Microsoft Word - 02-02_4BG(20141023)

1WHO 背景説明資料
2000 年 3 月
電磁界と公衆衛生
コーショナリ政策
人工的な電磁界(EMF)による潜在的な健康影響は 1800 年代後半より科学的関心事項となっ
ており、ここ 40 年ほど特に注目されています。電磁界の一般的な発生源には、電力線、家庭内
の電気配線、電気製品、モーターで作動する機器、コンピュータの画面、放送・通信施設、携帯
電話及びその無線基地局などがあります。
公衆の電磁界ばく露は、さまざまな拘束力のない制限および法的制限によって規制されていま
す。これらの制限のなかで最も重要なものに、各国の安全基準の他に、国際非電離放射線防護
委員会(ICNIRP)によって起草された国際ガイドラインがあげられます。ガイドラインは、短
期および長期の電磁界ばく露によるものと同定された全ての有害な影響を、制限値に十分な安
全係数をもたせて、
回避するように作成されています。
実際のばく露レベルはほとんどの場合、
推奨されている制限値をはるかに下回っています。
電磁界に関する不確かさの問題
電磁界の潜在的な健康リスクの評価には多くの不確かさが含まれています。特に、いくつかの
疫学研究においては電磁界のばく露と人の病気の弱い関連が示唆されています。これらの研究
はさまざまな病気やばく露条件に関して行われていますが、証拠として大きな割合を占めるの
は、家庭内の商用周波(50/60 ヘルツ)の電界および磁界のばく露に関連した小児白血病のリ
スク上昇の可能性に関するものです。数多くの動物実験など疫学以外の科学的証拠は、この疫
学の結論を裏付けておらず、また疫学研究の多くには、ばく露量評価が不適切であるなど、疫
学自体の問題があります。
この証拠について検討した種々の専門委員会は、証拠が説得力に乏しいと、一貫して判断して
います。例えば 1997 年、米国国立研究審議会(US National Research Council)は『現時点での
証拠は、
「家庭内の商用周波の電界および磁界」
へのばく露が人の健康に有害な影響を与えるこ
とを示していない』との結論を出しました。同様に、電磁界ばく露に関する 1998 年のガイドラ
インで ICNIRP は、
「電磁界へのばく露とがんに関する疫学研究の結果は、
(中略)ばく露ガイ
ドラインを設定するための科学的基礎をなすには十分に強固でない」と述べました。これまで
に、低レベルの電磁界により有害な影響が実際に生じるとの結論を得た主要な委員会はありま
せん。しかし、かなりの程度の科学的不確かさとこの問題に関する人々の強い不安は確かに存
在します。
プレコーショナリ政策
世界的に、科学的不確かさを考えて、健康リスク管理に「プレコーショナリ的アプローチ」を
採用しようという動きが政府の内外で大きくなっています。国際的な保健機関として WHO は
各国当局に対し、確立された知見の範囲を超えた政策の設定を.通常は助言しません。しかし
1999 年にロンドンで開催された第 3 回環境と健康に関する閣僚級会議(Third Ministrial 2Conference on Environment and Health)で調印された宣言書において、WHO は「リスク評価に
プレコーショナリ原則を厳密に適用し、有害な影響に対して、より一層、防止に向けた積極的
なアプローチを採用する必要性」を考慮するよう促されました。
用心を促すための様々な政策が、科学的不確かさを考慮に入れて、公衆衛生、労働衛生、環境
保健の問題への関心に対処するために策定されてきました。これには次のものがあります。
 プレコーショナリ原則(Precautionary Principle)
 慎重なる回避(Prudent Avoidance)
 ALARA (As Low As Reasonably Achievable;合理的に達成できる限り低く
プレコーショナリ原則は、
科学的不確かさの程度が高い状況で適用されるリスク管理政策です。
重大になる可能性があるリスクに対して科学的な研究結果を待たずに対策を取る必要性を表し
ています。
EU 加盟国にはローマ条約があり、そこには「環境に関する欧州共同体の政策は、
(中略)プレ
コーショナリ原則に基づくべきである」と記されています。プレコーショナリ原則が採用され
た最近の例には、牛海綿状脳症(BSE)感染のリスクを制限する観点から英国牛肉を禁止した
欧州委員会の決定があります。欧州司法裁判所はこの決定が正当であるとの判決を下記の通り
下しました。
リスクの重大性と事態の緊急性に鑑み、また決定の目的を顧慮すると、欧州委員会が、より
詳細な科学的情報の成果を待つ間、暫定の根拠に基づき、決定を採択したことは、明白に不
適切なやり方とは言えない。
人の健康に対するリスクの存在やその大きさに不確かさがある場合、欧州委員会はそのよう
なリスクの実体や深刻度がはっきり分かるまで待つ必要なく防護措置を取ることが許される。
2000 年 2 月 2 日、欧州委員会は、プレコーショナリ原則に関する重要な通達を承認し、その原
則の適用に関するガイドラインを提示しました。この通達によると、プレコーショナリ原則に
基づく対策は次のようであるようにとされます。
 選択された防護水準に見合うものであること
 その適用に差別がないこと、つまり、類似する状況を同等に扱うこと
 既に実施中の同等の措置と一貫性があること、つまり、全ての科学的データが利用可能な
同等の分野において、すでに講じられている対策と、その適用範囲と性質において同等で
あること
 対策を実施する場合と実施しない場合の、コストと期待できる便益の検討(適切かつ可能
であるならばコスト・便益の経済分析を含む)に基づくこと
 本質的に暫定的であること、つまり新しい科学データに照らした再検討を条件とすること
 より包括的なリスク評価に必要な科学的証拠を提出する責任を付与できること
この定義からすれば、プレコーショナリ原則は、
「リスクに関心を向けた(risk-oriented)
」もの
であり、コスト-便益の考慮を含めたリスク研究の評価が必要になります。この原則は、明ら
かに、さらに充実した科学的基礎のある対応をするために必要な適切なデータが得られるまで
の間、重大な健康上の脅威となる可能性があるものに対し暫定的な対応を立案する際に用いる
ことが意図されています。
慎重なる回避(Prudent Avoidance)は、最初は、商用周波の電磁界に対するリスク管理計画と
して、カーネギー・メロン大学の Morgan, Florig, Nair の 3 博士によって作成されました。1989 3年の米国技術評価局(US Office of Technology Assessment)に提出された報告書の中で、Morgan
らは慎重なる回避を「電力設備のルートの再検討及び電気系統や電気器具の設計変更により、
人々を電磁界から遠ざけておくための手段を講じること」と定義しています。慎重(Prudence)
とは、
「コストがあまりかからない回避行動を請け合うこと」としています。
1989 年以来徐々に、慎重なる回避は、たとえ実証できるようなリスクは無くとも、電磁界への
ばく露を低減するために、簡単で、容易に実施できる、低いコストの措置を講じることを意味
するように進展してきました。しかし「簡単」、「容易に実施できる」、「低いコスト」などの言
葉は厳密な意味を欠いています。一般的に、政府当局は、小さな設計変更で人々のばく露レベ
ルの低減が可能となる新規設備に対してのみこの政策を適用しています。一般的に多くのコス
トがかかる既存設備改造の要求に適用されたことはありません。
以上に定義されたように、慎重なる回避とは、その対策がリスクを低減することは科学的に見
て正当には期待できなくとも、電磁界ばく露を低減するために低コストの措置をとることと定
められています。
一般的に、
そのような措置は、
定められた制限値や規則を用いるのではなく、
法的な拘束力のない推奨を用いて作成されます。
慎重なる回避(必ずしもそう認識されていなくとも)は、政策として、オーストラリア、スウ
ェーデン、そして米国のいくつかの州(カリフォルニア、コロラド、ハワイ、ニューヨーク、
オハイオ、テキサス、ウィスコンシン)の電力分野の一部で採用されています。1997 年オース
トラリアは、政府の記述によれば、
「過度の不都合を生じないで」実行できる「一般的なガイダ
ンス」である措置をもって、新規の送電線敷設に関して慎重なる回避の政策を採用しました。
「低コスト」で講じることのできる措置には、電力線を学校から遠ざけて敷設すること、電力
線用地付近の磁界を減らすよう電線の位相を調整することが含まれます。
米国では、電力線分野に対する慎重なる回避の政策を明快に推奨した国レベルの組織はありま
せん。しかし、国立環境健康科学研究所(NIEHS)は、米国議会に対する 1999 年の推奨におい
て、
「電力業界は、電力線の位置決定は電磁界ばく露を低減するように行いつつ、ハザード(傷
害)の発生なしに送配電線周辺の磁界の発生を低減する方法を探求し続けること。また、偶発
的な感電や火災のような他のリスクが増大しないことを前提に、地域の配電線からのばく露を
低くする技術を奨励する。
」との提唱を行い、慎重なる回避を推奨しそうになりました。
これとは反対に、NIEHS 所長の Kenneth Olden は、議会への NIEHS 報告書の添え状において、
「一般の人々と規制団体の双方に、
ばく露を低減する手段について教える」
など、
「受け身の規
制行動」を代わりに推奨しています。この推奨は、ばく露低減に向けて現実に措置を講じるこ
とよりむしろ、教育的措置を提唱している点で慎重なる回避とは幾分違っています。
米国では、通信用または商業放送用の施設の規制のために、慎重なる回避を公的に採用したこ
とはありません。しかし、政府当局は電気通信業界に向けて、慎重なる回避の一種とも考えら
れる推奨を行いました。1999 年、米国食品医薬品局(FDA)は携帯電話業界に、機器の機能上
の必要最低限のレベルにまで下げた、使用者の RF 電磁界ばく露を最小化した携帯電話器を設
計するように促しました。
慎重なる回避における慎重なる(Prudent)とは、各国で実施されているように、リスクに対す
る判断ではなく、費用に関連したものです。それは、恣意的に低いレベルにばく露制限を設定
し、費用に関係なくその達成を要求することを意味するのではなく、低コストで人々の電磁界
ばく露を低減する措置を採用することを意味しています。健康に利益があるか否かの評価はこ
こでは求められません。 4ALARA は As Low As Reasonably Achievable(合理的に達成できる限り低く)の頭字語です。
これは、費用、技術、公衆衛生と安全に与える利益、その他の社会的経済的関心を考慮に入れ
た上で、ばく露を合理的に可能な限り低く保つことで、既知のリスクを最小化するためにとら
れる方策です。今日、ALARA は主に電離放射線防護の分野で用いられています。電離放射線
では、
「閾値」ではなく「受容可能なリスク」に基づいて制限値が設定されています。このよう
な状況の下では、
「受容可能なリスク」
の構成要素は個人によって大きく異なるという考えに立
てば、推奨された制限値を下回るレベルであっても存在するかも知れないリスクを最小化する
ことは合理的です。
ALARA は、電磁界のばく露に関する公共政策設定に適用されたことはありません。実際、低
レベルのばく露でリスクがあるとは思われないこと、およびばく露は至る所で生じることを考
えると、電磁界(商用周波と無線周波のどちらについても)に適した方策ではありません。
電磁界に対するプレコーショナリ政策
電磁界ばく露に関する慎重なる回避やその他のコーショナリ政策(Cautionary Policies)は、これ
らの政策を科学的に立証されていないリスクに対して特例的な防護を提供するものと思う多く
の市民には好評を得ます。しかし、そのようなやり方には、その政策の適用上の多くの問題が
あります。第一の問題点は、推奨ガイドラインを下回るレベルの電磁界への長期間ばく露によ
るハザードの明らかな証拠がないこと、または、仮にハザードがあるとしてもその性質が何も
分かっていないことです。コーショナリ政策に踏み切るために必要とされる証拠の重みは、ば
く露ガイドラインの設定に必要とされる証拠の重みより明らかに低いものではあるものの、ハ
ザードとするものが明確にされなければなりませんし、そのハザードが起きると思われる条件
について何らかの理解ができていることが必要です。
もう一つの問題点は、近代社会では至るところに、非常に多様なレベルの、そして幅広い周波
数範囲にわたる電磁界ばく露が存在することです。したがって、一貫性と公平性があるコーシ
ョナリ政策を作り上げることは困難です。例えば、典型的な都市環境では、低出力の通信用送
信機から非常に高出力の放送用送信機まで、多数の無線周波の送信機が存在しています。同じ
都市地域に、携帯電話基地局よりはるかに高出力の発生源が存在することを考えると、携帯電
話基地局から発生する無線周波電磁界へのばく露を最小化する、公正で一貫性のあるコーショ
ナリ政策を立案することは困難です。実際、携帯電話アンテナ塔に対するコーショナリ政策の
実施の試みは、典型的には、その環境中のそれ以外の(さらに強い)無線周波エネルギー発生
源に注意を払うことなく、ばらばらな根拠に基づいて行われています。
ガイドライン制限値との関係
以上の考察が示すように、電磁界に対するコーショナリ政策は、十分な注意と慎重さをもって
初めて採用されます。欧州委員会が規定したような、この政策の要件は、商用周波または無線
周波の電磁界いずれの場合にも満たされないように思われます。但し、慎重なる回避のような
他の関連する政策は正当化されるかもしれません。
原則的要件は、恣意的なコーショナリ政策の採用によって科学的なリスク評価と科学に基づく
ばく露制限が間接的に損なわれることはないとの条件の下においてのみ、そのような政策が採
用されるということです。例えば、確立している有害な影響と関係しないレベル、または、科
学的な不確かさの程度を考慮して確立された制限値に対し恣意的で不適切な調整を加えたレベ
ルにまで制限の値を下げたりすると、そのような事態が起きるでしょう。 5科学に基づく基準を損なうことなくコーショナリ政策を導入することは可能です。
1999 年ニュ
ージーランド政府は、ICNIRP の 1998 年の電磁界ガイドラインに準拠した自国の無線周波電磁
界ばく露基準を制定しました。同国の厚生省(Ministry of Health)と環境省(Ministry of
Environment)は、その基準において、基本制限値と参考レベルは「適切な防護を提供する」た
めのものと考えると述べています。しかし、無線周波電磁界ばく露に対する人々の懸念には、
「低コストで容易に達成できるならば、サービスの目的達成や要求の処理には無用の、或いは
付随的に生じる無線周波電磁界ばく露を適正に最小化する」ことで対処することもあるであろ
うと述べています。見込まれる健康への有益性または費用・便益分析の証拠を持たないまま、
「低コスト」
でのばく露低減が強調されていることは、
この政策が慎重なる回避の様式であり、
欧州委員会が規定した「プレコーショナリ原則」の適用ではないことの目印になります。
プレコーショナリ政策に関係はありませんが、新規の電気事業施設が提案された時に典型的に
起きる人々の懸念に対処するのに役立つ措置が他にもあります。そのなかには、電力線、変電
所、無線周波数送信機等の設置用地の決定に人々の意見の取り入れることや人々を参加させる
ことが含まれます。それに加えて、各個人は自分の状況や事情に適すると思う措置を何でも選
ぶことができます。
例えば、
ラジオ付き時計などベッド脇に置く電気機器の位置を変えること、
子供のベッドを寝室内の磁界の低い所へ移動することなどが考えられます。就寝前に電気毛布
のスイッチを切るのも一つの選択肢でしょう。携帯電話で長話をする人は、イヤホン-マイク
ロホン付きヘッドセット(ハンズフリー用具)を使用し、携帯電話機を身体から離しておくこ
ともできるでしょう。これらの行動を、国の組織が公衆衛生的理由で推奨することはありませ
んが、自分のリスク認知に依って個人的に行うことは適切と考えられます。
(本文終わり)
(翻訳について)
Fact Sheet の日本語訳は、WHO から正式の承認を得て、電磁界情報センターの大久保千代次が原文
にできるだけ忠実に作成いたしました。文意は原文が優先されますので、日本語訳における不明な
箇所等につきましては原文でご確認下さい。
(2011 年 5 月)

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