理学療法士
INTERVIEWvol.017
プロとして妥協することなく結果にこだわっていきたい
林 和弥KAZUYA HAYASHI
藤田医科大学病院 リハビリテーション部 主任 理学療法士
保健衛生学部リハビリテーション学科 / 2011年卒業
- 取材日
DESCRIPTION
理学療法士というと「動き」の回復を支える専門家というイメージが強いが、呼吸のリハビリや心理面へのアプローチなど、その守備範囲は想像以上に広い。林さんは、そんな臨床現場の第一線に立ちつつ、後進の指導やチーム運営、研究活動、さらには大学院で理学療法教育の体系化にも取り組むなど、幅広いフィールドで活躍している。 「どうすればもっと良くなるのか。どうしてあげることが最善なのか」。林さんは患者さんと対峙する時、自分自身に何度もこう問いかけるという。プロとして妥協することなく考え続けること、それは彼の信条でもある。積み重ねてきた技術や知識のすべてを、一人ひとりに惜しみなく注ぎ、信頼を築いてきた。ストイックなまでに自身を律する林さんの姿勢は、患者さんを想う気持ちの強さそのものといえる。
大切なのは技術や知識のその先にある"信頼"
─まずは、理学療法士の仕事について教えてください。
理学療法士は、起きる、立つ、座る、歩くといった生活の基本となる動作能力の改善を促すリハビリテーションの専門職です。歩行、関節のストレッチ、バランス保持、階段の昇降といった運動療法や、電気や温熱を用いた物理療法などさまざまな方法を使って治療します。
─林さんご自身は、どのような分野を担当されているんでしょうか?
脳卒中や神経難病、内科の病気で入院している患者さんのリハビリと、救急病棟で呼吸のリハビリを担当しています。また、主任の業務として、実習生や若手の指導、チームマネジメント、部署のマニュアル作成なども行っています。
─リハビリというと運動というイメージがありますが、呼吸のリハビリというのもあるんですね。
一般的には、イメージしにくいですよね。呼吸の場合は、息切れや肺の機能を改善するための運動療法や呼吸法の指導、痰を出す援助などをします。
─藤田医科大学病院のリハビリテーションは、とても先進的だと聞きました。
確かに質・規模・設備とも国内トップレベルだと思います。患者さんがリハビリに取り組むリハビリテーションセンターには、企業と共同で開発したゲーム感覚で楽しめる歩行練習ロボットをはじめ、センサーやAIなどを駆使したさまざまなリハビリ機器が設置されていますし、物理療法で使う高度な治療機器も充実しています。また、これらの機器類を企業などと共同で開発する研究センターが学内にあるのも大きな強みでしょうね。
─治療の場としてだけでなく、学びの場としても恵まれた環境ということですね。
─そうですね、常に最新にふれられるわけですから。一方で、どんなに最新のテクノロジーであっても、より良い治療やQOL(生活の質)向上のための道具なわけで、それに振り回されるようでは意味がありません。「なぜこのロボットを使うのか」「患者さんの治療にどう役立つのか」といった本質をちゃんと考え、主体的に使うことが大事なのかな、って思います。
─理学療法士になって14年目ということですが、仕事をする上で一番大切にしていることは?
一つは、患者さんのために考え続ける「姿勢」ですね。何が原因か、どうやったら良くなるか、自分に何ができるか。先ほどの道具にも通じることですが、仕事をルーティンとしてこなすのではなく、もっと何ができるのかを掘り下げ、責任をもって実践していくことがプロだと思っています。もう一つは「コミュニケーション」。患者さんと会話をする時は、理解してもらいやすいよう、その人に合わせて話すスピードを遅くしたり、反応を見ながら簡単な言葉に置き換えたり、工夫するようにしています。また、患者さんが言葉にする前に、目の動きや表情、身振り・素振りから先回りして行動することも意識していますね。
─相手が何をしてほしいかを察して動くということですよね。すごく難しそう...。
患者さんの中には後遺症で声や言葉が出ない方もみえますから。そういう方に対してもっと何かできないかって思って、独学で心理学を勉強しました。FBI捜査官の本とかも読んだりして(笑)。気持ちを察して動くことができると患者さんの反応が変わるんですよね。
─では、理学療法士として一番うれしい瞬間は?
自分が考え抜いたリハビリが患者さんに有効であると、やっぱりうれしいですね。自分も成長しているんだと実感できるし、やりがいになります。
第一線で活躍する教員らから学んだ現場力
─林さんはなぜ医療職をめざすようになったんでしょうか?
正直、これっていう動機があったわけじゃないんです。医師をしている2つ上の兄が高校生のころ、大学受験の話をしているのを聞いて、自分も何となく医療系がいいかなと思っただけで。母も保健所で働いていたので、家の中でも医療の話題が多かったというのは背景にあるかもしれませんが。
─仕事に対する姿勢とかを聞いていると、子どもの頃から明確に目標を定めていたのかと思いました。
いえいえ、全くですよ。ただ、人と関わることが好きなのと、子どもの頃からモノづくりにめちゃくちゃこだわる職人気質な面があって(笑)。技術職でかつ人と関われる医療の仕事っていうのを考えた時に、理学療法士にたどり着きました。
─それで藤田医科大学へ?
インターネットなどでいろいろ調べたんですけど、藤田って大学の取り組みや国家試験の合格率など、情報のアウトプットがすごく多くて、ここは良さそうだなって思いました。自宅からも通えますし。
─実際に大学を訪れたりもしましたか?
オープンキャンパスには参加していませんが、受験前に1回だけ友達と大学を見に来た記憶はあります。その時の印象は、山の中に巨大な施設が並んでいて敷地も広くて、なんじゃ、こりゃって(笑)。なかでも大学病院のスケールには圧倒されましたね。
─それが入学の決め手になったんでしょうか?
大学と大学病院が隣接していることは進路を決める要素の一つになったことは間違いないですね。自分のめざす道を日常的に見られるわけですし、メリットは大きいかなって。
─確かに未来像をイメージしやすいかもしれないですね。
実際に入学してそれは強く感じました。入学したばかりの学生って、大学の先生のことも高校と同じ "学校の先生"として見ているわけです。でも病院がすぐ隣にあって、先生方が理学療法士として実際に働いているのを見たり、一緒に患者さんのところを回ったりすると、「この人たちは本当にプロなんだ」って、もう尊敬の目ですよ。そういう先生方から教科書だけではわからない患者さんとの接し方とか、現場で即に役立つ学びを得られたことは、理学療法士をめざす上での自信にもなりました。
─一方で、現場を知る教員だからこそ厳しい指導もあったのでは?
そうですね、とくにマナーや礼節に対しては厳しかったですね。時間を守ることはもちろん、名札は定位置に付けるとか、雨の日にはマットで足を拭いてから中に入るとか、すごく細かいところまで指導されました。そりゃ、当たり前ですよね。卒業後は、理学療法士として患者さんの前に出るわけですから。そういう指導が伝統的に続いているおかげか、今も実習で来る藤田の学生たちは、基本的な姿勢がちゃんとしているなって感じます。
─学業面ではいかがでしたか?
講義や実習が多いというのが本学を選んだ理由の一つでもあったんですが、実際に経験すると大変でした (笑)。ただ、高校のときは「なんの役に立つか分からないけど勉強しなきゃ」って感じでしたけど、大学では自分がめざすべき道が見えているわけですし、得た知識を患者さんに還元でき、それが手応えとして実感できる。大変でしたがやる気が全く違いましたね。
─なるほど、モチベーションが背中を押してくれるわけですね。国家試験に向けた勉強もそういう前向きな気持ちで挑めましたか?
自分の学生時代は、5〜6人の学生に1人の教員が付いて、チームで国家試験対策に取り組んでいました。点数が悪かったらみんなで教え合ったり、支え合ったりして、全員でカバーするような感じでした。そういうサポート体制もあって、国家試験はあまり苦労せずに済んだ記憶があります。
─では、印象に残っている講義や実習はありますか?
あります!今でもその先生の考え方が自分のベースになっています。
─どういう考え方なんでしょうか?
症状の表面だけでなく、根本原因にアプローチする「クリニカルリーズニング」という考え方です。いわば対症療法の真逆の概念ですね。その先生の実習で見学した患者さんは「溺れているように息苦しい」と訴えていて、どの診療科でも原因が分からず、最終的にリハビリテーション科に来られました。先生は全身の評価を丁寧に行って、結果的に「筋膜」のつながりの観点から下肢に原因があると突き止めたんです。リハビリ後、患者さんは「水の中から出たように呼吸が楽になった」って。リハビリでそんなにすぐに変わることにも驚きましたし、理学療法士として実際に身体に触れて診ることの醍醐味を知りましたね。
─他にも、今の仕事に生かされている学びはありますか?
これも実習中の出来事なのですが、療法士間の申し送りで、「情報量が多すぎる。お互いプロなんだから、必要なことだけを伝えて」と先生が言っていた場面が強く心に残っています。伝える側としては、全部話してしまった方が楽なんでしょうけど、聞く側からすると情報が多すぎると要点がぼやけてしまう。だからこそ、「何を伝えるべきか」を的確に見極めて、要点を整理し、相手にわかりやすく伝える。今もこれは常に意識していますね。
─真剣に学業に向きあっていた姿が目に浮かびます。部活や課外活動などにも取り組まれていたんでしょうか?
部活には入っていませんが、バイトは家庭教師や飲食店など短期でちょこちょこやりました。でも、ある時、「バイトするより学費減免の方が得なんじゃないか?」という極端な思考になりまして(笑)。
─えっ? 特待生になったということですか?
バイトするより勉強した方が、費用対効果がいいんじゃないかって。考えが偏ってますよね(笑)。
─いえいえ、そう思っても普通はできませんから。目標を立ててそれをやり遂げてしまうところがすごいです!
本気で向き合うことが患者さんからの信頼につながる
─卒業後はそのまま藤田学園に就職を?
そうです。学びの中で理学療法士の仕事の面白さを知りましたが、一方で「こういう理学療法士になりたい!」というビジョンが当時はまだなくて、卒業後もいろいろな経験を積む必要があると思っていました。どこならそれができるかって考えた時に、やっぱり藤田だなって。大学病院で症例数も多く、附属病院間の異動もあるので、広く深く、たくさんの経験ができるだろうと就職を決めました。
─実際に異動も経験されたんでしょうか?
最初の配属は藤田医科大学七栗記念病院で、2013年に藤田医科大学病院に異動しました。今は、病気やけがを発症して間もない"急性期"の患者さんを主に担当していますが、七栗記念病院では症状が安定した "回復期"の患者さんを担当していました。 "回復期"のリハビリって、実生活につなげることが目的なんですよ。だから、退院したその先の人生を含めて僕がしっかり考えてリハビリのプログラムを組まないと、患者さんが困ってしまうわけです。新人の時に、患者さんの退院後の生活まで見据える視点を持てたことは、仕事に対する責任感という意味でもすごく大きい経験になりました。
─臨床に加えて研究にも取り組まれているそうですね。
大学病院なのでリハビリテーション部の療法士は、大半が何らかの研究班に所属しています。自分は、七栗記念病院にいる時から脳卒中のリハビリに関する研究に携わっていて、学会発表なんかもやっていましたね。現在は、下肢装具のプロジェクトと、それに関連してポストポリオ症候群という病気に関する研究に携わっています。
─学生の実習指導も行っているとおっしゃっていましたが、今後のキャリアプランの中には教員という選択もあるんですか?
教育分野に興味があることは間違いないですが、やっぱり自分は現場での臨床が好きで、その実際の医療の現場で教える「臨床教育」が好きなんです。大学で教壇に立って行う「学校教育」とは少し異なる部分があって、そういう意味で教員になるという選択肢もありますが、今の所は考えてはいません。ただ、やはり同じ教育の分野ではあるので、まずは教育について学んでみようということで、2020年に大学院の修士課程に進みました。
─なるほど。その大学院進学を決めた理由について、もう少し詳しく教えてもらえますか?
理学療法の教育って、指導する先生の経験ベースで成り立っていた時代が長かったんですよ。指導者によってやり方が異なったりすると学生も迷うじゃないですか。僕自身も学生をどう指導したらいいのか、どうすればもっと分かりやすく伝えられるのか悩んでいたんですよ。そんなときに、「大学院で教育を勉強してみたら」ってある先生から背中を押していただきました。大学院では、従来型の実習と新しい形式の実習を比較しながら、より効果的な教育方法を確立させていく研究に取り組みました。
─大学院での研究が現在の実習指導にも生かされているんですね。そんな林さんが理想とする理学療法士像は?
やはり「この人に任せたい」と思ってもらえる理学療法士ですね。結果が全ての仕事だからこそ、患者さんからの信頼を得ることが最も大切だと感じています。
─最後に受験生へメッセージを。
療法士は、医療職の中でも一人の患者さんと接する時間が最も長い職です。継続して前向きに考え続ける姿勢を持ち、患者さんから信頼を得られるよう人間性を磨いていく必要があります。受験勉強は大変ですが、勉強するときはする、遊ぶときは遊ぶ、中途半端にならないようにしっかりスイッチを切り替え、自分自身をブラッシュアップしていってください!
私の相棒
ストップウォッチ
理学療法士の必需品なので、就職して2年目ぐらいに自分で買いました。使い方はいろいろあって、例えば患者さんが10メートルを歩くのに何秒かかるかを測ったり、何秒間バランスを保てるかを確認したり、そうやって、患者さんの状態を数字で把握するために使っています。もう10年以上愛用しているので、塗装はところどころ剥がれてきていますけど、頑丈で全然壊れないんですよ(笑)。それにこのデザインも独特で、気に入っています。
たった一つの言葉で、患者さんの表情が変わることがある。「この人はわかってくれている」と信頼してもらうことが、前向きに生きてもらうためのきっかけにつながることもある。林さんはそう考え、伝え方を工夫し、相手の表情や声にならない思いに目を凝らすことを忘れない。それは後輩や実習に来る学生に対しても同じだ。林さんにとって、相手に理解してもらうことは、"治療"であり、"教育"でもあるから。