養育費の支払義務者が自営業者等である場合
における養育費額の算定の在り方に関する
調査研究報告書
令和4年3月
公益社団法人商事法務研究会
は し が き
本報告書は、法務省から受託した「養育費の支払義務者が自営業者等である場合に
おける養育費額の算定の在り方に関する調査研究業務」について、調査・分析の結果
をまとめたものである。
本調査では、養育費額の算定の実情を把握し、問題点とその解決策を見出すため、
家庭裁判所の裁判官を皮切りに、弁護士、税理士そして厚生労働省の担当官へのイン
タビューを実施した。設問の設定については、本件業務の趣旨・目的を念頭に、法務
省との協議を踏まえ、研究者の協力の下に決定した。インタビューは、それぞれおお
よそ 60 分から 90 分かけて実施し、それぞれの専門分野から大変参考になるお話を
うかがうことができた。
そして、第 1 として「調査研究概要」を述べた後、上記インタビュー等をもとに第
2 として「現状の分析と課題」をまとめ、第 3 で「課題解決のために考えられるアプ
ローチ」を提示し、続く第 4 では「各アプローチに対する批判的検討」を行っている
(なお、インタビューのうち、厚生労働省の担当官を対象としたものは第 3 で取り上
げている)
。今後の課題解決に向け一助となればと願っている。
最後に、本調査を実施するにあたっては、協力研究者をはじめ、多くの方々のご協
力をいただいた。この場をお借りして厚く御礼申し上げる次第である。
2022 年 3 月
公益社団法人商事法務研究会[1]目 次
第1 調査研究概要 .........................................................................................................1
1 調査研究の目的.......................................................................................................1
2 調査研究の方法.......................................................................................................2
第2 現状の分析と課題.................................................................................................2
1 養育費の算定に関する現行制度の概要 ..................................................................2
2 養育費の算定の実務 ...............................................................................................3
(1) 養育費算定方式...................................................................................................3
(2) 養育費の取決めの件数 ........................................................................................5
3 現行制度下における養育費の算定の実情...............................................................5
(1) 家庭裁判所裁判官インタビューの結果の紹介....................................................5
(2) 弁護士インタビューの結果の紹介.................................................................... 11
1 東京................................................................................................................ 11
2 大阪................................................................................................................20
4 自営業者等の収入の認定に係る税務の専門家の視点 ..........................................28
5 実務上の課題(小括)..........................................................................................32
(1) 調査嘱託について .............................................................................................32
(2) 権利者側に課される負担の大きさ....................................................................32
(3) フロー収入を前提とした算定について.............................................................33
第3 課題解決のために考えられるアプローチ.....................................................33
1 収入を基準とするアプローチ...............................................................................33
(1) 調査嘱託の運用に関する方策 ...........................................................................33
(2) 義務者側からの資料の提出を促すための方策..................................................35
(3) 権利者側からの立証のハードルを下げるための方策.......................................36
(4) その他................................................................................................................36
2 子どもの生活費を基準とするアプローチ.............................................................37
(1) 考え方................................................................................................................37
(2) 児童扶養手当制度との比較...............................................................................39
第4 各アプローチに対する批判的検討..................................................................42
1 収入を基準とするアプローチ...............................................................................42
(1) メリット............................................................................................................42[2](2) デメリット ........................................................................................................43
(3) 検討 ...................................................................................................................43
1 収入認定のための資料の提出について――調査嘱託の活用について..........43
2 課税証明書等の記載内容が実際の収入を反映しているか............................44
3 提出された資料に基づく収入が実収入より低いことの立証 ........................45
4 養育費の算定に収入以外を考慮する可能性..................................................45
2 子どもの生活費を基準とするアプローチ.............................................................46
(1) メリット............................................................................................................46
(2) デメリット ........................................................................................................46
(3) 検討 ...................................................................................................................47
3 その他のアプローチ .............................................................................................47
(1) メリット............................................................................................................48
(2) デメリット ........................................................................................................48
(3) 検討 ...................................................................................................................48
第5 おわりに................................................................................................................49
協力研究者(五十音順)
石 綿 はる美(一橋大学大学院法学研究科准教授)
浜 田 真 樹(浜田・木村法律事務所弁護士)1第1 調査研究概要
1 調査研究の目的
近年、養育費をめぐる問題が社会問題の一つとしてクローズアップされる機
会が増えてきた。
例えば、
離婚後に養育費を受け取ることができていないひとり
親が非常に多く、そのことがひとり親世帯の貧困にもつながっているといった
ようなものであるが、厚生労働省の平成 28 年度ひとり親世帯等調査結果では、
母子世帯において離婚した父親から現在も養育費を受けている割合は、24.3%
であり、離婚した母親から現在も養育費を受けている割合は、3.2%である(な
お、父子世帯だとその割合はさらに低くなる)
。また、2019 年国民生活基礎調査に
よると、子どもの貧困率(等価可処分所得の中央値の半分に満たない世帯)は、
「大
人が一人」の世帯員では貧困率が 48.1%(OECD 旧基準の場合)となっており、
約半数が相対的貧困の状態という深刻な状況にある。
養育費は、
子が生活するた
めに必要な費用であることからすれば、養育費の不払いはひとり親世帯の貧困
の問題と決して無関係とはいえないであろう。このような社会情勢を背景とし
て、
政府レベルでも、
養育費の不払い問題の解消に向けた取組を実施する方針が
明確に打ち出されており、
法務省や厚生労働省など関係府省においても、
さまざ
まな取組が進められているところである。
養育費の不払いの問題について、法制度上の課題に目を向けると、現在、法制
審議会家族法制部会において、養育費の問題を含めた離婚後の子の養育の在り
方について検討が進められている。
法制審議会では、
養育費に関する法制度の在
り方について、
取決めの場面や履行確保の場面など、
場面ごとに問題が取り上げ
られ、
法的論点について議論が行われているが、
その中でも取り上げられている
課題の一つに、
支払義務者が自営業者等である場合の養育費額の算定がある。具体的には、現在の実務では、養育費額の算定にあたり、主に双方の収入額に基づ
き算定額が算定されているものの、
支払義務者が自営業者である場合に、
自営業
者の収入が正確に把握できず、結果として養育費額の算定に困難が生ずる場合
も少なくないのではないかといった指摘である。
もっとも、
この課題を検討する
にあたっては、
まずは、
養育費額の算定の実情や養育費額の算定における課題を
的確に把握するとともに、現在の養育費額の算定方法における隘路を分析する
必要がある。そこで、本調査研究では、法制審議会における検討のための基礎資
料を収集することを目的として、養育費の支払義務者が自営業者である場合に
おける養育費を算定するための実体的・手続的規律の在り方について調査研究
を行っている。なお、今回の調査研究の主な対象は、支払義務者が自営業者であ
ることを念頭においているが、
自営業者とは、
個人事業主と法人代表者のいずれ2も含み、
自営業者の他に、
例えば父母等の親族が経営する事業に従事している者
や勤務先の許可を得て兼業している給与所得者等についても、自営業者と同様、
収入の把握が難しい場合にあたると考えられることから、本調査研究にあたっ
ては、そのような者も対象としている。
本調査研究は、委託者である法務省とも適宜協議をしながら進めたものであ
る。
2 調査研究の方法
本調査研究においては、
まず、
養育費額の算定の実情を把握する必要があった
ため、養育費に関する実務を行っている家庭裁判所の裁判官や弁護士に対して、
主に支払義務者が自営業者等である場合の収入認定や養育費の算定に関し、実
務上困難を感じる点や課題等についてインタビュー調査を実施した。養育費の
算定においては、例えば、ひとり親当事者や支援団体から、相手方の収入が分か
らず、
養育費を決めるにあたって苦労したなどとの声が聞かれるが、
養育費の実
務に携わっている実務家に対するインタビューは、
養育費の算定の実情や、
問題
点を明らかにする上で、非常に有益なものであったと感じている。
また、
実務家に対しインタビューを実施する中で、
税務の専門家の知見も参考
にしながら解決を図ったケースが複数紹介されたため、税務の専門家をも対象
に、自営業者等の実態を把握するための税務、会計上の着眼点や、事業の実質的
な収益力の評価の在り方についてインタビュー調査を実施した。
さらに、
このようなインタビュー結果を踏まえ、
養育費額の算定について検討
するにあたり、父母の一方が死亡したひとり親世帯の生活を支える機能も担っ
ている児童扶養手当に関して、どのような観点からその金額が決まっているの
かを検討することが有益であると考えられた。
そこで、
児童扶養手当の制度趣旨
や、私的扶養との関係についての考え方、手当額の根拠等について、厚生労働省
の担当者に対してもインタビュー調査を実施した。
最後に、
このようなインタビューの結果も踏まえ、
養育費額の算定について立
法的視点から考えられるアプローチを提案するとともに、各アプローチに対し
て批判的検討を行っている。
第2 現状の分析と課題
1 養育費の算定に関する現行制度の概要
民法第 766 条では、
「父母が協議上の離婚をするときは、子の監護に要する費3用の分担その他の監護について必要な事項を協議で定め、協議が調わないとき
又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める」とされて
いる。すなわち、未成年の父母が離婚をする場合には、子と離れて暮らす親は、
子の養育のために必要な費用を、子と同居する親と分担しなければならないこ
ととされており、
一般的には、
この分担の取決めに基づいて子と離れて暮らす親
(支払義務者)から子と同居する親に対して支払われる金銭のことを「養育費」
という。
養育費の分担義務は、
合意又は審判で決定されて、
具体的な義務となる。
平成 23 年の民法等改正において、父母の離婚時の養育費の取決めを促進する
観点から、父母が離婚をする場合に定める「子の監護に必要な事項」の例示とし
て、監護費用の分担(養育費)が明示されるに至った。
他方で、
養育費の負担の前提となる親子間の扶養義務については、
未成熟子の
父母は、直系卑属に対する扶養義務を負うとする規定はあるが(民法第 877 条第
1 項)
、親の未成熟子に対する扶養義務についての特別な規定は設けられていな
い。
養育費の問題は子の生活のために極めて重要であると考えられているものの、
民法には、
養育費や、
その義務を果たすことが重要であること等を示す条文はな
いことから、
子の扶養義務及び養育費に関する規律の在り方について、
法制審議
会家族法制部会において議論が行われている。
2 養育費の算定の実務
(1) 養育費算定方式1
現在の裁判実務では、
養育費の額は、
別居親と同居親の双方の収入に基づき、
いわゆる「算定表」を参照して算定されている。算定表とは、司法研修所の司法
研究として令和元年 12 月に公表された「改定標準算定方式・算定表(令和元年版)」のことをいう。これは、平成 15 年に発表された、三代川俊一郎ほか「簡易
迅速な養育費等の算定を目指して――養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の
提案」
(判タ 1111 号(2003 年)285 頁(1114 号(2003 年)3 頁で修正)
)を改良した
ものである。
平成 15 年の標準算定方式・算定表の提案以前の家裁実務においては、養育費
等支払義務は「生活保持義務」として履行されるべきとの考え方から、例えば、
養育費については、
子が義務者と同居していると仮定すれば、
子のために費消さ
れていたはずの生活費がいくらであるのかを計算して算定する見解が主流であ
った。もっとも、このような算定方法に対しては、基礎収入を算出する際に総収1養育費算定方式に関しては、水野有子ほか「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研
究」司法研究報告書 70 輯 2 号(2019 年)に詳しいので、こちらを参照した。4入から控除されるべき公租公課、
特別経費の実額認定、
特別経費の範囲等をめぐ
る当事者間の対立を招き、
審理が長期化しやすいといった問題や、
算定の具体的
な方法が専門的な知識を前提とした複雑なものであったため、一般的な法律家
においても容易に適用できず、当事者間における養育費額の予測可能性が困難
であるといった問題が指摘されていた。
そこで、
養育費及び婚姻費用の算定にお
ける簡易迅速性と予測可能性及び養育費等事件全体としての一貫した公平性の
確保のため、東京・大阪養育費等研究会(東京及び大阪の高等裁判所、地方裁判所
及び家庭裁判所に所属する有志の裁判官等数名から成る私的な研究会)は、事案を類
型化、抽象化し、収入以外の公租公課、職業費及び特別経費について、個々の事
案における実額の認定や推計額で算定するものではなく、公租公課については
税法等で理論的に算出された標準的な割合を、職業費及び特別経費については
統計資料に基づいて推計された標準的な割合・指数を用いることとして、平成
15 年に標準算定方式・算定表を提案した。標準算定方式・算定表における養育
費の算定方法は、
義務者及び権利者の基礎収入を認定した上で、
子のために費消
されていたはずの生活費の額を算出し、これを義務者及び権利者の基礎収入の
割合で按分するというものである(収入按分型)
。また、生活保護基準及び学校教
育費に関する統計を用いて標準的な生活費指数を算出している。平成 15 年に発
表されたこの提案は、養育費及び婚姻費用の算定についての私的な研究会によ
る「提案」とされつつも、最高裁判所第三小法廷平成 18 年 4 月 26 日決定(家
月 58 巻 9 号 31 頁、判時 1930 号 92 頁)において、標準算定方式を用いて算定さ
れた婚姻費用の分担額について、その結果が是認されて以降、簡易迅速に、合理
的な養育費及び婚姻費用を算定するものとして、
家庭裁判所の人事訴訟、
家事審
判及び家事調停における養育費や婚姻費用の算定実務において、幅広く利用さ
れてきた。また、裁判所を利用しなくても、この標準算定方式・算定表をもとに
養育費額が算定され、
養育費額の交渉の基準となるなど、
当事者への予測可能性
の高さから、
裁判手続だけでなく、
裁判外で自主的に取決めをするような場合に
おいても広く普及している。
その後、
最初の提案から年月が経過し、
この間の基礎となる制度や統計数値の
変動等を理由に見直しの必要性が指摘されていたところ、このようなことも踏
まえ、家庭裁判所の実務を担当する裁判官を研究員とする司法研修所の司法研
究として、
社会実態の反映、
算定方法に改良すべき点がないかという検証が行わ
れ、
「改定標準算定方式・算定表」が提案された。
「改定標準算定方式・算定表」
は、
従前の標準算定方式・算定表の考え方を踏襲しつつ改定されたものであり、
その延長線上にあるものとして、
従前の標準算定方式・算定表と同様に実務上広
く受け入れられ、引き続き活用されている。
自営業者の場合の基礎収入の認定については、基本的には総収入(課税される5所得金額)から所得税、住民税及び特別経費を控除した金額とされているが、標
準算定方式・算定表においては、所得税及び住民税について総収入のおおむね
15〜30%(高額所得者のほうが割合が大きい)
、特別経費については総収入のおお
むね 33%〜23%
(高額所得者のほうが割合が小さい)
とされ、
自営業者の基礎収入
割合は、
総収入の 52%〜47%(高額所得者のほうが割合が小さい)
の範囲内とされ
ていた。司法研究では、最新の税率や統計数値を用いて、基礎収入が同一となる
給与所得者の総収入と自営業者の総収入の対応関係を求め、自営業者の総収入
に対する所得税及び住民税の割合(おおむね 16〜34%)
、特別経費の割合(おおむ
ね 23〜18%)
から基礎収入割合を算出して、
自営業者の基礎収入割合は、
61%〜
48%程度とした。
改定標準算定方式に従い算出された養育費について、子の人数(1〜3 人)と年
齢(0〜14 歳と 15 歳以上の 2 区分)に応じて作成した、改定標準算定表が提案さ
れ、改定標準算定表は、裁判所のホームページでも公開されている。改定標準算
定方式・算定表は、
あくまで標準的な養育費等を簡易迅速に算出することを目的
とするものであり、当事者が、ホームページ記載の算定表を参照しながら、裁判
外で自主的に取決めをすることができるようになっている。
(2) 養育費の取決めの件数
法務省では、平成 23 年の民法改正により、父母が離婚をする場合に定める事
項の例として、面会交流や、監護費用の分担(養育費)を明示する見直しが行わ
れたことを周知するために、平成 24 年 4 月に、離婚届用紙の様式を改定し、離
婚届用紙に養育費の分担に関する取決めの有無のチェック欄を加えた。未成年
の子を有する父母の離婚のうち、養育費の取決めをしているにチェックしてい
る者の割合をみると、近年、60%台中盤で推移している状況である。
なお、養育費調停事件の新受件数は、1 万 7000 件〜1 万 8000 件で推移して
おり、養育費審判事件は、約 3000 件で推移している(令和 2 年司法統計)。3 現行制度下における養育費の算定の実情
(1) 家庭裁判所裁判官インタビューの結果の紹介
日時:12021 年 11 月 18 日(木)10:00〜11:00
22021 年 11 月 22 日(月)13:00〜14:30
➢ 家事事件の経験が豊富な家庭裁判所の裁判官 4 名に実施したインタビュー結
果の概要は以下のとおりである。なお、以下の回答は、基本的にインタビュー
協力者の個人的見解をまとめたものである。6【養育費請求調停・審判事件において義務者の収入認定に必要とされる資料】
○しろまる 一般的に、給与所得者については源泉徴収票を求めているが、その他に課税
証明書が提出されることもある。直近の 1 年間での転職や配置転換、コロナ
禍での大幅な減収が主張された場合、
直近の給与明細書 3 か月から半年分程
度の提出を求めている。
○しろまる 自営業者の場合には、一般的に確定申告書の提出を求め、収支内訳書も含め
て提出を促している。
【第1回期日までに当事者から提出される収入に関する資料】
○しろまる 源泉徴収票や給与明細書、確定申告書が提出されることが多い。これらの資
料は、当然に必要なものであり、裁判所からも提出を促すため、第 1 回期日
前に提出されることが多い。
○しろまる 義務者側にも、期日の通知と併せて収入資料を提出するよう指示しており、
それに応じて提出されることも多い。また、権利者側から、義務者の課税証
明書や確定申告書の写しが提出されることもある。
○しろまる 相手方が、
第 1 回期日までに提出している割合は 5 割程度と思う。
申立人側
でも、代理人の判断により第 1 回期日までに提出されないこともあるが、裁
判所が第 1 回期日までに資料の提出を促すかどうかは個々の裁判体の判断
である。第 2 回期日に収入に関する資料が揃う事件も相当数ある。
【収入に関する資料の内容と生活状況とが乖離しているおそれがある場合】
○しろまる 事案に応じて異なるが、
確定申告書に記載された義務者の収入額が明らかに
低い、実態にあっていないといった指摘が権利者側からあったときは、権利
者に義務者の生活の実態を具体的に説明してもらい、
提出された資料に記載
された収入と生活レベルが異なることを明らかにしてもらっている。
経費の
うち、接待交際費や地代家賃の部分で争われることが多く、義務者側から合
理的な説明が得られず、権利者側から合理的な説明があれば、申告書記載の
数字とは異なる収入額を認めることもある。
○しろまる 義務者側の生活状況を把握するために、家計収支表(同居時、現状)の提出を
促して、減収の状況や生活実態について説明を求めることが多い。事案によ
っては、預金通帳等の提出を促して実際の収入の実額の把握に努める。1 年
分の確定申告書の内容では不明な場合、
過去 3 期分程度の確定申告書の経年
の変化をみることもある。
○しろまる 同居期間中に赤字事業であったとしても、
住居や所有している車等から生活
レベルが高いと考えられる場合等に、
義務者側に説明を求めることがあるが、
義務者側からは、同居時の住宅ローンや賃料の支払、保険料や積立ての主張7のほか、借入れにより生活費を賄っていたといった主張もあり、実態の把握
は難しいと感じている。とはいえ、審理の長期化により判断が遅れることは
有益ではないので、事案によるが、審理の状況も踏まえて、少なくとも申告
書の数字に疑義が生じるような程度であれば、
義務者側に説明の機会を与え
た上で、
その説明が不合理であれば申告書の数字から修正を加えるといった
判断をする等している。
【収入認定に必要な資料が提出されない場合】
○しろまる 調停の段階から、
収入に関する資料の提出を促し、
初回期日に揃わなくても、
調停委員を通じて促すと 2 回目には揃うことが多い。
それでも提出されない
場合には、
資料が提出されない場合に賃金センサスを用いる可能性があるこ
とや審判で不利な結論が出る可能性があることを具体的に説明し、
一般的に
は 3 回目には資料が出揃っている印象である。
義務者側から収入資料が提出
されない場合には、権利者側に収入の推計のための資料の提出を求め、それ
らの資料を参考に、調停委員会で金額を提示することも少なくない。
○しろまる 義務者から資料が提出されない場合には、
市役所や就業先への調査嘱託を行
う可能性や、賃金センサスを用いて算定する可能性があることを伝え、調停
期日において、
資料が提出されない場合の養育費額の算定見込みを丁寧に説
明し、資料の提出を促している。それでも提出を拒む場合には、自治体への
課税証明の調査嘱託や、勤務先への源泉徴収票等の提出を求めるが、最終的
には賃金センサスを用いて認定することもあり得る。
○しろまる 義務者が収入に関する資料の提出を拒んでいるだけで直ちに賃金センサス
を用いることはせずに、権利者側に家計収支表(同居時)を提出させ、義務
者の生活実態等の収入に関する説明を求めることが多い。
離婚して年数が経
っている事案では、相手の生活状況に関する情報がないこともあるが、権利
者側で義務者の就業内容や収入について把握していた場合や、
経理に関与し
ていた場合には、権利者側にも説明を求めている。
○しろまる 金額の推定が必要な場合、権利者側に義務者の生活状況や数年前の(同居時
の)収入を主張してもらうことがある。権利者に求めている義務者の収入に
関する主張立証の程度は、義務者の期日対応等も踏まえ、事案によって異な
る。義務者が勤務する企業のホームページなどから、採用条件、雇用条件、
モデル収入等を提出してもらい、収入を推計することもあれば、同居時の権
利者側の家計の通帳等から算出された生活費を参考に、
収入を推計すること
もある。特に、義務者が資料を全く提出しない場合であれば、同居時の給与
明細の控えや勤務先の情報などの断片的な資料を用いて、
権利者側から主張
された同居時の生活状況を参考に、収入を推計することもある。8○しろまる 権利者側にも主張立証を求めるかどうかは、代理人の有無等、事案に応じて
も異なるが、例えば、義務者の態度が不誠実で収入が認定できない事案にお
いて、迅速さが求められるようなケースにおいて、賃金センサスを用いて収
入を認定し、早期の結論を出したこともある。
○しろまる 賃金センサスを用いる場合には、
その前に収入認定に必要な資料の提出を何
度も促している。その上で、権利者側から義務者と同居時の収入や生活実態
に関する主張をしてもらい、義務者の収入について心証が取れる場合には、
それらの情報を用いてできる限り収入を推計する等している。
そのような方
法で心証が取れる事案が多いが、心証が取れない場合には、学歴や職歴等を
手がかりに、
賃金センサスを用いて認定することになる。
ケースによっては、
賃金センサスの数字をそのまま用いるのではなく、
賃金センサスの数字から
何割かを減額することもある。
○しろまる 個人的には、審判に移行しても相手が全く出てこない場合や、収入が把握で
きない場合の最後の手段として考えており、
賃金センサスを利用しているケ
ースは1割に全く届かないと思う。
○しろまる 保険会社による支払がされる交通事故の場合と異なり、
養育費は義務者の実
情に沿った養育費額の支払を命じないと、
養育費が支払われない可能性があ
り、かえって別の紛争を招くおそれや、義務者側の生活が破綻するおそれも
あるため、賃金センサスを用いるのは、経験上せいぜい約 4、5 件に 1 件の
割合である。
【調査嘱託について】
○しろまる 嘱託については、自治体に対して課税証明を求める方法と、勤務先に対して
源泉徴収票を求める方法が考えられるが、裁判官によって考え方が異なる。
自治体からの回答により審理が進むことも何度も体験しているが、
回答を拒
絶する自治体もあり、
嘱託先からの回答が見込まれないことを理由に申立て
をしない代理人も多い。勤務先に対する嘱託は、義務者への影響等を配慮す
ることもあるのに対し、自治体への嘱託は比較的行いやすいのではないか。
○しろまる 調査嘱託先については、まずは権利者側の選択に委ねているが、結果として
自治体への嘱託を優先する人が多いと感じている。権利者としては、勤務先
への嘱託は義務者本人に不利益があるのではないかといった配慮をしてい
るのではないか。
○しろまる 嘱託先から回答が拒否された場合は、
個人情報保護法を理由に回答しないと
いったものが典型的である。自治体への嘱託の場合は、経験上、地方税法第
22 条の秘密の漏洩に当たることを理由にしていることが多いように思う。
裁判所からの嘱託に対する回答が、秘密の漏洩に当たるかどうかは、個人的9には疑問を感じるところではある。
○しろまる 裁判所からの嘱託でも回答義務があるはずで、
法令上の根拠に基づいて適切
に回答すれば、本来的には問題ないのではないか。このような理解がなかな
か広まらないが、
裁判所からの嘱託に対して課税証明を回答する自治体も増
えている。特に養育費の事件については、自治体が調査嘱託に適切に応じて
くれるような方策があれば、審理運営上大変有益である。
○しろまる 調停において資料が提出されるため、
調査嘱託を採用したことはあまりない
が、義務者が欠席を繰り返す事案で、就業先に調査嘱託をしたことがあり、
その際は、就業先から給与に関する回答が提出された。
○しろまる 嘱託を実施するかは、裁判官によってもさまざまだと思う。特に、調停段階
での嘱託については、調停は話し合いの段階であることから、慎重な立場の
人もいると聞いている。
【養育費の支払義務者が自営業者の場合の養育費額の算定における課題一般に
ついて】
○しろまる 収入の把握に苦労している例は相当数ある。
事業所得者や会社の役員報酬を
得ていながら会社の経費で生活している経営者も、同様の問題があり、正確
な収入の把握が難しい。
家庭裁判所としては後見的な見地から実情に見合っ
た解決を目指しており、ペナルティのような形で「主張・立証」がないから
直ちに不利益な取扱いをするというようなことはなじまないと個人的には
考えているが、収入を把握するための手段があれば、もう少し審理しやすく
なるのではないか。
○しろまる 経費として処理されているものの中に生活費が紛れている場合には、
その部
分も考慮した上で養育費額を算定しなければならないが、
義務者が確定申告
書記載の収入額に基づく養育費額にこだわり、
適正な扶養義務を果たすこと
について理解してもらえないことがある。
○しろまる 養育費の算定において、迅速な審理の運営が非常に重要であることから、い
わゆるファストトラック的運用により迅速に判断できるよう検討を進めて
いるところであり、
早期に資料の提出を促すといった運用ができるとよいと
考えている。
【収入認定の工夫例】
○しろまる 個人的には、
自治体に対する所得金額の調査嘱託は早めに実施するようにし
ている。収入資料を提出するか否かで期日を重ねるよりも、早期に調査嘱託
を行って、その結果を見極めることで、全体として審理が早くなるのではな
いか。10○しろまる 確定申告書や帳簿類のようなものが提出された場合、
税理士の資格を有する
調停委員に意見を聞くこともある。
【義務者の経営する会社において役員報酬の切り下げが主張された場合】
○しろまる 役員報酬が前年比で 1 割程度減額になっていることもあり、
義務者に役員報
酬が下がった理由の説明を求めても説明しない場合には、会社の決算書類 3
年分の提出を求め、貸借対照表や損益計算書を見て、売上げや経費を経時的
に確認し、報酬の減額が合理的なのか確認する等している。決算書類が提出
されない場合には、
(減額前の)従前の収入で認定するといった選択肢もある
のではないか。
○しろまる 義務者からの説明がない限り、
減額された金額で認定することは難しいと義
務者側に説明すると、最終的には決算書類が提出されることが多い。その上
で、
決算書類に記載された内容が正しいのかといった争いがされることもあ
る。
【義務者が親族等の事業に従事する場合】
○しろまる 企業の規模、親族と義務者との関係性等を考慮して、自己が経営する会社と
同様に考えられる場合には、
自営業者の場合と同様の進め方で対応している。
○しろまる 親族の経営する会社に雇われている場合には、
源泉徴収票や給与明細を提出
してもらうが、前年までの給与が高かったのに、婚姻費用や養育費の調停が
申し立てられた途端に半額になっているなど大幅に減額されていることも
あり、減額された理由を義務者側に求める等している。そこで合理的な説明
ができない場合には、
稼働能力としては前年と変わっていないといった認定
をすることもある。親族関係の事業に限らず、コロナ禍において事業収入が
減少したといった主張が増えたが、
一時的な現象のみを捉えて低い金額で認
定してもよいのか、悩みながら審理判断をしているのが実情である。
【保全処分について】
○しろまる 養育費や婚姻費用は、日々の生活費の問題なので、仮払いが望ましいが、仮
払いを拒否された場合には、より迅速な審理が求められる。コロナ禍におい
て、調停期日が入らなかったこともあり、最近保全処分を申し立てるケース
が増加した。そのような事案では、確定申告書で形式上出せる金額につき、
とりあえず保全決定を出すことも考えられる。
【その他】
○しろまる 婚姻費用や養育費といった経済事案では、
代理人がついていないケースでは11感情に固執されてなかなか審理が進まないケースがあるが、
代理人がついて
いるケースでも、申告書の記載内容について激しく争われるなど、争点が拡
散してしまう可能性は否定できない。
生活のための費用を請求しているので、
審理にも迅速さが求められているが、
あまりにも細部に踏み込むことにより
審理に時間を要するケースもあり悩ましい。
○しろまる 義務者が養育費の仮払いに応じず、
権利者が子育て等により収入を増やすこ
とが難しく生活が逼迫している場合には、
特に迅速性が要求されると考えら
れる。個人的な感覚として、そのようなケースは全体の 2 割程度であり、義
務者が給与所得者か自営業者かによって差異はないように思う。
婚姻費用や
養育費の場合、一定の金額は払わなければならないため、調停委員を通じて
仮払いに応じるよう求めているが、
仮払いを強く拒否する場合には調停や審
判にあたって、特に迅速性が求められていると考えている。
(2) 弁護士インタビューの結果の紹介
1 東京
日時:2021 年 12 月 22 日(水)16:30〜18:10
➢ 折井純弁護士(東京弁護士会)
、大森啓子弁護士(第二東京弁護士会)に実施し
たインタビュー結果の概要は以下のとおりである。
【養育費問題の相談者における養育費算定表の認知度】
○しろまる 法律相談で受ける印象としては、
認知度は上がってきたように感じるものの、
算定表を知らない人がまだ大半という感じである。
○しろまる 養育費算定表を知っている方、
聞いたことはある方が増加している印象があ
る。一般的にはそこまで知られていないのかもしれないが、弁護士に相談し
ようとする方は、ネットや本でいろいろと調べていて、6〜7 割程度は知っ
ている印象である。
【相談者に対して通常求める資料】
○しろまる 一般的に、源泉徴収票あるいは確定申告書の確認を求める。また、転職して
いるような場合には、
転職の際の契約書や直近の企業の給与明細書を確認す
る。
○しろまる 離婚前の相談の場合には収入に関する資料を求める。
法テラスの利用の場合
には、源泉徴収票や課税証明書、給与明細書を準備してもらう。離婚後の相
談の場合には、養育費に関する合意書の有無、調停調書での取決めの有無等
を確認する。12【第1回の調停期日までに裁判所に提出する資料】
(権利者側として)
○しろまる 源泉徴収票、確定申告書などの収入に関する資料を提出する。子どもが私学
の場合の学費に関する資料についても、間に合えば提出する。特に婚姻費用
を求める場合、一般的に、婚姻費用の起算点は申立時点になるため、最低限
の収入資料が揃った時点で、
なるべく早く申立てを行うことを優先すること
が多い。
○しろまる 婚姻費用の調停の場合、申立てをしてから、収入に関する資料は後でという
こともある。裁判所から、第 1 回期日までに収入資料を準備するよういわれ
ることもあるが、東京家裁の事案で、そのような指示を受けることは少ない
ような気がしている。また、離婚調停の申立ての中で養育費を申し立てるこ
とが多いが、相手方が離婚に応じるのかがまず問題になるため、最初から収
入資料を準備したり提出したりすることはほとんどない。
(義務者側として)
○しろまる 離婚調停の場合、収入に関する資料を求められたとしても、提出を見送る場
合もある。権利者に有責性があると主張して、義務者側が婚姻費用の支払義
務の有無自体を争う場合には、依頼者(義務者)側から収入資料を出すと、
権利者が余計に執着して、
何が何でもお金が欲しいという気持ちになること
があるので、婚姻費用の負担義務について裁判所の見解が示されてから、収
入資料を出したいといった依頼者もいる。
○しろまる 依頼者が義務者側の場合には、収入資料の開示を拒まれる方が多い。別居や
離婚となると、婚姻費用の支払自体を非常に躊躇する方が多く、義務者側か
ら積極的に収入資料を開示して、
婚姻費用を支払うという方は少ないように
思う。
【養育費調停事件の際に裁判所から提出を求められる資料】
○しろまる 養育費調停の際に、どちらが先に資料を出すかが問題となり、第 1 回期日ま
でにお互い資料を提出せず、双方の提出時期を同時とすることもままある。
○しろまる 基本的に、給与所得者の場合は源泉徴収票、自営業者の場合は確定申告書の
提出を求められる。相手方から源泉徴収票が出されたものの、額面上直近の
給与所得額が大幅に減っており、
権利者側から、
(2 カ所で稼働しているはずだ
が一つしか出されていない)源泉徴収票だけでは信用できないため、相手方に
課税証明書の提出を求めたが、当該事案では、裁判所は課税証明書の提出の
説得に消極的であった。
○しろまる 養育費請求事件の際、両当事者から収入に関する資料が提出されず、お見合
い状態になることは頻繁にある。財産に関する資料に限らず、相手方から提13出されないと、本人も先に提出したがらないことが多い。裁判所から、請求
している権利者側から出してくださいなどとよくいわれているが、
同時提出
となることが割と多い。
○しろまる 代理人がいる場合、
(代理人から)説得しているからか、裁判所から促される
前に資料が出されることが多いが、公平の見地から、同時提出が多い印象で
ある。代理人がいない場合は、裁判所から促されてから、出されることが多
い印象である。
○しろまる 当事者本人の場合には、同時提出よりも、裁判所から提出を促されて提出さ
れている。代理人がいる場合には、一方のみの提出は不公平であるとなるこ
とが多い。
【義務者が収入認定に必要な資料を提出しない場合】
○しろまる 代理人がいる場合、
裁判所と代理人から資料の提出をする必要があることを
説明し説得するので、何らかの資料が提出されることが多いのではないか。
資料の不足がある場合はあるものの、
何も出されない事例はほとんどないと
思う。代理人がいない場合、裁判所から、本人に対し、収入資料を提出する
必要性を説明してもらうことになる。相手方(義務者)と同居している場合
や、別居でも住民票を元のままにしている場合には、自治体で課税証明書を
取ってもらうこともある。
○しろまる 代理人がついていない場合、
収入資料が提出されないことが結構あるように
思うが、
裁判所から提出するよう説得されると提出する当事者が多いように
思う。相手方の収入に関して、自治体から課税証明書を取っておくようアド
バイスすることもある。
○しろまる 申告書だけからは真実の収入がわからない場合には、
数年分の申告書を提出
してもらい、その平均などで算定するようなことはある。
○しろまる 義務者が申告書等を提出しない場合に、過去の申告書や、保育園や住宅ロー
ンの審査時に申告した義務者の収入等、
現在の収入を推定する資料を提出す
ることがあるが、基本的には、現在の収入がわからないと正確な算定ができ
ないため、調査嘱託の申立ても考えるが、経験上、調査嘱託を行わない裁判
所が多い。
○しろまる 親族経営や少人数での会社経営も同じだが、給与所得者に比べて、自営業者
は正確な収入が把握できず、
正確な養育費や婚姻費用の算定はできないとし
て、諦めモードになる弁護士がほとんどであると思う。養育費の算定は、現
状、収入基準で行われているが、自営業者の場合、正確に収入を申告してい
る人は少なく、
別居や離婚の話になると収入を操作してしまう人も残念なが
ら多い。自営業者の算定方法は、給与所得者よりも非常に不公平になるので14はないか。
○しろまる 他の弁護士が経験した事案であるが、年金、バイト代、賃料収入が見込まれ
る義務者の預金口座の調査嘱託を行い、相手方の同意により、複数の金融機
関から取引履歴を取り寄せることができた事案があったようである。
○しろまる 調査嘱託は、調停段階では裁判所が採用に積極的ではないことが多く、役所
がなかなか応じてくれないことなどから、
積極的に考える代理人が多くない
ように思う。金融機関も、口座名義人の同意がないと照会に応じないところ
もあるので、金融機関への照会を最初からあきらめている代理人もいる。
○しろまる 調停でも調査嘱託はできるが、調停段階での調査嘱託は、訴訟と比べて非常
に消極的である。嘱託に応じない役所があるからかもしれないが、裁判所の
態度もあってか、周りの弁護士も含めて、養育費や婚姻費用請求の調停段階
から調査嘱託を申し立てることはほとんどしていない。
○しろまる 養育費や婚姻費用請求よりも、財産分与調停において、財産開示の関係で調
査嘱託の話が出てくることが多いが、裁判所は、調停で調査嘱託を行うこと
についてあまり積極的ではない。裁判所としては、調査嘱託で(財産が)明
らかになり、調停合意ができる場合には、調査嘱託を採用するが、回答があ
っても合意の見込みがないような場合には、
調査嘱託を採用しないことが多
いのではないかという印象である。
○しろまる 調停における調査嘱託の採否は裁判官の個人差も大きいように思う。
婚姻費
用や養育費などの別表第二の事件の場合、
調停段階から必要な資料はすべて
集めておいたほうがいいという考えを持つ裁判官の場合には、
調停でも嘱託
を実施することがある。
調査嘱託に対する裁判官の考え方はさまざまであり、
証拠は基本的に当事者が集めるべきものと考えるのかについても、
個別の裁
判官の考え方次第なのではないかと感じている。
○しろまる 代理人からすると、裁判所のさじ加減が全くわからず、裁判官によって、ま
た同じ裁判官でも事案によって判断が異なるために、
嘱託の採否について予
測可能性が立たない印象である。代理人からすると、調査嘱託について、裁
判所が積極的に採用するわけではなく、
また役所など本当に入手したいと思
う嘱託先からは回答を拒否されることから、ややネガティブな、使えない制
度というイメージがあるように感じる。
○しろまる 税務署や役所に対する調査嘱託は、拒否されることが多い。役所に対して所
得の金額とその内訳、
所得控除とその内訳について嘱託をして拒否されたこ
とがある。
○しろまる 一般的に、役所からは回答を拒否される。財産分与の訴訟で、財産を調べる
ために、
金融機関に対して、
金融調査や保険調査の調査嘱託を申し立てると、
一部の金融機関を除いて回答があるが、養育費や婚姻費用については、一番15知りたい税務関係の資料や課税証明書は回答されないので、
調査嘱託の意味
がないのかもしれない。
○しろまる 実際に調査嘱託に応じている自治体があれば、
その動きが広がっていけばよ
いのではないか。まだ嘱託に応じていない役所でも、他の自治体の状況を聞
けば対応が変わるかもしれないので、
他の自治体への情報提供も検討してほ
しい。
【義務者の収入認定に必要な資料が提出されない場合の権利者としての対応】
○しろまる 事案にもよるが、現在の収入はわからないものの、同居当時の収入を把握し
ている場合に、数年前の源泉徴収票の記載をもとに、最低でも現在これぐら
いの収入があるはずだろうと主張することがある。また、家賃、車、学費を
積み上げて、
最低でもこれぐらいの収入がないとやっていけないだろうとい
った、実際の生活の収支をもとに、収入の主張・立証することもある。他に
も、義務者が勤務医の事案で、複数のバイトを行っているが、バイト先や収
入に関する資料が一切提出されなかったときに、
権利者が把握していたバイ
ト先の情報をもとに弁護士会照会をかけて、
勤務先が判明したケースもある。
○しろまる 親族や親の会社で仕事を手伝っていて、その会社からの収入はなくても、親
が必要なものを義務者に与え、
親の収入で生計が維持されているような事案
もある。
実際、
裕福な生活を送っているのではないかと思われても、
数字上、
収入がなければ、本人の収入はないということになり、歯がゆい思いをした
事案もある。
○しろまる 権利者が、子育てなどにより収入がない又は十分な収入がないときに、稼働
能力について争いになることがよくある。他方で、子どもを養育している権
利者は稼働しており収入はあるものの、義務者が働いておらず、実家の援助
を受けて生活している場合に稼働能力をどのようにみるかが問題になった
ケースもある。形式的にみると本人の収入がない場合の稼働能力や、親から
の援助によって生活している場合の収入をどのように考えるのかは非常に
悩ましいのが実情かと思う。
○しろまる 義務者側から提出されないときは、権利者側の代理人として、当時の収入が
記載されたローンの契約書等、
義務者の生活の収支がわかるような資料を探
すなどして、義務者の収入に関して有効な主張・立証を考える。収入資料か
らの立証が難しいときは、生活実態から立証する方法しかない。
○しろまる 権利者側として、家計収支表や陳述書を提出するが、それでも限界があり、
必要な資料が出されずに義務者の収入がわからない場合には、
究極的には調
停で適当に決めていることが多いのではないか。具体的には、これまでの経
験では、義務者に対し、どの程度の収入があるのか、いくらぐらいであれば16支払えるのかといったことを聞いて、
当事者双方が合意できる内容で決める
といったことが割とある。
○しろまる 調停の中で、子どもに必要最低限かかる費用を、家計収支表等で算出するこ
とはよくあるが、
子どもにこのくらいの費用がかかっているということより
も、実際にいくら支払えるのかといったことが重視されてしまう。子どもに
月 10 万円程度かかるとしても、
義務者が仕事を辞めてアルバイトで月 10 万
円の収入しかないとなると、
払えないという判断がされてしまい、
最終的に、
どのくらいであれば譲歩できるのかを話し合い、
当事者双方が合意できる形
で決められている。
【提出された収入に関する資料と実際の生活状況とが乖離しているときの対応】
○しろまる 義務者が自営業者の場合や、
会社の代表者で自由に会計をコントロールでき
るような場合、収入資料と実際の生活状況とが乖離していることが多い。例
えば、私生活の経費を会社の経費にしているケースが結構見られる。一人会
社の場合には、
法人の決算書類は実質本人の確定申告のようなものであると
して、義務者の確定申告書あるいは源泉徴収票だけでなく、会社の決算書類
も提出させ、その内容を分析し、実際の生活費に使用した分を所得に加算し
て計算し直すことも多い。ただ、義務者が資料を提出しなかったり、検討に
労力等が非常にかかったりする上、
線引きが困難で分析自体困難な場合が少
なくない。
○しろまる 収入の資料と実際の生活状況とが乖離しているケースは非常に多い。
具体的
には、赤字申告であるにもかかわらず、生活費月 30 万円程度を現金で渡し
ているようなもの、売上げがあるはずだが確定申告していないもの、何年も
非課税になっているが、キャッシュで数千万円の自宅を購入しているもの、
会社経営者で調停が始まった途端に役員報酬が減額されているものなどで
ある。そのような場合には、家計収支表や陳述書を提出し、実際にどの程度
の生活費をもらっていたのかなどを細かく主張していくが、
このような主張
が認められることはなかなか難しい。
○しろまる 裁判所は書類を重視する傾向があり、
形式的にでも申告書が提出されている
と、その内容を覆すには非常にハードルが高いと感じている。実際の収入が
申告書の記載内容と異なることを主張する場合、
立証責任が義務者側から権
利者側に移る形になってしまうが、
権利者が義務者側の収支状況を正確に把
握している場合は少ないので、立証のハードルは非常に高くなってしまう。
【賃金センサスが用いられた経験】
○しろまる 賃金センサスは、めったに使われないという印象がある。
(賃金センサスの)17統計上の数字で計算するよりも少しでも実態に即した数字が適切であろう
という裁判官の判断かもしれないが、
義務者の生活の実態を立証する傾向に
あるのではないか。
○しろまる 他方で、資料を提出しない当事者に対して、裁判所がこれ以上資料を提出し
ないのであれば賃金センサスを使用することになると伝えて、
資料の提出を
促すといったことはある。
○しろまる 他の弁護士の事案で、親族企業に勤めていた義務者が、事件申立後に辞めて
再就職し、
従前の 5 分の 1 の収入になったと主張したが、
詐害的であること
が明らかであったため、
裁判官が賃金センサスの使用を示唆した事案があっ
たと聞いている。
○しろまる 収入がわからないときに、賃金センサスを用いるとされているが、賃金セン
サスを基準に算定されたことは一度もなく、
周りもそのような経験はないよ
うである。
○しろまる 裁判官が、賃金センサスの金額では支払が無理であろうと判断すれば、生活
実態に応じて、
いくらまでなら支払えるのかを義務者に確認してその金額で
決まってしまうこともあり、
そのような形で決めざるを得ないことが多いよ
うな気がしている。
○しろまる 義務者(母親)が、非常に能力の高い正社員でかなりの収入を得ていたが、
現在働いていない事案があった。権利者側の代理人として、稼働能力として
最低でも賃金センサスの平均以上の収入は得られる稼働能力は持っている
であろうという主張を行ったが、裁判所では短期労働者の 120 万円程度と
認定された。母親が権利者側である場合年間 120 万円程度の稼働能力とさ
れることが多いが、養育してない母親(義務者側)でも同程度と考えるのか
と思ったことがあり、
賃金センサスのどの数字を用いるのかの問題も感じた。
【審理方法及び算定額に関する予測可能性や地域性等について】
○しろまる 養育費の事件の予測可能性については、セオリー的な部分もあるので、収入
が本当にわからないような事案を除けば、
ある程度の予測ができることが少
なくない。
○しろまる 地域性については、保全を出すかについては地域差があるかもしれない。特
に婚姻費用を求めているときに、一刻も早く生活費が欲しいということで、
調停の申立てと併せて保全の申立てをするか検討するが、
東京の場合は暫定
払いの合意をする運用で対応しており、保全手続での対応は聞かない。
他方で、地方によっては、第 1 回でまず保全決定をして、その後の調停で正
式な金額を決めていくところもあった。例えば九州のある家裁で、義務者が
抵抗したものの、裁判官の判断により、第 1 回で保全額が決められたことも18あった。
○しろまる 地方の運用はよくわからないが、東京の場合は、保全を申し立てることはほ
とんどないような気がしている。他方で、調停委員会も婚姻費用は早急に決
めないといけないといった考えを持っており、
非常に早い段階から暫定払い
の話がされ、調停での金額がなかなか決まらない場合には、調停委員から、
まずは暫定払いをするよう義務者に積極的に申し向けることもある。
【義務者が自営業者である場合の養育費額の算定における課題】
○しろまる 私自身や周りの弁護士から聞いた経験からすると、
義務者側の収入を争うと
き、業務と関連しない経費や控除を認めないといった主張・立証をしていく
ことが多い。例えば、自宅の家賃や公共料金、携帯電話の料金を経費計上し
て収入を少なく見せている場合には、控除を認めないといった主張、基礎控
除や生命保険料控除、地震保険料控除、青色申告の控除を認めないといった
主張、婚姻費用の事案では、婚姻費用を支払っていない状況なので扶養控除
も認めないといった主張をすることもある。また、法人名義のクレジットカ
ードを配偶者や家族に持たせているケース、
会社名義の車を自家用車として
使用しているケース、水道光熱費も会社名義にしているケースなど、自営業
者の場合には、公私混同が非常に多いので、それをどのように切り出して、
どのように切り分けるのかといった主張・立証を行う。これらの細かい検証
を正確に行おうとすると、申告書類だけでは不十分で、元になる書類や領収
書、
レシートなどまで確認する必要があるが、
そこまでは提出されないので、
細かい検証はできないことが多い。
○しろまる 自営業者の場合、正確な収入把握、収入認定ができず、申告をしていない人
も多いが、賃金センサスが採用されることもほとんどない。自宅経費や業務
に関連しない経費を認めないとしても、
主張立証を権利者側に求めるにはハ
ードルが大きい。自宅兼事務所で、権利者が確定申告を手伝っていたような
ケースでは、
自宅の経費や家族で行った旅行費を交際費に入れていることが
わかるが、そうでないケースでは、どこまでの経費が妥当なのか、裁判所が
判断するのも大変ではないか。
○しろまる 裁判所の調査権限を拡大し、積極的に調査嘱託を実施し、税務資料や金融資
産を調べることができるようにならないか。また、キャッシュフローだけで
なく資産も見るべきである。
収入が全くなくても預金が非常に多い人はいる
ので、そのような人の収入をどのように判断すべきなのか、検討することが
必要である。
○しろまる 資料が入手できないことについては、裁判所の調査権限の強化や、役所に嘱
託に応じてもらうようにする、
法改正が必要であれば法制度の見直しも検討19するなど、
資料の提出が確保されるような手立てを講じることが必要である。
もっとも自営業者の課題としては、
確定申告書や決算書類上の記載をそのま
ま認定できるのかといった問題がある。公私混同されている状況において、
何を正確な収入と考えればよいのか。例えば、売上げは非常に大きいが、原
価も含めて経費が大きい場合、仕事に関連する部分、節税も含めた「私」の
部分を抽出することが非常に難しいものもある。
税務署が難しいと判断した
ものについてどこまでできるのか、
またそのような作業を権利者側でしなけ
ればいけないのかといった課題があると思う。
○しろまる 経費だけでなく、売上げの部分も、例えば、養育費を決めるから今年度の売
上げは来年度に回すといった方法が採られることもあり得る。
権利者の中に
は、義務者の収入が怪しいため、税務調査をしてほしいという人も非常に多
く、税務署に電話する人もいるが、税務調査までいくケースは聞かない。ま
た、税務調査により、権利者に不利になってしまうこともあるかもしれず、
非常に難しい問題である。
○しろまる 審理の迅速性と、正確な収入の把握のどちらを優先するのかについては、事
案にもよるが、暫定払いの有無が非常に大きい要素である。例えば、養育費
そのものについて双方の対立が大きいが、
緊急を要する学費については支払
う気があるのか、
義務者側の主張する金額とどの程度離れているのかも問題
になる。
○しろまる ケース・バイ・ケースだが、婚姻費用の場合は、離婚までの費用なので、す
ぐに決めたいという方が多く、時間をかけて細かく戦うよりかは、ある程度
のところで妥協する人が割と多い。
養育費についてはきちんと請求したい人
もいる一方で、
早期の離婚成立を優先させて金額は少なくてもよいという方
も割と多く、義務者側の主張する、これだけしか払えないという金額で応じ
てしまうことが多い。だからこそ、自営業者の問題が、今まであまり公にさ
れてこなかったのではないか。
○しろまる 権利者側は、離婚に至る状況も含めてすでに疲弊している人が少なくなく、
相手方の収入認定のための立証のハードルがいくつもある中で、
ストレスの
要因にもなっていた相手方当事者と向き合いながら根を詰めてやっていく
体力や気力もない。泣き寝入りということも少なくないと思う。
○しろまる 統計的に見て家賃は収入の何割ぐらいなのかを基準に、
家賃から収入を推定
するような立証責任の転換は、一つの工夫としてあり得ると思う。持ち家の
場合はどうするのかといった問題はあるかもしれないが、
裁判所ではそこま
で大胆な認定をしていないので、
考え方として検討してみてもよいのではな
いか。
○しろまる 現状の実務の発想として、収入がこのくらいだから、この程度であれば払え20るだろうということになっているが、
別の算定方法や別の基準でできないか、
検討してみてはどうか。
【義務者が親族等の事業に従事する場合】
○しろまる 調査嘱託をして、明らかに虚偽の回答が出てくることも考えられるが、虚偽
であることの立証も難しく、正確にはどうなのかわからないから、非常に難
しい。
○しろまる 他の弁護士の話では、養育費額を決める際に、義務者が勤める親族の会社の
収入資料に基づいて養育費額を計算したが、
養育費不払いにより義務者の給
与を差し押さえたところ、
当該親族の人は複数の会社を持っており、
(収入資
料が提出されていた会社以外の)他の会社からも義務者が給与収入を得ていた
ことが判明し、増額請求をしたケースがあった。このケースは親族企業の手
違いでたまたま判明したが、親族も義務者の味方の場合には、収入に関する
資料も、故意に隠すことや、虚偽の対応をすることがあるため、実際に見破
るのは難しいのではないか。
○しろまる 親族等の事業に従事している場合も、自営業者と同じような問題があり、義
務者側の収入を正確に把握するのは非常に難しい。
2 大阪
日時:2021 年 12 月 20 日(月)13:30〜14:40
➢ 安元義博弁護士、櫻井美幸弁護士(いずれも大阪弁護士会)に実施したインタビ
ュー結果の概要は以下のとおりである。
【養育費問題の相談者における養育費算定表の認知度】
○しろまる インターネットで調べてから事務所に来る人がほとんどであり、
認知度とい
う点ではほぼ 100%と思っていいのではないかと思う。
【相談者に対して通常求める資料】
○しろまる 同居している子どもの年齢や人数を把握するため、
戸籍謄本や住民票等は持
ってきてもらうようにしている。
可能であれば相手方のものも取ってきても
らう。収入把握のためには、本人の給与明細書、源泉徴収票、確定申告をし
ている場合は確定申告書、収入がない人には課税証明書を用意してもらう。
給与明細書や課税証明書は法テラスの関係でも必要なので、
役所で取ってき
てもらうなどしている。
○しろまる 依頼者が資料を提出したがらない場合は、
審判等の今後の見通しの話をして、
養育費は子どものためのお金であるから、
自分のことばかり考えるべきでは21ないなどと言って、最終的には提出してもらっている。
【第1回の調停期日までに(権利者側として)裁判所に提出する資料】
○しろまる 申立ての際に、戸籍謄本や住民票のほか、現在の同居家族や相手方も含めた
資産や収入の状況、仕事の状況、申立てに至った実情を記載した事情説明書
を裁判所に提出する。事情説明書は、相手方には送付しないが、調停委員に
とって状況が把握しやすくなるものであり、同居の状況や収入の状況は、養
育費や婚姻費用の目安を出すための参考にもなる。
○しろまる 相手方
(義務者側)
については、
裁判所から資料を提出するよう言われても、
第 1 回期日までには必ずしも出されていないような気がしている。第 1 回
期日で話を聞いて、出さなければいけないのだということを理解してから、
資料を提出することが多い。
○しろまる 代理人の中には、
相手方の収入資料が出されてから申立人側も出すと言って、
お互い「先に出せ」と言うことがあるが、そのような場合には、裁判所が入
って、提出期限を同日に設定することが多い。
○しろまる 先に資料を提出するのをためらう一番大きな理由は、
相手方に対する不信感
である。
いずれ資料を提出しないといけないことを依頼者本人に説得したと
しても、先に相手方から出してほしいと言う者もいる。
○しろまる 裁判所から通常求められる資料として、
収入証明や現在の稼働状況などの客
観的な資料のほか、生活状況に関する報告書の提出を求められる。家庭裁判
所であれば専用のシート
(事情説明書)
があるので、
養育費のこれまでの支払
状況や、変更を求める事情、滞るようになった事情等、詳しく説明しないと
裁判所にわかってもらえないものを書くようにしている。
特に昨今のコロナ
禍での収入の減少については必ず書くようにしているが、
収入の減少が必ず
認められるとは限らない。
【第1回期日までに(義務者側として)提出を求められる資料】
○しろまる 源泉徴収票、給与明細、確定申告書など収入がわかる資料を求められる。
○しろまる 養育費の調停だけであれば、いずれ資料を提出することになるので、用意す
るように伝えることが多い。夫婦関係調整調停では、婚姻費用や養育費を決
めないといけないため、裁判所から提出を促されることが多いが、離婚に応
じるかどうかやその時期がまだわからないところもあるので、
第 1 回期日ま
でに相手方から資料を提出することは少ないと思う。
【義務者が収入認定に必要な資料を提出しない場合】
○しろまる まずは調停委員が、義務者に対し、資料を提出するよう説得を重ねることに22なるが、それでも資料を提出しない場合には、資料が提出されずに賃金セン
サスを使うとなるとどのくらいの金額になるのかを本人に伝え、
資料の提出
を促している。
○しろまる 調査嘱託の申立ても検討することになる。
審判に移行してからでないと認め
ないという調停委員会も中にはあるようだが、
調査嘱託の必要性を説明する
と、絶対に認めないということでもないと思う。調査嘱託等をやってみて、
それでも資料が出てこない場合には、
どのくらいであれば払うつもりがある
のか、当事者双方から希望額を出して、調整できるかどうかの問題となる。
早期解決が図れるのであれば審判に移行せずに合意での解決を選ぶ当事者
もいる。
○しろまる 権利者側がある程度把握できていれば、
義務者が持っているはずの預金口座、
給与や収入用の口座の入出金明細に関して、
金融機関に対する調査嘱託の申
立てを行う。また、税務署に対する税務申告書類や市役所に対する課税証明
書の嘱託も考えられるが、ほぼ回答が出ないので、やっても仕方のないとこ
ろだと思う。
○しろまる 自営業者といっても会社を立ち上げていて、
会社から給料という形でもらっ
ている場合、あまり実はないかもしれないが、勤務先に対しての給与明細書
や源泉徴収票、あるいは勤務先の決算書や附属明細書についての調査嘱託、
送付嘱託を申し立てることはある。
○しろまる 税務署に対して調査嘱託をしても絶対に答えないので、
関与税理士がいたら
その税理士に嘱託を求める、
あるいは職務上の守秘義務を理由に断られるよ
うな場合に、
提出命令まで求めるのかという点について考える必要があるの
ではないかという気がしている。文書提出命令まで求めたことはないが、遺
産分割事件の調停の際に申し立てられたことがあり、
法律上できないことは
ないと思う。
○しろまる 調査嘱託により税務書類が入手できれば理想的だが、
それが難しいのであれ
ば、課税証明書が入手できればよい。
○しろまる 預金口座の嘱託については、一般的に回答がある場合が多いが、最近は口座
名義人(相手方)の同意がないと出せないとして回答を拒否されるケースが
増えている。裁判所から嘱託の趣旨を説明して、同意がなくても回答するよ
う説明しているようだが、
回答を一切拒否する金融機関のグループもあると
聞いている。
○しろまる 勤務先への嘱託に対する回答は、給与明細書、源泉徴収票、法人の決算書で
あれば提出される場合が多いのではないか。法人の決算書だけではなく、附
属明細書や役員報酬の一覧といったものも求めることが多いが、
そこまで提
出されるケースは少ない。23○しろまる マイナンバーカードや個人識別番号に紐付けられた資料が全部出てくるの
であればそれに越したことはないが、弁護士として(プライバシー保護の観点
から)これを推進すべきなのかどうかは少し迷いがある。
○しろまる 嘱託をしても資料がなかなか出されないことが多い。義務者側の立場で、養
育費の減額変更の申立てをしたことがあるが、
権利者側の戸籍謄本を取り寄
せたところ、
権利者が再婚していたが再婚相手と連れ子が養子縁組をしてい
なかったケースがあった。
生計を同一にしている再婚相手の収入状況を明ら
かにするよう、裁判所から権利者側に説得してもらったが、その事件では、
1 審では、養子縁組をしていないから権利者の再婚相手には扶養義務はない
ということで減額は認められなかったが、2 審では、再婚相手に連れ子に対
する法律上の扶養義務がなかったとしても、
家計を一体として見て養育費を
勘案し、養育費の減額が認められたことがあった。権利者本人の資料だけで
なく、寄与度に関連する資料として、相手方(権利者)と生計を同一にする
者の収入状況も、調査の対象になることがあるのではないかと思う。
【義務者の収入認定に必要な資料が提出されない場合の権利者としての対応】
○しろまる 必要な資料が提出されない場合、
子どもの生活に必要な費用や同居時の家計
状況を参考に、権利者側の収支を算出し、義務者側にいくら払ってもらうか
を計算するしかないのではないか。
賃金センサスを参考にすることもあり得
るが、
自営業者である特殊性がどこまで認められるのかという問題はあると
思う。
○しろまる 子どもの生活に必要な費用は、
厚生労働省による生活費の費目と金額に関す
る統計を基にして、主張したことがある。
【提出された収入に関する資料と実際の生活状況とが乖離しているときの対応】
○しろまる 生活実態から義務者の収入を推定してもらうため、
婚姻費用や養育費につい
て支払合意があったのか、
これまでに支払実績があればその実績も参考にな
ると思う。また、家賃や光熱費の引き落とし、給料や売上げ等、義務者の毎
月の収入や支出がわかる通帳、権利者が家計簿などをつけていれば家計簿、
レシートなどから食費や個人年金保険料、
医療費等の実際の支出を積み上げ
ることもある。
義務者が借入れをしていた場合には借入金の返済の明細書や
クレジットカードの支払明細書、自営の場合は売上げの日計表を出して、支
払えるだけの収入はあるだろうという一つの資料にはなり得ると思う。
あわ
せて、家計収支表や陳述書、報告書を提出して、義務者主張の収入ではない
ことを疎明することになる。
○しろまる 権利者が、
義務者には借入れの返済をするだけの収入があると思ったときに、24裏付けになるようなものを権利者側が持っていればいいが、
ない場合もある。
抵当権の存在を手がかりに借入先がわかることもあるので、
何か手がかりが
あれば、関連の資料を提出するよう、調停委員を通じて相手方に求めること
になる。
○しろまる 給与明細書や源泉徴収票、確定申告書が出されたときに、不審点があれば指
摘をしている。他の弁護士にも聞いたところ、社労士などの専門家に給与明
細書や確定申告書を見てもらって不審点は全て指摘をするという人もいた。
具体的には、相手方から提出された 3 か月分の給与明細について、実働時間
の記載がない、
基本給が毎月異なっている、
雇用保険料が毎月異なっており、
その動きが基本給や支給額と関連していない、
現金支給額と厚生年金保険額
との比率がおかしい、といった不審点があったため、名前等を隠した上で社
労士に確認したことがあった。社労士からは、給与明細書に記載の厚生年金
保険や雇用保険に相当するおおよその給料額、
雇用保険料や厚生年金保険の
金額を見ると、作為的に数字を動かしているように見えるとして、それらを
主張書面に記載して提出したことがある。
出された資料の信憑性に問題があ
ることを調停委員にアピールし、
相手方に伝えてもらうのは一つの手段であ
る。
○しろまる 他の弁護士の経験として、自営業者の申告所得額について、確定申告書は提
出されたが収支内訳書等の提出はなく、申告に係る売上高、経費等の内訳が
不明であること、義務者自身の陳述する年間売上高や約定家賃、義務者の形
態から推認される経費、同居中の婚姻費用、その他の義務者が負担していた
費用を総合して、
確定申告書に記載された金額を基準とした収入とは異なる
収入を裁判所が認定したことがあった。
【賃金センサスが用いられた経験】
○しろまる 賃金センサスや他の統計資料を基に収入について主張したことはあるが、裁判所は独自の考えを持っており、
そのまま採用されることはなかったと思う。
賃金センサスが用いられることはまれである。
○しろまる 実際に賃金センサスで出してもらった経験はないが、
審判例等では賃金セン
サスで認定している例があり、裁判所から、当事者に対し、資料が提出され
ない場合に、
このまま提出されないと賃金センサスで算定することになると
伝えられることもある。ただ、賃金センサスの金額がそれほど高くなく、実
際の収入や申告額よりも低いときは、
義務者にとって有利になる場合が多い
のではないか。
賃金センサスで算定してもいいということで資料が提出され
ないことが多い印象がある。
○しろまる 他の弁護士の経験事例として、
申告を全くしておらず収入を把握することが25難しいケースや、
義務者が主張する収入額が月数万円であるなど賃金センサ
スより安かったケースでは、
賃金センサスで算定されたことがあるようであ
る。
○しろまる 賃金センサスで出すかという話になったときに、
その程度しかもらえないの
であればこの金額でいいということで、
早期に金額を決めてしまうこともあ
る。立証の難しさと、解決に要する時間を当事者が勘案して、合意で解決す
ることを選んでしまうこともあるのではないか。
○しろまる 賃金センサスも企業規模別、年齢別、学歴別などの属性ごとに多少の金額の
差があるが、義務者本人も、このまま資料を提出しなければいくらぐらいに
なるのか、
自分の収入より低い金額の収入になるのかということはある程度
予想できてしまうのではないかと思う。それを見て、資料を提出するかどう
かを考える義務者もいるのではないか。
【審理方法及び算定額に関する予測可能性や地域性等について】
○しろまる 地域性があるかはよくわからないが、審理方法については、東京家裁では養
育費や婚姻費用等の経済事案に限って、
早期に適切な解決をするための方策
が検討されていると聞いている。大阪でも、双方当事者に対し、できる限り
早く資料を提出してもらうようにして、
出された資料を基に算定表を使用し
て金額を算出し、
それを修正しなければならない特別の事情があるのかどう
かが判断されている。特別の事情については、算定表にも一応若干の幅があ
るので、
幅の上のほうにするのか下のほうにするのかというあたりを当事者
間で調整して決めることになっていると思う。
○しろまる 算定表によって算出された金額を修正しなければならない特別な事情が主
張される場合もある。住宅費用の二重払い、私学への通学など、一定の支払
についてきちんとした根拠が提出されると修正されることになるが、
多くの
場合、
算定表の標準額から大きく外れるほどの増減になるということはほぼ
ないのではないか。そういった意味では、ある程度の予測可能性の中で運用
されていると思う。弁護士としては、特別事情をきちんと見ているのかとい
った問題意識は持っている。
○しろまる 東京・大阪であればそれほどの差はないと思うが、判例タイムズで算定表が
初めて掲載されて、
地方の弁護士会で話をした際、
算定表の金額は高いので、
大阪や東京の基準で作られているのではないかといった話が出されたこと
があった。
【義務者が自営業者である場合の養育費額の算定における課題】
○しろまる 一番大きな課題は、
自営業者の場合は収入の把握が難しいということである。26特に、
個人事業者の場合に自家消費はどの程度みるべきなのかというのが難
しい。夫婦二人で事業を行っていたのであればだいたいのものはわかるが、
義務者が権利者に一切何も知らせずに、毎月一定額を渡していて、仕事のこ
とは一切何も話をしないという夫婦もたまにいて、
その場合は収入の把握が
非常に困難になる。
概してそのような義務者は人のことを聞かない人なので、
何を言われても答えようとしない。
非常に苦労している相手方の代理人もこ
れまで何人か見てきた。
○しろまる 権利者が、義務者の収入や、会社であれば売上げや経費といったものがわか
るような資料を一部でも入手したり、
同居時に日計表などのコピーを取った
り写真を撮ったりできていればまだいい。共同で事業を行っていたり、自宅
兼店舗で営業したりしている場合などは権利者が把握できる場合があるが、
そうでなければ義務者にどのくらいの預金があるかということも含めて疎
明ができないという難しさがあると思う。
○しろまる 義務者が売上げを過小申告することは容易にできるし、
経費の過大計上が疑
われるとしても、
権利者側が実際とは異なるということを立証するハードル
は非常に高い。調停や審判、あるいは抗告審で争うこともあり得るが、いろ
いろな事例を聞いていると、調停では話し合いなのでそこまでできないが、
審判での本人への審問の際に、
裁判官からの質問に対して義務者がぽろっと
本当のことを言ってしまったケースもあるようである。
そのようなことがあ
ればよいが、権利者側は法テラスを使っていたり、養育費や婚姻費用を払っ
てもらっていないからこそ手続をしているわけで、
経済的に余裕のない人が、
そこまでお金と時間をかけて手続を進めていくことができるのかというハ
ードルも非常に高いと思う。
【義務者が親族等の事業に従事する場合】
○しろまる ハードルの高さは自営業者の場合とあまり変わらない。
親族等も義務者の味
方なので、
義務者から言われて収入に関する資料を出さないこともあり得る
し、出してきてもそれが本当に真実を反映したものなのか、信憑性に問題が
あるものが非常に多いと思う。例えば、申立てがされた後で給料が下がって
いる場合、売上げが実際に下がっていれば仕方ないかもしれないが、売上げ
が変わらないのに給料が下がっている場合は、
支払いたくないために収入を
減額したと判断して、減額前の元の収入を認めた審判例もある。しかし、売
上げが下がっている資料が出てきたら、
その資料が違うということまで言う
ことは非常に難しい。
○しろまる 他の弁護士から聞いた事例で、
親族の経営する店でアルバイトをしていたた
め、親族に、アルバイトの日数や給料額の照会をかけたところ、権利者がメ27モしていたアルバイトの出勤日や日数と全く違う回答が出てきたことがあ
った。回答が嘘だということがわかったが、実際に回答されてしまうと、こ
れ以上はどうしようもないということで諦めたと聞いている。
審判にいって
審問などをすれば違ってくるのかもしれないが、
嘘をついていることがわか
ってもなかなか難しい場合がある。
○しろまる 離婚と婚姻費用の調停の際に、どう見てもおかしい給与明細が出されたが、
DV 事案でとにかく早く離婚したい、どうせ婚姻費用も払わないだろうとい
うことで、婚姻費用の請求を取り下げ、一定額の解決金を一括で支払っても
らうことで離婚を成立させ、
調停を終わらせたといった話も聞いたことがあ
る。
○しろまる (義務者が主張する収入と異なる収入を権利者が主張する場合は)
立証責任
や説明責任は権利者にあり、
親族が出してきたものがおかしいと説明するこ
との困難さは、自営業者の場合と同程度である。
○しろまる 交通事故の損害賠償の算定において、当事者が、父親の経営する会社に勤務
しており、裁判所が、その会社に対して決算書の文書提出命令を発令したこ
とがあった。源泉徴収票だけでは何とでも書けるので、文書提出命令までい
けば実態が明らかになるのではないかと思うが、
家事事件で文書提出命令が
どこまで認められるのかが一つの問題になるとは思う。
当事者から提出され
た資料の内容があまりにもおかしいときは、裁判所で検討してほしい。
【家事事件手続上の保全、仮払いの利用について】
○しろまる 調停・審判の申立てをしたと同時に、仮払い仮処分の申立てをすることがあ
る。申立てをしていれば、裁判所は期日を早めに入れた上で、支払義務があ
るのかどうか、必要性があるのかどうかを判断することになる。必要性の疎
明については養育費を受け取っていないということだけでは足りず、
今支払
ってもらわないと本当に困るといった生活状況、
権利者が収入を得られない
状況であるとか、働いていて収入はあるが、それだけではとても生活ができ
る状況ではないといった事情が必要で、
そういった事情がある場合は仮処分
の申立てを行う。
○しろまる 養育費や婚姻費用が決まるまで全く払ってもらえないのは権利者としては
困ってしまい、調停委員会もそのことをよくわかっている。また義務者が支
払うべき金額がゼロになるということは、通常はない。未払分の清算は基本
的には一括払いになることが多いが、請求や申立てをしてから、実際に金額
が決まって支払開始となるまでに、全く支払っていないとなると、未払金額
が大きくなり、結局支払ってもらえるのかということになりかねない。義務
者としても負担が大きくなるので、
調停委員会から早期に義務者に金額が決28まるまでに暫定的に払える金額がどのくらいかを聞いたり、
権利者側から現
在の生活が苦しいことを伝えて暫定的な支払いを求めて、
一定額の暫定払い
(仮払い)の合意をし、実際に金額が定められてから差額について清算する
といった手法がとられることも多いのではないか。
○しろまる 調停では「仮払い」の形で、少ない金額でも払い続けてもらうケースが最近
特に増えているのではないかと思う。
4 自営業者等の収入の認定に係る税務の専門家の視点
日時:2022 年 1 月 13 日(木)15:00〜16:15
➢ 松田昭久税理士、中都志子税理士に実施したインタビュー結果の概要は以下の
とおりである。
【自営業者が確定申告をする際に税理士に依頼するケース】
○しろまる 財務省の「令和 2 事務年度国税庁実績評価書」では、所得税申告の税理士関
与の割合は平成 28 年度から令和 2 年度まで 2 割程度である。ただ、所得税
申告の中には、
自営業者でない給与所得者が税理士に関与してもらっている
場合も含まれているので、自営業者だけを見れば、2 割からもう少し下がっ
てくるのではないかと思う。
○しろまる 税理士が見ているのはある程度所得の高い方で、
所得の低い方は商工会議所
やいろいろな任意団体で見てもらっており、
税理士の関与は少ないのではな
いか。実感として、2 割ということはない気はしている。
【自営業者の所得、売上げ、経費を把握するための資料】
○しろまる 自営業者の所得を計算する際には、
非常に細かいものを積み上げていかなけ
ればならないが、例えば売上げであれば、請求書の控え、領収書の控え、預
金通帳、レジペーパー、売上日報等を 1 年間分積み上げて把握する。経費も
同じように、請求書や領収書、支払った際のレシートや預金通帳、クレジッ
トカードなどの明細、賃金台帳や固定資産台帳といったものが基礎となり、
それらを積み上げ計算していくことになる。
これらを検証するには非常に手
間がかかる作業になると思う。
○しろまる 同意見である。
現金商売ではなく事業所得用の通帳や口座の中で動きがある
場合にはそれほど大変ではないかもしれないが、
簡単に計算できるような事
業をしているところはなかなか少ない。税理士が関与する場合には、納税者
本人が記帳して計算をするケース、
あるいは請求書から税理士等が所得を計
算するケースなど、関与の方法はさまざまである。税理士は税務署ではない
ので、税務調査のように「これはおかしいですね」
「売上げが漏れているの29ではありませんか」などと、非があることを前提にチェックすることはあま
りしない。記載内容の正確性を確認したいのであれば、税務署に入ってもら
ったほうがよりよいのではないか。
【確定申告書に記載された数字について実際の収入や生活実態と異なるといっ
た疑義がある場合の数字の正確性を検証するための方法】
○しろまる 自営業者の所得を把握する場合、基本的には、例えば売上げであれば請求書
の控え、領収書の控え、レジペーパー、売上日報などである。しかし、現金
商売をしているところは、そのようなものがないケースもあるので、そのよ
うな業種では検証が難しいのではないか。
税務調査でも難しいところがある
ので、検証が難しい場合があるのではないかと思う。
○しろまる 決算書を確認しても、例えば、決算書で借入金が書き換えられて買掛金にさ
れてしまうと、全く取引が違うことになってしまう。この場合には、原始資
料を見ないと確認できないことになる。
○しろまる 税務申告書に添付しているものがあれば、
それほど大きなごまかしはできな
いのではないか。
○しろまる 税務署に申告している内容で何百万、
何千万も変わってくることはないと思
う。
○しろまる 申告方法によって、収入が何百万、何千万も変わる場合があるかはわからな
い。
○しろまる 生活費であるが、現金商売で現金で支払われている場合には、全く検証の術
がない。個人的な意見であるが、支払義務者に財産がある場合には、養育費
の支払能力があると考えられるので、財産の増減、例えば預貯金の残高の増
減や生命保険料が多額、株式の取引、借入金の増減といった、ストックにも
着目して養育費額を決めることはできないか。
【法人成りしている事業の経営者が役員報酬を抑えつつ経費で生活している場
合に、当該経営者の「実質的な収入」のようなものを観念できるのか】
○しろまる 例えば、
会社経営者が役員に対して社宅を貸し付ける場合には、
家賃が月 30
万円するような物件でも、
少額の負担で住むことができるときがあるかもし
れない。飲食代についても、相手が事業関連者であれば会社にとっての経費
になるので、その中で無駄になっているケースもあるのではないか。
○しろまる オーナー社長であれば、自分の会社という認識があるので、役員報酬を高額
にして高い社会保険料を払うよりも、会社にプールして、あえて役員報酬を
低くしているケースもある。このようなケースの場合は、法人税の申告書を
見て、
利益が非常に大きいのに抑えられた役員報酬になっているといった点30を検討してみてはどうか。
○しろまる 生活実態は、外部からはあまりわからず、当事者同士でないとわからないと
思うが、養育費を受け取る側の立場からは、義務者が贅沢な生活をしている
ように見えても、逆に養育費を支払う側の立場からは、精一杯の支払額とい
った人もいるかもしれない。個人的には、法人が儲けているのであれば、役
員報酬を上げて養育費を支払うこともできるから、自営業者の場合、所得税
の申告書で利益の有無を確認してはどうかと考える。
○しろまる 規模にもよるが、法人の利益があったとしても、所得税の申告書は、個人の
所得税と直結するため、節税対策をとる納税者はいるかもしれない。また、
同族会社であれば、自営業者と同様の問題は起きるであろう。
【本人が経営する会社の役員報酬が減額された際の合理性の検証】
○しろまる 会社による社宅の借り上げのほか、接待名目の私的な食事代、経営者が会社
に貸し付けたお金を回収しているケースも多いのではないか。また、会社が
経営者にお金を貸しているケースも考えられる。そのあたりの動きは、決算
書からある程度わかることもある。
○しろまる 法人税の申告書や、会社の決算書の過去からの経緯、今期の決算内容などを
見て判断することになることなるが、
調停を申し立てられたタイミングでの
報酬の減額であれば、減額前の金額をもとに判断してもよいのではないか。
【義務者の親(親族等)が経営している事業に従事している場合に、給与又は役
員報酬の減額の合理性の検証】
○しろまる 親の会社で、
仮に義務者が給料を下げても親の給料で生活できるのであれば、
本人が代表取締役であっても生活水準はあまり変わらないのではないか。減額する理由が重要であり、
売上げが下がっているのであれば合理的な部分も
あるかもしれないが、
何の理由もなく減額された場合が問題になるであろう。
○しろまる 親の事業が順調で、単に義務者(子)の給料が下がったということだけであ
れば、義務者の給料の減額などは考慮にいれず、従前の金額を基準に養育費
額を算定してはどうか。個人的な意見としては、親にしてみれば、孫の生活
費にあたるから、義務者(子)が払えなければ、祖父母が負担することも考
えられないのか。
【制度的課題】
○しろまる 義務者からの養育費の減額調停はあったとしても、
義務者が事業を始めて儲
けが出ているとか、収入が増えているといったことを申告して、増額調停を
申し立てることはあまり考えにくいのではないか。そうだとすると、取り決31めた養育費額について何年かに 1 回見直すことも必要ではないか。
○しろまる 養育費の支払が決まって、1、2 回は支払があったのに、
その後全く音沙汰な
しで払ってくれなくなったといった話もよく聞くが、
そのような場合には泣
き寝入りするしかないのか。
○しろまる マイナンバーをうまく活用していく方法はないのか。
【収入や支出を把握した上で養育費額を算定することは可能か】
○しろまる 会社であればキャッシュフロー計算書をすぐに作成できるので、
預金の増減
を見れば、収入と支出の差額を計算することは可能であるが、個人事業者の
場合には、かなり困難になるのではないか。
○しろまる 収入と支出の把握は困難ではないかと思う。
【生活実態から利用できる金額を算出する方法について】
○しろまる 派手なブランド品を身につけていても預金残高がない人もいる一方で、
ブラ
ンドの服を着ていないのに 10 億円の財産を持っているような人もいる。外
見上の生活状況からだけでは、
その人の収入の実態を把握することは難しい。
○しろまる 外見から収入を把握することは難しい。
○しろまる 収入の把握が難しいため、義務者に対し、養育費の支払のための何らかのイ
ンセンティブを与えないと養育費の不払いの問題は解決しないのではない
か。例えば、義務者による養育費の支払いについて所得控除を受けられるな
ど、所得税法上の手当てを検討することはできないのか。
○しろまる 養育費の所得控除は、非常に難しいかもしれないが、例えば支払わない人は
官報公告されるといった方策は考えられないのか。
○しろまる それなりの収入があるように見えるにもかかわらず、
養育費が支払われてい
ない場合には、税務署に通報して、税務調査に入ってもらうのも一つの手段
かもしれない。ただ、通報されても、必ず税務調査に入るかどうかはわから
ない。
○しろまる 養育費の金額で争いになったときに税務調査に入るかもしれないというこ
とは、任意の支払を促す意味でも効果があるであろう。
【収入だけでなく財産全体を見て養育費額を算定する方法について】
○しろまる 税務調査においても、
税務職員が一番苦労するのは相続税の調査だと思うが、
財産がどこにあるか調べるため、出生地や住所変更を確認し、金融機関にも
照会するなど結構時間をかけて行われているようである。
マイナンバーがあ
ればこのような調査はすぐにできるのかもしれないが、
財産債務の調査は難32しいと思う。
○しろまる 税務調査のために銀行関係全てに照会することができるのは、
相続の申告件
数が少ないからであって、養育費となると整理が必要なのかもしれない。た
だ、明らかに持ち家があったり、不動産を保有していたりするなど、財産が
あることがわかっている場合には、その財産に対し、養育費の何年間分かの
担保を設定するなどして、
子どものための養育費の支払を促すことはできな
いか。収入と資産を把握して養育費額を決めることが難しいのであれば、子
どもの養育費として一定額の支払を求めることはできないのだろうか。
5 実務上の課題(小括)
(1) 調査嘱託について
自営業者の収入に関する資料が当事者から提出されない又は当事者から提出
された資料では自営業者の収入が適切に認定できないときは、市区町村に対し
て、
課税所得証明書記載内容についての調査嘱託が行われることがある。
その際
の一般的な嘱託事項は、所得の額とその内訳、事業収入の額とその内訳、控除の
額とその内訳であり、
収入認定のための厳密な判断のためには、
事業収入と事業
所得だけでは不十分であり、収支や控除の内訳も必要と考えて嘱託事項とされ
ている。なお、裁判所によっては、これらの回答に代えて課税証明書の提出で足
りる旨付記して嘱託をしているようである。
もっとも、裁判所からの調査嘱託に対する自治体の対応は必ずしも統一され
ていない。以前よりも課税証明書を提出して回答する自治体も増えてきている
ようだが、地方税法第 22 条などを理由に回答を拒否する自治体も多くあるよう
である。
調査嘱託への回答の拒否の多さから、
調査嘱託を利用しようとしない裁
判官や弁護士がいるといった現状も指摘されていた。
(2) 権利者側に課される負担の大きさ
裁判所や弁護士に対するインタビュー調査からは、当事者の収入をベースと
する現在の養育費額の算定の在り方は、
権利者側が、
義務者の主張する又は資料
上の収入額が実態とは異なることについて資料の提出を求められることもあり、
ひとり親にとって過度の負担を与えることにもなりかねないことが明らかとな
った
(例えば、
義務者が確定申告書等の書類上に記載されている数字を主張して
おり、
当該数字が、
権利者が考える義務者の収入と異なる場合には、
権利者側が、
そのことを主張しなければならない。
仮に、
義務者の主張する数字が生活の実態
とはかけ離れていたとしても、
生活の実態とかけ離れていることの主張や、
実態
から推測される収入を主張することはとても難しいといえよう)。33
(3) フロー収入を前提とした算定について
確定申告書上に記載されている数字の信用性についても疑義がないわけでは
なく、
フロー収入だけから養育費を算定することは、
子の利益の観点から適正な
養育費額といえるのか、慎重な判断が必要になるような事例も存在するようで
ある。すなわち、裁判実務では、支払義務者が自営業者等である場合には、確定
申告書等に基づき収入を認定することになるが、
(相手方の主張として)支払義務
者が自営業業者等である場合について、確定申告書等の「所得」が支払義務者の
生活実態を表しているとは考えられず、
例えば
「売上げ」
が過小であったり、
「経
費」が過大であったりするように見えるものの、法律家としては、なかなか具体
的な問題点を指摘することが困難であるといった経験をすることが少なくない
ようにも思われる。また、法人成りしている場合や、親族が経営する事業に従事
している場合等に、養育費に関する紛争が生じた後で、突然、事業不振等を理由
として役員報酬や給与が引き下げられたとする資料が提出され、確かに売上げ
が減少しているといった事情があったときには、当該引下げが合理的なものと
いえるのか判断がつきかねるような事態もありうるであろう。そのような場合
には、基礎収入を基準にする方法ではある種の限界もあるかのように思われる。
さらなる問題として、
養育費額の算定にあたり、
財産も考慮することは難しい
ものの、
明らかに財産がある場合には、
当該財産を利用して養育費額の確保につ
なげられないかとの指摘もあった。
第3 課題解決のために考えられるアプローチ
1 収入を基準とするアプローチ
(1) 調査嘱託の運用に関する方策
裁判所の嘱託があれば、
国内の官公署は、
回答をすべき一般公法上の義務があ
り、
正当な事由がない限り調査報告を拒むことはできない、
とするのが通説である2。もっとも、応諾義務と他の義務との関係については、法制審議会民事訴訟
法部会において、
調査嘱託の回答義務について、
第三者に対する文書提出命令の
ように、回答拒否の正当事由、嘱託を受けた者が正当事由の有無を争う手続、正
当事由のない回答拒否に対する制裁、制裁に対する不服申立手続に関する議論
がされていなかったことから、調査嘱託の回答義務だけが常に他の義務に優先2加藤新太郎ほか編『新基本法コンメンタール民事訴訟法 2』
(日本評論社、2017 年)29
頁〔福本知行〕。34
すると考えることはできない、とされている3。調査嘱託応諾義務との関係で問題となる地方税法第 22 条について、同条の趣
旨は、地方税の調査又は徴収等に関する事務に従事している者又は従事してい
た者が、
その事務に関して知り得た私人の秘密を第三者に知らせることは、
地方
税の賦課徴収に必要な限度を超えるものであり、人権に対する侵害となるとこ
ろ、
このような人権に対する侵害が現実に発生することを防止するため、
規定さ
れたものである。
守秘義務の対象となる税務関係情報について、
他の行政機関から、
法令の規定
に基づいて、
情報の提供を求められた場合の取扱いについては、
個別具体的な状
況に応じ、事案の重要性や緊急性、代替的手段の有無、全体としての法秩序の維
持の必要性等を総合的に勘案し、保護法益間の比較衡量を慎重に行ったうえで、
情報提供が必要と認められる場合について、必要な範囲内で情報の提供に応じ
ることが適当である4。地方税法上の守秘義務と調査嘱託の応諾義務との調整については、調査嘱託
によって実現されるべき利益と、地方税法上の守秘義務によって保護されるべ
き利益との比較衡量によることとされており、
考慮要素として、
1事案の重要性
や緊急性、2代替手段の有無、3法秩序の維持の必要性等がある。
1の点については、子の生活の維持に必要な養育費の審理に必要なものがあ
る時点で、
当該嘱託の重要性及び緊急性は認められる。
また、
2の点については、
相手方が資料の提出に協力しない以上は、
所得、
収入及び控除の額及び内訳とい
った情報は、相手方の適正な収入額を把握するために必要不可欠なものである
が(過大な経費算入がされている例もあり、収入及び控除の把握も必要である)
、税務
情報以外に相手方の収入を知る術はないことから、他の代替手段はないといえ
る。さらに、3の点についても、収入資料を提出しないことによって相当な養育
費の支払を免れることができるというのは、
極めて不当な結論であり、
我が国の
法秩序の維持の観点からも嘱託への応諾が望ましいといえる。
以上によれば、
養育費請求事件における調査嘱託の応諾義務は、
地方税法上の
守秘義務を上回るといえるものと考えられる。
現状では、裁判所からの調査嘱託への対応は地方自治体によって異なるため、3秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法IV〔第 2 版〕』(日本評論社、2019 年)132
頁。4公表されている各自治体の税務証明事務取扱要綱をみると、民事訴訟法第 186 条、第
226 条について、官公署に対する協力要請規定はあるが、私人間の争いに関するものであ
ることから、開示によって対象者の利益を損なうおそれがあるため開示できないとしてい
るものや、保護法益間の比較衡量が求められるとしつつ、原則として開示できないと整理
されているものがある。地方税務研究会編『地方税法総則逐条解説』
(地方財務協会、
2017 年)737 頁。35地方自治体に対して、裁判所からの調査嘱託を受けた場合の対応に係る法的な
整理や、他の自治体における取組を紹介するなどの周知を行うことが考えられ
る。
また、
立法的な課題としては、
自治体の職員が守秘義務違反に問われないため
には、例えば、同居親に対して、別居親の収入に関する情報を取得する権利を認
めることが考えられる。
別居親の収入に関する情報について、
別居親が当事者と
して開示義務を負う場合には、別居親は当該情報につき地方自治体に対しても
守秘義務を主張できなくなり、地方自治体が、
(同居親からの申立てによる)調査
嘱託に応じて別居親に関する情報を回答したとしても、地方税法第 22 条の守秘
義務違反にはあたらないと考えられる。
諸外国の例をみると、
韓国では、
財産明示手続に従って提出された財産目録の
みでは、未成年の子の養育費支払請求事件の解決が困難であると認める場合に
は、
職権で又は当事者の申立てにより、
個人の財産及び信用に関する電算網を管
理する公共機関・金融機関・団体などに、当事者名義の財産について照会するこ
とができる(家事訴訟法第 48 条の 3 及び民事執行法第 74 条)
。照会を受けた機関・
団体の長が、正当な理由なく偽りの資料を提出する又は資料の提出を拒否する
ときには、1 千万ウォン以下の過怠料が科されうる5(家事訴訟法第 67 条の 4)。(2) 義務者側からの資料の提出を促すための方策
養育費算定表を参照して養育費額を算定することが実務上定着していること
からすれば、
支払義務者の収入がわからないことより、
養育費額が低く算定され
ることは子の利益に反しており、
収入の適正な把握のためには、
当事者から適切
な資料が早期に提出される必要がある。
そこで、
義務者の収入や支出に関する客
観的資料を集めるための手段を強化するために、支払義務者が正しい収入を申
告するよう、
制裁付きで、
権利者に対して収入を申告する義務を課すことが考え
られる。また、義務者が、実態とは異なる収入を主張している場合には、何らか
の方法により税務調査を行うことができるのであれば、税務調査により正確な
収入の把握に努める方法も考えられる。
諸外国の例をみると、
韓国では、
養育費の取決めに関する手続的規律として、
財産明示制度及び財産照会制度がある。
韓国の家庭法院では、
養育費請求事件の
ために必要があると認める場合には、
職権で又は当事者の申立てにより、
当事者5金汶淑「韓国」法務省委託調査『父母の離婚に伴う子の養育・公的機関による犯罪被害
者の損害賠償請求権の履行確保に係る各国の民事法制等に関する調査研究業務報告書』
(商事法務研究会、2020 年)280 頁参照。36に財産状態を具体的に明示する財産目録を提出するよう命じることができる(家事訴訟法第 48 条の 2 第 1 項)
。また、財産目録の提出命令を受けた者が、正当な
理由なく、
財産目録の提出を拒否する場合、
又は偽りの財産目録を提出する場合
には、1 千万ウォン以下の過怠料が科されうる(家事訴訟法第 67 条の 3)
。財産明
示命令を受けた当事者は、
家庭法院が定めた期間内に、
自分が保有している財産
で、過去一定期間内に処分した財産の内訳を明示した財産目録を提出しなけれ
ばならない(家事訴訟規則 95 条の 4)
。なお、養育費請求事件における財産明示及
び財産照会制度の手続と内容は、離婚時の財産分割請求事件におけるのと同様
である6。
(3) 権利者側からの立証のハードルを下げるための方策
家事審判の手続における証拠調べは、基本的には民事訴訟法の定める方法に
よるものとされているが(家事事件手続法第 64 条、同規則第 46 条第 1 項)が、家
事審判の公益性を考慮し、民事訴訟とは異なるものもあり、例えば、当事者の証
明責任や自白といった概念はない。もっとも、養育費調停や審判においては、相
手方がいる紛争性の高い事件であるから、
職権探知主義とはいえ、
裁判の基礎と
なる資料の収集については、
基本的には、
当事者による主体的な手続追行に委ね
られており、
当事者それぞれが自らの主張を述べ、
その主張を裏付ける資料を提
出することが求められている。
義務者から提出された収入に関する資料に基づいて基礎収入を認定すると、
義務者の生活実態から推測される収入よりも低い金額であるなどとの主張が権
利者側からされた場合には、
権利者側に、
合理性のある事実関係の主張や資料の
提出が求められる。
もっとも、
権利者側に義務者の収入に関する資料を求めるこ
とは、
特に権利者と義務者がすでに別居していた場合には、
権利者にとって負担
が大きく、裁判所の認定を覆すだけの十分な資料が集められないことが考えら
れる。そこで、養育費の確保のために、婚姻期間中の収入や経営する事業の状態
等に基づいて、現在の収入を推定する規律を設けることが考えられる。
(4) その他
民法第 760 条は、
「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚
姻から生ずる費用を分担する」と定めているが、養育費については、取決めの際
の基準が明確化しておらず、算定にあたっての考慮要素に関する規定もおかれ
ていない。この点、現在の実務においては、算定にあたり、資産は収入として考
慮されていない。通常、生活費は収入から賄われ、生活費が不足する場合に限っ6前掲注 5 の報告書 280 頁。37て、
資産を取り崩して生活費に充てられることになると考えられるから、
養育費
の算定についても、フローで考慮されている。しかしながら、このような実情に
対して、義務者が、相続等により高額の資産を有しているにもかかわらず、フロ
ーが少ないことにより、
養育費額の算定に用いられる収入が低くなり、
結果とし
て、養育費額が低くなりすぎるのではないか、といった指摘がされている。この
点、原則として、ストックの問題は、離婚時の財産分与の清算として考慮される
ことになるが、養育費の算定において考慮に入れることも考えられる。
例えば諸外国の例をみても、
ドイツ民法では、
資産も扶養義務のために使用す
ることが原則であるとされており、フランス民法においても、条文上、養育費の
額の算定に父母の資産も含まれるとされる。また、韓国においては、父母の財産
状況(保有財産)が加算又は減算の要素とされる。
2 子どもの生活費を基準とするアプローチ
(1) 考え方
収入按分方式では、
基礎収入の認定が前提となるが、
特に自営業者の場合には、
基礎収入の認定のための支払義務者の収入の適正な把握が困難な場合がある。
義務者の収入が適正に把握できないと、養育費算定表を用いて簡易に養育費を
算定できたとしても、低廉すぎて、子どもの利益に反する事態が生じうる。そこ
で、自営業者の場合を含め、収入の把握が困難な事情がある場合には、支払義務
者の収入額にかかわらず、子どものための必要生活費はいくらかという視点か
ら、最低生活費あるいは標準生活費を算出する方法が考えられる。
過去においては、
養育費の分担額の算定について、
双方の生活費の実額を証拠
により認定して、
それぞれの生活に必要な額を検討し、
適宜分担額を算定する実
額方式が採られていたことがあった7。しかし、この方法は、客観性に欠け、か
つ、
実額認定のために審理が長期化するおそれがあったため、
統計等を用いた客
観的な算定方式として、いわゆる1労研方式、2生活保護基準額方式、3標準生
計費方式などが用いられていた。
1労研方式とは、
財団法人労働科学研究所が統
計により算出した昭和 27 年における消費単位 100 の場合における最低生活費
月額 7000 円を基準に算定するもので、
消費単位は、
子について高校生男子 95、
小学 4〜6 年生 60 等のように定められており、物価変動指数による修正をして
最低生活費を算定する方式である。
2生活保護基準額方式は、
厚生労働省が毎年
発表する生活保護基準額に基づいて最低生活費を算定する方式である。生活保
護基準額は、
毎年物価の上昇などを加味して改訂され、
家計調査を資料とする妥7松本哲泓『婚姻費用・養育費の算定――裁判官の視点にみる算定の実務〔改訂版〕』(新
日本法規出版、2020 年)45 頁。38当性の検証もされており、合理的な数値が期待できるとされていた。昭和 48 年
頃、生活保護基準額が労研方式による算定額を追い越したことからこの方式が
用いられることが多くなったといわれる。
3標準生計費方式とは、
総務省等が毎
年発表する標準生計費を基礎にして分担額を算定する方式で、統計の示す標準
家庭に家族構成や生活水準が近い場合には合理性が認められるとされていた8。
これらは、
権利者に必要な額はいくらかという視点から、
絶対額を算出すること
になるが、
その額は義務者の収入とは無関係に計算されるため、
客観的な実額の
算出は、金額が低廉すぎたり、多額であったりすることから、事例に応じて修正
する必要が生じ、
修正の方法として、
権利者義務者双方の必要生活費を算入して
その比率を計算することが考えられる。
そこで、
その後収入按分方式が主に用い
られるようになり、
按分の指数として、
労研方式の消費単位又は生活保護基準額
による比率が用いられるようになった9。しかしながら、収入按分方式では、支
払義務者の的確な収入が把握できない場合には、実際には支払能力があるにも
かかわらず、子どものために必要な費用を払わないといった事態を生じさせる
ことになる。そこで、支払義務者の収入の把握を前提とせずに、客観的な実額方
式により養育費を算定する方法も考えられる。
諸外国の例をみると、
ドイツにおいては、
子の養育のための扶養として、2008年の扶養法改正の際に、
法律上、
未成年の子に対する最低扶養料の額が定められ
るに至っている。
これは、
未成年の子が最低限生活するのに必要な金額の割合と
して算定されており、
具体的には、
子の年齢に応じて月々支払うべき割合として、
0〜6 歳までの子は 87%=369 ユーロ、
7〜12 歳までの子は 100%=424 ユーロ、
13〜18 歳未満の子は 117%=497 ユーロと定められている10(BGB1612a 条 1項)。この法律上定められた最低限の養育費に合わせる形で、デュッセルドルフ
算定表が作成されており、この算定表は、毎年改訂され、扶養義務を負う親の収
入の多寡に応じて、養育費として適切な額を一覧表にしている11。8梶村太市「婚姻費用の分担――その性質及び分担額の算定」岡垣学ほか編『講座・実務
家事審判法 2 夫婦・親子・扶養関係』
(日本評論社、1988 年)参照。9松本・前掲注 7)46 頁。10西谷祐子「ドイツ」法務省委託調査『父母の離婚に伴う子の養育・公的機関による
犯罪被害者の損害賠償請求権の履行確保に係る各国の民事法制等に関する調査研究業
務報告書』
(商事法務研究会、2020 年)119 頁。11前掲注 10 の報告書 119 頁。39(2) 児童扶養手当制度との比較
日時:2022 年 1 月 14 日(金)13:30〜14:20
➢ 厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課母子家庭等自立支援室の担当者によるイ
ンタビューの概要は以下のとおりである。
【児童扶養手当制度の目的】
○しろまる 児童扶養手当制度の目的は、離婚によるひとり親世帯等、父又は母と生計を
同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与
するため、当該児童について手当を支給し、児童の福祉の増進を図ることで
ある。
○しろまる 母子世帯の現状としては、ひとり親世帯になった理由の約 8 割が離婚で、死
別は 8%という状況であるため、児童扶養手当をもらっている方の多くは、
離婚を背景としてひとり親になった方である。
○しろまる 支給要件について、
死別や離婚と同じような世帯の状況である方も手当の対
象としている。例えば、DV 防止法に基づく保護命令を加害配偶者が受けて
いることで、実質的に配偶者からの扶養が受けられない方、あるいは配偶者
から遺棄をされている方、配偶者が留置されている方や、父又は母が一定程
度の障害の状態にあるために就労が困難で、
就労可能な父又は母の収入で家
計が成り立っているような世帯の児童も支給対象になる。
○しろまる 児童扶養手当制度創設の経緯としては、
制度創設前は、
保険料を財源として、
18 歳未満の児童を養育する死別の母子世帯を対象とした母子年金制度と、
何らかの事情で保険料を納めることが難しいまま配偶者と死別した、
義務教
育終了前までの子を養育する母子世帯を対象とした、
無拠出の年金制度であ
る母子福祉年金制度が存在していたが、
離婚などを背景としてひとり親にな
った生別の母子世帯においても、
家計の状況は死別の母子世帯と同様である
ことを踏まえ、
母子福祉年金制度を補完する制度として児童扶養手当制度が
創設された。
【児童扶養手当制度の改正経緯】
<養育費の取扱い>
○しろまる 児童扶養手当制度は数次にわたって改正されており、昭和 60 年改正では、
母子福祉年金の補完的な制度から、
母子家庭の生活の安定と自立の促進を通
じて児童の健全育成を図る福祉制度に改正され、
手当の財源を国が全額負担
する形から、地方負担を導入することとなった。平成 14 年には、母子家庭
等対策を総合的に見直す観点から、
母子及び寡婦福祉法とともに児童扶養手
当法が改正され、
「子育て・生活支援」
「就業支援」
「養育費の確保」
「経済的40支援」の四つを柱に総合的に支援施策を展開することとされた。
○しろまる 平成 14 年改正により、児童の福祉や自立が困難な者にも配慮しつつ、児童
扶養手当制度においては、別れた夫から支払われる養育費について、児童扶
養手当と基本的には性格が同じであることや、
養育費を受け取っていない方
との公平性を確保すること等を踏まえ、
養育費の一部を所得に算入した上で
所得制限の判定を行うこととなったが、
受け取る養育費の額を児童扶養手当
として支給する額から差し引くのではなく、
養育費の一部を所得として算入
するという緩やかな形で調整することで、
養育費支払いのインセンティブを
損なわない調整方法としている。
<所得制限>
○しろまる 児童扶養手当制度においては所得制限を設けており、平成 14 年の改正で、
一部支給の限度額を、扶養親族 1 人の場合で年収ベース 365 万円に、平成
30 年改正では、全部支給の限度額を同じく扶養親族 1 人の場合、年収ベー
ス 160 万円に設定し、
現在に至っており、
160 万円未満であれば全部支給で
月額約 4 万 3000 円の手当を受けることができ、365 万円を超えると手当の
支給を受けられなくなる。
○しろまる 所得制限限度額としての金額は、
全国ひとり親世帯等調査や賃金構造基本統
計調査、国民生活基礎調査など、複数の統計を参照した上で設定しており、
例えば、扶養親族 1 人の場合の全部支給停止所得制限限度額である 160 万
円については、平成 28 年の全国ひとり親世帯等調査の生別母子世帯母の年
収中央値約 210 万円から、1 年間の児童扶養手当の支給額相当の 50 万円を
差し引いて設定している。
【児童扶養手当制度における手当額の推移】
○しろまる 児童扶養手当としての支給額については、
制度創設時は母子福祉年金の支給
額に準じた額で設定され、以降、年金額の動きを踏まえて改定されてきた経
緯があり、現在は物価スライドの改定率に応じて改定している。
○しろまる 児童扶養手当の第 2 子及び第 3 子以降の加算額についても同様に、制度創
設時は、母子福祉年金並びで金額設定され、その後の改定については、年金
額の動きや物価スライドの改定率に応じて改定されつつ、平成 28 年には、
「すくすくサポート・プロジェクト」として、多子世帯への支援拡充が盛り
込まれた政策パッケージが決定されたことを背景に、
第 2 子、
第 3 子以降の
加算額が倍額となる改定が行われ、現行では、第 2 子については 1 万 190
円、第 3 子以降は 6110 円という金額設定になっている。41【児童扶養手当額の認定】
○しろまる 児童扶養手当の支給を受けるためには、
支給主体である地方自治体に対して
認定請求書を提出し、地方自治体においては、戸籍謄本や住民票等で世帯構
成を確認するとともに、
前年の所得金額により所得制限限度額の判定を行い、
児童扶養手当の受給資格及び手当額の認定を行うこととなる。
前年の所得金
額については、可能な限り簡便な形で判定するために、確定した税情報に基
づいて判定する方式としており、
認定請求書に記載された課税所得の金額等
をもとに判定することになる。また、世帯構成等を把握するために、戸籍謄
本や住民票等を提示してもらい、
年金を受給している場合にはその受給状況
の確認も行う。
生計を同じくしている 3 親等以内の扶養義務者がいる場合に
は、当該扶養義務者の前年の所得についても確認を行い、扶養義務者に適用
となる所得制限限度額を上回る場合には、手当は支給されないこととなる。
【児童扶養手当の支給停止】
○しろまる 所得が全部支給の所得制限限度額以上になると支給額はてい減し、
一部支給
の所得制限限度額以上になると全部支給停止となる。また、父又は母が公的
年金給付を受給している場合等も、
受給している内容によって児童扶養手当
の全部又は一部が支給停止となり、
こうした背景で児童扶養手当の全部支給
停止となった方は、直近の福祉行政報告例(令和 3 年 9 月時点の概数値)によ
れば約 16 万人、一部支給停止となった方が約 39 万人となっている。
【最近の児童扶養手当制度関連の動き】
○しろまる 児童扶養手当制度においては、
前年度の所得で受給資格を判定しているとこ
ろ、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、低所得のひとり親世帯に特
に大きな困難が生じていることを踏まえ、
こうした世帯の子育て負担の増加
や収入の減少に対する支援を行うため、児童扶養手当の受給者の他、直近の
収入が急変した方等を対象とした緊急な経済的支援として、
令和 2 年度と令
和 3 年度に、臨時的な給付金の支給を実施した。
以上
収入按分方式ではなく、
子の養育に必要な金額として、
客観的実額方式を採る
場合には、ひとり親世帯の生活の安定と自立の促進のために支給される児童扶
養手当制度が参考になると思われる。
また、現在、法制審議会家族法制部会においては、離婚までに養育費の取決め
が行われるように、養育費の取決めの促進に向けたさまざまな方策が議論され
ているところであるが、あわせて、養育費に関して、当事者間の取決めや裁判所42の判断がない場合に、
養育費が取り決められなかったことにより、
離婚後も養育
費が全く支払われないという事態を避けるために、
このような場合には、
暫定的
に法律で決められた額の養育費請求権が、離婚時から、自動的に発生し、不払い
の場合には直ちに強制執行をすることができる仕組みの導入の是非等について
も議論がされている。
今回のインタビューは、
仮にこのような仕組みを設けるこ
とになった場合における、当該法定額の検討においても重要な資料になるもの
と考えられる。
第4 各アプローチに対する批判的検討
1 収入を基準とするアプローチ
(1) メリット
収入を基準とするアプローチ、とりわけ算定表を参照した養育費の算定は現
在の裁判実務において定着している(本報告書 3-4 頁)
。また、改定標準算定表が
裁判所のホームページで公開されていることもあり
(本報告書 5 頁)、当事者が算
定表の存在を認識していることも多く(本報告書 11 頁、20 頁)
、支払義務者・権
利者の収入に基づき、どの程度の養育費を受領できるか事前に予測している場
合も多いと考えられる。さらに、正確な統計はないが、当事者が、裁判外で自主
的な取決めをする際に、算定表を用いていることも一定程度あるものと推測さ
れる(本報告書 4 頁)
。このように、収入を基準とするアプローチは、現在、裁判
内外において、一定程度定着しているものと考えられる。
収入を基準とするアプローチの場合、
源泉徴収票や給与明細書、
確定申告書が
提出されることにより、支払義務者と権利者の収入の認定を行うことができれ
ば、算定表を参照して、迅速に養育費を決定できる。これは、父母の離婚後の子
の経済状況の早期安定に資するものであり、子の利益のために大きなメリット
である。 比較法的にみても、養育費の算定のモデルケースとして収入を基準と
するアプローチを採用する国は多い12
。このように、収入を基準とするアプロー
チは、迅速性という意味では有用なアプローチであると考えられる。12法務省委託調査『父母の離婚に伴う子の養育・公的機関による犯罪被害者の損害賠償請
求権の履行確保に係る各国の民事法制等に関する調査研究業務報告書』
(商事法務研究会、
2020 年)で扱われている多くの国において、収入を基準とする算定が行われている(アメ
リカ(カリフォルニア州)35 頁、アメリカ(ニューヨーク州)39 頁、イギリス 72 頁、ド
イツ 119 頁、フランス 156 頁、韓国 282 頁)。43
(2) デメリット
収入を基準とするアプローチに対しては、特に支払義務者が自営業者等であ
る場合に、収入の正確な認定が困難になっていることが指摘されている(本報告
書 1 頁)
。これには、1支払義務者から、確定申告書等の収入を認定するために
必要な資料の提出がないこと、
2仮にその資料が提出されたとしても、
正確な収
入が反映されていない可能性があること、3提出された支払義務者の収入に関
する資料上の金額が、実際の収入よりも低いものであることについての資料提
出が権利者に求められていること(本報告書 32 頁)
、という 3 つのレベルの問題
がある。とりわけ、2の問題は、支払義務者が相当な養育費を負担せず、本来負
担すべき扶養義務を履行しないことを意味し、
子の利益に反するとともに、
支払
義務者・権利者間の公平にも反するものである。
また、
2の問題に関連して、
4経費として処理されているものに生活費が紛れ
ている場合には、
その部分を考慮し、
真の収入を把握した上で養育費額を算定し
なくてはいけないが、支払義務者側が確定申告書記載の収入額に基づく養育費
額にこだわり、適正な扶養義務を果たすことについて理解してもらえないとの
指摘もある(本報告書 9 頁)
。これは、(1)で言及したように養育費の算定表が当事
者に定着していることを示すものであるとも思われるが、
同時に、
現行法が養育
費の取決めの際の考慮要素・基準を明確化していないこともあり(本報告書 36
頁)、裁判内外で定着している算定表の「収入額基準」の「収入」が、場合によ
っては当事者に絶対的なもの・唯一の基準と捉えられてしまっているともいえ
よう。
以下、(3)で1〜4のデメリットの解決のための検討事項について言及する。
(3) 検討
1 収入認定のための資料の提出について――調査嘱託の活用について
支払義務者である自営業者等の収入を認定するために必要な資料の提出がな
い場合、
一般的には、
市区町村に対して課税所得証明記載内容についての調査嘱
託を活用することにより、収入を把握することが考えられる(詳細は、本報告書
33-35 頁)。もっとも、
現状として、
裁判官によって収入認定のための資料が提出
されない場合における調査嘱託の実施の有無が異なり、特に調停においては調
査嘱託に慎重な裁判官が多いとの指摘もある(本報告書 13-14 頁)
。また、仮に調
査嘱託が行われたとしても、
市区町村によって回答の有無が異なり(本報告書 14
頁、22 頁)
、地方税法第 22 条を根拠に拒否されることも多いという(本報告書 8
頁、32 頁)。まず、市区町村による調査嘱託への応諾については、本報告書第 3.1(1)(33-
35 頁)
で検討しているように、
養育費請求事件における調査嘱託の応諾義務は、44地方税法上の守秘義務を上回ると考えられることから、各市区町村に周知をし、
積極的に応諾することを求めることが検討できよう。
さらに、
このようにして市
区町村側の調査嘱託の応諾に関する姿勢が変われば、
調停・審判においても一定
の期間内に収入に関する資料が提出されない場合には調査嘱託を行うようにす
る等、裁判所における調査嘱託の活用につながる可能性もあると考えられる。
これらの方策をより確実にするために、立法的な対応として、親が子の養育
費の支払義務を履行するために、相手方に対して収入に関する情報について開
示義務を負うとすることも考えられる(本報告書 35 頁)。もっとも、親族間の
扶養義務の中で養育費の支払の場合にのみこのような義務を課すことについ
て、実体法上、合理的な説明ができることが必要であるとも考えられ、親は、
未成年の子に対し、他の直系親族間よりも重い扶養義務を負うことを明示する
ことも考えられよう(法制審議会家族法制部会資料 12・2 頁での提案内容参照)。2 課税証明書等の記載内容が実際の収入を反映しているか
支払義務者の課税証明書等の情報を入手できたとしても、自営業者等の場合
は、それらの書類に収入認定のための正確な数値が必ずしも記載されておらず、
実態と乖離していることがあると権利者側が考え、そのような主張をすること
がある。税務の専門家からは、税務署に申告している内容については、実態とそ
れほど大きな乖離はないのではないかという指摘もある
(本報告書 29 頁)
ところ
ではあるが、
自営業者等が支払義務者である場合に、
課税証明書等の書類のみに
よる収入認定が行われることに不公平感を持つ権利者が一定程度いることも事
実であろう(本報告書 32 頁)。この問題への対応方法の一つとして、
税務調査の活用が考えられる。
課税証明
書や確定申告書に正確な数値が記載されているかどうかについては、
実際に、税理士等が調査をすることは難しいとの指摘もある。
そのため、
税務調査をするこ
とが考えられるが、
必ず行われるか、
それにより正確な所得が把握できるのかは
疑問もある(本報告書 31 頁)
。支払義務者が自営業者等で、養育費の取決めが紛
争になる案件の全てに税務調査を行うことは必ずしも現実的ではないかもしれ
ない。ただし、税務調査の存在は、任意の支払を促す意味で効果があるとの指摘
もあるところであり(本報告書 31 頁)
、正確な数値の記載を促すために、税務調
査を活用することは一つの対応方法であろう(本報告書 35 頁)。
また、
制裁付きで、
支払義務者が正しい収入を権利者に対して申告する義務を
課すことも考えられるが(本報告書 35 頁)、養育費の支払の場合にのみこのよう
な制裁付きの義務を課すことについて、
実体法上、
合理的な説明ができる必要が
あると考えられ、1の場合と同様、親が未成年の子に対し、他の直系親族間より
も重い扶養義務を負うことを明示する等、実体法上の根拠規定をおくことが考45えられよう。
さらに、課税証明書等に正確な数値が記載されていないことが自営業者等に
おいて常態化しているわけではなく、
別居や離婚が生じ、
養育費の支払の紛争が
生じる可能性が生じた後に、実際より収入を低くする等の対応をする支払義務
者もいると考えられることから、
収入の認定の際に別居・離婚前も含め複数年の
資料を見ることで実態に近い収入を認定したり、収入が減少をした時点の資料
を調査し、減額前の収入を基に養育費を算定する方法の活用も考えられる。
3 提出された資料に基づく収入が実収入より低いことの立証
現状では、支払義務者が提出した資料に基づく収入が実際の収入より低いこ
とは、権利者が資料を提出する必要がある(本報告書 36 頁)
。具体的には、裁
判所や代理人弁護士は、権利者に支払義務者の生活の実態の説明を求めたり、
当事者に家計収支表の提出を促す等の対応をしている(本報告書 6 頁、15 頁、
23 頁)
。しかしながら、権利者にとり、支払義務者との婚姻中・同居中の生活
実態の主張立証は比較的容易に行うことができたとしても、別居・離婚後の支
払義務者の生活実態の主張立証は困難なものとなる。なお、事案によっては、
数年間にわたる会社の決算書類や確定申告書の提出を求め、実態に近い収入を
把握しようとすることもあるようである(本報告書 10 頁、13 頁)。権利者にとって、別居・離婚後の支払義務者の収入や生活実態の詳細や、支
払義務者が経営する企業の経営実態についての調査及び主張立証は容易ではな
い。そのため、権利者における負担の緩和のために、権利者が、支払義務者の
収入が実態から乖離していることを主張しようとする場合に、別居・離婚前の
数年間の収入や生活実態等を主張立証することで、それをもとに現在の収入を
推定する規定を設けること、あるいはそれらの資料に基づき裁判所が柔軟に現
在の収入を認定することが考えられよう。
4 養育費の算定に収入以外を考慮する可能性
後記第 4.3 でも検討をするが、養育費の算定を収入のみを基準として行うの
ではなく、資産等他の考慮要素を用いることも考えられよう。
現行法には、養育費の算定の際の考慮要素に関する規定はない(本報告書 36頁)。この点、民法第 760 条のように、
「資産、収入その他一切の事情を考慮し
て」
養育費を算定するという規定をおくという立法的な対応も考えられよう。その結果、収入額はあくまでも、養育費の算定のための一要素となり、収入額に疑
義がある場合や、
一定以上の資産がある場合には、
資産等を考慮して養育費を算
定するということが、実務上行いやすくなるであろう。また、養育費の制度趣旨
として、
親が子に対して支払う額を収入のみならず、
資産等一切の事情を考慮し46て決定するということを広報等することにより、収入額を減少させることで養
育費の支払額を低いものにしようという動きを抑制することにもつながろう。
なお、ドイツ民法では、資産も扶養義務のために使用することが原則とされ、フ
ランス民法においても、養育費の額の算定に父母の資産も含まれるとされてい
るが、
養育費の算定のモデルケースは収入を基準として行われている。
比較法的
に見た場合、
資産を養育費の算定の際の考慮要素の一つとすることが、
ただちに
収入を基準とするアプローチを否定するものにはならないと考えられる。
また、
養育費の算定の考慮要素が明示されていない現行法下においても、
いか
なる算定方法によって得られた額であっても、そこに一切の事情を加えるべき
ことはいうまでもないとの指摘もあるところである13
。現行法のもと、収入を基
準とするアプローチを採用する場合であっても、支払義務者の収入が確定申告
書等の書類上、
実態より低く記載されていると考えられる場合等に、
裁判官が資
産等を考慮して、柔軟に養育費の算定をすることも求められるであろう。
2 子どもの生活費を基準とするアプローチ
(1) メリット
支払義務者の収入の把握が困難な事情がある場合等に、支払義務者の収入額
に関わらず、
子どもの必要生活費を基準として、
最低生活費あるいは標準生活費
を算出した上で、支払義務者が負担する養育費額を算定するアプローチも考え
られる(本報告書 37-38 頁)。このアプローチを採用すると、
支払義務者の収入に争いがある場合にも、
早期
に養育費の支払額を決定することができ、子の経済面での安定を早期に図るこ
とができ、子の利益に適うと考えられる。また、このアプローチを採用すること
で、養育費は子の生活のために必要な費用を負担するものであるという考え方
を明確にすることができ、養育費についての履行確保を促す可能性もあろう。
(2) デメリット
子どもの生活費を基準とするアプローチを採用し、客観的実額方式を採用す
る場合に、
標準的な生活費がどの程度の金額になるかが大きな問題になる。
現状
の制度として児童扶養手当制度を参考にすることが考えられるが(本報告書 39-
41 頁)
、仮に児童扶養手当制度と同等の金額基準を採用する場合、収入を基準と
する場合よりも養育費が低額になるケースが一定程度生じる可能性がある。し
たがって、全ての事案において子どもの生活費を基準とするアプローチを採用13大阪高決昭和 45 年 11 月 26 日家月 23 巻 6 号 60 頁、於保不二雄=中川淳編『新版注釈
民法(25)親族(5)〔改訂版〕』(有斐閣、2004 年)799 頁〔松尾知子〕。47
することは、養育費が従前より低額になり子の利益にならない事案が生じ得る。
他方、
支払義務者の収入が低いことにより、
生活費を基準として算定された養
育費の支払が困難な場合が生じる可能性もある。
なお、
これらを前提として、
権利者と支払義務者との間で子どもの生活費をど
のように分担するかを検討する必要があるが、収入額による按分とするには結
局収入額の認定が必要になってしまうため、それ以外の方策により分担を決め
る(単純に半額ずつとするなど)ことになると思われる。
(3) 検討
現在、
養育費については、
実態にそった支払を命じないと支払われない可能性
があるとして、収入額が不明確である場合にも、裁判所は、賃金センサスによる
養育費の認定には慎重であると指摘されている(本報告書 8 頁、16-17 頁、24-25頁)。子どもの生活費を基準としたアプローチを採用する場合も、同様に、支払
義務者の養育費の支払金額が、支払義務者の(主観的な)支払可能額を超えた場
合には、かえって養育費の履行確保の問題が生じる可能性がある。そのため、生
活費を基準とするアプローチを採用する場合に、その金額をあまりに高額に算
定することはできず、児童扶養手当制度等を参考に子の生活のために必要な限
度での水準での金額を検討することが妥当であるように考えられる。その場合、
(2)でも指摘したように、従前よりも養育費額が低くなるケースも一定程度生じ
る可能性がある。
また、
支払義務者の支払能力との関係で、
子どもの生活費を算定基準として採
用し、
支払義務者の支払可能額を超える部分は、
社会保障により対応するという
ことも考えられるが、
その場合、
私的扶養と公的扶養の関係についての再検討、
現状の児童扶養手当等の社会保障制度との関係の検討も必要となり、民法のみ
の改正を超えた検討が必要となると考えられる。
さらに、
生活費を基準とするアプローチを採用する場合、
養育費の支払が問題
になる全てのケースにおいて採用するのではなく、収入の認定に困難が生じる
事案にのみ採用をするということも考えられる。
子の利益のためには、
生活費を
基準とするアプローチにより養育費を決定した後、支払義務者の正確な収入が
把握でき、
それに基づく養育費額が、
生活費を基準とした養育費額よりも高額に
なる場合、差額について遡って支払いを求めることができるようにする等の対
応も考えられよう。
3 その他のアプローチ
上記1(3)4でも言及したが、
養育費の算定の際に、
資産を考慮するというアプ
ローチを積極的に採用することも考えられる。支払義務者と権利者が共同生活48を行っている場合には、両者の収入のみならず、資産も考慮・活用して生活をし
ていると考えられ、
養育費の算定に際して資産を考慮するということは、
共同生
活時に近い金銭給付を子に与えることにつながるとも考えられる。比較法的に
も、養育費の算定に資産を考慮することを明示する国もある(本報告書 37 頁)。なお、資産を考慮する際には、支払義務者のみならず、権利者の資産も考慮す
ることが適切であると考えられる。
(1) メリット
上記の指摘と共通するが、
養育費の算定に資産も考慮することで、
収入を基準
とする場合よりも養育費が高額になる事案が生じ、
その場合、
子の経済的な養育
状況が充実したものとなり、子の利益に資すると考えられる。また、特に、支払
義務者の収入は低いが一定の資産を有しているような場合に、養育費の支払が
可能となり子の利益につながるとともに、権利者側が支払義務者に対して有す
る不公平感の解消にもつながる可能性もある。
(2) デメリット
養育費の算定が問題になる全ての事案において資産を考慮するという方策を
採用することは、
紛争の長期化につながる可能性が考えられる。
養育費の支払の
原資となるであろう資産の把握は、収入の認定と比較すると困難であるとも考
えられ、特に、支払義務者が給与所得者の場合等は、従前よりも養育費の算定に
時間がかかる可能性が考えられる。
また、資産についても、収入と同様に、正確に申告が行われない可能性がある
という問題がある。この点、相続税においては、税務調査が行われ、実態の把握
が行われているが、
調査に時間がかかる可能性があること、
また養育費の支払に
対応できるほどの調査ができるかという問題があろう(本報告書 31 頁)。上記のような問題を考慮して、
養育費が問題になる全ての事案ではなく、
支払
義務者が自営業者等である場合、あるいは収入の把握が困難な事情がある場合
等に限定して、養育費の算定のために資産も考慮をするというアプローチを利
用するということも考えられるが、
その場合は、
一定の場合にのみ資産を考慮す
る合理的な理由があるのかという問題が生じよう。
(3) 検討
養育費の算定に常に資産を考慮するという場合、養育費の算定を迅速に行う
ために、
支払義務者と権利者の資産と収入を考慮して、
容易に養育費を算定する
ための算定表を作成する必要があると考えられる。そのような算定表がない場
合、
資産から公租公課を算定したり、
必要経費についての個々の事情を考慮した49上で養育費を算定する必要があると考えられるが、
手続が煩雑であり、
養育費の
算定が長期化し、
また、
当事者にとって養育費の額の予測可能性が低くなるとい
う問題が生じよう。
また、
全ての事案において資産を考慮するのではなく、
資産を考慮せずに養育
費を算定することが当事者の公平・子の利益に反すると考えられる事案におい
てのみ、
資産を考慮するというアプローチを採用することも考えられよう。
具体
的には、収入は低額である(あるいはない)が一定の資産を有している場合や、
支払義務者の収入が実態より低額に算出されている可能性が高いと考えられる
が一定の資産を有している場合等が考えられる。特に後者の場合に資産を考慮
要素とするという方針を採用することによって、支払義務者がより正確な収入
額を申告することを促すことにつながり、本報告書第 4.1.で検討した収入を基
準とするアプローチのデメリットを一定程度抑止できる可能性もある。
第5 おわりに
本調査研究は、養育費支払義務者が自営業者等の場合における養育費額の算
定の在り方に関する実務上の課題を整理した上で、養育費額の算定のための実
体的・手続的規律として考えられるさまざまなアプローチを提案したものであ
るが、これまであまり取り上げられてこなかった問題に焦点を当てて養育費の
問題に詳しい実務家や税務の専門家からインタビューしており、インタビュー
結果は参考になるものと思われる。養育費の問題も含めた離婚後の子の養育の
在り方については、
現在、
法制審議会家族法制部会において調査審議が行われて
おり、部会での議論を注視していきたい。