1背景
風力発電の風車、鉄塔、鉱山、さらに観光プロジェクトなどが、現地コミュニティに大きな影響を与えることは周知の通り
である。その結果、近隣住民は、そのような影響に対して微力または無力感に襲われ、恐怖心を抱くようになることが確認
されている。
15 年以上にわたり,プロジェクト開発と近隣コミュニティの間で継続的な調査に取り組んできた筆者の経験から、環境影
響評価(Environmental Impact Assessment: EIA)とそれに関連する公聴会を含む既存の計画プロセスでは、この問題に
対処するには不十分であることがわかっている。実際に、風力エネルギーに関しては、現地住民の風力発電への支持は数
年前から大きく減少しており、風車が近隣(風車音が聞こえる距離)にある人々の間では、好感を持つ人はほぼ皆無という
までになっている。調査によると、このような反対運動は、開発事業者と現地コミュニティ間の関係の質が低いことに原因が
ある(Brennan and van Rensburg, 2016)。今後は風力発電による多くの電力の供給が予想されるため、風力発電のさら
なる潜在能力の実現のため、この問題の早急な解決が必要である。
反対派の見解
開発事業者や EIAチームは、法に従い最低限のコミュニティ関与に留まっているため、
「環境に優しい」実績のある風力発電プロジェクトに対して反対運動が起こることに驚き
を隠せない。また、このような反対運動は、他業界や政府の関係者から「NIMBY 主義」
と呼ばれる場合が多い。しかし、過去 12 年間、10 か国以上で現地住民と開発事業者
の間の紛争解決に取り組んできた筆者らの経験では、「NIMBY」とはむしろ無力感の現
れのように感じられる。NIMBY とは次の略語とも考えられる。NotInvolved in decisions that impact, or could impact,
My live
Because of
Your activities.
(他人によって私の生活に影響を与えるかもしれないが、私はその決定に関与しない)
この「他人」とは開発事業者や政策立案者のことである。
現実として、現地住民の多くは無力感にとらわれ、時にはいじめられているとすら感じている。住民は、自分たちが求める
生活、健康、資産価値の現実、およびそれに対して起こり得るリスクが適正に配慮されているとは感じていない。研究者は
このようなニーズを「手続き上の公正性」と呼んでいる。現行の風力エネルギープロジェクト開発のモデルには、このように
自分自身の付近で新たな開発が始まることを恐れる人々に対する手続き上の公正性がほとんど見られない。
進むべき道
このような現地の反対運動は、プロジェクト実現に向け、コミュニティ・リレーションズやエンゲージメント・マネジメント体制
を向上させておかねばならない産業においては珍しくない。石油・ガス産業はその例である。また、鉱業も該当する。両者と
も、欧州全土あるいはある程度世界で成功している企業は、法的な許認可手続きにおける公聴会の要件を満たすことに注
力していた(これは「DAD」、すなわち「決定と守備(decide and defend)」)と呼ばれることが多いが、現実的には、DAD は
「死(dead)」であるとする人も多い。実際、DAD方式は、プロジェクトに対する怒りを煽ることになってしまいがちである)が、
それをより体系的・戦略的な関与のアプローチへ移行せねばならなかった。また、この機能は SLO(Social License to
Operate:社会的運営ライセンス)とも呼ばれる。これは、組織やそのプロジェクトがどの程度地域社会に受け入れられてい
るかを定義する。
このような考え方は、プロジェクトが技術的・資金的に実現可能であっても経験や知見が限られている開発事業者にとっ
ては困難な作業となり得る。また、環境に配慮したプロジェクトだけではなく、公的支援があるプロジェクトの開発が必要と
考える人も増えている。そのようなプロジェクトを「スマートプロジェクト」と称することにする。この種のプロジェクトは WIN-
WIN の考え方で設計されており、現在だけではなく次世代の支援も考慮している。SLO を構築する際、成果を出すために
IEA Wind Task 28 風力発電プロジェクトの社会的受容性
フェース 3(2020 年第 1 四半期) 成果物資料集 5
地域支援による大規模再生可能エネルギープロジェクトのための
環境づくり
John Aston 2必要なプロセスは、最終合意内容そのものと同等に重要であることが諸研究で示されている(Moffat et al., 2015b; Lacey
et al., 2016)。コミュニティ・リレーションズの技能と科学が最も強く結びつくのは、おそらく手続き上の公正性である
(Brennan and Van Rensburg, 2016)。SLO アプローチは最初に鉱業で開発され、この領域内では体系的で公正なコミュ
ニティ・リレーションズの重要性が理解されている(Viega et al., 2001)。しかし、その重要性の認識のみでは、コミュニティ
関係における関与、相互関係、信頼が達成される保証はない(Kemp and Owen, 2013; Holley and Mitcham, 2016)。コミ
ュニティ・リレーションズは科学的根拠を伴うが、実践と提供には必ず技能が必要と考えられている。手続きの公正性が必
要であると理解することと、人々がそれを公正な手続きであると把握できるように手続きを設計・提供することは、まったく別
のことである(Gross, 2007, 2008; Lacey et al. 2016)。手続き上の公正性を確保するには、コミュニティが意思決定プロセ
スやその結果に対して適切な発言権があると信じることが重要である(Kemp, 2010; Hilson, 2012)。この問題の検討、準
備、実践の概要は、www.ThinkWinWinProject.com に掲載されている。
この問題に対し、経営者、投資者、政府関係者、現地住民を支援するために、国際的ガイドラインが開発され、ベンチマ
ークとして利用されている。例として、2017 年版の「OECD Due Diligence Guidance for Meaningful Stakeholder
Engagement in the Extractive Sector(採掘業界の利害関係者向け有意義な関与のための OECD 適正評価ガイダンス)」
がある。また、2015 年の AA1000SES は、具体性、包括性、応答性の三角形と、関連の利害関係者向けのマネジメント体
制を記載している。上記の問題を考慮すると、これらを風力発電業界に応用し、業界の実践と政策のベンチマークとして利
用することは有益と考えられる。概要の理解のために、以下に要点を記す。
i) OECD 適正評価ガイドライン
経営企画担当者または経営陣への推奨事項
利害関係者との誓約を戦略的な位置づけ
現場担当者への推奨事項
ステップ 1:利害関係者の中心的な担当者が現地および事業の状況を理解していることを確認
ステップ 2:優先される利害関係者と対話者を特定
ステップ 3:有意義な利害関係者との対話のために必要な支援体制を確立
ステップ 4:適切かつ効果的な利害関係者との対話の活動と手続きの計画
ステップ 5:継続的な実践
ステップ 6:利害関係者との対話の活動の監視と評価、さらに特定された問題点への対応
ii) プロジェクトレベルに簡素化した AA1000SES の関与基準
1. プロジェクトのガバナンス、戦略、管理への関与を統合
2. 関与目的の明確化
3. 関与対象となる決定事項の明確化
4. 意思決定に関わる利害関係者とその意思決定者の明確化
5. 関与計画の立案、準備、実践
6. 関与プロセスとプロジェクト設計のレビューと改善
iii) 期待値の管理
これらの基準は、地域支援による大規模再生可能エネルギープロジェクトのための環境を整えるだろうか?それだけで
は、ノーである。しかし、開発事業者や政策立案者がおしなべて多忙であることを考慮すると、こういった基準への準拠に同
意することで、手持ちの作業が簡素化され、すべき作業についての意見の齟齬が生じにくくなる。また、一旦受け入れられ
れば、現地に適した関与プロセスを合意のもとで構築する基礎となる。
iv) アプローチの提案
上記のような環境を整備するには、開発チームと開発事業者に対応する現地住民双方の能力と信頼を高めることが必
要である。他業界で機能しているモデルでは、現地住民の代表者と、開発チームの設計者や意思決定者で構成される意思
決定グループを中心に、複数の利害関係者からの公聴会を設けている。そして、開発事業者よりも住民の方が関心を持つ
問題については、住民が持つ票数が多数を占めるようにする。この運営グループの役割は、プロジェクトのコンセプトから
始まり、計画から建設に至るまでの過程を、健全な財政、実現可能な技術、環境への適合性、社会的賛同を得る方法で導
くことにある。風力発電業界における筆者の経験では、前三分野では通常十分な管理人員とリソースが確保されているが、
あとの一分野はリソースが乏しく、理解もあまり深くないというのが現状である。そのため、現地住民と代表者を意思決定に
参加させることは、経営上非常に意義がある。プロジェクト現場付近の住民の理解が深まるという利点もある。最新のコミュ
ニティ・リレーションズと SLO の構築には、開発事業者、コミュニティ、その他の利害関係者間で建設的な対話の場を設ける
ことが重要である。 3このプロセスには以下が含まれる。
・近隣住民と開発業者の双方の不安を深く理解するこ
と。
・技術的、財政的、環境的、社会的に関する知識と経
験の強固な組み合わせによる、信頼性が高く効率的な
推進
・住民目線で計画された、現地住民と開発事業者の関
与プロセス
・このプロジェクトは、現地住民と開発事業者の両者が
風力エネルギー開発関連の主要な外部性に対応し、
風力エネルギープロジェクトが設置される現地コミュニ
ティが受ける影響を最小限に抑えるために、積極的に
採用できるプロセスを特定する。これは、今後 10 年間
に必要となる重要かつ大規模な洋上風力発電所の
SLO に関する議論にも有効活用される。実際、陸上の
プロジェクトへの反対意見を十分に理解した上で、洋
上のプロジェクトが沿岸地域の住民への関与を開始す
ることは有益と考えられる。
v) 本アプローチの一般的な障害
1. 地域住民の権限が強くなりすぎて、開発事業者に過剰な要求をするのではないかという開発事業者の恐れ
2. 開発事業者の、近隣住民を支援することは自分の仕事ではないという感情
3. 本アプローチがコスト増につながるという懸念
上記の 3 点について、これまでのプロジェクトでは以下のような対応があったことは記憶すべきである。
1. 地域住民に敬意と公正さをもって対応したところ、開発事業者が罵倒されたり、非公正な要求をされたりしたことは一度も
なかった。地域住民は、理不尽な扱いを受けると、理不尽な要求をする傾向がある。
2. 開発事業者の言うこともある程度は正しい可能性がある。しかし、それを行わなかった場合、地域住民が開発事業者と
のパワーバランスが崩れていると感じた場合、パワーバランスを取り戻すために声を上げて反対するようになる。現在ま
でに、申請者がアイルランドで行った 5 種類のプロジェクトでは、パワーバランス安定のために多くの活動が無料で行わ
れた。
3. これまでに成功例がないのであれば、これは公正で妥当な懸念である。しかし、重要な問題が適切に解決されて SLO を
策定・保全できなければ、本アプローチなしではコストが急増することは、すでに開発事業者は知っている。
SEAI との共同研究開発プロジェクトの成果物(SEAI:Sustainable Energy Authority of Ireland 「アイルランド持続可
能エネルギー局」)
アイルランドでは、国としての目標達成のために、風力発電産業の SLOを構築することが急務となっている。よって SEAI
は、上記のアプローチに沿う SLO 構築の全プロセスを示すケーススタディ作成プロジェクトを支援している。この研究開発
プロジェクトは、2020 年 1 月に開始し、年内に終了する比較的短期間の研究開発プロジェクトとなる予定であるこのプロジ
ェクトの目的は、SLO の基本的な構成要素と成功例を、開発事業者や現地住民に効果的に示すことにある。
このプロジェクトは、各種の再生可能プロジェクトの開発事業者のスマートプロジェクト計画を可能にする、SLO 構築や利
害関係者への関与のトレーニングを行うきっかけとなる。
プロジェクトの成果は、インターネット、業界団体、学術団体、政府機関などを通じて一般に公開される。内容には以下が
含まれる。
・風力エネルギーの「社会的運営ライセンス」(Social licence to Operate: SLO)の構築能力に関する、開発業者および
近隣住民の懸念事項と解決策のリスト
すべての意見を包含し、
透明性と説明責任を持ち、
関係者全員の懸念に対処可能な
フォーラム
現実に直面したときに、最も
効果的な意思決定や活動が
行われるようにしたいと考える。
コミュニティ 企業
地元企業は長期的に成功
するビジネスを構築する必要が
あり、それは企業・コミュニティ
双方にとって良いことである。
地方自治
地方自治体は、コミュニティ
の持続可能な発展を支援す
る責任がある。 4・現地住民と開発業者が共同で作成したエンゲージメントプロセス
・SLO を取得した風力発電プロジェクト(WEP)の共同制作の過程を示すマニュアル
・SLO 取得の WEP への過程における現地住民と開発業者への支援制度の提案
・WEP に関わる、または WEP から影響を受ける可能性のあるすべての人(現地住民、開発業者、その他のステークホ
ルダー)が、SLO を構築する理由、その内容、担当者、構築方法について合意するための訓練コース
・必要に応じて、プレゼンテーション
・必要に応じて、現地住民や利害関係者への継続的支援制度を設計
問い合わせ: john.aston@astoneco.com
本翻訳書は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
(NEDO)「風力発電等技術研究開発/風力発電高度実用化研究開発/風車運
用高度化技術研究開発」事業の一環として,IEA Wind 国内委員会の承認
のもと作成されたものです。翻訳監修:名古屋大学 丸山康司 教授

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