日中経協ジャーナル 2020 年 7 月号に寄稿
中国の燃料電池車産業はなぜ急速に成長しているのか
新エネルギー・産業技術総合開発機構
(NEDO)
北 京 事 務 所 大 川 龍 郎
中国の燃料電池車市場は、販売台数は 2016 年以降毎年 2 倍のペースで成長
し、普及台数でみれば 2020 年のうちにトップの米国を追い抜く可能性もある。
こうした燃料電池車市場をけん引する地方政府の戦略や中国の燃料電池車市場
はどこまで成長するのか、外国企業から見た中国市場の課題は何かなどについ
て紹介する。
はじめに
中国での燃料電池車の販売は 2016 年に 639 台が販売されて以降、販売量は
毎年約 2 倍のペースで増加している。
累計販売台数でみれば、
2016 年から 2018
年は 3441 台であり、
2019 年までの累計では 6178 台を超えた。
日本の燃料電池
車の普及台数は 2018 年末で 3009 台(注記)1
とされているので、中国は燃料電池市自
動車の普及台数で日本をとっくに追い抜かし、
このペースが続けば 2020 年の間
にトップの米国(普及台数 8000 台)を追い抜く可能性もある。
日本と中国の燃料電池自動車の累計販売台数・普及台数の推移
出典:中国側販売台数は、中国汽車工業協会等の各種報道。日本側販売台数は「次世代自
動車振興センター」の統計ページから。
中国側の数値は「累計販売台数」
、日本側の数値は「累計保有台数」であり、数値
の定義はことなる。15063018072440 300963919013441617801000200030004000500060007000
2014 2015 2016 2017 2018 2019
日中経協ジャーナル 2020 年 7 月号に寄稿
1980 年代から燃料電池技術の開発を行ってきた日本としては、まるでウサギ
に追い抜かされる亀のような気分であるが、それだけとも言えない。中国は水
素・燃料電池分野での研究開発が後発であるため、
早くから研究開発に取り組ん
でいた日本の燃料電池技術に対する期待は極めて大きく、ビジネスチャンスに
なる可能性もある。我々の在籍する NEDO 北京事務所には、新型コロナウイル
スが流行する前は、中国の地方政府・業界団体・企業から、週に何度も日本の燃
料電池産業に対する問い合わせがあり、燃料電池関連のカンファレンスにも多
く招待され、手分けして参加しているような状況である。一方で、中国で水素・
燃料電池産業が盛り上がっているため、日本の燃料電池産業関連の方からも多
くの問い合わせをいただいている。
しかしながら、
中国の燃料電池車産業は日本と大きな違いがある。
ここでは、
中国の燃料電池車産業の状況や関連政策、今後の見通しについて考えてみたい。
中国の燃料電池車産業の状況
日本との比較で見た場合に、中国の燃料電池車産業の特徴は以下 3 つに集約
できる。
1 販売される燃料電池車のほとんどがバス・トラックなどの業務用車両である
こと
2019 年 9 月時点で走行している燃料電池車のうち 63%が物流車(トラック等)、36%がバスとなっている。全 3518 台のうち、乗用車は 3 台だけであり、
ほぼすべて業務用車両と言っていい(注記)2。
2019 年 9 月時点で登録されている燃料電池車の種類
資料:2019 年 10 月の UNDP 汽車産業大会における北京理工大学教授・電動車両国家工程
実験室主任の王振坡氏の発表資料
物流車,
2230,
63.39%
路線バス,776,22.06%
長距離バス,300,8.53%
通勤バス,209,5.94%
レンタル乗用
車, 3,
0.09%
2019年9月末
3518台
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燃料電池車がバス・運送車などの業務用車両に偏っている理由は、
燃料電池を
小さくして乗用車の車体に収めることの技術的レベルが高いことが挙げられる
が、
地方政府の政策も影響していると考えられる。
このことについてはのちに述
べたい。
2 燃料電池車の普及するエリアが、広東省、上海市、江蘇省、北京市に集中し
ていること
2019 年 9 月の燃料電池車普及台数は、広東省が 1676 台で 48%、上海市が
858 台で 24%、江蘇省は 246 台 7%、北京市は 210 台 6%である。この 4 地域
だけで中国の燃料電池車の普及台数の 85%を占める。
3 水素ステーションの数が燃料電池車の普及台数に比べて少ないこと
日本では、燃料電池車の普及台数 3006 台に対して水素ステーションは約 100
箇所設置されている(2018 年時点)
。一方で、中国では燃料電池車の普及台数
6178 台に対して、
水素ステーションは 52 カ所しかない
(このうち約半数は 2019
年のうちに設置され、稼働していないものも多いとされる)
。中国の燃料電池車
の大半が業務用車両であり、乗用車などに比べて 1 日あたりの走行距離がはる
かに大きいことを考えれば、中国の水素ステーションの設置箇所はより少なく
感じられるだろう。
日本と中国の燃料電池車と水素ステーションの普及数
燃料電池車
普及台数
水素 ST 数 燃料電池車 100 カ所
当たりの水素 ST 数
日本(2018 年末) 3006 台 100 カ所 3.3 カ所
中国(2019 年末) 6178 台 52 カ所 0.8 カ所
以下では、中国の燃料電池車関連産業がなぜこのような特徴を持つようにな
ったのか、
今後どのように発展するかなどについて、
個人的意見も交えながら論
じてみたい。
中国の燃料電池政策は誰が推進しているのか?
燃料電池車の販売が毎年倍増し、
売れる車種は業務用が中心で、
販売エリアが
極めて偏っており、
水素ステーションが少ない、
という中国の燃料電池車関連産
業の状況は、
燃料電池車を推進する政策と強く関連している。
そもそも燃料電池
車は価格がコンベンショナルカーや電気自動車に比べて高く、水素ステーショ
ンなどのインフラもこれから整備する必要があるものであるから、その成長は
政府による政策と支援に支えられている部分が大きい。
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ここで、
「政府の支援」という場合には、実は「中央政府」の支援ではなく、
「地方政府」の支援のことをさす。中央政府は「新エネルギー車」として電気自
動車、プラグインハイブリッド車とともに燃料電池車を位置づけ購入補助金や
NEV 規制などで支援してはいる。ただし、燃料電池車やその推進のために必要
となる水素の製造・運搬・貯蔵などの総合的な政策はない。具体的に言えば、水
素ステーションの担当官庁も決まっておらず、水素ステーションを建設した際
に完成検査を行う部署も決まっていないという状態である。
また、中国の製造産業振興政策として有名な「中国製造 2025」には「省エネ
自動車・新エネ自動車」に関する技術ロードマップが策定されており、燃料電池
車についても普及目標が定められている。
しかしながら、
水素ステーションなど
の普及の目標はない。なお、中国製造 2025 の参考となるように、工業信息化部
の監督のもとで中国汽車工程学会(CSEA)が「省エネ自動車・新エネ自動車技
術ロードマップ」を策定し、ここに「水素ステーションの設置は 2020 年に 100
カ所、2025 年に 300 カ所」などの目標も盛り込まれている。ただし、これはあ
くまでも中国汽車工程学会のロードマップであり、また自動車の製造面を所管
する工業信息化部は参考にするかもしれないが、エネルギー政策を担当する国
家エネルギー局などは関係していない。
NEDO 北京事務所は、中国のイベントで、日本の水素や燃料電池車政策に関
する講演を依頼されたり、
中国の政府関係者・業界団体と意見交換をする機会が
多い。この際に質問される項目で多いのは「日本では、水素ステーションの担当
官庁はどこか?(もう決まっているのか?)
」ということであり、また羨ましが
られるのは
「日本は水素のサプライチェーンに関する総合的な政策
(水素基本戦
略など)が決まっているのか。
」ということである。日本では当たり前だと思う
ようなことでも、
お話しして相手が感心すると、
ちょっと得意げになってしまう
(もちろんこれは我々の業績ではなく、
日本で水素・燃料電池産業に関係されて
いる方々の功績であるが)。地方政府の燃料電池政策
中国の地方政府の間では、
2018 年頃から水素・燃料電池ブームが起きている。
これは、
電気自動車・プラグインハイブリッド車を中心とした新エネルギー車の
販売台数が 2012 年に 1.28 万台だったものが 2018 年には 124 万台に増加し、6
年間で約 100 倍に成長したことが大きく影響している。各地方の地方政府は、
地元に次の発展産業を誘致・育成することに熱心であるが、
産業の裾野の広い自
動車産業の誘致・育成には特に熱心である。この時に「電気自動車の次に成長す
るかもしれない自動車産業はなにか」
と考えると、
その大きな候補となるのが燃
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料電池車なのである。電気自動車の弱点とされる充電時間の長さや航続距離の
制限といった課題に対して燃料電池車は強みを持っており、2019 年に約 3000
台しかない市場規模でも、
2025 年には 30 万台まで成長しているかもしれない、
との期待があるのだ。
燃料電池車を含む水素・燃料電池産業に対する期待が高まっているため、2018年から 2019 年には地方政府から様々な水素・燃料電池産業振興計画が発表され
た。その一端を以下に示す。
地方政府の水素・燃料電池に関する政策の事例と燃料電池車普及台数
注意 ここには主要な計画のみ掲載しているが、水素・燃料電池に関する計画を打ち出す地方政府は 40 か
所程度に上る。
資料:各都市の燃料電池車普及台数は 2019 年 9 月時点。データは、2019 年 10 月の UNDP 汽車産業大会に
おける北京理工大学教授・電動車両国家工程実験室主任の王振坡氏の発表資料。
各地方政府の計画の燃料電池車の普及台数見込み(代表的なもの)
2020 年まで 2025 年まで 2030 年まで
上海市燃料電池車産
業発展計画(2017 年
9 月)
3,000 台 20,000 台
(うち物流車
10,000 台)
20,000 台以上
仏山市水素エネルギ
ー産業発展計画
(2018 年 11 月)
バス 1,000 台
物流車 4,000 台
路面電車 20 両
バス 2,500 台
乗用車 1,000 台
物流車 6,000 台
路面電車 60 両
バス 4,000 台
乗用車 11,000 台
物流車 10,000 台
路面電車 100 台
張家口市水素エネル
ギー発展ロードマッ
プ(2019 年 6 月)
1,800 台
(バス、
物流車、タクシー含む)
10,000 台
(2022 年冬期オ
リンピックに)
浙江省
政策:《浙江省エネルギー発展"第13次五ヶ年計画"》
重点都市:台州
産業パーク:台州水素エネルギー産業パーク
上海 858台(24%)
政策:《上海市燃料電池車発展計画》
産業パーク:嘉定区水素エネルギー燃料電池
産業パーク
遼寧
広東
河北
浙江
江蘇
陝西
上海
北京
江蘇省 246台(7%)
政策:《蘇州市水素エネルギー産業発展指導
意見(試行)》、
《如皋"第13次五ヶ年"新エネ車計画》
重点都市:如奥、蘇州、張家港、塩城、鎮江
産業パーク:如皋水素エネルギー産業パーク、
丹徒水素エネルギー産業パーク
陝西省・西安市
政策:《陝西省"第十三次五ヶ年計画"戦略的新興産業発
展計画:陝西省低炭素試験実施方案》
北京市 210台(7%)
政策:《科学技術革新の加速と新エ
ネルギースマート自動車産業の育成
に関する北京市の指針》
河北省 張家口市に74台
政策:《河北省戦略的新興産業三年行動計画》
張家口《水素エネルギーモデル都市発展計画》
重点都市:張家口、覇州
産業パーク:張家口イノベーション産業パーク、
覇州市自動車産業パーク
( 京津冀エリア )
( 長江デルタエリア )
( 珠海デルタエリア )
湖北省・武漢市
政策:《武漢水素エネルギー産業発展計画法案》、
《武漢経済技術開発区(漢南区)水素ステーション設立審議
及び管理方法》
産業パーク:武漢開発区水素燃料電池産業パーク
武漢市
広東省1676台(48%)
(うち仏山市774台、深圳市760台)
政策:《仏山市南海区新エネ車産業発展計画(2015~2025年)》、
《広東省人民政府新エネ車推進のための実施意見》
重点都市:仏山、雲浮、東莞、深セン、中山、広州
産業パーク:仏山(雲浮)産業移転工業パーク、仏市南海区
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こうした地方政府の計画をみると、地方政府レベルでの燃料電池車の普及台
数の目標が極めて高いことに驚かされる。
上海市や仏山市の 2020 年時点の燃料
電池車普及台数目標は、一都市で日本の普及台数(2018 年末で 3006 台)を追
い抜かしそうな台数だ。
ただ、
こうした計画だけをみていては、
現地で実際に何が起こっているのかわ
からないということも事実である。
いろいろな地方政府の計画を読むと、
燃料電
池車の普及台数の目標や関連産業の市場規模は極めて大きいが、具体的な取り
組みはほとんど記載がなく、有力な企業の取り組みや企業誘致に期待するとい
う内容も多い。
一方で、本気で産業振興や企業誘致に本気で取り組む地方政府の取り組みは
物凄いものがある。以下の図は広東省仏山市とその隣の雲浮市が共同で整備し
ている燃料電池車関連の産業パークであるが、2016 年から 17 年ごろに短期間
で整備を行い、1燃料電池のスタックやシステムの工場、2燃料電池車工場、3
水素ステーション、4地方政府による燃料電池関連の研究所などを一気に整備
してしまっている。遠方から来る客のための「水素ホテル」というものも整備さ
れていたが、お客はそれほどいないらしい。ただ、一連の施設の整備をみると、
地元政府が燃料電池産業にかける意気込みの大きさが伝わってくる。
また、
仏山
市は 2019 年 3 月までに 190 台の燃料電池バスを購入したとしており、地方政
府自体が燃料電池車の需要を創出している。
中国では、
政府の発表も重要であるが、
具体的に現場でどのような取り組みが
されているかを見ることが重要だと思う。
仏山(雲浮)産業パーク内の水素・燃料電池産業の分布
資料:航空写真は百度地図から200m4水素産業及び
新材料研究開発院
中鉄国鴻水素ホテル
2飛馳FCV工場
3水素ステーション
水素製造工場建設予定
1スタック・システム製造棟
日中経協ジャーナル 2020 年 7 月号に寄稿
中国の燃料電池車産業の将来見通し
(1)中国の燃料電池産業の課題
地方政府の政策支援により急速に発展する中国の燃料電池車産業であるが、
普及に向けた課題もある。
1 水素・燃料電池に関する制度が未整備
水素ステーションの担当官庁が決まっていないことに代表されるように、水
素・燃料電池に関する制度が未整備であったり、
現代の技術水準に合わせて修正
されていないことが多い。一例としては、水素に対して「エネルギー」としての
位置付けが与えられておらず、
「危険物」としての取り扱いであるため、水素の
取り扱い基準が厳格であり、
水素ステーションの設置にコストがかかるほか、立地場所も郊外などに限られるなどの制約がある。
2 水素サプライチェーンの構築にほとんど手がついていない
中国の水素・燃料電池産業のブームは地方政府の強力な支援でなりたってい
るが、この支援は主に燃料電池と燃料電池車に向けられている。一方で、燃料電
池車の普及には当然であるが水素を安定的に供給するために、
水素を製造し、運搬し、
貯蔵するなどのプロセスが必要だが、
こうした部分にはあまり手がついて
いない。
有力企業の中では、発電大手の国家能源集団(China Energy)が水素の供給
に参入することを発表するなど、
少しずつ水素の供給にも目が向きつつある。また、
国家エネルギー局が 2016 年に発表した
「エネルギー技術革命行動計画
(2016
〜2030)
」でも水素の製造や貯蔵・輸送、水素ステーションの技術の開発は課題
の一つとして挙げられている。
しかし現実的には、
水素ステーションの整備を含
めて、水素のサプライチェーンの構築に向けた検討はこれからである。
3 外国企業には特殊な環境
世界の燃料電池車産業では、燃料電池車のタンクに水素を充填する圧力は
70MPa が主流となっている。一方で、中国では 35MPa が主流であり、現在中
国で製造されている燃料電池車や水素ステーションなどは、ほとんどが充填圧
力 35MPa で製造されており、35MPa が中国燃料電池車のデファクトになる可
能性がある。
35MPa は圧力が低いため、車載タンクの製造が比較的容易かつ安価であるほ
か、
水素ステーションの建設も比較的安価になるなど、
普及が早く進む可能性が
ある。一方で、35MPa では水素の充填量が少なくなり航続距離は短くなる。バ
スやトラックは車体の容量に余裕があり、
タンクを増設することも可能だが、乗用車のような車両では走行距離が限定されるだろう。
日中経協ジャーナル 2020 年 7 月号に寄稿
加えて、
水素ステーションで水素を充填するときに、
水素ディスペンサーと燃
料電池車の間で充填状況について相互に通信する規格も未整備であるなど、未
整備な規格・制度も多い。このような制度面の違いにより、外資系企業からすれ
ば本国の 70MPa の環境で磨いた技術や規格を必ずしも活かせない時もあろう。
また、国家発展改革委員会が 2019 年 1 月に施行した「自動車産業投資管理規
定」では、中国で燃料電池スタックやシステムについて投資する企業は、その研
究開発や基幹部品の製造も中国で行うことが求められる。特に外資系の中小企
業が中国に進出する際には、
複数に投資する余力がないため、
進出の際の課題に
なる可能性がある。
(2)中国の燃料電池車産業の見通し
燃料電池産業の見通しについては、不透明な要因もあるものの、2022 年の北
京・冬季オリンピックでは燃料電池車を人員輸送などに活用することも検討さ
れているとされ、この時点までは燃料電池車はある程度の発展が続くのではな
いかと考えている。
ただし、
筆者は北京冬季オリンピック以降は燃料電池車産業
はある程度足踏みする時期が何年か続くと考えている。
1 水素ステーションの少なさがボトルネックになる可能性
理由としては、やはり水素ステーションの設置箇所が少ないことに代表され
るように、水素サプライチェーンが未整備であることがボトルネックになる可
能性は高い。一例として北京の状況を取り上げると、水素ステーションは 2008
年の北京オリンピックの際に建設されたものが 1 カ所あるだけであるが、一方
で、ここで給気が必要な燃料電池バスは 2019 年 9 月時点で 210 台にのぼる。
この水素ステーションにいくと、いつでも給気の順番を待つ燃料電池バスが長
い行列を作っている。
また、
210 台の燃料電池バスの実際の利用のされ方として
も、路線バスとして利用しているのは 2 路線分で、ほとんどは産業パークの通
勤時の送迎、大きなイベントの際の参加者の送迎などに用いるとのことであり、
通常時の稼動率はそれほど大きくはなさそうであるが、水素ステーションの稼
動率をこれ以上は上げることは難しいように見えた。
北京で唯一の水素ステーション前で給気を待つ燃料電池バスの列
日中経協ジャーナル 2020 年 7 月号に寄稿
また、水素・燃料電池産業の振興を特定の地方政府が行なっているため、整備
されている水素ステーションも上海や仏山市といった特定の都市に集中してい
ることも中国の燃料電池車の使い勝手を悪くしている。電気自動車との比較に
おいて、燃料電池車の最大の長所は航続距離の長さと給気時間の短さと言える
が、この長所をトラックなどで活かすためには都市間輸送で用いることが考え
られる。しかし、水素ステーションが特定の都市にしかなく、一定のエリアでネ
ットワークとして整備されていない状況では都市間での移動に燃料電池車を利
用することは難しい。
このため、
都市間輸送のトラックとしての輸送は水素ステ
ーションの整備出発地点と目的地店に整備されている特定のルートでのみ利用
できることになるが、このようなルートは今のところすくない。
2 燃料電池車は売れているが動いていない可能性?
現在の中国の燃料電池車の稼働率がかなり低いのではないかと思わせる報道
が 2019 年 10 月にあった。
現在中国で新エネルギー車の購入補助金を受領できるのは、新エネルギー車
の販売直後ではなく、販売した新エネルギー車が 2 万 km を走行したのちに補
助金を申請することとされている。2019 年 10 月の報道では、2017 年に販売さ
れた燃料電池車約 1200 台のうち、初めて 139 台分の補助金が申請されたとさ
れる。特に、上海汽車商用車は 35 台分の補助金を申請したが、そのうち 15 台
分については走行距離の要件に届かなかったなどの理由で補助金を受け取れな
かった。バスやトラックなどの業務用車両では、通常は 2 年間に 2 万 km 程度
は十分に走っているはずであり、燃料電池車の稼働率はかなり低いのではない
かと思わせる報道だった。
現在、
燃料電池車の購入主体は、
地方政府が燃料電池バスなどに購入するほか
は、政府の方針を踏まえた国有企業や大企業が燃料電池物流車などを購入する
事例が多いと考えられる。しかしながら、水素ステーションが少なく、稼働率が
上がらないのなら、通常よりも価格が高い燃料電池車を購入し続けることは難
しいだろう。
(3)結局中国の燃料電池車産業は今後どうなるのか
ややネガティブな要素を強調して述べてきたが、
筆者はそれでも中国の水素・
燃料電池産業は魅力的な市場であると考えている。日本の 10 倍を超える人口を
背景に、電気自動車などの新エネルギー車を 120 万台までの市場に成長させて
いる実績はみのがせない。
現時点では、
120 万台の新エネルギー車の中で燃料電
池車は 0.2%程度の極めて小さな割合に過ぎないが、
今後この割合は確実に上が
るだろう。
燃料電池車の駆動に欠かせない水素の製造についても、中国は既に年間 2000
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万トン以上を製造している。こうした水素の大半は石炭や天然ガスを原料とし
て製造されたり副生物として生成されているものであるため、燃料電池車に利
用する場合には多くの場合は硫黄分などの不純物を取り除く措置が必要となる
のだが、水素自体は現在も生産はされているのである。また、水力・風力・太陽
光などの再生可能エネルギー発電の導入が多い中国では、将来的にこうした再
生可能エネルギー由来の電力を用いた水素生成にも期待がかかる。
中央政府でも、水素・燃料電池産業の盛り上がりをうけて、2019 年 3 月の全
国人民代表大会(日本の国会に相当)では、人民代表から水素・燃料電池産業振
興に関する多くの要望がだされた。
また、
毎年の政府の活動方針を総理が演説す
る「政府活動報告」にも「充電・水素充填設備の建設を推進する」との文言が盛
り込まれた。実際に、2019 年前後から燃料電池車の水素充填圧力を 70MPa に
することに対応した標準などもいくつか発表されている。
水素・燃料電池産業は 1980 年台以降日本が磨き続けてきた技術であり、中国
に先行する技術レベルの差は大きい。こうした技術の蓄積を活かして中国への
進出を考える企業には、NEDO 北京事務所で情報提供などの支援をしたいと思
うので、連絡いただきたい。
なお、NEDO 北京事務所では、中国の水素・燃料電池産業に関する情報をホ
ームページで公表しており、こちらも参照いただきたい。
< NEDO ホームページの「中国の水素・燃料電池産業レポート」 >
https://www.nedo.go.jp/library/ZZAT09_100010.html
< 資料 >
(注記)1 日本の燃料電池車普及台数は次世代自動車振興センターの統計による。
(注記)2 燃料電池車の種別構成や普及地域のデータは、
北京理工大学教授・電動車両
国家工程実験室主任の王振坡氏の発表資料による。
なお、本原稿の内容はすべて筆者の個人的見解である。

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