繊維リサイクル分野の技術戦略策定に向けて116はじめに........................................................................................2
1 章 解決すべき社会課題と実現したい将来像 ......................4
1-1 社会課題と将来像の定義...................................................4
1-2 解決・実現のための方法...................................................7
1-3 環境分析とベンチマーキング.........................................12
2 章 解決・実現手段の候補....................................................18
2-1 解決・実現のための課題.................................................18
2-2 分析から得られた具体的実現手段の候補 .....................20
2-3 技術開発の方向性 ............................................................25
3 章 おわりに...........................................................................29
2023 年 10 月 2はじめに
日本の繊維産業は長い歴史を有しており、衣食住の"衣"として人々の生活に寄
り添って発展してきた産業である。さらに繊維産業は産業革命と深い関係にあり、
近代産業の発展にも貢献してきた。今では、繊維に係る技術が衣料品のみならず
多くの産業に活かされている。
近年、国内外におけるデジタル化やサステナビリティの動き等が産業構造に影
響をもたらしつつある中で、日本の繊維産業も大きな転換期を迎えている。経済産
業省が 2022 年 5 月に取りまとめた『2030 年に向けた繊維産業の展望(繊維ビジョ
ン)』1
では、2030 年に向けた日本の繊維産業の方向性を検討し、新市場開拓のた
めの分野を戦略分野、サステナビリティやデジタル化等のビジネスの前提となる分
野を横断分野と位置付け政策を進めていくとしており、サステナビリティの推進に
向けた施策の一つとして、資源循環の取り組み強化が掲げられている(図 1)。また
時期を同じくして策定された『繊維技術ロードマップ』(経済産業省、2022)2
では、重
点的に取り組むべき項目として、資源循環の実現に向けた繊維製品の水平リサイ
クル技術「繊維 to 繊維リサイクル」が挙げられている。
図 1 今後の繊維産業政策
出典:2030 年に向けた繊維産業の展望(繊維ビジョン)(経済産業省、2022)11https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220518006/20220518006.html2https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220518005/20220518005.html 3最近は世界的にも繊維製品の資源循環に関する政策提言の動きが活発になっ
ている(表 1)。2022 年 3 月に欧州委員会では『持続可能な循環型繊維製品戦略』3
が発表され、2030 年までに EU 域内で販売される繊維製品に対し、耐久性があり、
リサイクル可能で、リサイクル済み繊維を大幅に使用するなどの目標を掲げている。
また 2022 年 4 月には、中国でも 2030 年までに繊維廃棄物における循環利用体系
を確立させることを主旨とする『繊維廃棄物のリサイクル推進の加速に関する実施
意見』4
が発表されている。日本においても、こうした海外の動向を踏まえ、繊維製
品における資源循環に関する施策の検討が求められている。
表 1 繊維製品に関する政策動向
出典:文献 1、3、4
等を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)
本レポートでは、日本の繊維産業政策にとって喫緊の課題となっているサステナ
ビリティ推進について、繊維製品の資源循環システム構築に資する繊維 to 繊維リ
サイクル技術の課題や開発の方向性を検討した。なお、本レポートでは、繊維製品
の中で割合が最も高いアパレル品(衣類)を対象としている。3Communication From Commission To The European Parliament, The Council, The European Ec
onomic and Social Committee and The Committee of The Regions(European Commission、2022)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52022DC01414https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202204/t20220411_1321822.html?code=&state=123 41 章 解決すべき社会課題と実現したい将来像
1-1 社会課題と将来像の定義
国内のアパレル市場規模は 1990 年代の約 15 兆円から減少傾向であったものの、
2000 年代以降は 10 兆円規模で横ばいの状態を維持している(図 2)。この間消費者
からは低価格商品が人気を集めるようになり、海外からのファストファッション参入な
どの動きも見られている。これにより消費者は流行のファッションを安価に購入できる
恩恵を享受できるようになった。
図 2 国内アパレル供給量、市場規模、衣類の購入単価の推移
出典:SUSTAINABLE FASHON これからのファッションを持続可能に(環境省)55https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/ 5他方で、国内では手放された後の多くの衣類が有効利用されず埋め立て・焼却処
分されている現状が、社会課題となっている。図 3 に 2020 年時点の国内における衣
類のマテリアルフローの現状認識を示す。繊維の原料は主に天然資源や化石資源を
活用しているが、近年は余剰バガス(サトウキビ搾りかす)等のバイオマス資源由来
のバイオ繊維、ペットボトル由来のリサイクルポリエステルなども一部で普及しつつあ
る。衣類の国内新規供給量は 81.9 万トンに対し、その約 9 割に相当する 78.7 万トン
が事業所や家庭から使用後に手放されている。このうち熱回収も含め廃棄される量
は 51.0 万トンで、手放される衣類の 64.8%に相当する。しかしリユースされる量は
15.4 万トン、リサイクルされる量は 12.3 万トンにとどまっている6
。現在のリサイクルは
ウェス(機械類の清掃などに用いられる布切れ)やフェルトなどのカスケード利用が主
となっている7
。新しく繊維製品にリサイクルされる繊維 to 繊維リサイクルの割合は、
国内の正確なデータは算出されていないものの極めて小さく、世界全体でも 1%に満
たないとされている8。図 3 衣類のマテリアルフローの現状認識(2020 年)
出典:環境省令和 2 年度ファッションと環境に関する調査業務『ファッションと環境』
調査結果(日本総研、2021)6
を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)6環境省令和 2 年度ファッションと環境に関する調査業務『ファッションと環境』調査結果(日本総研、2
021) https://www.env.go.jp/content/000044547.pdf7サーマルリカバリー(熱回収)は、リサイクルの内数には含まれていない。8A New Textile Economy: Redesigning Fashion’s Future(Ellen Macarthur Foundation、2017)
https://emf.thirdlight.com/file/24/uiwtaHvud8YIG_uiSTauTlJH74/A%20New%20Textiles%20Economy%3
A%20Redesigning%20fashion%E2%80%99s%20future.pdf 6衣類の循環利用が進まないことによる環境負荷の影響も看過できない。『ファッショ
ンと環境』(日本総研、2021)6
によると、繊維産業における環境影響のネガティブンイ
ンパクトとして CO2 排出や水の消費、水質汚染や生物多様性への影響が挙げられて
いる。CO2 排出量を例にとると、衣類の廃棄時には国内で 117 万トン、さらに国内に供
給される衣類の生産に必要なバージン材料調達時には国内外で 4,456 万トンが排出
されている。
そのため本レポートでは、衣類のリユース・リサイクル等の繊維の循環利用を促進
し、国内の衣類廃棄量を削減するとともに CO2 排出や水消費等の国内外の環境負荷
低減に貢献することで、日本の繊維産業の国際競争力維持・強化を図ることを目指
すべき将来像と定義した。 71-2 解決・実現のための方法
前節で述べた衣類の廃棄量削減に向けては、1リユースやリペア等による衣類の
着回し、2繊維 to 繊維リサイクルによる新たな繊維や原料への再資源化(再生)が
挙げられる。現状の取り組み事例を図 4 に示す。
図 4 解決・実現のための方法に係る現状の取り組み例
出典:各社のホームページを基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)
1 リユース・リペア(着回す)
現状、リユース品の多くは古着屋等から再販売されるか、故繊維企業(繊維を回
収する企業)を介して海外に輸出されている。これに加えて、フリマアプリなど個人
が簡単に自身の所有物を売買取引できるデジタルサービスが普及しつつあり、リ
ユース市場は今後も伸びていくと予想されている9
。また体型変化に合わせたサイ
ズなどのカスタマイズが可能な設計や繊維素材の耐久性向上など、消費者が衣類
を長く着用できるデザインを取り入れていく手法も有効と考えられる。
またパンツの裾上げやボタンのつけなおし、修繕・補修などによるリペアも長く着
回す手段として有効である。例えばファーストリテイリングでは「RE.UNIQLO
STUDIO」を国内に設置するなど、リペアサービスにも近年力を入れている10。9
2020 ファッション業界のリユースマーケット動向(矢野経済研究所、2020)
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/239510https://www.uniqlo.com/jp/ja/contents/sustainability/planet/clothes_recycling/re-uniqlo/studio/ 82繊維 to 繊維リサイクル(再生する)
前述のとおり、繊維 to 繊維リサイクル率は 1%未満と世界的に実用化は進んで
いないが、綿 100%からなる衣類をはじめとした単一素材製品においては、一部の
繊維企業で繊維 to 繊維リサイクルの実用化が進みつつある。繊維 to 繊維リサイ
クルは、生地を針状の機具等でわた状に戻し(反毛と呼ばれる)再紡績するマテリ
アルリサイクルと、化学処理により繊維の原料にまで分解し再紡糸するケミカルリ
サイクルに分けられる。マテリアルリサイクルは主に綿やウールなど天然繊維を主
成分とする素材を対象に紡績企業で、ケミカルリサイクルはポリエステルやナイロ
ンなどの化学繊維の単一素材を対象に化学繊維企業を中心に取り組みが進んで
いる。
繊維 to 繊維リサイクルの実用化が進まない主な理由として、衣類の構成素材の
多様性が挙げられる。衣類は、吸湿性や速乾性、耐久性など消費者のニーズに合
った機能性を実現するため、混紡などと呼ばれるような複数種類の繊維を複合化
させる技術が開発されてきた(例えば図 5)。こうした複数種類の繊維が使用されて
いる衣類の割合は近年増加傾向にあり、故繊維企業のナカノ(株)が 2022 年 6 月
に回収した衣類においては点数ベースで約 65%を占めているとされる(図 6)。
図 5 複合糸の例
出典:渡辺正元「複合化機能繊維について」(甲南女子大学研究紀要 30 号、1993 年)1111https://konan-wu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_
detail&item_id=689&item_no=1&page_id=13&block_id=17/ 9図 6 回収衣類を構成する繊維の割合
出典:第 2 回繊維製品における資源循環システム検討会 資料 3「衣料品リサイクルの現状と課題〜
サステナビリティとエコソフィ〜」(ナカノ株式会社、2023)12
を基に
NEDO 技術戦略研究センター作成(2023)
一方、日本の繊維産業を取り巻く環境に目を向けると、日本の繊維企業は海外
における生産の割合が高く(図 7)、海外生産された繊維製品は日本向けへの輸出
や現地販売のほか、欧州などの第三国に輸出されている(図 8)。また国内工場で
生産された繊維製品も、多くが中国をはじめとするアジアや欧州などに輸出されて
おり(表 2)、グローバル展開によって日本の繊維産業の競争力を維持してきた。こ
うした状況に対して、「はじめに」で述べたとおり、最近欧州を中心に繊維製品に対
しリサイクル繊維原料を使用する規制が設定される動きがみられることから、リサ
イクル繊維原料を調達できなければ日系企業の繊維製品が海外市場から排除さ
れるリスクが高まっている。以上から、繊維製品の資源循環を実現するために繊維
to 繊維リサイクルを推進していくことは、日本の繊維業界における国際競争力の維
持・強化の観点でも必要不可欠と言える。12https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/resource_recycling/pdf/002_03_00.pdf 10図 7 日本の繊維企業の海外進出状況
出典:アパレル・サプライチェーン研究会報告書(参考資料)(経済産業省、2016)13
図 8 繊維関連の海外現地法人における売上高の内訳
出典:アパレル・サプライチェーン研究会報告書(参考資料)(経済産業省、2016)13
表 2 2020 年における国内工場で生産した繊維製品の輸出先の内訳(単位:億円)
出典:Global Trade Atlas を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)13https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/seizou/apparel_supply/report_001.html 11ここまで述べてきたように、衣類の廃棄量削減に向けた実現方法のうち、1リユー
ス・リペアはアパレル企業などで既に実用化が進んでいるが、2繊維 to 繊維リサイク
ルは衣類の大半を占める複合素材への対応が進んでおらず、一部の単一素材のみ
を対象にして普及の途上にある。しかし今後海外の環境規制に対応したリサイクル繊
維原料の供給体制構築を進めていくことは、日本の繊維企業の競争力の維持・強化
につなげていくことができると考えられるため、本レポートでは2繊維 to 繊維リサイク
ルを優先的に技術開発していくべき領域と捉え、分析対象とした。 121-3 環境分析とベンチマーキング
(1) 市場動向
回収衣類のリサイクル用途としては、古くからウェスや反毛が知られている。反
毛は主に反毛綿を原料に使ったフェルトとして、自動車部品や建築・土木資材とし
て使われている。しかし近年の産業構造の変化等に伴いウェスや反毛の市場は伸
び悩んできており、他方で新たに繊維用途にリサイクルされる事例が現れ始めて
いる(表 3)。国内外の多くのアパレル企業ではリサイクル繊維原料を活用するとい
った環境配慮素材のニーズが急速に高まっており(表 4)、2030 年には回収衣類由
来の国内のリサイクル繊維市場は約 150 億円に達すると見込まれている(図 9)。
表 3 衣類のリサイクルにおける用途ごとの市場動向
表 4 サステナビリティに対する国内外のアパレル企業の目標設定
出典:各種報道を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022) 13図 9 回収衣類由来のリサイクル繊維の国内市場予測
出典:Textile Recycling Market Size, Share & Trends Analysis 2022(Grand View Research)14
を基に
NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)
(2) 技術動向
まず、環境負荷低減に資する繊維分野の技術を対象として論文発表件数・特許
出願件数の分析を行った。
論文発表件数は 6 年ごとで増加傾向にあり、2015 年〜2020 年における発表件
数の中では欧州が 21,347 件と最も多い(図 10)。中国の発表件数も増加傾向にあ
り、同期間で欧州に次いで 14,266 件発表されているのに対し、日本の発表件数は
2,231 件に留まる。
図 10 環境負荷低減に資する繊維技術分野の主要国・地域の論文発表件数の年
次推移(6 年ごと) (a)発表件数の絶対値比較、(b)発表件数の相対値比較
出典:Web of ScienceTM
の検索結果を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)14https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/textile-recycling-market-report0501001502002020年
2021年
2022年
2023年
2024年
2025年
2026年
2027年
2028年
2029年
2030年
(億円) 14特許出願件数も 6 年ごとで増加傾向にあり、特に中国においては 2003 年〜2008
年では 1,796 件であったのに対し、2015 年〜2020 年では 60,660 件と、約 34 倍に
増加している(図 11)。他方で日本の出願件数は 2003 年〜2008 年では世界で最
も多く 2,490 件であったが、2015 年〜2020 年では 1,131 件と約半分にまで減少して
いる。
図 11 環境負荷低減に資する繊維技術分野の主要国・地域の特許出願件数の年
次推移(6 年ごと) (a)出願数の絶対値比較、(b)出願数の相対値比較
出典:Derwent InnovationTM
の検索結果を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022) 15次に、繊維 to 繊維リサイクルの分野における企業の取り組みを述べる。単一素
材について、例えば繊維の世界生産量の約 52%を占めるポリエステル15
に対して
は、表 5 に示すとおりケミカルリサイクルの技術の技術開発が欧州や米国、日本な
ど一部企業で取り組みが進みつつあり、中でも帝人グループや JEPLAN と言った
日本企業が事業化に成功している。
表 5 ポリエステルのケミカルリサイクルにおける主なプレーヤーの取り組み
出典:Harmsen et al. Textile for Circular Fashion: The Logic Behind Recycling Options
(Sustainability、2021)16
を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)15Preferred Fiber & Materials Market Report 2021(Textile Exchange、2021)
https://textileexchange.org/app/uploads/2021/08/Textile-Exchange_Preferred-Fiber-and-Materials-
Market-Report_2021.pdf16https://www.mdpi.com/2071-1050/13/17/9714 16海外における公的予算による研究開発プロジェクトの概要を表 6 に整理した。
2010 年代中頃より欧州、中国を中心に繊維 to 繊維リサイクルに係るプロジェクト
が立ち上がっており、繊維製品の回収からリサイクル、製品デザインまで含めた総
合的なシステム構築が進められている。特に 2020 年以降に立ち上がったプロジェ
クト(表 6 中の*2)では、技術的難易度が高いとされる複合素材のリサイクルも開発
課題に含まれるようになっている。
表 6 繊維リサイクルに係る海外の研究開発プロジェクトの動向
出典:各種資料を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022) 17(3) まとめ
回収衣類は主にウェスと反毛用途にリサイクルされてきたが、最近は欧州や中
国を中心に、新たに繊維用途へリサイクルを促す動きがみられる。しかし複合素材
のリサイクルは技術的ハードルが高いため、世界的にも繊維 to 繊維リサイクル率
は 1%未満と実用化は進んでいない。他方、単一素材に限定すると、例えばポリエ
ステルについては日本企業では事業化に成功しており、ケミカルリサイクルの技術
力の高さがうかがえる。
海外では、中国が特許出願数を急激に伸ばしており、また欧州においては繊維
to 繊維リサイクルへの公的資金の投入が相次いでいることから、日本にとって今
後の脅威になりうると言える。 182 章 解決・実現手段の候補
2-1 解決・実現のための課題
繊維 to 繊維リサイクルシステムの構築に向けた主な課題を、衣類の回収から選別、
再資源化までを静脈段階、製品開発から消費までを動脈段階として、表 7 に整理した。
表 7 繊維 to 繊維リサイクルシステム構築に向けた課題
出典:各種情報を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)
静脈側においては、衣類の回収量を安定的に確保することが重要となる。現状で
は手放された衣類に対する回収率は約 34%にとどまっており、廃棄される衣類の大
半は一般廃棄物として家庭から手放されている17
。今後、回収量を拡大し十分量をリ
サイクルプロセスに供給していくためには、自治体や小売店などからの効率的な回収
スキームの整備が求められる。
回収後の衣類は選別されることになるが、リユース用途の古着に分けた後、主に
ウェスやフェルト用途に、組成表示タグや素材の手触りを基に素材や色ごとに手作業
で選別されているのが現状である。この際、衣類の消耗によりタグの記載の読み取り
が難しい場合があることや、表地と裏地、ジッパーやボタンなどの付属品における素
材の違いに留意が必要になることから、効率が悪いという問題がある。加えて近年の
紡糸技術、加工技術などの発達に伴い繊維や生地の高機能化が進んだことで、手触17『ファッションと環境』(日本総研、2021)において 2020 年に「家庭から手放した衣類」のうち「リユー
ス」と「リサイクル」された割合を合算して算出。 19りといった人のノウハウだけでは素材の特定は困難になってきていることから、大幅
な効率化が必要である。
さらに、選別後の素材からリサイクル繊維原料を生産するための再資源化につい
ては、現状ではリサイクル繊維原料の品質が不安定である点、リサイクルプロセスの
コスト・環境負荷が高い点などの問題があることから、今後は品質向上や低コスト・低
環境負荷なプロセスの開発が求められる。
一方、繊維 to 繊維リサイクルの実現にあたっては静脈側のみならず、動脈側から
のアプローチも重要となる。前述のとおり、現状では構成素材の多様化が繊維 to 繊
維リサイクルを進めるうえでの大きな阻害要因の一つになっており、そのため製造段
階においては、高機能性と言った消費者のニーズを満たしつつ、リサイクルに適した
製品設計を進めていくことが重要となる。
また、消費者に対して衣類の環境価値を訴求する仕組みも重要となる。現状では
「リサイクル繊維原料」の定義や表示ルール、組成の評価方法が未整備であるため、
各社独自の基準や方法に基づき表記されている。今後は「リサイクル繊維原料を活
用した衣類」や「易リサイクル設計の衣類」といった環境配慮型製品の価値を効果的
に可視化できる仕組み作りが求められる。 202-2 分析から得られた具体的実現手段の候補
繊維 to 繊維リサイクルシステムの構築へ向けて、前節に示した課題のうち技術開
発が課題解決に貢献しうる手段としては、「高度選別技術」「高品位原料への再資源
化」「易リサイクル製品設計」の三つが挙げられる。本節で個別に詳説する。
(1) 高度選別技術の開発
繊維 to 繊維リサイクルでは単一素材ごとに再資源化されるため、再資源化の前
工程において、繊維の種類ごとなどに素材が選別されている必要がある。今後繊
維 to 繊維リサイクル用途の衣類を効率的に回収し、再資源化技術に適用可能な
良質な素材を安定して供給するためには、繊維ごとなどの高精度な素材種別の仕
分けや、裁断等による付属品除去のプロセスの機械化等の技術開発により、選別
プロセスのハイスループット化が求められる(図 12)
図 12 繊維 to 繊維リサイクル用途の衣類の選別フローのイメージ
欧州では NIR(Near-Infrared Spectroscopy:近赤外分光)などを搭載した自動選
別装置の開発が進められており、例えば Tomra 社などが参画する SIPTex プロジェ
クトにおいては、世界初の選別プロセスの自動プラントを立ち上げ、1 つのラインで
1 時間当たり最大 4.5 トンの廃棄物を処理可能としている18
。NIR では製品の表面の
素材識別が可能となるが、衣類の表地・裏地の異種素材や 2 種類以上の複合素18STADLER and TOMRA Deliver the World’s First Fully Automated Textile Sorting Plant in Ma
lmö, Sweden (Recyclinginside、2021) https://recyclinginside.com/textile-recycling/stadler-and-tom
ra-deliver-the-worlds-first-fully-automated-textile-sorting-plant-in-malmo-sweden/ 21材における組成識別の精度、ウレタンといった微量成分の検出などの課題がある19。NIR の他、ラマン分光やテラヘルツ分光といった分光分析の活用や、複合素材を含
めた各種繊維のデータベースの整備、スペクトルから繊維を同定するアルゴリズム
の構築なども検討の俎上に上がっている。また現状手作業で行われている付属品
の取り外し等の解体作業に対しても、今後はロボティクス技術などを活用した効率
化が求められる。
(2) 高品位な繊維原料への再資源化技術の開発
再資源化プロセスに投入する原料は単一素材を対象とすることが前提であるた
め、まずターゲットとする繊維の素材ごとの生産動向について解説する。世界の繊
維生産量のうち 2021 年時点ではポリエステルが 54%、次いで綿が 22%と、ポリエ
ステルと綿を合わせるだけで全体の 76%を占めている。他にはレーヨンなどの
MMCF(Manmade Cellulosic Fiber:人工セルロース繊維)が 7.2%、ナイロンが 5.9%、
ウールなどの動物由来繊維が 1.6%生産されている(図 13)。
図 13 2021 年時点の世界の繊維生産量の素材内訳(単位:百万トン)
出典:Preferred Fiber & Materials Market Report 2022(Textile Exchange、2022)2019Technical monitoring on optical sorting and textile recognition technologies at a European lev
el (Terra、2020)https://refashion.fr/pro/sites/default/files/fichiers/Terra_summary_study_on_textile_
material_sorting_VUK300320.pdf20http://textileexchange.org/app/uploads/2022/10/Textile-Exchange_PFMR_2022.pdf 22世界の繊維総生産量は年々増加傾向にある。綿については、図 14 に示す 2000
年代前半までの間は最大の生産量を占めており、それ以降もほぼ一定の生産量
を維持している。ポリエステルについては、化石資源から安価に製造できるように
なったために生産量が急激に増加しており、2030 年にかけて今後もその生産割合
が高まってくると予想されている(図 14)。
図 14 世界における繊維生産量の推移(単位:百万トン)
出典:Preferred Fiber & Materials Market Report 2022(Textile Exchange、2022)20
以上の状況から、今後回収される衣類に主に含まれうる素材として綿とポリエス
テルに対象を絞り、その再資源化について解説する。図 15 に綿・ポリエステルの再
資源化スキーム例を示す。
図 15 綿・ポリエステルにおける主な再資源化スキーム 23綿は、反毛後に再紡績するマテリアルリサイクルの方法が知られている。綿以外
の異種繊維が含まれている場合も技術的に反毛は可能であるが、品質維持など
の観点から原料は単一素材であることが望ましいとされる。反毛時の摩擦により繊
維長が短くなると紡績糸の強度が低下するため、今後は繊維強度の維持に向けた
技術開発が求められる。近年では熱水やイオン液体などで溶解しセルロースとして
回収後、MMCF(Manmade Cellulosic Fiber:人工セルロース繊維)に紡糸するケミカ
ルリサイクルの技術開発も進められており、今後は繊維強度を維持もしくは強化で
きる溶解・紡糸技術の開発や、プロセスの省エネ化、低コスト化などが求められる。
ポリエステルの再資源化の手法として、解重合によりポリエステル成分をモノマ
ー化するケミカルリサイクルが必要となる。既に一部では実用化が進んでいる技術
ではあるが、今後は新規触媒開発などを通じた解重合プロセスの改善・工程数の
削減による省エネ化や、スケールメリットなどによる低コスト化が期待される。
他方で、こうした再資源化スキームに投入される素材は、(1)で述べた選別プロ
セスで構成素材ごとに衣類が仕分けられても、綿・ポリエステルの混紡品といった
繊維レベルで複合化された素材をはじめ、染料や加工剤など様々な成分が含まれ
ていることが多い。そのために図 15 に示したスキームのみでは異種繊維など大量
の不純物が発生し、このため生産されるリサイクル繊維原料の品質悪化につなが
る可能性が高いという課題が残る。 24(3) リサイクルを前提とした製品設計
繊維製品の循環利用に向けては、静脈側の技術のみならず、動脈側でのリサイ
クルを前提とした製品設計(易リサイクル設計)に資する技術の開発も重要となる。
易リサイクル設計の手法を図 16 に例示する。
図 16 易リサイクル設計の手法例
具体的な手法として、繊維 to 繊維リサイクルにおける素材分離等のプロセスを
効率化するための繊維・生地のモノマテリアル化が挙げられる。消費者が要求する
機能性をモノマテリアルでも実現するために、合成繊維の紡糸技術や生地の加工
技術等が求められる。また、リサイクルし易い素材からなるジッパーやボタンなどの
付属品開発や解体容易性の向上も有効な手法と考えられる。
さらには、衣類の在庫管理等で導入が進んでいる RFID(Radio Frequency
Identification)タグ等の電子タグをリサイクルプロセスに活用する手法も挙げられる。
衣類の素材等のデータを電子タグに書き込むことで回収後の選別プロセスを効率
化できるが、実用化に向けては衣類の洗濯負荷などに耐えうる性能の実現、低コ
スト化が課題となる。 252-3 技術開発の方向性
(1)静脈における技術開発の方向性
現状では単一素材からなる製品のみが繊維 to 繊維リサイクルの原料の対象と
されている。前章で述べたとおり、原料が綿の単一素材であればマテリアルリサイ
クルにより紡績糸が作られ、ポリエステルであればケミカルリサイクルによりモノマ
ー化されるプロセスが既に実用化されており、こうした再資源化プロセスは主に繊
維企業が担っている。しかし、混紡品などの複合素材からなる製品は、2-2 で述べ
たとおり既存技術では大量の不純物が生じることが要因となりリサイクル繊維原料
の品質低下を招くため、多くの場合ウェスやフェルトなどへのカスケード利用、ない
しは廃棄されてしまっており、回収衣類に占める繊維 to 繊維リサイクルの割合は
極めて限られているのが現状である。カスケードリサイクルの国内市場が縮小する
中、今後衣類の廃棄量削減を目指していくためには、リサイクル繊維原料のニー
ズが高まりつつある背景を受けて、複合素材といった様々な衣類に対応できる繊
維 to 繊維リサイクルのシステムを確立する必要があり、その実現に向けては、再
資源化技術に適した素材を速やかに供給できる高度な選別プロセスが繊維業界
に共通した課題となっている。 26今後繊維 to 繊維リサイクルを推進していくためには、再資源化プロセスは各繊
維企業において競争力となる技術の高度化を図りつつ、再資源化プロセスを担う
繊維企業に良質な素材を提供すべく、繊維ごとの選別や付属品の除去、さらには
染料・異種繊維の分離などの前処理も含めた技術開発を、繊維業界が協調的に
進めていくことが求められる(図 17)。
図 17 繊維 to 繊維リサイクル推進に向けた選別・再資源化プロセス
選別プロセスにおいては、センサーなどによる回収衣類の素材識別技術や、付
属品の除去効率化に資するロボティクス技術などの開発も必要となる。また選別時
に回収衣類の量や形態、素材情報などをデータベースに収集・蓄積することで、回
収量の変動による影響予測や素材識別アルゴリズムの高度化など、更なる選別効
率化につながる可能性がある。技術領域が多岐にわたるため、繊維業界にとどま
らない産学の協力が不可欠となる。 27(2)動脈における技術開発の方向性
易リサイクル設計については、現状では静脈において繊維 to 繊維リサイクル技
術が確立されていないため、動脈において易リサイクル設計の衣類を開発するイ
ンセンティブが働きにくい状況にあり、普及には至っていない。そこで今後易リサイ
クル設計された衣類の普及にあたっては、静脈の開発技術に対応した「易リサイク
ル衣類」のプロトタイプを開発し、循環モデルを検証することから始めることが望ま
しい(図 18)。プロトタイプ開発にあたっては、静脈で開発された繊維 to 繊維リサイ
クル技術に対応できる素材条件などを加味し、繊維・生地・縫製などの各製造段階
を担う企業が要素技術を持ち寄り、設計・開発に取り組むことが重要となる。中長
期的には、静脈において繊維 to 繊維リサイクルが事業化していく流れと連動し、易
リサイクル設計に資する要素技術を各社が一般衣類にも横展開していくことで、衣
類の循環利用の更なる加速につなげることができる。また、アパレル業界において
易リサイクル設計された衣類の活用を促す仕組み作りとして、リサイクルに適した
設計条件のガイドライン21
の整備を進めることも有効と思われる。
図 18 易リサイクル衣類の普及に向けた取り組みの方向性21易リサイクル設計のほか、有害化学物質の使用削減や長期使用など、環境に配慮した「環境配慮
設計ガイドライン」として、2023 年より経済産業省において検討が進められている。 28(3)資源循環システム全体における連携の方向性
前述の(1)、(2)で示した技術開発の早期社会実装に向けては、衣類の回収・選
別・再資源化の静脈と、製品開発・消費の動脈を合わせた、繊維資源循環システ
ム全体での連携が求められる(図 19)。
図 19 衣類の資源循環システム構築に向けた動静脈連携イメージ
(注記)太枠箇所は技術開発要素
静脈側においては、自治体や小売店の回収スキームを活用して十分量の回収
衣類を調達しリサイクルプレーヤーに安定供給できる体制を構築することで、廃棄
量の削減のみならず、スケールメリットを生かしリサイクルコストの低減にもつなげ
られる。またリサイクルプロセス内においても、選別技術と再資源化技術のそれぞ
れで対応できる素材条件を共有することにより効率的な開発につなげられる。
静脈―動脈間でも、(2)で示した開発中の選別・再資源化技術に連動したリサイ
クルし易い条件の製品を製造することが望ましく、実効性を高めるためにはガイド
ラインとして整備していくことも有効である。
リサイクル繊維原料を含む製品を普及していくためには、動脈側において消費
者に対して製品の環境価値を訴求できる仕組みが必要になる。また製品開発段階
に対しても消費者ニーズを取り込んで易リサイクル性と機能性やデザイン性の両
立を目指すことが望ましい。 293 章 おわりに
本レポートでは、衣類の循環利用を推進し、国内の衣類廃棄量を削減するととも
に CO2排出・水消費などの国内外の環境負荷低減に貢献することで、日本の繊維
産業における国際競争力の維持・強化を図る将来像の実現に向けて、世界的にも
未確立である「繊維 to 繊維リサイクル」の技術開発を進めていく必要性を示した。
最近の欧州をはじめとする資源循環に向けた規制強化、またアパレル企業におけ
る環境配慮素材のニーズが高まる動きがある中で、繊維 to 繊維リサイクル技術の
確立によりリサイクル繊維原料の供給体制を構築することは、日本の繊維産業に
おいて喫緊の課題となっている。
単一素材からなる回収衣類の繊維 to 繊維リサイクル技術は実用化が進みつつ
あるが、衣類には消費者のニーズに合った多様性や機能性などが要求されること
から、こうした対応に向けて近年複数の繊維素材が複合化された混紡品などの割
合が増加傾向にある。繊維産業の分野においては、こうした繊維素材の多様性ゆ
えに個社の特定素材に対する既存技術をそのまま適用することは難しく、天然繊
維や化学繊維などの業界が協調的に開発に取り組む必要がある。
さらに、技術開発のみならず、自治体や小売店などを通じた使用済み衣類の回
収率向上や、リサイクル繊維原料を活用した環境配慮製品における環境価値の可
視化といった仕組み作りとの連動も欠かせない。このように、産学官が一体となり
繊維 to 繊維リサイクル技術の確立、早期社会実装に向けた取り組みを進めること
で、日本の繊維産業の国際競争力維持・強化を図ることが今後は重要となる。
技術戦略研究センターレポート
Vol.116
繊維リサイクル分野の技術戦略策定に向けて
2023 年 10 月 2 日発行
TSC Foresight Vol.116 繊維リサイクル分野 作成メンバー
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
技術戦略研究センター(TSC)
くろまる本書に関する問い合わせ先
電話 044-520-5150(技術戦略研究センター)
くろまる本書は以下 URL よりダウンロードできます。
https://www.nedo.go.jp/library/foresight.html
本資料は技術戦略研究センターの解釈によるものです。
掲載されているコンテンツの無断複製、転送、改変、修正、追加などの行為を禁止します。
引用を行う際は、必ず出典を明記願います。
しかくセンター長 岸本 喜久雄
しかくセンター次長 植木 健司
飯村 亜紀子 (2023 年 7 月まで)
しかくナノテクノロジー・材料ユニット
・ユニット長 藤本 辰雄
・研究員 大里 武 (2023 年 6 月まで)
岡田 明彦
花田 亨
曹 勇 (2023 年 3 月まで)
小野 雄平 (2022 年 3 月まで)
・フェロー 川合 知二 大阪大学産業科学研究所 招聘教授
北岡 康夫 大阪大学共創機構イノベーション戦略部門 機構長補佐/部門長
井上 貴仁
株式会社 AIST Solutions(アイストソリューションズ)コーディネート事業
本部事業化推進部(兼)プロデュース事業本部事業構想部 コーディネータ
三島 良直 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 理事長

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