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社内公募制度が浸透、東京海上は対象を地方に拡大 日経調査
日本経済新聞社は2025年度の日経サステナブル総合調査のスマートワーク経営編をまとめた。部署異動を願い出る社内公募・フリーエージェント(FA)制度を導入している企業は6割を超えた。男性社員の育児休業取得者も増えている。社員の働く意欲を引き出すことで組織を活性化させ、人材不足を乗り切ろうとする姿がみられた。
東京海上でジョブリクエストを活用して25年4月、都内の法人営業部門からホールディングスの投資部門に異動した社員(手前)
調査では正社員のキャリアの自律性向上を支援するために導入している施策を聞いた。25年時点で社内公募もしくは社内FA制度を導入していると回答した企業は64.7%となり、前年からおよそ2ポイント伸びた。そのうち、社内公募やFA制度の利用を促すために「制度に応募するにあたり、現部署の上長への報告や許諾を不要とする」としている企業は約8割に達した。
伊藤忠商事は16年度に「チャレンジキャリア制度」を設けた。同社は従業員の入社から退職まで、各営業部門などが責任を持って育成・配置することを目的とした「原籍制度」を持つ。原籍組織は入社時に決まり、その後所属部署が変わったとしても原則変わらない。人材育成の面でメリットが多いものの、近年は主体的にキャリアを選択したいと考える従業員も出てきた。
人事・総務部の米田栞採用・人材マネジメント室マネジャーは「チャレンジキャリア制度を利用することでモチベーションが向上すれば、組織へのエンゲージメントも深くなる」としている。
応募は年に2回の機会があり、24年度は21人が利用した。営業部署から別の営業部署に異動したり、コーポレート部門から営業部署に異動したりするケースがあった。
社内公募制度を一般的な人事制度として広く根付かせようとしているのは東京海上ホールディングス傘下の東京海上日動火災保険だ。「30年度の異動までに異動希望者の大半が応募を検討し、会社全体で定着している状態」を目指している。
「ジョブリクエスト」は募集する部門などがポストを提示し、社員がマイクロソフトの会議アプリ「Teams」内に並んだ投稿を見て応募する形式で実施する。25年7月の募集には700人が全国の拠点のポストに応募した。
主に首都圏のコーポレート部門のポストに限られていた対象を25年は地方支店にまで広げ、応募枠も約5倍にした。各部署が社内チャットで自部署の働き方や得られるスキルを発信している。地方支店では災害復興や脱炭素への取り組み支援など、地域の特性にあった具体的な業務内容を発信している。
子育てや介護など家庭の事情により、自宅を離れられない人も利用できる。例えば、地方勤務の人がリモートワークをフル活用することで、東京にある本社コーポレート業務に挑戦することも可能だ。
人事企画部の田口一徹ユニットリーダーは「昨年までは制度の利用が一部の社員にとどまっていたが、キャリアを考える過程でジョブリクエストを活用する人が増えている」と語る。
AGCは21年から社内副業制度「ジョブチャレンジ」を設けた。2年程度の試験導入を経て、23年から本格運用を始めた。24年度は47人が制度を利用して、約6カ月の社内副業に参加した。四半期に1回の頻度で、各部署が新規業務の推進やプロジェクトへの参加を従業員が閲覧できるイントラネットで募る。
人事部人事課の浜田篤史課長は「意欲のある従業員の自律的な能力開発、キャリア形成が目的だ」と話す。応募する従業員の総合職や一般職といったコース区分や能力、職務、役割などの等級を不問にする案件もある。
例えば、同社の障害者雇用の特例子会社「AGCサンスマイル」の職域拡大業務プロジェクトに参加した一般職の女性社員は「働く障害者の業務を広げ、活躍してもらうためにはどうすればいいか」を考え活動した。普段の業務と離れて新たな経験をすることによって「本人のエンゲージメントが上がったというフィードバックがあった」(浜田課長)という。
定着した男性育休、連続1週間以上の取得率6割
男性の育児休業には夫婦間の労力分担、女性が継続して働ける基盤づくり、少子化対策といった社会的な意義がある。大手企業では仕組みを標準化するステージは過ぎ、内容の充実を図る段階に入っている。
スマートワーク経営の「配偶者が出産した男性正社員」に関する調査によると「対象者の2人に1人以上は連続1週間以上の育休を取得している」と回答した企業の割合は、2021年度は6.9%だったが、24年度は57.6%と8倍以上に拡大した。
調査対象企業の平均値に目を向けると、連続1週間以上の育休取得率は21年度の20%から24年度は57.4%に高まった。連続1カ月以上の取得率も10%から30.4%になっている。
企業として男性育休を促進する利点は増えている。人手不足が深刻になるなか、採用活動での競争力強化や優秀な人材の定着につながる。育休取得に伴う引き継ぎは、業務の属人化を解消し組織全体を活性化する効果が期待できる。
味の素が社員向けに発信している育休情報の一例
味の素では4〜9月に配偶者が出産した男性社員46人のうち7人が連続1カ月以上の育休を取得した。お互いさま・助け合いの風土を醸成するため、社内版SNSやオウンドメディアで男性育休の取得経験者による体験談「パパ育休奮闘記」や経営陣からのメッセージ「パパ育休応援隊」を定期的に発信している。
DMG森精機では育休の利用者が20年は16人だったが、24年は57人に増えている。性別を問わず子育て社員の活躍支援に熱心で、「社内コンシェルジュ」を置く。社内保育園の案内を積極的に配信するほか、育児休業法に関する知識をもつ担当者による「育休ヘルプデスク」を開設しており、社員からの問い合わせへの対応、男性社員向けの育休説明会などを定期的に実施する。
育休取得率はひとつの指標であり、数値の向上は通過点にすぎない。中小企業も含めて、男女ともに安心して育児ができる職場環境を整えることが求められている。
DMG森精機は対象の男性社員全員が育休を取得できるよう社内制度を整備している
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元社員採用する「アルムナイ」導入7割 「転職者は裏切り者」風潮薄まる
元社員を集めたNTTの交流会
一度退職した元社員を再び受け入れるアルムナイ(卒業生)採用を実施する企業が増えている。人手不足を背景に、かつてあった「転職者は裏切り者」という風潮は薄まり、企業風土や業務に詳しい即戦力と前向きに評価している。
日経スマートワーク経営編の調査によると、アルムナイ採用の制度がある企業は約7割に達し、制度・採用実績がともにないとの回答は5.5%だった。制度がある企業のうち、採用実績が0人だったのは、24年度で37.1%と、21年度に比べ14.1ポイント低下。5人以上採用した企業は6.7ポイント上昇し13.6%だった。
NTTは24年度に27人の元社員を採用した。アルムナイ採用自体は事業会社ごとに中途採用のなかで以前からあり、元社員とのつながりづくりをそれぞれで実施していた。24年に初めて元社員と現役社員がNTTグループの現在の事業や働く環境について話し合う交流会を開いた。
これをきっかけに、元社員の許諾を得た上でNTTグループの採用情報を送ったり、退職理由を聞いたりできる連絡網をつくった。再雇用の対象は定年退職者以外としている。
25年10月に開催した交流会には約200人の元社員が参加した。アルムナイ採用で再入社した社員が登壇して再入社への経緯や現在の働きぶりをざっくばらんに話した。今後はグループ内の各事業会社ごとにイベントを企画するなど、元社員と接触する機会を増やしたい考えだ。
人材戦略を担当する小貫大輔課長は、退職者を「日本のインフラを支えたいという価値観への共感や事業理解のある貴重な即戦力人材」と評価する。その上で「まずビジネスパートナーになってもらいたいが、社員として戻ってきてもらえるなら、なおありがたい」という。事業を多角化する中で他業界などで積んだスキルや経験を生かしてもらうことに期待している。
三菱UFJフィナンシャル・グループ傘下の三菱UFJ銀行は24年度に退職者22人を採用した。前年度の12人から大幅に増やした。今後は年間数十人の採用を見込む。アルムナイ採用を主要な採用手法の一つと位置づける。
対象の年齢制限はなく、書類選考も原則なくした。これまでも退職者を採用する制度自体はあったが、銀行側が募集しているポストのみが対象だった。今年度からは職種の選択も可能にするなど、より柔軟な制度とした。
8月には名古屋市内で子供を連れて参加できる「アルムナイ採用」のセミナーを初めて開いた。結婚を期に退職した優秀な元社員にも興味を持ってもらう狙い。中途採用の競争が激化するなかで銀行業務を熟知する即戦力を確保する。
日立製作所は24年度に6人の元社員を採用した。アルムナイネットワークには採用情報のサイトのページから登録できる。日立グループで1年以上勤務した人が対象だ。起業のため退社した社員が入社し、独立時代の人脈や経験を生かして再び活躍するケースなども出ているという。
リスキリングで研修時間は11%増
2024年度の正社員1人あたりの研修費用は平均7万3725円と、23年度から約13%増えた。1人あたり研修時間の平均は前年度比約11%増の23.4時間で、リスキリング(学び直し)など「従業員の自律的な学びを助ける研修」の伸びが顕著だった。
ソニーグループは日立製作所や三井化学との相互副業プログラムを実施した。3社で計27人の若手・中堅社員が参加し、約3カ月間の通常業務時間外に1週あたり数時間、人工知能(AI)や半導体など先端分野の事業・研究開発に関する業務で副業をした。
25年7月には新たに長野県塩尻市のNPO法人と協力し、同法人や市内企業での副業を試験的に実施した。募集枠を超えた応募が集まり、エンジニアなどの社員数名が約3カ月間、週末などに農業系スタートアップで水田除草ロボットの試作機の品質を評価するなどの副業案件に携わった。
調査では新型コロナウイルス禍で低調だった海外研修の実施が増えていることも明らかになった。24年度に「参加者が正社員1000人あたり1人以上」となった企業は23年度から6.6ポイント増え、半数を超えた。
サントリーホールディングスは24年に入社2年目の全社員を対象とした新たな海外研修プログラムを設けた。インドネシアのバリ島に約1週間滞在し、ゴミ山に近接する地域や気候変動の影響を受ける村、助産院などを訪ねた。現地の課題解決に取り組む人と対話する機会も設けた。
同社は売り上げの約半分を海外事業が占める。人財戦略本部の水野洋氏は「早いうちから異文化の多様性を体感してグローバル意識を醸成し、サントリーとして社会課題にどう取り組むべきか自分事として考えてほしい」と話す。
インドネシアで講義を受けるサントリーHDの入社2年目の社員
参加者の中には帰国後、営業部門で新商品の発売時に発生するロスを減らすような売り方を提案したり、工場で節水強化に取り組んだりと研修での学びを実践する様子がみられた。研修報告も義務付けていて、参加していない他の社員にも刺激を与えている。
AIで帰属意識や生産性向上、「全面利用可能」は6割 日経調査
「ダイキン情報技術大学」で講義を受ける社員
業務効率化や生産性向上のために生成AI(人工知能)を活用する企業が増えている。2025年時点で正社員が生成AIを「全面的に利用可能」にしていると答えた企業は58.2%と、24年から約6ポイント増えた。利用を禁止している企業は1%未満にとどまる。
機密情報の漏洩や誤情報の生成などリスクの認知も広がっている。24年度の生成AIのセキュリティー方針について聞くと「利用ガイドラインを設け使用用途を限定」(65.2%)、「モデルの学習にデータを使用されない社内環境を構築」(47.8%)などを挙げる企業が目立った。方針を定めていない企業は6.6%と、23年度から半減した。
日立ソリューションズでは25年から、IT戦略を統括する役員を模したAIエージェントを導入した。役員本人の発案で、業務経歴や性格診断の情報、経営方針の解説、会議の議事録などの情報を外販のエージェント作成基盤に学ばせた。チャットボット形式で、社員の「壁打ち相手」として経営方針への理解促進や業務の相談に対応する。
役員が統括する部署の若手や現場社員の利用を想定しており、1カ月の延べ利用人数は部署の半数にあたる100人程度。他部署でも同様の取り組みに関心が高まっているという。
導入を推進した担当者は「部署の規模が大きくなりリモートワークも増えたことで、現場社員が上位職と直接話す機会が減っている。組織への帰属意識を高め生産性向上に役立てたい」と話す。同社は生成AIの社内利用率100%を目指している。全社員参加のコンテスト形式で活用アイデアを募ったところ1000件超の案が集まった。
生成AIなど最新技術を効果的に導入するにはIT人材の確保がカギとなる。国内では需要に供給が追いついておらず、25年にデジタル化人材の不足が3年前よりも悪化していると答えた企業は35.7%だった。
ダイキン工業はAI活用を推進する中核的な人材を育成する社内講座「ダイキン情報技術大学」を17年に設けた。技術部門やコーポレート部門など幅広い社員が対象で、24年度末までに約1800人が受講した。
各層によって異なるプログラムを展開する。新入社員は基礎的な座学や演習、実践が中心だ。既存社員は実務に直結する技術に特化しデータ活用に取り組む。管理職層はAIの基礎知識を学んだうえで現場の課題解決を目指す。
データ活用戦略を担う幹部級はデータサイエンスの講義や他社事例に関する討議を通じ、戦略の立案と推進に必要な知識と実践力の習得を狙う。
取り組みの成果は出始めている。25年には「大学」の卒業生が日立製作所と連携して作った新技術が実用化を見据え試験運用された。工場の設備故障診断を支援するAIエージェントで、今後は国内外の自社工場へ適用していくという。
スマートワーク経営は「人材活用力」「人材投資力」「テクノロジー活用力」の3分野で構成される。企業向けアンケート調査や公開データなどから12の評価指標を作成し、企業を評価した。
【アンケート調査の概要】
企業向け調査は2025年5月、全国の上場企業および従業員100人以上の有力非上場企業を対象に実施した。有効回答は788社(うち上場企業728社)。なお、有力企業でもアンケートに回答を得られずランキング対象外となったり、回答項目の不足から得点が低く出たりするケースがある。
また一部指標においては日本経済新聞社の編集委員等(55人)の各社評価も使用した。
【3分野と測定指標】
3分野のスコアを測定する指標は以下の通り。
▽人材活用力 人材戦略とKPI、ダイバーシティー、多様で柔軟な働き方の実現、ワークライフバランス、エンゲージメント・現場力向上の5指標。
▽人材投資力 人材戦略とKPI、イノベーション推進・教育体制、人材確保・キャリア自律、多様なキャリアパス、先端分野人材の5指標。
▽テクノロジー活用力 テクノロジーの導入・関連投資、先端的テクノロジー活用の2指標。
【総合評価のウエート付け】
各分野の評価を4対2対1の割合で合算し、総合評価を作成した。
【総合評価・分野別評価の表記について】
総合評価は、各社の得点を偏差値化して作成した。★5個が偏差値70以上、以下★4.5個が65以上70未満、★4個が60以上65未満、★3.5個が55以上60未満、★3個が50以上55未満を表している。
また、各社の分野別評価は、偏差値70以上がS++、以下偏差値5刻みでS+、S、A++、A+、A、B++、B+、B、Cと表記している。
評価に使用した各種指標の集計結果やスコアの詳細データは日経リサーチが提供する。詳細はHPを参照。
(日経リサーチ 編集企画部)