農研機構

プレスリリース
(研究成果) 高い温室効果ガス削減能力を有する根粒菌の謎を解明

- ヘルパー微生物と共に利用することで農業利用も可能に -

情報公開日:2024年7月10日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、東北大学と共同で、温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)1)の発生を抑制する能力が高い根粒菌Bradyrhizobium ottawaenseは、N2OをN2に変換する遺伝子の発現が高いことを明らかにしました。その根粒菌を植物生育促進微生物(ヘルパー微生物)であるPseudomonas属菌と一緒にダイズに接種すると、根粒菌の窒素固定能および、ダイズの生育量の向上が見られました。これらの成果をもとに、高いN2O削減能力をもつ根粒菌とヘルパー微生物を併用することにより、農地におけるN2Oの排出削減能力とダイズ生産能力の双方を高める技術開発が進むことが期待されます。

概要

N2Oは、二酸化炭素(CO2)の265倍の温室効果を持つ温室効果ガスとして知られています。人為的N2O発生量の約82%は農業生産起源とされており、過剰な化学肥料の使用や作物残さなどからのN2O発生が問題となっています(出典:国立環境研究所「世界の一酸化二窒素(N2O)収支 2020年版を公開」https://www.nies.go.jp/whatsnew/20201005/20201005.html)。このような状況から、N2Oの発生を抑制する農業技術開発が必要と考えられます。

ダイズなどのマメ科植物では、根粒菌が根に共生し、根粒2)とよばれるこぶを形成します。根粒菌は根粒の内部で、大気中の窒素(N2)をアンモニア(NH3)に変換(窒素固定)し、マメ科植物に栄養分として供給します。2020年に東北大学の研究グループが、N2OをN2に変換する能力を有する根粒菌Bradyrhizobium ottawaenseをイネ科植物であるソルガムの根から複数株単離していました。今回農研機構は、東北大学の研究グループと共同でそれらの根粒菌の性質を調べ、特に高いN2O変換能力を有するSG09株ではN2OをN2に変換する酵素遺伝子(nosZ遺伝子)の発現量が高いことを明らかにしました。SG09株はダイズにも共生するため、SG09株が共生したダイズの根から発生するN2Oの量を調べたところ、従来の根粒菌が共生した根に比べ、N2O発生量が最大で約10分の1に減少していました。さらに、SG09株と、植物の生育を促進する微生物Pseudomonas属菌 OFT2株(ヘルパー微生物)を一緒にダイズに接種すると、SG09株の窒素固定能力が約2倍に向上し、ダイズの生育量も増加しました。

マメ科植物は、根粒菌が窒素固定したNH3を栄養とすることができるため、他の作物に比べると窒素肥料の投入量が少なくても生育できます。根粒菌SG09株とヘルパー微生物OFT2株の同時接種は「窒素固定能力の向上に伴う窒素肥料のさらなる削減」を可能にします。さらに、老化した根粒の崩壊とともに土壌中に放出されるSG09株は、土壌中のN2OをN2に変換することで、「農耕地からのN2Oの発生削減」も可能にします。窒素肥料の削減と温室効果ガスの削減は、持続可能なダイズ生産の仕組み作りに貢献します。

図1 根粒菌 SG09株、ヘルパー微生物 OFT2株を組み合わせたダイズ栽培モデル
一酸化二窒素(N2O)削減根粒菌(赤色)が共生することで、ダイズ根粒は、空気中の窒素(N2)をアンモニア(NH3)に変換する窒素固定を行います。ヘルパー微生物(青色)が存在すると、窒素固定能力がさらに増強され、ダイズの生育量も増加します。ダイズの収穫期になり、窒素固定を終えて老化した根粒の内部から出てきたN2O削減根粒菌は、N2OをN2に変換します。N2O削減根粒菌とヘルパー微生物をダイズ栽培に活用することにより、窒素肥料の削減と、温室効果ガスの排出抑制に貢献することが期待されます。

本研究成果は、Scientific Reportsオンライン版において、2023年11月1日及び2023年10月10日に発表されました。

関連情報

予算 : ・NEDOムーンショット型研究開発事業「資源循環の最適化による農地由来の温室効果ガスの排出削減」(2020年度-2024年度)

・日本学術振興会 特別研究員奨励費 20J12228, 22J01397

特許 : WO2022149590

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 所長立石 剣
研究担当者 :
同 作物生長機構研究領域 グループ長今泉(安楽) 温子
上級研究員下田 宜司
学術振興会特別研究員(PD)原 沙和
契約研究員キン・トゥザーウィン
広報担当者 :
同 研究推進室遠藤 真咲

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

N2OはCO2の265倍の温室効果を持つ、強力な温室効果ガスです。地球全体の人為的N2O発生量の約82%は農業生産起源であることから(出典:国立環境研究所「世界の一酸化二窒素(N2O)収支 2020年版を公開」)、農地から発生するN2Oを削減する技術の開発が急務となっています。農地において、N2Oは主に化学肥料の使用や作物の収穫残さなどから発生しています。またダイズなどのマメ科作物の畑では、マメ科植物の根に根粒菌がつくる根粒が、収穫期に老化して崩壊することにより、N2Oが発生することが知られています。ダイズ根粒菌3)の一種であるBradyrhizobium diazoefficiens(代表株:USDA110株)は、N2Oを窒素ガス(N2)に変換できるN2O還元酵素4)遺伝子(nosZ)を持っていますが、その能力は弱く、農地から発生するN2Oを削減する効果は十分ではありません。また日本の土壌に存在するダイズ根粒菌の多くはnosZ遺伝子を持たず、N2OをN2に変換する能力がありません。N2Oを変換する能力を持つ根粒菌であっても、マメ科作物の生育を促進する効果を併せ持たなければ、作物の生産量を高める微生物資材としての活用は難しいと考えられます。このような状況から、N2O変換能力とマメ科作物の生育促進効果を同時に達成できる、根粒菌とダイズを組み合わせたダイズ栽培技術の開発が求められていました。

私たちは、イネ科植物であるソルガムに住み着いている微生物から、nosZ遺伝子をもつ根粒菌を探索し、ダイズにも共生可能で、高いN2O変換能力を有するSG09株を見出しました。次に、SG09株の微生物資材としての有効性を検討するため、植物生育促進微生物5)の一種であるPseudomonas sp. OFT2株との同時接種によるダイズの生育への影響を調べました。

研究の内容・意義

  • N2O還元酵素を持つ微生物の分離と性状解析
    N2O変換根粒菌としてよく知られるUSDA110株は、Bradyrhizobium diazoefficiensというグループに属しています。福島県のソルガムを栽培している土壌に住み着いている微生物を調べたところ、USDA110株とは異なるBradyrhizobium ottawaenseというグループに属する微生物の中からN2O変換能力を持つ株が複数見つかりました。これらの菌株のN2O変換能力(N2O還元活性)を調べた結果、SG09株が、USDA110株より5倍ほど高いN2O還元活性を持つことがわかりました。またSG09株の高いN2O還元活性の原因を調べたところ、SG09株はN2Oが存在し、酸素濃度が低い条件において、USDA110株に比べnosZ遺伝子の発現が200倍ほど高く、この高いnosZ遺伝子発現がSG09株の高いN2O還元活性の理由であることが明らかになりました(図2)。
    図2 B. diazoefficiens USDA110株とB. ottawaense SG09株のN2O還元活性(A)とnosZ遺伝子の発現量(B)の比較
    SG09株は非常に強いN2O還元活性を示します。また、SG09株のnosZ遺伝子の発現量はUSDA110株の発現を1とした場合の200倍程度と非常に高いことが分かります。図中の*は、SGO9株のUSDA110株に対する差が統計的に有意であることを示しています。
  • 従来の根粒菌株とSG09株をダイズに共生させた場合のN2O変換能力の比較
    次に、3種類の根粒菌をそれぞれ接種したダイズを実験室内で栽培し、ダイズの根を含む土壌からのN2O発生量を比較しました。SG09株を接種した際の土壌からのN2O放出量は、nosZ遺伝子を持たず、N2O変換能力のないUSDA6株を接種した際の10分の1程度、nosZ遺伝子を持つがN2O変換能力の低いUSDA110株を接種した際の3分の1程度に減少しており、SG09株は非常に高いN2O変換能力を持つことがわかりました。(図3)
    図3 3種類の根粒菌(B. japonicum USDA6株, B. diazoefficiens USDA110株, B. ottawaense SG09株)をそれぞれ接種したダイズの根および周辺土壌から発生するN2O量の比較
    nosZ遺伝子を持たないUSDA6株に比べて、SG09株を接種したダイズのN2O発生量は約10分の1に減少しました。なお、図中の*はこれら微生物間の差が統計的に有意であることを示しています。
  • 農業資材としての有効性の検証
    今回見つけたSG09株を農業資材として利用する場合、マメ科作物の生育を促進する効果を併せ持つ必要があります。そこで、SG09株と植物の生育を促進する微生物Pseudomonas属菌 OFT2株(ヘルパー微生物)を一緒にダイズに接種したところ、SG09株単独接種と比較して、窒素固定能力が約2倍向上し、ダイズの地上部乾燥重量も増加しました(図4)。
    図4 SG09株とOFT2株を同時接種したダイズの窒素固定活性(A)、および、地上部乾燥重量(B)
    SG09株単独接種(薄橙色)とSG09株とOFT2株との同時接種(濃橙色)では、窒素固定活性、および、地上部乾燥重量が増加しました。図中の*は統計的に有意な差があることを示しています。

今後の予定・期待

今回解析したN2Oの変換能力が高い根粒菌B. ottawaense SG09株は、ダイズに根粒を形成し、窒素固定も活発に行います。その窒素固定能力は植物の生育を促進する微生物(ヘルパー微生物)OFT2株との同時接種でさらに向上することが明らかとなりました。根粒共生による窒素固定は、窒素肥料の代わりとなるため、ダイズと根粒菌 SG09株、ヘルパー微生物 OFT2株を組み合わせて栽培することで、窒素肥料のさらなる削減と農地から発生するN2O削減の両方が可能になると期待されます(図1)。

用語の解説

一酸化二窒素(N2O)
地球温暖化を引き起こす温室効果ガス。産業革命前の大気N2O濃度は270 ppbでしたが、農業などの人為的なN2O放出に伴い2018年時点で331 ppbに上昇しています(https://www.nies.go.jp/whatsnew/20201005/20201005.html)。大気中の平均滞在時間は100年以上で、CO2と同様に一度放出されると、その地球温暖化への影響は長く続きます。[ポイントに戻る]
根粒
ダイズなどのマメ科植物の根に形成されるこぶ状の器官。根粒菌と呼ばれる土壌細菌がマメ科植物の根に感染し、根が部分的に細胞分裂を起こし膨らむことで形成されます。根粒菌は根粒の中に住み着き、大気中の窒素ガスを植物が利用できるアンモニアへと変換(この反応を窒素固定と呼ぶ)し、マメ科植物に供給します。[概要に戻る]
ダイズ根粒菌
ダイズ根粒菌は日本の農地土壌にも生息しており、Bradyrhizobium japonicumBradyrhizobium diazoefficiensBradyrhizobium elkaniiの3種が知られています。本研究では、農地土壌では極めてまれにしか生息していないBradyrhizobium ottawaenseが高いN2O変換能力を示すことを発見しました。B. ottawaenseはカナダのオタワで最初に発見された種で、カナダでは優良根粒菌として推奨されていますが、N2O変換能力については知られていませんでした。[開発の社会的背景と研究の経緯に戻る]
N2O還元酵素
酸素が存在しない条件でN2OをN2に還元する酵素です。一部の環境細菌がN2O還元酵素を持っていますが、これまでダイズ根粒菌ではB. diazoefficiensのみで活性が確認されていました。本研究では新たにB. ottawaenseが高いN2O還元活性を示すことを発見しました。[開発の社会的背景と研究の経緯に戻る]
植物生育促進微生物
土壌中に存在し、植物と相互作用することで、植物の生育を促進する効果を持つ微生物の総称です。[開発の社会的背景と研究の経緯に戻る]

発表論文

Bradyrhizobium ottawaense efficiently reduces nitrous oxide through high nosZ gene expression.
Sawa Wasai-Hara, Manabu Itakura, Arthur Fernandes Siqueira, Daisaku Takemoto, Masayuki Sugawara, Hisayuki Mitsui, Shusei Sato, Noritoshi Inagaki, Toshimasa Yamazaki, Haruko Imaizumi-Anraku, Yoshikazu Shimoda & Kiwamu Minamisawa. Scientific Reports (2023) 13:18862.
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-023-46019-w

Synergistic N2-fixation and salt stress mitigation in soybean through dual inoculation of ACC deaminase-producing Pseudomonas and Bradyrhizobium.
Khin Thuzar Win, Sawa Wasai-Hara, Fukuyo Tanaka, Aung Zaw Oo, Kiwamu Minamisawa, Yoshikazu Shimoda & Haruko Imaizumi-Anraku. Scientific Reports (2023) 13:17050
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-023-43891-4

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