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慶應義塾と音楽学

多様な音楽を学術的に研究していく音楽学という学問分野は、いまだ日本ではあまり知られていないかもしれません。慶應大学文学部には、私の恩師である中野博司先生以来、半世紀を越えたこの学問の伝統があります。本塾において私が音楽学の研究と教育に携わることができることは、本当に幸せなことだと思っています。音楽学の分野は多岐に亘りますが、私が携わってきた研究対象は西洋音楽のなかでも、とりわけロマン派の音楽家フランツ・リスト(1811−86)の音楽です。

フランツ・リストの芸術観

1830-40年代にピアニストとして、文字通り、全ヨーロッパを席捲したリストは、ピアノのヴィルトゥオーソとして知られています。超絶技巧による華美な作品が「リストらしい」作品と言われてきましたし、実際、彼の音楽にはそうした一面があることも事実です。一方で、彼の作品や人間性には多くの矛盾を見出すことができるでしょう。「音楽とは何か」「芸術とは何か」という、芸術に関わる者にとっての本質的な問いに対して、若き日から彼なりに真剣に向き合い、答えを導き出そうとしたことも事実です。そして諍いをする人間を和らげ、気高くすることこそ、芸術の使命であるという考えに至りました。悪と苦しみからの救済をめざす芸術宗教ともいえる音楽こそが、真の「リストらしい」音楽であると私は考えています。とくに1850年代以降、交響詩という器楽のジャンルでこうした音楽を追求していましたが、1860年代以降はオラトリオやカンタータなどの宗教的声楽曲やオルガン曲の世界で同様の追求をしていくことになります。超絶技巧は、そうした彼の壮大な世界を表現するために必要な手段であったとも言えるでしょう。しかしながらリストの宗教的作品は未だ研究が進んでおらず、作曲過程などの基本データも不明な点が多々あります。多くの血が流された激動の19世紀ヨーロッパにおいて、彼は自らの芸術観をいかにして創作活動において表現していったのか、それを明らかにしていくことが私の研究テーマです。

フランツ・リスト《ブロンドの小さな天使》 自筆譜 (慶應義塾図書館所蔵)

(注記)所属・職名等は取材時のものです。

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