グラン・クリュ、ソンメルベルグのブドウ畑からニーダーモルシュヴィール村を見下ろす。斜面の勾配は45度に達するところも
青山学院大学文学部卒。広く海外・国内を旅し、各種メディアに寄稿。主な取材テーマは、ワイン、食文化、農業、旅行、人物ルポなど。 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは700軒に迫る。近著に、日本ワイン界の風雲児、曽我貴彦氏の足跡と「現象」を追ったノンフィクション『ドメーヌ・タカヒコ奮闘記 〜ニッポンの「うま味ワイン」、世界へ〜』がある。
大阪・関西万博のフランスパビリオンを支える四つのゴールドパートナー(協賛企業・団体)のうち、一つはアルザスワイン委員会(CIVA)である(他の三つは、ラグジュアリーブランドグループのLVMH、保険と資産運用のAXA、バイオテクノロジーのニナファーム)。ワイン産地がこのような任に就くのは初めてのこと。しかも、ボルドーやブルゴーニュ、シャンパーニュといった超有名産地ではなく、アルザスだったことがワイン関係者を驚かせた。アルザスワインとはどのようなワインなのか? 日本での認知が一気に高まりそうなこの機会に、アルザス地方とそのワインについてきっちりと押さえておきたい。現地取材から得た最新情報をもとに、4回にわたって詳述していこう。
写真:浮田泰幸
取材協力:アルザスワイン委員会(CIVA)
アルザスワインの注目ポイントは以下の五つ。
まずはアルザスワインの基礎知識から。
アルザスワインは生産量の9割を白ワインが占める「白ワイン王国」として確固たる地位を確立している。主な使用品種は、リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ピノ・ブラン、ミュスカなど。赤ワイン(品種はピノ・ノワール)の生産はわずか1割だが、近年注目度が高まり、生産量も増加している(過去20年の間に収穫量ベースで約3割増加)。またシャンパーニュと同じ伝統製法で造られるスパークリングワイン(クレマン・ダルザス)が生産量の約3分の1を占めることも大きな特徴である。
日本はアルザスワインにとって第8位の市場で、年間約100万本のワインが輸入されている。特筆すべきは、その約7割が有機認証を受けたワインであること。
フランスワイン全体の有機栽培比率(栽培面積ベース)が17%である中、アルザスのそれは35%と高いが、この「7割」という数字は、いかに日本市場において「アルザスワイン=自然派」のイメージ、ニーズが定着しているかを語っている。食全体のナチュラル志向が浸透する中、アルザスワインはますます大きな居場所を得ていくだろう。
アルザス地方はフランス東部、ドイツとの国境でもあるライン河に沿って南北に細長く広がるエリアだ。南北約170kmであるのに対し、東西の幅は広いところでも50km程度。緯度(北緯47〜49度)は、ブルゴーニュ、シャンパーニュやドイツのモーゼル地方と近く、世界のワイン産地の中では冷涼地の部類に入る。
西側にはヴォージュ山脈が連なり、これが西からの雨と湿った風を遮るため、フランスのワイン産地の中では乾燥した地域となっている。この乾燥と大陸性気候による昼夜の大きな寒暖差がブドウ栽培に適するため、古くからワイン造りが盛んに行われてきた。その始まりは紀元1世紀ごろと言われる。
ところがアルザスは、あまりにもブドウ栽培の好適地であったがゆえに「皮肉にも、歴史の中で並級ワインや、信頼できるブレンドワインの産地と見なされてきた」(世界的に影響力のあるワインジャーナリスト、ジャンシス・ロビンソンの言葉)という歴史がある。つまり、質より量の産地として、長らく一級産地とは見なされてこなかったのだ。
その「汚名」を返上するのに一役買ったのが1980年代以降に台頭した自然派の生産者たちだった。有機農法でブドウを栽培し、人的介入を極力抑えて醸造される彼らの「温故知新」的なワインは、滋味深い味わいと体にしみていくような酒質で一部のワイン好きをとりこにし、多くの人気銘柄、スター醸造家を生み出した。この動きは、当時、合理化・工業化へと突き進んでいた世界のワイン造りに一石を投じることになった。
フランスでは伝統的に産地名(「ジュヴレ・シャンベルタン」「マルゴー」など)をラベルに表示している。飲み手は相応の予備知識がないとボトルの中のワインの味わいを推測するのが難しい。一方、アルザスでは使用するブドウ品種をラベルに明記している。
この産地では、複数品種によるブレンド(アッサンブラージュ)ではなく、単一品種(モノセパージュ)によるワインが大半なので、飲み手は品種の特性さえ頭に入れておけば、ボトルの中身にある程度見当をつけることができる。
仏独国境沿いという地政学上極めてデリケートな場所に位置するため、アルザスは現在のフランス領に落ち着くまで少なくとも2度、ドイツ領になったという複雑な歴史がある。
ラベルに記された生産者名や畑の名前にドイツ語が多く、また使用品種にリースリングなどドイツ品種として知られるブドウが多いのはそのためだ。
アルザスワインにはブルゴーニュと同じように畑(リュー・ディ=区画)を評価する格付けがあり、最高位のグラン・クリュの数は51区画ある。この数字は、作付面積がアルザスの2倍近いブルゴーニュの「33区画」を大きく上回る。そのことから「アルザスはグラン・クリュの基準が甘いのでは」との指摘もある。
ワイン法上、グラン・クリュを名乗れるのはリースリング、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ミュスカ、シルヴァネール(一つのリュー・ディのみで認められた特例)の計5品種のみだったが、2022年からピノ・ノワールが認められるようになった。このことは地球温暖化の影響で、アルザスがピノ・ノワールの栽培に適した温度帯になったことを意味している。
昨今の急激な価格高騰で庶民には高嶺(たかね)の花となっているボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュのワインと比べると、アルザスワインはまだリーズナブルであることも魅力と言えるだろう。
なお、近年躍進著しい日本ワインの造り手にもアルザスワインは影響を与えている。アルザスを代表する品種の一つ、ゲヴュルツトラミネールは北海道でも重要な品種となっているし、貴腐ブドウ(ボトリティス・シネレア菌の作用により、高い糖度と妖艶〈ようえん〉な風味を有する)を使ったワイン(アルザスでは「セレクション・ド・グラン・ノーブル」と呼ぶ)の製法でワインを造る生産者もいる。また現在、アルザスを舞台にワイン造りに挑む日本人が2人いる(そのうちの1人を後の回で紹介する)。
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