人と自然の関係を、見えるところだけでなく、足元の「土の中」から考えてみようというプロジェクトがあります。それが Code for Groundです。2025年春に Code for Japan のブリゲードに登録されたこちらの団体は、もともと「土中環境オープンデータプロジェクト」として活動を続けてきました。その取り組みは、観察や測定を通して"土中の変化"を可視化し、市民が地域の自然に関わるきっかけを生み出しています。
今回は、団体の発起人である太田さんとコミュニケーション担当の山口さんに、これまでの歩みとこれからの展望を伺いました。
—— Code for Ground はどのように始まったのでしょうか?
そもそものきっかけは、安宅和人さんが2017年末に立ち上げた「風の谷を創る」というプロジェクトです。これは都市集中とは異なる未来のあり方を探ろうという構想で、私は立ち上げから関わり、「人と自然」をテーマにした分科会のリーダーを務めていました。
この活動を続ける中で、「人間の都合で大地が傷んできた」という現実に改めて向き合うようになりました。人と自然の関係を見直すには、まず大地の健康状態に目を向けることが大切だと感じたんです。
当時は Code for Japan の理事を務めていたこともあり、このテーマにシビックテックの視点から取り組めるかもしれないと考え、まずは土中のデータを測る取り組みを「土中環境オープンデータプロジェクト」として始めることにしました。2年ほど活動した後、2025年には任意団体「Code for Ground」として正式に立ち上げました。
発起人 太田直樹さん発起人 太田直樹さん
—— 具体的にどのような活動をしているのでしょうか。
私たちが行っているのは、「観察 → 測定 → 共有 → 対話 → 小さな実装」というサイクルを地域の中で回していくことです。たとえば雨の後に森や農地に入って、硝酸イオンやpH、水位といった数値を測るだけでなく、水が濁った、増水していたといった感覚的な気づきも記録します。
その結果を地域の人たちと共有して対話し、「どこを手入れするか」「何を試してみるか」を一緒に考えます。そして、小さな土木作業や下草刈り、簡易的な堰づくりなどのアクションにつなげていきます。実装したらまた測定し、効果を確かめる。このサイクルを繰り返しています。
Code for Ground の活動Code for Ground の活動
現在は、島根県雲南市、香川県三豊市、岡山県西粟倉村、長野県白馬村の4地域で、住民の方が主体となってこのサイクルを回しています。私たち Code for Ground はその伴走者として、診断ガイドやデータ共有の仕組みを提供しながら、現地からのフィードバックを受けてブラッシュアップを重ねています。こうした地域での実践が、活動の基盤になっています。
その一方で、もっと気軽に関われる入り口もつくっています。土の循環に関わる人々を紹介するポッドキャスト「土中ラジオ」の配信や、学校との探究学習などです。探究学習では、群馬県川場村の中学校と連携し、水の循環をテーマにした授業を実施しました。どちらの取り組みも反響があり、今年度はポッドキャストのリスナーを1,000人に広げることや、連携する学校を増やすことを目指しています。
—— 現場のひとつである雲南での活動について教えていただけますか?
雲南では、斐伊川流域を中心に活動しています。ここはヤマタノオロチ伝説の地として知られ、古くから治水の知恵が受け継がれてきた地域です。現在も、地域の自主組織が行政と連携しながら環境改善に取り組んでおり、私たちはそこに測定や記録の共有というかたちで関わっています。
写真:Code for Ground撮影(2025年6月)写真:Code for Ground撮影(2025年6月)
こちらの写真に写っているのは、地元の鎮守の森です。長年手入れがされず竹やぶになっていたのですが、伐採して光が入るようにしたことで下草が芽吹き、大地の状態にも変化が現れました。
面白いのは、活動を続けるうちに、これまで気づかなかった「自然の気配」を身体で感じ取るようになっていくことです。山を歩いていると、ふと鉄のような匂いに気づくことがあります。このあたりは、かつてたたら製鉄が盛んだった土地。そうした歴史を思い出しながら川に目を向けると、支流の一つである「赤川」は、鉄分の影響で赤くなりその名がついたのだとわかります。
本や記録ではなく、身体感覚を通して土地の歴史や環境とつながっていく。住民の方々さえも忘れていた記憶や土地の成り立ちが、自然との接点を通じて立ち上がってくるんです。
また、森の自然が日々の暮らしとつながっていることを実感する場面もあります。たとえば、宍道湖でウナギ漁をしている参加者の方は、活動の中で山の水質と湖の藻の増加との関係に気づき、自分の漁が山の状態に左右されていることを肌で感じたそうです。ほかにも「街でよく買っていたクッキーの原料が、この地域の田んぼで育ったお米だったなんて」と驚く声がありました。その田んぼには、今自分が手入れしている森から流れ出た水が注いでいると知ったとき、日常と自然のつながりがぐっと身近に感じられたといいます。
山や水、土地の自然が、思っていた以上に身近で、暮らしの根っこに関わっている。こうした気づきが、次の行動のきっかけにもなっているようです。
—— 言葉ではなく、身体で実感し、それが行動を変えていくんですね。
そうなんです。先日ポッドキャストでも、「自然を守る」というより、「自然から教わっている」とおっしゃっていた方がいました。まさにその感覚に近いと思います。
正直に言えば、私たち自身も、ここまで自分たちや市民の方の感覚や行動が変わっていくとは思っていませんでした。でも、活動を続けていく中で、本当に自然のほうからいろんなことを教わっている。そんな実感があります。
「土中ラジオ」でも、配信を通じて活動を知った方が現地の活動に関心を持ち、会社員やセラピストなどまったく違う分野の人が関わってくるようになったこともありました。
ポッドキャストを入口として、実際に足を運び、身体で自然と向き合う人が増えている。活動が続くほどに関わる人が増え、普段はパソコンに向かってばかりの生活をしている人が、何度も現地を訪れるようになったり......。そんなふうに、「自然と人」の関係が広がっていくのを感じています。
コミュニケーション担当 山口有里さんコミュニケーション担当 山口有里さん
—— 一方で、都市に暮らす人にとって、自然を身体で感じるのは難しい側面もあるかと思います。
確かにそのような面はあるかもしれません。ただ、自分の暮らす場所を少し広い視点で見ることで、新しい気づきが得られることもあります。私たちは「流域」という考え方を大切にしています。水の流れに注目すると、土地のつながりが見えてくるんです。
先日「土中ラジオ」に出演してくださったハワイの方から、印象的なお話をうかがいました。かつてハワイでは、源流から海までの流域を暮らしの単位として、水の管理や農業、食の循環が行われていたそうです。でも、都市化やプランテーションの拡大によってそのつながりが分断され、自然災害への備えも難しくなってしまったそうです。
実はこれは、日本でも同じです。川の上流がどこか、食べものがどんな土地で育ったか、都市ではなかなか意識しにくい。でも、「流域」という視点で街を見てみると、自然の循環の中に暮らしているという実感が持てるようになるのだと思います。
私たちが総合学習で関わった群馬県の川場中学校でも、印象的な感想を寄せてくれた生徒さんがいました。「探究を通して、川場村の地形がすごいだけでなく、歴史や水と深く関わっていることがわかりました。お米のおいしさもそれに関連しているんだと気づきました。」この声は、地元の新聞にも掲載されました。
出所:上毛新聞、2024年1月13日出所:上毛新聞、2024年1月13日
どの場所であっても、土の中の変化を見つめることは、足元だけでなく、もっと広い「流域」へと視野を広げてくれるものだと思います。
—— 活動の中で大切にしている視点は何ですか?
私たちが活動の中で大切にしているのは、「意見を聞きましょう」「対話しましょう」といった、Code for Japan の行動規範にも通じる姿勢です。
環境問題の分野では、強い信念を持って活動している方も多く、ときに意見がぶつかることもあります。背景の異なる主張が、対話を難しくしてしまう場面も少なくありません。
そんなときこそ、客観的なデータの存在が対話のきっかけになると感じています。異なる意見をすぐに受け入れるのは難しくても、データという共通の材料を前にすれば、自然と同じテーブルにつくことができる。視点が少し変わって、そこから会話が始まるんです。
また、考え方だけでなく、関心の持ち方も実にさまざまです。実際の現場では、データだけでなく、昆虫や鳥に注目をする人もいる。そうした多様な視点や興味、そして昔からの知恵がつながり、「オープンナレッジ」として共有されていくのは、とてもおもしろいことだと感じています。
私たちは、こうした知の積み重ねや共有のあり方を「デジタル公共財」として育てていけたらとも考えています。知恵や知識、そしてデータが誰か一人のものにとどまらず、誰もがアクセスでき、使えるかたちで開かれていく。そのような取り組みを、まずは流域という単位から始めていけたらと思っています。
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—— 素晴らしいですね。今後のビジョンを教えてください。
短期的には、雲南でのような取り組みが全国で数十ヶ所に広がって、それぞれの地域で観察や測定、対話や共有、環境改善がぐるぐると回っているような状態をつくれたらと思っています。そして、それらの知見を「オープンナレッジ」として蓄積し、必要に応じてオープンデータとしても共有できるような仕組みづくりを進めていきたいですね。
中期的には、環境に配慮した事業を生み出そうとしている企業や起業家と連携し、そうした取り組みの「インパクト」を市民とともに測定していく活動にも取り組みたいと考えています。環境負荷の少ない建築や、自然をより良くする農業などがすでに始まっていて、そうした流れを後押しする財団とも連携しています。
さらに長期的には、「市民科学(シチズンサイエンス)」が日本でももっと根づく未来を描いています。ヨーロッパではこうした動きが広がっており、ドイツのベルリンでは、約100万本の街路樹の状態が可視化され、それを見た市民が自主的に水やりなどのケアに取り組むプロジェクトが続いています。こうした事例もヒントにしながら、Code for Groundでも、日本における市民科学の土壌を少しずつ耕していけたらと思っています。
—— Code for Ground の活動に参加するには、どうすればいいですか?
まずは体験会のようなイベントに参加していただくのが入りやすいと思います。地形や川の変化を観察するプログラムもあり、今後は首都圏での「大地を測る体験会」も予定しています。
また、定期的に研究会も開いていて、さまざまな関心を持った人たちが集まっています。昨年は多摩川の源流である山梨県小菅村で開催し、東京からも多くの方にご参加いただきました。こういった会以外でも「モニタリングに興味があるけれどやり方がわからない」という方は、ぜひお気軽にご相談ください。
参加される方を見ていると、自然を前にしたときに開かれる感覚や、誰かと共有したくなる楽しさがあるようで、一度体験するとまた通いたくなるようです。都市に暮らす人たちでも自然とつながるきっかけになるような場を、これからも増やしていけたらと思っています。ともに流域に生きる者として、土地の声を聞き、子どもたちが未来を語ることができる環境をつくっていきたいですね。
Code for Ground の活動は以下をご覧ください。
Code for Japan のブリゲードについて
本記事を読んで Code for Ground の活動に興味を持った方は、ぜひCode for Japan Summit 2025 にご参加ください。セッションでは今回ご紹介した取り組みの詳しい話を聞くことができ、CfGのメンバーにも直接会えるチャンスです。