第77回国連総会における岸田内閣総理大臣一般討論演説

議長、御列席の皆様、今我々は、歴史的な分水嶺(れい)に立っています。
国連創設から77年が経(た)ちましたが、我々はウクライナや世界各地の惨状を目の当たりにしています。大戦の惨禍を繰り返さないと固く決心した国連の創設者は、我々が直面する国際秩序に対する挑戦を見たならば何と思うでしょうか。
国連憲章の理念及び原則に賛同しているからこそ、我々はこの議場に集っています。加盟国が団結して平和と安全を維持し、全ての人が経済的・社会的に発展する国際社会の実現、それこそが我々が目指す姿ではないでしょうか。
法の支配に根付いた国際秩序が維持されることが不可欠です。国連はそうした秩序形成に中核的な役割を担ってきました。
ところが現在、この国際秩序の根本が大きく揺らいでいます。ロシアのウクライナ侵略は、国連憲章の理念と原則を踏みにじる行為です。力による支配ではなく、全ての国が法の支配の下にあるのが重要であり、断じてそのようなことは許してはなりません。
国連は、大国のためにあるのではない。全ての加盟国の主権平等の原則に基礎を置き、国際社会全体のためにあるのです。力を有し、声の大きな国の主張だけでなく、届きにくい、しかし正当な声を実現するために存在するのです。
世界各地で既存の国際秩序が試練に曝(さら)されている今こそ、国連憲章の理念と原則に立ち戻り、国際社会における法の支配に基づく国際秩序の徹底のため力と英知を結集する時です。そのためにどうしても実現せねばならないのが国連の改革であり、国連自身の機能強化です。コンゴ動乱の停戦調停の途上で殉職したハマーショルド事務総長は「国連諸機関に欠陥があるとすれば、それを正す責任は私たちにあります」と述べました。国連の掲げる理念を実現していくために、我々は国連の機能強化に正面から取り組む必要があります。
改めて日本の国連、そして多国間主義への強いコミットメントを示すべく、本日私はここに国連の理念実現のための日本の決意を表明いたします。その内容は、まず第1に、国連憲章の理念と原則に立ち戻るための安全保障理事会を含む国連の改革、そして、軍縮・不拡散も含めた国連自身の機能強化です。
第2に、国際社会における法の支配を推進する国連の実現です。
第3に、新たな時代における人間の安全保障の理念に基づく取組の推進です。

議長、御列席の皆様、安保理常任理事国であるロシアによるウクライナ侵略により、国連の信頼性が危機に陥っていることを直視しなければなりません。その信頼を回復するために、我々国連加盟国が行動しなければならない。
これまでもしばしば安全保障理事会の機能不全が指摘されてきました。私たちは、もう30年近くにも亘(わた)り、この問題について議論を重ねてきました。しかし、本当に必要なのは議論のための議論ではなく、改革に向けた行動です。常任理事国の中にも、改革に向けた意欲を見せる国々があります。交渉無くして改革なし。様々な立場は、交渉なくして妥協も収斂(れん)もない。安全保障理事会の改革に向けて、文言ベースの交渉を開始する時です。2024年の未来サミットは、国連のあり方を幅広く見直す絶好の機会です。是非、有識者を含め、幅広い英知を結集し、機運を高めていきましょう。
ロシアによる国際秩序の危機に対し、最も強い言葉でそれを遺憾とする総会決議の圧倒的多数による採択。その時国連は、闇夜の灯台のように国際社会の進むべき方向を明確に示すことができました。この総会こそが、全加盟国を代表し、国際社会の大義がいずれにあるのかを示す唯一の普遍的な機関です。
日本は、安全保障理事会の改革だけでなく、総会の更なる活性化にも真剣に取り組み、国連全体が平和と安全の維持に一層大きな役割を果たせるよう後押ししていく決意です。また、日本は、幅広い国連の活動を支える事務総長を支持します。
今般、ロシアが行ったような核兵器による威嚇、ましてや使用は、国際社会の平和と安全に対する深刻な脅威であり、断じて受け入れることはできません。
私は、広島出身の総理大臣として、被爆者の方々の思いも胸に「核兵器のない世界」の実現に向けて、並々ならぬ決意で取組を推し進めています。国際的な核軍縮・不拡散体制の礎であるNPT(核兵器不拡散条約)体制の維持及び強化に向けた、世界が一体となった取組は、先月、ロシア一か国の反対により合意を得るに至りませんでした。
圧倒的多数の国々と同じく、私も深い無念を感じました。しかし、諦めてはいません。最終成果文書のコンセンサス採択まであと一か国まで迫ることができたからです。同文書案が今後、国際社会が核軍縮に向けた現実的な議論を進めていく上での新たな土台を示しました。唯一の戦争被爆国であるという歴史的使命感を持って、日本は、「核兵器のない世界」の実現に向けた決意を新たに、現実的な取組を進めて参ります。長崎を最後の被爆地とせねばなりません。
本年は、小泉総理と金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が署名した日朝平壌宣言から20年です。同宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して国交正常化を目指す方針は不変です。日本は、双方の関心事項について対話する準備があります。私自身、条件を付けずに金正恩(キム・ジョンウン)委員長と向き合う決意です。あらゆるチャンスを逃すことなく全力で行動していきます。
日本は平和構築の分野でも長期に亘り、貢献してきました。1992年、カンボジアで初めて本格的にPKO(国連平和維持活動)ミッションに参加しました。
それから30年。マリ、中央アフリカ、レバノンなどの現場で、ブルーヘルメットをかぶった多数のカンボジア隊員が平和と未来を守っています。ティアウ・チャンルティ中佐(当時)は、日本によるPKO訓練の後、レバノンに派遣された一人です。その後、カンボジア軍のPKO訓練センターで後進の指導にあたるなど、平和の担い手として活躍されています。
日本のPKOへの貢献を通じて生まれた平和の灯(ともしび)が、世代を越え、国境を越えて広がっていくのです。日本はそれを支援します。

議長、御列席の皆様、次に、日本は、国際社会における法の支配を推進する国連の実現に尽力します。
法の支配は、特定の国、特定の地域の独占物ではありません。脆弱(ぜいじゃく)な国にとってこそ法の支配は重要であることを思い起こすべきです。
国際法に基づいた法の支配を強化していくことが、長期的に見れば、全ての国に裨益(ひえき)し、持続的な成長と健全な国際社会の発展につながります。
このような信念の下、日本は、各国と協力しながら「自由で開かれたインド太平洋」実現を始め、様々な分野において積極的な役割を果たしてきました。
1970年、国連総会は、厳しい対立を粘り強い対話により乗り越え、「友好関係原則宣言」を採択しました。先人たちの知恵の結晶であるこの宣言は、今日においても、法の支配を促進するための基本的原則を導き出す基盤です。
この宣言からは、「力による支配」を脱却し国際法の誠実な遵守を通じた「法の支配」を目指すこと、特に、力や威圧による領域の現状変更の試みは決して認めないこと、国連憲章の原則の重大な違反に対抗するために協力すること、という基本的原則が浮かび上がってきます。
これらの基本的原則こそ、分断の深刻化が懸念される目下の国際社会を繋(つな)ぎ合わせ、人権尊重と持続可能な開発を達成するための基礎となるものであると確信します。
日本は来年1月から、安全保障理事会の非常任理事国となります。大きな声だけでなく小さな声にも真摯に耳を傾けながら、国際社会における法の支配を強化するべく行動する考えです。

議長、御列席の皆様、日本は、新たな時代における人間の安全保障の理念に基づく取組を強化して参ります。
人々が不安と恐怖から解放され、質の高い生活を送る。人間の安全保障の理念は変わりませんが、我々は今、歴史的な分水嶺に立ち、新たな挑戦に直面しています。今日、パンデミックに加え、他国への武力の行使や威圧、食料やエネルギー安全保障、インフレや気候変動などの問題が相互に結び付き、これまでになく多くの人々の安全が脅かされ、貧困と疾病が深刻化しています。
誰一人として取り残さない社会を目指すSDGs。その達成のためにも、新たな時代における人間の安全保障の実現が求められています。その際、重要なのは、個人、社会、そして国家のそれぞれが、時代の変化と挑戦に対応するためのレジリエンスを高めることです。
ウガンダのアジュマニ県は、周辺諸国から難民の流入増大、ウクライナ情勢による物価高騰など、困難かつ複合的な課題に直面しています。今日の世界が直面する挑戦の一例です。
同県の行政官、モイニ・フレッドさんは、JICA(国際協力機構)の研修で難民・自国民双方の意見を取り入れて行政を進めていくノウハウを学びました。アジュマニ県は自分たちも経済的に苦しい中で、難民支援を止めることなく行政運営を続けており、フレッドさんは民族・国籍の対立のない地域作りのために奔走しています。
国際社会の秩序が揺らぎ、人々の不安が高まる中、日本は、人間の安全保障信託基金を通じた取組促進も通じ、国連と共に新たな時代における人間の安全保障の実現を進めます。また、人への投資を惜しみなく実践していきます。
本年8月のTICAD8(第8回アフリカ開発会議)でも、私は人への投資を重視しつつ、アフリカに今後3年間で官民総額300億ドル規模の資金の投入を行うことを表明したところです。アフリカ以外の世界各地でも、日本は人材育成や能力構築に力を入れます。私は、教育は平和の礎という信念の下、教育チャンピオンに就任し、国連教育変革サミットの成果も踏まえ人づくり協力を進めます。
新型コロナ・パンデミックは、人々の健康と、疾病から人を守る取組の重要性を示しました。日本はCOVAX等を通じたワクチン関連支援を含め総額50億ドルの新型コロナ対策を進め、グローバルファンドに対し、次の3年間で最大10.8億ドルを新たに拠出することを決定しました。日本は、来年主催するG7に向け、国際保健の枠組み強化や、新型コロナを踏まえた新たな時代のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成にも引き続きリーダーシップを発揮します。
食料安全保障のための緊急支援と食料システムのレジリエンス強化支援、国際電気通信連合(ITU)等の取組を通じた情報通信分野での国際標準・規格作りなど。日本は、人々が安心して質の高い生活を享受できる環境作りへの支援も着実に実施しています。また、こうした取組を進めるためにも、日本は開発協力政策の基本方針である開発協力大綱を改定します。
私は、国際社会が抱える現在と将来の諸課題への対応を我々のコモンアジェンダとして示した、グテーレス事務総長のリーダーシップを支持します。歴史が大きく変わりつつある今、日本は、新たな時代における人間の安全保障の理念の下で、世界中の苦しむ人々を支えます。法の支配に基づく国際秩序に支えられた、平和と安定の維持に向け、国連及び各国と力を合わせて、取り組んでいきます。

議長、御列席の皆様、歴史の分水嶺に立つ今だからこそ、日本は、国連に対する強い期待を持ち続けます。時代は変われど、変わらないもの。それは国連の理念と原則です。私は、その確信を持って、皆さんと共に国連の強化に向けた道のりを歩んでいく決意であります。御清聴ありがとうございました。

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