束を受けている一日当たりの患者数は、オーストラリアは人口100万人当たり0.165人、米国は0.371人であるのに対して、日本は98.8人とこれらを大きく上回っている12。実施時間についても、日本の精神科急性期医療を担っている病棟での隔離時間は中央値で204時間、身体的拘束時間は中央値で82時間となっており、諸外国と比較して10倍以上の長時間に及んでいるとの研究結果がある13。 (3) 身体的拘束や隔離により深刻な被害が生じていること 当連合会が2020年に実施した精神科病院への入院経験を有する方々 へのアンケート調査の回答には、「1ヶ月以上の身体拘束を経て入院中は地獄の様でした」「ベッドに体全体、手首足首、胴まわり全てをベッドに括りつけられ、身動きひとつできなくされた。それが退院近くの2−3ヶ月続いた」「身体拘束は大変な心のキズになりました。今でもトラウマになっています」「保護室は動物の折(原文ママ)の中みたいに、冷たい床に敷かれた布団と床に直接おかれた水の入ったコップがあるだけの部屋・・・・とても人間に対しての扱いではない屈辱的な環境」「今でも朝起きる時に、目を開ける時、虚ろな意識の中で『今、目を開けたら、保護室ではないか』と絶望が襲ったり、目を開けたら、手足を縛られて、身動きがとれないのではないかと、不安がおしよせたりします」など、精神科病院における身体的拘束や隔離によって、個人の尊厳が傷つけられ、深刻なトラウマを負ったというものが多数寄せられた14。 さらに、身体的拘束は、肺血栓塞栓症の重要なリスクファクターであり、拘束中に死亡する例もある。2020年名古屋高裁金沢支部の判決や2024年長野地裁上田支部の判決では、違法な身体的拘束によって患者が肺血栓塞栓症を発症し、死亡したことについて、病院側の責任が認められている15。 上記の名古屋高裁金沢支部判決を契機として、違法な行動制限に対する司法判断を求める動きが出るようになり、約2年間、隔離室に入れられて死亡した患者の遺族が、精神科病院側を相手に損害賠償請求訴訟を提起した事案や、違法な隔離によって精神障害を負い、過剰な薬物投与をされたとして、精神科病院側を相手に損害賠償を求める訴えを提起した事案に関する報道がある1617。 (4) 身体的拘束の実施率に地域間格差や病院間格差があること 精神保健福祉資料によれば、身体的拘束の実施率には地域で差があり、高い都道府県と低い都道府県との開きは、2017年度は11.6倍、2018年度は20.5倍にも上っている18。また、身体的拘束のゼロ化や最小化を実施している精神科病院があるにもかかわらず19、上記のとおり、全国的には身体的拘束の指示を受けている患者数は減少していない。 地域間格差や病院間格差が生じている合理的な理由が見出せないことから、身体的拘束や隔離が、統一的な基準に基づかず、恣意的で緩やかな判断基準の下で実施されている例が非常に多いと想定される。 (5) 小括 このように、身体的拘束及び隔離の指示を受けている患者数が高止まりを続けていること、国際的にみても日本の実施率は高く、実施時間は長くなっていること、実施率について、合理的な理由なく地域間格差や病院間格差が生じていること、身体的拘束の違法性を裁判所が認定した事例があることなどから、日本においては、身体的拘束や隔離の要件を緩やかに判断して実施する運用が常態化しているといえる。 4 本告示の内容 (1) 精神保健福祉法の規定 精神保健福祉法では、精神科病院の管理者が入院者に対して行動制限をすることができること、また、その場合には厚生労働大臣の定める基準を遵守すべき旨が定められている(同法第36条、第37条)20。 (2) 本告示の概要 上記(1)の精神保健福祉法の規定を受け、精神科病院の管理者が遵守すべき基準として本告示が制定されている。本告示の定めのうち身体的拘束及び隔離に関するものの概要は、以下のとおりである。 ア 本告示の基本理念 ・入院患者の処遇は、本人の個人としての尊厳を尊重し、その人権に配慮しつつ、適切な精神医療の確保及び社会復帰の促進に資するものでなければならないこと ・自由の制限は、患者の症状に応じて最も制限の少ない方法により行われなければならないこと イ 隔離 (ア)基本的な考え方 ・症状からみて本人又は周囲の者に危険が及ぶ可能性が著しく高く、隔離以外の方法ではその危険を回避することが著しく困難であると判断される場合に、その危険を最小限に減らし、本人の医療・保護を図ることを目的として行われること ・隔離は、この目的のためやむを得ず行われるものであり、制裁・懲罰等の目的で行われることは厳にあってはならないこと ・12時間を超えない場合、精神保健指定医の判断を要するものではないが、この場合でもその要否の判断は医師が行うべきこと (イ)対象となる患者に関する事項 ・隔離が許容される患者の状態のうち主要なものは、?@他の患者との人間関係を著しく損なうおそれがあるなど、その言動が患者の病状の経過や予後に著しく悪く影響する場合、?A自殺企図又は自傷行為が切迫している場合、?B他の患者に対する暴力行為や著しい迷惑行為、器物破損行為があり、他の方法ではこれを防ぎきれない場合、?C急性精神運動興奮等のため、不穏、多動、爆発性などが目立ち、一般の精神病室では医療又は保護を図ることが著しく困難な場合、及び?D身体的合併症を有する患者について検査及び処置等のために必要な場合であること ・隔離は、他によい代替方法がない場合に行われるべきこと ウ 身体的拘束 (ア)基本的な考え方 ・身体的拘束は、制限の程度が強く、二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため、代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないこと ・身体的拘束は、当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり、制裁・懲罰等の目的で行われることは厳にあってはならないこと ・手錠等の刑具類などは使用してはならず、身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用すること (イ)対象となる患者に関する事項 ・身体的拘束が許容される患者の状態のうち主要なものは、?@自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合、?A多動又は不穏が顕著である場合、?B上記のほか、精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合であること ・身体的拘束は、他によい代替方法がない場合に行われるべきこと 5 本告示が身体的拘束及び隔離の要件を定めていること 上記4(2)で述べたとおり、本告示においては、処遇全般に関する「基本理念」として、本人の個人としての尊厳、人権を尊重し、適切な医療を確保し、制限を最小限とすべきことなどが定められている。また、身体的拘束及び隔離に関する「基本的な考え方」として、身体的拘束については、当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であることが、隔離については、症状からみて本人又は周囲の者に危険が及ぶ可能性が著しく高く、隔離以外の方法ではその危険を回避することが著しく困難であると判断される場合に、その危険を最小限に減らし、本人の医療・保護を図ることを目的として行われることが、それぞれ定められている。 これらは、本告示上、身体的拘束及び隔離の「要件」と明記されているわけではない。しかし、本告示は、厚生労働大臣が精神科病院に入院中の者の処遇について定めた基準であり、精神保健福祉法上、精神科病院の管理者はこの基準を遵守しなければならない(同法第37条第2項)。そして、厚生労働省の通知においても、身体的拘束については、当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であることを、隔離については、当該患者の症状からみて、その医療又は保護を図る上でやむを得ずなされるものであることをそれぞれ前提として、精神科病院に対して指導監督を行うこととされている21。 また、裁判所も、身体的拘束の違法性の有無について、本告示の定めを参照して判断している22。例えば、上記名古屋高裁金沢支部判決は、身体的拘束が当該患者の生命の保護や重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いたものであることを指摘した上、当該事案について「生命または身体に対する危険が及ぶおそれは生じておらず」と認定し、当該事案の身体的拘束が違法であったと判示している。 隔離についても、公表されている裁判例はないものの、関連文献では、民事訴訟において身体的拘束及び隔離の適否を判断するに当たり、本告示の定めを参照すべきことが示されている23。 このように、本告示は、身体的拘束及び隔離という、国民の身体の自由を制約するものについて定めているから、法規命令としての性質を有しており、身体的拘束及び隔離の要件を定めるものといえる。また、本告示の「基本的考え方」についても、上記のとおり、身体的拘束及び隔離の実質的な要件として機能している。 6 身体的拘束及び隔離の要件 本告示の基本理念が、入院患者の処遇について、患者の個人としての尊厳を尊重し、その人権に配慮しつつ、適切な精神医療の確保に資するものでなければならないこと、自由の制限は、患者の症状に応じて最も制限の少ない方法により行われなければならないことを定めていることに鑑みれば、身体的拘束及び隔離の要件は、以下のとおり整理される。 (1) 身体的拘束の要件 ア 当該患者の生命の危険又は重大な身体損傷が生じる可能性が高いこと(切迫性) まず、本告示は、身体的拘束が「当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐこと」に重点を置いた行動制限であると規定している(本告示第四の一 (二) )。 したがって、身体的拘束を当該患者の生命保護及び重大な身体損傷の防止を主目的とする場合以外の理由により実施することは、原則として許容されない24。 そのため、身体的拘束が許容されるためには、当該患者の生命が危険にさらされ、又は、当該患者に重大な身体損傷が生じる可能性が高い状況にあることが必要である(切迫性)25。本告示第四の二においては、身体的拘束が許容される場合の例として、例えば、「多動又は不穏が顕著である場合」が挙げられているが26、これに該当するのみで身体的拘束が許容されるわけではなく、それらの事情により、当該患者の生命が危険にさらされている等の状況にあることが身体的拘束を実施するためには必要となる。 イ 代替方法が見出されるまでのやむを得ない処置であること(非代替性) 次に、本告示は、身体的拘束が「代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限」であると定めている(本告示第四の一(一))27。そのため、当該患者の生命を保護し、あるいは、その重大な身体損傷を防ぐ観点から、身体的拘束よりも人権制約の程度が小さい代替方法の有無について、あらゆる方策を検討する必要がある。具体的には、環境調整、付き添いや見守りなど人的対応の可能性等が常に検討されなければならない28。身体的拘束が許容されるのは、このような代替方法が見出せない間に限られる。 ウ できる限り早期に他の方法に切り替えるべきこと(一時性) さらに、身体的拘束は「できる限り早期に他の方法に切り替える」べきこと(本告示第四の一(一))が定められており、そのため、「漫然と行われることがないように、医師は頻回に診察を行う」べきこと(同三(三))が定められている29。したがって、身体的拘束の開始後も、上記ア及びイで述べた要件を満たしているか否かを確認し、当該患者の状態に応じて必要最小限度の時間に限り実施されることが必要である30。 (2) 隔離の要件 ア 本人・周囲の者への危険が及ぶ可能性が著しく高いこと(切迫性) まず、本告示は、隔離が、本人の症状による本人又は周囲の者に対する「危険を最小限に減らし、患者本人の医療又は保護を図ること」を目的とした行動制限であると定めている(本告示第三の一 (一) )。 そのため、入院当初に本人の状態を確認する目的で一律に隔離を実施するなど、本告示が規定する目的以外の目的による隔離は許容されない。 また、隔離が許容されるためには、「患者の症状からみて、本人又は周囲の者に危険が及ぶ可能性が著しく高」いことも必要でもある(切迫性)。そのため、本告示第三の二においては、隔離が許容される場合の例として、例えば、「他の患者との人間関係を著しく損なうおそれがある等、その言動が患者の病状の経過や予後に著しく悪く影響する場合」が挙げられているが31、これに該当するのみで隔離が許容されるわけではなく、本人の症状からみて本人・周囲の者に危険が及ぶ可能性が著しく高い状況にあることが必要である。 イ 隔離以外の方法による危険回避が著しく困難であること(非代替性) 次に、本告示は、隔離が許容されるための要件として、「隔離以外の方法ではその危険を回避することが著しく困難である」ことを挙げている(本告示第三の一(一))32。そのため、本人の症状による本人・周囲の者への危険を回避する観点から、隔離よりも人権制約の程度が小さい隔離以外の方法がないか、あらゆる方策を検討する必要がある。 ウ できる限り早期に他の方法に切り替えるべきこと(一時性) さらに、隔離は「漫然と行われることがないように、医師は原則として少なくとも毎日一回診察を行う」べきことが定められている(本告示第三の三(五))33。したがって、隔離の開始後も、上記ア及びイで述べた要件を満たしているか否かを確認し、当該患者の状態に応じて必要最小限度の時間に限り実施されることが必要である34。 7 精神科病院における虐待通報の義務化 精神科病院において患者に対する虐待が多発してきた経緯に鑑み、ようやく精神保健福祉法が改正されるに至り(2024年4月1日施行)35、精神科病院における虐待通報が義務化された。入院中の精神障害者について、「正当な理由なく障害者の身体を拘束すること」は「業務従事者による障害者虐待」に該当することが法文上も明らかにされ(同法第40条の3第1項第1号・「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」第2条第7項第1号)、虐待通報の対象となった(精神保健福祉法第40条の3第1項)。 虐待通報の対象となる「身体を拘束すること」には、拘束具等を用いた身体の物理的拘束のみならず、自分の意思で開けることができない居室等に隔離することも含まれる36。そのため、通報者が、正当な理由のない身体拘束を虐待として通報するかどうかを判断するに当たっては、本告示が掲げる要件を踏まえる必要がある。 したがって、通報義務を負う全ての関係者は、上記6で示した解釈に依拠して身体的拘束及び隔離が本告示の掲げる要件に反すると判断した場合は、通報義務を履行すべきことになる。このような趣旨からも、本告示を厳格に解釈することの必要性は大きい。 8 結論 これまで述べたとおり、当連合会は、公的機関のみならず、法令により強制権限を与えられた私人たる精神科病院管理者及び精神保健指定医を含む医療従事者が、本告示が定める身体的拘束及び隔離の要件を厳格に運用するよう求める37。また、身体的拘束及び隔離の適否について審査する精神医療審査会、監督機関(厚生労働省、都道府県及び政令市)、その他虐待通報義務を負う関係者等が本告示を厳格に解釈することを求める。 なお、本提言は、当連合会が第63回人権擁護大会(2021年10月)において「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」を採択するに当たって概要を示したロードマップのうち、精神保健福祉法上の強制入院制度廃止に向けた第一段階(短期工程)の一部を提示するものである。強制入院制度廃止を達成する最終段階においては、行動制限も廃止されるべきことを付言しておく。 以上 1 「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十六条第三項の規定に基づき厚生労働大臣が定める行動の制限」(昭和63年厚生省告示第129号)2号 2 前掲注1・1号 3 当連合会の2021年第63回人権擁護大会における「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」1〜3頁。強制入院制度を段階的に縮減し、最終的に廃止するためのロードマップとしては、?@強制入院の要件を厳格化する(短期工程)、?A強制入院の受入れを国公立系病院に限定する(中期工程)、?B患者の権利を定める医療法を制定し、非自発的入院の要件を、精神障害のある人か否かを問わず適用される緊急法理に一本化して、絞り込むとともに、国内人権機関等によって患者の権利を守る制度を確立する(最終段階)との三段階を提言した(同決議9〜10頁)。 4 精神保健福祉資料 2003年〜2023年。なお、身体的拘束・隔離ともに2016年までは実施された患者の人数、2017年以降は指示を受けている患者の人数。本意見書で「指示を受けている患者」と表記する人数のうち2016年以前の人数は実施された患者の人数を指す。 5 精神保健福祉法第36条第3項・前掲注1各号 6 裁判例でも、「行動制限の中でも身体的拘束は、身体の隔離よりも更に人権制限の度合いが著しいものであり、当該患者の生命の保護や重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いたものであるから、これを選択するに当っては特に慎重な配慮を要するもの」と判示されている(名古屋高裁金沢支部2020年12月16日判決(判例時報2504号95頁))。本告示第四の一(一)においても、身体的拘束が「二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もある」と指摘している。 7 欧州で行われた調査でも、隔離・拘束は、それを受けた当事者にトラウマをもたらすことが示されており(European Union Agency for Fundamental Right 「Involuntary placement and involuntary treatment of persons with mental health problems」41頁以下)、欧州人権裁判所も、同調査を引用して、15時間の身体的拘束が、通常、トラウマをもたらし、身体的障害を引き起こす可能性があり、尊厳を損なうものであると指摘している(M.S. v. CROATIA (No. 2) (Application no. 75450/12) パラ12)。 8 障害者権利条約第14条、第15条、第17条。障害者権利委員会「障害者権利条約14条に関するガイドライン」(A/72/55)パラ12 9 被拘禁者の処遇に係る被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)も適用される(同序則3の1)。 10 日本の第1回締約国報告に関する総括所見(CRPD/C/JPN/CO/1 2022年10月7日)パラ23、34 11 前脚注4 12 T.Hasegawa .et al [The use of mechanical restraint in Pacific Rim countries: an international epidemiological study] Epidemiology and Psychiatric Sciences 29 2020 13 野田寿恵他「隔離・身体拘束施行時間に影響する患者特性:日本の精神科急性期医療において」精診神経学雑誌第116巻第10号(2014)805〜812頁 14 アンケートや個別インタビューの結果については、当連合会第63回人権擁護大会シンポジウム第1分科会基調報告書「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして〜地域生活の実現と弁護士の役割〜」巻末資料245頁以下。 15 名古屋高裁金沢支部2020年12月16日判決(判例時報2504号95頁。最高裁の上告受理申立の棄却により確定)、長野地裁上田支部2024年1月25日判決(事件番号令和2年(ワ)第20号) 16 「明石の精神科病院、隔離の50歳男性死亡 両親、5700万円の賠償求め提訴 長期間と問題視」神戸新聞NEXT 2024年8月26日 17 「『違法な隔離で精神障害に』沼津の病院を患者遺族が提訴・告訴 ずさんな看護で死亡 同病院、過去にも暴行など問題」東京新聞 TOKYO Web 2024年6月19日 18 加藤博之、長谷川利夫「「精神保健福祉資料」(630調査)から考える精神科病院の身体拘束実施状況」川崎市立看護短期大学紀要(2020年3月31日)25巻1〜14頁 19 東京都立松沢病院編「身体拘束最小化」を実現した松沢病院の方法とプロセスを全公開」医学書院(2020年)26頁以下など 20 そもそも身体的拘束などの強度の人身の自由に対する制約の要件を、法律ではなく告示レベルに委任し規定することの是非も問われなければならないだろう。 21 平成10年3月3日厚生省大臣官房障害保健福祉部精神保健福祉課長通知(障精第16号)「精神科病院に対する指導監督の徹底について」 22 前掲脚注15 23 判例タイムズ1465号「精神科における損害賠償請求に係る諸問題」25頁。その他、甲斐克則「精神科医療における身体的拘束の問題性―精神科医の裁量の限界を問う―」『早稲田大学法学会百周年記念論文集 第三巻 刑事法編』(2022年)180頁、石埼学「隔離および身体的拘束:憲法学からの一考察」『同志社法學72巻4号』(2020年)430頁等参照 24 名古屋高裁金沢支部も、「行動制限の中でも身体的拘束は、身体の隔離よりも更に人権制限の度合いが著しいものであり、当該患者の生命の保護や重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いたものであるから、これを選択するに当っては特に慎重な配慮を要するもの」と判示しており、当該患者の生命の保護や重大な身体損傷を防ぐことを主目的とした場合に限り許容されるとしている。 25 告示第四の一 (二)、二ウ(包括的例示) 26 本告示第四の二イ 27 本告示第四の二柱書においても、身体的拘束以外に良い代替方法がないことが必要であると規定されている。 28 日本精神科救急学会監修『精神科救急医療ガイドライン2015年版』へるす出版(2015年)72頁。「ディエスカレーション・タイムアウト(衝動性や攻撃性を和らげるコミュニケーション)、感覚調整室の活用、薬物による対応、チューブ等の必要性再検討、付き添いや見守りなど人的対応の可能性」なども挙げられている(同)。その他、下里誠二編『最新CVPPPトレーニングマニュアル』中央法規出版(2019年)、東京都立松沢病院編「「身体拘束最小化」を実現した松沢病院の方法とプロセスを全公開」医学書院(2020年)などが参考になる。 29 国連「Principles for the protection of persons with mental illness and the improvement of mental health care」(精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則)(以下「WHО10原則」という。)が「抑制の必要性の定期的再評価(例えば、身体拘束は30分ごとに再評価する)」としているのが参考となる。公益財団法人日本医療機能評価機構「病院機能評価 機能種別版評価項目 精神科病院<3rdg:ver.1.1>評価の視点/評価の要素」(2014年9月30日版)も、隔離に関する「医師による頻回な診察」と身体的拘束に関する「頻回(1時間に4回)な観察記録」と書き分けており、前者の「頻回」とは、少なくとも隔離の観察記録における「頻回(1時間に2回)」程度の頻度を想定していると解される(後者の「頻回(1時間に4回)」は「常時」の臨床的観察が求められていることから、頻度を高めたものと解される。)。 30 上限についての定めはないが、例えば、WHO10原則は、「厳格に制限された継続時間(例えば、身体抑制では4時間)」と定めている。 31 本告示第三の二ア 32 本告示第三の二柱書も、隔離以外に良い代替方法がないことが必要であると定めている。 33 「原則として」と定められているので、偶発的な事情によって診療できない日が発生することも絶対的に禁止する趣旨ではないと解されるが、医師の不足により毎日の診療ができない等の体制的な不備は許されない。 34 少なくとも毎日一回診察を行うべき旨が定められていることから(本告示第三の三(五))、隔離の要件は長くとも24時間単位で判断される必要がある。 35 令和4年法律第104号 2022年12月16日公布 36 令和6年7月厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課地域生活・発達障害者支援室、こども家庭庁支援局障害児支援課「市町村・都道府県における障害者虐待の防止と対応の手引き」130頁 37身体的拘束・隔離に際し対象者に交付される告知文書(令和5年11月27日付け障精発1127第5号通知「精神科病院に入院する時の告知等に係る書面及び入退院の届出等について」別紙様式25及び26)は、本告示第三の二及び第四のニの例示に該当するのみで隔離及び身体的拘束が許されるかのような誤った解釈・運用を助長しかねたいため、速やかに改正すべきである。