NEDO 燃料電池技術開発ロードマップ
-HDV 用燃料電池ロードマップ(解説書)-
2022 年 3 月
目次
1. HDV 用燃料電池ロードマップの概要 .......................................................................................... 1
1.1 ロードマップ策定の背景 ..................................................................................................... 1
1.2 製品目標............................................................................................................................... 2
1.3 FC システム目標.................................................................................................................. 3
1.4 材料目標............................................................................................................................... 5
2. 目標の考え方と達成のための技術課題....................................................................................... 7
2.1 各 HD アプリケーションの現状の課題と目標..................................................................... 7
2.1.1 各アプリケーションを取り巻く環境............................................................................. 7
2.1.2 使用環境 ........................................................................................................................ 9
2.1.3 最大出力 ........................................................................................................................ 9
2.1.4 耐久時間 ...................................................................................................................... 10
2.1.5 搭載性.......................................................................................................................... 10
2.1.6 その他補足......................................................................................................................11
2.2 要求 I-V 特性の検討............................................................................................................ 13
2.2.1 進め方.......................................................................................................................... 13
2.2.2 大型トラック............................................................................................................... 13
2.2.3 他のアプリケーションのシステム成立の検討............................................................ 19
2.3 FC システムとしての技術目標.......................................................................................... 32
2.3.1 コスト.......................................................................................................................... 32
2.3.2 FC 体積出力密度 ......................................................................................................... 34
2.3.3 Pt 量(資源循環と将来目標@2050 年)..................................................................... 36
2.3.4 CN 対応に向けた水素 FC 以外の取り組み状況.......................................................... 38
2.4 材料目標............................................................................................................................. 41
2.4.1 材料目標の考え方........................................................................................................ 41
2.4.2 要求 I-V 特性を満たすための材料初期物性の検討 ..................................................... 41
2.4.3 主要材料の物性目標 .................................................................................................... 48
2.4.4 現状の課題と目標達成に向けた開発の方向性............................................................ 50
2.4.5 主要材料コストの目安 ................................................................................................ 54
2.5 材料評価の考え方 .............................................................................................................. 57 11. HDV 用燃料電池ロードマップの概要
1.1 ロードマップ策定の背景
近年の世界におけるカーボンニュートラル(CN)実現に向けた水素関連施策の強力な推進には
目を見張るものがある。2020 年には EU が 7 月に水素戦略を公表、ドイツ、フランス等の欧州主
要国においても独自の国家水素戦略を策定し、11 月には米国が水素プログラム計画を発表するな
ど、世界中で水素関連の技術開発および社会実装に向けた取組が進められようとしている。
さて、これら水素の利活用の最重要デバイスであり、高いエネルギー効率を有しつつ低炭素化
に貢献できる燃料電池(Fuel Cell、以下 FC と称す)システムに対しては、世界的な地球温暖化
問題の解決に向けたキーテクノロジーとして更なる普及拡大が期待されている。
このため、
水素・
燃料電池戦略協議会において策定された「水素・燃料電池戦略ロードマップ(2014 年 6 月策定、
2016 年 3 月改訂、2019 年改訂)」では、FC の普及拡大に向けた政府の骨太大方針や政策目標が
示されるとともに、今後の市場規模の拡大を予想している。エネルギー・地球環境問題の解決、
産業技術力の強化をミッションとする NEDO としては、
これら政府目標等を具現化するために取
り組むべき技術的課題を明確化するとともに時系列に整理した「NEDO 燃料電池・水素技術開発
ロードマップ」(以後、「ロードマップ」という。)を 2005 年に策定し、過去に 4 度、最新の政
策、市場及び技術動向等を反映させるために改訂してきた。前回の改定は 2017 年であったが、そ
の後は世界的な SDGs の広がり、主要各国の CN 宣言をはじめとした社会環境の変化が急速に進
んでいる。そのなかで、運輸部門の CO2 排出量削減に向けて移動体の変革がその重要な役割の一
つを担っており、2017 年ロードマップに明示した乗用車(FCV)に加え、変革すべき移動体のカ
テゴリーが急速に広範囲化している。特に FC の移動体への活用は、世界各国で大型・商用モビ
リティ(HDV:Heavy Duty Vehicle)への拡大が顕著で、その代表的なカテゴリーがトラックへ
の適用であり、加えて電車・船舶への拡大も進んでいる。また、産業界も電動化への動きが活発
化しており、従来のフォークリフトに加えて、建機、農機への拡大が見込まれている。これらの
移動体の電動化の検討が進むにつれ、バッテリからの電力供給では、通常稼働に十分なエネルギ
ー供給が困難なケースが多く実在し、これをカバーするためにカーボンニュートラル燃料の有力
候補としての水素活用から FC への適用が検討されている。
このような背景のもと、2017 年改訂時の乗用車に加え、FC の HDV への適用において重要と
なる広作動温度への対応や耐久性向上に対し、産業界や大学・研究機関と議論を重ね、2030 年頃
の普及時に要求される HDV の各アプリケーションの製品目標とそれらの製品要求を満足する共
通仕様となるスタック性能を検討した上で、スタックを構成する材料目標と開発の方向性へブレ
ークダウンし、新たに HDV 用燃料電池ロードマップを策定した。本解説書は、ロードマップに
おける製品目標に対する考え方、目標値の検討に活用したシミュレーションモデル等の前提条件
と計算結果、材料目標と開発の方向性および材料特性の評価方法の方針についてまとめたもので
ある。 21.2 製品目標
ここでは、前記カテゴリーに対応すべく、各製品の一般的な使用環境における要求仕様に基づ
き、これらを包含した目標を示す。ただし、世界全体を見渡した場合、製品によっては、そのカ
テゴリー独特の使用環境条件等の場合があるため、一部は検討を継続し今後追加する。
従来の乗用車(今回変更なし)に加えて、2030 年頃に FC システム活用が想定される移動体の
カテゴリーとターゲットとすべきアプリケーションを示す。
今回の移動体としてのカテゴリーは、
トラック、鉄道、産業、建機、農機および船舶を包含した目標とすべく、以下に示すアプリケー
ションの仕様を想定して実施した。
⚫ トラック:25 トン以上(市場規模と運行エリアから最も水素消費量が大きく期待される)。⚫ 船舶:内航貨物船、沿岸旅客船(長時間稼働を必要とする)
⚫ 鉄道:現有ディーゼル車両の代替え(電化が厳しい路線など)
。将来的には一部電車にも適用
視野。
⚫ 建機:現有ディーゼル機で搭載燃料が多い中大型車両
⚫ 工業(産業)
:フォークリフト(長時間稼働を必要とする車両)
⚫ 農機:比較的大きな農地で連続的かつ長時間稼働を必要とする車両
(*)船舶における外航船や航空機については、水素ベースの燃料(合成燃料など)もしくはバ
イオフューエル等への適正も考慮して今回は対象から除外した。
今回は、前記アプリケーションの一般的な使い方を FC システムの動かし方に落とし込み、こ
れを FC システムへの要求として定義した。これにより、それぞれのアプリケーションの一般的
な使い方に対応した FC システムの目標値として設定した。
表 1.2-1 要求仕様の定義
要求仕様の項目 定義
システム最大/定格出力 [kW] FC と 2 次電池合計の最大または定格出力
FC システム定格出力 [kW] FC システムの定格出力(Net 出力)
使用外気温 [°C] 製品を使用する外気温
耐久時間 [万 hr] 製品に要求される耐久時間
冷却性能 [kW/°C]
冷却能力=ラジエータの冷却能力/(冷却水温度-外気温)
ここでは冷却水温度は 105°C、外気温は 45°Cとした
高度 [千 m] 製品を使用する最大高度
FC システム許容搭載スペース [L] 製品に搭載可能な FC システム許容スペース
FC システム許容搭載重量 [kg] 製品に搭載可能な FC システム許容重量 3表 1.2-2 各アプリケーションの 2030 年頃の主な要求仕様一覧
アプリケーション システム
最大/定格出力[kW]FC システム
定格出力[kW]使用
外気温
[°C]
耐久時間
[万 hr]
冷却
性能
[kW/°C]
最高使用
高度
[千 m]
FC システム
許容搭載
スペース [L]
FC システム
許容搭載
重量 [kg]
25 トンクラス
大型トラック
300 200 -30~50 5 3.5 3
5(性能減
を許容)
502 230
44 トンクラス
大型トラック
400 300 -30~50 5 7.0 3
5(性能減
を許容)
502 460
内航貨物船 600 600 -25~50 6 100 0.02 18,000 11,000
沿岸旅客船 480 480 -25~50 3 100 0.02 7,000 4,000
鉄道 2 両編成 800 400 -30~45 5 6 1.3 1,300 1,000
油圧ショベル
20 トンクラス
120 120 -30~50 1 1.27 5(出力を
制限)
1,300 1,000
油圧ショベル
13 トンクラス
70 70 -30~50 1 1.0 5(出力を
制限)
400 500
フォークリフト
1-2 トンクラス
30 8 -20~40 2 1.0 0.5 339 500
農業用
トラクタ
50kW~ 50kW~ -30~45 1 1.14 2 125 250
50kW クラスを想定
1.3 FC システム目標
前記の各アプリケーションの一般的な使い方から落とし込んだ要求仕様、さらに各アプリケー
ションの一般的な動作パターンを想定して、
策定した 2030 年頃の性能目標
(I-V 特性、
耐久時間、
コスト、Pt 使用量、体積出力密度)を示す。この目標値は各アプリケーションの目標性能を包含
したものである。
(1)要求 I-V 特性(BOL/EOL)
各アプリケーションでの FC システム仕様を想定、かつその耐久要件を満たすために必要な I-
V 特性を図 1.3-1 に示す。なお、熱定格動作点については車両クラス毎に異なり、ここでは電流密
度の最も大きい 25 トンクラスの熱定格動作点を示した。
また、
図中の I-V 特性上の一点鎖線は今
回のシミュレーションで使われなかった領域を表しているが、アプリケーションや制御設計によ
って異なることを付記しておく。I-V 特性の導出方法については 2.2 節で述べる。 4(注記)1 BOL(Beginning of Life:初期の性能)、EOL(End of Life:耐久後の性能)
(注記)2 WHVC 走行後の EOL I-V 特性、(注記)3 熱定格動作点(BOL) 電流密度 1.63A/cm2
, 電圧 0.77V、(注記)4 熱定格動作点(EOL) 電流
密度 1.76A/cm2
, 電圧 0.72V、Pt 量 0.19g/kW 前提(FCV と比較して長時間耐久性が要求されるため)
図 1.3-1 大型トラックの製品要件から導出された目標 I-V 特性
(2)その他 FC システム/スタックとしての技術目標
I-V 特性以外の FC システム/スタックとして重要となる目標一覧を表 1.3-1 に示す。
表 1.3-1 FC システム/スタック目標値
項目 目標値 備考
耐久時間 [h] 50,000 (注記)2.2.2 項参照
FCシステムコスト[万円/kW] 0.9 (注記)2.3.1 項参照
FCスタックコスト[万円/kW] 0.45 (注記)2.3.1 項参照
Pt 目付量 [mg/cm2]Pt 使用量 [g/kW]0.240.19
(注記)2.4.1 項参照
カソード:0.2mg/cm2
アノード 0.04mg/cm2
Pt 使用量は大型トラックの熱定格参照
FC システム体積出力密度 [kW/L]
(注記)最大出力ベース
0.6 (注記)2.3.2 項 25 トン大型トラック参照
FC スタック体積出力密度 [kW/L]
(注記)定格出力ベース
6.76 (注記)2.3.2 項農業用トラクタ 50kW クラス参照
仮定を含むため暫定値とし、次年度以降改訂 51.4 材料目標
図 1.3-1 で示した初期の目標 I-V 特性を満たすための物性パラメータを根拠に、主要材料の物
性目標の項目と目標値を表 1.4-1 のように定めた。
また、参考のため、その各項目の現行材料から
なる MEA での物性、特性値の実測値も併せ示した。
表 1.4-1 主要材料の物性目標 ★は、今後測定
要素 項目
2030 年頃の目標値 実測値
物性値
仕様・
特性値Gen2MIRAI
(注記)8
一般材料
空気極触媒
(層)
PGM 目付量(mg/cm2
) 0.20 0.17 0.20 田中貴金属Pt/CTEC10V30E
(注記)9
ECSA (m2
/g) 60 48 61
質量活性
(A/g) @0.9V
at100°C、100%RH 1810 ★ ★
at80°C、100%RH 1740 500 95
触媒層厚さ(μm) 6.0 9.1 7.4
触媒層ガス拡
散抵抗 (s/m)
at 80°C, 80%RH 10 9.1 18.1電解質膜
膜厚 (μm) 8.0 8.5 25 Chemours
NafionTM
NR211
(注記)9H+伝導率
(S/cm)
(注記)1
at 120°C, 30%RH 0.032 0.018 0.016
at 100°C, 40%RH 0.041 0.027 0.024
at 80°C, 80%RH 0.12 0.106 0.086
at -30°C, 0%RH(注記)2 今後設定 ★ ★
水素透過性 (注記)3 今後設定 ★ ★
酸素透過性 (注記)4 今後設定 ★ ★
機械強度
(注記)5
(暫定)
引張最大強度(MPa)
at 23°C, 50%RH
今後設定 50 30
(暫定)
引張破断伸び(%)
at 23°C, 50%RH
今後設定 ★ 250アイオノマH+
伝導率
(S/cm)
at 120°C, 30%RH 0.032 ― ★ Chemours
NafionTM
D2020
触媒層抵抗
(注記)9
at 100°C, 40%RH 0.041 ― ★
at 80°C, 80%RH 0.12 ― ★
空気極触媒層
抵抗(Ωcm2)at 120°C, 30%RH 0.13 0.77 0.37
at 100°C, 40%RH 0.10 0.41 0.24
at 80°C, 80%RH 0.035 0.10 0.060
GDL・流路・
セパレータ
GDL 面積抵抗 (Ωcm2
) 0.0010 ★ <0.01 SGL
CARBON
SIGRACET®22BB(注記)10
分子拡散抵
(注記)9
流路・GDL(分
子拡散抵抗)
(s/m) (注記)6
at 80°C, 80%RH 18 58.3
(並行
流路)60.8(並行
流路)
GDL/セパ、セパ/セパ等:接触抵抗合
計 (Ωcm2)0.0065 ★ ―
GDL 機械強
度物性 (注記)7
(暫定)圧縮弾性率 今後設定 ★
(暫定)曲げ剛性
(N/mm)
今後設定 ★ 0.9~1.5(注記)1:電解質膜の H+
伝導率は、補強材込みの伝導率。クエンチャ添加など、耐久性を担保した状態での伝導率。
(注記)2:低温起動性に影響する因子。スタックとしての要求仕様を集約したうえで設定。
(注記)3、(注記)4:耐久性、燃費に影響する因子。今後、設定。
(注記)5:セルの構造・仕様により必要な物性値が異なると考えられることから、当面、指標となる物性項目は仮置き。目標値とと
もに今後の議論とする。ここでは、現行材料の物性を参考値として示す。
(注記)6:GDL と流路の構造との組み合わせで決まる特性値。
(注記)7:セルの構造・仕様により必要な物性値が異なると考えられることから、当面、指標となる物性項目は仮置き。目標値とと
もに今後の議論とする。ここでは、現行材料の物性を参考値として示す。
(注記)8:第二世代 MIRAI の MEA を用いた実測値、解析結果。
(FC-Cubic 測定) 6(注記)9:触媒:田中貴金属 TEC10V30E、カソード触媒担持量:0.2mg-Pt/cm2、アノード触媒担持量:0.1mg-Pt/cm2、アイオノマ:
Chemours NafionTM D2020、
I/C:1.0、
電解質膜:Chemours NafionTM NR211、GDL:
SGL-CARBON SIGRACET® 22BB
からなる MEA で測定した値。
(FC-Cubic 測定)
(注記)10:メーカー公表値 https://www.sglcarbon.com/en/markets-solutions/material/sigracet-fuel-cell-components/ 72. 目標の考え方と達成のための技術課題
2.1 各 HD アプリケーションの現状の課題と目標
2030 年頃に拡大が想定できるカテゴリーおよびその中心となることが想定される各アプリケ
ーションの一般的な使い方を包含する目標を示したが、アプリケーション毎に考慮もしくは確認
しておくべき状況や課題を示す。ここでは、大型トラック、船舶、鉄道、建機、フォークリフト、
農機の 6 つのアプリケーションに関して整理した。特に、代表的な製品としてトラックからは 25
トンクラスと 44 トンクラス、船舶からは内航貨物船と沿岸旅客船、鉄道からは 2 両編成、建設機
械では油圧ショベルの 20 トンクラスと 13 トンクラス、フォークリフトからは 1-2 トンクラス、
農業用機械からは農業用トラクタ 50kW クラスを選定した。
2.1.1 各アプリケーションを取り巻く環境
(1)2030 年頃の市場規模
各アプリケーションの代表的な製品の現状の(既存パワートレインと 2030 年に FC 製品とし
て導入が予測される)市場規模(海外含む)について表 2.1.1-1 にまとめた。欧州では Hydrogen
Europe の Strategic Research and Innovation Agenda では 2030 年頃までに累計 9.5 万台の FC
トラックの普及、非電化区間における新規車両導入の 20%を FC 列車へ転換する[1]などの目標が
あり、米国では CA 州内で FC トラック導入 7 万台(2035 年頃)[2]、FC フォークリフトの累計
販売台数 30 万台(2030 年頃)[3]などの目標がある。また、民間の市場レポート[4]においても
2030 年頃の FC トラック市場として累計 10 万台以上との試算も存在する。
一方、こうした世界的な市場規模はデータのソースにより差があり、また、地域によりクラス
別の区分けが異なるため、ここでの値は市場調査の結果等に基づいた予測を含む参考値とする。
表 2.1.1-1 2030 年頃の市場規模(参考値)
アプリケーション 現状 [台/年]
(注記)既存のパワートレイン
30 年予想 [台/年]
(注記)FC 導入予想
25 トンクラス大型トラック 1,300,000 数万台
44 トンクラス大型トラック 240,000 数千台
内航貨物船 数万台 数百台
沿岸旅客船 数千台 数百台
鉄道 2 両編成 250 50
油圧ショベル 20 トンクラス 200,000 200〜20,000
油圧ショベル 13 トンクラス 100,000 100〜10,000
フォークリフト 1-2 トンクラス 380,000 5,000
農業用トラクタ 50kW〜 数万台 -
(参考文献)
[1] Hydrogen Europe and Hydrogen Europe Research, "Strategic Research and Innovation Agenda", Oct. 2020 8[2] California Fuel Cell Partnership, "Fuel Cell Electric Trucks A Vision for Freight Movement in California
and Beyond", Jul. 2021
[3] Fuel Cell & Hydrogen Energy Association, "Road Map to A US Hydrogen Ecomony"
[4] Global Market for Hydrogen Fuel Cell Commercial Trucks, 2021
(2)各アプリケーションに対して海外を含む 2030 年頃に適用が予測される規制
2030 年頃に各アプリケーションに対して海外を含めて施行されるゼロエミッションに関する
規制について以下の表 2.1.1-2 のとおりにまとめた。
表 2.1.1-2 各アプリケーションに対する 2030 年頃に適用が予測される規制
アプリケーション 主な規制(予測含む)
大型トラック 日本:
8 トン以上の大型の車について 2020 年代に 5 千台(累計)の電動車両の先行導入を目指すと
ともに、水素や合成燃料等の価格低減に向けた技術開発・普及の取組の進捗も踏まえ、2030
年までに 2040 年の電動車の普及目標を設定(規制なし)
米国:
(CA 州+15 州)2030 年 Class7-8 の 30%、Class7-8 トラクタの 50%を ZEV 化することを義務
付け、Class7-8 は 2045 年以降、コンテナ陸送用ドレージトラックは 2035 年以降、100%ZEV 化
欧州:
新車トラックの CO2 排出量を、2019 年に比べ 2025 年に 15%、2030 年には少なくとも 30%の
削減を義務づけ
タイ:
(政府目標)2035 年までに新車販売 100%ZEV 化(BEV ・FCV のみ)
内商用車:2025 年 3.1 万台 、2030 年 15.6 万台 、2035 年 45.8 万台
船舶 2030 年までにゼロエミッションを目標に掲げている地域や、ゼロエミッションに向けての取り組み
を実施している地域がある
例)アムステルダム(オランダ)、ノルウェーのフィヨルド
鉄道 ヨーロッパの一部の国では既に新製又は大規模改修時に排ガス規制があるが、ゼロエミッション
までの規制の予定は無い
建設機械 ノルウェーの 7 都市(オスロ、ベルゲン、トロンヘイム、スタバンゲル、ドランメン、トロムセー、クリ
スティアンサン)で 2030 年までに建設現場のゼロエミッション化の方針、C40 に参加する「オス
ロ、ブダペスト、ロサンゼルス、メキシコシティ」の 4 都市が 2030 年までに都市の建設プロジェク
トからの CO2 排出量を半減させることを目指す"Clean Construction Declaration"を締結
フォークリフト 米国 CA 州 Clean Air Action Plan にて、LA 港、LB 港のフォークリフトを含む全ての荷役機器を
2030 年までにゼロエミッション化する計画が進行している
農業用機械 ディーゼル禁止規制
例)パリ(フランス)2024 年以降 92.1.2 使用環境
各アプリケーションが使用される外気温、高度、保管温度を以下の表に示す。2030 年頃を想定
した場合、水素の輸送や貯蔵は、遠隔地もしくは特殊地域への適用に先駆けて、都市部やその近
郊地域への導入〜拡大が想定されるため、今回は使用外気温については 45°Cとし、特殊地域とし
て高度と保管温度については未考慮とした(検討は継続し、今後反映を計画)。(*)フォークリフトの保管温度最高値が 80°Cと突出しているのは船で赤道直下付近を輸送中
にコンテナ内に保管された状態を想定
表 2.1.2-1 各アプリケーションの使用環境
アプリケーション 使用外気温 使用高度 保管温度
25 トンクラス大型トラック
44 トンクラス大型トラック
-30〜50°C 0~5,000m
3,000〜5,000m は
出力減を許容し稼働
-30〜50°C
内航貨物船 -25〜50°C 0~20m -25〜50°C
沿岸旅客船 -25〜50°C 0~20m -25〜50°C
鉄道 2 両編成 -30〜45°C 0~1,375m -10〜40°C
油圧ショベル 20 トンクラス
油圧ショベル 13 トンクラス
-30〜50°C 0~5,000m
高地においては
出力減を許容し稼働
-30〜50°C
フォークリフト 1-2 トンクラス -20〜40°C 0~500m -30〜80°C
農業用トラクタ 50kW クラス -30〜45°C 0~2,000m -30〜45°C
2.1.3 最大出力
各アプリケーションにおける FC システムとして要求される最大出力を示す。ここでの最大出
力は、一般的な使い方を想定した中で、時間制限なども含めた一時的にでも必要とされる出力を
示す。ただし、最大出力は FC と 2 次電池のバランスや制御方法により変化する。
(その他の出力
には連続使用可能な最大出力としての連続定格、冷却能力によって影響される熱定格が存在)
表 2.1.3-1 各アプリケーションの FC システム最大出力
アプリケーション FC システム最大出力 [kW]
25 トンクラス大型トラック 303
44 トンクラス大型トラック 461
内航貨物船 600
沿岸旅客船 480
鉄道 2 両編成 400
油圧ショベル 20 トンクラス 120
油圧ショベル 13 トンクラス 70
フォークリフト 1-2 トンクラス 30
農業用トラクタ 50kW クラス 51.5 102.1.4 耐久時間
要求耐久時間は、基本的には通常の使い方において劣化による性能低下によって、それぞれの
アプリケーションの一般的な使い方に支障をきたさないことを前提に定めたものとした。
(先に示した目標 I-V 特性における、EOL の I-V 特性においても各アプリケーションの一般的
な使い方に支障をきたさないための必要な稼働時間を示したもの)
表 2.1.4-1 各アプリケーションの要求耐久時間
アプリケーション 耐久時間 [hr] 耐久の定義(劣化後に必要な動力要件)
25 トンクラス大型トラック
44 トンクラス大型トラック
50,000 平均的な高速道路の坂を
90km/h で連続走行可
内航貨物船 60,000 600kW で 72 時間、200kW で 24 時間、
100kW で 24 時間の繰り返し出力可
沿岸旅客船 30,000 480kW で 30 分間、60kW で 15 分間
のパターンを 10 サイクル/日出力可
鉄道 2 両編成 50,000 勾配線区を想定し、400kW 連続運転可
油圧ショベル 20 トンクラス
油圧ショベル 13 トンクラス
10,000 連続掘削 4 時間継続、20 分の走行可
フォークリフト 1-2 トンクラス 20,000 既定の作業サイクルパターン連続走行可能
農業用トラクタ 50kW クラス 10,000 50kW 連続運転可
2.1.5 搭載性
アプリケーション毎に搭載可能なスペースが異なる。従来のパワートレーンシステムの跡地、
電動化によって変化する各種部品を勘案し、
FC システムの搭載スペースと重量を示す。
この許容
可能なスペース内に FC システムを搭載し、要求性能を満足することが必要となる。ただし、こ
こで示す許容可能と想定される容積と重量には、
モータ、
インバータ、
2 次電池等の電動化転換に
必要となる部品は含まれていない。
表 2.1.5-1 各アプリケーションに搭載可能な FC システム許容スペース
アプリケーション 体積 [L]
25 トンクラス大型トラック 502
44 トンクラス大型トラック 502
内航貨物船 18,000
沿岸旅客船 7,000
鉄道 2 両編成(注記)1,2
1,300
油圧ショベル 20 トンクラス 1,300
油圧ショベル 13 トンクラス 400
フォークリフト 1-2 トンクラス 339
農業用トラクタ 50kW クラス 125
(注記)1:https://www.jreast.co.jp/press/2020/20201006_4_ho.pdf
(注記)2:https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/34799387.html 11表 2.1.5-2 各アプリケーションに搭載可能な FC システム重量
アプリケーション 重量 [kg]
25 トンクラス大型トラック 230
44 トンクラス大型トラック 460
内航貨物船 11,000
沿岸旅客船 4,000
鉄道 2 両編成 1,000
油圧ショベル 20 トンクラス 1,000
油圧ショベル 13 トンクラス 500
フォークリフト 1-2 トンクラス 500
農業用トラクタ 50kW クラス 250
2.1.6 その他補足
(1)特殊環境
FC システムの用途拡大に伴い、それぞれのアプリケーションの特徴に応じた、特殊環境(稀に
さらされる過酷な環境など)が必要となってくる。本格的な全面展開(燃料の輸送、貯蔵、供給
体制が特殊地域への適用を済ませた状態)時に考慮が必要とされる特殊環境についても表 2.1.6-1
に明示する。
ただし、今回提示の目標は、各アプリケーションの共有とするコアの部分(大部分を占める一
般的な使い方)と都市およびその近郊での稼働前提としたため、特殊環境は未考慮である。これ
らを考慮した場合の目標の在り方などは、アプリケーション毎に議論を継続し、必要に応じて展
開を予定する。
表 2.1.6-1 各アプリケーション特有な環境
アプリケーション 特有な環境
25 トンクラス大型トラック
44 トンクラス大型トラック
地域によっては路面凍結防止剤による塩害、冠水路走行の必要な地域
での渡渉
内航貨物船
沿岸旅客船
大気中の海塩粒子
船体の動揺、エンジン起因の振動
鉄道 2 両編成 狭小トンネル走行時の安全性確認
・吸気側圧力変動
・温度変化
・吸排気の短絡現象(温度、酸素濃度)
・異常時の水素タンク緊急放出弁(PRD)着火時の火炎の状況
油圧ショベル 20 トンクラス
油圧ショベル 13 トンクラス
湿地、粉塵、傾斜地(30 度程度)、振動衝撃
フォークリフト 1-2 トンクラス 冷蔵庫、冷凍庫内使用あり
農業用トラクタ 泥・埃環境 12(2)氷点下起動要件
各アプリケーション共に氷点下環境でも使用されることになるため、氷点下起動に関する要件
を表 2.1.6-2 にまとめた。いずれのアプリケーションに対しても数分以上の暖気運転が許容され
る。
表 2.1.6-2 各アプリケーションの氷点下起動要件
アプリケーション 氷点下起動要件
25 トンクラス大型トラック
44 トンクラス大型トラック
氷点下でも速やかな起動が求められる
-30°C以下となる厳寒環境では窓ガラスの視界確保、室内温度上昇のため
20 分程度は暖機する
-10°C程度の環境では起動後すぐ走行開始、走行と暖機を兼ねるのが一般的
内航貨物船
沿岸旅客船
ある程度の暖機は許容
鉄道 2 両編成 暖気する時間は若干(10 分程度)であれば許容される
極寒地を走行する現状のディーゼルカーも若干の暖気を行って起動する例か
ら判断
極寒地での対応としては FC の凍結により壊れないことも重要
油圧ショベル 20 トンクラス
油圧ショベル 13 トンクラス
数分から数十分の暖機運転を行う。
フォークリフト 1-2 トンクラス ある程度の暖機は許容
農業用トラクタ 50kW クラス -
(3)航続距離または連続運転時間
各アプリケーションに要求される航続距離または連続運転時間を表 2.1.6-3 に示す。
表 2.1.6-3 各アプリケーションの航続距離または連続運転時間
アプリケーション 1 水素充填あたりの航続距離または連続運転時間または給油サイクル
25 トンクラス大型トラック
44 トンクラス大型トラック
将来的には1充填当たり航続距離は 1,000km 程度を目指したい
内航貨物船 100m3
の重油を約 9 日間に一回給油
沿岸旅客船 少なくとも 1 水素充填あたり 8 時間の連続運転を目指したい
鉄道 2 両編成 航続距離:500km/日(燃費:5km/kg 電車 2 両編成当たり)
給油サイクル 1 回/日 現状:軽油 250L/両・回程度
将来的には1充填当たり航続距離は 1,000km 程度を目指したい
油圧ショベル 20 トンクラス
油圧ショベル 13 トンクラス
8〜20 時間 ディーゼル E/G の場合、
給油サイクル 約 300L を 2〜3 日に 1 回給油
フォークリフト
1-2 トンクラス
連続運転時間 約 4 時間 30 分
(注記)稼働率 55%として工場 1 直稼働可能
農業用トラクタ 50kW クラス 8 時間以上の連続運転 132.2 要求 I-V 特性の検討
2.2.1 進め方
提示する要求 I-V 特性は将来想定される各アプリケーションの製品要求を満足する共通仕様で
なければならない。共通的な目標とする I-V 特性を導出するため、各アプリケーションでの FC ス
タックの使われ方が包含されると考えられる大型トラックを対象に目標値を算出し、その目標値
が他のアプリケーションの製品要件を満たし得ることを確認(システム成立性検証)して共通目
標 I-V 特性とすることにした。
2.2.2 大型トラック
(1)大型トラックの製品要件とシステム構成
表 2.2.2-1 に大型トラックの製品要件を示し、
表 2.2.2-2 に大型トラックのシステム構成を示す。
これらは I-V 特性目標を算出するための前提条件となる。
表 2.2.2-1 に示されるように大型トラッ
クは耐久時間が 5 万時間と長く、かつ耐久走行後において高速坂路による高負荷走行条件での走
破性が要求される。また、システムの搭載要件が厳しく、限られたスペースに搭載可能な FC ス
タックと 2 次電池、冷却系で製品要求を満たす必要があり、他のアプリケーションと比較しても
厳しい要求となっている。
FC スタック数は、車両クラス毎に搭載スペースへのスタック搭載可能性の目安値として設定
した。セル面積・枚数に関しては既存の FC スタックの値を用いている。2 次電池は、走行負荷に
対し FC と 2 次電池で発電分担することで、FC の高温化や劣化を回避しながら高負荷走行の走
破性を確保し、更に制動時のエネルギー回生を行いながらシステム効率を向上させるために用い
られる。
今回の計算前提となるシステム構成では、
システム出力と FC 熱定格出力の差分の 100kW
で 2 次電池の 40%のエネルギーを用いて約 20 分間アシスト可能な容量設定とした。また、冷却
系に関しては、各車両クラスでの搭載性と動作環境での冷却必要量を考慮した冷却能力要求値の
設定とした。
以上から大型トラックの代表的な 25 トンクラスと最大の 44 トンクラスを想定した場合、搭載
制約と必要出力からスタック当たりの熱定格出力目標が 44 トンクラスでは 75kW であるのに対
し、25 トンクラスでは 100kW とより大きな FC 出力密度が要求される。このような理由から 25
トンクラスにまず着目し I-V 特性の目標値を導出する。44 トンクラスについては、導出された I-
V 特性目標値と表 2.2.2-2 のシステム構成で製品要求が満たされるか確認する。
表 2.2.2-1 大型トラックの製品要件(計算前提)
車種 システム出力
FC 熱定格出力
耐久走行パターン 動力性能要件 耐久要求時間
25 トンクラス 300kW
200kW
WHVC, JH25 耐久要求時間走行後、平
均 的 な 高 速 道 路 の 坂 を
90km/h で連続走行可
5 万時間
44 トンクラス 400kW
300kW
↑ ↑ ↑ 14表 2.2.2-2 大型トラックのシステム構成(計算前提)
車種 セル面積・枚数 FC スタック数 2 次電池容量 冷却系能力
25 トンクラス 273cm2
・330 枚/スタック 2 基 90kWh 3.5kW/°C以内
44 トンクラス ↑ 4 基 ↑ 7kW/°C以内
図 2.2.2-1 大型トラックの耐久走行パターン(左:WHVC/右:JH25)
(2)要求 I-V 特性の導出
要求 I-V 特性の算出は、BOL I-V 特性の候補を複数仮定し耐久走行シミュレーションにより各
I-V 特性に対し性能低下を見積もり、性能低下後の EOL I-V 特性で動力性能要件を満たすものを
抽出することによって行う。耐久走行シミュレーションでは、耐久走行パターンを耐久要求時間
繰り返し走行した場合の触媒劣化による I-V 特性低下を予測する。動力性能要件は、EOL I-V 特
性と所定の冷却能力で高速登坂条件(90km/h、平均的な高速道路の坂)を連続走行の可否により
判定する。
耐久走行パターンは大型トラックの走行パターンである WHVC と JH25 を用いる。WHVC は
市街地走行、
JH25 は高速走行を想定しており、
これらで標準的な走行パターンを一通り模擬する
と考えられる。しかし、この他に山岳路や長距離輸送パターンなど、より高負荷・高温条件で使
われるケースも考えられる。よってこれらの高負荷走行パターンを耐久パターンとして考慮する
ことは今後検討の余地がある。
一方、電解質膜の耐久性に関しては、電解質膜が暴露される劣化ストレス条件から耐久性要求
値を目標値として提示する。このため、耐久走行パターンの他、より高温条件となる高負荷走行
パターンも含めてシミュレーションし、スタック電流・セル電圧・冷却水温度・空気極側湿度を
劣化ストレス条件として提示する。
I-V 特性は、(1)式を用いて既存のベース I-V 特性に対し、活性・ガス拡散抵抗・オーム抵抗(以
下ではこれらをまとめて MEGA 物性値と呼ぶ。)の各変化量を与え、
I-V 特性の候補
(サンプル)
を複数設定する。各サンプルに対し EOL I-V 特性を算出し、動力性能要件を判定する。要件を満
たす I-V 性能候補の集合の中から活性が最も低いサンプル、ガス拡散抵抗が最も高いサンプル、
等を提示し目的に応じ取捨選択する。 15�� = �������� − ��Ω�� −
��������
������
����
log (
��
��0
) −
��������
������
����
log (
��������
����2−��������
��
4��
) (1)
ここで、��は電流密度、��はセル電圧である。活性を表す指標の交換電流密度を��0、ガス拡散抵抗を
��������、オーム抵抗を��Ωとおいた。その他の記号は表 2.2.2-3 にまとめた。このように生成した I-V
特性候補の例を図 2.2.2-2 に示す。
表 2.2.2-3 式(1)中の記号
記号 定数名
�������� 開回路電圧
�� 気体定数
������
������
冷却水出口温度
�� バトラーボルマー式の移動定数
�� ファラデー定数
�������� 基準酸素濃度
����2 セル面内代表酸素濃度
図 2.2.2-2 I-V 特性候補の例
(3)動力性能要件
動力性能要件は所定の走行条件での車両走破性の要件を与えており、これにより FC の I-V 特
性が規定される。I-V 特性は発電負荷(∝走行負荷)の増加に伴い発熱量が増加する性質を有して
いるが、FC(主に触媒)の劣化により I-V 特性が低下した場合は、同一負荷条件でも発熱量が上
昇する(図 2.2.2-3)
。このとき、FC の発熱量がラジエータの放熱量を常に上回ると FC の水温上
昇が抑えられなくなり走行不能となる。よって FC 車両の動力性能要件は、ラジエータ放熱能力 16の制限の下で耐久後の EOL I-V 特性に対応させることができる。劣化シミュレーションにより
BOL I-V 特性は EOL I-V 特性と対応づけられるため、耐久要件を満たす BOL I-V 特性が探索で
きる。
図 2.2.2-3 I-V 特性の低下に伴う発熱量増加
(4)計算手順
以下に示す計算手順により、耐久性の要求値を満足する I-V 特性を探索する。
1 車両要求値(諸元、耐久時間、耐久走行パターン、動力性能要件)を設定。
2 活性指標である交換電流密度(��0)、プロトン抵抗等の抵抗成分を含むオーム抵抗(��Ω)、ガス拡
散抵抗(��������)をパラメータとして各上下限の範囲から抽出しその値の組み合わせから I-V 特
性を式(1)に基づいて生成。
3 初期 I-V 特性に対し、車両が耐久走行パターンを耐久時間繰り返し走行したときの FC 劣化
による I-V 特性低下をシミュレーションで算出。
4 耐久時間後の I-V 特性で車両が動力性能要件を満足するか判定。
(5)要求 I-V 特性
計算結果を図 2.2.2-4 に示す。図 2.2.2-4 (a)の 3 次元平面上の各点は、耐久要求値を満たす
MEGA 物性値(活性向上率、オーム抵抗低減代、ガス拡散抵抗低減代)の組み合わせを示してい
る。各点が一本の I-V 特性に対応しており、図 2.2.2-4 (b)は耐久要求値を満たす I-V 特性の集合
を表している。この結果から、要件を満たす I-V 特性は赤いラインのように「高活性、高抵抗な
もの」から、青いラインのように「低活性、低抵抗なもの」まで複数存在することが分かる。これ
らの I-V 特性の候補から活性の最も低い I-V 特性を抽出し目標 I-V 特性とした
(前節の図 1.3-1 を
引用)。目標 BOL I-V 特性に対し、
25 トンクラスで WHVC と JH25 による繰り返し走行をそれぞれ耐
久時間行った後の EOL I-V 特性を図 2.2.2-5 に示す。起動停止を含む耐久走行パターンの違いに
より同一 BOL I-V 特性に対し EOL-IV 特性は異なる。各 EOL I-V 特性ライン上に、動力性能要
件の 90km/h で平均的な高速道路の坂を走行するのに必要な動作点(熱定格動作点)を赤丸で示
す。この中で劣化度合いが多い WHVC 走行後の熱定格動作点の電流密度が最も大きく、ラジエ 17ータの放熱必要量も大きくなることが推察される。
同様に 44 トンクラスで行った結果を図 2.2.2-
6 に示す。また、図 2.2.2-5、図 2.2.2-6 中の I-V 特性上の点線は今回のシミュレーションで使わ
れなかった領域を表しているが、アプリケーションや制御設計によって異なることを付記してお
く。
図 2.2.2-4 耐久 5 万 hr を満たす MEGA 物性値と I-V 特性
(a) WHVC (b) JH25
図 2.2.2-5 BOL I-V 特性と EOL I-V 特性(25 トン)
(a) WHVC (b) JH25
図 2.2.2-6 BOL I-V 特性と EOL I-V 特性(44 トン) 18目標 I-V 特性に対し WHVC を耐久目標時間繰り返し走行した後の EOL I-V 特性について、FCネット出力に対する FC 発熱量を求めた結果を図 2.2.2-7 に示す。熱定格動作点での FC 発熱量
は、25 トンクラスでは 210kW、44 トンクラスでは 336kW であり、それぞれに対応した FC 冷
却能力が求められる。実際、外気温を 45°Cと仮定した場合、FC 最大水温が 105°Cにおいてラジ
エータ冷却能力として 25 トンクラスでは 3.5kW/°C、
44 トンクラスでは 5.6kW/°Cが求められる。
これらは表 2.2.2-2 のシステム構成で想定した冷却能力の範囲内であることが確認できる。した
がって、25 トンクラスの製品要求から導出された I-V 特性目標値が 44 トンクラスの製品要求を
満たすことが確認できた。
図 2.2.2-7 EOL I-V 特性(WHVC 耐久走行後)における熱定格動作点での発熱量
(6)今後の課題
⚫ 電解質膜の耐久性に関しては、
(2)で述べた通りここまでの検討では考慮されていない。従
って、耐久走行パターンをはじめ高負荷走行パターンでの電流、電圧、温度データにより電解
質膜への耐久要件を示す必要がある。このため、耐久パターンの WHVC と JH25、高負荷走
行パターンの山岳路と長距離輸送パターンでの走行シミュレーションにより求めた頻度分布
データを次節に示す。
⚫ 大型トラックは消防車等の特殊用途を含めると多様な形態での使用に応える必要があり、搭
載要件は更に厳しい。
これには 2 次電池の小型化も考慮しながら、
出力密度向上による FC の
小型化や、FC の運転温度を増加させるなど冷却性能向上によるラジエータを含めたシステム
小型化にも取り組んでいく必要がある(2030 年以降の課題)。⚫ 大型トラックの代表マーケットの 1 つである EU における HD トラック(HDT)販売シェア
を図 2.2.2-8 に示すが、
EU では HDT に占めるトラクタータイプの比率が年々増加しており、
2014 年時点で約 45%とほぼ過半数を占める。また図 2.2.2-9 より、2014 年時点でトラクター
タイプのエンジン出力の約 90%以上が 300-400kW である。
GVW40 トンを超えることもある
トラクタータイプでは、
大出力の動力源が望まれていると思われる。
図 2.2.2-7 に示すように、 19動力源の出力増加に伴い発熱量も増加するため、特にトラクタータイプでは、FC システムの
高温作動化が強く望まれている(2030 年以降の課題)。図 2.2.2-8 EU における HDT 販売シェア [1]
図 2.2.2-9 EU における Tractor truck 用エンジン販売シェア [1]
(参考文献)
[1] ICCT, "Overview of the heavy-duty vehicle market and CO2 emissions in the EU" (2015)
2.2.3 他のアプリケーションのシステム成立の検討
ここでは、他のアプリケーションについて、2030 年頃を想定したシステム構成で、2.2.2「大型
トラック」
で試算した目標 I-V 特性を用いた場合に、
耐久要求を満足するかどうかについて、
2.2.2
と同様のシミュレーションを用いて試算する。進め方を図 2.2.3-1 に示す。 20図 2.2.3-1 他のアプリケーションシステム成立性検討の進め方
(1)各アプリケーションのシステム構成
今回試算では、
表 2.2.3-1〜表 2.2.3-3 に示す 2030 年頃を想定したシステム構成を前提とする。
FC スタック数、冷却性能、2 次電池性能については、性能を振ってシミュレーションを実施し、
表 2.2.3-1〜表 2.2.3-3 に示す 2030 年頃の想定システム範囲内に、耐久性能を満足するシステム
構成が存在するかを検証する。ただしフォークリフトについては、すでに第二世代の FC システ
ムでも耐久要求にミートしているため、今回試算の対象外とする。
表 2.2.3-1 システム構成の試算条件と 2030 年頃のシステム範囲:スタック
アプリケーション
システム構成の試算条件 2030 年頃の想定システム範囲
想定搭載可能数
FC スタック数 面積・枚数 I-V 性能
内航貨物船 3〜6 基
273cm2
330 枚/基(注記)1
2.2.2 にて試算の
I-V 特性
46 基以下
沿岸旅客船 2〜5 基 18 基以下
鉄道 2 両編成 2〜10 基 4 基以下
油圧ショベル 20 トンクラス 1〜2 基 2 基以下
油圧ショベル 13 トンクラス 1 基 1 基以下
農業用トラクタ 50kW クラス 0.32〜1 基 0.32 基以下
(注記)1:Gen2 MIRAI のセル仕様を想定 21表 2.2.3-2 システム構成の試算条件と 2030 年頃のシステム範囲:冷却性能
アプリケーション
システム構成の試算条件 2030 年頃の想定システム範囲
冷却性能 想定冷却性能
内航貨物船 100 kW/°C(注記)2
制限なし
沿岸旅客船 100 kW/°C(注記)2
制限なし
鉄道 2 両編成 6〜12 kW/°C 10 kW/°C以下
油圧ショベル 20 トンクラス 1.27(現状)〜2.55 kW/°C 1.82 kW/°C以下
油圧ショベル 13 トンクラス 1.0(現状)〜1.82 kW/°C 1.82 kW/°C以下
農業用トラクタ 50kW クラス 1.14(現状)〜1.71 kW/°C 1.71 kW/°C以下
(注記)2:海水を使うことで十分な冷却が可能。シミュレーションでは極端に大きい値を設定することで模擬
表 2.2.3-3 システム構成の試算条件と 2030 年頃のシステム範囲:2 次電池
アプリケーション
システム構成の試算条件 2030 年頃の想定システム範囲
2 次電池性能 想定性能
内航貨物船 2 次電池なしを設定(注記)3
制限なし
沿岸旅客船 2 次電池なしを設定(注記)3
制限なし
鉄道 2 両編成 出力 800kW 容量 240kWh(注記)4-油圧ショベル 20 トンクラス 出力 75〜225kW 容量 2.6〜7.8kWh 出力 75kW 容量 2.6kWh
油圧ショベル 13 トンクラス 出力 75〜225kW 容量 2.6〜7.8kWh 出力 75kW 容量 2.6kWh
農業用トラクタ 50kW クラス 出力 0〜50kW 容量 0〜5kWh ―
(注記)3:船舶では回生はなく、内航貨物船と沿岸旅客船での2次電池のシステムにおける用途は、微小な変動吸収
のみのため、耐久への寄与度は小さい。したがってシミュレーションでは、FC 要求出力を与え、2次電池はな
しの設定にて実施
(注記)4:FC と2次電池の出力分配・回生制御は OEM にて実施、したがってシミュレーションでは、FC 要求出力
を与え、2次電池はなしの設定にて実施
(2)各アプリケーションの耐久条件
各アプリケーションの通常の使われ方として、表 2.2.3-4〜表 2.2.3-7 に示す耐久走行パターン
を定義し、各アプリケーションの最も厳しい使われ方として、表 2.2.3-4〜表 2.2.3-7 に示す動力
性能判定パターンを定義する。
この耐久走行パターンを耐久時間分繰り返すことで市場での劣化を模擬し、そしてその劣化状
態にて動力性能判定パターンを走破出来た場合に、耐久要求を満足できたと判定する。 22表 2.2.3-4 耐久条件:船舶
内航貨物船 沿岸旅客船
耐久時間 60,000 時間 30,000 時間
耐久走行
パターン
国内の貨物輸送を想定し、3 日航行+揚荷 1 日+
積荷 1 日の計 5 日の作業パターン
起動停止は 1 回/1 作業パターン(5 日=120 時間)
国内の旅客輸送(例:島 to 島)を想定し、航行⇒乗/
下船の停泊 を繰り返すパターン
起動停止は 1 回/1 日(7.5 時間)
動力性能
判定パターン
耐久走行パターンと同一 耐久走行パターンと同一
表 2.2.3-5 耐久条件:鉄道
鉄道 2 両編成
耐久時間 50,000 時間
耐久走行
パターン
都市部近郊を想定し(駅間 3km 程度)、約 9 割が平坦線区、約1割が勾配線区となる路線
1線区内では、一般的な電車での最高速である約 100km/h まで到達し、すぐに減速
起動停止は、2 回/1 日(=8 ×ばつ2)
動力性能
判定パターン
耐久走行パターンと同一 23表 2.2.3-6 耐久条件:建機
油圧ショベル 20 トンクラス 油圧ショベル 13 トンクラス
耐久時間 10,000 時間
耐久走行
パターン
10t ダンプにショベルで土砂などを積み込み(10 回で満載)
その後、走行・軽負荷作業・アイドルを実施。これを耐久時間分繰り返し。
起動停止は、2 回/1 日(=4 ×ばつ2)
動力性能
判定パターン
A かつ B が成立すること
A:連続掘削
4 時間継続作業者様の休憩を考慮した、最悪想定
B:連続走行
国内で最長想定の 20 分を高速で走破、その後は中速を維持 24表 2.2.3-7 耐久条件:農機
農業用トラクタ 50kW クラス
耐久時間 10,000 時間
耐久走行
パターン
負荷の高い耕うん作業について A・B を想定しそれぞれ実施
起動停止は、2 回/1 日(=4 ×ばつ2)
動力性能
判定パターン
連続耕うんを想定し、50kW 連続運転で判定
(3)耐久成立性の検討結果
2030 年頃を想定したシステム構成において耐久走行後に動力性能を満たせるかをシミュレー
トし、その結果が 2030 年頃想定のシステム範囲に対してどのような関係になっているかについ
て、図 2.2.3-2 に示すようにまとめた。その結果、今回対象とした全てのアプリケーションにて耐
久性を満足する構成が存在することが分かった。各アプリケーションの結果を以下に示す。
図 2.2.3-2 アウトプットイメージ 251船舶の検討結果
スタック数を振って検討し、図 2.2.3-3 の赤ハッチング部分にて 2030 年頃に想定されるシステム
構成にて耐久を満足することが分かった。
図 2.2.3-3 船舶の検討結果
2鉄道の検討結果
スタック数、冷却性能を振って検討し、図 2.2.3-4 の赤ハッチング部分にて 2030 年頃に想定され
るシステム構成にて耐久を満足することが分かった。 26図 2.2.3-4 鉄道の検討結果
3建機の検討結果
スタック数、冷却性能、2 次電池性能を振って検討し、図 2.2.3-5 および図 2.2.3-6 の赤ハッチン
グ部分にて 2030 年頃に想定されるシステム構成にて耐久を満足することが分かった。
図 2.2.3-5 建機の試算結果(油圧ショベル 20 トンクラス) 27図 2.2.3-6 建機の試算結果(油圧ショベル 13 トンクラス) 284農機の検討結果
スタック数、冷却性能、2 次電池性能を振って検討し、図 2.2.3-7 および図 2.2.3-8 の赤ハッチン
グ部分にて 2030 年頃に想定されるシステム構成にて耐久を満足することが分かった。
図 2.2.3-7 農機の試算結果(トラクタ 2 次電池 0kW・0kWh)
図 2.2.3-8 農機の試算結果(トラクタ 2 次電池 50kW・5kWh) 29(4)各アプリケーションの使われ方
ここでは、材料開発における評価プロトコル検討の一助となるよう、各アプリケーションでの
使われ方についてまとめる。
1対象システムの定義
(2)にて検討したシステム構成のうち、耐久を満足する以下を対象とする。
表 2.2.3-8 使われ方まとめの対象システム
アプリケーション
システム構成 走行パターン
FC スタック数 冷却性能 2 次電池性能
25 トンクラストラック 表 2.2.2-2 に記載のシステム
WHVC, JH25
山岳路, 長距離輸送
44 トンクラストラック 表 2.2.2-2 に記載のシステム
WHVC, JH25
山岳路, 長距離輸送
内航貨物船 4 基 100kW/°C - 表 2.2.3-4 耐久走行パターン
沿岸旅客船 3 基 100kW/°C - 表 2.2.3-4 耐久走行パターン
鉄道 2 両編成 4 基 10kW/°C - 表 2.2.3-5 耐久走行パターン
油圧ショベル 20 トンクラス 1 基 1.8kW/°C 75kW 2.6kWh 表 2.2.3-6 耐久走行パターン
油圧ショベル 13 トンクラス 1 基 1.45kW/°C 75kW 2.6kWh 表 2.2.3-6 耐久走行パターン
農業用トラクタ 50kW クラス 0.32 基 1.71kW/°C ― 表 2.2.3-7 耐久走行パターン
2スタックあたり出力の時間分布
各アプリケーションの耐久時間内における、各出力帯での総使用時間は図 2.2.3-9 に示すとおり
図 2.2.3-9 スタック 1 基あたり出力の時間分布
3電圧の時間分布
各アプリケーションの耐久時間内における、各電圧帯での総使用時間は図 2.2.3-10 に示すとおり 30図 2.2.3-10 電圧の時間分布
4電流密度の時間分布
各アプリケーションの耐久時間内における、各電流密度帯での総使用時間は図 2.2.3-11 に示すと
おり
図 2.2.3-11 電流密度の時間分布
5FC 水温の時間分布
各アプリケーションの耐久時間内における、各 FC 水温帯での総使用時間は図 2.2.3-12 に示すと
おり 31図 2.2.3-12 FC 水温の時間分布
5スタック内平均湿度の時間分布
各アプリケーションの耐久時間内における、各湿度帯での総使用時間は図 2.2.3-13 に示すとおり
図 2.2.3-13 スタック内平均湿度の時間分布
6起動停止回数
各アプリケーションの耐久時間内における起動停止回数は表 2.2.3-9 に示すとおり
表 2.2.3-9 起動停止回数
アプリケーション 起動停止回数 走行パターン
25 トンクラストラック 100,000 回 WHVC
44 トンクラストラック 100,000 回 WHVC
内航貨物船 500 回 表 2.2.3-4 耐久走行パターン
沿岸旅客船 4,000 回 表 2.2.3-4 耐久走行パターン
鉄道 2 両編成 6,350 回 表 2.2.3-5 耐久走行パターン
油圧ショベル 20 トンクラス 2,500 回 表 2.2.3-6 耐久走行パターン
油圧ショベル 13 トンクラス 2,500 回 表 2.2.3-6 耐久走行パターン
農業用トラクタ 50kW クラス 2,500 回 表 2.2.3-7 耐久走行パターン 322.3 FC システムとしての技術目標
2.3.1 コスト
DOE が試算した 2030 年の HDV コスト目標[1]を参考にして、2030 年頃の FC システム目標
0.9 万円/kW、FC スタックコスト 0.45 万円/kW(年産 10 万台前提)を提案する。ただし、FC シ
ステムのコストについてはスタックと水素、エア供給系および冷却系システムの BOP を対象と
し、水素貯蔵システム、2 次電池、DC/DC コンバータ等のパワーエレクトロニクス、モータを含
まない。DOE のコストの考え方は、現在の class8(米国における車両総重量 15 トン以上)の大
型トラックを対象として、ディーゼルエンジン(排ガス処理装置を含む)のコスト 2.5 万ドルと
等価の FC システムコスト 60 ドル/kW(出力 390kW)を最終目標とし、図 2.3.1-1 に示すコスト
低減シナリオ[2]に沿って、現在から技術進展で達成し得る 80 ドル/kW を 2030 年目標と設定し
ている。
一方、HDV のコストを考える上で、乗用車が車両価格、燃費、消費者の嗜好性、利便性、環境
意識などの幅広い基準で選択されることに対して、商用車では顧客(事業者)の事業の経済性の
成立が最優先であり、車両の総保有コスト(TCO:Total Cost of Ownership)の考え方が重要と
なる。
TCO は車両購入費と運用費
(燃料費、
メンテナンス費、
高速道路料金、等)の合計であり、
現状ではディーゼル車両と比べて車両価格・燃料費は高い。2030 年頃においても、FC システム
コストがディーセルエンジンと等価のレベルではなく、さらに水素貯蔵システム、2次電池、他
の電動化に必要な車両改造のコストも想定すると現行のディーゼル車両価格との差がある。
図 2.3.1-2 に大型 FC トラックにおける TCO 低減の考え方を示す。ディーゼル燃料に対する水
素のパリティコストは約 600 円/kg-H2(大型ディーゼルトラックの平均燃費 4km、軽油価格 120
円/L、FC トラックの平均燃費 20km/kg-H2 を前提)であり、現状の 1,100 円/kg-H2 に対して高価
であるが、
将来的に水素供給価格がパリティコストを下回るようになれば、
FC パワートレイン化
による車両価格の差額をカバーできるようになる(試算例として、大型トラックの生涯走行距離
150 万 km とすると、水素供給価格がパリティコストから 100 円/kg-H2 下がれば約 750 万円分の
TCO を圧縮)
。したがって、2030 年以降は水素供給価格の低減を想定しつつ、更なる FC システ
ムのコスト低減、システム効率向上による燃費改善などを進めていくことによって TCO でのパ
リティの早期成立を目指すことが重要である。
HDV 用 FC スタックを構成する主要材料のコストに関しても、DOE のコスト内訳比率を参考
にして提案する。詳細は 2.4 節「材料目標」の 2.4.5 で解説するが、例えば、Pt 使用量は、DOE
コスト試算では 0.326g/kW であるが、今回、我々が議論したところでは国内 2030 年頃の目標と
して約 0.2g/kW を提案した。このため、スタックコストのうち大部分を占める触媒層のコスト低
減代があるが、高活性触媒や触媒利用率向上に対する MPC 担体、高酸素透過アイオノマの採用
などによるコスト上昇を想定して、DOE と同等レベルのコスト目標設定を提案している。電解質
膜、GDL、セパレータ、ガスケットについては耐久性を確保するため FCV と比べて相対的に高
いコストが想定される。 33シナリオ 技術進展の内容 コスト低減代($/kW)
スタック BOP
A 出力密度:440 から 553mW/cm2
へ向上、EOL 電圧:0.7 から 0.66V、
冷却温度:88°Cから 94°C、Pt 目付量:0.4 から 0.35mg/cm2
へ低減32 -B オーバーサイジング低減(出力密度:553 から 644mW/cm2
へ向上)、
CVM のセンサーあたりのセル数増(4 から 8)、BOP 交換コストを
30%から 15%に削減15 6C 電解質膜:e-PTFE から代替の低コスト膜補強材料へ変更、膜厚を
20μm から 15μm に低減4 -D 出力密度:644 から 708mW/cm2
へ向上、Pt 目付量:0.35 から
0.3mg/cm2
へ低減13 -E エア系:モーター・コントローラ効率を 85%から 92%、コンプレッサ効
率を 72.5%から 75%、エキスパンダ効率を 72%から 75%へ向上- 5F オーバーサイジング低減(出力密度:708 から 921mW/cm2
へ向上)、
BOP 交換コストを 15%から 8%に削減、不測のコスト(Contingency)
を 10%から 5%に削減17 3G スタック数を 4 から 2 11 -
合計 92 14
図 2.3.1-1 DOE のコスト低減シナリオ(class-8 の 275kW システムを前提) 34図 2.3.1-2 大型 FC トラックにおける TCO 低減の考え方
(参考文献)
[1] "Hydrogen Class 8 Long Haul Truck Targets", DOE Hydrogen and Fuel Cells Program Record #19006
[2] B. D. James, "Fuel Cell Systems Analysis", 2021 DOE Hydrogen and Fuel Cells Program Review
Presentation
2.3.2 FC 体積出力密度
今回の検討を基に FC システム、FC スタックそれぞれの体積出力密度を算出した。算出の前提
として出力を以下の表 2.3.2-1 のとおり定義した。
表 2.3.2-1 体積出力密度算出の定義
FC システム出力 FC システムの出力(Net 出力)2 次電池は含まない
FC スタック出力 FC スタック単独の出力(Gross 出力)
(注記)FC システムから補機損を除いた値
FC システム体積出力密度 FC システム出力/FC システム搭載スペースで算出
搭載スペースはモータ、インバータを除く値
FC スタック体積出力密度 FC スタック出力/FC スタック体積
大型トラックの場合の定格出力は熱定格動作点の値を代表とし、建機の場合は連続掘削の平均
値とした。特に記載のないアプリケーションに関しては定格出力が最大出力となっている。
ここでは FC スタックの体積については各アプリの許容 FC システムスペースに係数(トヨタ
FC モジュール横型の FC スタック体積[1]/ FC システム体積[2]の比率と仮定)を掛けて算出し
た。鉄道のみ実際の許容 FC スタック体積を記載している。 35ここで、2030 年頃は 25 トンクラスの大型トラックをメインターゲットとし、44 トンクラス
はその延長線の位置づけのため今回の値は参考値として目標値の対象外とした。
これらの結果、FC システムの体積出力密度は最大出力ベースの場合は 25t クラス大型トラ
ックが 0.60kW/L、定格出力ベースの場合は農業用トラクタ 50kW クラスが 0.41kW/L と最も大
きな値となった。また、FC スタックの体積出力密度は定格出力ベースの場合、農業用トラクタ
50kW クラスが 6.76kW/L と最も大きな値となった。
スタック出力密度達成のためには I-V 特性の向上だけでなくセル厚みの低減、シールやマニホ
ールド面積の低減に向けた開発も必要になる。
また、
本検討の結果から最大電流密度
(最大電流)
は EOL で 3.44A/cm2(939A)となっており、補機部品に関しても本電流密度に対応する設計が
必要となる。ただし、目標となる体積出力密度は搭載設計の前提によって大きく異なること、最
大出力は FC と 2 次電池のバランスや制御方法により左右されること、補機とスタックの体積配
分などこれらの値は仮定を含んでいるため今回は暫定値とし、乗用車の目標値も踏まえて来年度
以降更新を実施する。
表 2.3.2-2 FC システムの体積出力密度
アプリケーション FC システム
体積[L]FC システム
最大出力[kW]FC システム
定格出力[kW]FC システム
体積出力密度(注記)1
最大出力ベース
[kW/L]
FC システム
体積出力密度(注記)1
定格出力ベース
[kW/L]
25 トンクラス大型トラック 502 303 187(注記)2
0.60 0.37(注記)2
(44 トンクラス大型トラック) (502) (461) (309(注記)2
) (0.92) (0.60(注記)2)内航貨物船 18,000 600 600 0.03 0.03
沿岸旅客船 7,000 480 480 0.07 0.07
鉄道 2 両編成 1,300 400 400 0.30 0.30
油圧ショベル 20 トンクラス 1,300 120 101 0.09 0.08
油圧ショベル 13 トンクラス 400 74 63 0.19 0.16
農業用トラクタ 50kW クラス 125 51.5 51.5 0.41 0.41
(注記)1:体積出力密度=FC システム定格出力/FC システム搭載スペースで算出、搭載スペースはモータ・インバー
タを除く値
(注記)2:大型トラックの出力は熱定格動作点 36表 2.3.2-3 FC スタックの体積出力密度と最大電流
アプリケーション 定格出力[kW]FC スタック
体積(注記)1[L]体積出力密度
[kW/L]EOL最大電流密度
[A/cm2]EOL
最大電流[A]25 トンクラス大型トラック 228(注記)3
36.72 6.21(注記)3
3.44 939
(44 トンクラス大型トラック) (383(注記)3
) (36.72) (10.43(注記)3
) (2.36) (644)
内航貨物船 723 1316.91 0.55 3.04 829
沿岸旅客船 578 512.13 1.13 3.30 900
鉄道 2 両編成 475 96.00 4.95 1.88 513
油圧ショベル 20 トンクラス 120 95.11 1.26 1.97 537
油圧ショベル 13 トンクラス 74 29.26 2.53 1.29 353
農業用トラクタ 50kW クラス 61.8 9.15 6.76 3.19 872
(注記)1:高橋剛ほか, "新型 MIRAI の第 2 世代 FC システム概要", TOYOTA Technical Review Vol. 66 Feb. 2021,
p.12-15 (2021)
(注記)2:https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/34799387.html
(注記)3:大型トラックの出力は熱定格点
2.3.3 Pt 量(資源循環と将来目標@2050 年)
モビリティ用途で消費する Pt 量は、図 2.3.3-1 より 2000 年以降ほぼ 100 トン/年となってお
り、将来にわたってモビリティ用途で消費できる Pt 量は 100 トン/年と仮定する。因みに、モビ
リティ用途でリサイクルされる Pt 量は、図 2.3.3-1 より約 40%である。
モビリティ用途内の内訳は、表 2.3.3-1 より小型ガソリン車向け (乗用車・小型商用車・2 輪車な
ど) が約 19%、
小型ディーゼル車向け
(乗用車・ピックアップトラック・小型商用車など)
が約 65%、
大型車向けが約 15%、自動車以外の移動機器向けが約 1%である。今回の議論の対象である大型
車が消費できる Pt 量は、将来に渡って 15 トン/年と仮定する。
大型車のグローバル生産台数は、図 2.3.3-2 より約 400 万台/年であり、この需要が、将来に渡
って継続すると仮定する。将来の CN 社会(2050 年)において、大型車に占める FCEV の販売
比率は、図 2.3.3-3 より約 30%と予測されており、FC 大型車の販売台数は約 120 万台/年 (2050
年) と予測される。
以上から、2050 年に FC 大型車 1 台当たりが消費できる Pt 量は約 12.5g/台(=15 トン÷120
万台)となる。FC 本格普及期までには、FC 大型車 1 台当たり Pt 使用量 12.5g 以下の低 Pt 技術
確立を目指すべきである。また Pt リサイクル率を更に高める取組も大変重要となる。 37図 2.3.3-1 用途別 Pt 消費量とリサイクル量[1]
表 2.3.3-1 モビリティ向け Pt 需要の内訳[2]
車種 プラチナ需要:自動車触媒(単位:1,000 oz)
2010 年 2011 年 2012 年
小型ガソリン車 640 545 620
小型ディーゼル車 2,025 2,105 2,020
大型車 400 490 500
自動車以外の移動機器 10 45 100
図 2.3.3-2 大型車のグローバル生産台数[3](ROW:Rest of World の略) 38図 2.3.3-3 EV-PHEV-FCEV の販売比率予測[4]
(参考文献)
[1] Johnson Matthey ホームページ
[2] Johnson Matthey ホームページより当社作成
[3] World Platinum Investment Council, https://platinuminvestment.com/files/884932/WPIC_Platinum_
Perspectives_August_2021_JA.pdf より当社作成
[4] IEA, "Net Zero by 2050 - A Roadmap for the Global Energy Sector"より当社作成
2.3.4 CN 対応に向けた水素 FC 以外の取り組み状況
CN の実現に向けては様々な技術が提案・発案され開発が進められている。
単独の技術・対応だ
けでのCN実現は難しく、多くの技術をバランスよく開発していくことが重要と言われている。
そのような状況で水素 FC が CN の対応で貢献していくためには、水素 FC が期待される製品・
アプリケーションで同様に活用が期待されている他の技術の開発状況も常に把握して進むべき方
向を配慮する必要がある。ここでは代表的な技術として水素エンジン・e-Fuel・2 次電池(バッテ
リ)について考察を加え水素 FC の目指すべき開発について言及する。
(1)水素エンジン
水素を活用するという事では FC 同様に大変期待できる技術である。また多くの製品・商用ア
プリケーションではエンジンが現在は使われているので適用が容易なことや内燃機関の既存サプ
ライチェーンの活用などの優位性も多くある。
近年、
燃焼効率の改良も著しく高負荷域では FC の
効率と肉薄している。排気対応や生成水のオイル混濁など製品化・普及に向けては解決しなけれ
ばならない課題が FC 同様に多くあることと、本格的な開発が始まってからの時間が短く、将来
の予測をすることは難しいが、公開情報を元に FC システムとの効率を比較した(図 2.3.4-1、図
2.3.4-2)。図 2.3.4-1 は 2021 年の VIENNA Motor Symposium で発表された情報を参考に FC と水素エ
ンジンを比較したものである。低負荷側では FC システムが有利で、高負荷では水素エンジン有
利となっている、80kW 程度で両者の効率が拮抗している。
図 2.3.4-2 は、
2.2.2 項で導出した 2030 年頃の FC の I-V 特性目標を元に FC システムの効率を 39算出し、一方、水素エンジンの効率は Homogeneous Combustion/Saprk ignited→Diffusion
Combusution/Diesel ignited で効率が 42→47%へ向上するとの予測を元に算出した効率で比較
を行った。こちらでも高負荷域では拮抗した結果となっている。
図 2.3.4-1 2020 年時点での FC と水素エンジンの効率比較
図 2.3.4-2 2030 年頃の FC と水素エンジンの効率比較0.150.200.250.300.350.400.450.500.550.60
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100システム効率
FCシステム出力
FCシステム[kW]0.150.200.250.300.350.400.450.500.550.600 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100システム効率
システム出力[kW]30 年頃 EOL
30 年頃 BOL
水素エンジン
MAX 42%
水素エンジン
MAX 47%
FC システム(モータ、インバータ効率考慮)
水素エンジン 40また、効率以外にも表 2.3.4-1 に示すような指標があり、くろまるがある項目では FC システムの改良
が必要な項目であり開発が必要である。
表 2.3.4-1 水素エンジンを参考にした FC で更なる開発を推進したい項目
ZEV 冷却性 くろまる メンテナンス
効率 くろまる 耐久性(性能低下) くろまる ドライバビリティ
燃費(含むトンキロ燃費) くろまる 燃料性状耐性 くろまる 回生力 くろまる
コスト・TCO くろまる 搭載(システム体積) くろまる 騒音
(2)E-Fuel
水素エンジン同様に既存のシステムへの適用の容易さや燃料の搭載課題で e-Fuel に対する期
待は大変大きい。ただし CN ではあるがゼロエミッションではないことや、燃料価格の課題で使
用を限定する動きもある。 効率の比較では水素エンジン同様に FC の効率も向上させる必要があ
ると言える。
(3)2 次電池(バッテリ)
FC と 2 次電池
(バッテリ)
はエネルギー密度とコストとエネルギー補給の3点で比較されるこ
とが多い。バッテリパックの体積エネルギー密度の向上が進んでいる。製品に近いレベルで 200
〜300Wh/L というような意欲的な数値が公表されている(Tesla、CATL、ONE)
。70MPa の高
圧水素のタンク込みの体積エネルギー密度は 800Wh/L 程度である。FC システムの効率や FC シ
ステムの体積を含めた体積を考慮するとかなり拮抗した状況になっている。FC システムの効率
向上や軽量コンパクト化は重要な開発要素である。 412.4 材料目標
2.4.1 材料目標の考え方
MBD シミュレーションにより、システム性能を成立させるのに必要な BOL および EOL の電
流・電圧曲線(以下、電流・電圧曲線を I-V と呼ぶ)が提示された。この目標 I-V を成立させる
のに必要な各要素の物性目標を提示する。物性目標の提示は 2 段階で行う。はじめに物性から定
常状態の I-V を予測するシミュレータを用い、BOL の目標 I-V を満たす材料物性値を試算する。
次にこの試算結果を参考に、実際の測定技術を加味して目標物性を設定する。
目標 I-V を満たす材料物性値を検討するための前提として Pt 目付量を決定する必要がある。米国では HDV 向け FC スタックの 2030 年における Pt 目付量を 0.3[mg cm-2]
(空気極 0.25[mg cm-
2]、水素極 0.05[mg cm-2] )[1,2]、LDV(乗用車)向けでは 0.125[mg cm-2] (空気極 0.1[mg cm-
2]、水素極 0.025[mg cm-2])[2]。一方、HDV 向けの FC スタックは LDV と比べて、高温領域で
の要求 I-V 特性を達成するための活性と長時間の耐久性の両立が求められることを鑑み、ここで
は Pt 目付量の目標値として 0.24[mg cm-2](空気極 0.2[mg cm-2]、水素極 0.04[mg cm-2])を提案
する。
この目標値では、25 トンクラスの大型トラック(FC 定格出力 228kW)で約 43g/台となり、
2.3.3 項で示した 2050 年目標の 12.5g/台に比べて約 30g 程度多いが、2.3.1 項で説明したように
HDV では TCO のうち初期導入コストの割合が小さいこと(30g 程度では約 10 万円の材料コス
トアップ)
、主要国の目標に対して高い競争力を有することを踏まえると、上記の目標設定は将来
的な究極目標を達成するための中間目標として妥当であると考えた。
(参考文献)
[1] "M2FCT: Million Mile Fuel Cell Truck Consortium", DOE Annual Merit Review and Peer Evaluation
Meeting 2021, Project ID# FC339
[2] "Fuel Cell System Analysis", DOE Annual Merit Review and Peer Evaluation Meeting 2021, Project ID#
FC163
2.4.2 要求 I-V 特性を満たすための材料初期物性の検討
本項では、シミュレーションによる検討内容を説明する。シミュレーションには、図 2.4.2-1 に
示すモデル[1]を用いる。セルの流路の長さは膜電極ガス拡散層接合体(以下、MEGA)の厚さよ
りも極めて長く、流路方向の物質の濃度分布は電解質膜に垂直方向のそれよりも無視できるほど
小さい。この MEGA の性質に基づき、本モデルでは、熱および物質の輸送現象を流路方向と垂直
方向とに分離して取り扱う、いわゆる 1+1D モデルを適用する。この近似では、流路方向のガス
組成、流量、温度変化は、各所における流路と MEGA との間のエネルギーおよび物質の保存を考
慮することにより計算される。垂直方向の熱および物質輸送は、各所の熱および物質輸送あるい
は反応の垂直方向に対する支配方程式を解くことにより得られる。
流路方向のエネルギー・物質保存式は文献[1-4]の通りであるので説明を割愛する。垂直方向の
物質輸送および反応に関わる方程式にも既往の文献[1-4]のものを適用しているが、いくつか本検
討固有のモデルを使用しているので簡単に説明する。ガス拡散層(GDL)および触媒層中の圧力 42差による移流ならびに濃度勾配によるガス拡散に対して Darcy 則・Stefan-Maxwell の式・質量
保存則を、電解質やアイオノマ中のプロトン伝導に関しては電位勾配による伝導を表現する式、
電解質中の水輸送に関しては拡散および電気浸透流を表現する式を使用する。そして触媒層中の
電極触媒反応に対しては Butler-Volmer 式を適用する。
図 2.4.2-1 には、
これらの主要な方程式の
概要も示している。計算結果を左右するのは、これらの式に現れる物性モデルならびにパラメー
タである。I-V 特性に特に強く影響する物性として、(1) 電解質のプロトン伝導率、(2) 空気極流
路/GDL ガス輸送特性、(3) 空気極触媒層ガス輸送特性、(4) 空気極触媒活性、がある。加えてシ
ミュレーションには、
(5) 運転条件の前提が必要である。
これらのモデルならびに運転条件の前提
に関して以下に説明する。そして本項の最後に、(6) I-V 目標を満たすよう設定した物性を示す。
図 2.4.2-1 FC 発電モデルの概要
(1)電解質のプロトン伝導率
電解質膜、アノード・カソードアイオノマのプロトン伝導率には、様々なフッ素系膜の性質を
スルホン酸基 1 モル当たりの電解質重量(EW: Equivalent Weight)の関数として統一的に表現
する下記のモデル[4,5]を適用した。
�� = 0.5(�� − 0.06)1.5
exp [
15000
��(1
��ref−1
��
)] (2.4.1)
�� =
����̅0��
̅m+����̅0(2.4.2)
��
̅m =EW��m
(2.4.3)
�� =
��1��2��w
1−��2��w+��1��2(��3−1)��w
1+��2(��3−1)��w
, ��1 = 2.671, ��2 = 0.7677,��3 = 7.269 (2.4.4) 43��はプロトン伝導率、 ��
̅0は水のモル体積、��
̅mは乾燥電解質のモル体積、��mは乾燥電解質の密度、
��は電解質中のスルホン酸 1 モル当たりの含水モル量、
��wは水の相対湿度である。
(2.4.3)式に EW
を入力すると伝導率が決まる形式となっている.本検討では、電解質膜の EW は補強層を含むも
のとする。またラジカルクエンチ剤によるプロトン伝導率の低下を加味しない。そして触媒層中
の有効プロトン伝導率は、触媒層中のアイオノマ体積分率・屈曲率による低下を加味して電解質
の伝導率の 1/3 とした。
(2)空気極流路/GDL のガス輸送特性
リブにより流路形状が規定されたセパレータを使用する MEGA では、流路中のガスと接しな
いリブ下の GDL にはガスが供給されにくい等、 MEGA 面内に流路形状に由来した不均一性が
現れる。本モデルではこうした流路の幾何形状の影響を無視し、
3D ファインメッシュのような多
孔体流路のように、
一様に流路から GDL へとガスが行き渡るものと仮定し、
現象を単純化する。
そして GDL 中の物質輸送に関しては、上述の通り下記の Darcy 則、Stefan-Maxwell の式、質量
保存の式を組み合わせて定常解を得る。Stefan-Maxwell の拡散方程式で用いる物質 i と j との間
の相互拡散係数������effは、GDL の空隙率��GDL、屈曲率��GDL、物質の相互拡散係数������を用いて、下記
のように表現する。
������eff=
��GDL
��GDL
������ (2.4.5)
細孔径の大きい GDL では分子拡散が支配的であるとし、相互拡散係数������を下記の式により表現
する。
������ =
0.001��1.75
��(����1/3+����1/3)
2 √1����+1
����
(2.4.6)
ここで��は温度、p は全圧、����は拡散体積、����は分子量である。各々の値に関しては文献[1-3]を参
照されたい。
なお本検討で想定した流路/GDL のモデルは上述の通りであるが、目標 I-V を達成する流路
/GDL はこれに限るものではない。
(5)の運転条件の項で述べる通り、
様々な流路/GDL の性能を一
般化して測る物性指標として、本検討では分子拡散抵抗��molを重視し、これよりも小さいか否か
がガス拡散性の目標満たす流路/GDL であるか否かを左右すると考える。��molの定義に関しては
文献[6]を参照されたい。
(3)空気極触媒層ガス輸送特性
現状の MEGA でよく使用される Pt 担持カーボンとのフッ素系のアイオノマとから成る多孔質
体を前提としてシミュレーションを実施する。触媒層中での移流に対しても,GDL と同様に
Darcy 則を適用する。
触媒層中の拡散に関しては,
細孔径の小さい触媒層では Knudsen 拡散が支
配的であると考え,以下の Knudsen 拡散モデルを適用する。
���� = −����eff∇���� (2.4.7)
GDL と同様に,有効拡散係数����effを,触媒層の空隙率��CLと屈曲率��CLとを用い,下記のように表
現する。 44����eff=
��CL
��CL
���� (2.4.8)
拡散係数����は下記により計算する。
���� =
2����3(
8����
������)1/2
(2.4.9)
����は細孔半径であり本検討では 40 nm とする。��は気体定数である。
空気極触媒層中のガス拡散でもう一つ重要な点は,アイオノマと触媒との界面に酸素透過抵抗
の存在である[7,8]。本検討では、界面抵抗��intが触媒のラフネスファクタ RF に反比例するとする
経験式[8,9]
��int =560RF
(s m−1) (2.4.10)
を用い下記のように、界面抵抗による酸素濃度の低下Δ��O2,intを表現する。
��
4��=1
��int
��O2,int
����
(2.4.11)
F はファラデー定数である。
GDL と同様に、
目標 I-V を満たす触媒層構造は、
本検討で前提とした構造に限るものではない。
本検討では、多様な触媒層構造のガス拡散性を一般化して測る指標として、分子拡散抵抗以外の
ガス拡散抵抗 ��otherを重視し、これよりも小さいか否かがガス拡散性の目標満たす触媒層である
か否かを左右すると考える。��otherの定義に関しても文献[6]を参照されたい。
(4)空気極触媒活性
空気極触媒活性を規定する酸素還元反応モデルには、以下の酸化被膜による被毒効果を考慮し
た簡易モデル[1]を使用する。
�� = (1 − ��ox) (
��O2
��ref
) exp[
����ORR��(1
��ref−1
��
)] ��0exp[
��c��
����
��ORR] (2.4.12)
��ox =1exp[
2��ox��
����
��ox]+1
(2.4.13)
��O2
は酸素分圧、��refは基準圧力、����ORRは酸素還元反応の活性化エネルギー(ガス中の酸素を基準
とする)
、��0は交換電流密度、��cは移動係数、��ORRは過電圧、��oxは酸化被膜形成の移動係数、��ox
は酸化被膜形成の過電圧である。本検討では、����ORRに、文献[10]の電解質の酸素を基準とした有
効活性化エネルギー38 kJ/mol を、
電解質中の溶存酸素濃度の実測値[11]で補正した活性化エネル
ギー17 kJ/mol を用いる。また酸化物形成の��oxを酸化物形成の平衡電位 0.75 V (RHE)として定義
する。
(5)運転条件
図 2.4.2-2 に運転条件の前提を示す。空気極出口から排気されるガス中の水蒸気量の 16 %を、
空気極入口ガスへと交換する加湿システムを想定し、運転条件は、空気極入口全圧 280kPa(酸素
濃度 20.8%)
、空気極入口湿度 20%RH、空気極出口圧力 250kPa(2.0 A cm−2 時)
、燃料極入口全
圧 280 kPa、燃料極入口無加湿、燃料極出口全圧 250 kPa、冷媒入口温度 90°C、冷媒出口温度
105°Cとし、エジェクタによる水素循環を考慮する。水素循環は、燃料タンクからの水素ガスに対 45する燃料極出口からのガスの質量流量比が 5 となるように設定する。セル構成は、面積 273cm2、
燃料極・空気極対向流とする。
ただし出口の全圧は成り行きで決まるため、
想定した圧力 250 kPa
から±10 kPa 程度のずれがある。空気極および燃料極のストイキはそれぞれ 1.3 および 1.25 と設
定する。
上記の計算に加え、
前述した GDL の分子拡散抵抗 Rmol と触媒層内の酸素輸送抵抗 Rother
とを抽出するためのシミュレーションも行う。本計算では、実験での抽出法[6, 8]を参考に、電極
面積を 1 cm2、セル温度 80°C、相対湿度 90%RH、燃料極流量 1 L/min、空気極流量 2 L/min(酸
素濃度 5 %)とし、空気極の全圧を 100〜250 kPa と変化させた際の限界電流密度から、酸素輸
送抵抗を抽出する。
連続定格点(105°C運転条件)/ 水素循環あり
電極面積 273 cm2
Air 入圧 / 出圧 280 / 250 KPa
動作点電流 2.0A cm-2 加湿モジュール出圧 240 KPa
H2 ストイキ比 1.25 水蒸気交換量 16 %
Air ストイキ比 1.30 セル入口冷却水温度 90 °C
H2 入圧 / 出圧 280 / 250 KPa セル出口冷却水温度 105 °C
図 2.4.2-2 想定するシステム構成および運転条件
(6)目標 I-V 満たすよう設定した物性ならびに I-V 曲線
MBD シミュレーションにより提示された BOL の目標 I-V を満足する物性パラメータを検討し
た。検討は、低電流密度域(0.2 A cm−2 付近)での電圧を満たすよう交換電流密度��0を調整、中電
流域(2 A cm−2 付近)での電圧を満たすよう電解質の EW を調整、高電流域(3 A cm−2 以上)の
電圧を満たすよう GDL・触媒層のガス拡散抵抗を調整する流れとした。表 2.4.2-1 に物性パラメ
ータを示す。また図 2.4.2-3 にシミュレーションにより得た発電特性を示す。 46表 2.4.2-1 シミュレーションで設定した物性値
要素 物性
物性値
(目標値)
備考
電解質膜H+伝導率@120°C,
30%RH
0.032 S cm−1
厚さ 8 m の EW600(補強層込み)のフッ素系膜
を想定し、普遍モデル[4, 5]を用いて算出。計算
においてラジカルクエンチ剤による伝導率の低下
は加味していない。なおモデル(2.4.1)〜(2.4.4)
式は実測されるプロトン伝導率よりも低い値を与
える。実質的にはより高い EW により、本伝導率
は達成されると推測される。H+伝導率@100°C,
40%RH
0.041 S cm−1H+伝導率@ 80°C,
80%RH
0.117 S cm−1
空気極
触媒層
Pt 目付量 0.2 mg cm−2
ECSA 60 m2
g−1
質量活性@100°C,
100%RH,
O2 分圧 100 kPaabs,
0.9 V
1810 A g−1
電解液中の溶存酸素濃度変化を補正した速度定
数の活性化エネルギーの実測値(38 kJ mol-1)[10]と電解質への酸素溶解度[11]を用い,気相中
の酸素を基準として算出した活性化エネルギー
17 kJ mol-1
を使用。
質量活性@80°C,
100%RH,
O2 分圧 100 kPaabs,
0.9 V
1740 A g−1
アイオノマ H+
伝導率
@120°C,30%RH
0.032 S cm−1
(0.129  cm2)EW600 のフッ素系アイオノマを想定し、普遍モデ
ル[4, 5]を用いて算出。括弧内の値は、触媒層中
のアイオノマの有効プロトン伝導率Ieff(先の値の
1/7 と設定)と触媒層厚さCL とから,CL/Ieffとし
て算出。なおモデル(2.4.1)〜(2.4.4)式は実測さ
れるプロトン伝導率よりも低い値を与える。実質
的にはより高い EW により、本伝導率は達成され
ると推測される。
アイオノマ H+
伝導率
@100°C,40%RH
0.041 S cm−1
(0.101  cm2)アイオノマ H+
伝導率@
80°C,80%RH
0.117 S cm−1
(0.035  cm2)電子伝導率 2.0 S cm−1
触媒層内 O2 拡散抵抗 10 s m−1
Pt 目付量および ECSA から算出される RF より,
DE2020 を想定した文献[9]の式を HOPI の界面
抵抗[8]となるよう補正した式
��intt=560/RF (s m−1)にて界面抵抗を定義。左記拡散抵抗値は図
2.3.3 (C)の切片より導出。
I/C 1.0
触媒層厚さが 6 m となるよう空隙率を調整。
触媒層厚さ 6 m
Pt 担持率 60 wt%
燃料極
触媒層
Pt 目付量 0.04 mg cm−2
アイオノマ H+
伝導率
@120°C,30%RH
0.032 S cm−1
EW600 のフッ素系アイオノマを想定し、普遍モデ
ル[4, 5]を用いて算出。なおモデル(2.3.1)〜
(2.3.4)式は実測されるプロトン伝導率よりも低い
値を与える。実質的にはより高い EW により、本
伝導率は達成されると推測される。
アイオノマ H+
伝導率
@100°C,40%RH
0.041 S cm−1
アイオノマ H+
伝導率@
80°C,80%RH
0.117 S cm−1
電子伝導率 2.0 S cm−1
I/C 1.2
触媒層厚さ 2 m
Pt 担持率 20%
空気極
流路/GDL
GDL 厚さ 50 m 例えば 3D ファインメッシュ等を想定し、GDL に一
様にガスが行き届くと想定。��GDL=0.75,��GDL=7
と設定。分子拡散抵抗は,図 2.3.3 (C)の勾配よ
り導出。
分子拡散抵抗 18 s m−1
電子伝導率 4.9 S cm−1
燃料極
流路/GDL
GDL 厚さ 150 m 例えば 3D ファインメッシュ等を想定し、GDL に一
様にガスが行き届くと想定。
電子伝導率 2.7 S cm−1
セパレータ関係
接触抵抗 6.5 m cm2
セパレータ/セパレータ、セパレータ/GDL、全接触
抵抗の合計値。 47図 2.4.2-3 電流電圧曲線 (A)発電性能(MBD: MBD による目標 I-V,2D-Sim.:本検討結果)、(B)およ
び(C) ガス拡散抵抗抽出シミュレーションの結果、基準圧力 p0 = 100 kPaabs (C)の傾きおよび切片から
��molおよび��otherを算出
(参考文献)
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0 1 2 3
電圧(V)電流密度 (A cm-2)
MBD 2D-Sim0.00.20.40.60.81.01.20 1 2 3
電圧(V)電流密度(A cm−2)
250kPa 200kPa
150kPa 100kPa0204060800 1 2 3Rtotal(sm−1)p/p0(A)(B)(C) 48
2.4.3 主要材料の物性目標
2.4.2 項で述べた初期の目標 I-V 特性を満たすための物性パラメータを根拠に、
主要材料の物性
目標の項目と目標値を表 2.4.3-1 のように定めた。また、参考のため、その各項目の現行材料から
なる MEA での物性、特性値の実測値も併せ示した。
表 2.4.3-1 主要材料の物性目標 ★は、今後測定
要素 項目
2030 年頃の目標値 実測値
物性値
仕様・
特性値Gen2MIRAI
(注記)8
一般材料
空気極触媒
(層)
PGM 目付量(mg/cm2
) 0.20 0.17 0.20 田中貴金属Pt/CTEC10V30E
(注記)9
ECSA (m2
/g) 60 48 61
質量活性
(A/g) @0.9V
at100°C、100%RH 1810 ★ ★
at80°C、100%RH 1740 500 95
触媒層厚さ(μm) 6.0 9.1 7.4
触媒層ガス拡
散抵抗 (s/m)
at 80°C, 80%RH 10 9.1 18.1電解質膜
膜厚 (μm) 8.0 8.5 25 Chemours
NafionTM
NR211
(注記)9H+伝導率
(S/cm)
(注記)1
at 120°C, 30%RH 0.032 0.018 0.016
at 100°C, 40%RH 0.041 0.027 0.024
at 80°C, 80%RH 0.12 0.106 0.086
at -30°C, 0%RH(注記)2 今後設定 ★ ★
水素透過性 (注記)3 今後設定 ★ ★
酸素透過性 (注記)4 今後設定 ★ ★
機械強度
(注記)5
(暫定)
引張最大強度(MPa)
at 23°C, 50%RH
今後設定 50 30
(暫定)
引張破断伸び(%)
at 23°C, 50%RH
今後設定 ★ 250アイオノマH+
伝導率
(S/cm)
at 120°C, 30%RH 0.032 ― ★ Chemours
NafionTM
D2020
触媒層抵抗
(注記)9
at 100°C, 40%RH 0.041 ― ★
at 80°C, 80%RH 0.12 ― ★
空気極触媒層
抵抗(Ωcm2)at 120°C, 30%RH 0.13 0.77 0.37
at 100°C, 40%RH 0.10 0.41 0.24
at 80°C, 80%RH 0.035 0.10 0.060
GDL・流路・
セパレータ
GDL 面積抵抗 (Ωcm2
) 0.0010 ★ <0.01 SGL
CARBON
SIGRACET®22BB(注記)10
分子拡散抵
(注記)9
流路・GDL(分
子拡散抵抗)
(s/m) (注記)6
at 80°C, 80%RH 18 58.3
(並行
流路)60.8(並行
流路)
GDL/セパ、セパ/セパ等:接触抵抗合
計 (Ωcm2)0.0065 ★ ―
GDL 機械強
度物性 (注記)7
(暫定)圧縮弾性率 今後設定 ★
(暫定)曲げ剛性
(N/mm)
今後設定 ★ 0.9~1.5(注記)1:電解質膜の H+
伝導率は、補強材込みの伝導率。クエンチャ添加など、耐久性を担保した状態での伝導率。
(注記)2:低温起動性に影響する因子。スタックとしての要求仕様を集約したうえで設定。
(注記)3、(注記)4:耐久性、燃費に影響する因子。今後、設定。
(注記)5:セルの構造・仕様により必要な物性値が異なると考えられることから、
当面、
指標となる物性項目は仮置き。
目標値とともに今後の議論とする。ここでは、現行材料の物性を参考値として示す。 49(注記)6:GDL と流路の構造との組み合わせで決まる特性値。
(注記)7:セルの構造・仕様により必要な物性値が異なると考えられることから、
当面、
指標となる物性項目は仮置き。
目標値とともに今後の議論とする。ここでは、現行材料の物性を参考値として示す。
(注記)8:第二世代 MIRAI の MEA を用いた実測値、解析結果。
(FC-Cubic 測定)
(注記)9:触媒:田中貴金属 TEC10V30E、
カソード触媒担持量:0.2mg-Pt/cm2、
アノード触媒担持量:0.1mg-Pt/cm2、
アイオノマ:Chemours NafionTM D2020、I/C:1.0、電解質膜:Chemours NafionTM NR211、GDL:SGL-
CARBON SIGRACET® 22BB からなる MEA で測定した値。
(FC-Cubic 測定)
(注記)10:メーカー公表値 https://www.sglcarbon.com/en/markets-solutions/material/sigracet-fuel-cell-components/
これら材料目標一覧に示されている特性の測定手法は、
「NEDO PEFC セル評価解析プロトコ
ル」にまとめられている。下記に現在、乗用車向けに決まっている評価手法について示す。
実際の測定手法に関しては、NEDO、FCCJ(燃料電池実用化推進協議会)
、技術研究組合 FC-
Cubic のホームページに掲載される
「NEDO PEFC セル評価解析プロトコル」
に記載されている。
表 2.4.3-2 材料特性の測定手法
部位・抵抗要素 項目 評価手法
空気極触媒 ECSA C-2(III-3-4)CV 評価方法(ECA 測定方法)
質量活性(ORR 活性)(注記)1 C-4(III-3-2)ORR 活性評価方法
ガス拡散抵抗(s/m) C-6 酸素拡散抵抗(電極触媒層)
電解質 膜 H+
伝導率:膜単体(注記)2 M-1(III-1-1)プロトン伝導度測定方法H+伝導率:MEA(注記)2 M-5 プロトン輸送抵抗(電解質膜)
水素透過性 M-6 ガス透過性測定方法(水素/酸素)
酸素透過性 M-6 ガス透過性測定方法(水素/酸素)
引張強度(注記)3
アイオノマ H+
伝導率(注記)2 M-5 プロトン輸送抵抗
空気極触媒層抵抗(注記)2 C-7 プロトン輸送抵抗(触媒層)
GDL ガス拡散抵抗(s/m) G-1 酸素拡散抵抗(拡散層)
面積抵抗(Ωcm2
)(注記)3
圧縮弾性率(注記)3
曲げ剛性(N/mm) (注記)3
(注記)1:現在、測定手法として記載されているのは 80°Cの条件。100°Cの測定手法は現在、検討中で今後、追加さ
れる予定。
(注記)2:現在、測定手法として記載されているのは 80°Cまでを想定した手法。80°Cより高い温度での測定手法につ
いては今後、追加される予定。
(注記)3:現在、測定手法について検討中。今後、追加予定。 502.4.4 現状の課題と目標達成に向けた開発の方向性
図 2.4.2-3 では、FC 単セルを構成する各材料の物性(表 2.4.2-1)を積み上げ、図 2.4.2-2 で想
定するセル・システム構成および運転条件での電流電圧曲線をシミュレーション
(2D-Sim.)によ
り予測した。同条件(連続定格点)のシミュレーションにおいて、セル面内環境分布を各パラメ
ータ(電流密度��、相対湿度 RH、酸素分圧��O2
、電解質膜面温度��mem)に分離し、図 2.4.4-1 にそ
れぞれ示した。図中の横軸は、空気入口から出口までの相対距離を示している。特に電解質膜面
温度��memのセル面内における最高温度は、
セル出口冷却水温度の+5〜10°Cとなることが試算によ
って示された。2030 年に向けた材料の作動上限範囲を 120°C(セル出口冷却水温度 105°C)とし
て、-30°Cから 120°Cに至る広範囲な温度条件で作動できることを材料要件として定めた。
図 2.4.4-1 連続定格点運転(図 2.3.2-3 の 2D-Sim.電流電圧曲線)における FC セル面内の (A)電
流密度分布、(B)相対湿度分布、(C)酸素分圧分布、(D)温度分布、図中しろさんかくは冷却水温度、しろまるは電解
質膜面温度0123
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0i(Acm−2)
Relative position from cathode inlet
2.0 A cm−2 (A)
空気入口 空気出口
水素入口
水素出口020406080100
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0RHin
membrane(%)Relative position from cathode inlet
2.0 A cm−2(B)02040600.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0pO2
(kPa)
Relative position from cathode inlet
2.0 A cm−2(C)8090100110120
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0T(°C)
Relative position from cathode inlet
2.0 A cm−2 (D)
冷却水温度
電解質膜面温度 51(1)-1 電解質膜
電解質膜は、FC スタックの重要な構成要素であり、20%(ただし、氷点下環境は 0%)から
100%の相対湿度 (RH)範囲、および−30°Cから 120°C の温度範囲で要求されるプロトン伝導性
を実現し、かつ広範囲の作動条件に耐えうる耐久性が求められる。また、電解質膜のコストを考
えると、膜の化学的耐久性、機械的耐久性に加え、膜の薄膜化も重要である。さらに、薄膜化は
膜抵抗を決める重要な要因でもある。こうした課題を踏まえ、2030 年頃の目標に対応する電解
質膜として以下の開発が求められる。
1. 電解質膜には、80°C、80%RH の高加湿状態から、電解質膜面最高温度 120°C、30%RH の
低加湿状態においても要求されるプロトン伝導性を実現できる性能が求められる。
2. 電解質膜材料はフッ素系高分子、炭化水素系高分子などが考えられ、その膜には 10m 以下
の薄膜化が求められる。膜強度を高めて薄膜化を実現するには、補強層を組み込んだ電解質
膜を開発する必要がある。
3. 電解質膜には化学的耐久性(主にラジカルによる膜の破損)が求められる。化学的耐久性の
向上には、ガスバリア性の高い膜の開発が必要である。さらに、ラジカルクエンチ剤を電解
質膜に導入することは必須であり、ラジカルクエンチ剤導入後もプロトン伝導性が影響を受
けない電解質膜を開発する必要がある。
4. 電解質膜には機械的耐久性が求められる。膜には作動条件により変化する温度、湿度に対応
できる弾性、剛性が求められる。
さらに、2.2.2 項(6)の今後の課題で述べたように、2030 年以降については最高温度 120°Cをさ
らに超えた作動条件に対応することが必要である。
1. 電解質膜には、80°C、80%RH の高加湿状態から、電解質膜面最高温度>120°C、かつ極低加
湿においても要求されるプロトン伝導性を実現できる性能が求められる。
2. 電解質膜は 10m 以下の薄膜化が求められるため、補強層を組み込んだ電解質膜を開発する
必要がある。
3. 電解質膜には化学的耐久性と機械的耐久性が求められる。
(1)-2 アイオノマ(電極用)
電極となる触媒層内には、触媒とカーボン担体以外に触媒等とのバインダとして、また電解質
膜との接着性機能も担うアイオノマが必要である。
1. アイオノマは、電解質膜との接着性を考慮して、フッ素系高分子、炭化水素系高分子などが
用いられている。
2. アイオノマには、従来の作動条件を満たしつつ、−30°Cから 120°C の広範囲な作動条件にお
いて、要求性能を満たすプロトン伝導性と酸素透過性、および Pt 系触媒への特異吸着の緩
和が求められる。
3. アイオノマのプロトン伝導性、酸素透過性の向上は、アイオノマの使用量の最適化にもつな
がり、触媒表面の酸素輸送抵抗のみならず、触媒層の二次細孔内の酸素輸送抵抗(目標 10 s
m-1 以下)、プロトン伝導抵抗の低減にもつながる。
4. 触媒層全体への酸素拡散性向上のために、アイオノマの被覆形態の制御も求められている。 525. Pt 系触媒へのアイオノマの特異吸着は触媒活性に影響し、その程度は生成水・湿度により
変化する。この影響の緩和にはアイオノマの直鎖及び側鎖の分子構造の工夫と共に、添加物
の利用も重要である。今後導入が予想されるホスフォン酸基でも特異吸着の影響が予想され
ており、FC の作動環境下での安定性も加味しつつ、その緩和を検討する必要がある。
(2)-1 空気極触媒
−30°Cから 120°C の広範囲な作動条件に適応し、性能と耐久を両立させる触媒開発が重要であ
る。中期的には HDV の要求性能に即した触媒活性と耐久性の更なる向上・新たな機能付与が必
要と見込んでいる。従来の Pt 系ナノ粒子の原子配列制御(合金・スキン・コアシェル等)や形状
制御(ナノワイヤ・ナノロッド・シート・連結等)は酸素還元に影響する反応分子種の表面吸着
状態や電子状態を制御して律速反応を促進させている。これまでの多くの研究成果の積み上げに
より触媒活性の向上に大きく貢献しており、今後は耐久性・触媒層設計・コストの観点など製品
化を見据えた段階へフェーズシフトも視野に入れ、一部の先行研究を参考に作動条件下での安定
性も加味しながら研究の加速が期待される。触媒活性の向上には組成、形態、修飾、相互作用の
観点からの新たなアプローチも必要である。Pt 系ナノ粒子とカーボン等担体にて構成される触媒
微粒子に第三の添加物を加えることは、表面吸着、電子状態、移動凝集等に作用して、性能・耐
久の向上が見込まれる。
多くの試みは高い電気化学的活性表面積の維持や、
FC 環境下にて耐久性
などの検証が必要であるものの、単に性能比較に留まらず性能向上の主要因と劣化抑制のメカニ
ズム解明も並行して進め、新たなアイテムとして発展させるべきである。非貴金属触媒は Pt 使用
量削減の観点も踏まえ、長いスパンで取り組む必要がある。Pt 系触媒が発展した理由はいくつか
あるが、Pt の高活性、カーボンの高電気伝導性と高比表面積の有する微細構造の制御等が上げら
れる。つまり、必要な機能を各材料要素へ分離して個々に性能向上を図り、それらの接合界面と
分散性を制御しつつ融合を図る思想も非貴金属触媒の開発には必要と思われる。近年では高活性
を示す非貴金属材料等の報告もあり、それらに親和性のある担体と電気伝導性と化学的安定性に
配慮しながら組み合わせなるなど、これまでの知見も積極的に活用した挑戦的な試みも期待され
る。担体に関してはカーボンを中心に研究が進み、表面微細構造から凝集形態、表面結晶性から
吸着特性まで詳細に検討され、移動体用途に必要な触媒活性と物質輸送特性をもつ触媒層の開発
まで進んでいる。速度論的要素や局所的な電位変動、転極等によりカーボンの劣化速度は大きく
異なるが、
劣化を抑制する新しい機能の付与もしくは運転条件の明確化により、
HDV 等にアプロ
ーチする必要がある。近年注目されている Pt ナノワイヤ・ナノロッドの活性向上要因が解明さ
れ、それらに適するカーボン微細構造を設計することも今後重要と思われる。非カーボン担体に
関してはその化学的安定性、FC の作動環境下で安定な化学的組成・微細構造・合成条件などの議
論が進みつつあり、種々の酸化物などの複合的な機能材料としての議論を踏まえて発展が求めら
れる。電子伝導性、物質輸送特性、表面微細構造等、カーボンで具現化した重要な特性を非カー
ボン担体でもカバーすると共に、カーボン担体では求め難い機能(電子的相互作用・界面相互作
用等)を積極的に利用した新たな触媒設計へ発展させる必要もある。 53(2)-2 水素極触媒
水素極触媒には、−30°Cから 120°C の広い温度範囲で、高い水素酸化反応(HOR)活性と耐久
性の両立が求められる。また、停止時には電解質膜を透過した O2 によって空気電位付近になるた
め、耐酸化性も必要である。それらに加え、電解質膜の耐久性向上に資する新たな機能も重要視
されている。電解質膜を化学劣化する OH や OOH などのラジカルは主に水素極で発生する。ま
ず、電解質膜を透過した O2 が白金系水素極触媒上の吸着水素 Had と反応して H2O2 が生成し、こ
れが金属イオン等と反応してラジカルが発生する。電解質膜の劣化抑制のためにラジカルクエン
チ剤が膜に添加されているが、膜やアイオノマのプロトン伝導率の低下や空気極の性能低下が起
こる。それゆえ、H2O2 生成を抑制する水素極触媒や触媒層の開発が、電解質膜の耐久性と性能向
上に重要である。これまでに Pt 合金触媒により H2O2 生成が抑制されることが報告されている。
天然ガス等を改質・精製した水素燃料には、極微量の CO(規制値< 0.2 ppm)
、アンモニア(<
0.1 ppm)や H2S(< 4 ppb)などの不純物が含まれている。水素極では、水素のみが消費される
ため触媒層出口、特に燃料循環により不純物濃度が上昇する。触媒被毒を避けるために燃料パー
ジを頻繁に行うと、燃料利用率が低下する。それゆえ、不純物耐性が高い触媒の開発が重要であ
る。被毒作用が大きいのは吸着力が強い CO と H2S である。吸着 CO の一部は電解質膜を透過す
る O2 によって酸化除去されることも見出されているが、やはり高い被毒耐性、HOR 活性と耐酸
化性を有する触媒開発が望ましい。
なお、
CO を水素電位付近の低い電位で酸化除去する能力は必
ずしも必要ではなく、CO 吸着を弱められれば HOR 活性は維持できる。他方、白金系触媒に H2S
は S として吸着し、空気を導入しても酸化除去できない。HDV の水素使用総量は乗用車の約 40
倍と見積もられるので、S の蓄積を防ぐ対策として H2S の吸着抑制や新しい除去法の開発が必要
である。
触媒のロバスト性の観点から、燃料欠乏時の転極耐性も注目されている。セルを直列接続した
スタックの一部で流路凍結などにより燃料欠乏が起こると、水素極では本来の HOR が進行する
代わりに炭素担体の酸化が起こる(空気極よりも電位が高くなる:転極)
。足場を失った Pt ナノ
粒子は凝集・脱落する。ごく短時間の転極でも従来の Pt/C 触媒は致命的なダメージを受ける。そ
のため、燃料利用率を低くして転極を回避し、万一に備えて制御機器が組み込まれている。触媒
に転極耐性があれば、効率の向上とシステムの簡略化による低コスト化が可能になる。
炭素担体の酸化を抑制するために、IrOx 等の酸素発生反応(OER)触媒添加の有効性が報告さ
れている。しかし、水素製造用高分子形水電解の実用化に伴って、埋蔵量が希少な Ir 価格が急騰
しており、Ir 使用量の極小化、Ir 代替 OER 触媒の開発、炭素以外の耐酸化性担体(燃料欠乏時
に無害な酸化反応が必要)の開発が進められている。
(3)ガス拡散電極
高出力密度化を図る上で物質輸送性能の向上が不可欠である。そして I-V 特性の目標(@2030
年)を達成するためには、とりわけ GDL、MPL の酸素拡散抵抗の低減が必要となる。これらの
部材は高酸性雰囲気で電子伝導性を保持する必要性から、主にカーボン多孔質体が用いられる。
特に電解質膜や触媒層の安定保持のために高い剛性を有する必要があるため、
GDL は炭素繊維か
ら成る不織布構造が用いられる。また触媒層との良好な接触界面を有する必要があるため、MPL
はカーボンブラックの粒子堆積構造が用いられている。拡散抵抗[s m-1]は部材厚み[m]を多孔体の 54有効酸素拡散係数[m2 s-1]で割った値であり、
この有効拡散係数は空隙率の正のべき乗で表される。
またこのべき指数は多孔体の幾何形状に依存する。すなわち各部材を1薄くする、2空隙率を上
げる、3幾何形状を工夫することが拡散抵抗低減に繋がる。しかし酸素輸送以外の機能(電子伝
導、MEA の安定保持等)も GDL、MPL には求められており、つまり、如何にこれら他機能を損
なうことなく1〜3を進めることができるかが鍵となる。さらにリブチャネル構造を有する流路
を用いた場合、リブ部(GDL と接触する面)直下に酸素を拡散させる必要があるが、GDL の薄
層化はこの均一拡散を妨げることに繋がる。以上より、GDL、MPL の酸素拡散抵抗の低減を進め
る上で、他機能の損失緩和を常に念頭に置く必要がある。ただし電解質膜や触媒層などの各部材
の特性によって、GDL・MPL に求める要件は変わる可能性がある。また流路もエンジアリングと
して多様な形状が提案されており、これら他部材の組み合わせの上で、最適な GDL・MPL を検
討する必要がある。なお多孔体の物質輸送性能の理論値は算出可能であるが、現状部材の酸素輸
送性はその理論値よりも低く、つまり現状材料でも内部構造の工夫により、性能向上の余地はあ
ると言える。そのためにも多孔構造が酸素拡散抵抗に及ぼす影響を明らかにすることも重要であ
る。また触媒層も同様に酸素拡散抵抗(二次細孔内、触媒粒子近傍のアイオノマ内、多孔性担体
内など)の低減が必要であるが、プロトン・電子輸送との両立に加え、電極触媒の有効利用率や
安定性も考慮した構造設計が必要となる。
(4)膜電極接合体(MEA)
(1)〜(3)までの部材を組み合わせて MEA(Memnbrane Electrode Assembly)とする際に
も、その製造や構造制御が極めて重要となる。触媒層は、インク調整、分散、混錬、塗布、乾燥、
圧着を経て形成されるが、その各製造工程に依存して内部の微細構造が変化する。そして物質輸
送性や有効触媒表面を左右し、発電特性が大きく変わる。したがってこれらの各工程の現象解明
や新たな製造工程の検討も必要である。また電解質膜、触媒層、ガス拡散層、その他シール部材
の組み合わせによって、各部材の必要特性も変わる。例えば電解質膜の力学強度次第で、それを
サポートする他部材の必要剛性も変化する。
2.4.5 主要材料コストの目安
図 2.3.1-1 で示したとおり、HDV 用 FC スタックのコスト目標は 0.45 万円/kW(システムコス
トの 50%)
としたが、
スタックを構成する主要部材のコスト目安について、
DOE が公表した 2021
年における HDV のスタックコスト内訳に関する分析結果、
および 2030 年に向けた技術進展によ
るコスト低減の考え方[1]に基づいて検討した。
スタックの年産 10 万台を前提とした、HDV のスタックコスト内訳比率に関する 2021 年の試
算値、および技術進展による 2030 年の想定値を図 2.4.5-1 に示す。スタック総コストに対して
MEA および GDL が占める割合は 2/3 程度となっている。
Pt 使用量の低減および出力密度向上に
よる材料・部品使用量の低減を想定した場合、
スタックコストは 133 ドル/kW(約 1.5 万円/kW)
から 55 ドル/kW(約 0.6 万円/kW)となる(技術進展1による効果)
。さらに上記のスタックのコ
スト目標を達成するために、低コスト材料の適用や大量生産プロセスの確立によるコスト低減が
必要と考えられる(技術進展2による効果)。これらのシナリオに基づいて、2030 年頃の HDV 用スタックに要求される主要部材のコストの 55目安を表 2.3.5-1 のように設定した。
部材別のコスト内訳比率については図 2.4.5-1 に示した 2030
年の推定値を前提とし、1 スタックあたりの出力 100kW、アクティブエリア面積 273cm2、セル
数 330 枚(アクティブエリア面積の総和 9.0m2)として算出した。Pt 目付量は今回の目標値とし
て空気極と水素極の合計で 0.24mg/cm2 であり、DOE の 2030 年の目標値に対して少量であるた
め、さらに低コストを目指す考え方もあり得るが、DOE の電極触媒の前提材料が Pt/HSC と比較
的安価であること、
表 2.4.3-1 に示した触媒層に関する材料目標の達成に向けて、
高活性触媒や高
酸素透過性アイオノマ、触媒利用率向上のための MPC 担体の適用などによる材料コストアップ
も想定されることから、ここでは DOE と同等のコストを目安とした。
また、表 2.4.5-1 に DOE の乗用車(FCV)のコスト試算結果[2]から算出された主要部材別のコ
スト内訳を併記しているが、触媒層、電解質膜、GDL については HDV としての耐久性確保のた
めに FCV と比べて相対的に高いコストが想定される。セパレータについては、DOE の前提材料
が含浸樹脂カーボン製のセパレータであるため FCV よりやや厳しい値となっているが、ここで
は高耐食性、
低接触抵抗のための表面コーティングを施した金属セパレータを前提として FCV と
同等のコストを目安とした。
【技術進展1:材料・部品使用量の低減の考え方】
⚫ Catalyst Application:Pt 量は 0.909g/kW(目付量 0.4mg/cm2, 出力密度 440mW/cm2)から 0.326g/kW
(0.3mg/cm2, 921mW/cm2)に低減、担体・アイオノマ担持量も Pt 量に比例して低減(さんかく64%)
⚫ Membrane:安価な補強材の採用と膜厚減少で4ドル/kW との試算の前提があるが、高温・耐久性向上のため
の材料コストアップを想定し、ここでは出力密度向上代だけ使用面積が減少することを想定(さんかく52%)
⚫ GDL:出力密度向上代だけ使用面積が減少することを想定(さんかく52%)
⚫ Bipolar Plate/MEA Gasket:出力密度向上代だけセル枚数が減少することを想定(さんかく30%)
⚫ CVM:セル電圧センサーあたりのセル数増加(2 倍)で半減(さんかく50%)
⚫ Balance of Stack:スタック数減少(4 スタックから 2 スタック)で半減(さんかく50%)
⚫ Contingency:不測のコストは全体の 5%程度に低減
図 2.4.5-1 DOE のスタックコスト内訳と前提条件(年産 10 万ユニット前提)[1] 56表 2.4.5-1 スタック主要部材のコスト目安
主要材料 NEDO 2030 年頃 DOE 2030 内訳比率 材料コストの考え方
HDV(注記)1 FCV(注記)2
(参考)
HDV FCV
(参考)(注記)3
触媒層 約 30,000 円/m2
約 12,000 円/m2
21.5 $/kW 7.8 $/kW 2030 年頃における HDV 用 FC の
Pt 量の目標値(0.19g/kW)が DOE
( 0.326g/kW ) と 比 べ て 少 ない た
め、更なる低いコスト目標設定も考
えられるが、高活性触媒、高酸素
透過性アイオノマ、MPC 担体の採
用等によるコストアップを想定して
DOE と同等レベルに設定
電解質膜 約 4,000 円/m2
約 1,600 円/m2
4.8 $/KW 1.7 $/KW 耐久性確保のために FCV のコスト
レベルに比べて上昇
GDL 約 2,000 円/m2
約 1,800 円/m2
1.4 $/kW 1.1 $/kW 耐久性確保のために FCV のコスト
レベルに比べてやや上昇
セパレータ 約 120 円/枚 約 120 円/枚 4.9 $/kW 5.3 $/kW DOE の HDV ではカーボンセパレ
ータを前提しており、金属セパレー
タの FCV と比べて安価(約 100 円/
枚)、ここでは FCV と同等レベルに
設定
(注記)1:DOE 2030 の HDV スタック構成材料の内訳比率のデータをもとに、1 スタックあたりの出力 114kW、ア
クティブエリア面積 273cm2、セル数 330 枚を前提として試算
(注記)2:DOE 2030 の FCV スタック構成材料の内訳比率のデータをもとに、1 スタックあたりの出力 128kW、ア
クティブエリア面積 273cm2、セル数 330 枚を前提として試算
(注記)3:DOE の FCV スタックコスト(19ドル/kW)および構成材料の内訳比率から算出(年産 50 万台前提)[2]
(参考文献)
[1] "Fuel Cell System Analysis", DOE Annual Merit Review and Peer Evaluation Meeting 2021, Project ID#
FC163
[2] "Fuel Cell System Cost - 2017", DOE Hydrogen and Fuel Cells Program Record #17007 572.5 材料評価の考え方
MEA、MEA 材料、セルに用いる材料の耐久性能については、実際の耐久時間まで走行して性
能確認を行い、材料開発を進めることは時間的制約、必要な手間を考えると不可能であるため実
際の耐久走行に相当する加速劣化試験条件を設定して性能確認を行うことが必要となる。
加速劣化試験法に関しても乗用車向けに下記の加速耐久手法が決められている。こちらの詳細
の耐久手法についても「NEDO PEFC セル評価解析プロトコル」に詳細がまとめられている。
表 2.5-1 材料特性の測定方法
部位 評価手法
電解質膜 M-9(III-3-1)高電位(OCV)保持試験方法
M-11(III-1-8)電解質膜の膨潤耐性評価方法(湿度サイクル試験)
電極触媒・電極触媒層 C-8(III-3-3)電位サイクル(起動停止)試験方法
C-9(III-3-2)電位サイクル(負荷応答)試験方法
C-10 水素欠乏に対する触媒耐性評価(アノード電位変動耐久) (注記)1
C-11 水素欠乏に対する触媒耐性評価(水電解耐久) (注記)1
(注記)1:現在、測定手法について検討中、今後、追加予定。
ここで記載されている内容も評価手法と同様に乗用車向け以外には、想定される耐久条件が異
なってくるため、温度や加湿条件等を商用車向けに見直しを行い、設定を行う必要がある。
商用車向けの加速劣化試験条件の設定は以下の図 2.5-1 に示す手順で行う。
図 2.5-1 加速劣化試験条件の決め方のフロー
まず車や車以外のアプリケーションでの FC システムがどのような運転環境で使われるかの把
握を行う。各アプリケーションでの FC の運転環境は、
「2.2 要求 I-V 特性の検討」で説明されて
いるように各アプリケーションでの要求性能等を満足する FC システムを想定し、そのシステム
で各アプリケーションの運転モード条件での MBD シミュレーションを行うことにより推定でき 58る。MEA、MEA 材料がそれぞれの運転環境にさらされる耐久時間の分布状態を示した温度環境
が下図になる。
図 2.5-2 MBD シミュレーションから推定される FC システムの運転環境
湿度環境、電圧等の他の環境条件についても同様に耐久時間の分布状態として示すことができ、
各アプリケーションで想定される FC システムの運転環境が推定できる。
次に、
求められた FC シ
ステムの運転環境の結果から、
「2.4.4 現状の課題と目標達成に向けた開発の方向性」
の項で示し
たようにシミュレーション
(2D-Sim.)
を用いて FC セル面内でのそれぞれの位置での運転環境を
推定することができ、セル面内での運転環境分布を求められる(図 2.4.4-1)。各アプリケーションでの耐久性能劣化は、
性能劣化因子
(ストレス)
について、
セル面内での個々
の運転環境でのストレスを要求される耐久時間分(例えば大型トラックでは 50,000 時間)
、積み
上げた全ストレス(式1)が加わったことによる性能劣化として見積れる。
全ストレス = (�� ×ばつ ���� + ���� ×ばつ ���� + ���� ×ばつ ���� + ⋯ + ���� ×ばつ ����) ×ばつ 運転時間 1
����,����,����,⋯ , ����:それぞれの運転条件の頻度
����, ����, ⋯ , ����:標準運転条件(式1の場合は��条件)に対する劣化係数
種々の運転環境において実際に MEA、MEA 材料、セル材料がどの程度ストレスが加わり性能劣
化するかは、小型単セルを用いて種々の運転条件で耐久実験を行いデータ取得することにより求
める。それぞれの運転条件によるストレスは基準の標準運転条件に対する劣化係数を用いて表示
できる。この実際に小型単セルで求めた実測のストレス量(×ばつ標準条件でのス
トレス量)とシミュレーションで推定される個々の運転環境の頻度データを掛け合わせ、さらに
要求される耐久の運転時間を掛けて実際の耐久時間後の FC の性能劣化の推定を行うことができ
る。推定される性能劣化が要求される耐久後の性能を満たしていれば、耐久性能を満足すること
になり、この耐久性能を満足するときの全ストレス量が劣化量のクライテリアとなる。このクラ
イテリアは、実際の使用条件で要求される耐久時間で要求性能を満足できる劣化状態以下となる
必要があり、実際に市場で適用されている FC で要求耐久時間相当の劣化試料でのストレスを求 59めることで得ることが可能である。加速劣化試験のクライテリアもこの実際の使用条件で要求さ
れるストレスに対するクライテリアと同じ値を用いることになる。
加速劣化試験条件としては、劣化係数が高くかつ実験条件として安定的に実施可能な運転条件
となる条件を選定し、耐久時間はこの加速条件によりストレス量がクライテリアに達するまでの
時間として決めることになる。
電解質膜のストレス量としては分子量低下率を指標として、影響する因子としては温度、加湿
条件、電流密度等になる。電極触媒のストレス量としては ECSA が指標として考えられ、影響す
る因子としては温度、電位変動幅、加湿条件等になる。今後、これらの因子等を振ってデータ蓄
積を行い、加速耐久条件の選定を進めていく必要がある。

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