消防予第 69 号

平成 9 年 4 月 14 日
各都道府県消防主管部長 殿
消防庁予防課長
「広島市基町住宅火災検討会最終とりまとめ」の送付に
ついて(通知)
平成 8 年 10 月 28 日に広島市基町住宅第 18 アパートで発生した火災について延
焼原因を解明するために、建設省に「広島市基町住宅火災検討会」が設置された。
消防庁では、当該検討会に参画して検討を行ってきたところであるが、今般、検討
結果の最終とりまとめが行われたので送付する。
貴職におかれては、執務上の参考とされるとともに、貴管下市町村に対してよろしく
その周知を図られたい。
広島市基町住宅火災検討会最終とりまとめ
平成 9 年 3 月
広島市基町住宅火災検討会 はじめに
平成 8 年 10 月 28 日に広島市基町住宅第 18 アパート 9 階 965 号室から発生した
火災は、急激に最上階の 20 階まで上階延焼し 16 戸という多数の住戸が全焼した例
をみない高層住宅火災であった。
この火災の延焼原因を解消するため、建設省に、平成 8 年 12 月、広島市基町住
宅火災検討会が設置されたところである。
本検討会においては、今回の火災が延焼拡大していったバルコニー側部分の設計
上の特徴を整理したうえで、今回の火災の記録及び過去の火災事例等をもとに延焼
過程を分析・整理した。また、建築研究所で実施したアクリル板燃焼実験により、アク
リル板の燃焼特性を分析し、さらに基町住宅のバルコニー部分を実大規模で再現し
て燃焼実験を実施するなど、延焼原因の解明に取り組んできたところである。
広島市に対して延焼原因に関する資料を早急に提供することが重要であるとの認
識のもと、本年 1 月末に中間とりまとめを行ったが、これに実験データの詳細な分析
結果等を加え、このたび検討会としての最終とりまとめを行ったものであり、中間とり
まとめと同様に、広島市が基町住宅に関する今後の防災対策を検討するうえでの一
助となることを期待するものである。
平成 9 年 3 月 28 日
広島市基町住宅火災検討会座長 目次
I 今回の火災経過及び過去の火災事例 1 今回の火災経過
(1) 火災の概要
(2) 出火建物の概要
(3) 出火箇所と各階の焼毀状況
(4) 延焼の経過 2 過去の火災事例との比較
(1) 基町高層住宅における上階延焼火災事例
(2) 広島県営長寿園高層アパートにおける上階延焼火災事例 II 延焼機構の推定及び実験的検証 1 被災建物の特徴と延焼機構に関する仮設 2 実験概要とその結果
(1) アクリル板の燃焼性測定実験とその結果
(2) 実大規模延焼実験とその結果 3 実験結果に基づく上階延焼機構の分析
(1) アクリル板の燃焼性状
(2) 一般的な上階延焼におけるアクリル板の防火性能
(3) 急激な上階延焼 III まとめ 1 今回の火災と過去の上階延焼火災について
2 基町住宅のバルコニー側の部分の特徴について
3 延焼の過程について
4 延焼に関与した要因 広島市基町住宅火災検討会・同幹事会名簿 I 今回の火災経過及び過去の火災事例 1 今回の火災経過
(1) 火災の概要
発生日時:平成 8 年 10 月 28 日(月)14 時 27 分頃
出火場所:広島市中区基町 18 番 1 号
広島市営基町住宅第 18 アパート 6 コア 9 階 965 号室
覚 知:平成 8 年 10 月 28 日(月)14 時 34 分
鎮 火:平成 8 年 10 月 28 日(月)18 時 51 分
気象状況:天候 曇、風速 1m/s、風向 北東
被 害:死者無し、負傷者 2 名
部分焼 1 棟、焼損面積 580 m2
被害住戸数 全損 16 戸(焼損)
半損 3 戸(水損)
小損 64 戸(焼損 11 戸、水損 24 戸、煙損 29 戸)
計 83 戸
(2) 出火建物の概要
出火した建物は、20 階建の 1 辺 9.9mの正方形基本ユニットを組み合わせた鉄
骨造である。基本ユニットは随所で雁行しており、L字型平面の住棟を形成している。
偶数階に片廊下、奇数階へは偶数階の片廊下から 2 戸ごとの専用階段を設け、偶
数階では 2DK(36 m2)、奇数階では 3K(42 m2)の住戸によって構成されている。出火し
た 965 号室は 9 室(奇数階)の住戸で、L字型平面の住棟の入隅部にあった。
(3) 出火箇所と各階の焼毀状況
出火住戸内の焼毀状況から、出火住戸の 965 号室のバルコニー側 6 畳居室の
南西角付近から出火したと推定される。
出火住戸及び隣接住戸から上階の 24 住戸についての焼毀状況を図 1 に示す。
全損(焼損)となった 16 戸はこの範囲内に全て含まれる(以下では、住戸が全損(焼損)
となった場合を全焼、住戸が小損(焼損)となった場合を部分焼と表記する。)。出火住
戸側の 12 住戸のうち 1165 号室のみ部分焼で、他の 11 住戸は全焼となっている。
隣接住戸側では、14 階までの 6 住戸及び 1766 号室の 7 住戸が部分焼で、その他
の 15 階以上の 5 住戸が全焼となっている。
全焼の 16 住戸のうち、室内の大半が焼毀しているのは、965 号室、1065 号室、
1565 号室、1765 号室、2066 号室の 5 住戸である。1865 号室、1965 号室では、バル
コニー側の居室の大半が焼毀している。部分焼の 8 住戸では、バルコニー側の居室
の開口部付近に焼毀が部分的にあるのみで、煙損が中心である。
図 2 にバルコニーのアクリル板の焼毀状況を示すが、全焼の住戸ではすべてア
クリル板が燃え落ちているとともに、上下の全焼住戸の間にある部分焼の 1165 号室、
1766 号室についても同様に燃え落ちている。
図 3 にバルコニー収納物の状況を示すが、10 階より上の住戸でバルコニー可
燃物量が大及び中の 6 住戸においてはいずれも全焼している。一方、バルコニー可
燃物量が小の住戸は 10 階より上に 15 住戸あり、出火階に近い隣接側 5 住戸と
1165 号室、1766 号室の 7 住戸が部分焼となっているが、他の 8 住戸は全焼してい
る(全焼した住戸の中にバルコニーに収容物が全くなかった 1666 号室が含まれる。)。
(4) 延焼の経過
現場に居合わせた者が撮影した写真、ビデオ、録音、及び証言等の記録を基に
以下の経過をまとめた。延焼状況の経過時間は、各記録を参照して推定した。急激
な速度で上階へ延焼が拡がったアクリル板への着火・燃焼の各階における経過時間
を図 4 に示す。
なお、これらの記録から得られた観察は全て外部から見た状況に限られている
ことに留意する必要がある。内部については、焼け跡から燃焼の状況を把握する他
はない。
1 出火住戸での火災拡大状況
出火住戸の 965 号室バルコニー側の 6 畳内の南西角付近から火災が発生し、
同室の居住者が火災を発見し通報しようとした時は、すでに炎が天井近くまで達し、
また、室内に濃煙と蒸気が充満しており、避難するのがやっとの状態であった。
2 出火住戸からの火炎噴出(出火 7 分後)
推定される出火時間 14:27 の約 7 分後には、9 階の出火住戸(965 号室)のバ
ルコニーから火炎が噴出しているのが確認されている。出火約 13 分後と推定される
頃には、火炎及び黒煙が出火住戸の 965 号室から噴出し、10 階バルコニー床面下
まで連続火炎が達している。また、火炎片は、時折 11 階バルコニー床面下まで達し
ている。このとき、1065 号室のバルコニー手すりのアクリル板のR部分(端部の円形
に湾曲している部分。以下、同じ。)及び室内側の鉄柵部分にそって細い火炎が 10
階中央部から 11 階バルコニー床面下まで約 20 秒の間に次第に伸びているのが観
察され、アクリル板のR部分の外側に着火していたと推察される。
3 10 階バルコニー内側から火炎上昇(出火 14 分後)
出火約 14 分後と推定される頃、爆発音が生じ、10 階 1065 号室のバルコニー
の内側の 1066 号室との隔て板から約 1m、バルコニーの床から高さ約 1.5mの位置
から火炎が上前方を中心として放射状に吹き出し、11 階の位置で直径約 3mのファ
イアーボールを形成し約 0.3 秒間継続した(注 1 参照)。なお、爆発音が発生する 1 秒
程度前に、1065 号室のバルコニーアクリル板の正面外側に一時的に着火が生じたと
観察される。ファイアーボールの後、ファイアーボールが発生したのと同じ位置で下方
からの火炎が形成され、11 階中央部までときおり火炎片が達する勢いであった。
4 再び 9 階のみの火炎噴出(出火 14 分半後)
3の最終段階で、11 階バルコニーのアクリル板において、下方からの火炎が
11 階のアクリル板全体を覆った後に、アクリル板上に火炎が残る現象が数回あり、ア
クリル板が着火する直前の傾向、或いは、着火したと推察される状況であったが、直
後に開始された消防隊の 965 号室への放水にともなって 9 階から白煙が噴出し初め
火炎は小さくなった。このあと、965 号室のアクリル板は内側で燃焼しているが、端部
ほど燃焼が激しい。また、965 号室の出火した 6 畳居室開口部角の網入りガラスの
はめ殺し窓から火炎が噴出し、1065 室の床面近くに達している。
5 1065 号室の 6 畳から火炎(出火 16 分半後)
4の状態が推定で約 2 分弱程度継続した後、パンという音が発生し、1065 号
室の 6 畳のはめ殺し窓の位置から火炎が噴出し始めた。この頃から、965 号室のバ
ルコニー上の火炎は次第に大きくなり、10 階バルコニーの床面下から、手すり中央
部まで達するまでになった。出火 17 分後には、965 号室バルコニーのアクリル板R部
分は燃え落ちている。
6 1065 号室のアクリル板に着火・燃焼(出火 18 分後)
5の 10 階バルコニー手すり中央部に達する火炎となった頃の出火 18 分後、
10 階 1065 号室のアクリル板正面の外側に着火した。約 10 秒後には約 1 メートル四
方程度の燃焼となり、その後次第に両側に拡がり、着火後約 50 秒にはアクリル板前
面全体の燃焼となっている。アクリル板の燃焼の拡がりにともない、アクリル板からの
火炎高さも次第に高くなり、着火後約 50 秒には 11 階アクリル板の中央部まで達して
いる。この間、9 階からの火炎と 10 階バルコニーからの火炎が時折合流して火炎を
大きくしている。また、9 階の正面アクリル板はR部分側から次第に燃え落ちてきてい
る。
7 1165 号室のアクリル板に着火・燃焼、バルコニー内からも火炎(出火 20 分後)
出火 20 分後には、1165 号室のアクリル板の外側が着火したと推定される。そ
の 1 分後には、11 階では 1165 号室のアクリル板正面全体(R部分は燃えていない。)、
10 階では 1065 号室の両側のR部分を含めてアクリル板全体と、隣接住戸 1066 号
室のアクリル板のうち 1065 号室側の約 40 cm幅にわたる部分が燃焼している。その
後、10 階と 11 階の 2 層分(9 階の 965 号室のアクリル板はほとんど燃え落ちてい
る。)のアクリル板付近からの火炎が合流して高くなり、12 階のアクリル中央部まで達
している。また、1165 室のバルコニー内側からも火炎が上昇していたことが観察され
る。
一方、溶け落ちたアクリルはさらにバルコニー端から逆円錐の形状で垂れ下が
り、赤熱したように燃焼している。燃焼しながら垂れ下がったアクリルの一部は、下階
方向へ飛散し、5〜8 階のバルコニーに達し、6、8 階のバルコニーのアクリル板の一
部が着火した。
8 1265 号室のアクリル板に着火・燃焼、バルコニー内からも火炎(出火 22 分後)
11 階のアクリル板が着火してから約 2 分後には、1265 号室のアクリル板の外
側が着火したと推定される。1265 号室においてもバルコニー内側から火炎が延びて
いたことが観察される。
9 1365 号室のバルコニー内側から火炎(出火 22 分半後)
出火 22 分半後には、10、11、12 階の 3 層分のアクリル板付近からの火炎が
時折合流して、14 階バルコニー床面下まで火炎が達しているとともに、1365 号室の
バルコニーの内側から時折約 1m程度の高さの火炎が上がっている。
10 1365 号室のアクリル板に着火・燃焼(出火 23 分後)
出火 23 分後、1365 号室アクリル板の外側に着火した。同時に 1365 号室のバ
ルコニーの内側で上昇する火炎も大きくなった。13 階では、アクリル板からの火炎よ
りもバルコニー内側の火災が優勢である。10〜13 階の 4 層分のアクリル板からの火
炎及び各階のバルコニーの内側からの火炎が時折合流して、1365 号室のアクリル
板に着火してから約 25 秒後には 15 階中央部にまで達している。この間、下層階か
ら周期的に延びる火炎が 1365 号室のアクリル板を覆う時期には、アクリル板からの
火炎が大きくなっている。
11 その後、最上階までの急激な上階延焼(出火 23 分半後)
1365 号室のアクリル板に着火してから約 30 秒後には 1465 号室のアクリル板
の外側が着火したと推定される。その後、最上階まで延焼は徐々に加速され、15 階
以上では、1 層あたり 30 秒以下という速さで上階延焼している。各階に最初に延焼
する位置は 13 階でみられたようにバルコニー上の可燃物の場合と、16 階で観察さ
れるようにアクリル板のR部分の場合がある。15 階。20 階ではバルコニー内で、手す
り上まで火炎が延びた約 5 秒後にアクリル板に着火しているのが観察される。16 階
では、アクリル板のR部分に着火してから約 10 秒後に前面部のアクリル板やバルコ
ニー上の可燃物に着火しているが、この場合、R部分からの火炎が全面部に拡大し
ているのではなく、下層階からの大きな火炎によって、直接、前面部のアクリル板や
バルコニーの可燃物に延焼を広げていると推察される。この間、4〜7 層分のアクリル
板付近からの火炎が合流して大きな火炎を形成している。合流した火炎のうち、上層
階においてはバルコニー内からの火炎及びバルコニー外側の火炎が交互あるいは
同時に確認されるが、下層階ではアクリル板の外側から大きな火炎が噴出している
のでバルコニー内の火炎の状況については観察不能である。
12 隣接住戸のバルコニーへの延焼(出火 25 分半後)
965 号室の直上の各階でアクリル板が全面的に燃焼を始めると、隣接側住戸
の方向へ、住戸間の隔て板のない部分から火炎が隣接住戸側に侵入し隣接住戸側
のバルコニー上の可燃物に延焼するとともに、アクリル板の外側の燃焼が隣接住戸
側へ横方向に次第に拡がった。出火 26 分半後からは 15〜16 階で隣接住戸アクリル
板全体に急速に延焼が進んだ。さらに出火 27 分頃からは、17 階以上でも急速に隣
接住戸側のアクリル板への延焼が進んだ。出火 30 分半過ぎには、15 階以上の隣接
側住戸のアクリル板はすべて燃え落ちている。
13 各住戸への延焼経過
焼け跡の状況からみて、住戸内から上階延焼をした形跡はなく、バルコニー側
から上階のバルコニー及び住戸に延焼していったと考えられる。10 階から上の各住
戸では、まず、バルコニーの収容物やアクリル板が燃え上がった後、室内に延焼して
いる。
10 階の 1065 号室からの火炎噴出は出火 16 分半後に確認されているので、
それまでに 1065 号室内に延焼していたと考えられる。最上階のバルコニーのアクリ
ル板に着火した 25 分過ぎ以前には、1065 号室を除き 10 階以上の階のどの住戸か
らも火炎噴出は確認されていない。その後、出火から約 50 分後に 1566 号室、1966
号室、2066 号室、1 時間 14 分後には 1565 号室、1866 号室、1 時間 51 分後には
1765 号室、1965 号室、1966 号室、2066 号室から火炎がすでに噴出していた記録が
ある(これらの住戸では、何時から火炎を噴出しはじめたかは不明である。)。これらの
時間が経過してから火炎噴出していた住戸では、玄関扉の施錠がなされて住戸内へ
の進入ができず、消防活動が困難であった。
奇数階と偶数階で異なるスパンドレル・開口部の仕様、バルコニー上の収容物
の量、バルコニー付近での室内の可燃物の状況及び居住者の対応行動、各住戸へ
の放水の開始時刻等の様々な要因により、住戸によって室内への延焼の時期や燃
焼拡大の程度に差が生じている。
注 1 ファイアーボールの発生について
本火災では、出火約 14 分後に出火住戸直上の 1065 号室からファイアーボール
が発生した。この現象は、1065 号室バルコニー天井面に沿って流れてきた球状の火
炎塊がそのままバルコニー外部に上昇し、11 階バルコニー正面で急激に成長して直
径約 3mの火球となったものである。映像記録上で球状の火炎塊が確認されてから
ファイアーボールが消滅するまでの時間は約 0.3 秒である。ファイアーボールは、多
量の燃料ガスが発生した時、高濃度で高温の燃料ガス塊が形成されると、燃焼がそ
の表面付近でしか生じないため、全体としては球状の形状を保ったまま上昇・流動し、
ガス塊の空気との混合が進んだ段階で急激に塊全体が燃焼して、巨大な火炎ボー
ルのような外観を呈する現象である。従って、ファイアーボールの形成には、高濃度
の燃料ガス塊が発生することが前提となる。本火災の映像記録では、このような燃料
ガス塊が発生したのは、1065 号室室内から同住戸バルコニー上のいずれかのように
見えるが、室内で発生したとすれば、その時点で急激な燃料ガスの発生を促す程度
の高温になっていなければならない。それにもかかわらず、ファイアーボール発生の
前後の段階では、室内には大きな火炎は確認できないことから見て、このファイアー
ボールの原因となったのは、1065 室バルコニー上の可燃物と考えられる。当時、同
バルコニー上には、灯油入りポリ容器やスプレー缶が置かれていた。灯油入りポリ容
器が加熱されて内部の灯油が蒸発し、温度上昇で軟弱になった容器を破って噴出し、
ガス塊を生じた可能性或いはスプレー缶が加熱されてほぼ同様の経過をたどった可
能性が考えられる。ファイアーボール発生後、1065 号室の火炎は一旦沈静化し、
1165 号室への上階延焼が起こったのも、ファイアーボール発生から約 4 分後に 1065
号室から再び、火炎が噴出するようになってからである。このことから見て、ファイア
ーボールの発生自体は、上階延焼には特記すべき影響を与えたとは考えにくい、勿
論、建物 1 階分に相当する高さのファイアーボールが形成されれば火災安全上、大
きな脅威とはなり得るが、今回の火災ではその持続時間は、小さい火球の発生から
数えても 0.37 秒と短い。ファイアーボール程度の火炎からの放射熱を受けた時の着
火時間は、アクリル板では小さめにみても 10 秒以上に達するから、ファイアーボール
の持続時間はそれよりけた違いに小さく、上階のアクリル板やバルコニー上の可燃物
を予熱して、着火させる効果は小さかったと考えられる。また、ファイアーボールがこ
のように短時間しか持続しなかったとしても、可燃物が予熱されていれば、口火として
延焼を早める効果があり得るが、火災の映像記録によると、ファイアーボールが口火
となって上階で着火が生じた形跡は認められない。以上から、1065 号室で発生したフ
ァイアーボールは、上階延焼に大きな影響を及ぼした可能性は小さい。 2 過去の火災事例との比較 (1) 基町高層住宅における上階延焼火災事例
出火した住棟と同じ形式の基町高層住宅(2,964 戸)において、昭和 46 年から平
成 8 年までの約 25 年間に 68 回(今回を含む)の火災が発生している。そのうち、10
回の火災は焼損面積が 1 m2を上回っている。焼損面積が 1 m2を上回った 10 回の火
災のうち、今回を含めて 6 回の火災において上階に延焼している。
上階延焼した火災は過去に 5 回(今回を含まず)発生しているが、そのうち、室内
への延焼については、2 回は出火住戸のみで上階や隣接住戸の室内への延焼はな
し、2 回は直上階あるいは隣接住戸の室内延焼までで止まっている。あとの 1 回は、
直上階の室内に延焼後、層間区画の欠陥部分から更にその上階の室内に延焼して
部分焼となった。住戸内とバルコニーにおける焼損程度については、5 回の火災のう
ち、2 回は出火住戸と直上階 1 住戸の全焼・出火階と直上階のバルコニー上の可燃
物の焼損及びアクリル板の燃え落ち・出火住戸から 2〜3 層上の階のバルコニー上
の可燃物の一部焼損及びアクリル板の一部焼毀、1 回は出火階の全焼と直上階の
部分焼・出火階と直上階のバルコニー上の可燃物の焼損及びアクリル板の燃え落
ち・出火住戸から 2 層上のバルコニー上の可燃物の焼損及びアクリル板の一部焼毀、
2 回は出火住戸の焼損・直上階のバルコニー上の可燃物の一部焼損及びアクリル板
の一部溶融である。過去 5 回の上階延焼火災事例に共通しているのは、出火階がい
ずれも偶数階であったことである。焼損面積が 1 m2を上回った 10 回の火災のうち、4
回は奇数階、6 回は偶数階から発生している。偶数階で発生した 6 回のうち 5 回は
上階延焼したことになる。一方、奇数階では、これまでの 3 回のうち一度も上階延焼
していない。なお、68 回の火災全体では、奇数階の出火が 34 回(うち、住戸内からの
出火 22 回)、偶数階の出火が 34 回(うち、住戸内からの出火 22 回)であり、偶数階と
奇数階の出火頻度に偏りはない。
偶数階の階高は 2.74m、奇数階の階高は 3.195mであり、開口部の仕様も偶数
階では欄間があるので高さ 2.14mであるのに対し、奇数階では開口部の高さは 1.74
mである。その結果、偶数階の開口上端から奇数階の床面までの高さは 0.48mに対
して、奇数階の開口上端から偶数階の床面までの高さは 1.318mとなる。従って、今
回のように各階のバルコニーからの火炎が合流する状況になる前には、偶数階から
奇数階への上階延焼は、奇数階から偶数階への上階延焼に比べ起こりやすいとい
え、その結果、過去の火災事例ではすべて、偶数階で発生した火災に限って上階延
焼した結果となっている。
一方、奇数階で火災が発生した場合、直上階へは上階延焼が起こりにくいので
あるが、今回のようにいったん偶数階である直上階に上階延焼してしまうと、偶数階
から奇数階へは延焼しやすいので容易に 3 層分の火災となってしまったと考えられる。
2〜3 層分のバルコニーでの可燃物やアクリル板が同時に燃焼すると、さらに容易に
その上階のバルコニーの可燃物やアクリル板に延焼が進んだものと考えられる。 (2) 広島県営長寿園高層アパートにおける上階延焼火災事例
広島県営長寿園高層アパートの設計は、広島市営基町高層住宅と基本的には
同じであるが、バルコニーの手すりのみ異なっている。具体的には、基町では手すり
にアクリル板と鉄柵を用いているのに対し、長寿園ではその部分がコンクリートとなっ
ている。この長寿園高層アパート(1,136 戸)においては過去に 23 回の火災が発生し、
そのうち 1 m2を超える火災は 4 回発生し、その全てが上階延焼している。
上階延焼した 4 回のうち、1 回は出火住戸の全焼・直上住戸の半焼とその上 2
層分のバルコニーの洗濯物等を焼毀、2 回は出火住戸の全焼と上階住戸の部分焼、
あとの 1 回は出火住戸の全焼と上階バルコニーの洗濯物等の焼毀となっている。
過去 4 回の上階延焼火災事例のうち、3 回は出火階が偶数階であった。あとの
1 回は奇数階であったが、上階への延焼は、バルコニーの洗濯物等及びカーテンの
焼毀に止まっている。なお、過去発生した 23 回の火災のうち、奇数階からの出火は
11 回(そのうち住戸からは 5 回)、偶数階からの出火は 10 回(そのうち住戸からの出
火も 10 回)である。
長寿園高層アパートの場合は、全体の発生数が基町高層住宅よりも少ないため、
1 m2を超えた火災が奇数階で一度しか発生していないので、基町高層住宅と同じく偶
数階の開口上端から奇数階の床面までの高さが低いことが延焼を起こしやすくした
かどうかは統計的には明らかではないが、基町高層住宅のようにバルコニーにアクリ
ル板が使われていなくとも、上階延焼する可能性があることがわかる。 II 延焼機構の推定及び実験的検証 1 被災建物の特徴と延焼機構に関する仮説
今回の火災では、出火階である 9 階のバルコニーに火炎が噴出してから 10 階バ
ルコニーのアクリル板に延焼して持続的に炎上するまでに 10 分以上かかっているの
に対して、11 階から最上階までの延焼は徐々に加速され、特に 17 階以上の部分で
は 1 層当たり 30 秒以下という速さで上階延焼している。このように急速な上階延焼
は過去に例をみない現象である。
火災時の映像等の分析によると、急激な上階延焼が起こった際には、すでにバル
コニー・アクリル板等の燃焼が始まっている部分から、その上階のアクリル板外面を
広範囲に覆う大きな火炎が形成されている。
火炎の伝熱に関する既往の実験によれば、このように大きな火炎に接すると
50kW/m2程度以上の強い加熱を受けるが、アクリル板は、50kW/m2の加熱に対して
は 30 秒程度で着火することがわかっており、加熱強度が更に大きければ着火時間
は更に短縮される。従って、高層部分で起こった著しく急激な上階延焼は、火災階部
分から立ち上がった長大な火炎がアクリル板外部に接炎したことによって発生したと
考えると、今回の火災で起こった急激な延焼を合理的に説明できることになる。
一方、アクリル板の燃焼に関する既往の実験によれば、鉛直に置いたアクリル板
は、一面が炎上しただけでは、アクリル板高さの 2 倍程度の高さの火炎が形成される
に過ぎず、それだけで、火炎が上階に達する高さに至るとは考え難い。従って、急激
な上階延焼の機構を解明するためには、なぜ、長大な火炎が形成されるかを説明す
ることが必要である。
今回の火災で、火災階上階のアクリル板を覆うほどの高さの火炎が生じる原因と
なった可能性のある要因を、上階延焼を助長した可能性のある要因一般とともに列
挙すると、以下のようなものが上げられる。
・出火住戸がL字型平面の住棟の入隅部にあったことによる火炎伸張
・アクリル板の両面燃焼
・バルコニー上の可燃物の燃焼
・アクリル板がバルコニー床より外部に突出していること
・バルコニー手摺のR部分のアクリル板の下端・側端が開放されていること
・火炎上方の熱気流によるアクリル板やバルコニー上可燃物の予熱の影響
・複数階の同時炎上による火炎の合流
これらの要因の可能性を個別に検討すると、以下のように考えられる。
1 出火住戸がL字型平面の住棟の入隅部にあったことによる火炎伸張
壁面の入隅部での燃焼では、自由空間や平坦な壁面上に比べて空気の巻き
込みが減少するため、火炎長さは、平坦な壁面上に比べて 1.2〜1.4 倍となる。また、
入隅部では、火炎に接する壁両面が高温となって相互に放射加熱し、燃焼が助長さ
れ易い。
今回の火災の被災住戸は外壁の入隅部に位置し、被災住戸の前方横には、
耐候性鋼板外壁があった。従って、上記の一般的事実から、この平面構成により火
炎が大きくなったり、加熱された耐候性鋼板外壁からアクリル板やバルコニーの可燃
物が放射熱を受けて燃焼が活発化した可能性が指摘できる。
しかし、このような影響は、袖壁による空気流入の抑制が問題になるほど発熱
速度が大きい場合は顕著になるが、発熱速度が小さければ、袖壁で空気流入が妨げ
られても、もともと燃焼に十分な空気が存在するため、火炎性状にはあまり影響しな
い。今回の火災でもバルコニーは隅角部から 3m程度離れており、火災時の映像記
録でも、バルコニーを通じて急速に延焼している過程では、むしろ隅角部から離れた
方向に延焼が起こっており、瞬間的に火炎が隅角部方向に流れることはあっても、全
体としては、火炎か隅角部に吸い寄せられて伸縮している様子は観察できない。
一方、被災住戸前方の耐候性鋼板外壁は、火災時に目地が炎上するなど、高
温になっていたと考えられる。
2 アクリル板の両面燃焼
アクリル板が両面で同時炎上すれば、燃焼面積は 2 倍になるから、単純計算
でも発熱速度は 2 倍になる。アクリル板が炎上した場合、火炎高さ Lf は、ほぼ
Lf≒0.045Q12/3
(1)
となる。但し、Q1 は、単位長さ当たり発熱速度(kW/m)である。(1)式によると、単位
長さ当たり発熱速度が 2 倍になると、火炎高さは 22/3
≒1.59 倍になる。鉛直なアクリ
ル平板の片面が燃焼すれば、その火炎高さは、板高さの約 2 倍に達するから、両面
で燃えれば、火炎高さは板高さの 3 倍を超え、上階床面を超える高さに達することが
予想される。更に、アクリルに限らないが、板状の可燃物が両面で燃焼すれば、その
内部は両面から加熱され、温度が上昇し易くなる。このため、片面で燃える場合に比
べて、単位面積当たりでも分解が促進され、発熱速度は、燃焼面積が増大する程度
を超えて、大きくなる可能性がある。
今回の火災の映像等でも、アクリル板が両面で燃焼してると思われる場面がし
ばしば観察されている。
3 バルコニー上の可燃物の燃焼
バルコニー上の可燃物が上階延焼に及ぼす影響としては、次の 3 種類が考え
られる。
・可燃物が激しく炎上すると上階に到達する火炎を形成し、上階延焼を引き起
こす。
・下階からの噴出火炎に暴露されて類焼炎上し、アクリル板に延焼させる。
・下階からの火炎やアクリル板の燃焼火炎により類焼炎上し、窓を通して、当
該住戸の室内に延焼させる。
4 アクリル板がバルコニー床より外部に突出していること
広島市営基町住宅のバルコニーでは、バルコニーから手摺が突出しているた
め、アクリル面内側とバルコニー床の間に幅約 3.5 cmの隙間がある。下階からの火
炎が、この隙間からバルコニーに侵入し、バルコニー上の可燃物に着火させる可能
性はある。アクリル自体は、木材等に比べて着火し易い材料であるとはいえないが、
バルコニー上に着火し易い可燃物が置かれていると、まず、下階から侵入する火炎
により、着火し易い可燃物に着火炎上し、その火炎でアクリル板等に更に着火させる
可能性はある。また、このような隙間から火炎が侵入すると、アクリル板は、外側とバ
ルコニー側の両面で火炎に暴露され、両面燃焼となる可能性が大きくなる。
5 バルコニー手摺のR部分のアクリル板の下端・側端が開放されていること
広島市営基町住宅のバルコニー手摺は、前方正面の平板部分は、アクリル板
が上下で固定されているのに対して、R部分のアクリル板は上側だけで固定され、下
端・側端は、アクリルが露出したままになっている。アクリル板小口が露出している部
分は、火炎等で加熱されると、平板より火炎との接触面積が増大するため、温度が上
昇し易く、着火も速くなると考えられる。
6 火炎上方の熱気流によるアクリル板やバルコニー上可燃物の予熱の影響
今回の火炎は、ほぼ無風に近い条件で起こったため、出火住戸直上の高層部
のアクリル板・バルコニーは、延焼が及ぶ前に、火炎上方の熱気流で予熱されていた
可能性がある。可燃物が予熱されていると、着火に必要なエネルギーが減少するた
め、延焼が加速される可能性がある。着火時間は着火温度と初期温度の差の自乗
にほぼ反比例し、仮にアクリル板表面が 150°Cになっていたとすると、着火時間は、
常温で同じ火災加熱を受ける場合の 0.4 倍程度に短縮されると予想される。
7 複数階の同時炎上による火炎の合流
複数階が同時炎上する場合、各階から階高以上の高さの火炎を形成するに足
る発熱が生じると、火炎が合流し、火災階より上方の壁面を広く覆う長大な火炎とな
ることが予想される。今回の火災で上階延焼が急激になった時点では少なくとも合計
2〜3 階程度が同時炎上しており、火炎の合流によって、単一住戸火災の噴出火炎
から想像されるより長大な火炎が生じた可能性がある。 2 実験概要とその結果
上記 1 で整理した諸概要が、今回の火炎の延焼を実際にどの程度、説明し得る
かを解明する目的でアクリル板等を使用した燃焼実験を実施した。実験は、次の 2 シ
リーズよりなる。
しろまる アクリル板の燃焼性測定実験(図 1)
アクリル板 1 層分の一部分を、燃焼発熱速度が測定できる集煙フード下で燃
焼させ、発熱速度・火炎高さを測定する。また、本実験は、新品のアクリル板を使用し
て実施するが、被災建物のアクリル板は、戸外に長年設置されたものであり、性質が
変化している可能性があるため、被災建物のアクリル板及び本実験に使用したアクリ
ル板から 10 cm平方の試験体を作成し、一定放射加熱条件での着火及び燃焼発熱
速度を比較する。
しろまる 実大規模延焼実験(図 2)
実験装置でバルコニー2 層分を再現し、アクリル板等の条件を系統的に変化さ
せて、上階延焼性状を計測する。屋外で実施するため、発熱速度等は測定できない
が、アクリル板の取付等、細部の設計条件を考慮することができる。上層バルコニー
には、可燃物の影響を確認するために、可燃物を置く。
図 2 実大規模延焼実験 1 階アクリル板の燃焼火炎とバーナー火炎(バルコニー内
可燃物の燃焼と室内からの噴出火炎を模擬)が複合したときの上階延焼性状を調べ
た。下階からの火炎により 2 層アクリル板に着火した直後。また、2 層部分アクリル板
は、下階からの熱を受け、外側に凸にたわんでいる。 (1) アクリル板の燃焼性測定実験とその結果
×ばつ1mの透明アクリル板(厚さ 10 mm)を使用し、5 条件で燃焼実験を行った。ア
クリル板は、実験 1―3 以外は上下左右を鉄枠で支持し、1―3 のみは下方を支持せ
ず、上・左右のみ鉄枠で支持した。口火はアクリル板幅と同じ 1mの幅を有している。
実験条件と結果の所見を整理すると、以下のようになる。
特 徴 燃焼ピークヘ ピーク発熱速度 最盛期の の到達時間 火炎高さ 1―1 アクリル片面着火 22 分 約 700kW 2.0〜
2.4m
1―2 両面着火 9.3 分 1260kW 2.5〜
3.0m
1―3 小口着火 11.6 分 1270kW
1―4 大火炎による片面着火 5.2 分 1800kW >
3.5m
1―5 アクリル表面予熱(150°C) 11.7 分 1370kW
片面着火
アクリル板は、片面から小規模な口火等が接する限りでは、燃焼拡大は緩慢で、
燃焼最盛期には板の 2 倍強の高さの火炎を形成するが、両面燃焼すると、発熱速度
の最大値では約 2 倍となり、火炎高さは約 25%程度増加し、それだけで上階に達し
得る高さとなる。大きな火炎で強熱されると、発熱速度火炎高さは更に増大し、上階
に手すりがあればその表面を広い範囲でなめる程度の火炎となる。
アクリル板は、下端を不燃材等で支持した場合と下端が露出する場合で、下方
からの火炎による着火時間や着火後の燃え拡がりの様相に、有意な差が出るようで
ある。
アクリルは、表面温度が 150°C程度になるように予熱すると、ピーク出現時間は、
予熱がない場合の 1/2 程度となるが、それでもピーク到達時間は 10 分程度かかっ
ており、それだけでは今回の火災の急激な延焼を説明するのは難しい。
本実験では、アクリル板上方、高さ 1.8mの高さに、上階バルコニーを想定した天
井を設置した。天井端はアクリル板の直上になるよう設定されている。アクリル板の
バルコニー側が炎上し、天井に届く火炎が形成されると、火炎は天井面下を水平に
流れる傾向を示す。この火炎は、実火災では、バルコニー上の可燃物や窓の脱落、
室内への延焼を引き起こす可能性がある。実験I―1 では、このような火炎は殆ど観
測されず、窓想定位置(アクリル板から 1.8m)の入射熱はほぼ常時、木材の長期着火
加熱限界である 10kW/m2未満にとどまったのに対して、火炎高さが大きい実験
I―2、3、4、5 では、1〜2 分程度、10kW/m2を超える入射熱が観測された。屋外実
験ではカーテン等を設置して着火火炎上の有無も観察したが、その結果と比較すると、
実験I―2、3、5 で観測された入射熱ではカーテン等は着火に至らず、実験I―4 で
は、もし、窓位置にカーテンがあれば、着火炎上したことが予想される。従って、アクリ
ル板が両面燃焼したり、小口着火や熱気流による予熱の影響があったとしても、それ
だけでは、屋内への延焼を引き起こす可能性は小さい。実験I―4 の結果から、アク
リル板表面が下方からの火炎等で全面加熱されて着火炎上すると、更に室内・上階
への延焼を引き起こす可能性が指摘できるが、本実験では、実験装置の制約から、
天井が実際の建物の階高よりかなり低く延焼については危険側の想定になっている
ため、その可能性の具体的な検討には実大規模での実験が必要である。
なお、被災建物で使用されていたアクリル板(厚さ 8.5 mm)の性質が経年変化して
いた可能性について、上記の実験に使用したアクリル板と一定放射加熱下で着火時
間、燃焼発熱速度を比較して検討した。被災建物のアクリル板で試験体として利用で
きたものと、上記実験で使用したアクリル板の厚さがやや異なっているため、厚さの
影響が現われにくい強い放射加熱条件下(50kW/m2)で、実験を行った。試験装置と
しては、ISO5660 コーンカロリーメータを使用し、各々3 回ずつ測定した。結果は以下
の通りである。 アクリル板の燃焼発熱測定結果概要(ISO5660 コーンカロリーメータ、加熱強度 50kW
/m2)
試験体 着火時間 第一ピーク発熱速度 平均燃焼熱
被災建物アクリル板 30.2 秒 949 kW/m2 23.1MJ/kg
燃焼性実験使用アクリル板 28.4 秒 942 kW/m2 23.1MJ/kg 被災建物アクリル板と上記実験に使用したアクリル板の着火時間の間には、数
パーセントの差があるが、第一ピーク発熱速度には 1%未満の差しか認められず、平
均燃焼熱には有意な差が認められない。このことから見て、被災建物のアクリル板は、
性質の経年変化があったとしても、燃焼性状に有意な差を生じるほどではなかったと
みなすことができる。 (2) 実大規模延焼実験とその結果
バルコニー上の可燃物の影響や手摺・アクリル板の細部が延焼に及ぼす影響
については、室内の小規模な実験では再現が困難なため、屋外に、実物 2 層分のバ
ルコニーを設営して、実大規模の実験を行った。実験は以下の 7 通りを実施し、入射
熱・温度等の測定を行った。このうち、実験II―1 及びII―2 は、装置全体の機能調
整・実験条件の詳細な決定を目的とする予備的な実験であり、実験II―6 では、ライ
ンバーナーを下層アクリル板を均一に着火させるための口火とし、アクリル板のみの
燃焼を通じての上階延焼の可能性を検討しようとした。実験II―7 では、広島市営基
町住宅で使用されていたアクリル板及び鉄枠を使用した。アクリル板は実験II―7 を
除き、幅 2.0m、高さ 1.0mとし、鉄枠への取り付け方法及び床版からの突出について
は、広島市営基町住宅の仕様に近い条件とした。
II―1 アクリル板なし。火源バーナーは床版より内側。可燃物なし。
II―2 1、2 層ともアクリル板あり。2 層床に可燃物。火源バーナーは床版より内
側。
II―3 アクリル板なし。2 層床に可燃物。火源バーナーは床版端部から突出。
II―4 2 層のみアクリル板あり。2 層床に可燃物。火源バーナーは床版端部から
突出。
II―5 2 層のみアクリル板あり。アクリル下方小口露出。2 層床に可燃物。火源
バーナーは床版端部から突出。
II―6 1、2 層ともアクリル板あり。1 層アクリル下方からラインバーナーで着火。2
層床に可燃物。
II―7 1、2 層に基町住宅アクリル(8 mm厚)・手摺。火源バーナーは床版より内側。
本実験では、1 層部分からの火炎により 2 層部分のアクリル・可燃物や更に装
置全体の屋根面上の可燃物に延焼する過程を観測しているが、1 層部分の燃焼につ
いては、バーナーへの燃料供給量の調整により、各実験で少なくとも、次の 2 段階の
火災を再現した。
1通常の住戸火災の火盛り期の開口噴出火炎に相当する火炎
2複数階が連続して炎上した時に相当する火炎
なお、今回の火災出は、被災住戸が 9 階以上であったのに対して、本実験では
地面直上で燃焼を生じさせたため、そのままでは、火炎発生時に形成される気流性
状に相当な違いが生じる。特に、地上付近では火災室開口正面に向かう水平流が生
じるため、噴出火炎を上方に押し上げる気流が形成されにくくなることへの対策として、
実験II―3 以降では、1 層目のバーナー背後の壁面下方を開放し、バーナー背後か
らバーナー面を経て火炎が正面からそのまま上部に噴出するようにした。複数階が
連続炎上した時を想定した火炎は、上層目隠し板正面を覆う大きさの火炎が形成さ
れるようにした。
実験II―2、3、6 では、バルコニー上の可燃物に着火したが、カーテンには着火
しなかった。実験II―4、5 では、可燃物、カーテンとも着火したが、カーテンへの着火
は可燃物の炎上とアクリル板のバルコニー側表面の燃焼が契機となっており、アクリ
ル板のバルコニー側表面の着火も、可燃物の炎上が原因である。実験II―6 ではア
クリル板の両面燃焼だけで室内・上階への延焼が起こるかどうかを実大規模で確認
しようとしたが、上層のアクリル板・可燃物への着火は無く、下層の窓位置の入射熱
もカーテンの着火に至らない程度に止まっている。この結果からみると、火災階上方
の住戸バルコニーのアクリル板に何らかの原因で両面燃焼が生じたとしても、バルコ
ニー上の可燃物の炎上がなければ、更に室内や上階への延焼に至ることはないが、
少なくとも、かなり遅延されると考えられる。多数階が同時炎上して、著しい発熱を生
じ、未延焼階の窓全面を覆うような火炎が形成されるような場合は、バルコニー上の
可燃物やアクリル板の有無と関係なく、それだけで、上階延焼の原因となり得る。
実験II―2、4、5 では、下層のバーナー火炎と上層のアクリル板・可燃物の火炎
が合流して、更に上層屋根を上回る柱状の長大な火炎が形成されるのが観察された。
このような火炎合流は、今回の火災で複数階が同時炎上した際の火炎合流と質的に
同様のものと考えられる。実験II―2、3、4、5 では、上層バルコニー天井に衝突した
火炎が窓方向に水平に流れるという、屋内実験でも観察された現象が観察された。し
かし、実験II―6 で示されたように、実大レベルでは、アクリル板の両面燃焼だけで
はこのような現象には至らず、アクリル板の両面燃焼と可燃物が同時炎上するか、数
階が同時炎上して未延焼階のバルコニー前面に火炎が柱状に上がるのに相当する
条件のいずれかで発生している。
実験II―7 は、点火後約 27 分までは、一般的な出火住戸からの噴出火炎程度
の火炎が形成されるように火源バーナーを運転し、28 分以後は、多数の階からの合
流火炎に相当する長大な火炎が形成されるように操作した。点火後 16 分余で上階
アクリル板のうち、下端が露出した部分に着火したが、アクリル板の燃焼は外面にと
どまっており、バルコニー上の可燃物の炎上やそれに続くアクリル板の両面燃焼が生
じたのは、多数階の同時炎上に相当する火炎を噴出させた後である。この段階では、
下層の火源バーナーからの火炎及び上層のアクリル板・可燃物の炎上火炎が合流し
て屋根上方に火炎が吹き上げ、屋根上に設置したアクリル板に着火した。
この一連の実験では、アクリル板とバルコニー間に隙間を設けたが、隙間からバ
ルコニー上の可燃物やアクリル板内側への延焼は生じなかった。アクリル板内側の
燃焼は、いずれも、当該階アクリル板より上部に上がる火炎により、まずバルコニー
上の可燃物に着火炎上し、その加熱でアクリル板内側に着火するという経過で発生
している。また、カーテンへの着火は、アクリル板の外面の燃焼だけでは起こらず、バ
ルコニー上の可燃物及びアクリル板内側の燃焼によって発生している。
本シリーズの実験でも、アクリル板小口を露出させると、早く着火することが確認
されたが、その後の燃焼は、火源バーナーの発熱量を増加させるまでは、アクリル板
外面にとどまっており、燃焼性状自体は小口を露出させない場合と大きな差が見られ
なかった。 3 実験結果に基づく上階延焼機構の分析
アクリルの燃焼性測定実験及び実大規模延焼実験の結果から、アクリル板、一般
的な上階延焼におけるアクリル板の防火性能、及び今回の火災の高層部分で起こっ
たバルコニー部分の急激な上階延焼機構を検討すると、それぞれ、以下のように整
理できる。 (1) アクリル板の燃焼性状
1 着火性状
火災時の部材の一般的な加熱性状は、火炎片による接炎が続く程度では
20kW/m2程度以下、目隠し板表面全面が火炎に覆われるような状態では、入射熱
は 50kW/m2程度以上に達している可能性がある。ISO5657 着火性試験によると、ア
クリル板の着火時間は、20kW/m2の加熱に対しては 3 分程度、50kW/m2に対して
は 30 秒程度である。屋内で実施したアクリルの燃焼性測定実験でも、小火炎の口火
で着火させた場合、片面着火・両面着火を問わず、また予熱の有無を問わず、アクリ
ル面に安定に着火するまで 3 分以上かかっているのに対して、アクリル面全面をバ
ーナー火炎で覆った場合には 30 秒程度で着火に至っている。
2 着火後の燃焼拡大性状
アクリル板表面に着火後の燃焼拡大は比較的緩慢で、従来の実験によると、
外部加熱を受けなければ、火炎伝播速度は毎秒数mmに過ぎない。アクリルの燃焼性
測定実験では、条件に係らず、アクリル板に着火後、ピーク発熱速度に達するまでの
時間は 5 分程度以上かかっており、この実験的知見と矛盾しない。しかし、アクリル
表面全体が強く加熱されれば、全面が同時着火・炎上することになり、着火から燃焼
発熱ピークまでの時間は大幅に短縮されることが予想される。アクリルの燃焼性測定
実験のうち、アクリル面全面を口火火炎で覆ったケースでは、他実験に比べてピーク
までの時間がかなり短縮されており、口火の大きさが着火後の燃焼拡大の速さに及
ぼす影響が顕著であることを示唆している。
3 炎上時の火炎性状
アクリル板のみが炎上した場合、片面が燃焼するだけでは上階に到達する火
炎は形成されない。しかし、下端で板両面を包む火炎に暴露されて両面に対する口
火となったり、近傍で可燃物の炎上等の延焼媒体があれば、アクリル板が両面燃焼
する可能性がある。アクリル板が広範囲にわたって両面燃焼した場合は上階バルコ
ニー床面を超える程度の火炎が形成される。この火炎は長時間持続すれば、上階の
アクリル板やバルコニー上の可燃物に着火させる可能性はあるが、この程度の口火
でアクリル板が着火するには 6 分以上の時間がかかる。 (2) 一般的な上階延焼におけるアクリル板の防火性能
1 出火階のアクリル板
火災室内からの噴出火炎、バルコニー上の可燃物の炎上等により着火する可
能性があるが、内側表面の燃焼に止まり、上階への延焼への影響は小さいと考えら
れる。但し、炎上するアクリル板が脱落して下階バルコニー等に落下すれば、下階バ
ルコニーへの延焼の原因となる可能性がある。
2 直上階のアクリル板
下階から噴出する火炎等によりアクリル板下端に火炎片が到達すると、火炎と
の接触の様態によっては、3 分程度で着火する可能性がある。しかし、一連の実験結
果からみると、このような様態でアクリル板外面に着火しても、当該アクリル板が炎上
するまでに時間がかかるため、アクリル板への接炎開始から 10 分程度以内に、アク
リル板からバルコニー上の可燃物に延焼させる可能性は小さい。また、アクリル板と
バルコニーの間に隙間があると、隙間から火炎が侵入する可能性があるが、今回の
実験から見ると、着火はアクリル板外側で起こる可能性の方が高い((3)参照)。
なお、出火住戸の可燃物が著しく多い場合で、長大な噴出火炎が発生し、上階
アクリル板を覆うようなことがあると、アクリル板に数十秒で着火する可能性はある。
このような火炎は複数階同時火災のような場合の方が生じ易いので、その延焼可能
性については、(3)で整理する。
3 基町住宅で予想される一般的な上階延焼に関するその他の所見
建物の平面が複雑であり、今回の火災のように、入隅部の住戸で出火した場
合、平坦なファサードに比べて、火災が生じた時の空気流入が制限されて噴出火炎
が伸長し、上階延焼を起こし易くなる傾向はあろう。特に、バルコニーと入隅部壁の間
の部分は両側が壁・バルコニーで空気流入が制約される。壁面上の溝内の火炎に関
する実験によると、溝の幅/奥行比が 1 程度以下の深い溝になると、火炎の伸長等
の影響がはっきりするとされているが、本建物では、当該部分の幅/奥行比は 1 に
近く、火炎伸長の影響が現われる可能性がある。また、このような溝状の空間では、
溝を囲む壁面等が相互に放射加熱しあうため、平坦な外壁より燃焼が活発化したり、
火害が顕著になり易いと考えられる。今回の火災でも、出火住戸からの上階延焼に
これらの影響が現われた可能性はある。 (3) 急激な上階延焼
今回の火災において、12 階以上の階で起こった急激な上階延焼は、各階室内
の火災に先行して発生したものと推測され、この急激な延焼過程で、12 階以上の各
階で燃焼したのは、バルコニーのアクリル板と可燃物とみて大きな誤りはない。
この延焼の過程では、次々に未延焼階のアクリル板を全面的に覆ったり、更に
上部に達するほどの火炎が発生しているが、このような条件では、アクリル板は 30
秒以内に着火し、他の可燃物もごく短時間で着火する。このような長大な火炎以外に
は、少なくともアクリル板の短時間での着火を説明できないから、長大な火炎の発生
が、バルコニー部分の急激な延焼の本質的な役割を果たしていると考えられる。実大
規模延焼実験 2―7 では、火源バーナー強度を、出火住戸想定から合流火炎想定に
切り替えて、上層アクリル板をバーナー火炎で覆った直後にアクリル板外面の全面炎
上が生じている。
このような長大な火炎の発生機構として、多数階前面から火炎が同時に噴出す
ると、個々の火炎は上階床をやや超える程度でも、全体は上階のアクリル板を覆う程
度の長大な火炎となって、単独階火災よりも上階に延焼させ易いことが、実験的にも
確認された。
火炎合流が起こるためには、各階で少なくとも上階床に到達する火炎が形成さ
れ、それが加算される必要があるが、アクリル板の両面燃焼や多量の可燃物の燃焼
等が生じなければ、バルコニーだけで、そのような火炎が形成されるとは考えにくい。
ここで、未延焼階に火炎が到達してから、バルコニー内の炎上に至る機構を考
察すると、今回のどの実験でも、アクリル板が固定された状態では、その内側表面が、
下階からアクリル板外側を流れる火炎やアクリル板外面の火炎で直接着火するわけ
ではなく、いずれも、バルコニー上の可燃物の炎上が契機となっている。この可燃物
の着火は、目隠し板外部に、厚い火炎がバルコニー天井まで屹立する状態になった
段階で、火炎からの放射熱で起こったと考えられるが、そのような火炎が形成される
のは、直下階以下の火災で著しい燃焼が生じて、その階のバルコニー天井に火炎が
到着した場合と、下階からの火炎でアクリル外面が着火して合流効果で、可燃物に
強い加熱を与える場合の 2 通りがあり得る。
このような火炎の発生から可燃物・アクリル面内側の延焼に至る機構をまとめる
と、図 3 のようになる。この延焼過程では、バルコニー上の可燃物は、それ自体が大
きな火炎を上げて直接上階延焼を引き起こすというよりも、目隠し板の外側に屹立す
る火炎で類焼し、更にアクリル面内側に延焼させる媒体と位置付けられる。
アクリル板が両面燃焼に至る機構には、他にも(ア)目隠し板端部の隙間から下
階の火炎が侵入して直接両面燃焼に至る、(イ)片面着火したアクリル板が変形してフ
レームから半脱落した状態で裏面に延焼する等があり得る。これらは、理論的には、
可燃物を媒介としなくても起こり得るものである。
このうち、(ア)は、今回の実験では確認されなかった。実験回数・条件が限られて
いるので、勿論、どんな場合にも起こらないということはできないが、実験で火炎の隙
間侵入が起こらなかったのは、アクリル外側に火炎が屹立したりアクリル外面に一旦
着火すると、隙間外部の方が内部より負圧になることがその原因と考えられるので、
今回の火災の高層部での延焼のようにアクリル外面に早く着火するような条件では、
隙間からの延焼自体が起こりにくいと予想される。個々の階で起こる可能性が皆無で
はないとしても、多数の階で連続して起こる可能性は皆無に等しいといえよう。もし、
隙間からの火炎侵入が起こるとすれば、火炎先端が隙間に接する程度で、隙間外部
が著しく負圧にならない条件、即ち、これほど急激な延焼の過程ではなく、延焼がま
だ緩慢な初期の段階の方が可能性が高いと考えられよう。9 階から 12 階に延焼する
までのいずれかの段階で、このようなことが起こった可能性はないとはいえない。
(イ)は、今回の実験でも確認されたが、アクリル板の片面が全面燃焼して変形脱
落するまでに相当の時間がかかる。この点で、この機構も、緩慢な上階延焼時には
起こる可能性はあるが、急激な延焼を説明するのは難しいし、火災時の映像でも、急
激な上階延焼時に目隠し板の脱落が起こっている様子は確認できない。
III まとめ 1 今回の火災と過去の上階延焼火災について
平成 8 年 10 月 28 日に広島市基町住宅第 18 アパート 965 号室で発生した火災
は、20 階までの 12 層にわたり上階延焼し 16 戸の住戸が全焼した。
基町住宅においては、今回の火災を除き過去に 5 回上階延焼火災が発生し、ま
た、ほぼ同時期に建設された近隣の長寿園住宅(バルコニー目隠しがコンクリート製
であることを除いて、基町住宅と同一の設計である。)においても、過去に 4 回上階延
焼火災が発生したが、いずれの場合も全焼戸数は 1 戸又は 2 戸にとどまっていた。
今回の基町住宅火災は、急激に上階延焼し、多数の住戸が全焼した点で、例を
みない高層住宅火災であったと言える。
なお、今回の火災は、バルコニーに可燃物が置かれていた点(住戸によって量は
異なる。)では過去に上階延焼した基町住宅火災と共通していたが、出火階が奇数階
であったこと、出火住戸の玄関扉が火災発生後開放状態であったこと等は過去の火
災事例と異なる。 2 基町住宅のバルコニー側の部分の特徴について
基町住宅は、団地計画、住宅計画の点で特徴的な設計の団地であり、今回の火
災が延焼拡大していったバルコニー側部分についても、いくつかの特徴があげられる。
第一に、バルコニーについては、住戸の前面の全体に設けられておらず不連続で
あること、及びバルコニーの目隠し板にアクリル板が使用されていることがあげられ
る。またアクリル板はバルコニー全体を囲っているのではなく、開口部のサッシに近い
部分は金属製格子となっている。さらにアクリル板の取り付け方法の詳細について、
バルコニーの床より外部に突出して設置され、両者の間に隙間があること、アクリル
板の下端については一部は金属製の枠で保護されているが、湾曲した部分の下端に
ついては枠を設けず切断面が露出していることが特徴としてあげられる。
第二に、この建築の大きな特徴として主要な梁を 2 層毎に設けてスキップ形式と
していることがあるが、このため奇数階の上の梁の高さ及び梁の突出の幅が偶数階
の梁のそれに比べて大きくなっていることがあげられる。また柱及び梁以外の部分全
体がガラス入りサッシとなっていること、さらに使用されているガラスが前面のバルコ
ニーのない部分(偶数階に設けられている欄間を除く。)では網入りガラスとなっている
が、それ以外は普通板ガラスとなっていることも、合わせて特徴としてあげられる。
このような特徴を併せ持つ住宅は一般に稀であると考えられる。 3 延焼の過程について
今回の火災の経過を記録から分析すると、9 階から出火した火災が 11 階乃至 12
階まで拡大する過程(出火から概ね 22 分間)と、それ以降、急速に 20 階まで拡大す
る過程の 2 段階に分けることができる。
第一段階では、出火階からの火炎が、バルコニーの金属製格子部分から直接に、
又は上階バルコニーの可燃物を経由して、上階室内へというルートで延焼し、これが
繰り返されることにより上階室内へ延焼していった。過去の火災は、この段階で止ま
っている。横隣の住戸への延焼は、住戸のバルコニー間の隔てのない部分から進入
した火炎により、隣の住戸のバルコニーに置かれた可燃物に着火し、又はアクリル板
の外側の燃焼が横方向に次第に進み、バルコニー上の可燃物を経て室内に延焼し
た。
なお、出火から概ね 14 分後に、10 階 1065 号室のバルコニー内側から火炎が吹
き出し、11 階の位置で直径約 3mのファイアーボールが形成された。この原因として
は、バルコニー上の灯油ポリ容器、スプレー缶等が考えられるが、火災の過程全体
には大きな影響はなかったと考えられる。
このような過程を経て、出火推定時刻から 22 分を過ぎた頃から 10 階、11 階、12
階からの火炎が時折合流し、23 分後に、13 階からの火炎も合流し、15 階バルコニー
中央部まで達する長大な合流火炎を形成した。このようになるとさらに上階のバルコ
ニー(アクリル板及び可燃物)に次々と延焼していく第二段階に入ることとなり、短時間
のうちに最上階のバルコニーまで延焼し、このようにして炎上したバルコニーからそ
れぞれの室内に延焼していったものと考えられる。この長大な火炎により横隣の住戸
のアクリル板外面の燃焼などバルコニーへの延焼も急速に進み、その後、室内へ延
焼したものと考えられる。 4 延焼に関与した要因
延焼の過程の分析、実験結果等から、延焼に関与した要因を推定すると次のとお
りとなる。
1 第一段階においては、出火住戸や延焼した上階の住戸のバルコニーのアクリ
ル板の燃焼は、それぞれの階から上階に延焼するまでの間は室内側の片面燃焼が
中心であり、今回の実験結果からみて、アクリル板が上階延焼に与えた影響は小さ
いと言える。但し、炎上するアクリル板が脱落、落下することにより下階バルコニーに
も延焼したと言える。
2 この段階での上階延焼は、住戸内及びバルコニーからの火炎が、上階のバル
コニーの金属製格子部分からバルコニー上の可燃物に着火させ、又は、直接、住戸
前面のガラス入りサッシに接炎することにより、室内への延焼が進んだものであり、
基町住宅のバルコニー側の諸特徴の稀な組み合わせ、バルコニー上の可燃物の関
与の程度が大きいと言える。
3 第二段階となり、複数階が同時炎上し火炎が合流して長大な火炎が形成される
と、この火炎の強い輻射熱により、アクリル板外側が数十秒で着火するとともに、バ
ルコニー上の可燃物が着火・炎上する過程を経てアクリル板内側にも着火したと考え
られる。アクリル板両面燃焼の火炎とバルコニー上の可燃物の火炎が下階からの火
炎に合流し、上階でも同じ過程でバルコニーが炎上していった。従って、第二段階の
バルコニーでの急激な上階延焼へのアクリル板とバルコニーの可燃物の関与の程度
は大きいと言える。室内への延焼は、長大な火炎とバルコニー上の可燃物の火炎の
輻射熱若しくは接炎により発生したものと言える。
4 このように、バルコニー目隠し用アクリル板、バルコニーや室内に置かれた可燃
物、バルコニーや開口部などの構造などの要因が複合的に関与して、今回のような
例を見ない上階延焼火災となったものであり、第一段階では、バルコニーや室内に置
かれた可燃物、バルコニーや開口部などの構造上の特徴の関与の程度が大きく、第
二段階では、アクリル板とバルコニーに置かれた可燃物の関与の程度が大きいと言
える。 広島市基町住宅火災検討会名簿 座 長 菅 原 進 一(東京大学教授)
委 員 塚 越 功(慶応義塾大学教授)
〃 辻 本 誠(名古屋大学教授)
〃 須 川 修 身(東京理科大学助教授)
〃 田 中 哮 義(建設省建築研究所防火研究調整官)
〃 山 下 邦 博(消防庁消防研究所第一研究部長)
〃 浅 野 宏(建設省住宅局建築指導課長)
〃 石 川 哲 久(建設省住宅局住宅整備課長)
〃 東 尾 正(自治省消防庁予防課長)
〃 財 満 孝 之(広島県土木建築部都市局次長兼建築課長)
〃 栗 岡 勇 次(広島県土木建築部都市局住宅課長)
〃 横 山 良 三(広島市都市計画局長)
〃 中 岡 隆 志(広島市消防局長)
顧 問 島 崎 勉(建築研究所所長)
三 村 由 夫(同上前任者)
〃 次郎丸 誠 男(消防庁消防研究所所長) 同 幹 事 会 名 簿 座 長 辻 本 誠(名古屋大学教授)
幹 事 須 川 修 身(東京理科大学助教授)
〃 田 中 哮 義(建設省建築研究所防火研究調整官)
〃 長谷見 雄 二(建設省建築研究所第五研究部防火研究室長)
〃 北 後 明 彦(建設省建築研究所第五研究部防煙研究室長)
〃 関 沢 愛(消防庁消防研究所第一研究部情報処理研究室長)
〃 佐々木 宏(建設省住宅局建築指導課建築物防災対策室長)
〃 池 田 富士郎(建設省住宅局住宅整備課住環境整備室長)
〃 宇都宮 啓 史(建設省住宅局住宅整備課公共住宅事業調整官)
〃 鈴 木 和 男(自治省消防庁予防課設備専門官)
〃 北 村 重 治(自治省消防庁予防課課長補佐)
〃 財 満 孝 之(広島県土木建築部都市局次長兼建築課長)
〃 栗 岡 勇 次(広島県土木建築部都市局住宅課長)
〃 高 東 博 視(広島市都市計画局指導部長)
〃 余 越 信 千(広島市都市計画局建築部長)
〃 田 村 義 典(広島市消防局警防部警防課長)

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