2025年10月21日
国土交通大臣賞に輝いた小さな酒どころの高付加価値ツーリズム ―KURABITO STAYが実践する地域一体型「蔵人体験」の取り組み
©KURABITO STAY
長野県佐久市に拠点を構える「KURABITO STAY」は、歴史ある酒蔵に「蔵人」として旅行客を受け入れる酒造り体験や、同じ県内の上田市で棚田の絶景を見ながら食べるTANADA MORNINGなど独自の体験型観光を展開。その地域一体型コンテンツが高く評価され、2025年8月に発表された第9回「ジャパン・ツーリズム・アワード」にて国土交通大臣賞を受賞しました。株式会社KURABITO STAY代表取締役の田澤麻里香さんに、酒蔵を活用した体験型観光の取り組みを地域に定着させるための工夫やポイントを伺いました。蔵の一部を宿泊施設にした酒造り体験で30カ国以上のインバウンドを魅了
―初めに、体験型観光「蔵人体験」について、どのような内容か教えてください。
KURABITO STAYが拠点とする長野県の佐久地域は、300年以上前から酒造りが続く日本屈指の米どころです。その中でも橘倉酒造は元禄9年に創業した老舗です。敷地内にはかつての蔵人たちが寝泊まりしていた建物があり、「蔵人体験」はそこに宿泊していただく前提で酒造り未経験のお客様を「蔵人」としてお迎えするという、どこにもない体験型旅行商品となっています。
幸いなことに橘倉酒造側でも過去に外部の未経験者を酒造りに参加させたことがあり、参加者に基本的なことを遵守してもらえれば受け入れる土壌ができていたことから、商品販売にこぎつけることができました。
酒造りは冬季に行うものですので、基本は11月から3月までがオンシーズンです。麹造りが中心になる1泊2日コースと、もう少し深く仕込みに関わる2泊3日コース、リピーター限定の「その先」を体験する本格コースなどをご用意しています(麹造りのみのコースは、春秋も体験可能)。
食事は、朝食のみを提供する泊食分離にしています。私たちだけでお客様を囲い込むのではなく、地域を歩いてもらいたい。そのために地元の協力飲食店を「クラビトフレンドリーショップ」と呼び、街歩きマップを作ってご案内しています。
▲さんかく地域の女性たちが作る蔵人の健康朝ごはん©KURABITO STAY
― KURABITO STAYにはどのようなお客様がいらっしゃいますか。
開業当初から客層は、国内の日本酒が好きな方々が6割、インバウンドが4割を想定し、それが現在も続いています。これまで30カ国を超えるインバウンドの方々が来てくれました。先日もドイツとルーマニアから初訪日の2人組に「どうしてわざわざここに?」と聞いたところ、「ネットでKURABITO STAYの記事を見て興味が湧いたから。この後は岐阜をまわって帰りに時間があったら京都かな」とおっしゃっているのを聞いて驚きました。国内のお客様もそうですが、マスツーリズム的な思考ではなく、よりニッチな旅行を楽しみたい方々に支持されているように感じます。
英語メニューや英会話マニュアルに加えて個別フォローを大切に
―橘倉酒造との出会いや起業に至るまでの経緯を教えてください。
橘倉酒造とは、結婚・出産を経て、出身地である長野県小諸市の地域おこし協力隊になり、隣まちの佐久市を含めた商品づくりをする中でご縁ができました。地域おこし協力隊の退任後も販促活動などをお手伝いしており、「蔵人体験」のアイデアをご相談したときも、橘倉酒造の井出社長が「それはいいね」と賛同してくださったことで現在に至ります。
「蔵人体験」には、民間と行政、双方の立場で旅行商品づくりに携わった自分の「地域と深い関係を結ぶことができる観光地域づくりをやってみたい」という思いが全て詰まっています。
これを具体的に事業化するために色々なビジネスコンテストに参加しましたが、最も起業を後押ししてくれたのは2019 年2月の「みんなの夢AWARD」の全国大会でグランプリをいただいたことです。その副賞や公的な助成金を元手に3カ月後に起業し、同年秋から宿泊施設のリノベーションを始めました。
▲さんかく酒造り職人が寝泊まりしていた宿舎をリノベーションしてできた宿泊施設©KURABITO STAY
― 地域が一体となった受け入れ体制づくりにおいて、どのような点を工夫しましたか。
「みんなの夢AWARD」グランプリ受賞後にまず、地元の公民館で有識者の講演を盛り込んだ説明会を開催し、地域の方々に向けて正式に決意表明をしました。
クラビトフレンドリーショップは、橘倉酒造から紹介してもらった地元店の中から料理のジャンルがかぶらない6店舗(現在は7店舗)にお声がけしました。農泊に関する補助金を使って何度もインバウンドセミナーを開いたり、英語併記のメニューや英会話マニュアルなどのツールを充実させたりして安心感を高めていってもらいました。
それと並行して、店ごとにも細かくフォローしてまわりました。例えば鳥料理のお店は、ラーメンのチャーシューに卵を産み終わった鶏の肉を加工して無駄なく使っています。それを説明したら、きっとSDGsが定着している欧米のお客様は「サステナブルだね」と評価してくださるはずです。そうしたその店で起こりそうなことを一つずつ考えていきました。
キャッシュレス対応も、既に導入されている他県の飲食店経営者の方を招いて話を聞く場を設けました。
このように色々と準備に奔走しましたが、私が地域の方々と一番共有したかったことは、「人を喜ばせられるのは人なので、お客様を温かい気持ちで迎えてください」ということです。準備期間中は、私自身も毎日どこかのフレンドリーショップでごはんを食べながら、皆で受け入れていく雰囲気を盛り上げていきました。
100%自社発信のPRと温かな交流、ニッチに振り切る企画力で集客
― インバウンド集客のための販促活動は、どのような媒体を活用されていますか。
集客は自社サイトとSNSの公式アカウントのみで、OTAなどには頼らず100%自社発信で行っています。お客様アンケートによると口コミが3割、SNSが5割、残りはNHK WORLD-JAPANなどのメディアを見て来てくださったことがわかっています。
私たちが初めから理想としていた集客プランは、「酒蔵の中に入る」という希少な体験であることも踏まえて、地域の人たちがストレスを感じないお客様に来ていただく、ということでした。そのためにはやはり、目の前のお客様一人ひとりに"思わず口コミで広げたくなるくらい満足していただく"ことが重要です。
▲さんかく唯一無二の本物の蔵人体験(酒造り)を楽しめる場所©KURABITO STAY
SNSでの発信を含め、自分たちの受け入れ方一つで良質なお客様を誘引できるようになれば、その結果、地域にも酒蔵にもリスペクトの気持ちを持ってくれるお客様が増えて、地域もまた喜ぶ好循環が生まれます。開業当初はインフルエンサーの方々にも来ていただいたこともありましたが、今は集客の特効薬はないと考えて、日々の積み重ねを大切にしています。
― 酒造り体験は冬季が中心ですが、それ以外のオフシーズンのコンテンツ作りのポイントは何でしょうか。
開業3年が過ぎ、心にも経済的にもゆとりができるようになってからオフシーズンのコンテンツづくりに取り組みました。おいしい日本酒のお米はどこで作られているのか、その圃場を電動自転車で見て回るサイクリングツアーなら、二次交通問題も解消できます。体を動かすことが好きなアメリカやオーストラリアの方々が「リアルな田園風景が見たい」と喜んで参加してくれます。
先日も農道をサイクリングしていたら、ちょうど地元農家のおとうさんがかんぴょうの元になるユウガオを収穫していたところで立ち話に花が咲きました。ゲストにとっては、こういう田舎道での名前も知らないおとうさんとの立ち話が、権威ある観光スポットの見学よりも日本の思い出として長く残るかもしれないですよね。KURABITO STAYはいつでもそういう日常の光景を大切にする場所でありたいと思っています。
▲さんかく酒米、水、人、日本酒のルーツを巡るサイクリングツアー©KURABITO STAY
― 2020年3月の開業から5年が経った今、地域の波及効果について教えてください。
起業以来、様々なご支援や補助金等を受けながら、「蔵人体験」にまつわる業務を地域の事業者さんたちに発注し、経済を回すことができてきたように感じています。気持ちの面でも初めは緊張していたフレンドリーショップから「今週末はどんな人たちが来てくれるかな」という声が聞こえてきて、嬉しい変化を実感しています。
また、長野県の酒蔵コラボ第2弾として、今度は上田市にある岡崎酒造と組み、2025年5月に酒蔵ホテル®「KIREI」が開業しました。岡崎酒造には、かつて本格的に料理の修行をした蔵人がいることを活かして、貴重な銘柄を美味しい肴と一緒に味わう岡崎酒造独自の構成にしています。
酒蔵前のホテルは一棟貸しで、大好きな酒蔵を見ながら夜通し酒盃を傾けることができる、というかなり通好みの構成になっていますが、私はいつも"振り切る"ことが正解だと考えています。無難なものを作るよりは大手がやらない、ニッチなことに振り切った方が周囲の評価は高まり、自分たちの自信にもなっていきます。
地域の誇りを再確認、自分たちの持ち味を磨き上げていく創意工夫を
― 第9回「ジャパン・ツーリズム・アワード」の国土交通大臣賞を受賞されました。
今回の受賞により、佐久の方々に自分たちの土地や伝統、歴史、文化に改めて誇りを感じてもらえることができたのが何より嬉しいです。また、「学生が選ぶジャパン・ツーリズム・アワード(※(注記))」にも選んでいただき、ひときわ大きな喜びを感じています。
私が観光業界の心ある諸先輩たちからたくさんのことを学ばせてもらったように、今度は自分たちが若い方々の道しるべのような存在になれたらと思っています。
― 最後に、全国の地域・自治体・DMO・観光業者の方々に向けてメッセージをお願いします。
地域おこし協力隊時代のことです。市民の方々に地域の魅力を聞き取りすると、大抵の方が「こんなところには何もない」とおっしゃるのですが、根気よくお付き合いしていくうちに「味噌づくりに伝統がある」とか「あれが美味しい」といった自分たちの持ち味を再確認していく姿を何度も見てきました。
おそらく今も全国各地にありがちな「何もない」を、ニッチな魅力として磨き上げていく創意工夫は、これからの観光業者により求められていくことだと感じています。
それから、地域では女性たちや業界未経験者の活躍の場がまだまだ少ない状況が続いています。観光業界の人材不足を語るとき、かつての自分のように「社会に参加したい!」と渇望する女性たちの登用にも、ぜひ目を向けてほしいですね。
▲さんかく佐久のお酒を口に含んだ時、この景色を思い出してもらえるよう日々取り組む ©KURABITO STAY
※(注記)「ジャパン・ツーリズム・アワード」
「旅のチカラ」の再生と持続可能性の確保に貢献する優れた取り組みを表彰する事業。国内外の持続可能な取り組みを広く社会に知らしめることで、ツーリズムへの理解を深め、さらなる発展に寄与することを目的としています。
田澤 麻里香
株式会社KURABITO STAY 代表取締役
2019年2月、長野県佐久市にある橘倉酒造での「蔵人体験」企画で「みんなの夢AWARD」全国大会グランプリを獲得。2020年3月、世界初の酒蔵ホテル®KURABITO STAYをオープン。2025年5月、岡崎酒造と組んで一棟貸しの酒蔵ホテル®「KIREI」をオープン。2025年8月、第9回「ジャパン・ツーリズム・アワード」国土交通大臣賞を受賞。