第3章 審判及び訴訟

第1 審 判

本年度における審判事件数は,前年度から引き継いだもの3件,本年度中
に審判開始決定を行ったもの1件,計4件である。4件の内訳は,独占禁止
法違反被疑事件が2件,景品表示法違反被疑事件が2件である。これらのう
ち,本年度中に審決が行われたものはなく,本年度末現在において審判手続
係属中のものは4件である(第1表)。

第2 訴 訟

1 独占禁止法関係の損害賠償請求事件
本年度当初において係属中の独占禁止法関係の損害賠償請求事件は,独
占禁止法第25条(無過失損害賠償責任)に基づく損害賠償請求事件はな
く,民法第709条に基づく損害賠償請求事件が1件であった。
民法第709条(不法行為による賠償責任)に基づく損害賠償請求事件
選定当事者佐藤日出夫ほか18名による損害賠償請求事件
(最高裁判所昭
和60年(オ)第933号,1162号,同昭和60年(オ)第934号)
(1) 事件の経過
ア 当委員会は,出光興産株式会社ほか石油元売11社が昭和48年11月上
旬ごろに行った価格カルテル及び石油連盟が同年10月上旬ごろに行っ
た生産調整について,それぞれ,昭和49年2月22日に当該行為の排除
を命ずる審決を行った。山形県鶴岡市の鶴岡生活協同組合又は同市内
の石油小売販売店から灯油を購入した消費者は,同年11月22日の佐藤
日出夫らを選定当事者として,前記石油元売12社及び石油連盟に対し
て,民法第709条に基づく損害賠償請求訴訟を山形地方裁判所鶴岡支
部に提起した。
イ 山形地方裁判所鶴岡支部は,昭和56年3月31日,原告らの請求を棄
却した。
ウ これに対し,原告らは,同年4月14日,仙台高等裁判所秋田支部に
控訴したところ,同裁判所は,昭和60年3月26日,控訴人選定当事者
佐藤日出夫らの請求のうち石油連盟に対する請求分を除き,石油元売
12社に対する請求を認容した。
エ これに対し, 被控訴人ら11社(昭和石油とシェル石油は合併)は,
同年4月8日,また,控訴人らは,同月9日,それぞれ上告した。
オ 最高裁判所は,平成元年12月8日,上告人(石油元売業者)らの敗
訴部分の破棄,また,被上告人(消費者)らの控訴を棄却した。
また,石油連盟の生産調整に係る事件については上告人(消費者)
の上告を棄却した。
(2) 最高裁判決の概要
ア 石油元売業者の価格カルテルについて
(ア) 私的独占,不当な取引制限又は不公正な取引方法によって自己の
法的利益を害された者は,審決の有無にかかわらず損害賠償の請求
をすることを妨げられない。
(イ) 独禁法違反行為と損害との間に相当因果関係の存在が肯定できる
限り,事業者の直接の相手方であると,直接の相手方と更に取引し
た者等の間接的な取引の相手方であるとを問わず,損害賠償を請求
することができる。
(ウ) 損害賠償請求訴訟において,違反行為の排除措置を命ずる勧告審
決があったことが立証された場合は,違反行為の存在について,事
実上の推定が働く。しかし,勧告の応諾が違反行為の存否とかかわ
りなく行われたことがうかがわれるときは,このような事実上の推
定をすることは許されない。
(エ) 原審は,本件では,勧告の応諾が違反行為の存否とかかわりなく
行われたことがうかがわれるにもかかわらず,事実上の推定を働か
せて同法違反行為の存在を推認しているのであるから,法令の解釈
を誤り,ひいては理由不備の違法を犯したものである。
(オ) 損害の認定に当たっては,一般的には,直前価格をもって想定購
入価格であるとの事実上の推定を働かせることができる。しかし,
価格協定の実施当時から消費者が商品を購入する時点までの間に当
該商品の小売価格形成に影響を及ぼす顕著な経済的要因等の変動が
あるときは,このような事実上の推定をすることは許されない。
本件では,このような変動があったにもかかわらず,原審は,直
前価格をもって想定購入価格と推認しており,法令の解釈適用を
誤った違法がある。
イ 石油連盟の生産調整について
本件生産調整と上告人ら立証の損害との間の因果関係を肯定するこ
とはできないとした原審の判断は正当。
2 その他の訴訟
本年度において係属中の公正取引委員会が関係する国家賠償請求事件
は,豊田商法の被害者によるもの3件のほか,本年度中に明石書店ほか34
名による行政処分取消等請求事件が1件提起され計4件である。いずれも
本年度末現在係属中である。
(1) 豊田商法の被害者(47名)による国家賠償等請求事件(東京地方裁判
所昭和61年(ワ)第3829号)
訴提起日 昭和61年3月31日
本件訴訟は,豊田商法の被害者47名が国及び個人被告(豊田商事株式
会社の元従業員)111名を相手に損害賠償を請求したものである。国に対
する請求は,当委員会及び通商産業省が豊田商法による被害の発生を防
止するために必要な措置を講じなかったとの主張に基づくものである。
ア 訴状の要旨(当委員会に関係する部分)
原告らは,豊田商法の被害者のうち年齢60歳以上の者(主として東
京都及びその周辺地域に居住する。)である。
豊田商法により公正で自由な取引秩序が害され, 国民の財産に対す
る不法な侵害が全国的規模により継続された。公正取引委員会におい
て規制権限を行使すれば,容易にその侵害を阻止することができ,し
かも公正取引委員会がその権限を行使しなければ侵害を防止できない
関係にあり, 一般国民をはじめ国会,通商産業省,警察庁等から豊田
商事株式会社に対する有効な規制が客観的に期待される状況下にあっ
たのであるから,公正取引委員会は権限を行使するか否かを決定する
裁量の余地はもはや存在せず,その権限不行使は,作為義務に違反す
る違法な行為であり,国家賠償法第1条第1項にいう違法なものとい
うべきである。
イ 訴訟手続の経過
本件について,東京地方裁判所は,口頭弁論を5回行い,本年度末
現在,同裁判所に係属中である。
(2) 豊田商法の被害者(2名)による国家賠償等請求事件(神戸地方裁判
所昭和60年(ワ)第826号・第849号)
訴提起日 昭和60年6月11日(第826号事件)
昭和60年6月14日(第849号事件,併合)
本件訴訟は,豊田商法の被害者2名が国及び豊田商事株式会社を相手
に損害賠償を請求したものであるが,被告豊田商事株式会社について
は,昭和62年12月11日第13回口頭弁論において訴えが取り下げられてい
る。国に対する請求は,当初,国会議員,通商産業省,経済企画庁,農
林水産省,法務省,警察庁及び内閣の豊田商法に対する不作為が違法で
あるとして行われていたが,昭和62年9月11日の第12回口頭弁論におい
て,公正取引委員会についても豊田商法に対する権限不行使は違法であ
るとして,追加主張が行われたものである。
ア 公正取引委員会に関する追加主張の要旨
豊田商法は, 独占禁止法の不公正な取引方法及び景品表示法の不当
表示に該当する行為であり,両法に違反することは比較的客観的に証
明できるのであるから,これを認識していた公正取引委員会は,調査
のための強制処分を駆使して不当表示であることを解明し,排除命令
を出すべきであった。公正取引委員会は,その権限を行使する法律上
の義務があったにもかかわらず,何ら権限を行使することなく消費者
の利益を確保する義務を怠った。
イ 訴訟手続の経過
本件について,神戸地方裁判所は,口頭弁論期日を追って指定する
ことになり,本年度末現在,同裁判所に係属中である。
(3) 豊田商法の被害者(1,488名)による国家賠償請求事件(大阪地方裁判
所昭和63年(ワ)第3702号・第10176号)
訴提起日 昭和63年4月23日(第3702号事件)
昭和63年11月4日(第10176号事件,併合)
本件訴訟は,豊田商法の被害者1,488名が国を相手に損害賠償を請求
したものである。国に対する請求は,当委員会,法務省,警察庁,大蔵
省,経済企画庁及び通商産業省が豊田商法による被害の発生を防止する
ために必要な措置を講じなかったとの主張に基づくものである。
ア 訴状の要旨(当委員会に関係する部分)
豊田商法は,独占禁止法に規定する不公正な取引方法に該当し,ま
た,景品表示法に規定する不当表示にも該当するのは明らかである。
公正取引委員会は,昭和58年秋頃には,それらに該当する疑いが強い
ことを十分に認識していた。したがって,公正取引委員会は,その調
査権限を行使し,違法な実態を速やかに解明し,違法な営業活動の差
止め等の措置を講ずることができたはずであり,遅くとも昭和59年4
月ごろまでには,公正取引委員会は,裁量の余地なく,これらの措置
を講ずる義務が生じていたものというべきである。にもかかわらず,
公正取引委員会は,その義務を怠り,何らの措置も講じなかった。
イ 訴訟手続の経過
本件について,大阪地方裁判所は,口頭弁論を9回行い,本年度末
現在,同裁判所に係属中である。
(4) (株)明石書店ほか34名による行政処分取消等請求事件(東京地方裁判
所平成元年(行ウ)第144号)
訴提起日 平成元年7月20日
本件訴訟は,出版社35社が公正取引委員会及び国を相手に,消費税の
実施に伴う再販制度の運用について,行政処分の取消し及び損害賠償を
求めたものである。
ア 訴状の要旨
(ア) 原告らは,消費税実施後の書籍の定価は消費税抜き価格であるべ
きと考えており,公正取引委員会が従来の定価の概念を変更し,消
費税実施後の再販売価格は消費税込み価格であるとして「内税方
式」を強制した行政処分「消費税導入に伴う再販売価格維待制度の
運用について」は取り消すべきである。
(イ) 公正取引委員会の前記(ア)の行政処分により,本来付け換える必要
がなかった出版物の定価表示をシール貼付等により変更する必要が
生じ損害を被った。
イ 訴訟手続の経過
本件について,東京地方裁判所は,口頭弁論を4回行い本年度末現
在,同裁判所に係属中である。

第3 損害賠償制度の活用に関する検討

1 概 要
近時,独占禁止法違反行為に関する損害賠償制度について一般社会・学
界の関心が高まってきており,また,より開かれた市場が重要となってい
る現在,独占禁止法に関する損害賠償制度についても違反行為を抑止する
ため今後重要な意義を持つことになると考えられる。
このような観点から,平成元年11月,独占禁止法第25条の損害賠償請求
訴訟制度について,「独占禁止法に関する損害賠償制度研究会」(座長 平
井宜雄 東京大学教授)が開催された。同研究会においては,独占禁止法
第25条の損害賠償制度及びその運用の在り方を研究し,かつ,現行制度の
運用面における改善の方策について検討が行われ,平成2年6月,その検
討結果が公表された。その概要は,次のとおりである。
2 検討結果の概要
独占禁止法25条に基づく損害賠償請求訴訟(以下「25条訴訟」という。)
が認められているのは,独占禁止法違反行為によって生じた私人の損害が
適正かつ迅速に補填されることを通じて当該競争秩序侵害行為が及ぼした
経済社会に対する損害が除去されることとなり,これにより競争秩序の回
復と違反行為の抑止が同時に図られることにあるものと考えられる。
25条訴訟制度の活用を図るための具体的方策は,次のとおりである。
(1) 審決書の記載内容の具体化,明確化
審決書記載の事実が裁判所の事実認定に資するよう,その記載内容の
一層の具体化,明確化に努めること。
(2) 求意見に対する対応の充実
ア 独占禁止法第84条に基づく公正取引委員会の意見においては,原告
(被害者)の損害額に関する立証負担の軽減のため,違反行為と損害
との関連性ないし因果関係並びに損害額及びその算定方法について,
その考え方を示すよう努めること。
なお,専門家の意見を徴する等により,損害額についての合理的推定方法を検討すること。
イ 意見の根拠となる資料を,事業者の秘密保持の問題や, 事件処理手
続上の問題等に配慮しつつ, 可能な限り添付すること。また,根拠と
なる資料を得るために必要であれば,新たに調査を行うこと。
(3) 裁判所及び原告(被害者)に対する資料提供等
ア 25条訴訟に関し,裁判所から民事訴訟法第319条に基づく文書送付
の嘱託等があった場合には,原告(被害者)の違反事実等に関する立
証負担を軽減するため,事業者の秘密保持の問題,事件処理手続上の
問題等に配慮しつつ,違反行為の存在及び損害に関する立証に必要な
範囲で,資料を提出する等積極的に対応すること。
このため,裁判所に提出する資料の種類及び範囲,提出の時機,提
出の方法等について,対応の基準を整備しておくことが望ましい。
イ 原告(被害者)から直接資料提供の依頼があった場合にも,必要な
範囲で,アに準じて対応すること。
(4) 25条訴訟制度に関する広報
25条訴訟制度の存在が一般に周知されているとはいい難い状況にかん
がみ,本制度に対する認識ひいては独占禁止法違反行為に対する法意識
の定着を図るため,本制度について十分な広報活動を行うこと。

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