農山漁村における自律分散型エネルギー
システム分野の技術戦略策定に向けて110はじめに...................................................................................2
1 章 解決すべき社会課題と実現したい将来像..................4
1-1 社会課題と将来像の定義..............................................4
1-2 解決・実現のための方法..............................................9
1-3 自律分散型エネルギーシステムを取り巻く動向.....15
2 章 解決・実現手段の候補...............................................17
2-1 解決・実現のための課題............................................17
2-2 具体的実現手段の候補................................................18
2-3 技術の環境分析とベンチマーキング ........................24
2-4 技術開発の方向性........................................................36
3 章 おわりに......................................................................37
2022 年 10 月 2はじめに
世界的なカーボンニュートラル化の機運を受け、菅首相(当時)が 2020 年 10 月に
「我が国は、2050 年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち
2050 年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すこと」を宣言した(以下、
「2050 年カーボンニュートラル宣言」)。2021 年 4 月には、2030 年度の新たな温室効
果ガス排出削減目標として、2013 年度から 46%削減することを目指し、さらに 50%の
高みに向け挑戦を続けていくことを表明した。「第 6 次エネルギー基本計画」(令和 3
年 10 月)1
では、この新たな削減目標の達成に向けて、再生可能エネルギー(以下、
「再エネ」)の主力電源化を徹底し、2030 年度におけるエネルギー需給の見通しとして、
電源構成に占める再エネの割合を 18%(2019 年度)から 36〜38%を見込むとしてい
る。
一方、近年、食料の安定供給・農林水産業の持続的発展と地球環境の両立が強く
指摘される中、農林水産省は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイ
ノベーションで実現するため、2021 年 5 月に「みどりの食料システム戦略」2
を策定し
た。本戦略では、調達、生産から消費に至るサプライチェーン全体について、労力軽
減・生産性向上、地域資源の最大活用、脱炭素化(温暖化防止)等の視点から革新
的な技術・生産体系の段階的な開発、社会実装を推進することとしており、本戦略が
目指す姿として、2050 年までの農林水産業のゼロエミッション化、我が国の再エネ導
入拡大に歩調を合わせた、農山漁村における再エネの導入やスマート農林水産業の
推進等が挙げられている。このことから、農山漁村においてもより一層の再エネ導入
が求められる。
さらに、「2050 年カーボンニュートラル宣言」に対応し、2021 年 6 月に「2050 年カー
ボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定された。この成長戦略において食
料・農林水産業は重要分野に位置づけられており、農林水産業では、園芸施設の加
温や光合成促進、農林業機械・漁船等の動力において、化石燃料に大きく依存する
構造となっている。このため、農山漁村に賦存する地域資源の最大限の活用、化石
燃料からの脱却に向けて、再生可能エネルギー生産・収集及び利活用の更なる低コ
スト化・効率化を図り、農山漁村を持続的なエネルギー地産地消型の社会に変革し
ていくことが必要とされている。
本レポートでは、日本の農山漁村が直面するエネルギー利用、地域活性化、レジリ
エンス強化等の諸課題の分析を行い、特に再エネ資源の有効活用(農山漁村に適し1https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/2https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/ 3たエネルギーシステム)及びスマート農林水産業(農業機械の電化等)の視点から、
農山漁村特有の課題克服と持続的な農作物のサプライ・チェーンの構築を統合的に
推進することを通じて、農山漁村におけるカーボンニュートラルを実現するための技
術開発の方向性を検討した。
なお、本レポートでは、再エネ利用の面で高いポテンシャルが期待される農業・農
山村を対象とする。 41 章 解決すべき社会課題と実現したい将来像
1-1 社会課題と将来像の定義
現在、日本の食料・農林水産業が直面する持続可能性についての主な課題として、
気候変動問題、エネルギーの化石燃料依存、および労働人口の減少等の農山漁村
特有の社会課題が挙げられる。将来にわたり、食料の安定供給と農林水産業の持続
的発展を図るためには、これらの課題を包括的に解決することが求められる。
(1)農林水産分野における温室効果ガス排出
世界の人為起源の温室効果ガス(Green House Gas、以下「GHG」)排出量の年間約
520 億 t-CO2 のうち、農業・林業・その他土地利用(Agriculture, Forestry and Other
Land Use、AFOLU)に伴う GHG 排出量は年間約 120 億 t-CO2 となっている(図 1 左)。
これは、全体の約 23%を占める主要な排出源の一つであり、世界規模で削減に向け
た取り組みが急務となる。
一方、日本国内では 2020 年度時点で GHG 総排出量 11 億 5,000 万 t-CO2 のうち、
農林水産分野からの GHG 排出量は 5,084 万 t-CO2 と全体の 4.4%を占める。その内
訳として、稲作、家畜の消化管内発酵、家畜排せつ物管理等による CH4 の排出が最
も多く、次いで燃料燃焼による CO2 の排出、土壌や家畜排せつ物管理等による N2O
の排出となっている(図 1 右)。
図 1 世界と日本の農林水産分野の温室効果ガス排出量
出典:みどりの食料システム戦略について(農林水産省、2021)33https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/index-112.pdf 5農林水産分野における GHG 排出量を削減する対策としては、以下の三つが挙げ
られる。
1 吸収源である森林の拡大・藻場の回復等(吸収源対策)
2 農地や畜産業からの CH4・N2O 等の抑制(排出源対策)
3 再エネ利用の促進による CO2 削減(排出源対策)
(2)農林水産分野における化石燃料依存
農林水産業分野では、エネルギー利用のおよそ 9 割以上を化石燃料に依存してお
り、電力の利用は全体の 6%に留まっている(図 2a)。燃料の中では、A 重油の消費
が最も多く、次いで軽油、ガソリン、灯油の順である。特に、A 重油は、漁業分野では
漁船の内燃機関、農業分野では施設園芸の暖房に用いられる燃焼式加温機で多く
消費されている。軽油やガソリンは農業機械、灯油は穀物を乾燥させる乾燥機で利
用されることが多い(図 2b)。
図 2 農林水産業分野におけるエネルギー消費量及び主な燃料消費の業種内訳
出典:令和 2 年度総合エネルギー統計(資源エネルギー庁、2022)4
を基に
NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)
化石燃料の価格は地政学上のリスクや国際的な市場の影響など他律的な要因に
左右されやすいことから、農業経営に係る価格の見通しを立てることが困難な生産資
材といえる。特に、施設園芸は光熱動力費の割合が高く、燃料価格高騰の影響を受
けやすい(表 1)。このような状況を踏まえ、農林水産分野の持続的な発展においては、
化石燃料に依存しない持続可能なエネルギー調達が不可欠であるといえる。4https://www.enecho.meti.go.jp/statistics/total_energy/results.html#headline1 6表 1 農業経営費に占める光熱動力費の割合
出典:施設園芸をめぐる情勢(農林水産省、2022)5
一方で、日本の農山漁村には、森林、水、バイオマスなどの再エネ資源が豊富に
存在しており、再エネ発電のポテンシャルは年間で最大約 1,500 億 kWh と試算される
(図 3)。これは、2030 年度の電源構成に見込まれる再エネ発電量(3,360〜3,530 億
kWh)の 4 割超に当たることからも、地域の再エネ資源の一層の活用により、化石燃
料依存から脱却することが期待される。
図 3 農山漁村における再エネ発電のポテンシャル
出典:a. 農山漁村における再生可能エネルギー発電をめぐる情勢(農林水産省、2021)6
b. 各種資料789
を基に NEDO 技術戦略研究センター作成5https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/engei/sisetsu/attach/pdf/index-55.pdf6https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/pdf/index_5.pdf7農山漁村における再生可能エネルギー発電をめぐる情勢(農林水産省、2019)
https://www.pref.gifu.lg.jp/uploaded/attachment/142107.pdf8総合エネルギー調査会 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会(第 30 回)資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/030_03_00.pdf9廃棄物系バイオマス利活用導入マニュアル(環境省、2017)
https://www.env.go.jp/recycle/waste/biomass/manual.html 7したがって、(1)で記載した三つの対策のうち、農林水産分野における GHG 排出
削減と化石燃料依存からの脱却を同時に達成し得る対策として、再エネ利用の促進
による CO2 削減が最も有効であると考えられる。
(3)農山漁村特有の社会課題
農山漁村では、1970 年代以降、人口が減少傾向にある。特に、農村の人口の推移
をみると、山間農業地域の減少率が最も大きく、2045 年までに、2015 年時点と比較し
て、半数以下まで低下することが予想されている(図 4a)。農村部の人口減少に伴い、
農林水産業の担い手の確保は困難となり、従事者の高齢化も顕著となっている(図
4b、c)。
図 4 農林水産業分野における人口の推移
出典:a. 令和元年度 食料・農業・農村白書(農林水産省、2020)10
b. 担い手をめぐる情勢について(農林水産省、2022)11
c. 令和 3 年度 食料・農業・農村白書の概要(農林水産省、2022)12
を基に NEDO 技術戦略研究センター作成(2022)10https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/attach/pdf/zenbun-2.pdf11https://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/attach/pdf/index-107.pdf12https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r3/pdf/r3_gaiyou_all.pdf 8このような背景から、農地等の資源や地域コミュニティの維持が大きな課題である。
さらに、持続可能な農作物のサプライ・チェーンの実現に向けては、近年の頻発する
気象災害等に対応したレジリエントな農山漁村のシステム構築の必要性も高い。
(1)、(2)、(3)を踏まえ、本レポートでは再エネ資源をはじめとする農山漁村に賦存
する地域資源を最大限活用し、エネルギーの地産地消や六次産業化13
を促進し、
GHG 削減への寄与や地域社会・地域経済の活性化、レジリエンス強化につながる地
域循環モデルが機能する社会を目指すべき将来像と定義した。13一次産業としての農林漁業に加え、二次産業としての製造業(食品加工業等)、三次産業としての小売業
(流通・販売)等の事業を総合的かつ一体的に推進し、地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取り
組み。「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関
する法律」前文を引用。 91-2 解決・実現のための方法
前節に示した将来像の実現に向けては、以下に示す三つの要素が十分に機能す
る地域循環モデルを構築する必要がある。
1 地域に点在する豊富な再エネ資源(分散型エネルギー)を最大限活用し、エネル
ギー地産地消による安定供給が実現した「エネルギー・チェーン」
2 エネルギー供給網をはじめ生産環境の変動に柔軟に対応し、農産物等の生産性
を維持・向上し、安定供給できる「サプライ・チェーン」
3 農山漁村の地域性に応じて最適化された「バリュー・チェーン」
本レポートでは、上記1〜3が相互連携の上、全体で生じる有機的な機能を最大
化して、電力等のエネルギー資源、農業の生産資源、農作物等の流通、地域経済等
の地域資源の好循環を生み出す仕組みを「自律分散型エネルギーシステム」と定義
する(図 5)。
図 5 農山漁村における自律分散型エネルギーシステムを実現するための三つの要素 10自律分散型エネルギーシステムの実現に当たっては、まず、再エネ資源(分散型エ
ネルギー)の速やかな地域導入とその適切なマネジメントシステムの構築が重要とな
る。これらを一定規模のエリアで面的に利用する分散型エネルギーシステムは、地域
のエネルギー地産地消を推進する最適なエネルギー需給形態と言える(図 6)14
。分
散型エネルギーは、非常時のエネルギーの供給確保、再エネ等資源の効率的利用
などの意義に加え、地域のエネルギー関連産業の発展による地域活性化等の追加
的意義があるとも言われている。
図 6 分散型エネルギーの概要
出典:地域マイクログリッド構築のてびき(資源エネルギー庁、2021)14地域マイクログリッド構築のてびき(資源エネルギー庁、2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/energy_resource/pdf/015_s01_00.pdf 11地域の分散型エネルギー利用を促進する主体としては、地域新電力等が挙げられ
る。ここで、地域新電力とは、地域内の資源を利活用し、電気を地域の需要家に供給
し、得られた収益等を地域活性化に還元する事業者の総称であり、電力の地産地消
のみならず、地域経済の活性化をはじめ、地域コミュニティ内のヒト・モノ・コトの好循
環を生む重要な役割を担う(図 7)。
図 7 地域新電力による地域循環のイメージ
出典:農山漁村における再生可能エネルギー発電をめぐる情勢(農林水産省、2021)
こうした地域新電力を介した分散型エネルギーの活用事例は、各地で蓄積されつ
つある。鳥取県鳥取市では、地域に根ざしたエネルギー産業の展開、地域内での資
金循環の活性化を図り、市の経済活性化・雇用創造につなげるべく、エネルギーの地
産地消によるまちづくりに取り組んでいる(図 8)。この地域エネルギー事業を担う企
業として、2015 年 8 月に市と鳥取ガスが共同で、電力小売りの新会社「とっとり市民
電力15
」を設立し、地域電源からの調達を進めている。さらに近年は、自社の電源開
発にも取り組み、2016 年には「東郷太陽光発電所」を、2017 年には「秋里下水処理場
バイオマス発電所」を設立した16。15
https://www.tottorishimin.co.jp/16どうする?ソーラー 「電源の見える化」で地域への誇りを呼び覚ます(資源エネルギー庁、2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/solar-2019after/regional/regional05.html 12また、今後の再生可能エネルギー電源の開発を中心に、環境エネルギー産業によ
る地域経済の活性化を主導していくシンクタンク的機能が必要であるとの観点から、
地域の産官連携した「とっとり環境エネルギーアライアンス合同会社」を設立し17
、鳥
取市、地域新電力と一体となって地域エネルギー事業を推進している。
図 8 鳥取市におけるエネルギーの地産地消によるまちづくりイメージ
出典:鳥取市スマートエネルギータウン構想(鳥取市、2015)
岡山県真庭市では、バイオマス活用推進政策の一環として、木質バイオマスのエ
ネルギー利用が進められている。同市は総面積約 828km2
、その約 80%を森林が占
めており、林業・木材産業が盛んな地域となっている。同地域では 1990 年代より未利
用木質バイオマスの有効利用について検討がなされてきたが、町村合併により真庭
市が誕生したことを機に、2006 年に木質系資源以外の家畜排せつ物や食品廃棄物
も含んだバイオマス利活用を促進する「真庭市バイオマスタウン構想」を策定し、国か
らバイオタウンに認定された1819
。このような背景のもと、2013 年 2 月に市と地域の林
業関係団体など 10 団体が出資を行い、「真庭バイオマス発電株式会社」を設立し、
2015 年 4 月に木質バイオマス発電を開始した。同発電所は最大出力が 1 万 kW に達17鳥取市スマートエネルギータウン構想
https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1440497917138/simple/common/other/55dc4cd1002.pdf18再生可能エネルギー経済学講座 No.167 真庭バイオマス発電所(京都大学大学院、2020)
http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0167.html19「バイオマス産業杜市」真庭市から学ぶ、サーキュラーシティ移行に向けたヒント(Circular Economy Hub、2022)
https://cehub.jp/interview/maniwa-circular-city-1/ 13する大規模発電所であり、24 時間連続運転により年間 2 万 2000 世帯分の電力を賄
うことができる20
。2019 年時点で年間稼働率は 95%に達している 18。同市は、2014 年に「真庭市バイオマスタウン構想」に続く、「真庭バイオマス産業杜
市構想」を打ち出し、外部資源(人・モノ・金)等の呼び込み、雇用拡大による定住人
口の増加、循環型地域経済の確立等、バイオマス利活用の推進によるまちづくりを
進めている(図 9)21。図 9 真庭市におけるバイオマス活用の将来像
出典:真庭市バイオマス活用推進計画(真庭市、2014)20自然エネルギー活用レポート No.2 バイオマス発電を支える地域の木材と運転ノウハウ(公益財団法人
自然エネルギー財団、2017)
https://www.renewable-ei.org/activities/column/img/20170620/column_REapplication02_20170620.pdf21真庭市バイオマス活用推進計画(真庭市、2014)
https://www.city.maniwa.lg.jp/uploaded/attachment/19294.pdf 14以上のような地域の再エネ資源(分散型エネルギー)活用の成功事例は増えつつ
あるが、いずれも、各地域において想定し得る個別の再エネ資源を段階的につない
でいく取り組みとなっている。「第 6 次エネルギー基本計画」にも示されている再エネ
の主力電源化に当たっては、既知の再エネ資源のみならず、地域の未利用資源を含
め、再エネ資源ポテンシャルを面的に捉え、活用を高度化していく必要がある。さらに、
再エネ資源の賦存量や需要パターンは地域特性に依存することから、活用事例の水
平展開に当たっては、地域の特性に合わせたモデル最適化が必須となる。
再エネ資源の活用の高度化に当たっては、地域資源のポテンシャル評価とそれに
基づく地域規模の設定、地域エネルギーマネジメントシステムの構築とともに、コベネ
フィットの観点から地域経済の好循環に資する地域循環モデルが求められる。 151-3 自律分散型エネルギーシステムを取り巻く動向
地域の分散型エネルギーの効果的な利用に対しては、地域マイクログリッドの活
用が有効であると考えられる。地域マイクログリッドは、送配電ネットワーク上の分散
型電源を有効活用する仕組みであり、平常時には再エネを効率よく利用し、非常時に
は送配電ネットワークから切り離してエリア内でエネルギーの自給自足を行うもので
ある。系統線等の既存の設備を活用することが可能で、動力コストの低減や電力自
営線敷設に係る工事の簡便化により、普及のハードルが下がることが期待されてい
る。
農山漁村での再エネ資源の普及に向けては、太陽光発電施設の設置場所等の土
地利用調整上の課題の他、電力の系統制約がある。特に、系統制約への対策として、
容量面では送電容量とエリア全体の需給バランスをとること、変動面では蓄電池等に
より需給バランスの変動を縮小することが必要となる(図 10)。
図 10 農山漁村での再生可能エネルギー発電の系統制約に係る課題
出典:農山漁村における再生可能エネルギー発電をめぐる情勢(農林水産省、2022)22
一方、電気供給を巡る環境変化を踏まえ、より一層の再エネ導入を含む強靭かつ
持続可能な電気の供給体制を確立するため、2020 年 6 月に電気事業法等の一部が
改正された(エネルギー供給強靭化法23
)。本改正に伴い、分散型電源のネットワーク
の形成に向けた環境整備として、安定供給の確保を前提とした配電事業者の創設や
分散型電源を活用した遠隔地における配電網の独立化が可能となった。これにより、
特定の区域において、一般配電事業者(大手電力事業者)の送配電網を活用して、
新たな事業者が AI・IoT 等の技術も利用するなどした配電を行うことができる。また、22https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/attach/pdf/index-5.pdf23https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200225001/20200225001.html 16一般配電事業者は遠隔地において、配電網の独立運用が可能となった。これは、災
害発生時に主要送電網から独立したエネルギー供給を可能とし、地域のレジリエンス
強化に資するものである。この他、分散型電源の導入促進に向けた環境整備として
は、電力会社と需要家の間で需給バランスを調整する事業者(アグリゲーター)が規
定された。
さらに、再エネ電源の競争力創出に向けた施策としては、2022 年から電力市場連
動型の導入支援策として始まった FIP 制度(市場価格+プレミアム)が挙げられる。従
来の FIT 制度(固定価格買取)では、再エネ発電由来の電気を電力会社が一定価格
で一定期間買い取ることを保証しているため価格が固定化され、需要が高く市場価
格が高い時でも、供給量を増やすインセンティブが働きづらかった。新たに始まった
FIP 制度では、市場価格に対して一定のプレミアム(補助額)が上乗せされることから、
需給バランスに応じて供給量を増やすインセンティブが働くようになる。この他、再エ
ネの導入拡大に必要な地域間連携線等の送電網の増強費の一部を、賦課金方式で、
全国で負担する制度が創設された。
このように、再エネ導入を巡る制度上の整備が進んだことで、系統制約が解消され、
地域マイクログリッド導入による地域のエネルギー安定供給、地域経済の活性化に
資する農山漁村における自律分散型エネルギーシステム構築の促進が期待される。 172 章 解決・実現手段の候補
2-1 解決・実現のための課題
農山漁村における自律分散型エネルギーシステムは、1 章 1-2 に示したとおり、エ
ネルギー・チェーン、サプライ・チェーン、バリュー・チェーンの三つの要素が十分に機
能して地域循環を生むことが重要となる。
これまでの農林水産省をはじめとする省庁からの関連分野に対する政策支援によ
り、農村での個別の再エネ活用事例は増えつつあるが、農山漁村に点在する複数の
再エネ資源を統合制御し活用するノウハウや手法の確立には至っていない。さらに、
再エネを地域活性化につなげるためには、地域資源と経済循環をともに高める視点
が不可欠であり、エネルギーマネジメントシステム(Energy Management System、EMS)
の構築とともに地域内の経済循環につながる再エネの地産地消型モデルの構築が
求められる。
したがって、農山漁村における自律分散型エネルギーシステム実現に向けては、
「農山漁村に適した EMS 構築(エネルギー・チェーン)」、「再エネ活用下の農業生産性
の維持・向上(サプライ・チェーン)」、「地域循環モデルの構築・発展(バリュー・チェー
ン)」の三つの具体的手段が相互に機能し得るシステムを構築することが重要である。
(図 11)。
図 11 農山漁村における自律分散型エネルギーシステムの三つの具体的手段 182-2 具体的実現手段の候補
本節では、農山漁村における自律分散型エネルギーシステムの構築へ向けて、前
節に示した具体的実現手段を個別に詳説する。
(1)農山漁村に適した EMS 構築
農山漁村では、複数種類の再エネ資源が地域に点在することに加え、需要家側の
電力消費パターンが業種や営農体系により大きく変動することから24
、気象条件、需
給制御の難易度をはじめ種々の地域条件を踏まえた再エネのベストミックスの検討、
適用する地域規模の確保等が必要となる。また、対象地域における特性(需要家の
特徴、再エネ導入の個別課題等)を考慮し、想定されるマネジメントシステムの制御
対象や付与する機能(情報収集・予測・計画・制御等)を特定することが求められる。
さらに、エネルギー供給網の経済性、安定性を確保するため、近隣地域との連携を
見据えた農山漁村エネルギーマネジメントシステム(Village Energy Management
System、VEMS)の構築が重要となる(図 12)。例えば、水田・畑作を主とする地域で
は、太陽光、小水力等の高い発電ポテンシャルがある一方で、農業に紐づく電力需
要が少ないことから、余剰電力が発生することが見込まれ、これを地域間連携に活用
できれば、エネルギーの安定供給への貢献と再エネ資源を活用した収入源の確保が
期待できる。また、畜産(乳牛)を主体とする地域では、畜舎の温度管理の他、複数の
機器・設備を搾乳に合わせて稼働させていることから、電力消費量が大きく、停電に
より大きな損害が発生する。一方、一部の機器・設備(加熱殺菌装置、洗浄用温水装
置等)では、電力とともに熱エネルギーの活用も期待できることから2526
、再エネ資源
に加えて未利用熱エネルギー利用設備やヒートポンプを組み合わせて導入すること
が有効と考えられる。このように、農山漁村に適した EMS の構築には、地域の再エネ
資源や営農体系に応じた検討が必要であり、このためには、分散型エネルギーを可
視化・予測・最適制御するためのマネジメント技術の開発が重要となる。
現状では、NEDO のエネルギー・環境新技術先導研究プログラムにおいて、「農山
漁村地域の RE100 に資する VEMS の開発」が実施されており、農山漁村に賦存する
太陽光、小水力、風力、バイオマス等による発電や、農業用水や農地の地中熱など
未利用熱を活用して RE100 を実現することを目的に、将来的な VEMS 構築を目指し24平成 27 年度農山漁村活性化再生可能エネルギー新課題対応調査委託事業(農山漁村マイクログリッド
構築支援調査事業)報告書(国際航業株式会社、elDesign 株式会社、2016)
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/attach/pdf/yosan-9.pdf25工業試験場創立 100 周年記念誌 成果事例集(地方独立行政法人 北海道立総合研究機構、2022)
https://www.hro.or.jp/list/industrial/research/iri/jyoho/announcement/100_seika.pdf26低温熱源である堆肥発酵熱を回収して温水へ変換するシステム(農研機構、2012)
https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/nilgs/2012/220d0_01_49.html 19た、フィージビリティ・スタディ(シミュレータ開発、需給パターン調査、発電ポテンシャ
ルの評価手法等)を実施している。
図12 農山漁村エネルギーマネジメントシステムの概要
出典:第 3 回 グリーンイノベーション戦略推進会議ワーキンググループ資料27
を基に NEDO 技術開発研究センター作成(2022)
(2)再エネ活用下の農業生産性の維持・向上
農山漁村には温室やパイプハウス等の園芸用施設、畜舎、乾燥・貯蔵施設、加
工・流通施設等の電力や熱を必要とする様々な需要家群があり、これら農林水産業
の生産・流通現場で得られる各種環境データと EMS を連携することにより、無駄のな
いエネルギーマネジメントとそれに伴う経営の効率化、生産性の向上が期待できる
(図 13)。
より高度なデータ連携を実現するためには、データ量の確保や精緻化が重要とな
ることから、バッテリー駆動の電動農機の開発による農業のスマート化、環境制御シ
ステムの高度化等の技術開発に基づく、環境制御型・データ駆動型農業の一層の推
進が求められる。近年、自動走行トラクターや自動運転田植機、自動運転アシスト機27https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/003_03_01.pdf 20能付コンバイン等、スマート農機の開発・導入が進み、地域 EMS との連携へ向けたデ
ータ蓄積が進みつつある28。図 13 再エネ資源活用下の農業生産性の維持・向上のイメージ
一方で、EMS を介して再エネ資源を活用した営農体系においても、生産性や品質を
低下させることなく営農と再エネ利用を両立させるための栽培技術の確立が必要とな
る。例えば、営農と再エネ利用を両立させる取り組みとして、農地に支柱を立てて上
部空間に太陽光発電設備を設置し、太陽光を農業生産と発電とで共有する営農型太
陽光発電29
の取り組みが始まっているが、一日の日照の変動をはじめ、太陽光パネ
ル下の露地栽培と異なる栽培環境に適した作物選定や作業体系の確立が望まれる
(図 14)。28スマート農業の展開について(農林水産省、2022)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-49.pdf29営農型太陽光発電について(農林水産省、2022)
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/einou.html 21図 14 営農型太陽光発電の概要
出典:a. 営農型太陽光発電取組支援ガイドブック 2022 年度版(農林水産省、2022)30
b. 農山漁村における再生可能エネルギー発電をめぐる情勢(農林水産省、2021)
(3)地域循環モデルの構築・発展
農山漁村の自律分散型エネルギーシステムが地域循環モデルとして構築・発展し
ていくためには、各施設のエネルギー利用の効率化や収益向上に資する個別の再エ
ネ資源の新たな利用形態の創出へ向けた技術開発が必要となる。エネルギー利用
効率化の例として、農業地域に豊富に存在するため池や農業用水路の活用を目指し
た熱交換器の流水中設置によるヒートポンプの熱交換率の向上31
が挙げられる。また、
NEDO のエネルギー・環境新技術先導研究プログラムでは、再エネ資源の新たな利
用創出へ向けて、家畜ふん尿由来のメタンを主成分とするバイオガスから、産業的に
有用な化合物(メタノールとギ酸)を製造する技術開発が進められている。これらの技
術を基盤として、IoT の導入による六次産業化を追求することで、生産から流通まで
のエネルギーロス削減や発電利益の活用などにつなげ、強固な地域経済性が確保さ
れた一貫システムを構築することができる。農山漁村の自律分散型エネルギーシス
テム導入により期待される効果を図 15 に示す。30https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/einou.html31(研究成果)シート状熱交換器の流水中設置によりヒートポンプの熱交換効率が大きく向上(農研機構、2020)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nire/133389.html 22図 15 農山漁村への自律分散型エネルギーシステム導入の効果
出典:農山漁村における再生可能エネルギー発電をめぐる情勢(農林水産省、2022) 23ここまで検討した農山漁村における自律分散型エネルギーシステム実現に向けた
三つの具体的実現手段に関連する技術を表 2 に示す。
表 2 自律分散型エネルギーシステムの関連技術
手段 (1)
農山漁村に適した
EMS 構築(2)再エネ活用下の
農業生産性の維持・向上(3)地域循環モデルの
構築・発展
課題 地域の再エネ資源や
営農体系に応じた
システム構築
データ量の確保や精緻化 地域特性に応じた
地域循環モデルの最適化
主要な
技術分野
・スマートグリッド
・スマート農業
要素技術
の例
・分散型エネルギーの
可視化・予測・最適制
御等の EMS 関連技術
・電動農機に適した
バッテリー、モーター
・環境制御システムの
高度化等の関連技術
・バイオマス変換技術
・ヒートポンプ熱交換率の
向上等
(注記)再エネ資源の利用創出
に向けた個別技術開発 242-3 技術の環境分析とベンチマーキング
農山漁村における自律分散型エネルギーシステム構築に向けた主要な技術分野
として、スマートグリッドとスマート農業が挙げられる。
(1)スマートグリッド
スマートグリッドは、IT 技術や各種先端技術を活用して、電力需要と供給を最適化
し、様々な課題に対応するための次世代電力網である。地球温暖化対策に必要とさ
れる太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの導入拡大のために非常に
重要な技術であるとともに、新産業創出による景気対策としても世界的に注目されて
いる技術である。スマートグリッドの主な技術要素として、エネルギーシステムマネジ
メント、デマンドレスポンス、分散型電源の系統連系、スマートメーター等が含まれる32。【市場動向】
スマートグリッドの世界市場規模は 2018 年から 2023 年にかけて年平均成長率が
20.9%で増加し、2023 年には 613 億米ドルまで成長すると予測している(マーケッツア
ンドマーケッツ(米国)の 2018 年 11 月調査報告)。また、スマートグリッドの通信の世
界市場規模は、2020 年から 2024 年にかけて 11%の年平均成長率で増加し、16.5 億
米ドルまで成長すると予測している(インフィニティリサーチ(英国)の 2020 年 9 月調
査)。スマートグリッドのデータ分析の世界市場規模は 2025 年までに 294.39 百万米ド
ルになり、2020 年から 2025 年までの年平均成長率は、12.76%になると予測している
(モルドールインテリジェンス(インド)の 2020 年 8 月調査報告)。さらに、スマート電気
メーターの世界市場規模は、2020 年から 2027 年にかけて年平均成長率が 7.8%で
成長すると見込まれ、2027 年までには 189 億米ドルに達するとしている(グランドビュ
ーリサーチ(米国)の 2020 年 3 月調査報告)32。【特許・論文動向】
スマートグリッド関連技術の特許出願状況(2009 年〜2018 年)において、日本国籍
は全体の 16.5%を占めており、中国籍の 58.7%に次ぐ出願ファミリー件数となってい
る(図 16)。出願人別件数ランキングにおいても、上位 10 者のうち、5 者が日本国籍
企業となっており、中国には劣るものの欧米に比べて優位であることが示唆される。
課題及び技術区分別に見ると、系統安定化、停電対策、デマンドレスポンス、エネル32令和 2 年度大分野別出願動向調査-電気・電子分野-ニーズ即応型技術動向調査 説明用資料(特許
庁、2021)
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/needs_2020_smartgrid.pdf 25ギーマネジメントシステム、スマートメーター等の分野で上位 2 位までに入っている
(図 17)。技術区分ごとの出願ファミリー件数では、課題の観点では、セキュリティ対
策が最多となっており、技術要素の観点では、分散型電源の系統連系が最も多く、次
いでエネルギーマネジメントシステムが多い傾向にある(図 18)。また、スマートグリッ
ド関連分野における論文発表は、2019 年までの直近 10 年で増加傾向を示しており、
2019 年時点では上位 3 者を中国の研究機関が占める状況となっている(図 19)32。図 16 スマートグリッド関連技術の出願人国籍別ファミリー件数と上位出願人
(2009〜2018 年)
出典:令和 2 年度大分野別出願動向調査-電気・電子分野-ニーズ即応型技術動向調査
説明用資料(特許庁、2021) 26図 17 スマートグリッド関連技術の課題・技術区分別出願人国籍別ファミリー件数
(2009〜2018 年)
出典:令和 2 年度大分野別出願動向調査-電気・電子分野-ニーズ即応型技術動向調査
説明用資料(特許庁、2021)
図 18 スマートグリッド関連技術の技術区分別ファミリー件数推移(2009〜2018 年)
出典:令和 2 年度大分野別出願動向調査-電気・電子分野-ニーズ即応型技術動向調査
説明用資料(特許庁、2021) 27図 19 スマートグリッド関連技術の論文件数推移(2009〜2019 年)
出典:令和 2 年度大分野別出願動向調査-電気・電子分野-ニーズ即応型技術動向調査
説明用資料(特許庁、2021)
【政策動向】
農林水産業分野へのスマートグリッド導入は、各国の再エネ導入支援策に影響を
受ける。日本では、2014 年に農林漁業の健全な発展と調和のとれた再エネ発電の促
進に関する法律(農山漁村再生可能エネルギー法33
)が施行されるとともに、農山漁
村の地域資源を再エネ等として活用し活性化することを目的として、様々な支援策が
実施されている。米国では、2014 年農業法(Agricultural Act of 2014)において承認さ
れた Rural Development Energy Programs において、農村地域における再エネ利用促
進やバイオマス資源の活用など、様々な財政支援等が行われている。この他、欧州
及び中国を含めた各国の再エネ導入普及策について表 3 に示す。33https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/houritu.html 28表 3 各国・地域の農林水産分野における再エネ導入普及策
(2)スマート農業
スマート農業はロボット技術や ICT、AI、IoT、リモートセンシング技術等を活用して、
省力化・精密化や高品質生産を実現する新たな農業のことを示し、農業・食品分野に
おける Society 5.0 実現の基盤として重要なシステムの一つに位置づけられている。
スマート農業の主たる技術要素として、農機・ロボット・インフラ、データ収集、通信手
段、データベース、データ分析プラットフォーム、管理最適化等が含まれる34。【市場動向】
スマート農業の世界市場規模は 2019 年で約 132 億ドルであるが、2025 年には約
220 億ドルまで成長が見込まれる(図 20)。国別の市場規模を見ると、最大の市場は
米国で 2025 年には約 46 億ドルと世界市場の約 21%を占めると予想される(図 21)。
日本は 2025 年には約 14 億ドルと予想され、これは、ドイツ(約 18 億ドル)、中国(約
16 億ドル)、オーストラリア(約 15 億ドル)に次ぐ第 5 位の市場となる。スマート農業の
うち、精密農業35
に関連する技術分野別の市場規模としては、2025 年時点で収量モ34令和 2 年特許出願技術動向調査 結果概要 スマート農業(特許庁、2021)
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/2020_01.pdf35農地・農作物の状態を良く観察し、きめ細かく制御し、その結果に基づき次年度の計画を立てる一連の農
業管理手法。日本型精密農業を目指した技術開発(農林水産省、2008)より引用。 29ニタリングが最大で 28 億ドル、次いで作物の生育度や病害虫被害状況などを計測す
る装置の約 22 億ドルが見込まれる(図 22)34。図 20 スマート農業の市場予測
出典:令和 2 年度特許出願技術動向調査 結果概要 スマート農業(特許庁、2021)
図 21 スマート農業市場の国別推移
出典:令和 2 年度特許出願技術動向調査 結果概要 スマート農業(特許庁、2021) 30図 22 スマート農業市場における精密農業分野の市場予測
出典:令和 2 年度特許出願技術動向調査 結果概要 スマート農業(特許庁、2021)
【特許・論文動向】
スマート農業関連技術の特許出願状況(2010 年〜2018 年)では、日本国籍の出願
ファミリー件数が全体の 15.2%を占め、中国籍の 52.7%に次ぐ件数となっている(図
23 左)。出願人別件数ランキングでは、2010 年から 2018 年で上位 2 者を日本国籍
企業が占めており(図 23 右)、2015 年〜2018 年では、上位 2 者を含む計 4 者が上位
20 位までに入っており、日本の技術競争力の優位性が示唆された。
図 23 スマート農業関連技術の出願人国籍別ファミリー件数と上位出願人
(2010〜2018 年)
出典:令和 2 年度特許出願技術動向調査 結果概要 スマート農業(特許庁、2021) 31スマート農業関連技術の論文発表は、2019 年までの直近 10 年で、論文発表件数
(2,987 件)のうち研究者所属機関国籍・地域で最も多いのは欧州国籍が全体の
29.5%(880 件)、中国籍の 671 件で全体の 22.5%を占めている。次いで、米国籍が
404 件(13.5%)、スペイン国籍が 206 件(6.5%)、インド国籍が 167 件(5.6%)、
ASEAN 各国の国籍が 143 件(4.8%)、ドイツ国籍が 114 件(3.8%)、フランス国籍
が 73 件(2.4%)と続き、日本国籍は 87 件(2.9%)であり、欧州国籍で比較すると、
中国籍、米国籍よりも多い。欧州では特にスペイン国籍研究者所属機関の割合が大
きい(図 24)34。図 24 研究者所属機関・国籍別発表件数推移と割合(2010〜2019 年)
出典:令和 2 年度特許出願技術動向調査 結果概要 スマート農業(特許庁、2021)
特に、AI 等の分析手段を農業データに適用する際に重要となるデータ分析プラット
フォーム36
に着目すると、各国・地域共通で、データプラットフォームに係るデータ連携、
利用技術に係る AI、画像認識、推論・予測で件数が多い傾向にある。本分野での論
文発表件数では、欧州が中国や米国よりも多い結果となっている(図 25)。36データ連携、データ取引、データ共有等が含まれる。 32図 25 データ分析プラットフォーム関連分野の国籍地域別論文発表件数(2010〜2019 年)
出典:令和 2 年度特許出願技術動向調査 結果概要 スマート農業(特許庁、2021) 33スマート農業と農機電動化
スマート農業関連の技術開発・普及に当たっては、農機の電動化による高い制御
性の確保と生産環境等のビックデータの蓄積が重要となる。近年のモビリティ分野の
脱炭素化の動きを受けて37
、農機や建機の作業機メーカーも脱炭素化への取り組み
として電動化を進めており、「みどりの食料システム戦略」(農林水産省、2005 年)に
おいても、2040 年までの農林業機械の電化を掲げている。
農機の世界市場は、世界人口増加に伴う食料需要増加の流れを受けて、規模拡
大が見込まれている。2021 年時点で 994 億米ドルであるが、2027 年までには 1,260
億ドルに達し、年平均成長率は 4.0%との予測もある38
。この中で、世界の主要メーカ
ー7 社のうち、2 社が日系企業となっており、2021 年度は合計で約 180 億ドル3940
の売
り上げとなっている。
農機の電動化は脱炭素化の他、精密農業、作業環境の面でいくつかのメリットが
挙げられる。内燃機関からモーター駆動になることによって、機械構造設計の自由度
向上や、応答速度が速い高度な制御性、静音・低振動化が実現できる。これらのメリ
ットを踏まえると、農機市場において既存農機からの置き換わりや市場拡大に伴い電
動農機の割合が増えることが予想され、電動化関連の技術開発が求められる。
農機の世界市場において、2019 年時点では約 55%をトラクターが、約 20%を収穫
機が占めるとされる 40
。最大の売上高を占めるトラクターでは、電動化へ向けて、主
に三つの視点で技術開発課題が整理できる(表 4)。この他、電動農機の普及に当た
っては、導入のハードルを下げるための機体シェアリングサービス、トラクターの蓄電
池利用、EMS との連携等、他のインフラと連携する仕組みを検討する必要がある。37第4 回 産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/industrial_restructuring/pdf/005_03_00.pdf38Farm Equipment Market(MARKETSANDMARKETS、2022)
https://www.marketsandmarkets.com/Market-Reports/agriculture-equipment-market-164005174.html39うち 1 社の売り上げは農業・工業機械の売上高を含む。40主要な農業機械の概要(2019) 農業機械業界 業界概要(SPEEDA、2021) 34表 4 トラクター電動化へ向けた主たる技術課題
技術課題 内容
農機用バッテリー開発 農作業に耐えうるバッテリー性能が求められる。
・高負荷連続作業に耐える高容量バッテリー
・過酷な条件下での使用に耐える高い耐振動性、防塵性、
防爆性等の設計
農機用モーターシステム
開発
トラクターは作業用機械をけん引するのが目的であるた
め、低速で高トルクを備えたモーターが求められる。
トラクターの小型化・自律走
行技術の高度化
・バッテリーは液体燃料に比べてエネルギー密度が小さい
ため、電動化に適した機体の小型化が必要。
・機体の小型化に伴い、圃場における複数台の協調作業等
が想定されることから、自動化を実現する自律走行技術や
複数台協調システムの開発が求められる。
農機電動化に係る技術分野においては、リチウムイオン二次電池、電気推進車両
関連技術のいずれも日本の特許シェアがアメリカ、欧州、中国に対して高く4142
、おお
むね高い競争力を持つと考えられる。今後、市場の成長、電動化への機運の高まり
が見られることから、本分野におけるより一層の技術開発が期待される。41平成 29 年度特許出願技術動向調査報告書 リチウム二次電池(特許庁、2018)
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/29_08.pdf42平成 20 年度特許出願技術動向調査報告書 電気推進車両技術(特許庁、2009)
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/electric_cars.pdf 35日本は、スマートグリッド及びスマート農業分野のいずれも中国に次ぐ特許シェア
を有しており、日本の技術競争力が優位であることが示唆された。
この他、スマートグリッド及びスマート農業分野のいずれにおいても、近年、デジタ
ルトランスフォーメーション(DX)43
社会の実現に向けて、現実(フィジカル)空間の情報
を ICT による仮想(サイバー)空間に取り込み、両者がより緊密に連携するサイバー
フィジカルシステム(Cyber Physical System、CPS)をより広く構築する取り組みが進
められている。CPS の適用による Society 5.0 の実現に向けた研究開発・実証、標準
化策定が推進されていることから、自律分散型エネルギーシステムの構築へ向けて
は当該分野の技術開発動向を注視する必要がある。43企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業
員)の変革を牽引しながら、第 3 のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソー
シャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面で
の顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること。令和 3 年版情
報通信白書(総務省、2021)より引用。 362-4 技術開発の方向性
農山漁村における自律分散型エネルギーシステム実現に向けては、2-2 に示した
農山漁村に適した EMS(VEMS)の構築、再エネ活用下の農業生産性の維持・向上、
地域循環モデルの構築・発展のおのおのを実現するとともに、これらを包括的に取り
組むことが重要である。そのためには、導入対象地域の地形・気象・農業形態等の地
域特性を調査し、地域に適した EMS プラットフォームの構築を行うとともに、個別要素
技術を適合させることによって、地域循環モデル全体を構築することが求められる。さ
らに、自律分散型エネルギーシステム全体の最適化に向けては、こうした事例の検
証・分析を蓄積することが重要となる。
農山漁村の自律分散型エネルギーシステムの構築に向けて、まずは、1システム
構築、2実証適地調査、3経済循環モデル検討において、個別の技術課題の検討、
実測データの蓄積を行い、これらを踏まえて1〜3を統合した地域循環モデルを構
築する。さらに、地域実証試験により自律分散型エネルギーシステム全体の最適化
検証を行うことが想定される(図 26)。
図 26 農山漁村における自律分散型エネルギーシステム構築のイメージ 373 章 おわりに
本レポートでは、農山漁村の脱炭素・カーボンニュートラル化と地域活性・レジリエ
ンス強化の視点から、再エネを最大限活用した社会構造を実現するために必要な自
律分散型エネルギーシステムの構築と社会実装へ向けた技術開発の方向性を示し
た。
本レポートで提案した方向性で技術開発を推進するためには、個別の要素技術の
開発主体のみならず、分散型エネルギーマネジメントシステム等の先行事例を有する
国内外の企業・研究機関等の多様なステークホルダーの連携が求められる。農山漁
村の自律分散型エネルギーシステムを構築するための要素技術分野において、日本
は高い優位性があることから、農山漁村への実装に向けて、一刻も早い要素技術の
最適化が必要であり、産業の特徴、地域性等を踏まえた適地選定、各種課題の抽出、
技術開発から実装までをシームレスに行い農山漁村における自律分散型エネルギー
システムの普及に資する成功モデルを蓄積することが重要と考えられる。
技術戦略研究センターレポート
Vol.110
農山漁村における自律分散型エネルギーシステム分野の技術戦略策定に向けて
2022 年 10 月 31 日発行
TSC Foresight Vol.110 農山漁村における自律分散型エネルギーシステム分野 作成メンバー
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構
技術戦略研究センター(TSC)
くろまる本書に関する問い合わせ先
電話 044-520-5150(技術戦略研究センター)
くろまる本書は以下 URL よりダウンロードできます。
https://www.nedo.go.jp/library/foresight.html
本資料は技術戦略研究センターの解釈によるものです。
掲載されているコンテンツの無断複製、転送、改変、修正、追加などの行為を禁止します。
引用を行う際は、必ず出典を明記願います。
しかくセンター長 岸本 喜久雄
しかくセンター次長 飯村 亜紀子
しかく新領域・融合(農水連携分野)ユニット
・ユニット長 櫻谷 満一
・研究員 桐生 優子 (2022 年 5 月まで)
二関 洋子
三代 順也
・フェロー 大谷 敏郎 公益財団法人日本植物調整剤研究協会

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