「津波の「つ」の字も知らなかった」

南海地震(昭和21年12月)

津波の「つ」の字も知らなかった

(徳島県海部郡 80代 男性)

22歳のときです。私は外国航路の船員をしていたのですが、戦争中に会社の船がやられましてね。復員 (注記) してきたものの、乗る船がない。それで、この田舎で青年団活動なんかに参加していました。

当時、テレビはもちろん、娯楽が全然ないものですから、青年団が集まって村芝居をやっていましてね。地震が起こる前の晩も遅くまで練習をしていました。

血気盛りの青年ですから、真冬でも越中フンドシで夏のゆかた、これが寝間着の定番ですわ。で、午前4時ごろ、寝ている時にグラッときたんです。

後で調べてわかったことですが、この「南海トラフ」を震源とする地震は、必ず津波をともなっているんです。それに、今まで、だいたい100年周期でやってきている。その100年がすぐそこに来ているにもかかわらず、私はそのとき津波の「つ」の字も全く知らなかったんです。

(注記)復員とは、招集された軍人が任務を解かれて家庭に帰ること。

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