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石垣島・白保竿根田原洞穴から見つかった旧石器時代の人骨の修復作業

自然人類学とは

自然人類学は、自然の一部としてのヒト、生物の一種としてのヒトについて、進化や適応、構造や機能、成長や変異など、生物学的な視点で知ろうとする学問分野です。その特徴として、さまざまな分野にまたがる広範な知識が必要である、ということがあげられます。

たとえば私自身は、自然人類学の中でも、骨や歯の形を調べる形態人類学を専門としています。最近は人類学を含めた形態学全般で、X線CTなどの断層撮影技術によって、対象の3次元形状を連続断面化してデジタル化する、という手法が当たり前に使われています。私はたまたまこうした手法を比較的早い時期から取り入れたので、その過程でCTの原理やデジタル画像処理のアルゴリズムなども学ぶことになりました。

さらに、そうした手法を身につけたことで、人類誕生以前の類人猿化石から、誕生間もない時期の猿人化石、インドネシアの原人化石、日本の旧石器時代人骨まで、幅広い時代、進化段階の資料を対象とした研究に加わるチャンスをもらってきました。類人猿や猿人の化石の研究には現生の類人猿に関する知識も必要ですし、旧石器時代人骨の調査では石器などの共伴遺物についても無視できません。化石を保存する地層やその年代など、地質学の知識も必要ですし、現代ホモ・サピエンスの拡散に関するDNAの研究成果も理解しなければ。そんな具合に、直接の対象である骨や歯についてはもちろん、そこから得られるデータの解釈には、深くはなくとも、相当広い範囲にわたる知識が必要となってくるのです。そこが面白いとも、大変とも言えます。

標本資料室

慶應義塾大学文学部で自然人類学を教える意味

文学部の研究や教育のほとんどが人間の営みについてであるのに対して、自然人類学では基本的に人間そのものを対象としています。どちらも人間に関する学問である、という意味では同じですが、人の営みを対象とすれば必ず人の「意思」が関係してくるのに対して、自然人類学的にヒトを見る場合には、人そのものではなく「自然の意思」を知ろうとするという意味では、まったく異なるものであるとも言えます。

教育面では、おもに日吉で総合教育科目の担当をしています。文学部生に自然人類学を教える意味について迷う時もありますが、理系の学生とはまた違った角度で鋭い反応をする学生もおり、人の営みの担い手である人そのものについての理解も重要なのだと考えるようになりました。また、人の営みの中でも比較的古い時期のそれを対象に含む民族学考古学専攻の教育にも参加させてもらっています。これによって、作り出されたものとその担い手との間を結ぶような思考が可能な人材を輩出する一助になれれば、と考えています。

ミャンマーで中新世類人猿の化石を求めてフィールド調査


(注記)所属・職名等は取材時のものです。

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