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ホーム > 研究成果検索 > 研究ハイライト 紀伊半島南部の橋杭岩周辺で巨大津波の証拠を発見
西日本の南海トラフの沿岸地域は、1707年に発生した宝永地震による津波をはじめ、数々の巨大な津波に襲われてきた。本研究では、和歌山県串本町に位置する橋杭岩というデイサイト貫入岩体周辺の巨礫の分布(図1)を調査した。これらの巨礫(図2)は貫入岩体に由来するものであるが、貫入岩体から100 m程度も離れた場所まで分布しており、大きな津波または高潮によって運ばれたと推定できる。そこで、これらの巨礫の位置や大きさの測定といった現地調査を行い、どのくらいの規模の津波によって巨礫が動くか計算した結果、南海トラフ沿いで歴史上最大とされる1707年宝永地震の津波の規模でも動かない巨礫が存在することがわかった。これは、1707年宝永地震時を超える大きな津波がかつてこの地に来襲し、巨礫を動かしたことを意味している。
南海トラフ震源域は巨大地震が繰り返し起きていることが知られている。その中でも1707年の宝永地震は、推定マグニチュード8.7と非常に規模が大きく、この地震に伴う津波の規模も大きかったとされているが、この津波よりも大きな規模の津波が存在したかは定量的な検証が行われていない。産総研ではこれまで地質学的な調査と数値シミュレーションとを組み合わせて過去に発生した地震を復元する研究(参考:千葉県の太平洋岸で歴史記録にない津波の痕跡を発見)を行っており、南海トラフにおいても調査を進めてきた。
千個以上も分布する巨礫の位置や大きさを現地でひとつひとつ測定し、どのくらいの規模の津波によって巨礫が動くのかを計算した。この結果、南海トラフ沿いで歴史上最大とされる1707年の宝永地震による津波の規模でも動かない巨礫が存在することがわかった。このことから、1707年津波を超える大きな津波がかつてこの地に来襲し、巨礫を動かしたことが推定される。さらに台風や高潮の影響も検討し、2012年9月に通過した台風前後のレーザースキャン測量による地形変化の確認や、1976年と2007年の航空写真の比較から、高潮は主に直径1 m以下の相対的に小さな巨礫は動かしうるが、それ以上の大きな巨礫には影響を与えないこともわかった。
巨礫がいつ移動したのか、すなわち巨大津波がいつ襲ったのかについても地質試料の年代測定などを通じて解明することを目指す。また、橋杭岩周辺以外にも南海トラフ沿いで宝永地震を超える規模の津波の証拠を探して検証を重ね、南海トラフ沿いで過去に起きた最も大きな規模の地震や津波を定量的に評価し、防災対策に貢献していく。
主任研究員 行谷 佑一(なめがや ゆういち)
メール:ievg-webmaster-ml*aist.go.jp(*を@に変更して使用してください。)
ウェブ:https://unit.aist.go.jp/ievg/group/subducteq/
グループ長 宍倉 正展(ししくら まさのぶ)
メール:gweb*gsj.jp(*を@に変更して使用してください。)
ウェブ:https://www.gsj.jp/HomePageJP.html
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