Microsoft Word - D2-No.71 1:25,000火山土地条件図「秋田焼山」解説書


国土地理院技術資料 D2-No.71
1:25,000火山土地条件図「秋田焼山」
解説書
平成30年 3月
国土交通省国土地理院 11:25,000火山土地条件図「秋田焼山」解説書
1.火山土地条件図「秋田焼山」について・・・・・・・・・・・・・・・・2
(1)火山土地条件調査の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
(2)調査の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
(3)火山土地条件図について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
(4)解説書について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
2.東北地方における秋田焼山の位置・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
3.秋田焼山の火山地形とその成り立ち・・・・・・・・・・・・・・・・・7
(1)秋田焼山火山の基盤 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
(2)秋田焼山火山の誕生と古期火山体斜面の形成 ・・・・・・・・・・・9
(3)中期火山体の形成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
(4)新期火山体の形成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
(5)有史時代の火山活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
4.秋田焼山の火山活動により形成された地形と侵食地形の災害脆弱性・・13
5.秋田焼山の堆積地形・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
6.秋田焼山周辺の変動地形・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
7.防災のための読図の留意点と秋田焼山で想定される災害について・・・15
(1)地形は災害の履歴書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
(2)火口周辺の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
(3)低い土地の危険性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
8.まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
9.用語解説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 21.火山土地条件図「秋田焼山」について
(1)火山土地条件調査の概要
我が国は 111 の活火山(気象庁、平成 29 年 6 月現在)を有する世界有数の火山国であり、有
史以来多くの火山災害が記録されている。国土地理院は、火山災害による被害の軽減、地域に
おける防災計画のための基礎情報を提供することを目的として、1988(昭和 63)年度から火山
防災のために監視・観測態勢の充実等が必要な火山(50 火山)とその周辺地域を対象に火山土
地条件調査を行っている。
秋田焼山の調査は、山頂付近のほか、噴火時に影響が及ぶ可能性がある鹿角市街地から熊沢
川流域及び玉川の上流部を包含する約 200km2を対象に調査した(図-1)。(2)調査の内容
この調査は、地形分類(土地の表面形態・表層地質・形成年代・成因などにより分類する作
業)を主体としている。また、地形分類とともに防災施設等の資料を収集し、位置を地図上に
見やすく表示したものである。
1 地形分類
地形分類は、主に空中写真判読により分類し、現地調査や文献などを用いて判断を補足
した。分類は火山活動によるものと火山活動以外のものに大別し、火山活動による地形
は、比較的大きな噴火等が起きた年代を境にして分類した。また、現地調査を実施し、
火口や溶岩流など、特徴的な火山地形、扇状地・崖錐などの堆積地形及び地すべり地や
崩壊地などの侵食地形を重点的に把握した。
2 資料収集
秋田焼山の火山防災対策に関する資料として砂防堰堤や避難所等の防災関連施設、既往
災害等の資料として町史や災害調査報告書等を各関係機関から収集した。
3 火山土地条件図作成
地形分類や資料収集の成果を、GIS で使用できるようベクトル形式で作成すると共に、
火山土地条件図として画像データを作成した。
(3)火山土地条件図について
火山土地条件調査の結果は、電子地形図 25000 を基図とする火山土地条件図「秋田焼山」(以下、
「本図」という)に表した(図-2)
。地形分類及び各種機関・施設等の凡例を表-1に示
す。
本図は地方公共団体や地域の火山防災協議会構成団体などに、地域防災の計画・立案等に利
活用いただくことを主目的として作成した。作成した画像データは、利用しやすいよう紙面に
そのまま出力できる体裁をとっている。
(4)解説書について
この解説書は、本図の表示内容について、火山の成り立ちや地形の詳細な内容などを解説し
たものである。1.で本図作成の意図及び範囲を示すと共に図を表示した。2.で調査地域の
概要、3.〜7.において秋田焼山の地形詳論について述べ、8.でまとめた。9.では地形
等に関する特別な用語を解説した。 3図-1 火山土地条件図「秋田焼山」の調査対象範囲 4図-2 火山土地条件図「秋田焼山」 5表-1 凡例 6表-1 凡例 72.東北地方における秋田焼山の位置
東北地方の脊梁山地には、北から八甲田山、十和田、秋田駒ヶ岳、栗駒山、蔵王山などの活
火山が連なる。この南北方向に直線的かつ帯状に分布する火山列は第四紀火山フロントと呼ば
れている
(生出ほか、
1989、
図-3)。火山フロント西側の日本海沿いの地
域にも岩木山、鳥海山などの活火山
が分布するが、東側の北上山地、阿
武隈山地には活火山はまったく存在
しない。秋田焼山はこの火山フロン
トの北部に位置し、東は八幡平、南
東には岩手山、南には秋田駒ヶ岳に
接している。
3.秋田焼山の火山地形とその
成り立ち
(1)秋田焼山火山の基盤
秋田焼山火山の基盤は、玉川溶結
凝灰岩類及びそれを含む二次堆積物
である石仮戸(いしげど)沢層から
なる。玉川溶結凝灰岩類は少なくと
も 3 回以上の噴出があり
(佐藤ほか、
1981)、そのうちの2つについて、須藤(1987)は 100 万年前及び 200 万
年前の測定値を得ている。また、秋
田焼山の地下に直径 7km に及ぶ凹地
(先焼山カルデラ)が存在し、玉川
溶結凝灰岩類が噴出した時に形成さ
れたものと述べている。カルデラ壁
の一部は、秋田焼山火山の南側に残
存している(図-4、写真-1)
。石
仮戸沢層は、秋田焼山火山から噴出
した石仮戸沢溶岩流(後述)に覆わ
れている
(大場、
1991a)。須藤
(1987)
は、ボーリングデータに秋田焼山火山噴出物の下位にカルデラ湖に堆積した厚い湖沼堆積物が
存在することを報告しており、大場(1991a)は石仮戸沢層をこれに相当すると述べている。
図-3 東北地方の第四紀火山フロント
赤破線は第四紀火山フロントを示す 8TC
図-4 秋田焼山火山中央部
写真-1 北方から望む先焼山カルデラ壁・黒石森
溶岩円頂丘・石仮戸沢上流の硫気変質地 写真-2 曽利の滝 9(2)秋田焼山火山の誕生と古期火山体斜面の形成
秋田焼山の古期火山体を構成する噴出物は、大場(1991a)の秋田焼山火山古期噴出物(図4
-O)に相当する。内海ほか(1990)は、この時期に噴出した溶岩のひとつである曽利(そり)
の滝溶岩から 30 万年前の年代測定値を得ており、
秋田焼山火山の形成はこのとき始まったとさ
れ、噴出物は安山岩質である(写真-2)
。曽利の滝溶岩は大きく分けて上下二枚の溶岩がある
が、内海らが年代測定を行った曽利の滝溶岩は下位であり、上位の溶岩は中期火山体斜面を形
成している中ノ沢溶岩流の一部である。
古期火山体斜面(図-4の O)は、秋田焼山火山体の山麓部に断続的に分布している。南麓
から東麓にかけては比較的まとまって分布しているが、大規模な地すべりが発生している場所
が多い。
先に述べた石仮戸沢層であるが、地上に露出している部分は、温泉水や火山ガスにより変質
している部分が多く、
同様に変質している古期火山体斜面と見分けることが困難である。
また、
両者共に変質が進んでいることから侵食も同様に進んでおり、空中写真判読による判別も難し
い。このため、本図では石仮戸沢層の一部を古期火山体斜面に含めて表示した。
(3)中期火山体の形成
中期火山体を構成する噴出物は、大場(1991a)の秋田焼山火山中期噴出物に相当し、北部の
中ノ沢溶岩流(図-4の NL、写真-2)
、東南部の石仮戸沢溶岩流(図-4の IL、写真-3)、南部の赤沢溶岩流(図-4の AL)などからなる。山頂噴火による火砕物の噴出もあった。大場
(1990)は、25,000〜30,000 年前までに成層火山体が形成されたとしている。この時期の噴出
物も安山岩質である。山頂噴火の火砕物は、この後の新期火山体の噴出物に覆われてごく小規
模にしか見られな
いため、本図には
記載していない。
大場
(1991a)
は、
この時期の堆積物
主体の地層として
叫沢
(さけびざわ)
層、前森沢層、湯
の沢層を記載して
いるが、前述した
石仮戸沢層同様、
温泉水や火山ガス
により変質してい
る部分が多く侵食
が進んでいるため、
地すべり地以外は
地形的に区分しに
くい。このため、
本図では、
NL、
IL、
AL に含めて表示
した。
写真-3 石仮戸沢溶岩流 板状節理が発達する ここでは甌穴(ポット
ホール)が形成されている 10(4)新期火山体の形成
新期火山体を構成する噴出物は、大場(1991a)の秋田焼山火山新期噴出物に相当する。最初
は安山岩質の溶岩を噴出しているが、活動後期にはデイサイト質の溶岩を噴出し、溶岩円頂丘
を形成している。
まず名残峠火砕岩類(大場、1991a)が噴出し、栂森(つがもり)など山頂部の比較的広い範
囲を降下火砕物として覆った。この火砕岩類に覆われた斜面は、火砕丘や溶岩円頂丘などのよ
うに明瞭な遷緩点(傾斜が緩やかになるポイント)を有さない。また溶岩流にしては傾斜が比
較的急である。大場(1991a)は、スパターの再流動化した、いわゆる根無し溶岩流の存在する
可能性を指摘したが、現地で確認されたわけではない。このため、本図では名残峠火砕岩に覆
われた斜面として分類した(図-4の N)。続いて叫沢火砕岩(大
場、1991a)が噴出した。
この噴出物のうち山頂付
近に形成した地形は、焼
山山頂から名残峠北側の
ピークにかけて比較的明
瞭な遷緩点を有すること
から火砕丘と判断し、本
図では叫沢火砕丘とした
(図-4の SC)
。地形か
ら判読すると、焼山山頂
の北東、鬼ヶ城溶岩円頂
丘が形成される前の長径
670m ほどの火口と北側
の 370m ほどの火口の二
つの火口からの噴出物で
形成された二つの火砕丘
である。火砕丘が形成さ
れる前に前者は西側に、後者は北西側に溶岩流を流下させている。本図では、共に叫沢溶岩流
(図-4の SAL)とした。後者の溶岩流は既存の谷を閉塞して、大場谷地、熊谷地、前谷地な
どの湿原を形成した(図-4、写真-4)。山体東部、栂森東方の国見台から噴出した国見台溶岩は、栂森の東で名残峠火砕岩類を覆っ
ていることから名残峠火砕岩類の上位に区分される(大場、1991a)
。地形から山頂部の溶岩円
頂丘と複数の溶岩流に明瞭に区分できるので、本図では国見台溶岩流(図-4の KNL)と国見
台溶岩円頂丘(図-4の KND)の二つに分類する。溶岩流の一枚は東北東に流下し後生掛(ご
しょがけ)温泉付近に到達している。
山体南部、黒石森付近から噴出した黒石森溶岩は、地形面上に名残峠火砕岩類を全く載せて
いないことから名残峠火砕岩類の上位に区分される(大場、1991a)
。国見台同様に山頂の溶岩
円頂丘と 4 枚ほどの溶岩流に分類できることより、
本図では黒石森溶岩円頂丘
(図-4の KRD、
写真-1)と黒石森溶岩流(図-4の KRL)に区分する。
山体西南部の冷水沢(ひやみずさわ)溶岩は叫沢火砕岩類を覆っていることを大場(1991a)
が記載している。本図では冷水沢溶岩流(図-4の HL)とする。
写真-4 大場谷地 11玉川温泉の立地する凹地
(写真-5)
は、
大場
(1991a)
は火口としており、玉川温
泉軽石を記載している。し
かし、玉川温泉の東北、叫
沢の北岸に非常に新鮮な地
形を有する長径 380m ほど
の玉川温泉東火砕丘(図-
4の TC)が存在しており、
これの噴出物との関係が分
かっていない。また、玉川
温泉周辺の地盤は著しく変
質しており、凹地地形の斜
面が地すべり地形となって
いる。ただ、地すべりで凹
地の成因を説明するには、
滑落土塊の排出される場所
が無い。このことから本図
では玉川温泉の凹地を地形
から火口と判断しているが、
噴出物が確認できない「推
定火口」として区分した。
凹地周辺の地すべり地形は、
そのまま地すべり地として
表示した
(図-4)。この火
口の形成年代については、
角・高島(1972)が火口底
の堆積物中の 14
C 年代を測
定しており、これをもとに
大場(1991a)は、約 5,000
年前には存在していたと述
べている。
栂森の西の標高 1,354m
地点に比高 50m、直径 200m
ほどのデイサイトからなる溶岩円頂丘があり、大場(1991a)は名残峠火砕岩類の上位、鬼ヶ城
溶岩円頂丘から噴出した鬼ヶ城火山灰の下位に区分している。本図では栂森西溶岩円頂丘(図
-4の TD)とする。
焼山山頂の北東、長径 670m ほどの火口内に形成された比高約 70m、直径約 200m の鬼ヶ城溶
岩円頂丘(図-4の OD)は、鬼ヶ城火山灰を噴出している。高島ほか(1978)は、この火山灰
直上の火口湖堆積物の 14
C 年代を測定しており、約 1,000 年前という値を得ている。以上を図
-5にまとめた。
写真-5 焼山登山道から俯瞰した玉川温泉の凹地
写真-6 鬼ヶ城溶岩円頂丘 12(5)有史時代の噴火活動
気象庁(2013)によれば秋田焼山の火山活動は、山頂部を中心とした中規模の水蒸気爆発が
過去 2,500 年間で 14〜15 世紀、15〜17 世紀、1678 年の 3 回発生しているとされる。このほか
にも堆積物を残さないような小規模な噴火が何回か発生しているが、人里はなれた場所でもあ
り、詳細は不明である。
その後、1687 年、1887 年、1890 年、1929 年、1948 年、1949 年、1951 年、1957 年に小規模
な水蒸気爆発が発生している。1986 年には、噴火ではないが叫沢で火山ガスにより 1 名死亡し
ている。この後、1997 年に水蒸気の噴出による火山災害が続けて2件発生している。以下に気
象庁の報告を記す。
・1997 年 5 月 11 日の地すべりに伴う水蒸気噴出
5 月 10 日 2:00 頃、澄川温泉(秋田焼山の北東約 4km、現存しない)裏山にて地すべりが
発生した。地すべりは温泉上部で止まったが、11 日 8:00 頃同じ斜面が大規模に崩壊し土
石流となって温泉宿ごと赤川に流出した。崩壊現場から水蒸気の噴出と降灰がみられた。
火山灰の分析では地表付近の変質粘土が水蒸気の噴出に伴って飛散したものとみられる
図-5 秋田焼山火山形成史
石仮戸沢層 13(伊藤ほか、1998)。・1997 年8月 16 日の水蒸気噴火
10:53 頃、山頂付近の空
沼南東部から小規模な水蒸
気噴火が発生。登山者が噴
煙を目撃。火口の直径は約
20m。直径約 20cm の噴石が
火口付近に多数分布。空沼
の南約 300m 程度まで泥状
の火山灰が飛散した。空沼
の底に泥が厚さ 50cm 堆積
した。噴火に伴う微動が約
1 時間にわたり発生。噴火
は 1 回だけで、前兆現象は
観測されなかった。
噴火後、
地震活動が活発化し火山性
微動も発生
(7回)。8 月 19
日に地震回数 448 回の最多
を記録したがその後減
少し、
10 月中旬には平
穏に戻った(仙台管区
気象台ほか、1998)。4.秋田焼山の火山活動に
より形成された地形と侵食
地形の災害脆弱性
本図では、火山噴火によ
り形成された溶岩流や溶岩
円頂丘、火砕丘等、火山に
おける一次的な堆積地形を
火口等も含めて「火山活動
により形成された地形」と
して分類している。
これらの地形は、1傾斜
地に、2短時間で大量に堆
積した物が、3火山ガスや
温泉水等で変質(粘土化)
して、4火山ガスの影響や
高い標高により植生が貧弱、
などの条件を1つもしくは
複数有する場合が多い。1
は災害ポテンシャルの高さ
写真-7 澄川地すべり源頭部と赤川の対策工
図-6 澄川地すべりの発生源と土砂移動経路 14及びすべり面の伏在、2、3は大量の不安定な土塊の存在、4は表層土壌が容易に移動するな
ど、土砂災害に直結する危険因子を有する。また、崩壊地や地すべり地、侵食により形成され
た谷(
「谷線」として表示)は、山体開析の一要素であり、本図ではこれらを「侵食地形」とし
て分類した。
谷線は基盤山地斜面には数多く分布するが、噴出時期の比較的新しい秋田焼山火山体の斜面
には少ない。しかし、その少ない谷に水が集中して集まる傾向があり、特に火砕流堆積地や溶
岩流の側端部に深い谷を形成している。
これらの谷は、
渓床に大量の堆積物があることが多く、
相対的に土砂災害が発生しやすい。また秋田焼山周辺には、火山ガスや温泉水などが原因で硫
気変質した地盤が多く、多くの地すべり地が分布している。
これらが再移動する可能性についても注意しておく必要がある。秋田焼山地域では、前述し
たように平成 9(1997)年 5 月 10 日に澄川温泉で最大幅約 400m、長さ約 700m の規模で地
すべりが発生した(図-6、写真-7)
。翌 11 日 8 時頃には、地すべりが大きく滑動し澄川温
泉の宿泊施設等9棟を破壊した。ほぼ同時に土石流が発生し、約 1.2km 下流の赤川温泉の7棟
を全壊すると共に約 1.6km 下流の国道 341 号線に架かる赤川橋を土砂で埋没させ熊沢川に達
した。幸い、両旅館の宿泊客、従業員 51 人は鹿角市の避難勧告に従って事前に避難していた
ため、全員無事であった。この地すべり地の両側には古い地すべり地が存在しており、過去何
回かの地すべりが発生したことがわかる(千葉ほか、1997)
。今後とも十分に注意すべき場所
である。
5.秋田焼山の堆積地形
本図における堆積地形は、
「山麓堆積地形」と「段丘」、「低地」に区分している。土砂災害に
直結する山麓堆積地形は、
「扇状地・崖錐」として表示している。扇状地は土石流堆積物により
谷口に形成された地形、
崖錐は急斜面の下方に雨洗・崩落によって形成された堆積地形である。
段丘は低地面からの相対的な比高で「上位面・中位面」と「下位面」に二分している。この
うち、上位面・中位面は洪水に対しほぼ安全であるが、下位面は大規模な洪水時には冠水する
可能性がある。
本図における低地は、熊沢川沿いに比較的広い緩扇状地性の氾濫平野がみられるが、谷底平
野は玉川や渋黒川沿いに僅かに分布する。これらの緩扇状地・谷底平野・氾濫平野及び溶岩流
によって下流が閉塞されて生じた湿地も含めて、急峻な山地斜面から流入する小河川が多く、
いずれも洪水や土石流の危険性が高いため、一括して表示した。
志張温泉より下流の熊沢川及び米代川流域の低地は、
これまで水田として利用されてきたが、
近年では盛土されて家屋等が建てられるようになった。もともと、上流に秋田焼山と八幡平と
いう土砂生産の盛んな火山地を抱えていることに加え、4.で述べたように 1997 年の澄川地
すべり・土石流の土砂が熊沢川に流入(図-6参照)した結果、一層河床が高くなっており天
井川化している。洪水時、また噴火時の泥流発生時には被災する危険性が大きく、十分な注意
が必要である。
6.秋田焼山周辺の変動地形
秋田焼山周辺には、鹿角市の花輪市街地東方から東南方にかけて長さ 19km、東側が西側に対
して隆起する逆断層「花輪東断層帯」
(活断層研究会、1991)が分布する。平均的な上下方向の
ずれの速度は、0.3〜0.5m/千年の活断層(地震調査研究推進本部地震調査委員会、2008)であ
る。花輪東断層帯は、全体が動けばマグニチュード7程度の地震が発生し、断層の東側が西側 15に対して相対的に 1〜2m ほど高くな
る段差や撓(たわ)みが生じる可能
性がある(地震調査研究推進本部地
震調査委員会、2008)。この断層の活動により、段差や地
形面の傾動、活褶曲などがみられる
(図-7)。地形面の傾動は、
花輪市
街地東側の段丘面で顕著に生じてい
る。本来は米代川に向かって低下し
ていたはずの段丘面が、逆向きの山
側に向かって低下している
(図-8)。また、この断層の隆起により高く
なった東側の山地、段丘から供給さ
れる土砂によって、米代川が西側の
山麓に押しやられ、非対称谷を形成
している(図-7)。活断層の活動と火山活動との関連
は不詳であるが、地震災害に対する
防災上の留意も当然必要となる。
7.防災のための読図の留意点
と秋田焼山で想定される災害に
ついて
以下、防災のための読図(地図を
読む)のための留意点をあげる。
(1)地形は災害の履歴書
災害は自然の営みと人の活動の相
互作用である。本地域における自然
の営みとしては、火山活動や地殻変
動、山体崩壊や地すべり、土石流や
泥流、
洪水等をあげることができる。
これらの現象が人の活動の場に起こ
ると災害が発生する。自然の営みの
履歴は地形として残されており、地
形の成り立ちを考察することで、そ
の場所で過去に発生した自然現象を
知ることができる。例えば、地形の
成り立ちとその特徴は以下のように
関連付けられる。
・火砕丘:火口から噴き上がった噴石
図-7 花輪東断層帯が作る地形と断層の位置
図-8 花輪小学校の段丘面の山側への傾動
・花輪小学校
山側の段丘面が
低下している山側米代川側
図-8の範囲 16や火山灰等の火山砕屑物が降り注ぎ、堆積した。
・溶岩流:火山活動に伴い流出した高温の溶岩がその場所まで流れ下って来た。
・扇状地・緩扇状地:土石流・泥流が繰り返し流れ下ってきた。
・地すべり地:斜面の一部が大量に下方にすべり落ちた。
過去に発生した自然現象は、今後も地形・地質・傾斜などの条件が同じ場所で反復して発生
することが多い。上記に挙げた地形に対しては、十分な注意を必要とする。
(2)火口周辺の危険性
秋田焼山は、風光明媚な成層火
山であり、周辺に多数の温泉があ
るため多くの登山客が訪れる山で
ある。しかし、山頂部で前述した
ように、近年(1997 年)水蒸気噴
火が発生している。図-9は、1
万分1火山基本図
「秋田焼山」(国土地理院、2002)の一部である。
噴火したのは鬼ヶ城溶岩円頂丘北
側の火口の火口壁の三ヶ所(a、
b1、b2、後二者は近接しているた
め図-9ではまとめて表示した)
であり、
前兆現象は全く無かった。
噴火したのが登山シーズンの 8 月
16 日ということもあり、この時も複数の登山客が入山していた。避難小屋に逃げ込んだ登山者
が、小屋の屋根に噴石がバラバラと音をたてて降り注いだことを証言している。
登山などの際には、噴火に対する備えが常に必要である。
(3)低い土地の危険性
洪水の危険性は、段丘の「上位面・
中位面」よりは「下位面」
、下位面より
は低地の「緩扇状地・谷底平野」の方
がより高くなる。洪水の危険性が高い
土地は、噴火時の二次災害である土石
流・泥流(特に冬季の融雪泥流)の危
険性も大きくなる。
溶岩流の流下や洪水、土石流・泥流
などの災害リスクを把握するには、詳
細なシミュレーションを行うことが効
果的であり、シミュレーションの基礎
データとして精密標高データを用いる
ことが有効である。
精密標高データは、
国土地理院 HP の地理空間情報ライブ 写真-9 1997a 火口(手前左)と鬼ヶ城火口(空沼)
図-9 秋田焼山山頂部と 1997 年噴火口位置 17ラリーの基盤地図情報ダウンロードサービス(https://fgd.gsi.go.jp/download/menu.php)にお
いて 5m メッシュデータをダウンロードして入手することが可能である。
8.まとめ
これまで述べてきたように、秋田焼山では、溶岩流、活断層、崩壊地、地すべり地など、災
害の危険を伴う多様な地形がみられる。
国土地理院の火山土地条件図「秋田焼山」は、これまでの火山活動で形成された火山地形の
他に、活断層や地すべり地、崩壊地、谷線等の侵食地形も記載しており、火山災害だけでなく
地震災害や土砂災害にも備えるため広く対応できる図として作成している。
火山災害の軽減のためには、将来の噴火活動などをできる限り詳細に予測して防災対策を立
案する必要があり、これらの取り組みを進めるために、
「火山土地条件図」が関係者により基礎
的な資料として活用されることが期待される。 189.用語解説
安山岩 あんざんがん:二酸化珪素(SiO2)分が 53〜63 重量%の火山岩、粘性が比
較的高い
甌穴 おうけつ:川底や河岸の硬い岩にできる円形の深い穴.表面の窪みに入り込
んだ小石が、河流の渦で回転しながら岩を削って形成される.ポットホール
ともいう
火砕丘 かさいきゅう:火口から噴き上がった軽石やスコリア、火山弾、火山灰など
の火山砕屑物(火砕物)が火口の周辺に堆積して形成された円錐形の丘
火砕流 かさいりゅう:爆発的な噴火で火口から噴出した高温の溶岩片やガス、火山
灰や軽石などの火山砕屑物が、空気と混合して重力により山腹を高速で流れ
下る現象
火山灰 かざんばい:噴火により放出される固形粒子のうち,直径2mm 以下のもの.
テフラとも呼ばれる
活褶曲 かつしゅうきょく:現在も続いている地殻変動によって形成された波状の地
形、活断層の一形態
軽石 かるいし:安山岩〜流紋岩質の噴火により放出される火山砕屑物のうち、多
孔質で密度が小さく淡色を呈するもの.パミスとも呼ばれる
カルデラ かるでら:火山にできた巨大な火口状の凹地で,直径 2km 以上のもの.
14C 年代 しーじゅうよんねんだい:放射性炭素(14C)の濃度が、生物の死後、時間と
ともに減少することを利用した放射性炭素年代測定法によって得られた年
代値.現在から数万年前までの間の年代測定で広く利用されている
水蒸気爆発 すいじょうきばくはつ:水が高温の物質(マグマや高温の岩体)と接触した
際,急激に気化(水蒸気化)して爆発する現象で,マグマを地表に噴出しな
いものをいう
スパター すぱたー:粘性の低いマグマの比較的穏やかな噴火によって火口から放出さ
れた可塑性を持つ(柔らかい)溶岩片.熱いうちにたくさん堆積すると溶岩
流のように流れ出すことがある(再流動)
段化 だんか:地形面が主に流水による侵食を受け段丘化すること
デイサイト でいさいと:二酸化珪素(SiO2)分が 63〜70 重量%の火山岩、粘性が高い
泥流 でいりゅう:火山噴火や崩壊発生後、降雨時に火山灰などの細粒物質が主体
となって、山腹斜面や沢に堆積していた岩屑を巻き込んで流下する現象
土石流 どせきりゅう:山腹斜面や沢に堆積していた岩屑が豪雨などにより大量の水
を含んで,流動する現象
板状節理 ばんじょうせつり:溶岩流が流下後、冷却する際に生じた節理(割れ目)の
うち、板状のもの
マグマ まぐま:高温・高圧の地下で岩石が溶けて流体となったもの
溶岩円頂丘 ようがんえんちょうきゅう:デイサイトなど粘性の溶岩が火道から盛り上が
ってできた丘.溶岩ドームともいう 19引用・参考文献
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集委員会,188p. 20あとがき
火山土地条件図「秋田焼山」の作成は、平成 27 年度に調査、平成 28 年度に火山防災地形数
値データ化を行った。作成にあたっては、秋田大学の大場司教授に現地調査に御同行、御教示
いただいた。火山土地条件図及び解説書の作成に際しても御指導を賜った。また、国土交通省
東北地方整備局、林野庁秋田森林管理署、米代東部森林管理署、秋田県、仙北市、鹿角市から
は資料提供等の御協力を賜った。以上の方々に、ここに記して深く感謝の意を表する。
なお、
本調査は国土地理院応用地理部防災地理課が担当した。
担当者は以下のとおりである。
計画指導
防災地理課長 山本 洋一(平成 27 年度)
防災地理課長 清水 雅行(平成 28 年度)
防災地理課長補佐 吉武 勝宏(平成 27・28 年度)
現地調査及び火山土地条件図原稿図作成
防災地理課専門職 坂井 尚登(平成 27 年度)
防災地理課火山調査係長 田中 信 (平成 27 年度)
火山土地条件図解説書作成
防災地理課専門職 坂井 尚登(平成 28 年度)
火山土地条件図データ作成
防災地理課専門職 坂井 尚登(平成 28 年度)
防災地理課火山調査係長 田中 信 (平成 28 年度)

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